自意識至上主義の人々へ。   作:朝潮

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第6話

 

 

午後。

男子の多くが期待していた、初めての水泳の授業。

賭けに参加していた男子は、喜び勇んで我先にとプールへ突撃していた。

 

「お前、その格好で行くつもりか?」

「何かおかしいかな?」

「上はどうした、上は。」

「男の僕が水着の上を着るのはおかしいよ?」

「ふむ。」

 

沖谷の体を眺める。日焼けのない真っ白な肌は綺麗なつるてんすっとん。

筋肉の見えない華奢な体は、思春期の男子にとっては目の毒だ。

それに今日に関しては撮影を狙う不届き者もいる。

男に使われるなど、同じ男としてあまりに忍びない。

 

「オレの予備を貸してやる。これを上に着ろ。」

「わぷ!…これは?」

 

鞄から布地を沖谷の頭に投げつけて、裸体を隠す。

オレも同様のものを頭から被る。

 

「ラッシュガード。日焼けなんかから肌を守る水着だ。見たことないか?」

「見たことはあるけど…勝手にこんなの着てもいいのかな?」

 

沖谷は男水着チャレンジと言われても信じてしまいそうなビジュアルなのだ。

そんな奴が衆人環境の元、下一枚で出てみろ。

 

「お前が巨乳ランキングの最下位にランクインされても良いなら別だがな。」

「着るよ、着る着る。」

 

沖谷は投げやりに言って袖を通した。

うん。なんだかそこはかとなく色気があるのは気のせいだと思いたい。

 

「巨乳が見れると思ったのにぃぃい!!」

 

泉の大声が更衣室にまで響いてきた。またあいつらは何かやらかしたんだろうか。

既に全員着替えて、更衣室にはいつの間にかオレたちだけになっていた。

 

「池!悲しんでる場合じゃないぜ!俺たちにはまだたくさんの女子がいる!」

「そ、そうだな!ここで落ち込んでる場合じゃない!」

 

やはりくだらない話だったか。

プールサイドに出ていくと、男子どころか女子も揃っていた。

多くの人間が吠える哀れな男子共に注目していた中。道路工事的な男子が話しかけてきた。

 

「水着に上着なんかあったか?」

「個人的に買ったんだ。オレたちには必要なものだからな。」

「ああ…」

 

半開きの目でオレと沖谷を見やる。毎度眠そうだなコイツ…

 

「それにしても、君。道路…工事…じゃないか。すまない、語呂合わせで覚えていたんだが忘れてしまった。」

「綾小路だ。」

「綾小路。君は着痩せするタイプだったんだな。なかなか良い体格をしている。」

「そうか?両親から恵まれた体をもらっただけだと思う。」

「それは親に感謝だな。」

「ああ…」

 

歯切れの悪い返答を口にする綾小路。親とは仲が悪いんだろうか。

 

「よーしお前ら集合しろー。」

 

体育の授業を担当しているのは見たことのない教師だった。

いい感じに筋肉のついた、暑苦しそうなおっさん教師。苦手なタイプだな。

 

「お前たち。その服は…」

「ラッシュガードですが。何か問題でも?」

「いや…」

 

食い下がるなら、こいつを脱がしてまで何が見たいんだ!と言うかそもそもお前もパーカー着てるだろ!とか何とか言ってやろうと思っていたが。

こちらを注意するのなら、その前にブーメラン履いてる未確認生物を注意して欲しいものだ。

まあ私語や居眠りを注意しない教師がラッシュガードごときで怒るとも思えない。

 

「この中に泳げないって奴はいるか。」

「泳げなくはないですが、苦手なんですけど…」

 

1人の生徒が挙手をして答えた。沖谷も目立たないように小さく手を挙げている。

すると苦手な奴でも必ず泳げるようにさせるとか何とか、熱いことを言い出した。

これは熱心すぎて生徒からは煙たがれるタイプだな。

 

「泳げるようになっておけば、後で必ず役に立つ。必ず、な。」

「早く準備体操始めましょう。」

「……そうだな。それでは等間隔に広がれ。」

 

演説が鬱陶しかったので話を強引に切り上げさせた。

隣にいた沖谷と距離を取って、スペースを確保する。

体操の間、ずっと海が滅茶苦茶女子の方をチラチラと盗み見てたのが嫌でも目に入る。

普通に見るより目立ってるだろそれ。もう少し欲望を抑えてくれ。

総合的に男子の株が下がる。…もう手遅れかもしれん。

 

「ふむ。全員ある程度泳げるようだな。ではこれから競争をする。男女50m自由形だ。」

「競争!?マジっすか!」

 

順番にプールに入り、全員が一度泳いだ後。

体育教師が突然そんなことを言い始めた。

全く、また面倒なイベントを企画しやがって。

 

「一位になった生徒には、俺から特別ボーナス。5000Ptを支給しよう。逆に1番遅かった奴には放課後残って補習を受けてもらうから覚悟しろよ。」

 

多数の男子から歓声が。運動に自信のない生徒からは悲鳴が上がる。

沖谷が心配だな。同時に泳ぎ始めたはずなのに、泳ぎ終わったオレがプールサイドに上がると、随分と後ろで泳いでいた。

筋肉ついてなさそうだったもんな。

 

櫛田が飛び込み台に立った時に、数人の男子が股間を抑えるなどといった最低エピソードもありつつ、オレの結果が可もなく不可もなくといったタイムに終わったところで。

ついに沖谷の順番が回って来た。

 

ホイッスルと同時、全員が同時にプールに飛び込む。

それぞれがそれぞれの泳ぎやすいフォームで水を掻く。

 

いや…何だあいつの泳ぎ方は。いくら自由形と言えど、自由にも程があるだろう。

進んでいることには間違いないのだが。側からは溺れているようにしか見えないが。

これなら犬の方が早く泳ぐだろう。

 

「沖谷。放課後、泳げるようにしてやるから心配するな。」

「あの…は、はい……」

 

教師はこれまでと違いタイムを報告することはなく、上がった沖谷の肩に手を乗せた。

先生。まだ男子全員泳ぎ終わってませんが。

 

しかし沖谷以上に前衛的な泳ぎ方ができた者はおらず、当然の如く沖谷は補習となった。

 

 

 

放課後。プールにて。

沖谷は熱血教師に泳ぎ方を熱血指導されて……いなかった。

 

「息吸うときはもっと顔上げろ。水を飲みたくはないだろ。」

 

オレは事前に、友人が残るから指導をしたいと先生にお願いしていたのだ。

熱血教師は、熱血教師らしくそれを承諾。オレたちは水着を着て、再びプールに舞い戻る。

そんな中、オレは意外な生徒と再会した。

 

「まさか椎名も水泳が苦手だったとはな。」

「水泳だけではありませんよ。運動全般が苦手なんです。」

 

そう真顔で言われてもな。自慢じゃありませんけど、的な顔をするな。

こんな熱い教師に当たるなんて椎名も災難だろう。

 

椎名のスク水姿は、普段の制服とのギャップでより一層美しかった。

何というか。大人っぽい印象も相待って、コスプレのような色気がある。

制服の上からでもわかっていた抜群のプロポーションが更に際立ち、なかなかに艶かしい。

なるほど。クラスの男子たちが興奮していたのはこう言うことか。

興味のない人間の水着姿など見ても面白くはないからな。

 

オレは沖谷と椎名の2人の手を片方ずつ引いて、泳いでいる間の呼吸の練習をさせていた。

今の世代は、呼吸法の大事さを漫画やアニメで覚えるのだ。

向こうの方では熱血教師がAとBクラスの生徒を同じように手を引いて指導している。

もう何でも良いからとりあえず泳げるようにさせて、早く帰りたい。

 

「実はもう1人苦手な方がいて。最下位争いをしていたのですが。負けてしまいました。それでも、山城くんがいるのでしたら、負けて良かったかもしれません。」

 

椎名が嬉しいんだか嬉しくないんだか微妙なことを言う。

 

「良いから水に顔をつけろ。沖谷を見習え。」

「ぶくぶくぶくぶく…ぷぁ!」

 

数秒顔をつけた椎名は、すぐに顔を上げて空気を吸い込む。

オレが言いたいことは1つだけ。

水の中で息吐かなくて良いだとか、息吸うの早すぎだとか。そんな事はどうでも良い。

椎名、ブス角度から見てもバカ可愛いんだが?顔面天才かよ。

 

「どうですか?」

「よく出来たな。順調に上達している。」

「宮本くん。椎名さんのこと甘やかしてない?」

 

お前はまだ潜ってろ。

この後沖谷と椎名が、一応泳いでいると言えなくもないようになるまで1時間ほどかかった。

 

「今日は補習に付き合っていただきありがとうございました。」

「コイツのついでだ。気にするな。」

 

沖谷の髪をわしゃわしゃと撫で回してボサボサにする。

迷惑そうな顔で見られたが、お前のせいで放課後の時間を取られたんだが。文句は言うなよ。

 

「沖谷くんも、ありがとうございます。」

「僕は何もやってないよ。」

 

乱れた髪を手櫛で丁寧に直す。人見知りな沖谷はきょどっている。

人前ではオレに文句も言えまい。

 

「何かお礼をさせてください。ところでお2人は、入学してからクレープを食べた事はありますか?」

 

クレープか…話にはよく聞くのだが、そういえば生まれてこのかた食べたことがないな。

そもそも、クレープ屋を見たことすらない。

 

「オレはないな。沖谷、お前はどうだ。」

「うーん…そう言われてみたら無かったかも。」

「そうですか。それでは、この後クレープを買って軽い祝賀会を開催しませんか?勿論お代はお支払いします。」

「いやいや、それは悪いよ!僕何もしてないし!」

「くれるって言うなら貰っとけば良いんじゃないか?」

「山城くんはちょっと黙ってて。」

 

なにおう。沖谷、お前も言うようになったじゃないか。

 

「実は、クラスの方が話題に挙げられていて。興味はあるのですが、1人では入りにくい場所でして。宜しければご一緒して頂けないでしょうか。」

「そう言うことなら異論はない。一度くらいは食べてみる価値はあるだろう。沖谷も来るだろ?」

「…うん。でも、僕の分は自分で払わせてね。」

 

頑固な奴め。

 

 

 

「ほら、みてみて。」

「ねー。」

「クスクス。かわいい。」

 

オレは椎名の提案に乗ったことを若干後悔しかけていた。

一度も行ったことのないオレは、クレープ屋の想像ができていなかった。

だが、何となく漫画知識で屋台のようなものを想像していた。

実際に連れてこられたのは、女子中高生向けのカフェといった感じの店舗。

よく考えたらわかるよな。ケヤキモールと言ってるんだから屋台な訳がないだろう。

 

どこを見ても女子ばかり。完全にアウェイだ。

注文をして、テーブルに座っていると周りからの生暖かい視線を感じまくる。

落ち着いた椎名が苦手というのもわからなくもないな。

 

沖谷も、周りの女子からの目線に堪えかねて席にちょこんと大人しく座っていた。

それにしても萎縮し過ぎだろう。お前の前世はフランス人形か。

 

「悪いな椎名。こいつ注目されるの苦手だから。」

「いえ。わたしも得意ではないのでよくわかります。」

 

何だよ、オレだけ仲間外れか。

共通点も多い2人は仲良くなれたりするのだろうか。

 

「ところで。前に一度した話なのですが。」

「ああ。」

「探偵になれない。その言葉を自分なりに考えてみました。ですが、矛盾が生まれてしまいどうしてもわかりませんでした。」

「というと?」

「山城くんは、この学校が私たちの実力を推し量っているとの推理を披露したと聞いています。」

「聞いています、じゃなくてだな。」

 

そんな話がもう既に他クラスまで出回っているのか。

確かに口止めなどはしていなかったが。人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだ。

オレはしっかりと仮説だと言ったはずだが。これで全く見当違いだったら恥ずかしいが過ぎる。

 

「そもそも、オレには探偵を名乗れるだけの才覚がないってだけの話だ。その時の推論も、半分くらい沖谷の力を借りている。オレはオレの実力を過信しない。」

 

一流の力を借りることで輝く贋物。オレにはそのくらいが丁度いい。

勘違いされても困るのだが、オレは別に自分が推理の達人だと思っているわけではない。

せいぜいが、一般人に少し毛が生えたレベル。それがオレの自己評価だ。

 

「椎名。君は、絶対に一流にはなれないとわかっていても、諦めきれない夢は無駄だと思うか?」

「それは…無駄ではないと思います。後にはきっと、努力と結果が残りますから。例え、それが一流に届かなかったとしてもです。」

「慰めか?」

「いいえ、違います。わたしはアガサクリスティー著の小説を好んでいます。ですが、それ以外の推理小説が無駄なものだとは決して思いません。例え高みに届かなくても、尊いものです。」

「……」

「お待たせしました。」

 

返答に困っていると、ちょうど良いタイミングで店員がクレープを持ってやってきた。

オレは有り難く話を終わらせる。

 

「変な話になったな。沖谷にもわからない話をしてしまった。悪い。」

「沖谷くん、ごめんなさい。どうしても気になっていたもので…」

「ううん、大丈夫だよ。話を聞くのは好きだから。」

「お前話すの苦手だもんな。」

「それはそうなんだけど、もっと言い方はなかったのかな?」

 

なかった。だから仕方がない。

 

 

 

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