オーキド博士からポケモン全種類の捕獲を依頼されたクリスタルはヨシノシティのオーキド博士の研究所へ向かおうとしている道中だった。
しかし今現在彼女はポケモンの飛び出す草むらにいる。
普通の人間ならこれを寄り道と言うかもしれない。しかしクリスは至ってまじめな少女だ。後に前髪がバクハツしている少年から『超マジメ系学級委員タイプ』と評されるほどに。そんな彼女は一体何をしているのだろうか?
――その答えは今まさに。
「エビぴょん『マッハパンチ』! ウィンぴょん『しんそく』!」
クリスが己の信じる二体のポケモンに指示した技は目にも止まら無い程の超スピードで繰り出される攻撃だ。その超スピードでもって空中を飛んでいたオニドリルとピジョットを撃ち落とす。
そして体力が減ったと見るなりボールを二個滑らかな動作で取り出しそして二個同時に蹴り飛ばす。
通常のポケモントレーナーはボールを投げてポケモンを捕獲する。普通ならばその方がポケモンを狙いやすいからだ。
しかしクリスタルは違う。彼女の最も得意とするのがこのキックによってボールを飛ばしてポケモンを狙うという方式だ。驚くなかれ、その精度は百発百中。ボールを飛ばすスピードもボールのコントロールもそんじょそこいらのトレーナーとは格が違う。
ピジョットにオニドリル。非常に素早く空中を飛ぶため一般のトレーナーにはかなり捕まえにくい部類に入るこの鳥ポケモン二匹も彼女にかかればなんのその。二発同時に蹴り飛ばされたにも拘らず寸分違わず命中しそして捕獲された。
「これで三十匹。目標達成!」
彼女は小さくガッツポーズをした。
彼女が寄り道していた理由がこれだ。どうせ捕獲を命じられるのなら手っ取り早くこのあたり一帯のポケモンは捕獲してしまおうと、そう考えたからこそ手早く捕獲に出たのである。
「よくやったね皆!」
ポケモンを捕まえるには彼女の手持ちの活躍が必要不可欠。いつだって彼女は自分のポケモンをねぎらうことを忘れたりはしない。ポケモンも笑顔でそれに答える。彼らの信頼は深い。
「そろそろオーキド博士の研究所へ行こうかしら」
彼女の目標はすでに達成されたし見かけた種類は既にすべて捕まえた。これだけ捕まえればオーキド博士も満足してくれるだろう、と軽い足取りで研究所へ赴いた。
――その時草むらが騒めいた。
「へっ?」
振り返る。かなりの素早さを誇るポケモンが駆け抜けたようだ。そしてこいつは恐らく捕まえていないポケモンだということもわかった。捕獲の専門家であるクリスは足を止め気配を探る。あの草むらのざわめきは捕獲の専門家である自分に叩きつけられた挑戦状のようにすら思えた。
「予定変更……皆、もうひと踏ん張り頑張るよ!」
ポケモンたちも一丸となって鳴き声を上げ答えた。久々に捕獲のし甲斐がありそうなポケモンと言うことで彼らも燃えているようだ。ここは一つクリスも気合を出してかかることにする。
――そして草むらから弾丸のようにソイツは飛び出した。
長い体躯に首、前半分が黄色と白の組み合わせなのに対して背中は黒と黄色の組み合わせで構成される二頭をもつポケモン。このジョウト地方で最近発見されたポケモンとしてクリスはその名前を聞いたことがある。
「キリンリキだわ……珍しい。この辺りには生息していなかった気がするけれど」
珍しいと言えば種類もそうだが恐らくその実力もだろう。
彼女が捕まえた三十匹の中にも世間一般的に素早いとされるポケモンはいた。しかしそのどのポケモンもあのキリンリキの足元にも及ばない。あの素早さはここいら一体のポケモンでは図抜けて高い。恐らくレベルも非常に高い個体だろう。クリスの誇る捕獲用メンバーと比べても遜色ない実力を持っているキリンリキだ。
オーキド博士からもらったばかりの図鑑に目を落とせば、特に反応はしていない。つまりあのキリンリキはトレーナーの持つポケモンではない。野生のポケモンだ。
「いいわ……捕獲します!」
そう宣言してボールを構えた直後だった。
さて、クリスの立ち位置をここで解説しよう。彼女はキリンリキから見て『後ろ』に立っている。
単純な話殆どのポケモンにとって背後は死角だ。その意味で彼女の立ち位置は理に適っている。
――しかしキリンリキを相手にする場合それはかなりの悪手だ。
「いきなり何をするんですか!」
「へ?」
一瞬どこからかそんな声が聞こえた気がした。その声の発生源を探ろうとキョロキョロと辺りを見渡す。――その隙をこのキリンリキは見逃さない。
直後空間がねじれるほどに強烈な『サイコキネシス』がクリスとその手持ちに襲い掛かった。
「きゃあああ!!」
思わず悲鳴を上げるクリス。サイコキネシスの威力は凄まじい、かなりレベルの高いキリンリキだとは思ったがこの威力は想定外だ。
しかしクリスはある程度この展開は読んでいた。キリンリキの頭と尻尾の二頭の、そのどちらにも脳があるのは非常に有名な話だ。恐らくキリンリキの後ろでボールを構えた段階で先制攻撃が来ることは予想の範囲内。
であればその対抗策も当然用意してある。
「ネイぴょん! こっちも『サイコキネシス』!」
同じ技で相殺。キリンリキのタイプはノーマル・エスパーの複合。使ってくる技は基本的にその二つのどちらかがメインとなる。そしてクリスが陣取っていたのはキリンリキからかなり離れた位置。この距離を攻撃できるノーマルタイプの技は少ない。
そしてあのキリンリキの実力の高さを予想したクリスはあのキリンリキが『サイケこうせん』や『ねんりき』ではなくエスパータイプ最上級の技『サイコキネシス』を使ってくるだろうことは予測できた。ならば同じ技をもってすればパワーバランスが取れ逃げる空間を作る事ができる。
(でもあのパワーは本当に想定外ね……ネイぴょんでも押されてる)
それでも抜け出すのには十分なだけの時間と隙間は得られた。ここから反撃の狼煙を上げる。手始めに逃げ場を無くさせよう。
「カラぴょん! 『ほねブーメラン』!」
カラぴょん(カラカラ)の
回転する骨がキリンリキの周りを旋回して逃げ場を塞いでくれるからだ。
「よし!」
しかし喜ぶのも一瞬。キリンリキは冷静に『サイコキネシス』をうまく使って骨を弾き飛ばして逃げ場を確保する。クリスは内心舌を巻いた。彼女のネイぴょん(ネィティ)でも即座に『ほねブーメラン』をはじける程の調整をした『サイコキネシス』は使えない。あのキリンリキ。パワーとスピードだけじゃなくてテクニックまで兼ね備えている。
(益々捕獲のしがいがある!)
クリスの闘争心にいよいよ火が付いた。こうなったからにはあのキリンリキは捕獲する。
しかし闘争心に火がついたのはどうやらキリンリキも同じらしい。腰を下ろし一気に跳躍して空中から再びサイコキネシスをぶつけてくる。高度な念力による不可視の攻撃。よけるのは困難だ。
「ネイぴょん! お願い!」
不可視の攻撃ならば事前にその場所を察知すれば良い。ネイぴょんのテレパシーで気配を探って攻撃を行ってくる地点を先読みしひたすら避ける。
(察知はできる! これならあのサイコキネシスは避けられる。よけられるのならどれほどのパワーでも怖くはない!)
最初こそ正体不明の声に気を取られ直撃をもろに受けてしまったがこれからはすはいかない。じっくりと隙を伺って攻撃のチャンスをまつ。狙うは
(『サイコキネシス』の切れ目! そこにダメージを与えて一気に捕獲する!)
しかしこのキリンリキもそうやすやすと隙は見せない。サイコキネシスが当たらないとみるやすぐさま戦法をシフトした。木から草へ、草から木へ。変幻自在に飛び回る。それもさっきよりさらに早い猛烈なスピードで。
「は、速い!」
そしてただそれだけでは終わらない。有ろうことかこのキリンリキ。ここから更に加速して行く。残像すら残すほどの圧倒的なスピードへ。
「『かげぶんしん』……いや違う! これは『こうそくいどう』! 速すぎて残像を残しているのね!?」
そして極限まで高められたスピードから一気にキリンリキは攻勢に出る。その様子をテレパシーで察知したネイぴょんがクリスに警戒を伝える――それすら許さない速さで『サイコキネシス』の乱打をしかけてきた。
「くっ! カラぴょん! エビぴょん!」
一気に二体のメンバーが戦闘不能に追い込まれる。もとよりエスパータイプに相性の悪いエビワラー(かくとうタイプ)のエビぴょんはともかくとして相性の悪いわけではないカラぴょん(じめんタイプ)まで倒されるとは。そして『サイコキネシス』の猛威は残った手持ちにも襲い掛かる。
(まだまともなダメージは与えていないのに……!)
しかし泣き言を言っていても始まらない。どうにかしてあの超スピードを止めなくては。
(選択肢は二つ! どっちを選ぶか……ここが勝負の分かれ目!)
一つはパラぴょん(パラセクト)の『キノコのほうし』を利用して状態以上にして動きを封じ込めること。
そしてもう一つはムーぴょん(ムチュール)の『くろいまなざし』。あれも動きを封じる有効な手だ。しかし状態異常と同じように捕まえやすくはならない。
そしてクリスが選んだのは……
「ムーぴょん! よーく狙って……今よ! 『くろいまなざし』!」
指示通りムーぴょんの目から『くろいまなざし』が放たれた。この技は当てたポケモンの逃走を封じる技。あの超スピードを抑えるのにもうってつけだ。風のごとく疾走していたキリンリキは空中でモロに『くろいまなざし』の影響を受け態勢を崩して地面に落下する。オマケに
「よし! ばっちり『サイコキネシス』を撃つタイミングで決まってくれた!」
相手の攻撃を一つ受け流すこともできたと言う訳だ。ここにクリスが相手を眠らせることができる『キノコのほうし』を選ばなかった訳がある。『キノコのほうし』はその名の通りパラぴょんのポケモンを眠らせる成分を含んだ胞子を相手に与えるというもの。胞子を大きく拡散するため当てやすい。しかしこの技には難点がある。胞子を散布するという技の性質上風の影響を大きく受ける為当たるまでの時間が予測できないと言うことだ。
技が当たるまでの時間と言えばせいぜい一秒あるかないかと言う差だが、あの超スピードを誇るキリンリキに対しての一秒は普通のポケモンに与える一秒とは訳が違う。恐らく『キノコのほうし』で眠らせようと思ったならば、『サイコキネシス』をその一秒の間に少なくとも一発は食らうだろう。下手をすると致命傷になりかねない。
「ウィンぴょん! ネイぴょん!」
まだ体力の残っているポケモンに指示をだし攻撃を浴びせる。キリンリキも応戦するがその動きは『くろいまなざし』の影響下にあって、先ほどのような目にもとまらぬ速さと言ったほどではない。その隙にクリスはボールを取り出し捕獲する態勢に入る。
不幸中の幸いと言うべきかあのスピードを誇るキリンリキが相手だ。ならばボールの選択を躊躇う必要もない。
「いっけぇ! スピードボール!」
しろぼんぐりから作り出されたこのボールは相手が素早いポケモンであればあるほど捕まえやすいボールだ。まさにあのキリンリキを捕まえるのにうってつけのボールだろう。クリスはキリンリキの正面にある二本の角の間を狙ってボールを蹴りこんだ。
(よし! 狙い的中!)
間違いなくこれなら捕獲できる。そう確信した時。
空中を一本の群青の閃光が貫いた。
「なっ!?」
一瞬クリスには何が起きたかわからなかったがその閃光がスピードボールにぶつかって弾き飛ばした瞬間はしっかりと見えた。あの閃光の正体……それは釘だ。正確かつ勢いよく撃たれた釘がクリスの蹴り飛ばしたスピードボールをキリンリキに当たる直前に貫き、破壊したのだ。
(捕獲の邪魔をされた。でも一体誰に?)
ひょっとして自分と同じくあのキリンリキを狙うポケモントレーナーなのだろうか。邪魔をされたと言うのは腹立だしいがポケモンの捕獲は捕獲したもの勝ちと言うルールがあることも否定はできない。しかし一体どこの誰が……そう思ったときクリスは信じられない声を聞いた。
「レイ!」
誰かがレイと言う名前の少年を呼ぶ声。これだけならば良い。しかし重要なのは一体誰がこの声を発したかと言うことだ。
そしてこの声には聞き覚えがある。このキリンリキと戦闘を始めた時クリスの気を紛らわせたあの声だ。そしてあの時に自分以外の人間は一人もいなかった。
一回だけならば聞き違いかもしれない。そう思ってクリスは頭からその声を除外した。一発だけならば誤射かもしれないと言う言葉は真理だ。しかしこの言葉の裏の意味は二発の誤射は有り得ないと言うことでもある。そしてクリスは計二回、この声を聞いた。これはもはや聞き違いでは済まない。
さて、これが一番重要な問題である。この声を発することができたのは一体どこの誰だ?
当たり前だがクリス本人ではない。
クリスの手持ちでもない……と言うより手持ちにしゃべれるポケモンがいたら驚きだ。
と、言うことは……
「キリンリキが……喋ったぁあ!?」
キリンリキはかなり強キャラである設定です。まあそこは未来組補正と言うことで。
しかしそう考えると初期メンバーでキリンリキと互角以上に戦い捕獲手前まで行ったクリスすげえな。初期パーティならクリス最強じゃね?