漂雲記   作:古本

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「大丈夫か? 蓮荷」

「は、はい。ありがとうございました……」

 

 どこか茫然とした表情でそう答える蓮荷の姿を軽く見ると大きな怪我はないようだった。

 

「よし、ならいい。さっさとここから退くぞ」

「え、ええ。分かりました」

 

 蓮荷と共に急いで馬車の横にまで馬を走らせる。

 王宮に連れて来られてから馬に乗る練習をしていて本当に良かった。ここで騎乗に手間取っていたら敵兵に追いつかれていたことは間違いなかっただろうから。

 なにせ蓮荷に迫っていた二騎は排除したがその後ろにはまだまだ敵兵が控えているのだ。

 

 だが、この状況は俺が今思いついたことを試すには好都合の状況でもある。

 馬車の後ろに自軍の兵がいないことを確認して、馬車の御者に向かって叫ぶ。

 

「御者の者、今すぐ馬と馬車の繋ぎを断ち切れ!!!」

「は、はい? し、しかし……」

「いいから早く!! お前は前の馬に乗り込め!!」

 

 俺の声に戸惑っていた御者だが、俺の再度の命令にようやく動き始めた。彼は馬車を曳く馬の一騎に乗り移ると馬車と馬の連結部分を剣で切り離した。

 俺は馬と馬車が分かたれたその瞬間、敵兵から奪い取った槍を構え狙いすませて馬車の車輪に向かって投げ込んだ。

 

 槍は狙い違わず車輪に向かって真っ直ぐ飛んでいくとガッという音と共に槍が車輪に挟まり、砂埃と共に凄まじい音を立てながら馬車の動きが止まった。

 馬車の後ろから俺を追っていた敵兵は、走っている馬の勢いを止めることなど出来ずに急停車した馬車を避けきれず思い切り正面衝突した。この動きは一騎にとどまらず、多くの敵の騎馬を巻き込んでいった。

 よし、上手くいったようだ。

 

 これで後ろからの圧力は多少減じたもののまだまだ喜ぶには早い。

 馬車で巻き込めたのは前の方にいたやつらだけで後続がすぐに迂回してくるだろうし、敵の伏兵の一部が援軍を振り切り、俺たちの前に立ちはだかっている。しかも兵士たちはまだ昌文君の喪失から立ち直れてはいないのだ。

 

 このままでは俺たちの全滅は必至だ。

 状況を打開しなければと俺は大きく息を吸い半ば叫ぶように声を張り上げる。

 

 

「諦めるな!! まだ何も終わってはいないぞ!! 呆けている暇があったら為すべき事をなせ!!」

 

 

 兵士たちの視線が俺に向く。

 一時的とはいえ、俺が敵兵を退けたというのも有利に働いているのだろう。虚ろだった兵士たちの瞳の奥にわずかだが炎が宿ったのが見て取れた。

 この炎の源泉は俺だ。この火を消すわけにはいかない。むしろこの小さな炎に風を送り込んで大きくしなければならないのだ。

 兵士の視線の集まっているうちに指示を出す。

 

「隊列を組みなおせ!! 密集して前方を突破する!! 蓮荷、壁、兵を纏めろ!」

「「は、はい!」」

 

 蓮荷と壁がてきぱきと指示をだし、兵士たちが動き始めた。

 その動きは先ほどまでと違い、機敏なものだ。なんとか士気を持ち直せたらしい。

 もう俺たちの前に立ちふさがる敵は至近だ。

 

 やっと隊列が組みあがった。隊列は楔型、突破するのに秀でた陣形だ。

 俺はそれを確認すると兵士たちの前、楔の頂点にまで走りでて抜き身の剣を掲げる。

 兵士、全員の目が俺の背中に集まるのを感じた瞬間、俺は奇妙な感覚を覚えた。俺の後ろにいる兵一人一人の視線から何かが送られてきているかのように自分の中から力が湧き上がってきるような感覚が。今なら何でもできるような高揚を覚える。何かを悟った気がした。

 

 ーーああ、これが将の景色か。

 

 この感覚に浸っていたいがそんなことをしている暇はない。

 俺は湧き上がる高揚のままに剣を振り下ろし号令をかけるッ!

 

「このまま前方を突き破る!! 俺についてこい!!!」

「「「「うオォォォぉぉぉ!!!!」」」

 

 馬を駆けさせ、敵中に突っ込んでいく。

 みるみるうちに敵との距離が縮まり、敵兵の顔や鎧の傷までが視認できるほどにまで迫る。

 武装しこちらに殺意を向けてくる敵の軍勢に自ら飛び込んでいくのは今まで感じたことのない威圧感はあるものの不思議と恐怖心は感じなかった。

 

 

 数瞬後、敵とぶつかるーー。

 突き出された槍を払いその敵の手首を打ったところまでは意識的にやったのはそこまででその後は殆ど無我夢中で剣を振るい敵を倒すことよりもただひたすら前進することに専念した。

 

 突然パッと視界が広がり、敵陣を突破したことが分かった。

 抜けてみると拍子抜けするほどすぐに抜けられたような感じがした。

 後ろを振り返ると、兵たちは幾分か数は減っているもののかなりの数が残っていた。俺のすぐ後ろに壁と蓮荷も付いて来ていたことに今ようやく気付いた。

 

「見事な指揮でした。しかし前に出すぎです」

「今の兵たちには旗が要る。俺が前に出て剣を振るわねば今の兵たちは戦えない」

「それは、そうかもしれませんが……」

「まぁまぁ、私も思うところがないではないがひとまず窮地は抜けられたのだ。大王の存在なくして切り抜けられなかったのだから諫言もそのくらいにして差し上げたらどうだ」

 

 なんとか光明が見えたせいか、少し明るい声で壁が声をかけてきた。

 

「それにしてもこのままなら、ここから脱することができそうですね」

 

 しかし、俺たちに安心する暇はあたえられないようだった。

 

「大王! 右方の丘より新手の敵が現れました!!」

 

 後ろに控える兵から声が上がり、視線をやるとなるほど確かに右手に新たな騎馬隊が俺たち向かって走り寄ってきているのが見える。

 まだ俺たちとぶつかるまでに多少の余裕はあるものの、数分後には俺たちに襲い掛かってくるだろう。

 

「大王、このまま一丸となって新手にぶつかりましょう。今ならなんとか敵を食い破ることができるはずです!」

 

 壁がそう俺に声をかけてくる。

 たしかに俺たちがこの場を切り抜けるだけなら密集隊形のまま敵の包囲を突破していくのが最善ではある。あるが、そうするわけにもいかない。

 今は、俺がこの者たちの『将』なのだ。

 将としての最善を為さねばならない。

 

「いや、今から隊を二分する」

「なっ、何故ですか!? 今は隊を纏めて敵にあたるべきです! この状況で兵力を分散させるなど、恐れながら申し上げますが悪手も悪手かと!!」

「まぁ、落ち着いて聞け。まず壁、お前は一隊を率いて昌文君の救援に行け。そして蓮荷は残りの隊と共に一直線に集合場所に向かってくれ」

 

 集合場所というのは、俺たちが敵の目を引いているうちに王宮から脱出しているはずの大王と合流するために昌文君たちがあらかじめ決めている場所のことだ。

 兵たちは詳しいことは知らないが最終的な目的地があるということは知らされている。

 

「す、すこし待ってください! ならば大王はどうするのですか?」

「そ、そうだ。蓮荷殿と私のどちらと共に行かれるのです?」

「いや、お前たちとは行かん。さっき壁も言っていたがこの状況で兵を分散するのは各個撃破の恐れが増えるのみの悪手。しかし、それは敵の目を引き付けるものがあったならば話は別だ」

「つ、つまり……?」

「俺が囮になる。右手の敵に単騎で突撃すれば嫌でも俺に標的を合わせるはずだ。そのうちにお前たちはここから脱しろ」

 

 俺がそう口にした瞬間、壁と蓮荷が信じられないものを見るような目で俺を見てきた。

 さらに言うとその後ろから付いて来ている兵も同様に。

 そして蓮荷が悲鳴を上げるように叫ぶ。

 

「な、何をおっしゃっているんですか! あなたは将です! そんなこと将の振る舞いではありません!」

「そ、そうです。そんな危険な真似はさせられません!」

「そうは言うけどな、俺はお前たちの言う将として最善を尽くしているつもりだ」

「ど、どういうことですか……?」

 

 彼らの狼狽えように少し苦笑してしまう。

 蓮荷たちは大事なことを忘れていないだろうか。まぁ、それだけ彼らに認められているということならば素直に嬉しいのだが。

 

「王が窮地に陥ったとき命を懸けてまで助けようとする忠臣たちこそが王には必要になる。今も、これからも。勿論、お前たちのことだ。そんな貴重な人材をここで失う訳にはいかない。この場にいる者たちを一兵でも多く生き残らせる、それが今の俺が思う将としての最善だ」

 

 俺の言葉を耳にした途端、壁と蓮荷は俯いてしまう。言葉に裏にあるものを感じ取ってくれたのだろう。そう、俺はただの影なのだ。彼女たちが、兵たちが命を懸けてまで守るべき存在ではない。

 しかし、それが分かるのは事情を知る者だけだ。

 

「お、恐れながら申し上げます! 確かに大王のおっしゃることは道理。しかし、前提として大王がおらねばそれはすべて無駄になります! 兵のために王が死に身をさらすなど本末転倒です」

 

 そう声を上げたのは常に蓮荷の傍にいて槍を振るっていた壮年の男。恐らくは蓮荷の側近なのだろう。

 彼の言うことは正しい。正しいがゆえにごまかすことが難しい。

 

「……この際だ。すべて話してしまおう」

「「なっ……!」」

 

 壁と蓮荷に止められる前に続けて言う。

 

 

「俺は大王ではない」

 

 

「俺の名は漂。昌文君が用意したただの影だ。俺のために死ぬ必要はない」

 

 俺がそう言い切ると戦場の中で奇妙な程静寂が流れた。

 まぁ、当然だ。自分たちの主だと思っていたものがただの偽物だったとしって平静でいられる奴のほうが少ない。

 これで多少士気は下がるだろうが、俺にこだわって皆死ぬのよりは万倍もましだ。

 

 そんな静寂を打ち破ったのは蓮荷の声であった。

 

「で、ですがわざわざ貴方が囮にならずともよいではないですか……!」

「いや、囮となるからには敵の注意を絶対にひかなければならない。最も敵の耳目を集めるのがだれかくらいわかるだろう?」

 

 俺の言葉に蓮荷は少し黙ったがすぐに何かを決心したような顔をして先ほどの壮年の兵に向き直った。

 

「……徐伴(じょはん)! 貴方が隊を率いて集合場所まで行ってください。それから三十名ほど精鋭の選出を」

「……ハッ、ご命令とあらば」

 

 どうやらこの男は徐伴というらしい、が今はそれはいい。

 

「蓮荷? 何のつもりだ」

「漂様の目を見て貴方が囮になることをやめるように説得するのは諦めました。ならば私も付いていくまで」

「阿呆、さっきも言ったがお前のような貴重な人材を危険にさらすわけにはいかない」

「……一つお聞きしますが漂様は死ぬおつもりだったのですか?」

「いや、そんなことはないが」

 

 これは本心だった。今からやろうとしていることが半ば無謀なことであることは分かってはいたが死ぬつもりなんて毛頭なかった。

 

「ならば問題ないでしょう」

「いや、待て」

「それに!」

 

 蓮荷が俺の言葉を遮って口を開く。

 

「大王にとって必要な人材を守るというのなら! この場において最も守られるべきは漂様、あなたを置いて他ありません!!」

 

 彼女がそこまで俺を買ってくれていることに嬉しくなるが、口の端を引き締めて問う。

 

「俺は半年前までただの下僕だったんだぞ?」

「そんなことは関係ありません。確かに過去は下僕だったのかもしれません。しかし、今は堂々と我々の将として立っておられる。敵兵を討ち、味方を鼓舞し、的確な指示を出し、誰よりも前で剣を振るう。誰があなたに文句を言えましょう」

 

 それはこの場のだれも否定しないはずです、と続ける。俺が下僕だったという言葉に絶句していた兵たちも頷いてくれているのが見えた。

 そして蓮荷は大きく息を吸った。

 

「そして! あなたは将来、天下の大将軍となられるお方です!! これ以上に守るべき方が他におられましょうか!!」

 

 少し頬を染めながら、どこまでも真剣な顔をそう言い切る蓮荷に俺は今回は耐え切れず、思わず吹き出してしまった。

 

「くっ、くはは、ははははは!」

「なっ、何故笑うのです!」

「ふ、ふふっ。すまない、蓮荷。嬉しくてついな。今まで俺の夢をここまで真剣に信じてくれたのは俺の友を除けば初めてだ」

「っ……! と、当然です。今回の指揮を見て確信しました。貴方はどこまでも高くこの戦国を駆け抜けていくお方だと」

 

 そこまで言われてしまえば、拒否することなんてできる訳ないじゃないか。

 

「よし、ならば蓮荷! 未来の大将軍の供をせよ!!」

 

 そう言うと蓮荷は弾けるような笑顔で返事をした。

 

「はいっ!」

 

 

 

 

 

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