良くあるこった、気にすんな!
あのポケモンは私の手で捕えたい!
捕獲の専門家であるクリスはそう強く思った。レイとオーキド博士によればスイクンと言うらしいあの美しいポケモンをもう一度見たい。あの神秘的な輝きの持つ魅力にクリスは完全に惹きこまれていた。無理もないだろう。スイクンに限らず伝説のポケモンはその力もさることながら神秘的な雰囲気で人を魅了してやまないポケモンばかりだ。そしてクリスが伝説のポケモンを見るのはスイクンが生まれて初めてだったのである。生まれて初めて見た美しいポケモン。その姿は感動を胸に焼き付け、クリスの闘争心を情熱で燃やす。
さて、そうと決まればやることは一つ。追いかけるのだ。あのスイクンを。アサギシティから恐ろしい程の速さで飛び出していったあのポケモンを単純に速度だけで追うのはかなり厳しい。しかしクリスにはポケモン図鑑が有る。ハリーセンをスイクンが助けたあの時、スイクンとクリスはポケモン図鑑がスイクンの存在を認知できる距離まで接近していた。そして今のポケモン図鑑には一度遭遇したポケモンが今どこにいるのかを探知できる機能が有る。ポケモンの分布を調べる為の機能だが、これを応用すればスイクンの足取りを掴む事ができる!
しかし……
「やっぱりそう簡単には、行かないわね」
スイクンの場所は確かに探知できる。探知できるのだが如何せんスイクンの足が速すぎる。ジョウト中を一瞬で駆け抜けるその素早さにクリスは翻弄されていた。スイクンがいる場所に行って見ればもうそこは移動した後などと言うのは当たり前。酷い時にはとてもクリスでは通れないような道を平気で跳躍しフスベシティから一気にタンバシティに行かれることも有った。勿論タンバシティとフスベシティは陸続きではなく如何にスイクンと言えど走るだけではそんな移動はできない。一体これはどういうことなの、と言うクリスの疑問に答えたのがレイだった。
レイは千年彗星を調べるにあたって様々なポケモンの伝説を調べていた。そしてスイクンの伝説についても例外ではない。そしてレイはスイクンと言うポケモンが水と同化する力をも持っていると言う話を聞いたことが有る。この話は伝説のポケモンではないシャワーズが同じ力を持っていることからも信憑性が高く、そしてタンバシティもフスベシティも海や湖が有る街。それらの水をたどれば地下の水源に行きつくことになる。地下水と同化しての移動と言う事であればこの不可思議な移動にも説明がつく。
しかし説明がつくからと言って、厄介なことに変わりはない。地下水を経由しての移動など防ぎようがないからだ。尤もスイクンもこんな滅茶苦茶な移動方法を取る頻度はそこまで高くはない。流石にスイクン自身にも負担が有ると言う事なのかそれとも何か他の理由が有ると言う事なのかはわからないがこれはクリス達にとって幸いだと言えた。……と言っても何時その地下水を用いた移動を使ってくるのがわからないと言う事でもあるので、それはそれでかなり厄介ではあるのだが。
「あーあ。今日ももう夕暮れかぁ……」
クリスはオレンジ色の空を見上げながらそう零す。流石の彼女も視界の効かない夜に伝説のポケモンの捕獲に臨もうと考える程無謀ではない。日が落ちたら潔くその日は最寄りのポケモンセンターへ行って休むことにしている。
――だからこそ一回もアタリを引けていない内に日が暮れてしまうのがかなり恨めしい。真面目なクリスは自分で決めた約束事を決して破ろうとはしないが、だからこそ後ろ髪をひかれるような思いで帰るのである。この頃はずっとこのような調子であった。あのアサギ以来スイクンと一度も戦うどころか会う事すらできていないのである。
「レイ君。そっちはどう?」
困った様子でポケギアに話しかける。
このスイクンを追うにあたりレイの知識と優れた知覚は大きな武器になる。それを最大限生かすためポケギアを一個経費でレイに買い与えていた。もちろんそう安い代物ではないが伝説のポケモンを追う上で必要だとオーキド博士も理解して気前よく経費としてくれた。そう、今クリスが話している相手はレイなのだ。
『うーん……特にスイクンらしい気配はないなあ』
「そっか。やっぱり厳しいなぁ」
『まあ気長に行こうよ。相手は伝説のポケモン。そう簡単に捕まえる事ができるポケモンじゃあない……裏を返せば僕たちと同じようにスイクンを捕獲しようとしているポケモントレーナーだってそう簡単には捕まえられないって事だし』
「……それは、そうなんだけど」
クリスにしては珍しく歯切れの悪い返答だった。
しかし、それも無理もない話だろう。今日でスイクンを探し始めてから一週間は経過している。
そしてこの一週間の間にスイクンは決して人の前に姿を現していない訳ではない。寧ろその逆。各地のジムリーダーを初め有力なポケモントレーナーの前に次々に姿を現し、そしてこれを破っていると言う。――その事が更にクリスの不安を加速させる。
流石のスイクンと言えど凄腕のポケモントレーナーであるジムリーダーと戦えば捕獲される可能性はゼロではない。そうなればクリスは自分の捕獲の腕を試す云々以前にスイクンを捕まえる事ができなくなる。それがクリスを焦らせる。
そしてそう言ったトレーナーの前には姿を進んであらわすのになぜ自分の前には現れないのかと思う。ひょっとして自分はスイクンに自分に挑むに足る実力がないポケモントレーナーだと思われているのか、そんな不安がクリスをじれったくさせた。
とは言えやはりレイの言う事にも納得はできるし、これ以上時間を引き延ばしたところで夜にスイクンと戦うことになっては夜戦に慣れていないクリスでは勝率が大幅に下がってしまうだろう。結局帰るのが得策なのだ。肩をガックリと落としながら帰路に着こうとした。
……着こうとしたのだが。
「なっ!?」
一陣の北風が吹きぬける。
それは風なれど、明確な意思を持った風が。同時に強大なポケモンの気配がクリスの神経を撫でた。その鳥肌が立つ感触にゾッとして辺りを見渡す。
そして同時にクリスは思い出していた。図鑑にはまだ登録していない為、オーキド博士も知らないスイクンの呼ばれ方を。そう、これもレイが教えてくれたこと。
それはスイクンと言うポケモンが――
「ネイぴょん! 辺りをテレパシーで探って!」
――『きたかぜポケモン』と呼ばれている事だ。
ネイぴょんは一通り辺りを探った後コクコクとクリスに向かって頷いた。それは辺りに敵意をネイぴょんが感じたと言う証。そしてクリスは懐からポケモン図鑑を取り出し分布の項目を見る。
「やっぱり! スイクンがこのあたりに戻ってきているわ!」
『なんだって!?』
ポケギアはオンにしておいたままであったのでクリスの声は当然レイにも聞こえていた。ポケギアのマイクを口元に寄せて言う。事態が事態なので思わず怒鳴りつけるような形になってしまった。
「レイ君! 39番道路よ!」
『わかった! 直ぐ向かう!』
レイはそれほど離れた場所にいるわけではない。数分もすれば直ぐにこの場に駆けつけるはずだ。普通のポケモンが相手ならば適当に足止めしておけば十分過ぎる時間が稼げる。
しかし今回はそうとは限らない。何せ相手は伝説に語られるポケモンスイクン。これほどの相手を普通のポケモンと同じ単位で計算するなど
「行くよ! 皆!」
捕獲の専門家としての経験と戦略と、そして何よりもクリスの信頼がつまったチームにそう号令をかけて草原へと飛び出して行った。
「急ぐよ! キリンリキ!」
「ええ、任せてください。レイ」
クリスからの連絡を受けたレイはキリンリキに飛び乗り全速力で草原を駆け抜けていた。キリンリキのスピードは相変わらず恐るべきものだが、見る者が見ればそのスピードの中にあってしっかりとキリンリキに乗って行けているレイのセンスをも評価することだろう。元から非常に高いレベルと潜在能力を持つキリンリキが、そこに更に『こうそくいどう』による超加速をも上乗せすれば乗りこなせるポケモントレーナーは最低でもジムリーダークラスでなければ話になるまい。何せ今のキリンリキの速度は自動車は愚か、瞬間的速度ならば今ジョウト地方とカント―地方を繋ぐリニアにすら並ぶ程なのだ。それほどの疾走。並のポケモントレーナーでは風圧に負けて後方に吹っ飛ばされるのが関の山だ。
しかし乗っているのがレイならばキリンリキはその速度を保ったまま急カーブを行うことだって余裕だ。この超スピードで更に小回りまで聞くのである。こんな芸当ができるのもレイとキリンリキが互いを良く知り、深く信頼しあっているからだ。間違ってもキリンリキが他の人間を乗せてこんな走り方はしないし、レイだってキリンリキと同じようには他のポケモン――例えばクリスのウィンぴょんとか――を乗りこなすことはできないだろう。この凄まじいとしか形容できない疾走は、レイとキリンリキが同時に有るからこそなのである。
(距離はもう1kmもない。クリスさん、どうかあと少しだけ。持ちこたえていてくれ……)
クリスの実力を信用していない訳ではない。寧ろその逆。クリスがポケモンを捕獲している様を隣で見てきたレイはクリスのポテンシャルの高さを誰よりも知っている。
しかし相手は伝説のポケモン、スイクンだ。レイの目算が正しければ、クリスはまだスイクンを捕獲するには及ばないだろう。捕獲の専門家である彼女であってもまだ、スイクンと真正面からぶつかって勝てる領域には到達していない。
ならばこそ、クリスだけでは足りない実力を補うのは他ならないレイの役目だ。
レイの知覚と危機察知能力はクリスのそれを上回る。そしてそこにキリンリキの力も加えればクリスの死角を完全に埋める事ができるだろうとレイは信じた。それはただ妄信している訳ではない。レイの経験と確かな計算に裏付けられた確信だ。
しかし幾ら戦力的に穴を無くせると言っても戦いの場に行けないのでは意味がない。だからこうしてレイとキリンリキは疾走している。今現在、伝説の北風に挑んでいるであろう少女を助ける為に。
しかし、ここでレイの想定を遥かに覆す事態が起こる。
「……ん?」
優れた知覚を持つレイは、やはり今回も敏感にその空気の流れを察知した。
先ほどまでの空は夕焼け。つまり晴れだ。そして天気予報も今日は一日中晴れるとしていた。こういう日を選んでクリスもレイもスイクンを追い求めているのである。雨が降っているときに純然たるみずタイプのポケモンであるスイクンと戦おう等とはクリスもレイも考えない。雨の中においてみずタイプのポケモンは通常よりもはるかに高い力を発揮するからだ。だからこそ晴れている日を選んでスイクンを追っている。だから今日の天気も晴れ、その筈なのだが……
(前髪が妙にべたつく)
髪がべたつくのは、髪が湿気を吸っているとき。そして髪が吸う湿気は空気中の物。そして空気が湿気ている状況を示すものはレイもよく知っている。
(間違いない……これは雨。いいや、嵐の前兆だ!)
何と言う事であろう。もしこのレイの直観が正しければ戦局は最悪な方向へと一気に転落していくことになる。大雨の降り注ぐ中、スイクンと戦うことになればまず間違いなくクリス達が敗北する。
だがレイはここで急ぎはするが焦ることはしない。ただ只管に状況を分析する。
(幾らなんでも天気の変化が急すぎる……スイクンが『あまごい』でも使ったのか? ……いや、それはないな。『あまごい』は純粋な雨を降らせる技だ。スイクンでもそこは変えらない。だから『あまごい』だけじゃあ説明が付けられない)
レイの直感通りに変わりゆく空模様。その天候は決して雨に向かっているわけではない。雨には違いないがこれは嵐。雷を伴った豪雨だ。『あまごい』で呼び寄せられる類の雨ではない。なのにレイの頭上に広がりつつある黒い雲は明らかに雷雲であった。
(なら考えられる可能性は一つ。スイクンじゃない別のポケモンがこの雷雲を呼び寄せているんだ。でも雷雲を呼び起こせる何て力を持つポケモンは、それだけで種類が限られてくる)
それも空を覆いつくさんばかりの雷雲だ。これだけの規模の雷雲を呼び起こせるポケモンをレイは一匹しか知らない。その名にレイが思い当った瞬間、何十発もの雷光が輝きそして一拍遅れて雷鳴が轟く。そして叩きつけるような勢いで雨が降る。咄嗟にキリンリキが念力で見えない壁を作りそれをレイの頭上に展開することで傘の代わりとしたが、それでも地面に当たって飛び散る水滴の勢いがこの雨のすさまじさをレイに伝える。
(どうする? これだけの相手を無視してクリスさんの元へ駆けつけるのは不可能だ。でもここで僕がマトモに応戦したら、クリスさんの不利は決定的になる)
どうもこうもない。先ず先に連絡だ。ポケギアを取り出し、クリスに呼びかける。
「クリスさん! 応答できる?」
『レイ君? どうしたの?』
「ちょっと不味いことになってね……悪いけれどそっちには行けそうにない」
「不味い事? ひょっとしてこの嵐の事?」
やはりクリスの方にも影響は出ていたらしい。しかしそれでもポケギアに受け答えできる辺り多少は余裕が有るようだ。
「ああそれも有るんだけど……って言うかさ」
再び雷光がレイの視界を焼く。思わず腕で目を覆いながらそれでもクリスに状況を伝える。
「スイクンと同等のポケモンに、気に入られちゃったみたいなんだよね」
『え? それってどういう事!? 一体何が起こっているの?」
「今僕は38番道路にいる。ここがこの異常気象の中心なんだ……これ以上は余裕もなさそうだから切るね」
「レイ君!?」
抗議の声を上げるクリスに少々良心を痛めながらもポケギアを切る。
何せこれからレイが戦うことになる相手はお喋りする余裕など決してくれないだろうから。キリンリキ共々身構えて、そしてこの天を覆い尽くす雷雲の中心からゆっくりと歩いてこちらに向かってくるポケモンを闘争心むき出しの目で睨み付ける。
「キリンリキ」
「ええ、心得ています」
そのポケモンはスイクンと同じく大型の四足のポケモン。激しい嵐の中にあって、しかしそれでも存在感を微塵も薄めないその威風堂々たる姿、立ち振る舞い。それはまさしく伝説に語られるのに不足の無い威厳に満ちた姿であった。
――当然であろう。このポケモンはスイクンと並んで伝説に称されるポケモンなのだから。クリスとレイが目当てにしていたスイクンでこそないが、そのスイクンと並んで決して劣る事のないポケモン。それが今レイの前に立ちふさがっていた。
「まさかスイクンと戦うつもりがお前と戦うことになるとはね……伝説の『いかずち』ポケモン、ライコウ!」
レイのその戦意あふれる叫びに呼応するかのようにライコウは荒々しく吠えた。
原作での扱い
スイクン……もう一人の主役とまで評された。
エンテイ……命の炎関連で戦いと世界観の面からピックアップされた。
ライコウ……(´・ω・`)
せめて二次創作では暴れさせてやろうぜと言う事でのVSライコウ