世界は四次元からなるものである。
唯の線である一次元は語るまでもなく、二次元もまた平面でしかない。三次元でようやく空間が成り立ち、そして最後に時間を合わせて一つの世界となる。
時計の針が進むことは世界にとっての鼓動。空間が安定することは即ち世界の呼吸である。
鼓動も呼吸もあらゆる命にとって不可欠なもの。どちらかが狂えば相対的にもう片方も荒れ、狂うことだろう。呼吸できなければ鼓動は止まり、鼓動が止まるときには既に呼吸もない。それは明確な死である。
――だからこそ、これも必然。
時が狂い、何もかもが静止した世界では空間もまた軋みを上げる。時の神の心は闇に染まり、その世界で空間の神は生きることができない。
何を間違えたのだオレは、オレ達は……なァ時の神よ。
空間の神たる白き龍は消え行く我が身を感じながら言葉にならない嘆きを口にした。
彼は神という存在にしては粗暴な口調で少々大雑把なところもある龍だったがそれでも世界を愛する気持ちならば誰にも負けない自信があった。そしてそれは彼と対をなす時の神も同じことである。だからこそ相方と空間の神は認めたし、また彼も時の神に認められた。その筈だ。
だが現実はどうだ。世界は闇に覆われた。神をも蝕む闇は住む者の心を狂気に包む。奪い合い、殺し合い、騙し合い、裏切り、そんな事を誰でも平気でできるようになってしまった。こんな世界を、もう神は愛することができない。
一体どこでなんの歯車が掛け違えたのだろう。狂気に支配された時の神は彼を諌めようとした空間の神に容赦なく牙を向いた。その光景を思い出すだけでただただ心が空虚になっていく。神なりの友情を育んだつもりに白き龍がなっていただけだったのか、なんて疑念が胸を針のように突く。それはとても苦しくて、辛い。
いつもの白き龍ならばそれを自分で否定しただろう。
しかし消えゆく彼にはその気力すら失せていた。世界を愛する心も、悪夢に包まれた友を救わんとする意志も、そして神としての知識すら失せていく。そんな気がした。
彼は疲れ果ててしまったのだ。狂った世界に、無限の夜に、終わらない悪夢に。それらは全て時に関係する事象。だが時と空間は紙一重の存在であり時の事象が空間の事象を犯すのは自明の理。空間を犯す者が空間の神である白き龍を疲弊させ、傷つけるのは言うまでもないこと。
このまま朽ち果ててしまうのか。空間の神であるオレが。
……それも悪くはない。
戦える気概は無い。希望も感じられず闇を打倒する力も奪われた。何もできない我が身が生きるだけの価値がどこにあるだろう? 少なくとも白き龍にそれを探し出すことはできなかった。
「……いた」
「見つけたぞ」
「まだ、生きているッ!」
その声を聞いた時もまた、唯の雑音としか思えなかった。当時の白き龍には理解できなかった想い。
ありったけの『希望』が彼らの声には宿っていた。
一つの出逢いだけで、神が朽ちる現実を変えることはできない。
だが死ぬ間際、確かに白き龍は再び空間の神となることができた。
真に強き想いに、善も悪も存在しない。
善でも悪でも、最後まで貫き通した信念に偽りなど何一つ無い。
だから己の想いを貫き通すものが弱い筈がない。神だの、人間だの、力が有るだの無いだの。そんなことは唯の下らない言い訳にすぎない。世界で最も強い者は誰よりも強い心を持つ者である。
最後の瞬間の白き龍は、世界の悪夢を跳ね除けるほどに強く、美しかった。強い強い意志があの瞬間は確かに蘇っていたのだから。
託された思いを無にすることは絶対にしない。
まだ幼さの残る顔立ちをした少年は拳を握りしめる。たった一つの林檎も分け合えない程に住む者の心を荒れさせるこんな世界に何か負けたくない。だから少年は戦うことを決めた。
だから、だから見ていて下さい。
あなた達の気持ちに答えるから。全てが終わった後にきっと僕も同じ場所に行くから。
夢も意志も想いも、全て背負って辿り着いてみせるから。
(消えたくないんだよ! こんな世界でも俺は生きていたいんだ!)
(世界を変える? 壊すということだろう!? お前にその権利があるのか!)
この願いは誰も彼もに理解された訳じゃない。
(それは君が背負わなくちゃいけないことなのか?)
(神様に任せればいいだろう。そのほうがきっと気楽だぜ)
少年を憐れむ者もいた。
でも、
(一緒に戦ってくれ! 俺にはお前が必要だ)
(同じ人間として、戦わなくちゃいけない現実が有るよね)
(頼む……光を、この世界に光を取り戻してくれ! その為に使われるのならばオレのこの命をくれてやるッ!)
(一緒に決めたじゃないですか。この暗黒世界にはうんざりですし。だから私もこの命をかけます)
知らず知らずのうちに涙が溢れる。志を共にした仲間たちとはもうこの世で会うことはない。
いや仲間だけではない。世界のため、理想のためと打ち倒してきた者達の事も決して忘れてはならない。今さらその事実から逃げることは決して許されないだろう。理想は免罪符にはなり得ない。免罪符となった理想はもはや絵空事でしか無い。それほど空虚な物にどうしてたった一つしか無い命を捧げられよう?
(忘れないで。君が世界中を敵に回しても、てまえは絶対に君の味方だから)
ああ、どうしてこんなにも悲しい。敵であろうと仲間であろうと消えてしまった者のことを考えると、それだけでどうしてこんなにも苦しいんだ。
「それは貴方が命の重みを知っている、と言うことです」
振り返る。少年は胸の内にある疑問を口に出してはいない。それなのにこの問に答えるものがいる。
「わかりますよ、貴方のことは」
優しい微笑みとともに彼女はそう言った。念力が使える彼女ならばこの程度のことは当たり前なのだろう。
「だから貴方が私に思っていることもわかります」
歩み寄って少年をまっすぐに見据える。
「私は消えません。最後まで貴方と一緒にいます」
……ありがとう。
嗚咽まみれの言葉も彼女はきっと理解してくれる。だから彼女のことを少年は何よりも信頼していた。
未来を見る力は彼らにはない。だからこれは時と闇を巡る冒険の物語ではない。しかしそれに近しい物はある。空間の神が彼らに託した命。それは世界を渡ることすら可能にする力だった。
失われたものは二度と戻らない。暗黒に包まれたこの世界はもはや死んでいる。少年や仲間が幸せに暮らせる世界はもう取り戻すことができない。
しかし新たな、美しい世界を作ることはできるはずだ。
故に少年は千年の彗星に願う。
みんなの夢が守れる、そんな世界を。
自分はその世界にいなくて良い。その時にはもう夢は叶っているから。
ポケモン二次なのにポケモンのポの字も出てこねえよ。どういうことだ。おっかしいなあ。