リバーサル・ワールド   作:朱花

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死闘

 ガイザが苦労している頃、宴会場でもひとつの動きがあった。

 

「⋯⋯!」

 

 側近の男は自分の視界に入ったそれに思わず目を剥く。 それもそのはず、そこにあったものは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。 その死体の服はひん剥かれて、美しい肢体が惜しげもなく晒されていた。 しかし、そこに色気は全くと言っていいほど無い。 火炎放射のようなもので焼かれたであろう首元は血で赤黒く染まり、抵抗をしたのか腕の辺りには目新しい痣が刻まれていた。 それに加えて死体特有の腐臭を漂わざるそれからは、むしろ不快感しか感じ取れなかった。

 

 男は必死で頭を回転させ、ひとつの結論に辿り着いた。

 ―――目の前にいる女は偽物である。

 

 その男は優秀であった。 さり気なく周囲の仲間たちに指示を飛ばすことで、その死体の存在を知らせることに成功した。 そして⋯⋯何も無い風を装って一人の側近の男が女の背後につく。

 息を飲んで胸元から拳銃を抜き、女の脳天目掛けて放った―――

 

「⋯⋯ば、かな」

 

 苦しげな声が漏れたのは男の方。 いつの間にか女と男の間に割って入った少女が拳銃の弾を受け、そのまま男の身体を拳で貫いたのであった。

 

「⋯⋯対象、生命反応の終了を確認」

「⋯⋯なんであの女が?」

 

 無感動に呟いたその少女を見て、男たちは驚愕の声を上げる。 それもそのはず、メイド服を見に纏ったその少女の顔は、先程床に酒を零してしまった使用人のものと同じであったのだ。 もっとも、その表情は先程までのオドオドとしたものではなく、氷のように冷たい無表情であるのだが。

 

「⋯⋯ヒュー。 危ない危ない、全く気がつかなかったぜ。 助かったよサロメ」

「是。 もう少し注意感を持ってください」

「⋯⋯あれ? もしかして怒ってる? ごめんって!」

 

 そんな男たちを他所に、サロメと呼ばれた少女に彼らのボスである女はペコペコと平謝りを繰り返す。 しかし、その女の声色は明らかな男性のものであったのだが。

 

「さて⋯⋯お前ら⋯⋯よくも余計なことしてくれたな」

「⋯⋯否。 あんな分かりやすい場所にあれば誰でもすぐに見つけられると思います」

「⋯⋯サロメ。 ちょっと黙ってて」

「是。 分かりました」

「⋯⋯まぁいい。 どっちにしろお前たちの寿命がほんの少しだけ短くなっただけだ」

 

 傲慢にもそう告げる女の姿をしたものが、顔と胸元に手をかけそのまま引き裂いた。破られたそれを女だったものは無感動に投げ捨てる。

 ⋯⋯床に落ちたそれは、先程まで女だったものが着ていた服と、変装用のマスクであった。

 

「⋯⋯さーて。 お前らの末路は当然、死だ」

 

 何故か楽しげに呟いた、女だったものの素顔は意外にも端正な顔立ちの勝気な少女であった。 不思議と男言葉が似合う彼女は立てた親指を下に向ける。 処刑の合図である。

 

「⋯⋯よし! サロメ! 後は任せた!」

「⋯⋯是。 《ウイング展開》」

 

 大きな音を立てながら、サロメの背中から何かが生える。 喧しい音を立てながら現れたそれは、鉄で作られた機構の翼であった。

 

「⋯⋯システムオールクリア。 対象の座標を確認。 《殲滅モード》移行」

 

 情報の連続についていけなくなった彼らを他所に、サロメの姿はさらに変化する。 初めに変化したものは彼女の左腕。 触れれば折れてしまいそうなほど細く、色白であったそれは大きく存在感を放つ大砲へと変えられていた。 続いての変化は彼女の右腕。左腕と同じように華奢であったその面影は既に無く、逞しい機械の腕となったそれは成人男性程の長さを持つ剣を握っていた。最後の変化は彼女の周辺。 変身時に砕かれた鉄やコンクリートが空を飛ぶ彼女を護るかのように辺りに漂っていた。

 

 ―――これこそが彼女の真の姿。

 《殲滅モード》となったサロメの本気であった。

 

「⋯⋯ん? あぁ。 分かった。 それじゃあ手筈通りに頼む。 ⋯⋯おーいサロメ!」

 

 耳に取り付けられた電話機から何か情報を受け取った勝気な少女―――ニコラは右手を大きく振ってサロメに呼びかける。

 

「ナビィ達も終わったってよ! さっさとこっちも終わらせるぞ!」

 

 サロメからの応答は無かったが、構わずニコラは叫んだ。 どうやらその声が届いたようで、小さく頷いていた。

 

「目標⋯⋯確認。 照射準備⋯⋯完了」

 

 左手の大砲を未だ呆然とする男たちに向ける。 今さら事の重大さに気がついたように、慌てふためいていたが、もう遅い。

 

「⋯⋯発射(バースト)!」

 

 凛とした声が響き、数瞬遅れて死を届ける絶望の光が到来した。 その光に充てられて、男たちは断末魔を上げることすら叶わずに、有無を言わぬ焼け焦げた肉塊へとその姿を変えられた。

 

「⋯⋯対象の消滅を確認。 システム異常なし。 完全な勝利を達成」

「いや⋯⋯えげつねえな」

 

 ふわふわと滑空しながら床に着地したサロメを、ニコラは呆れて見つめる。 誰一人として残さない、完全な殲滅であった。

 

「否。 ニコラが手伝ってくれていれば、こんなことにはなっていませんでした」

「うるせえよ! ⋯⋯ほら! さっさとずらかるぞ⋯⋯」

 

 翼を弄りながらそう呟いたサロメの頭をニコラはコツりと叩く。 そして、二人は顔を仮面で隠した。

 

「⋯⋯よし! 頼むぞサロメ」

「是。 システムオールクリア。 飛行準備完了」

「⋯⋯発進!」

 

 ニコラを背に乗せた状態で、サロメの身体が浮き上がる。 機構の翼を忙しなく動かしながら、彼女らが向かうのは会場の真上に設置されている窓であった。

 

「⋯⋯おやおや。 逃げられてはこまりやすねぇ」

「⋯⋯!」

 

 どこからか響いた野太い男の声が、サロメの耳に届く。 そんな彼女に続いてやって来たのは何かが翼を貫く―――そんな感覚であった。硬い鉄で出来たはずのその翼が。

 

「⋯⋯翼の損傷を確認。 墜落します」

「⋯⋯なに! ぐっ⋯⋯!」

 

 翼に穴が開けられるという予想外の事態に戸惑ったニコラは為す術もなく宙に投げ出された。 何とか受身を取ることに成功したが、身体へのダメージは決して小さくない。 内出血や打撲での痛みが身体中でその存在を訴えていた。

 

「サロメ! 大丈夫か? 何があった?」

「身体損傷は軽微です。 どこからか翼を撃ち抜かれました。 飛ぶこと自体に問題はありません」

「⋯⋯次はオレも周辺を警戒する。 早くここを脱出するぞ!」

 

 そう言ってニコラはサロメの所へと駆け寄り、その背中に飛び乗ろうと身体を動かす。

 

「だから⋯⋯逃げられてはこまりやすねぇ!」

 

 声が聞こえたのは背後。 慌てて振り返るが遅かった。

 三角笠を目深に被った男が、既に自分に向けて剣を振るっている最中であったのだ。

(これは⋯⋯防げないな。 ⋯⋯くそったれ!)

 

 走馬灯なのか、異常な程ゆっくりと迫り来るそれを必死で睨みつけるが、実用的な対策は何一つとして浮かばなかった。 無駄だと悟りながらも、その剣のやってくる場所に向けて防御姿勢をとる。

 残るは次の瞬間やってくるであろう剣の感覚を待って、目を瞑るのみであった。

 

 ―――ガキン!

 

(え?)

 耳に届いたのは、硬い金属同士が触れ合う音。 自分の身体を斬り裂く剣の感覚もどれだけ待ってもやってくる気配がなかった。 恐る恐ると目を開ける―――

 

「おんやお嬢さん。 身体硬いですねぇ。 いや、良い意味で、ですぜ?」

「警告。 これ以上危害を加えるのでしたら、排除を実行致します」

 

 視界に飛び込んできたのは、男の斬撃を身を呈して受け止めていたサロメの姿であった。彼女の警告を無視して、三角笠の男は自分たちが奪ったはずの魔剣を振り続ける。

(あの変な喋り方⋯⋯間違いない)

 その様子を見つめながら、ニコラは確信した。 事前に忠告を受けていたこの組織の副会長『雷神のガイザ』が自分たちの目の前にいることを。

 

「敵対の意志を確認。 対象の排除に移行します」

「⋯⋯勘弁して欲しいですねぇ」

 

 言葉上は余裕の無いように振る舞いながらも、ガイザの立ち回りは全く危なげのないものであった。 無駄の無い動きで恐るべき速さで迫るサロメの攻撃を捌き続ける⋯⋯

 

「お嬢さん⋯⋯お強いでございやすねぇ。 ⋯⋯こいつは厄介でござんす」

「否。 貴方も強いです。 提案です。 この辺りで手打ちに致しませんか?」

「⋯⋯それは無理なお願いでございやす」

「⋯⋯敵対の意志を確認。 《断罪モード》移行」

 

 宣言したサロメの身体に更なる変化が訪れる。 左腕の大砲はより小ぶりの、しかし連射が可能な銃へと変わり、右腕の剣もより短く小回りの利くものへと変化した。 これこそ彼女の別の姿、多対一を想定した《殲滅モード》とは別の一対一を念頭に置いた《断罪モード》である。

 

「⋯⋯ご覚悟を」

「⋯⋯!」

 

 先程までの拮抗した状態とは一変して、戦況は彼女の一転攻勢へと変化した。 素早く間合いを詰めて斬り伏せる彼女の攻撃は、間違いなく先程の三倍は速い。

 

「これはこれは⋯⋯」

 

 仕切り直すべく間合いを開けたガイザに向けて、サロメが放った弾丸が彼の脛を撃ち貫いた。 そのまま膝をついたガイザの隙を見逃すはずもなく、サロメは恐るべき速さで間合いを詰める。そのまま剣を振り下ろした。

 ―――しかし、そこで予想外の事態が起こった。

 

「⋯⋯ガイザ様!」

 

 いつの間にか会場の入口に立っていた男が、叫びながらサロメに向けて発砲したのだ。 《断罪モード》によって極端に視界が狭くなっていた彼女は、それに反応出来ずに彼女の身体の中で最も柔らかい部分⋯⋯脛を弾丸によって撃ち抜かれた。

 

「⋯⋯グッ」

「⋯⋯あっしの力では及びませんでしたが、仲間の力での勝利でござんす。 では⋯⋯神妙に逝け!」

 

 膝をついた彼女に向かって、立ち上がったガイザが勝利宣言と共に剣を振りかぶる。 彼女は悔しそうに顔を歪めるが、足が機能せずに動けない様子だった。 絶望的な表情を浮かべるサロメにその凶刃が迫る―――

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