【探偵ならば言葉を紡げ -オッドアイキャット連続消失事件―】   作:玉兎たまうさぎ

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らすとです


第3話 被虐的であろうと、救いへ。

【1月21日 15時】

 

「事件の真相と犯人がわかったって・・・・・・突然そんな・・・」

 

さっきまでは取り付く島もないような状況だったのに、いきなり真相と犯人がわかったなんて・・・・・・。

 

って、事件?犯人って───

 

「───今回の依頼は猫の捜索じゃないんですか!?」

「依頼上ではね。でも真実は、誰かが意図的に起こした明確な事件だった」

 

ただの猫探しのはずが、状況が変わる。

誰かが意図的に猫をいなくしているってことは、それは・・・・・・。

 

「猫は誘拐されてるってことですか・・・・・・?」

「まぁそうなるだろうね。それより急ごう、あまりに距離が離れると追いつけなくなる」

 

僕の返事をまたず、言の葉くんは携帯を見ながら早歩きで動き出す。

それに離されないよう、しっかりとついていく。

 

「言の葉くん、説明してよ。なんでいきなり犯人がわかったの?」

「あぁごめんね、実は───」

 

「───今回の事件は初めから、真相の目星がついていたんだ」

「えっ・・・・・・?」

 

あまりの事実に言葉が出ない。

最初から真相が見えていたなんて、そんなのおかしいじゃないか。

真相が見えていたなら、5時間も意味のない捜索なんかしなくてよかったんじゃ・・・・・・。

 

「だから、今回は俺の推理を確かなモノにするために、初めに時間割いたんだ」

「あの探索の時間ですか?」

「そう。あの探索はパッと見、なんの情報も得られなかった無駄な時間だったけど、俺の推理がもし間違ってなければ、探索の時に”何も見つからない”という結果が見つかると思ってた」

「”何も見つからない”が見つかるって・・・・・・」

 

『猫が1匹も見つからなかった』、という不自然さを確かなモノにするために、あんな時間を取ったって言うのか・・・・・・。

 

「社畜さんが迷い猫の飼い主達の住所を伝えなかったのは、きっと意味が無いからだ。」

「意味って…何の意味が…?」

「どこかを捜索する意味が、だよ」

 

捜索する意味がないことを伝えるためって、なんでそんな……。

直接そのことを伝えてくれればいいのに……。

社畜さんらしからぬ回りくどさに困惑してしまう。

 

そんな僕の心を見透かすかのように、言の葉くんは振り返って微笑んだ。

 

「安心しなよ。これはきっと社畜さんからのテストみたいなものだったんだ」

「試練ですか……?」

「そ、俺たちが探偵同盟としてやっていけるかのテスト。馬鹿正直に探索し続けるような探偵は探偵同盟にいらないだろうからね」

「そんなっ……」

 

テストなんて……やっぱり探偵同盟に入るのは厳しいのか…。

社畜さんに誘われて覚悟を決めたものの、こんなテストにも気づかないなんて。

僕だけじゃ、がむしゃらに探索を続けて時間切れになっていただろう。

 

「でも、今回は不幸ちゃんのおかげでサクッと終わりそうで良かったよ」

「僕のおかげで……?」

 

今日の仕事で、僕が活躍したところなんてあっただろうか……。

ほとんど言の葉くん一人で真相まで辿りついてしまった気がする。

 

「今回の事件、真相への決め手と犯人は、君が連れてきてくれたんだよ」

「えっ……」

「まず一つ目として、猫がいなくなってしまったおばさん」

 

僕が間違えて缶をぶつけてしまったおばさんのことだろうか。

そういって言の葉くんは僕に携帯の画面を向ける。

画面には茶色の毛並みの猫が映っていた。

 

この猫とあのおばさんが真相への決め手……?

 

「正直、猫が誘拐されていたってことはわかっても、動機も犯人もわからなかった」

 

言の葉くんは携帯を自分の手元に戻し、またこちらに向ける。

 

「でもこれでハッキリした」

「これって───」

 

画面に映っているのは、最近流行りのフリマアプリだ。

しかも、その内容にはさっき見た茶色の毛並みの猫が映っていた。

 

「───あのおばさんの猫じゃないですかっ!」

「そう、茶色の毛並み。そして青と茶色のオッドアイ。間違いなくさっきの猫だ」

「……じゃあその猫は今フリーマーケットに出されているんですか?」

「そういうこと」

 

そういうと言の葉くんは携帯をしまった。

 

「じゃあ、犯人は猫を盗んで、それを売ろうとしてるってことですか?」

「多分そうだね。このオッドアイの猫も、今日の昼に売りに出されたみたいだし、アカウント自体も作られたばっかりだ」

 

公園から駅までずっと携帯を見ていたのは、このアカウントを探していたのか…。

 

「じゃあ、僕たちが探している三匹もまだ……」

「まだ誰かに買われてはいないね」

「じゃあそのアカウントの人間を突き止めれば、犯人が───」

 

犯人が分かるんじゃないか、と言おうとしたところで言葉に詰まる。

そうだ、そんな簡単な話じゃない。

 

「わかるだろうね。でもそれじゃあ意味がない」

 

そうだ、僕らには重要な問題が残ってる……。

アカウントの人間を特定するにしても時間がかかる以上───

 

「───制限時間に間に合わない……」

「そうだね、俺達には制限時間がしっかりと決められてる」

 

制限時間は20時頃まで、あと四時間と少し。

その間にアカウントが分かっているとしても、その中の人間を探し出すなんてかなりの時間がかかるだろう。

 

「だから俺はもう、このアカウントを社畜さんに送って、それで終わりでいいかなって思ってたんだけど、そこで君の連れてきた二つ目の手がかりだ」

「それって…」

 

二つ目は流石の僕でもわかる。

言の葉くんがあのタイミングで犯人が分かったってことは、手がかりは───

 

「───あの少年、ですよね」

「大正解、彼がこの事件の犯人だよ」

 

正直わかってはいたが、理解ができない。

ここまで話を聞いても、あの少年を犯人とする理由が見えてこないのだ。

 

「ちなみに…なんであの子が犯人ってわかったんですか?」

「理由は結構あるけど……まぁまだ時間もあるだろうし、一個ずついこうか」

 

そういって言の葉くんは少し歩く速度を落とす。

 

「まずあの子の特徴について」

 

言の葉くんはまた僕に携帯を向ける。

携帯にはさっきの少年が全身映った写真が残っている。

 

「まず、おばさんの時もそうだったけど、服に猫の毛がついてた。しかも大量に」

「ほんとだ…。しかも色んな色の毛がついてる……」

 

写真の少年の着ていたセーターにはもちろん、ジーパンにも毛がついていた。

白い毛や茶色い毛、よく見たら黒い毛まで見える。

 

ぶつかった時は気づかなかったけど、意識して見てみるとここまでしっかり見えるのか。

 

「誘拐と思った時からずっと、周囲の人には目を配ってきたけど、猫の毛がついていたのはおばさんとあの子だけだ」

「ずっとですか…!?」

 

誘拐と思った時からって、社畜さんの依頼を確認した朝からってことじゃないか……。

 

「そしてこの写真じゃ判断しづらいけど、腕のところに動物の引っかき傷みたいなのがかなりあった」

 

言の葉くんは写真をズームし、袖から出てる手首を拡大すると、少しだけ傷のようなものが見える。

 

「こんな傷、いつの間に見つけたんですか……?」

「あの子が転んだ君に手を貸した時だね。あとは道を聞いた時に少し確認したかな」

 

僕が転んだとき、言の葉くんとはかなり距離があったと思うけど、凄い観察眼だな……・

手を貸してもらった僕ですら気づかなかった……。

 

でも、あの子は確か───

 

「───あの子はペット飼っているって言ってませんでした……?」

 

あの子は、言の葉くんの『ペットを飼っているか?』という質問に、飼っていると答えていた。

 

「だったら、腕に引っかき傷があっても、服に毛がついてても不自然ではないんじゃ…」

「あぁ、あれ…”ウソ”だよ」

「えっ……!?」

 

さらりと言った言葉に驚きを隠せない。

おばさんの時もそうだったが、なんでそんなにウソと断言できるんだろう。

 

「ケージに入ってた何かも、多分人のものを盗んできたんだろうね」

「今回はなんでウソってわかったんですか?」

 

ウソなんてそんな簡単に見分けられるものじゃない。

おばさんの時も正直、なんであそこまで自信満々に突っかかるのかわからなかった。

 

言の葉くんはどうして、そこまでウソに敏感なんだろう……。

 

「まぁ、わざわざ言うことじゃないと思ってるから言わなかったんだけど……」

 

言の葉くんは珍しく言葉を濁し、改まってこちらを向いた。

 

「不幸ちゃんと同じで俺も、特別な体質を抱えてるんだよ」

「えっ……!?」

 

予想外の告白に動揺する。

特別な体質って…僕の場合は周囲に不幸を振りまく体質だけど、そういう類だろうか……。

 

「それは人の言葉が”ウソ”かわかること、それだけ」

「それだけって……」

 

充分すごい体質じゃないか……。

感心している僕とは裏腹に、言の葉くんの表情は晴れない。

 

「僕はすごい体質だと思うよ…!僕なんかの不幸を振りまく体質なんかと比べたら全然……」

「ほんとにそう思うかい?」

 

言の葉くんはヘラヘラ笑いだす。

 

「君は自分のウソが全部バレるような相手と関わりたいと思うかい?」

「えっ……?」

 

ここで初めて、自分の発言がいかに軽率だったか思い直す。

僕と同じで、特別な体質を持っている以上、その人なりの悩みがあるのに……。

軽々しくすごい体質と言ってしまったことを後悔する。

 

「まぁ人間ウソついてなんぼさ。ウソすらつけない相手にかかわりたいと思う人間は少ないだろう」

 

そういう言の葉くんの目は、少し悲しそうに見えた……。

 

「だから、誰からも避けられるようなこんな体質でも、人の役に立てればと思ってこの仕事を始めたんだ」

「……僕も同じです」

 

不幸をばらまく人間も、ウソが分かってしまう人間も、人から避けられるという意味では同じだ。

そんな二人が少しでも人の役に立つために、探偵を志すなんて……。

思いがけない共通点にシンパシーを感じる。

 

「さぁ、そうこういっている間に目的地だよ」

 

言の葉くんについていった先は商店街の路地裏の更に奥。

 

「ここ…ですか……?」

「あの子に取り付けたGPSを見るに、ここの奥で間違いないね」

「奥って言っても……」

 

目の前にはフェンスしかない。

これを乗り越えれば、犯人と……。

 

人生二回目の犯人との対面に、自然と息が上がっていた。

 

 

 

 

【1月21日 16時】

 

日も沈み始め、もうすっかり夕方だ。

廃墟ビルの駐車場、やっぱりここを拠点にしてよかった。

まず人は寄り付かないし、外に出る時はフェンスの方から出れば怪しまれる心配はない。

 

「これだけいれば・・・・・・きっと・・・・・・」

 

車の後部座席に入った大量のケージを見て呟く。

1匹最低10万と見積もっても、100万は確実。

今日でこんな生活も終わる・・・・・・。

野良猫を探して駆けずり回ったり、他人の家の猫を盗んだりすることもなくなる。

 

「兄ちゃん・・・!戻ったよ・・・・・・」

 

振り返ると、ボサボサの髪を揺らしながら弟の正人が走ってくる。

その手にはしっかりとケージが握られている。

 

「おかえり正人、今回も無事でなによりだ」

「うん・・・とりあえず、言われてた分はこれで最後だと思う・・・・・・」

 

ケージを受け取り、猫を確認する。

白い毛並みのオッドアイ、目的の猫を確認しリストに丸をつける。

ここら辺の住民でオッドアイの猫を飼ってる家のリストだ。

 

「でかした。じゃあ作業が終わり次第帰ろう」

 

猫をフリマアプリに流す。

この作業を行わない限り、目的が達成されることはない。

 

急いで作業をしようとしたところ、裾を引っ張られる。

 

「兄ちゃん・・・・・・」

「どうした正人」

 

振り返ると、正人が不安そうな目でこちら見ていた。

 

「これで、本当にお母さんを助けれるの・・・・・・?」

 

正人は絞り出すような声で言った。

母さんを助ける、その言葉を聞いただけで体が震えてしまう。

 

俺たちの母さんは今病気で入院している。

その手術費用は、俺たちの想像を超えるものだった。

貯金も大してなく、借金もそう簡単に出来やしない。

俺たちに残されていたのは、こんなクズみたいな方法しか無かった。

 

「あぁ、絶対に助けれるさ」

 

俺たちの行動は間違っていない。

自分に思い込ませるように、正人を不安にさせないように、そう告げた。

 

「だから後は俺に任せて休んどきな」

 

そう言って正人の肩を叩く。

俺は今、兄として優しく微笑むことが出来ているだろうか。

 

弟が産まれた時を境に両親は離婚し、病弱な母さん1人で俺たち2人を育て上げてくれた。

恵まれた環境であったとは言えないけど、俺は幸せだった。

だからこれまでの恩返しとして、どれだけ家族が不幸に見合われようが、どれだけ自分がクズになろうが、母さんだけは・・・正人だけは幸せにしてみせる・・・・・・。

 

「・・・・・・うん!」

 

正人は純粋な瞳で俺を見ていた。

何も知らない正人の瞳に見つめられ、心が痛くなる。

 

正人は猫だらけの後部座席に乗り込む。

今日も朝からずっと動きっぱなしだったんだ、しっかり休んでくれ。

 

「ふぅ・・・・・・、俺の仕事はこっからだからな・・・・・・」

 

そう、ここからが本番。

フリマアプリからくる取引の為に、明日から日本中を走り回ることになるだろう。

ちょうどついさっきも、取引の連絡がきたところだった。

そのための準備と、取引の確認を欠かさずしないと───

 

「───すいませぇん、道を聞きたいんですけどぉ〜」

 

すっとぼけた声が、無音だった駐車場に鳴り響いた。

 

 

 

 

「すいませぇん、道を聞きたいんですけどぉ〜」

 

言の葉くんのふざけた声が駐車場に響く。

 

言の葉くんの言う通りなら、この人が今回の事件の犯人・・・・・・。

 

「・・・・・・何の用だ」

 

犯人と思われる男は、こちらを睨みつけている。

当たり前だ。

裏路地のフェンスからの隠し通路からここにきたことはバレてる以上、僕たちを怪しむのは当然だろう。

 

だが、言の葉くんは飄々とした態度を崩さない。

 

「道を聞きたいんですよ、ちょっと探し物をしてまして」

 

言いながら言の葉くんは近づいていくが───

 

「───止まれ!」

 

男は声を張り上げる。

思わず体が萎縮してしまう。

流石の言の葉くんも足を止めた。

 

「それ以上近づくな。どうせ何か根拠があってここにきたんだろう」

 

そう言って男はワゴン車の方に向かい、何かを取り出した。

 

「ひぃぃ!」

「俺はこんなところで終わる訳にはいかないのさ」

 

取り出されたナイフをこちらに向けられ咄嗟に悲鳴を上げてしまう。

 

言の葉くんはナイフを見てもまだ、ヘラヘラと笑っている。

 

「いいね。まだ何も言ってないのに、そこまで覚悟を固められるなんて」

「黙れ。ここはほとんど人が来ない無法地帯だ。───だから」

 

男は喋りながら言の葉くんに接近し、ナイフを振り下ろした。

が、言の葉くんは腕を掴み、ナイフを受け止めた。

 

「人が死のうが、関係ねぇ」

 

男は腕を振り払い、またナイフを振り回すが、言の葉くんは1歩ずつ下がりながら器用に避けていく。

 

「証拠もなし、言質もなし、ただ居場所がバレただけでここまでやるなんて───」

「───黙ってろ」

 

言の葉くんの軽口も、大きく振り払われたナイフにかき消される。

 

「ほんとに覚悟を決めてるんだね」

「さっきから覚悟覚悟って、何言ってんだお前」

 

言の葉くんは少し肩をすくめる。

 

「悪人になる覚悟だよ・・・・・・」

「・・・・・・」

 

言の葉くんの言葉に、男の表情が歪む。

ずっと無表情を貫いていたのに、途端に苦虫を噛み潰したような表情だ。

 

どれだけ覚悟を決めていても、改めて言葉にされると意識してしまう。

僕も言の葉くんの言葉の意味をゆっくりと理解した。

僕らはまだ証拠も、言質もまともにない。

だから適当に言い逃れてしまえば済むのに・・・・・・。

 

「まぁまだ君は───」

 

男が少し油断した隙に、言の葉くんが一気に接近する。

 

「───なっ!?」

 

男は咄嗟にナイフを振り下ろすが、言の葉くんはそれを読んでいたのか、流れるように手首を掴んだ瞬間───

 

「よっと」

 

───男は一回転し、地面に叩きつけられた。

あまりの鮮やかさに目を奪われる。

 

「ぐはっ・・・・・・」

 

叩きつけられた衝撃で、ナイフが僕の足元まで転がってきた。

それはゆっくりと拾い上げる。

 

「まだ、殺人犯になる覚悟まではないみたいだけどね」

 

言の葉くんはニタリと笑みを浮かべ、地面に這いつくばる男を見下ろしていた。

その姿は探偵というより、どこか悪人じみていて恐ろしく見えた。

 

「さ、わざわざ推理を説明するのも面倒だから自白してくれよ。どうせあの車に猫が入ってんだろ?」

「くっ……」

 

言の葉くんは地面を這う男の目の前にしゃがみこみ、視線を合わせる。

男は歯を食いしばり視線を合わせようとしない。

 

「不幸ちゃん、車の中」

「えっ…あぁ……、わかった」

 

突然声をかけられ少し驚いたが、言の葉くんが車の方に指を指したことで車の中を調べて欲しいということだと理解する。

 

僕が歩き始めると、地面に這った男はこちらに首を向けたが、特に何かを言うわけでもなく、じっとこちらを見つめていた。

 

車のドアノブに手をかけ、ゆっくりと開けると───

 

「───うわぁぁぁぁぁ!!!」

「えっ……」

 

ドアノブの奥、車の中から駅前で見た少年が飛び出し僕に体当たりを食らわす。

だが、その衝撃とは別に、僕の左腕に鋭い痛みが走る。

 

「不幸ちゃん!」

「正人!何をやってるんだ!」

「あぁ…あ、あぁ……」

 

言の葉くんの声だけが耳の奥で鳴り響く。

死ぬことを本気で考えていたあの頃、慣れ親しんでいた痛みの先に目をやると、そこにはカッターナイフが深々と突き刺さっていた。

 

痛い痛い痛い

熱い熱い熱い

 

久しく感じていなかった苦痛に思わずしゃがみ込んでしまう。

 

「はぁっ…はぁっ…はぁっ…はぁっ…」

 

短く呼吸をして息を整えようとするが、視界に入る自分の血の色が僕の呼吸を荒くする。

 

「落ち着け不幸ちゃん、落ち着け」

 

視界の中に言の葉くんの顔が映り込む。

視界から血の色が消え、少し呼吸が落ち着いてくる。

 

「大丈夫だ、不幸ちゃん。君は死なない。大丈夫…大丈夫…」

「はい……はい……」

 

言の葉くんに背中をさすられながら、うんうんと頷く。

 

「カッターナイフが刺さったままじゃ危険だ」

 

言の葉くんが僕の左の前腕部分に突き刺さったカッターナイフに触れるが、その手を止める。

何かの記事で見たんだ、無暗に突き刺さった刃物を抜くと、逆に出血多量になってしまうって……。

 

「大丈夫、この位置なら抜いても問題ないよ」

 

そういって、言の葉くんは僕の左腕を抑えながらカッターナイフを握る。

 

「いくよ……」

 

3…2…1…

 

「うぅっ…!」

 

カッターナイフが勢いよく引き抜かれると共に、肉の中から異物が抜ける感覚と新しい痛みが訪れ、悶えてしまう。

 

言の葉くんはカッターナイフを引き抜くと、すぐに傷口の少し上辺りをタオルできつく縛りつける。

 

「とりあえず、応急処置。あとは間に合わせだけど、これ」

 

そういって手渡されたのは、大きめの絆創膏だった。

 

「それで傷口さえ塞げば、止血にはなると思う」

「あ…ありがとう……」

 

ようやく口から絞り出た感謝の言葉。

僕の言葉をきいて安心したのか、言の葉くんは立ち上がり、さっきまで地面を這っていた男と僕を刺した少年の方に向き直る。

 

「そっちの少年の方が、よっぽど殺人犯になる覚悟ができてるみたいだな」

 

言の葉くんの表情はもうヘラヘラしたものではなく、真剣だ。

 

「待ってくれ…正人は別に、わざと刺したわけじゃないんだ…!」

 

男は両手をあげて弁明する。

 

「…そう!事故なんだよ!悪いのは俺だ!俺なんだよ!」

 

男は少年をかばうように一歩前に出る。

 

「猫の件もそうさ!犯人は全部俺だ!正人はただ俺に脅されて協力してただけで……」

 

男は今にも消え入りそうな声で言葉を続ける。

 

「自白すればいいのか!?なんだって言ってやるよ!だから───」

 

男の言葉が途中で止まる。

よく見ると、男の後ろに立っていた少年が裾を引っ張っていた。

 

「ごめん、兄ちゃん……、僕…兄ちゃんを助けたくて……」

「あぁ、わかってる……わかってるよ…」

 

男はしゃがみ込み、少年に視線を合わせ、今にも泣きだしそうな少年を慰める。

 

「言っただろ?あとは兄ちゃんに任せとけばいいから……母さんもお前も、絶対に幸せにして見せるからな…」

 

男はひとしきり少年を撫でた後、立ち上がる。

 

「さぁ、俺を捕まえてくれ。もう言い逃れしたり暴れたりしないよ……」

 

男は観念したのか、脱力して両手をこちらに突き出す。

 

「お前の言う『母さん』が、今回の犯行の動機か?」

 

言の葉くんの問いかけに、男はゆっくり首を縦に振った。

 

「あぁ、そうさ。俺は母さんの病気の治療費を稼ぐために、猫の窃盗なんて狡い真似してたのさ」

 

男は自嘲気味に笑う。

 

「もちろん真っ当な稼ぎもしてた。でも、死にもの狂いでバイトしようが、とても間に合う額じゃなかったのさ。最初は物心でさ、友人がフリマアプリで古本売ってんの見て思いついたんだ。」

 

男はゆっくりと車の方を見た。

 

「野良猫かなんかを売っちまえば、誰にも迷惑かけずに稼げるんじゃないかなって…」

 

それが今回の事件の始まりか。

 

「でも正直、野良猫みたいなまともに管理されてない猫の買い手があったのは最初だけだった。

一瞬で数十万手に入った実感と共に、次はなにを売ろうかってことだけを考えていたさ」

 

「そこで、希少価値の高いオッドアイに目を付けた」

 

言の葉くんの言葉に、男は頷いた。

 

「そう、一匹目のオッドアイは野良だった。あれは幸運だったな……。あのオッドアイの猫が売れてからだ。猫を盗み始めたのは…」

「オッドアイなんてそうそういるもんじゃないもんな」

「あぁ、だからSNSでオッドアイの猫を飼ってる家を特定して盗んで回ってたってわけだ」

 

男は車に指をさした。

 

「安心してくれ。盗んだ猫はまだ一匹も売れちゃいない。全部ケージの中に入れてある」

「わかった。じゃあ───」

 

「───待って!」

 

言の葉くんの言葉を遮って、声を荒げる。

大声を出した反動で傷が痛む。

 

この事件はおかしい……。

 

「まだ何も売れてないんでしょ?じゃあ、別にわざわざ警察に突き出さなくったって……」

 

今回はまだ、猫がいなくなったってだけで事件は終わってる。

 

「僕たちの依頼は、『猫を探すこと』だったじゃないか。じゃあ、猫は見つかりましたってことにすれば……」

 

公園で言の葉くんとした話を思い出す。

猫が盗まれてたなんて、伝えなければいいだけの話じゃないか。

 

「言の葉くん言ってたよね…依頼者が納得さえするならウソだってつくって……」

「あぁ、いったね…」

「じゃあ、なおさら───」

 

「───母親を救うためだっていうのがウソだとしてもかい?」

 

言の葉くんの言葉に心臓が跳ね上がる。

ウソ……?

ウソなのか?

 

咄嗟に男の方を見る。

 

「ウソじゃない!俺は母さんを救うために…!」

「この場で君の言葉は意味を持たないよ」

 

男の言葉を、言の葉くんはあっさりと切って捨てる。

僕は言の葉くんの体質を知ってる……。

 

「不幸ちゃん、君が判断するんだ。ウソの可能性を含めてね」

「僕が……」

 

言の葉くんは僕の目をじっと見つめる。

その目を見てると、心の奥まで見透かされているような気分になる。

 

「君には才能があるんだよ。だから君が決めるんだ。この事件が、ウソに塗り固められていいのか。

適当な言葉で、虚言で済ませてしまっていいのか、君が選ぶんだ」

 

男は犯罪者になる覚悟をしていた。

少年は僕を刺した。

男は本気で少年をかばった。

 

今回の事件で起きたあらゆる情報が頭の中を駆け巡る。

 

「僕は───」

 

あぁ、答えはとうに決まっていた。

僕は……。

 

「───僕はウソを選びます」

 

……報われない人々の救いになるんだ。

 

 

 

 

【1月21日 19時】

 

 

日もかなり沈み、辺りは暗くなり始めている。

廃墟ビルの駐車場にはワゴン車と軽自動車が止まっている。

 

「じゃあ今回の一件は、ここにいる小里くんが街中で見つけた猫を匿っていたってことでいいんだね」

「はい、それで合ってます」

 

依頼達成の連絡を受けてきた社畜さんに、言の葉くんはさらりとウソをつく。

見てるこっちがドキドキしてしまう。

 

今回の事件は、犯人だった男、小里さんとその弟、正人君。

そして僕と言の葉くんの四人で口裏を合わせて、事件の内容を偽造することに決まった。

 

内容は、小里さんと正人君がたまたま名札がついていた猫を見つけ、飼い主が見つかるまで代わりに飼っていた、ということに決まった。

野良猫だった猫は全部逃がし、盗んだ猫だけ残しておいた。

 

「不幸ちゃんのおかげで何とか見つけることができましたよ」

「そうか。それはよかった…。」

 

社畜さんは猫を一匹ずつ確認していく。

 

「はい、きっちり三匹。間違いなく確認したよ」

「ありがとうございます」

 

小里さんが社畜さんに頭を下げる。

 

「いえいえ。こちらこそ、今回はご協力ありがとうございます」

 

社畜さんも丁寧頭を下げる。

 

「じゃあ、僕は早速だけどこの猫三匹を届けてくるから……あとは任せたよ」

「この時間からですか!?」

「ハハッ」

 

社畜探偵という名前は伊達ではないらしく、社畜さんは隈のびっしりついた眼を細めて軽く笑うだけだった。

 

「んじゃあ社畜さん、こいつも」

「えっ?」

 

言の葉くんが社畜さんにケージを手渡す。

 

「えっと、言の葉くん…この猫は……」

「俺が個人的に請け負ったものなんですけど、俺車ないんで、お願いします」

「えぇ…」

 

言の葉くんは軽くお願いするが、社畜さんは仕事が増えてがっくりとへこんでしまった。

 

「じゃあホントに僕はもう行くから、何かあったら言うんだよ。」

「了解です」

「わかりました…」

 

社畜さんは車に乗り込み、窓から少し顔を出す。

 

「言い忘れてた。今回の依頼は無事達成だ。お疲れ様二人とも」

 

それだけを言い残し、社畜さんは車を動かし去ってしまった。

 

「行っちゃったね……」

「ま、案外あっけなかったね」

 

確かに想像以上にあっさり終わってしまって拍子抜けといった感じだ。

ウソなんてつこうものなら、即疑いの目を向けられると思ってたのに。

 

「まぁ、ウソも方便ってね。堂々としてさえいれば疑われることはないだろう。不幸ちゃんは特にね」

「ぼっ、僕!?…そうかな…?」

「君はウソをつくようなタイプには見えないから、ウソを上手く使えるようになれば化けると思うよ」

 

言の葉くんの軽口に、思わず僕も口元がにやけてしまう。

 

「あの…」

「ん?」

 

声をかけられ後ろを見ると、小里さんと正人君が申し訳なさそうに立っていた。

 

「俺たちももう帰りますね…」

「あぁ、好きにしな。今日はもう解散だ」

 

そういうと、二人はそそくさと車に乗り込んでいく。

車にエンジンがかかり、今にも動き出しそうなったその時、言の葉くんが車の方に向かう。

 

「おーい、これ」

 

車の窓をノックし、小里さんに何か紙のようなものを渡している。

エンジンの音にかき消されて、声は聞こえない。

 

数十秒もしないうちに車は動き出し、駐車場から姿を消した。

 

「行っちゃったね……」

「あぁ、俺たちも帰ろうか…」

 

完全に無人になった駐車場に別れを告げ、僕らも駅前に向かう。

 

「不幸ちゃんはさ、なんでウソを選んだの?」

「え?」

 

突然投げかけられた質問に、つい生返事をしてしまう。

 

「君は腕を刺された直後だ。感情的になっても文句の言われない状況で、なんで君はわざわざ彼らを救うような選択をとったんだい?」

「それは……」

 

上手く言葉が出てこない。

あの時はあまりに突然だったから、勢いのまま選択してしまった気がする。

 

「えっと……あの人たちが僕に似てる気がして……」

 

自分の選択の理由を後付けしていくような言葉をつけ足していく。

 

「人生どうしようもなくなって……それでもあきらめる勇気もなくて……」

 

一つ一つ言葉を吟味して、口から出す。

 

「だから、悪いことってわかってても手を出したり……無理やりにでも現状を変えようとした…」

 

そう、僕の人生も、最初から終わっていた。

家族は息絶え、周りの人間を片っ端から不幸にして、でも死ぬことはできなくて……。

そして今、探偵になって全てを変えようとしている…。

 

「そんな彼らを、どうか救いたかったんです」

 

そう、僕は救いになりたかった。

今度は勢いじゃなく、確かな確信をもって答えた。

 

「ぶっ……アッハッハッハ!」

 

突然言の葉くんが笑い出す。

僕はそんなに恥ずかしいことを言っただろうか。

 

「ははは…、君はなんていうか……本当にすごいね…」

 

言の葉くんは笑み浮かべながら言葉を続ける。

 

「君は誰から虐げられても、傷を負っても、報われない誰かの救いになる為に犠牲になるんだろうね」

 

そう言って、言の葉くんはこちらを見つめた。

その顔はいつものヘラヘラした様子ではなく、優しい笑みを浮かべていた。

 

「これからは不幸探偵じゃなくて、『被虐探偵』って呼ぶことにするよ」

「『被虐探偵』……」

 

そういって言の葉くんはまた、前を向いて歩き始めた。

 

これが、僕の『被虐探偵』としての始まり。

 

誰から虐げられても。

傷を負っても。

報われない誰かの救いになる。

 

僕の探偵としての信条が決まった日。

 

僕の不幸とも…名探偵体質とも…死ねないこととも向き合って…ウソをついてでも……この信条を守って見せる…!

 

【探偵ならば言葉を紡げ -オッドアイキャット連続消失事件―】 ~完~




ここまで見てくれてありがとうございます
気分が乗ればこの話の続きを書くかもしれません

これの続き以外も書く予定なのでよろしければTwitter等よろしくおなしゃす
ほんじゃま、さようなら
おつかれさまです

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