体中に貯めた力を紫電に変えて辺りにまき散らしながら激走する。その姿のなんと荒々しく猛々しい事か。その姿こそがレイに確信させる。今目の前にいるこのポケモンは間違いなく伝説のポケモン、ライコウなのであると。
「キリンリキ! 雷雲に気を付けて!」
「了解!」
ライコウと言うポケモンの最大の特徴は背中に雷雲を背負っている事だ。あの雷雲を発展させて今のような嵐を引き起こす事ができる訳だが、それは副産物にしか過ぎない。あの雷雲の最も注意すべき点は無尽蔵の電気エネルギーをあそこに貯めこんでいると言う事である。故にライコウと言うポケモンにとっては――
「ッ! 来るよキリンリキ!」
――何十発もの雷撃を一斉に放つことだって朝飯前だ。放射状に広がる雷撃がレイとキリンリキの戦意すらも刈り取ろうと襲い掛かる。刹那の速度で迫りくるその攻撃を、しかしキリンリキは辛うじて回避することに成功した。
だがこれだけでライコウが攻撃の手を緩める事は無い。ライコウの次なる手は突撃。大型の四足ポケモンであるライコウは178kgもの重量を持つポケモンだ。そして更に圧倒的な脚力をも持っているためその突撃は正に戦車の放つ砲弾のような勢いを持つ。
「ッ!」
しかもライコウほどのポケモンがただの突撃で終わる筈がない。よく見ればライコウの背中の雨雲が先ほどよりもさらに大きな光を放っている。即ち帯電状態にあると言う事だ。その強大な電気エネルギーを纏っての突進。それは如何なる盾をも粉砕する一撃となる。まともに受ければ一瞬で御陀仏だ。しかしその重圧感にもレイは怯まず、徹底的に冷静に分析する。
(確かに驚異的な威力だが、軌道は飽くまでも直線的だ。これなら避けられない事は無い)
しかしライコウほどのポケモンが態々避けられる攻撃を考え無しに放ってくるとは考え辛い。伝説のポケモンとは圧倒的な力もさることながら、その高い知能をも武器として扱うポケモンだ。であるからには彼らが無意味な行動を取る事など考えられない。
(考えろ。この突進には必ず何か理由が有る。ライコウの狙いを読んで、感じ取るんだ)
しかし、いくら考えようとまだ情報が足りないのも事実。キリンリキ共々横っ飛びに跳んでその一撃を回避する。そして次なる攻撃を見定めようとした。したのだが、
「はぁ!?」
ライコウのとってきた策と言うのはレイの予想を遥かに覆すものであった。突進の速度を維持したまま近くの大木に激突しこれを叩き折る。そしてライコウは有ろうことかその折れた大木を口でくわえてレイ達に向かって投げつけてきたのだ。
(それがでんきタイプのポケモンのとる策か!? 確かにあの大木にぶつかれば一溜りもない。けどあんな力技で攻めてくるなんて!)
驚愕しながらも、レイはキリンリキへの指示は忘れない。
「『サイコキネシス』で撃ち落として!」
言葉通り真正面から力でもって相殺する。この大木による攻撃の厄介な点は避けるスペースが少なかったこと。しかし避けられないのであれば受け止めて無力化するのが最善策である。凄まじい勢いで迫ってきた大木はキリンリキの念力によって急停止し、その場で勢いを失って落ちる。そして、その先には凄まじい数の電撃の槍を発射しようと構えているライコウの姿が有った。
(なるほど。今の大木の投擲の狙いは攻撃じゃなくて自分の攻撃を放つ構えを隠蔽する為の物か。最初の電撃をキリンリキは避けることに成功している。唯放つだけでは当てられなさそうと踏んだから大木の影を利用したのか)
レイは舌を巻く。単純だが合理的だ。そもそも電撃の速度は超高速。放たれてからでは絶対に避ける事ができないのが電撃と言う攻撃の特徴だ。そしてそれこそが最大の武器でもある。で、あれば電撃を避ける方法は一つ。発射される瞬間の角度を見て発射される寸前に回避すること。電撃は発射されるときどうしてもその光を隠せないので角度が読み取りやすいのだ。だから超高速のスピードで有る電撃を避ける事ができる。
しかしライコウは大木の影を用いて発射の瞬間を直前まで隠蔽することに成功した。如何にキリンリキとレイと言えど発射される寸前の予兆を隠蔽されては回避は絶対に不可能。そしてこれはそんじょそこいらにいるでんきポケモンの放つ電撃ではない。伝説のポケモン、ライコウの放つ電撃だ。受ければ敗北は必至。つまりライコウは必殺にして必中の攻撃を放つ好機を得たと言う事でもある。それは必勝の戦略だ。レイ達に逃げ場は、ない。
――しかしレイとキリンリキもまた幾多の戦場と修羅場を超えてきた歴戦の猛者である。まだ遅なさも残り、どこか少女染みた要望ですらある少年であるレイだが、戦ってきた経験と言う事であれば大人も顔負けの戦士だ。そんな人間がたかだか必中必殺の電撃如きで膝を折る事をよしとはしない。声高にレイはキリンリキへと指示を下す。
「空気だ!」
キリンリキもこれに大きくうなずき、そして得意の『サイコキネシス』を放つ。しかしライコウの放とうとしている電撃はそのざっと数えて二十発以上。以下にキリンリキが高い実力を持っているとしても迎撃は不可能だ。であるからにはこれは迎撃のための『サイコキネシス』ではない。
(あなたの指示。ちゃんと伝わっていますよ。レイ、あなたの言いたいのはこういう事でしょう?)
放たれた『サイコキネシス』の念力の波動が、空間を歪ませていく。そしてその空間から『有る物』を取り除き始める。一見その空間には何も見えない。だが、そうと決めつけるのは早計だ。有るじゃないか、
強固に歪む空間から空気が取り除かれ、真空の壁が形成される。その壁にライコウの放った電撃が阻まれ消えていく。そう、真空中で電気は通らない。これは自然の摂理だ。ライコウであろうと抗えるものではない。かくして二十発以上もの数を誇る電撃全てをキリンリキは防ぎきって見せた。その結果にレイは満足げに頷く。しかしこれで戦いが終わっている訳ではない。
「行くぞ! キリンリキ!」
寧ろ本当の勝負はここからだ。今のはライコウから一方的に放たれた攻撃をただ防いだだけに過ぎない。如何に鮮やかに攻撃を防ごうとそれだけで勝負にはならないのだ。攻防入り混じってこその勝負。今度はこちらの番だとレイは心中で宣言する。
しかしライコウもそう簡単にはレイ達に攻勢に転じさせることを許さない。ライコウは並んで伝説とされるエンテイ、スイクンを合わせた三頭のなかで最速を誇るポケモン。勿論これはエンテイとスイクンの足が遅いわけではない。寧ろほかの二匹も並のポケモンとは遥かに隔絶した脚力を持つポケモンだ。彼らの足が遅いはずはない。――唯ライコウが速すぎるだけなのだ。
その想像を絶する脚力をもってすれば即座に自分の立ち位置を移動し、即座に攻撃の態勢を整えることだって可能だ。
(攻撃を防いで、その後に隙を突く。基本的な戦術だけどライコウにはそれだけじゃあ追いつけないのか)
ライコウの背負う雨雲が光る。その瞬間にはもうキリンリキは回避の姿勢に入っている。また真空の盾も有効なのは先ほど実証できた。これならば防御に徹すれば致命的な一撃を貰う事はまずないだろう。しかしそれでは決定打がない。
(さて、どうしようか)
激しいスピードで迫りくる電撃を只管に避けるキリンリキに、指示を絶やさず出しながらレイは思考する。この攻撃を潜り抜けライコウにダメージを与えるにはどうしたら良いのか。その答えに通じる道をレイは只管に考え抜くことしか知らない。体中の毛のその先に至るまで神経を尖らせ、そして同時に思考を冷徹に張り巡らせる。
スイクンには会えなかった。
天候がいきなり急変していきなり嵐に襲われる。
そして更に助手がトラブルに巻き込まれたと、きた。
「むー……もうどうなってるのよー!?」
結果としてクリスは大変ご立腹であった。頬を膨らませ拳を突き上げるその様は確かに怒りに満ちている。満ちているのだが、何だか可愛らしい。何時も捕獲の専門家として子供らしからぬ冷静さで持って行動している彼女のそんな様子を見ればきっと誰もが目を丸くし、そしてクスリと笑みを零す事だろう。彼女を知っている人間なら尚の事。
「ま、まあ落ち着き給えよクリス」
そう彼女をなだめるのはミナキと言うキザな青年。彼もまたクリスと同じくスイクンを追っているポケモントレーナーだ。自称スイクンハンター。スイクンに対する思いはクリスのそれに勝るとも劣らない。……まあ少々その情熱が残念な方向に向かうきらいのある男なのだがそれはこの際置いておく。
実のところスイクンは確かにこの近くまで来ていた。しかし結局クリスの前には姿を現さなかった――いやこの言い方には語弊がある。
実はクリスはスイクンらしき影をこの場で見たのだ。いや、スイクンらしきではない。アレはまさにスイクンそのものであった。それを追ってクリスはポケモンを繰り出し、辺りの草むらの大捜索を始めた。
しかし先ほども言った通りクリスはスイクンに出会う事は出来なかった。実はクリスが見たスイクンはミナキがスイクンをおびき寄せるために作り出したスイクンの立体映像だったのだ。もし本物のスイクンがみれば仲間だと思って近寄ってくるかもしれないと思ってミナキが作った完成度の極めて高い立体映像である。これに騙されてクリスはスイクンがいると勘違いをしてしまったのだ。
――これは皮肉な話だがもしこの場にレイがいればミナキに対してこう言ってのけただろう。
「あなたの作った立体映像は素晴らしい完成度だ。けれどもスイクンはその立体映像には寄ってこないよ」
そもそも伝説のポケモンは自分と同じ種類のポケモンに出会う事が殆どない。考えてみると良い。伝説のポケモンの、その『群』など誰が想像できるだろうか? 特にスイクンのような特殊な経緯で誕生した伝説のポケモンには。それ故スイクンがもし自分と同じスイクンを本当に見かけたとしても、仲間意識は芽生えないだろう。多少珍しがることは有るだろうが、それだけである。本格的に興味をもって近くに寄ってくると言う事はあるまい。立体映像であれば尚の事。
つまりミナキの努力の結晶であるこの立体映像はまるで無意味な物なのである。見世物や研究材料としては極上の逸品であろうがそれでもスイクンの捕獲その物にはまるで役に立たない物だ。クリスがもしそんな物に騙されてしまったと知ったら更に今の怒りを加速させることだろう。
しかしここでミナキはふと気が付く。プンスカ怒っているクリスだが、それでも帰る準備は全くしていない。寧ろその逆で、雨合羽を鞄から取り出し、炎タイプのウインディを引っ込めこの嵐の中戦う準備をしている。
「クリス?」
「ごめんなさいミナキさん」
怒りを込めながらも丁寧な口調は崩していなかった。
「この嵐の中。友人が戦っていると言うのなら私はやはり助けに行かなくちゃいけません」
「ふむ。その友人とは、先ほど君が文句を言っていたレイ君とやらかね?」
「ええ、そうですよ」
「そうか、ならば私も行こうじゃあないか」
「へ?」
意外そうな顔でミナキを見返すクリス。クリスからすればミナキと言うこの青年は何やら珍妙な性格で珍妙な行動をとる男、と言う印象だった。悪い人には見えないがいきなり顔も知らない相手を助けようと言い出すほどのお人好しにも見えない。
不思議そうなクリスに対してミナキはチッチッチと気障ったらしく指を振る事で答える。
「何。君の仲間と言う事はそのレイとやらもスイクンを追っているのだろう? ならば私のライバルとなるわけだ。ライバルの顔は見ておいて損は無い」
「はぁ……」
「それにこの嵐では私のワタッコも飛べないからねえ」
確かにこの嵐の中では並のひこうポケモンでは飛行は不可能だろう。何せこの嵐は普通の嵐とはとても言い難い。雷が乱れ舞うような異常な嵐だ。そしてひこうタイプのポケモンが電気に弱いことを考えればこの嵐の中で飛べるはずもない。もっともミナキの持つひこうポケモンワタッコはくさタイプも併せ持つポケモンであるためある程度電撃を軽減することができるのだがそれでもこの嵐の中を飛ぶことは不可能なようだ。
「して、彼はどこで戦っているのだったかな?」
「ええと、確かさっきポケギアで言っていたのは……38番道路。そこがこの異常気象の中心だって」
「直ぐ近くじゃあないか!」
歓喜して手を叩くミナキ。相も変わらず不機嫌なクリスとは雲泥の差だ。しかし彼らは同時にこの雨の中を移動する用意を整え、38番道路へと向かっていく。
ライコウの扱いがアレなのは戦闘において活躍する派手な異能がなくてビジュアル的に盛り上がらないからなんでしょうねーと考察してみる。
何せスイクンには水晶壁があるしエンテイには命の炎が有る。ライコウの力だってどう考えても強いんですが派手さでは一歩ゆずりますからね。
それはそれとして赤評価ひゃっほい。