漂雲記   作:古本

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死闘

 馬から視線を外し、朱凶に向き直る。

 と、あることに気がついた。

 

「もう一人はどうした?」

「ふっ、あいつには先ほどこの村からこそこそと出ていったガキを追わせている」

「ああ、信の方に向かったのか」

「やけに落ち着いているな。あのガキ今頃は死んでいるというのに。あいつは俺には劣るとは言えただのガキに手こずるような腕じゃない」

 

 朱凶はそんなことを言って俺を揺さぶろうとしているのだろうが無駄だ。

 

「ハッ、焦る必要などないさ。信の実力は俺がよく知っている。むしろお前は大丈夫なのか? てっきり二対一でかかってくると思っていたのに」

「何?」

「分からんのか? お前一人だけで俺の相手がつとまるのか心配してやってるんだ」

「……余程死にたいらしいな。もはや問答無用」

 

 俺の言葉に青筋を立てた朱凶が背中の剣をカラカラと引き抜いて構える。それに呼応して俺も蓮荷の剣を引き抜いて構える。こいつ煽り耐性が低いな。

 朱凶は無造作なまでに自然と距離を詰めてきて剣を振り下ろしてくる。俺はそれに合わせて剣を傾け、受ける。

 

「ッ!」

 

 あんなことを言ったもののこいつの実力は間違いない。

 重い。先ほどと違ってお互いに地に足つけた状態での対峙だからこそ、朱凶の実力がよく分かる。

 しかし、俺も負けてはいられない。

 

 俺に剣を受けられたのを見た朱凶は剣を引き戻し、再び打ちかかってくる。二度、三度、四度……。

 俺をそれを凌ぎつつ、機を見計らっていた。

 数度俺に攻撃を受け止められて焦れたのか、都合五回目となる剣撃が少し大振りになった。

 

 俺はその攻撃を受けず、少し下がることで回避。

 風切り音と共に目の前を剣先が通った瞬間に、逆に前に出る。そして横薙ぎの一撃。

 しかし、それは素早く剣を戻した朱凶によって止められる、が、それは予想済みだ。身体を回転させて逆方向からもう一度顔面目掛けて水平斬りを放つ。

 予想外の動きだったのか、朱凶は少し対応が遅れた。しかしそれでも流石の反応で身を仰け反らせるが避けきれずに頬に赤い筋が走る。

 

 一応当たったが、浅い。

 俺は追撃を仕掛けようとそのまま上段から剣を打ち下ろす。しかし、それは体勢を立て直した朱凶に対応されて弾かれる。

 もう一度攻撃を仕掛けようかと思ったが、今度は朱凶が体勢を立て直し突きを放ってきたので欲張らずに後ろに下がり一度距離をとった。

 

「やはり中々やるな」

 

 すると向こうから話しかけてきた。

 問答無用じゃなかったんだろうか。まぁ一応煽っておこう。

 

「お前もまぁまぁやるじゃないか、期待以上だった」

「ふん、一度当てたくらいで調子に乗るなよ。油断をつかれただけにすぎん」

 

 わざと怒らせようとしていることに気が付かれたのか今度は乗ってこなかった。

 朱凶が頬に流れる血を拭い口を開く。

 

「お前、大王ではないな。王宮でぬくぬくと過ごしたガキがこんな剣使えるはずがない」

 

 それは俺の正体を見破ったものだった。

 大王が剣を使えないというのは違う気がする。少ししか会っていないがただのお坊ちゃんには見えなかった。

 まぁ、それはともかくもう正体を偽る必要もないか。

 

「……ああ、そうだ。お前は大王本人が目標だったのだろう? 残念だったな。お前の言う通り俺は影だ。無駄骨だったな」

「くくく、そんなことはないさ。やることは変わらない」

「何?」

「さっき村から出たガキの向かう先はどうせ大王のところだろう? お前から居場所を聞き出してゆっくり向かえばそれで終わりだ。それにお前が大王本人である可能性も残っている。確実に潰す。もう油断はせんぞ」

「はッ、やれるものならやってみろ」

 

 俺に一撃当てられて、逆に冷静になったのか目には冷徹な光が宿っている。

 お互い構えなおすが、先ほどまでわずかにあった隙がなくなって高い壁が目の前にあるような圧迫感すらある。

 

「技、力、速さ。どれをとってもその年にしては破格のものだ。だが五年早かったなッ!」

 

 そう言いながら朱凶はまたしても剣を振り下ろしてくる。

 俺もそれに対抗するべく剣を思い切り振るう。二つの剣は両者の真ん中でぶつかり、そしてーー。

 

「ぐッ!」

 

 俺の剣が弾かれる。

 先ほどの攻撃よりも鋭い剣撃。それに対応しきれずに押し負けてしまったのだ。

 

 そしてそのまま朱凶が追撃してくる。

 凄まじい剣撃を何度も放ってくる。何とか合わせて防いでいくが、全ては捌ききれずに小さな傷が増えていく。

 

 くそ、このままだとじわじわと削られて行ってしまう。

 なんとかこの状況を打破しようと隙を窺う。と、すぐにチャンスが訪れた。朱凶の攻撃を半身になって躱すと、朱凶が体勢を崩したのだ。

 この絶好の機を逃すまいと、剣を素早く上段に構えて、振り下ろすッ。

 

 ーー獲った。

 剣を振り下ろした瞬間に手応えを感じた。

 

 剣は狙い違わず真っ直ぐに朱凶の首筋に吸い込まれて行き、ーー次に響くは硬質な音。

 

「なにっ」

 

 朱凶は俺の剣を完璧に防いだのだ。あの体勢から俺の攻撃を受けるのは、予想でもしていなければ不可能。ーー嵌められた。

 そう悟った瞬間に後ろに飛びのこうとする、が、朱凶の脚の方が早かった。

 朱凶が身体を捻りながら繰り出した蹴りは、俺の怪我した脇腹を捉えた。

 

「がッ!」

 

 目の前が白くなるような痛みに一瞬身体が硬直する。

 後ろに跳ぼうとしていたので多少が威力が減衰しているはずだが、それでも凄まじい痛みが身体を走る。

 その間にも朱凶が距離を詰めてきているのが目の端に見えた。

 

「お前は実力はあるが、経験とーー」

 

 朱凶は話しながら剣を振り上げる。

 俺が痛みに耐え何とか剣を構えた瞬間に、凄まじい衝撃。

 

「何より、剣に重さが足りんッ!!」

 

 剣どうしがぶつかったとは思えない轟音と共に俺の足が地面から浮き、そのまま吹き飛ばされる。

 背中が納屋の壁にぶつかることでようやく止まった。

 

「かはッ」

 

 口から息が漏れ、そのままずるずると身体が落ちその場で膝をついてしまう。

 

「漂様!!」

 

 横の里典の家から蓮荷の声が聞えた。

 俺が納屋にぶつかった時の音に反応したのだろう。

 

 しかしそれに反応している暇はなかった。

 剣を杖にして萎えそうになる脚に活を入れてどうにか立ち上がる。

 そして剣をしっかり握りしめて朱凶に向かって歩く。

 全身が悲鳴を上げるように痛む。脇腹に至っては、常に熱した鉄でも当てられているかのように熱を帯びじくじくと痛む。

 ああ、疑いようもなく命の瀬戸際だ。だが……。

 

「……何を笑っている。気でも触れたか」

 

 そう言われて頬に触れてようやく自分が笑っていることに気づいた。

 俺はどうやらこんな危機的な状況を前に笑ってしまっていたようだ。気付かなかったが笑ってしまっている理由は分かる。

 

 ーー楽しいのだ。どうしようもなく。

 

 明らかな死地。形勢も悪い。それでも俺は歓喜を抑えられなかった。

 訓練では決して味わうことのない重い空気。身体に絡みつき動きを阻害する朱凶からの殺気。気を抜けば柄を取り落としてしまいそうになるほど滲んだ手汗。いつもよりも数倍は早くあがる息に、肋を突き破ろうとするかのようにバクバクと激しく拍動する心臓。

 

 その全てが心地よい。

 全てを、否、それ以上を出し切らねば死ぬという緊張感。そして何より、今まで必死に培っていたものを全力で発揮してもよい環境。

 超えられるか分からない壁。そして絶対に越えなければならない壁。それに直面することがこんなにも快をもたらすとは知らなかった。

 

 狂っていると言えば、そうなのだろう。

 しかし、それがなんだ。この世界において武力は最も尊ばれるものの一つだ。そしてこうしなければ俺の夢に辿り着かないというのならば俺はためらわずに剣を振るのだ。

 

 ああ、どうも俺は闘争というものが好きらしい。

 平和な日本では絶対に気づかなかった、気が付いてしまえば酷く生きにくかったであろうこの性質もこの世界を生きるにはむしろ都合がいい。

 

 俺は湧き上がる闘争心の赴くまま、走り出すッ。

 走り寄ったスピードを全て込めて、朱凶に剣を叩き込む。

 

「はァッ!!」

「くッ」

 

 また一方の剣が弾かれる。先ほどと異なるのは弾かれたのが朱凶の物だったということ。

 今度は俺の剣が朱凶に押し勝った。

 

 その勢いのまま猛攻を仕掛ける。上段から打ち下ろし、袈裟斬りを放ち、水平に薙ぎ、突きを放つ。息をつかせぬ剣撃を繰り出し続け、反撃の機会すら与えない。

 

 自分でもさっきとは比べようにもならないほど自分の剣の威力が上がっていることが分かる。怪我をしているのに普段よりもむしろ調子がいい。

 剣を振るたびに自分が成長しているという実感があった。その実感が心地よく、どんどんと自分の動きを加速させてゆく。

 

 初めは何とか対応していた朱凶だったがこいつの反応を俺の攻撃が上回り、俺の剣が朱凶の体をやがて捉えてゆく。先ほどとは違い、朱凶の体にどんどんと傷が刻まれる。

 

 こんな事態は予想外だったのか、朱凶は明らかに焦り反応が鈍る。それによりさらに俺が有利に戦いを進める。俺の優勢は明らかだった。

 何度目かの攻防。朱凶が俺の剣を受け損ねたせいで体勢が崩れ剣が下がった。ので空いた腹に向かって蹴りを叩き込むッ。

 

 俺の蹴りは朱凶の腹に突き刺さり朱凶が怯んだ。

 その流れのまま蹴り脚でしっかりと地面を踏みしめて、思い切り袈裟斬りを放つッ。

 

「セアアアァァァァッーー!」

「ぐっ!」

 

 渾身の力が込められた剣を朱凶は何とか受けたがその衝撃に耐え切れず朱凶が後方に吹っ飛ぶ。朱凶は数メートルも吹っ飛び尻もちをついた。

 奇しくも立場が交代して先ほどの光景が繰り広げられた。

 

「し、信じられん。身体はボロボロのはずなのに攻撃は今までの攻撃よりも重く速い。もはや俺よりも……」

 

 朱凶が何かブツブツと言っているのを無視して歩を進める。

 体中傷だらけだが、このとき不思議と痛みは感じなかった。剣を肩に担いで朱凶に近づく。

 俺が少しづつ近づいていくにつれて、朱凶の顔には恐怖の色が浮かび始めた。

 

「まっ、待ってくれ!!」

 

 朱凶が必死の形相で言葉を発する。

 

「お、俺にはっ四人の子がいるんだっ! 俺が死ねば孤児となるっ! どうかっ! い、命だけは……!」

「孤児、か……」

 

 俺はその言葉を聞いて足を止めた。

 それを見た途端、朱凶の口がニヤリと吊り上がった。

 

「ハッ、馬鹿めッ! 俺の間合いで油断したな!!」

 

 言うが早いか、朱凶は俺から見えないように腕ごと背中に隠していた剣を勢いよく突き込んでくるッ。

 そして剣は真っ直ぐ俺のもとに走り、ザンっという音と共に何かが地面に落ちる。首を落としたと確信した朱凶が勝ち誇った顔で声を上げる。

 

「これで俺の勝、ち…だ……?」

 

 勢い込んで叫ぶ朱凶だがすぐに勢いを失った。

 それもそのはず、地面に落ちたのは俺の首ではなく、剣を握ったまま朱凶の両腕だったのだから。

 俺が朱凶の反撃に対してカウンターで、こいつの腕を斬り落としたのだ。

 

「う、うわあああぁあぁぁ! 腕が、俺の腕が……!」

「油断なんてするわけないだろうが」

 

 余力を残しているうちにこいつが命乞いなんてするわけないと思って警戒していて正解だった。

 

 さてそろそろ終わりにしよう。

 俺の影が朱凶の顔にかかると彼の顔が絶望と諦観に染まった。流石の暗殺者も両腕を切り落とされては成す術ないのだろう。それでも警戒しながらじりじりと距離をつめる。

 

「こ、この俺が負ける……だと……」

「ああ、俺の勝ちだ」

「くっ、これも暗殺者なんて因果な仕事をしていれば当然の末路、か」

 

 色を失っていた朱凶だが、事ここに至って逆に肝が据わったのか冷静になってきたのが分かった。とはいっても起死回生の一手を狙っているような感じではなく、恐らく自分の死を受け入れたのだろう。

 俺がこれ以上手を下さずとも、出血多量で死ぬことはまず間違いないしな。

 

「俺の首を落とす前に聞かせろ。お前は何者だ?」

 

 そんな様子の朱凶が落ち着いた声色で聞いてくる。

 俺を殺すために派遣された暗殺者とはいえ俺の目の前に現れた初めての強敵で、間違いなく俺を成長させてくれた人物だ。手向けになるかはわからないが、聞かれたことには堂々と答えてやろう。何の価値もないガキに負けたとは思わぬように。

 

「俺の名は漂。……天下の大将軍になる男だ!!」

「くくく、それは光栄な話じゃないか。……もう思い残すことはない。さっさとやれ」

「言われなくとも」

 

 俺は剣をかまえ、そして思い切り振り下ろす。

 剣先は何の抵抗もなく朱凶の首を通り過ぎ、数瞬遅れてごろりと首が転がった。

 

 ーー勝った。

 

 そう認識した途端、思い出したかのように体中が痛み出し、どっと疲れを感じた。

 気が抜けたのかふわりと全身の力が抜けた。

 

「漂様!!」

 

 堅い地面に倒れるだろうな、という俺の予想に反して柔らかい何かに俺の体は支えられた。というか蓮荷だった。心配してここまで駆けつけてくれたのだろう。

 

「ありがとう、蓮荷」

「そんなことはいいのです。ひとまず今は安静にしていて下さい」

 

 そう言って蓮荷は自分の肩を貸して俺の体を支えてくれる。どうやらこのまま李典の家まで運んでくれるつもりらしい。

 しかし、そんな蓮荷の歩みはすぐに止まった。

 

「漂様、失礼ながら剣を返していただきます」

 

 蓮荷は緊張感漂う雰囲気でそう言って、俺の手から剣を取った。

 そして蓮荷はそれを右手で構える。

 

「どうした、蓮荷」

「今、気配を感じました。誰かが近くにいます」

 

 ……気を抜き過ぎたな。まったく気付かなかった。

 この状況で俺たちを覗き見ている者の候補なんて限られてくる。

 

「近くにいるのは分かっています!! 姿を見せなさい!!」

 

 蓮荷が大声でそういうと、目の前に赤い服を着た小柄な朱凶が現れた。

 やはりこいつか。

 せめて蓮荷の邪魔にならないように、気力を奮わせて蓮荷に預けていた体重を戻し、自分の足で立つ。

 

「信のもとへ向かったんじゃなかったのか?」

「……初めから向かっていない」

 

 返事を期待せずに問いかけると意外にも返答が返ってきた。

 というか、声が予想以上に高い。……まさか。

 

「もしかして、お前女か?」

「そうだけど、だからなに?」

 

 た、確かにその通りだ。

 勝手に男だと思い込んでいたから驚いたが今はそんなことはどうでもいい。

 

「初めから向かっていないとはどういう意味ですか」

「そのままの意味。あいつの命令を聞かなかった」

「何故です?」

 

 蓮荷がそう問いかけると、彼女は俺の方を見つめてきた。

 なんだ。

 

「この人ならもしかしたらあいつを殺してくれるかもって思ったから」

 

 そして聞こえてくるのは衝撃的な言葉。

 

「す、少し待ってください。貴方は朱凶の一員で、この男は仲間のはずですよね?」

「仲間なんかじゃない!」

 

 女は仲間という言葉に強く反応した。

 感情を感じさせない平坦な話し方なのに、その言葉に本気で嫌悪感を覚えていることがすぐに分かった。よほどそういわれるのが嫌なのだろうか。

 

「私はこいつにお母さんと弟を人質にされて脅されていたから仕方なく仕事を手伝わされていただけ。こいつが死ねばお母さんたちを助けられる」

「だ、だからあの朱凶を殺してくれるかもと思ってここに残っていたということですか」

「そう。お母さんたち牢屋のカギをこいつが持ってるから回収しなくちゃいけないし、あと、お礼を言おうと思って」

「お礼?」

 

 そういうと女は俺に向かってぺこりと頭を下げた。

 

「ありがとう、貴方はお母さんたちを救ってくれた恩人」

「いや、俺はお前たちのことなんか知らなかった。単に自分たちの敵を倒しただけだ」

「それでも。ありがとう。あと貴女もごめん、腕を怪我させた」

 

 それだけ言うと女は朱凶の懐を探って、小さなかぎを引っ張り出すと、すぐにーー正確には朱凶の首のない胴体に一発蹴りを入れてからーー去って行った。

 どうやら本当にお礼を言うためだけに俺たちの前に現れたようだ。

 

 蓮荷が安心したように息を吐いた。

 

「ふぅ、どうやら行ったみたいですね。流石に右手一本では少し不安だったので助かりました。とにかく今は治療をーー」

 

 蓮荷が話しかけてくれていたが、気が抜けた俺はやはり身体は疲れ切っていたのだろう、強烈な眠気に襲われてそのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

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