「緊張してる?加賀美くん」
「ちょっとな……」
ある日の昼休み。呼び出された俺は理事長室にやってきていた。普段入ることない部屋で暫しの待機。その要件も相まって結構ガチガチに緊張している。夏未や理事長が同伴してくれているからまだ楽だけどな。
要件というのが、例の三国親睦会についてだ。その手紙の送り主であるサッカー協会の要人と俺、そして学校がある期間に超短期留学という形で日本を離れるため学校を交えて話す。そういう場だ。
「失礼する」
「ようこそお越しくださいました、轟さん」
ガチャリ、と音を立てて扉が開く。どうやら来たようだ。その奥から姿を現したのは、大柄で髭を生やし、スーツを身にまとった男性。この人には見覚えがある。この前俺達の練習を見に来てた人だ。ということはやっぱりあれは例の代表を選ぶための視察だったのか。
「さて……初めましてだな、加賀美 柊弥くん。私は日本少年サッカー協会統括チェアマンの轟だ。よろしく頼む」
「はい。本日はよろしくお願いします」
「そう畏まらなくても良い」
「ありがとうございます」
「早速本題に入ろうか。例の話……受けてくれるということで良いな?」
「むしろ本当に俺で良かったんですか?」
「確かに候補となる者は何人もいた。それこそ君と同じ雷門の中にもな」
それはそうだ。守に修也、鬼道をはじめ他の皆だって資格は十分だ。その中で何で俺が最終的に選ばれたのか。参考までに聞いておきたい。
「それで……何故俺が選ばれたんでしょうか?」
「私の直感だ」
「直感……?」
「うむ。今の日本サッカーは世界から注目されるレベルからは程遠い。私は長年この国のサッカーを世界のステージまで押し上げたいと考えていたのだよ。そこで見つけたのが君だ!」
「はあ」
「数多の強豪校を倒してフットボールフロンティアで優勝し、エイリア学園すらも押し退けた雷門イレブン。そしてその中心にはいつもキミがいた。そういうことだ!」
「中心……とは言いますけど、それなら俺より守なんじゃないですか?キャプテンはアイツですよ」
「その通りだ。しかし、フィールドの最前線で道を切り開いてきたのは他でもないキミだ!そんなキミならば、日本を背負って世界一まで突き進めるかもしれない!!」
俺はこんな評価してもらえるレベルまで成長できた、ってことで良いのかな。俺としては自分にやれること、やるべきことを愚直にこなしてきただけのつもりだ。その結果がこうして評価してもらえてるなら……光栄だ。
「今一度聞こう、加賀美くん。キミは……この日本を背負ってくれるか?」
そんな答え、もう決まってる。
「……はい!」
「良く言った!!それでは正式に手続きの方を進めさせてもらおう!!」
「是非、よろしくお願いします!」
「うむ!……そうだ、もう一人誰かを連れて行けることは把握しているかね?」
「はい、ギリギリまで考えてたのでまだ本人からの了承は得られていませんが……一人、一緒に世界を見に行きたいヤツがいます」
「そうか。誰か聞いても良いかね?」
「俺が連れて行きたいのは──」
ーーー
途中から日本サッカーの貧弱さについて力説されていたが、轟さんとの会合は無事に終わった。そうして迎えた放課後、俺は一人の男を呼び出していた。その男っていうのは、轟さんに話した一緒に世界に行きたいヤツだ。
悩んで悩んだけど、決め手になったのは世界を通じてどれだけ成長できそうかだ。スペイン、イタリアの同世代と研鑽出来る場なんて、誰でも何かしら得られるとは思う。けど折角なんだ、一番成長出来そうなヤツを連れて行ってやりたい。
「加賀美、待たせたな」
「よく来てくれたな──」
背後から声が掛かる。この後部活もあるしバックレられることはまず無いとは思っていたけど、来てくれて良かったぜ。
「──風丸」
「それで、話っていうのは?」
そう、風丸だ。俺の主観だが、エイリア学園の騒動が終わってから一番練習に打ち込んでいたのが風丸。真・エイリア石を使っていた時ほどじゃないけど、全体的な能力が上がっている。積極的に俺に教えを乞うようにもなって、その熱意は本物だ。
そして何より、俺は風丸にデカい可能性を感じている。真・エイリア石によって風丸の潜在能力が引き出されてからというものの、明らかに前の風丸じゃ出来なかった動きが増えている。DFの中心として機能していた風丸だったが、そのスピードを活かした前線での立ち回りが磨かれているんだ。元々俺との連携や修也との炎の風見鶏で前に出れる素質はあった。今はそれに拍車がかかっている状態。もし化ければ……攻撃、守備のどちらの面でも活躍出来て、尚且つ戦局を見て指示も出せる超万能型の選手になれる。
「単刀直入に言う。俺と一緒に世界に行かないか?」
「……は?」
「だから、世界に行かないか?」
「待て待て、話が急すぎて追いつけないぞ?」
俺の言葉に首を傾げる風丸。そういえば詳しい話を何もせずに誘ってしまったな。まずは一から説明しよう。
「なるほど。海外であるその合宿に着いてきて欲しい、と」
「そういうこと」
「ちなみに聞くが、何で俺なんだ?」
「直近の練習の中で一番ポテンシャルを感じたのがお前だからだ。こことは全く違う環境の中でそれが開花すれば、お前はもっと強くなれる」
「……本当に俺で良いのか?」
「お前が良いんだよ」
「……よし分かった!俺を連れてってくれ、加賀美!」
「そう言うと思ったぜ」
決まったな。俺と風丸のスピードで世界をぶち抜いてやろう。
「さて、そうと決まったら皆に説明しておかないとな」
「ああ。あっちに行くのはもう少し後だけどな」
話が終わった俺達は先に練習を始めているだろう皆の元へ向かう。このことはまだ誰にも話してないからな。
「皆待たせたな。ちょっといいか?」
「やっと来たか二人共。何かあったのか?」
「ちょっと話しておきたいことがあってな」
「なんだ?まあいいや、集合!」
グラウンドにやって来ると、まだ練習に入る前の準備段階だった。ちょうど良かったので守に言って皆を集めてもらう。
「えー、単刀直入に言うとだいたい一ヶ月後に俺と風丸がいなくなります」
「ええ!?お前ら、部活辞めるのか……?」
「加賀美、言葉足らず過ぎるぞ」
「ちょっと揶揄っただけだ。別に部活辞めるわけじゃない」
「じゃあ、どういうことでやんスか?」
「日本少年サッカー協会からある誘いをもらってな。スペインとイタリア、日本が参加する親睦会という名の合宿に行くことになった」
「ほう、スペインとイタリアか」
そう皆に伝えると三者三様な反応を見せてくれる。俺達が辞めるわけじゃないと分かって安堵するヤツ、シンプルに驚くヤツ、興味を示すヤツ。
「とうとう世界に行くのか、柊弥」
「ああ。人数制限さえなければお前や他の皆も連れていきたかったんだけどな」
「いいさ。お前達二人がいない間に俺達も強くなってみせる」
「流石」
全資金を教会側が肩代わりしてくれるから二人っていう制限があるのかな。贅沢は言えないな、仕方ない。
「さて風丸、あっちに行く前にひたすら鍛えるぞ」
「え?」
「世界のステージで無様晒せないだろ?だから、な?」
「え?」
「とりあえず10kg着けてトレーニングからだな。慣れてきたら15、20って上げてくぞ」
「……え?」
「春奈、この前頼んでたヤツだけど」
「準備出来てますよ!」
「ありがとう。じゃあ風丸、いくぞ」
世界に行く前にやることは山積みだな。楽しくなってきた。
ーーー
「……遂にオーガが動き出しましたね」
80年後の未来。柊弥の抹殺のために動き出したオーガを観測している者がいた。その男の名前はエルゼス・キラード。未来の世界において不穏な動きをしていたオーガを警戒していた者のうち一人だ。
「我々も早く動き出さなければ……なのに、彼らはいつになったら来るんでしょうか」
「キラード博士!お邪魔します!」
「やっと来ましたね……遅いですよ、二人共!」
「すみません……ヒカリが準備遅いから!!」
「カノン、そうカッカするなってー」
何処か見覚えのあるようなバンダナを巻いた少年が、肩まで紺色の髪を伸ばした少年を引きずりながらキラード研究所の扉を開ける。カノン、ヒカリと呼ばれた二人の少年はキラードが腰掛けるデスクの近くまでやって来る。
「さて、もうお伝えした通りオーガが動き出しました」
「目的は……加賀美 柊弥さんですね」
「その通り。加賀美くんを消すことでサッカーの影響力を消すつもりなのでしょう」
「きっとその後は、曾祖父ちゃんも……」
「でしょうね。円堂 守に加賀美 柊弥。この二人がサッカーの人気を磐石にしたも同然。加賀美くんを消してなおサッカーが栄えていれば、次は間違いなく円堂くんです」
「んー、何かめんどくせー話だなー」
「ちゃんと聞けってヒカリ!もし加賀美さんが消えたら大好きなゲームもクソも無くなるんだぞ?」
「だりー……」
「……こんな状況でもヒカリは揺るぎませんね」
真剣な顔で話をする二人をよそに、液体と錯覚するくらいに溶けてだらけているヒカリ。大好きらしいゲームを引き合いに出されてもその姿勢は正されない。
「やるべきことは……分かりますね?」
「はい!オーガの計画を阻止、或いはオーガの襲撃から加賀美さんを守ることですね!」
「その通り。ヤツらはもう加賀美くんの時代に飛びましたが、すぐには動き出さないでしょう。現在加賀美くんの時間軸はFFIの直前。恐らく加賀美くんに接触するなら、その力が高まり始める大会中でしょう」
「加賀美さんの完全覚醒前かつ限りなくそれに近い時期、って事ですかね?」
「恐らく」
「俺のと同じもんでしょ?」
「性質的には。加賀美くんの逝去までそれが花開くことはありませんでしたが、もし現実となっていたらヒカリ以上の凄まじい力になり、この未来にも計り知れない影響が出ていたでしょう」
当然本人達の知るところではないが、キラード達より更に未来の世界でも同じような結論に至っていた。
「そして懸念事項が一つ。オーガの動きを監視する上で別の存在による時空干渉を感知しました」
「別の……?」
「ええ。既に私達の時代からオーガが過去に飛んでいる以上、時空の修正力が働いてその謎の存在はもう干渉出来ないはずですが……」
「あれ、それじゃあ俺達もタイムジャンプ出来ないんじゃ?」
「いえ、干渉元は同じ時代として処理されるのでそこは問題ありません」
その別の存在というのがエルドラドである。柊弥を消そうとしているもう一つの存在であるエルドラドは、オーガによってその計画が停滞していることに酷く辟易としているが、そんな都合はオーガ、そしてキラード達には関係の無いことだった。
「……はあ、めんどくせーけどやるかあ」
「面倒くさがるなって!だって加賀美さんは……」
ヒカリが前髪をかきあげる。その髪の向こうから顕になったのは……柊弥と同じ、切れ長の目。
「お前の曾祖父ちゃんだろ!」
「顔知らねーけどなー」
ーーー
「よう、相変わらず真面目なことで」
「……ルーサーか」
スペインのユースチーム、バルセロナオーブ。その宿舎内のグラウンドにて青年と見間違われるほど逞しい少年が一人グラウンドに立っていた。そんな彼に話しかけたのはルーサーと呼ばれたチームメイト。
「そんなに例の合宿が楽しみかよ」
「ああ。何せ世界との邂逅だ」
「イタリアはともかく、日本が俺達のレベルに追いつけるとは思えねえんだけどな」
「……直感だ」
「は?」
「確かに日本サッカーはあまり有名ではない。しかし……ここにやってくる日本の戦士達は、きっと私達を驚かせてくれる。そんな直感がある」
彼はルーサーに対して自分の考えを話す。直感。それは何の根拠もない、希望的観測のようなもの。
「お前にしては随分論理から外れた考えじゃん……クラリオよ」
「ふッ、偶にはな」
ルーサー、そしてクラリオがそんな話をしていると同時刻。更に離れた地からスペインに向かっている者達がいた。
「キャプテン、日本といったらキャプテンの故郷ですけど……どう思います?」
「そうだな……久しく日本には帰っていないからあまり分からないが、一つ注目しているチームがあるんだ」
「注目しているチーム、ですか?」
スペインへと向かうその飛行機の中、二人の少年が話をしている。彼らを乗せた飛行機がつい先程発ったのはイタリア。
「雷門イレブンと言ってな。日本の中学サッカーの頂点を決めるフットボールフロンティアで優勝し、以前世間を騒がせたエイリア学園を撃破したのが彼らだ」
「雷門イレブン……合宿にやって来るのはそのチームの選手ですかね?」
「どうだろうな。彼らが来ても、彼らを差し置いて来る誰かでも面白いことになるんじゃないのか?」
「俺には分からないです……でも、楽しみですね」
「ああ。俺に何かを学ばせてくれるヤツ。そんなヤツと出会いたいな」
クラリオ・オーヴァン、フィディオ・アルデナ、そしてヒデ・ナカタ。3人の実力者が同時に日本へと思いを馳せる。日本を代表する二人が彼らと交差する時、一体何が起こるのか。
ーーー
「さて、とうとうこの日が来たな」
俺と風丸は今空港にいる。遂に待ち侘びていた出発の日だ。嬉しいことに皆激励も兼ねて見送りに来てくれた。
「柊弥、風丸!頑張ってこいよ!」
「おう、日本の底力見せてくる」
「お前の鬼特訓のせいで随分底上げされたしな」
「重りを着けた状態でイナビカリ修練場の全制覇、更に増量した上でまたやったと言うのだから恐ろしい」
「ああ。円堂のタイヤ特訓も真っ青だな」
「俺がいない間にメニューに取り入れてもいいぞ?」
「検討はしよう」
世界の同世代がどれくらいのものなのか、俺は全く分からなかった。映像なりなんなりで調べるって手段もあったけど、楽しみにしておきたい気持ちもあって抑えた。
だからせめて、どれだけ強くてもその喉元に喰らいついてやる。そんな気概でこの一ヶ月間ひたすらに鍛えまくった。風丸はほぼ巻き添えみたいなもんだった。後悔はしていない、現に風丸もとんでもない勢いで化けたからな。
「そうだ、それで思い出した。俺がいない間に一部にやっておいて欲しいメニューをまとめたんだけど……いるか?」
「お前の設定するメニューは的確だ。俺と鬼道で改めた上で取り入れよう」
「分かりました、じゃあまずは1年生達」
響木監督のお墨付きまで得られるようになったのは嬉しいな。それなら遠慮なく残していける。
「皆が課題だって捉えていたフィジカルについてだ。ここまで筋トレを中心にして身体の強度を中心に鍛えてきたけど、次のステップに移る」
「次のステップ?」
「ここからは体力を中心に伸ばしてくれ。イナビカリ修練場でも外周でも何でも良い。ただし、そのメニューだけじゃなくて全体メニューをこなし終わったら体力を使い切るくらいの強度だ」
「うーん、設定が難しいッス……」
「そこは監督や鬼道と相談して決めてみてくれ。次に修也、染岡、シャドウ。ストライカー陣」
「おう」
「お前達はシュート以上に相手との駆け引き、デュエルを鍛えてくれ。連携で突破するだけじゃなくて、単騎でボールを持ち込める。そのレベルを目指してくれ。理想は俺と対面して勝率5割を維持できるくらいかな」
「分かった」
「他の皆には特に言うことは無い。強みを伸ばすも良し、新しい分野を伸ばすも良しだ。監督、鬼道の指示に従って頑張ってくれ」
「分かった!」
さて、メニューは伝え終わった。後は……
「春奈」
「はい!」
「時差もあるけど、毎日連絡するから」
「されなくてもするつもりでした!」
「よし」
「ブレないなお前ら」
どれだけ忙しくてもそれだけは譲らない。距離が離れる分寂しい思いをさせるからな。俺だって実のところ寂しいし、離れたくない。
「そろそろ時間だな」
「加賀美、風丸!海外にも雷門魂を見せつけてこい!」
『はい!』
「良い土産話を期待しているぞ」
「土産話も良いッスけど、スペイン土産も楽しみにしてるッス!」
「俺達も強くなって待っててやるよ!」
「二人共、頑張って!」
響木監督、鬼道、壁山、染岡、秋。皆が思い思いの言葉を投げかけてくれる。こういう時ってどういう返しをするのが正解なんだろうな。
「二人共!」
「守」
「いってらっしゃい!!」
……はッ、難しく考えすぎてたな。送り出される立場が言うべき言葉なんて、一つで十分だったな。
「いってきます!!」
さあ待ってろよ、世界。
直感で期待されがちな国、日本。
無印では出てこなかったクラリオ、そしておなじみフィディオにヒデナカタ。このネームバリューに柊弥と風丸は喰らいつけるのか?