初恋の人が友人の姉になっていた件   作:黒樹

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夜廻りと理不尽

 

 

 

夜も深まる頃、時計を見ればもう既に午前二時を示している。一心不乱に楽しくゲームをしていわけだが流石に眠くなって来た。小腹も空いたし何か聞いに行くかな、と思案していれば不意にその音が鳴る。

 

–––ぐ〜ぅぅぅ。

 

腹の虫の音だ。ちなみに腹は空いたが僕ではない。その発生源に視線を向けると琴音さんが顔を真っ赤にしている。何か物言いたげに睨み返して来たが、僕は平然と聞かなかったふりをした。

 

「エナドリ買いにコンビニ行ってきます。琴音さんも何か欲しいものありますか?」

「エナドリ?」

「エナジードリンクの略称です」

「もんすたーとかぞーんとかレッドブルーとか?」

「まぁ、そんな感じのやつです」

 

特に愛飲しているのがもんすたーとぞーんのピンク色のやつだ。

そんなことはどうでもいい。

二人で協力してやっていたゲームを中断して、僕は立ち上がる。すると袖が引かれた。

 

「……私も行くわ」

「えっ!?」

 

めっちゃ驚いた。

 

「何その驚き方」

「失礼を承知で言っていいですか?外出れたんですね」

「確かに引き篭もってるけど。……柊君が一緒なら大丈夫と思うから」

 

そう言われるのは存外悪い気分ではない。それに引き篭もりも多種多様であるし、引き篭もりだって女ばかりではないが星の数ほどいるだろう。琴音さんはそういうタイプだっただけの話だ。

 

「……それに今君を逃したら帰っちゃうかもしれないし」

「帰りませんよ。琴音さんが望まない限りは」

「帰ろうとした人のセリフじゃないわ」

「それはすみませんでした」

 

素直に謝っておく。

それで納得したのか、琴音さんは笑顔になった。

 

「じゃあ、着替えるから後ろ向いてて」

「いや、出て行きますよ」

 

何故、ナチュラルに追い出さず着替え始めようとするのか。宣言した後には既に琴音さんはクローゼットから服を探し始めていた。

 

「着替えている間に逃げられても困るし」

「首輪でもつけておけばいいのでは?」

「残念ながらうちに首輪ないのよね」

「起用する方針!?」

「じゃあ、柊君が逃げたら追い掛けて外に出るから」

「そう言われると逃げられないですね」

 

もし、琴音さんがこんな夜中に外に出て何かあったらと思うとゾッとする。そんな人の優しさ?に漬け込む作戦ではあったが、僕には効果絶大であった。

大人しく部屋の外に出て待つ。

そしたら、意外にも早く扉が開いた。

 

「柊君。いる?」

「もう着替えたんですか?」

「まだ。逃げてないかと思って」

「信用ないですね」

 

再び扉が閉まって衣擦れの音が聞こえる。寝巻きにもしている部屋着を脱ぎ、ズボンと上の服を着替えていた。想像できるのはそこまで。着替えに何を用意したのか知らない。

程なくして衣擦れの音が消えて、扉が再び開いて琴音さんが姿を現した。ジーンズに黒のパーカーでフードを深く被っている。目立つ白髪はフードの下に隠れてよく見えないが、シュシュで一纏めにされているようだった。

 

「っ。行きましょう」

「はい」

 

二人で階段を下りる。

玄関で靴を履いて、そっと夜の街に飛び出した。

ただ、琴音さん本人は玄関のドアを開けるのを躊躇していた。

外に対する、何かがあるのだろう。

外に出た今でも、家の敷地内から出る前に立ち止まってしまっている。

深くフードを被り直して、僕の腕に指を絡めて……まるで恋人のように寄り添う。ただ、その姿は微笑ましいものではなく、怯えて震えている小動物のように見えた。

 

僕は何も言わなかった。何も言わず、彼女をエスコートすることにした。腕に指を絡められて浮かれていたのも束の間、この人を守りたいという欲求というか保護欲が湧いてくる。

僕にはそれ以降、邪な思いが湧かなかった。

 

道路に出て車すら通らない住宅地を抜けて、公園の前を通って表の大通りに出る。コンビニは鈴白宅から十分ほどの距離にあって何事もなく着いた。明かりが眩しいコンビニの駐車場には車が二台、それと屯っている若者が数人、それを見た琴音さんが怯えたように僕の腕にぎゅっと抱き着いた。傍目ヤンキーに見えなくもないから仕方ない。僕だって避けて通る。

 

「こっちから絡まなければ何もしてきませんから。目を合わせなければ大丈夫です」

 

そう願うばかりだ。中学の時に理不尽にも通りすがりに蹴られたことがあるが、そんな展開はないと願いたい。

 

普通に前を向いて、二人並んで入店する。

すると聞き慣れた入店音が聞こえた。

 

「いらっしゃいませー」

 

合わせて店員の破棄のない歓迎の声、まぁ一応声を出すだけマシな対応であると言える。場所によってはそんな歓迎の挨拶ですら皆無の場合もある。

 

取り敢えず、籠を持って飲み物のコーナーへ行く。目的のエナドリを一本カゴに入れる。

 

「琴音さんは何か飲みます?」

「私は紙パックのミルクティーで」

 

言われて紙パックの飲み物が置いてあるコーナーに赴き、彼女が指差した飲み物をカゴに入れる。

 

「他には?」

「ヨーグルト食べたい」

「はいはい」

「柊君は?」

「僕もヨーグルト好きですけど、どっちかというとプリン派ですかね」

「……やっぱり私もプリンがいい」

 

お姫様は仲間意識がお強いようで自分の強請ったものを曲げて、僕と同じ食べ物を御所望のようだ。二人分のプリンをカゴに入れてレジへと向かう。

 

「他には何もないですか?」

「ええ。大丈夫よ」

 

他にも何もないか見回ってから並ぶ。

店員がレジに品物を通して会計をする。

 

「538円です」

 

言われた通りの金額をちょうど差し出して、レシートを貰わずに店を出た。たださっきとは打って変わって袖を引く力が強く感じる。琴音さんは僕の袖を引いて何かを主張してきていた。

 

「お金、払うわ」

「いいですよ。別に」

「ダメよ」

「使い道ないんで」

「だとしても、そんな甘やかされたら私がダメになるわ」

「じゃあ、ダメになってください。僕がずっと面倒を見ますから」

「……」

 

琴音さんが無言で見上げてきた。赤い顔で首を傾げる。

 

「告白?」

「え、僕今そんなやばいこと言いました?」

 

ちょっとしたことを言ったつもりだったのだが、危なげな発言を僕はしていたらしい。反省するも時は既に遅し、僕は全て無かったことにすることにした。

 

「とにかく払うから」

 

そう言って琴音さんはポケットから財布を取り出して大雑把に半額出す。

 

「待ってください。多いです」

「え?」

「エナドリって高いんですよ」

「そうなの?」

 

どうやらエナドリを買ったことはないらしい。差額を払い戻す。

そうしてどうにか二人の間で納得できる結果に収めたあとで、僕はコンビニの袋を左手にぶら下げた。反対側の腕を琴音さんに取られて二人でまた夜の道を歩く。

 

静かな夜道を二人で……。

 

寂しい道も二人でなら寂しくなくて。

何処か心の中は温かい何かで溢れている。

琴音さんの顔はフードに隠されていて見えないけど。

会話もなければ、本当に静かな夜道だった。

 

「ぎゃはははは!」

 

夜の公園に屯する、不良達の声さえなければ……。

 

さっきはいなかったことと、コンビニにいた奴らがいなかっこと、同じ服装を見るとコンビニいた奴と公園にいる不良は同一人物と思われる。そんな考察をしたところで意味はない。足早に通り抜けるだけだ。

 

「んん?おいちょっと待てよ」

 

何か不良達が気づいたようだ。立ち上がってこっちを見ている。

僕は見て見ぬふり。琴音さんは振り返った。

そんな彼女を無理やり引く。歩かせる。こうキビキビと。

しかし、足早に逃げたところで連中は追ってきた。態々公園の外にまで出て。何がそうさせるのかと思えば奴らに回り込まれ、進行方向を塞ぐように立たれる。

 

「やっぱりコンビニで見た時から絶対美人だよなぁって目をつけてたんだよな」

 

そして、あろうことかフードに顔を隠した琴音さんを覗き込むようにして見た。それにびくりと怯えたような反応を見せて、琴音さんが僕の背後に隠れる。

 

「ぎゃははは。フラれてやんの」

「うっせぇバカ」

 

二人の男どもと琴音さんの間に僕は立つ。

僕の背中を伝って、彼女の震えが伝わってくる。

 

「なぁ、そこのお姉さん一緒に遊ぼうぜ。そこの彼氏よりいい思いさせてやれるよ」

 

彼氏–––そう言われるのは悪くないが、不良達の物言いに腹が立った。

 

「そんな弱っちそうな男なんて捨ててさ」

 

弱そうだって言われたのには腹が立たない。

ただ、琴音さんを見るその目が気に食わなかった。

舐めるように見る、その視線が。

取り敢えず、無視して琴音さんを抱き寄せ傍をすり抜けようとしてみる。

 

「おい。待てよ」

 

かなり強引な形で肩を掴まれた。

 

「なんですか。これから帰るところなんですけど」

「聞こえなかったか。置いてけって言ったんだよ」

 

いつの時代の不良だろう。理不尽に絡まれた上に彼女を置いて行けと言われる。彼女というわけでもないが、それは僕にとって一番面白くない内容だ。

 

「嫌です」

「随分と痛い目を見たいようだな」

 

なるほど、美しすぎるというのも考えものだ。琴音さんにはきっと傾国の美女という称号が合うかもしれない。奴らが喉から手を出すほど惜しいと思うのだから。

 

「なぁ、俺は善意で言ってやってるんだぜ?」

 

その次の瞬間、腹に拳がめり込んでいた。

いきなり言葉(拳)を交わしてきた。

思わぬ衝撃に腹を抑えて後退する。

それでも膝をつかず、僕は琴音さんを守るように動いた。

 

–––理不尽だ。

 

頭の中を激情が真っ赤に染め上げる。

こんな感情、いつ以来だろう。

腹が立つ。はらわたが煮え繰り返る。

反射的に殴りかかりそうだった。

そうなればきっと僕は自分を抑えられない。

勤めて冷静に振る舞う。

 

「なんだよその目は」

「……っ」

 

不意に頰に熱い衝撃。

 

「柊君!」

 

琴音さんが悲鳴を上げた。

僕を支えるように立って抱き止める。

 

僕は平然と前を見た。

 

「……この人に手を出すなら殺すぞ。おまえ」

 

つい口調が乱暴になる。不良達を睨みつけると奴らは動揺したように一歩後退る。

 

「っ。……おい、行くぞ」

「あぁ……そうだな」

 

奴らは青い顔をして去っていった。

 

「え?そんなあっさり?」

 

逆に僕が動揺してしまったほどだ。ただ威嚇しただけだったのに。まぁ、取り敢えず平和的に解決できたのでよしとしよう。

 

「琴音さん大丈夫ですか?」

「柊君こそ殴られてたでしょ。怪我はない?」

「この程度、うちの祖父さんの拳に比べたらなんてことはないです」

 

うちの祖父さんの拳をくらってみろ。–––飛ぶぞ。

 

あれは本当に痛い。さっきの不良の拳とは比べ物にならないくらいに。殴られなれているせいか、不良に殴られた痕が全く痛くない。蚊に刺されたかと思ったほどだ。

 

ただ、琴音さんの心配そうな顔を見ていると不謹慎にも笑ってしまう。凄く可愛い。綺麗で、優しくて、理想の女性で、こんな女神がいていいのかと思うほどに。僕はこの人を守りたかった。

 

それこそさっきの奴らと刺し違えたって。

 

「また絡まれても嫌なんで帰りましょうか」

 

そして、僕は何事もなかったかのように歩き出した。

 

 

 




裏話。

絵里「あなた見て!琴音が二年ぶりに家を出たわ!」
恭弥「ぬぁんだって!?」

以上、歓喜する母親と心配する父親の構図。

不良達曰く、「マジで殺されるかと思った」と謎の供述をしており……。あれはやばい。何人かやっちゃってるやつの奴の目だと語ったらしい。
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