そのキリンリキを一際大きな木の前で待っている少年がいた。彼はキリンリキと
しかし少年がキリンリキと約束した時間までまだかなりある。少年の方は手っ取り早く作業を終わらせてしまったのだ。つまり現状、フリータイムと言う訳である。
「ただ待っているって言うのも何だし……木の実でも探そうかな?」
そう呟いて腰に巻いたポーチからガラスでできた筒のようなものを取り出す。それを左手に持ち辺りを見渡して木の実のなってそうな木を探す。その中で一本ポツンと離れた位置に有る木を見つけた。なんとなくあの木が良いと思って一歩踏み出して、
「あれは……」
少年の目の片隅に何かが止まった。即座に方向を転換して注意深く観察する。すると丁度草むらの影に当たる部分に
「オタチ?」
オタチはジョウト地方で最も多く見かけられるポケモンだ。あの長い尻尾を使って立ち上がり遠くを見渡す習性から『見張りポケモン』と呼ばれる。当然、こんなポケモンを一体見かけたところで少年の気は引かれないだろう。少年がこのオタチを気に留めたのは全身が光っていたからだ。最初はほのかに光っていたという感じだがその光がさらに増していき、そしてオオタチへと進化を遂げた。
「おお……」
少年は感嘆の声を漏らした。ポケモンの進化の瞬間は
「そうか。『ひかりのいずみ』とおんなじ光が空気中に含まれているから条件さえ満たせばここではポケモンはどこでも進化できるんだ」
思わず感動してしまう少年だったが、すぐに異変に気が付く。オタチならぬオオタチの様子がどうにも妙だ。進化したばかりのオオタチはいきなり変貌した自身の体をうまく動かせないらしい。長い体躯を妙にくねくねさせて、のたうちまわっている。
(見てる分には微笑ましいんだけど大丈夫かな?)
周りの草むらもオオタチの動き合わせて音を立ててしまっている。オオタチ自身がうまく動けていないこともあって他のポケモンに狙われないかと少々心配になる。何せ今のオオタチは目立つ上に動けないのだ。周りには人間こそいないがポケモンは大勢いる。
(……ってそれはいくらなんでも考えすぎか)
どうにも思考が凝り固まっている。そう感じて少年は首を回した。今までとは全く違う環境にいると言う事が自覚できていないようだ。人差し指を伸ばしてコンコンと自分の頭を叩く。これは少年の昔からの癖なのだ。それも思考を切り替えようと思ったときにでる癖らしい。本人は無意識的に行っているのでなかなか気が付かなかったが周りの仲間に指摘されて気づいたのである。
そんな彼におぼつかない足取りで近づいてくる者がいる。気づいてそちらを見るとあのオオタチだった。
「どうしたの? 何か僕に用事があるの?」
少年はそう声をかけるがオオタチは首を傾げるのみ。それを見てハッと少年は気づく。また悪い癖が出てしまったようだ。
「そうだった。喋れないんだよね」
そこで膝をおろし、目線をオオタチに合わせその首をなでてやる。するとオオタチは気持ちよさそうに目を細めた。
「喋れないのによく近づいてきたね君?」
言っていることがわかっているわけではないのだろうがオオタチは前足を上げて答えてきた。何か言っているから反射的に手を上げてみたという所だろう。
「ずいぶん人懐っこいんだね。それともおなかが減ってるのかな?」
首を傾げられる。やはり言っていることが伝わっているという気配はない。しかしそんな仕草が和むのでバックから林檎を一つ取り出す。
「ちょっとまっててね」
先ほどバックから取り出してずっと持っていたガラスの筒に林檎を皮を剥き、その実を細かく砕いて投入しシェイクする。このガラスの筒はシェイカーだったのだ。手慣れた手つきでシャカシャカとシェイカーを振り、皿を取り出してそこに出来上がったジュースをたらす。
「はい。どうぞ」
オオタチは目を輝かせ皿に飛びついてぺろぺろと舐めはじめた。そして舐めるペースはどんどん早くなっていく。どうやらいたく気に入ったようだ。今のは林檎だけを使った手軽なただのジュースだがこうして喜んでくれるのならとても嬉しい。程なくして最後の一滴まで舐め終わりオオタチは皿から顔を上げた。
「そんな顔されてもお代わりはないよ」
シュン、となって縮こまるオオタチ。その様子を見て罪悪感が湧かないわけではないが、もとより貴重な食料。そうホイホイとは渡せない。
皿とシェイカーをポーチにしまってオオタチの頭を撫でてやり立ち上がって元の待ち合わせ場所に戻ろうとする。ちらりと後ろを振り返ると何やらオオタチが手を振っていたので少年も笑顔で振り返してやった。
――少年が進化を見届け、オオタチとじゃれあっていた時間は
待ち合わせの時間にも丁度いいタイミングだったのでキリンリキのもとへ向かおうとしたその時少年の鋭敏な知覚が戦闘の気配を感じ取った。
「これ。ポケモンが戦ってる気配だ! まさか、キリンリキが!?」
こうしてはいられない。すぐに駆けつけなくては。
ついこの間マグマッグと交戦したばかりの少年だがあのマグマッグはレベルが低かったので難なく退ける事ができた。しかし今回はそうもいかないようだ。ビリビリとした気配が少年の肌に突き刺さる。この相手のレベルは相当に高い。しかもその強者の気配が一つではなかった。
「急がないと!」
鞄から針や釘を取り出していつでも打てるように準備を整える。――こんな時に準備するなんて悠長と言うかもしれないが、例え急いでいるときでも戦いの場に飛び込む時には準備が必要不可欠だ。ましてや少年は生身の人間。なんの準備もなくポケモン同士の戦いに巻き込まれれば死へ一直線である。テキパキと戦闘の用意を整え全速力で草むらを駆け抜けた。
そこで少年の目に入ったのは
「いっけぇ! スピードボール!」
(キリンリキ!)
空中を飛ぶ見慣れない球。離れたところにいる見知らぬ少女があのボールをキリンリキ目がけて蹴り飛ばす、まさにその直前の瞬間を少年の瞳は捕えたのだ。状況は一瞬では把握しきれないがあのボールがキリンリキに当たるのはマズイという確かな予感がした。すぐさま用意していた釘をボールめがけて放った。
(狙い的中!)
奇しくも少年と見知らぬ少女は全く同じ文字を頭に浮かべていた。
――ただしここでの軍配は少年に上がった。
放たれた釘は一直線にボールに命中して貫き、バラバラに粉砕したのだ。
「なっ!?」
少女は驚きの声を上げる。キリンリキも同じような気持ちだったのだろう。なにせ絶体絶命のピンチだと思われた状況にいきなり救いの手が差し伸べられたのだから。そしてすぐにこちらに振り向いて
「レイ!」
少年の名前を呼んだ。――呼んでしまった。
(うそっ!? キリンリキ!)
心の声は顔に表れていたのだろう。すぐにキリンリキもしまったと言う顔になる。しかしもう取り返しはつかない。せめて少年はキリンリキの声を少女が聞き逃したことを祈った。或いは誰か別人の発したものだと思えば。
しかしそんな願いは届かない。少女はキリンリキと少年を交互に見やり、そして心底驚いた様子で叫んだ。
「キリンリキが……喋ったぁあ!?」
オオタチはもふもふ可愛い