ポケモンにも変種がいるかも知れない。例えばカクレオン変種。通称『店主』とかね。
キキョウシティ郊外のポケモン塾と表札にある建物の近く。
なぜかそのそばの壁にクリスは隠れていた。
「どうしたのクリスさん?」
そうレイは尋ねる。が、彼女は浮かない顔で黙りこくっている。
実はクリスはここにボランティアの活動として来ていたのだ。しかし捕獲の専門家としてオーキド博士の依頼を受けたからにはここにボランティアで来る時間はない。そしてそれを伝える間もなくクリスの仕事は始まってしまった。
耳をすませばポケモン塾のジョバンニ先生や子供たちがクリスの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。聞こえてくるが、それにクリスは答えることはできない。今日ここに来たのはポケモン塾によるためでは無いのだから。
(皆ごめんね)
内心でクリスは謝罪する。
今のクリスはここによるどころかこうして立ち聞きをするのも褒められる身分ではない。今の彼女は報酬と信頼を受けて仕事をしているのだ。ならばそれに徹するのが本来あるべき姿である。
しかし優しい彼女はこうして思い入れのある塾のそばによってその様子を見ずに去ることなどできなかったのだ。
「……先に行ってようか? ポケモンセンターなら僕だってわかるし」
レイの心配したような声にクリスは首を横に振って答える。こうして自分に協力してくれる人までを私事に巻き込むわけにはいかない。二人は並んでその場を後にした――
今日、この日は快晴だ。しかし快晴の文字通りに気持ち良い快適な天気か? と尋ねられると決してそうではない。じりじりと照りつける太陽は決して心地よい物ではない。
「今日は暑いな……」
「そうですね……」
とりあえず懐から取り出したタオルで顔を拭うレイに手で顔を仰ぐクリス。この炎天下の中ヨシノシティから歩いてきた二人にとってこの日差しはかなり堪えた。しかしそんな二人とは対照的に涼しい顔をしている者がいる。
「二人とも大丈夫ですか?」
なんなら鞄運びますよ? とその後ろにキリンリキは繋げる。やはりポケモン。人間とは体力が一味違う。
「ありがとう。でも大丈夫ですよキリンリキ。もうすぐポケモンセンターに着くから」
ポケモンセンターは多くのポケモントレーナーが使う施設だ。多くの人間が使う施設なので基本的に空調は行き届いている。そこで休憩も取れるだろう。
「そうですか」
淡々とした口調で引き下がるキリンリキ。その姿にクリスのポケモン達と激闘を繰り広げたあの凄まじい迫力はない。――その実力者としての気配を普段は完全に隠しきれていると言うことだ。
大したものだ、と思う反面それならば技の力加減の方もやって欲しいなとクリスは思う。あのウツボットもそうだがこれから先もあんな風に手加減なしでバンバン『サイコキネシス』を野生のポケモンに撃たれるのでは全てのポケモンを捕獲してポケモン図鑑を完成させようとしているクリスとしては堪ったものではない。あのウツボットに限らずこのキリンリキの全力の『サイコキネシス』を受け切れるポケモンなどそうはいないだろう。もし力加減を覚えないまま旅を続ければクリスの捕獲したいポケモンはこのキリンリキによって根こそぎ倒され捕獲できなくなってしまう。
キリンリキには悪いがそれでは邪魔でしかない。何とかして加減を覚えて欲しい。クリスはこのキリンリキのポテンシャルが高いことは重々認めているので、それが生かせていないのは惜しいと思う。ポケモン個としてのポテンシャルはバトルに限らず捕獲においても有って損するようなものではないのだ。
「ポケモンセンターが見えてきましたよクリスさん」
「あ、本当だ」
そんなことを考えている間にどうやら目的地に着いたようだ。クリスは今日ここでさっき捕獲したウツボットをオーキド博士にパソコンの通信機能を使って転送しようと考えて来たのだ。さっそく中へ入っていく。
「そう言えばクリスさん」
「え? なんでしょう?」
「クリスさんはポケモンに星の印をつけてますよね?」
何を思ったかレイはそんなことを訪ねてきた。確かにクリスの手持ちにはそういう印をつけているがそれが一体どうしたと言うのだろうか。
「どうしてそんな印を?」
「……これは野生のポケモンと紛れないようにするためです」
「野生のポケモンと?」
頷きながらクリスは不思議に思う。
これは多くのトレーナーが同じように行う事であり、言ってしまえばトレーナーの基本だ。あそこまでレベルの高いキリンリキを連れて行けるポケモントレーナーの言う台詞ではない。
「私たちはポケモンを捕獲するために多くの場所を回ります。なので現地のポケモン達と紛れてもしっかりと区別できるように……チームの『証』として星の印やアクセサリーをつけているんです」
「へぇ……なるほどね」
知っていながらあえて聞いたのかとも最初は思ったがこうして普通に感心している姿を見ると本気で知らなかったようだ。第一印象からしてそうだったが益々不思議な少年である。
そんな風に考えているクリスをよそにレイはキリンリキを呼んだ。
「キリンリキー」
ここはポケモンセンター。ポケモントレーナーも大勢いるこの場ではキリンリキは声を一切発さずにレイの目の前にやってきた。
そしてレイはポーチを開いて一本のリボンを取り出してキリンリキの首に巻く。
「これ、つけててよ」
対してキリンリキは首を傾げる。特にキリンリキが持っていても意味のないリボンのようだ。しかしレイがその耳元で何かを伝えると直ぐに納得して首にそのリボンを巻いた。
――口にこそ出してはいないがクリスがキリンリキを野生のポケモンと勘違いをして捕獲に挑んだことは決して無関係ではあるまい。
恐らく彼女に気を使ってレイは口に出さなかったのだろう。しかし次も同じようにキリンリキが狙われつかも知れないと考えればその行動は当然のことだ。
……チクリと胸が痛む。何せクリス自身キリンリキを普通に捕獲しようとしたのだから。
レイはそれを咎めないがそれはクリスがキリンリキを捕獲することを防げたからであってもし捕獲してしまっていたらと考えると胸が竦む。人のポケモンに手を出すのはポケモントレーナーとしてあるまじき行為である。――それを行う組織が人から忌み嫌われるあのロケット団であることからもそれがうかがえると言うものだ。
「……え? そうなの?」
先ほどはレイがキリンリキに耳打ちしていたが今回はその逆でキリンリキがレイに何かをクリスにも聞こえない程度の声で伝えたようだ。
「うん。わかったよキリンリキ。気を付けてね」
レイがそういうと同時にキリンリキはポケモンセンターの外へ駆け出して行った。
「って、ええ!?」
「どうしたの? クリスさん」
「いや、だってキリンリキ外へ出て行ってしまいましたけど!?」
「ああ、大丈夫だよ。ちゃんと戻ってくるから」
「いや、そう言う問題じゃなくてトレーナーとポケモンは一緒にいる物じゃ……」
もちろん鳥ポケモンに手紙を運ばせると言った例外もある。しかしそれは空中と言う人間が手を出しづらいところを移動する鳥ポケモンだからこそであり普通に地を駆けるキリンリキのようなポケモンを離したりはしない。
前々から常識だったことだが二年前から更にその傾向は強くなった。主にロケット団の暗躍による影響である。そんなご時世にキリンリキを外に放り出したことは不用心と思わざるを得ない。
しかしレイは手を顔の前で振って
「キリンリキなら大丈夫だよ」
と自信満々の笑みである。信頼していると言うことなのだろうが実際に捕獲を試みて、その一歩手前まで行ったクリスからしたらそれは慢心と思わざるを得ない。せめてあのキリンリキがモンスターボールに登録されているならばまだしもただリボンを付けただけでは悪意あるトレーナーからは普通に狙われてしまうだろう。
しかしやっぱりレイは「大丈夫、大丈夫」と言うだけだ。
「
「あのリボン?」
一体リボンに何の意味があるのか。そう思ってクリスは聞き返す。しかしレイは笑って
「とっておきのリボンなんだよ」
だと言うのみだ。正直よくわからないクリスは深いため息をついた。普通にボールに入れておけばいいのにと心の奥底で思いながら。