「あー…。あちぃ」
茹だるような暑い夏。
屋上に降り注ぐ太陽が俺たちの頭を焦がさんとばかりに照りつける。
「なんでこんな暑いのに屋上いるわけ?教室クーラーついてるんだけど」
「比企谷がみんなの前じゃ私たちと話したくないって言うから」
「まあ、そうだけど」
──ズズズっ
隣で浅倉がトマトジュースを飲み干す音が聞こえる。
よくあんなん飲めるなマジで。俺からしたらドブ水啜るのと同じぐらいハードル高いんだが。
「ほんとに暑いねぇ」
「それも全部八幡先輩のせいだ〜」
「おい市川。ふざけんじゃねえ。文句あんなら解散だ解散」
「喧嘩はだめだよっ。二人とも」
「喧嘩じゃねえって…」
福丸のやつ、最初は俺に怖がって目も合わせてくれなかったのに。いつのまにかちゃんと物言うようになって、、。
お兄ちゃん嬉しいよ福丸、ふへっ。
「顔が気持ち悪いよ、ミスター腐り目」
「そのウィットに富んだ罵倒普通に傷つくからやめてね?」
んで──
「さっきから喋らない浅倉は何やってんだ?」
いつもは何かと口を挟んでくる浅倉であるが、今日に限ってはむっつり黙って、屋上の柵に寄り掛かりながらカメラを覗いている。
トマトジュースのストローを咥えながら。
「さあ。浅倉、何見てんの?」
「うーん…っとね。空」
「空?」
「そう、空」
「だってさ」
「わからん…」
なぜ空を見てるのか。それが聞きたかったのに。
「透ちゃん、太陽は直接見ちゃダメだよっ。目が焼けちゃうんだからね」
言うべきとこそこじゃないでしょうよ。
「えー」
「透ちゃん!」
「あはは、わかってるわかってる」
──ミンミンミン……
「あー…。蝉うるせえ」
「余計暑く感じちゃうよね〜」
──ミーンミンミン……
「昆虫ってさ、宇宙から来たのかもしれないんだって」
「あん?」
突拍子もないことを言い出す浅倉を全員が見やる。
昆虫宇宙人説ねぇ…。俺も見たことあるけどほんとなのかね。見た目があまりにも哺乳類とかけ離れてるからそう言われてるようにしか思えないけどな。
「じゃあUFOって小さいのかな〜。虫って小さいし」
「えー。じゃあ映らないじゃん」
映らないって…
「……浅倉、UFO撮ろうとしてるのか?」
「うん、そう」
やることが予想外すぎてついていけないですよ浅倉さん。
「お前な、こんな学校で撮れるならUFO学者も苦労しないぞ」
「うーん。なんか、今日は撮れる気がするんだよね」
「UFOって、昼にいるの?」
「そこじゃねえだろ樋口」
「雛菜もみたいな〜。UFO」
「透ちゃん、撮れたら私にも見せてねっ」
あほの子しかいないのかこの空間は。
「でも比企谷も、撮れたら見たいでしょ?」
「…まあ。そりゃあな。でもこんなとこで撮れんのかよ」
「さあ?」
「相変わらず適当だな…」
──ミーンミンミン……
「蝉、鳴いてるねぇ」
「いっそのこと蝉撮って宇宙人ってことにしたらどうだ?」
「あは、なにそれ。夢がないじゃん、夢が」
「そういうもんか?」
「そう言うもんです」
──ズズズっ
「あ〜あ。もう終わっちゃったあ。八幡先輩もう一個同じの買って来てよ」
「当たり前のようにパシろうとすんなあほ」
「え〜。雛菜まだ飲み足りない〜」
「ったく…。おなじさくらんぼのでいいのか?」
「やった、八幡先輩やっさし〜。同じのでいいよ〜」
「ちょうどマッ缶がきれたから行くだけだ」
後輩にパシられるべく自動販売機に向かって腰を上げようとすると──
「あ──」
「ん?」
「撮れた、かも」
「え!ほんと?透ちゃん、見せて見せて!」
「はい。どう?映ってる?」
「えっと……。うーん。これ、映ってる?」
「私には見えない」
「雛菜も〜」
「えー。比企谷は?」
チラッとカメラの液晶に映った写真を覗き込む。
そこには大きな入道雲と、まるで絵の具で書いたような水色の青空。UFOの影は一切映っていない。
「どの辺に見えたんだ?」
「えっと、確か雲のあたりに…」
浅倉が俺の元にずいっと顔を寄せて画面を覗き込む。ふわっといい匂いが香ってくる。
……変態みたいだな。やめとこ。
「あれ、おっかしいな」
「多分この雲のとこの陽炎だろ。UFO」
「陽炎?」
「ああ、道路とかの照り返しとかで光が屈折してなる………」
「……八幡?」
なんで照り返しもない空に陽炎が登るんだ?
道路や車の屋根、窓の近くに陽炎が登ることはあるが、空に陽炎なんて見たことない。
浅倉が撮った写真と同じ方向の空を見ても、そこに陽炎はない。
しかし写真にはしっかりと陽炎のような物が写っている。
「…UFO、映ってたかもな」
「えー、なにそれ。適当」
「いつも適当なやつに言われたくねえ…」
そんな俺の皮肉も適当に聞き流される。
「映ってたなら、いっか」
「んじゃ、俺飲み物買ってくるから。お前らはなんかいるか?」
「私も行く」
「UFOはもういいのか?」
「うん。だって撮れてたんでしょ?」
「あ?あー…。まあ、撮れてたんじゃね」
「うん。八幡が言うなら撮れてたでしょ」
「……なんだそれ」
「ふふっ」
浅倉は俯くように笑みを浮かべた。
「えー。透先輩行くなら私も行くー」
「市川、お前な…」
「ぴゃっ。比企谷先輩、怒っちゃダメですっ」
「…はぁ。怒ってねえよ。大丈夫だ」
ちょっと呆れただけだ。
「やはー。はやく行こー」
透先輩大好きフリスキーすぎだろこいつ。めっちゃ嬉しそうだな。
「ぴぇっ、雛菜ちゃん待って。お財布忘れてる!」
ぱたぱたと騒がしく福丸が市川を追いかけていく。
「私、一回教室行って財布とってくるから」
「はーい。あ、そうだ。ついでに私の鞄も持ってきてよ」
「…?いいけど、何に使うの」
「財布、鞄の中だから」
「自分で取り行きなよ…。ま、いいけど」
樋口は、こう、たまにツンデレだよな。浅倉に限って。
二人の間にある謎の結束力は、市川や福丸すらも踏み込めない何かがある気がする。
「行くか。もうあの二人いっちまったし」
市川と福丸はさっさと屋上から出て行ってしまったし。はやめに市川のとこに透先輩届けないと、不機嫌になって俺に八つ当たりされる。
「うーん」
「……?浅倉?」
ふと後ろを振り返ると、浅倉はまたカメラを覗いている。
「行かないのか?」
「……比企谷さ」
「あん?」
「文化祭、なんかした?」
「………」
「………」
──ミーンミンミン………
「文化祭実行委員だからな。そりゃ仕事はしてたな」
「そう言うのじゃなくて、さ」
──カシャッ
「………」
「……UFO、撮れたか?」
「うーん。いまいち」
「そうか。ほら、行くぞ。俺が市川に八つ当たりされる」
「うん。今日は私が奢ってあげる」
「お、おう?珍しいな。なんで急に?」
「うん?うーん…。なんで、か」
──カシャッ
「文化祭、頑張ってたから」
「は?」
「あれ。おかしいこと言った?」
「いや、否定しないのな」
「否定?なんで?」
なんでって…。
「そりゃ、なんつーか…」
「めちゃくちゃ強引な方法だったよね。ウケる」
「ウケるって、お前なぁ…」
こいつ、どこまで知ってるんだろ。文化祭の時のこと。
「一応一通り知ってるよ」
「さらっと人の思考を読むのやめてね?」
「相模さん、泣いてたよ?」
「ぐっ。胸が痛いからやめてくれ」
「ふふっ。ならしなきゃよかったのに」
──カシャッ
「……さっきからそれ、撮れてんの?UFO」
「うーん…」
──カシャッ
「どうだろ」
「なんだそりゃ」
──カシャッ
「でも」
「あん?」
「否定しないでくれて、よかった」
「………」
「UFOなんていないって、言われなくてよかった」
──カシャッ
「だから私も否定しないよ。八幡のやり方なら」
──カシャッ
「きっと樋口もなにも言わないし。雛菜は笑うし。小糸ちゃんも許す」
「…そうかよ」
「うん。そう」
「お前さ、さっきから俺撮ってない?」
「……んー」
「………」
「………てへ」
「こいつ…」
撮りすぎだしな。
まあ俺の目の腐り具合だったら宇宙人と間違われてもおかしくないかもしれん。悲しいかな。悲しいね。
「行こっか」
「…おう」
「てことだから。大人しく奢られて」
「元々そのつもりだ。俺のモットーは使えるもんは使えだからな」
「専業主夫志望の名は伊達じゃないね」
俺たちはようやく自動販売機に向かうべく歩き出す。
そういえば、あの時も屋上だったっけか。文化祭。
ここで相模を見つけて、罵倒の限りを吐き出して、今じゃ一躍有名人だ。
悪名高いぶん、学校内の知名度的にはこの浅倉透とタメを張れるのではないだろうか。なにその悲しい知名度。
「あれ」
「あん?」
ふと前を見ると、教室から財布を持ってきたらしい樋口が立っていた。
「浅倉。どうしたの一人で。雛菜と小糸は?」
「おい、さらっと無視すんな」
「あれ、ごめん。見えなかった」
「お前な…」
「樋口、鞄持ってきてくれた?」
「これであってる?」
「うん、それそれ。ありがと」
浅倉は樋口から鞄を受け取る。
「優しいんだな。浅倉には」
「なにそれ、皮肉?だとしたら性格悪いよミスター犯罪者予備軍」
「なんだその容赦のかけらもない罵倒…」
「それより早く行こうよ。多分雛菜たち待ちくたびれてる」
「それもそうだな。浅倉、行く…「あ」…?」
「浅倉?」
「財布ないわ」
「………」
「………」
「………はあ。奢ってやるよ」
屋上に吹き込んだ風から、夏の香りがした。
pixivより転載。