「ほら皆! もっとペース上げてくぞ!」
「も、もう無理っスキャプテン!」
「僕も……もう……限界です……」
準決勝で秋葉名戸を打ち破り、とうとうフットボールフロンティア地区大会の決勝へと駒を進めた俺達。次の決勝に勝てば、全国大会へ出場出来るというのも勿論大きなことなのだが、それ以上に重要なことがある。それは、決勝の相手が帝国学園だということ。
今から数ヶ月前、サッカー部として機能出来ないような小さな集まりだった俺達に練習試合を申し込んできたのがヤツら帝国だった。しかも学校、もとい夏未から"負けたら廃部"という条件を突きつけられていた俺達は、必死になって部員を集め、何とか試合が成立するところまで持っていった。
そして当日。思い返せば酷いものだったな。ほとんどが初心者で、しかもろくに練習なんて出来ていなかった俺達が、全国大会40年連続優勝を誇る帝国に勝てるなんて、まず考えられないだろう。実際、試合が始まってから俺達は文字通りボコボコにされた。
けど、何とか俺が1本取り返し、それを見て豪炎寺が急遽飛び入り参加してもう1本決めた。そうすると何故か帝国は試合放棄。俺達の勝ちという扱いになって廃部は免れたんだよな。そこから尾刈斗に勝ち、フットボールフロンティアの出場を学校に認められ、野生中、御影専農中、秋葉名戸中と戦い、勝利し、ようやくここまで辿り着いたんだ。
そんなわけで、帝国は俺達にとって因縁の相手のようなものだ。そんなヤツらとの再戦の機会がこうして回ってきた。練習に熱が入らないわけがないな。
「よーし、各自必殺技の特訓に入れ!」
「悪ぃ、俺ちょっと抜けるわ」
「ん? どうした……ってもういない」
アップのストレッチ、ランニングを終え、これから必殺技の特訓に入ろうというところで土門がグラウンドを抜けてどこかへ行ってしまう。随分と思い詰めた表情をしていたように思える。トイレが近かった……という訳では無さそうだが。
マネージャー達もそれが気になったのか、後から春奈が追いかけていく。あっちは任せて、こっちは練習に取り組もう。
「加賀美、そろそろ合わせてみないか?」
「そうだな。試してみよう」
帝国のキーパー、源田の以前よりレベルアップしているであろう守備に打ち勝つには、今以上の火力が必要となる。そう考えた豪炎寺は、御影専農との試合の後に怪我で一時離脱する前に、俺にこう提案してきた。
『俺達の連携シュートを作らないか』
俺も同じような懸念を抱いていたのでひとつ返事で了承した。そうして俺は豪炎寺が少し練習から離れている間、1人でその連携技の基礎を作ってきた。ちなみに豪炎寺は既にその基礎が整っている、というより元より備わっている。だから豪炎寺が復帰してすぐのこのタイミングでも連携の合わせに取り組める。
「さあ、やるぞ」
「おう」
そう言って、俺と豪炎寺は1つのボールに向かって駆け出した。
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「鬼道さん、本気なんですか!? 移動用のバスに細工するなんて」
「何? 一体何の事だ」
皆が練習中の所を抜け出して、呼び出して来てもらった鬼道さんと人目につかない場所でやり取りする。鬼道さんは雷門の個人データを要求するが、今朝見てしまった冬海の凶行にどうしても納得できない俺は、鬼道さんの言葉を遮るようにしてそれを訊ねた。
すると、鬼道さんもその事実は把握していなかったようで、驚いたような声をあげる。やはり、あんなことを冬海に唆したのは影山総帥か!
「これが帝国のやり方なんですか、総帥は一体何を考えているんです!」
「……」
「もうあの人のやり方には着いていきません、あの人は強引すぎる! そこまでして勝ちたいんですか!?」
「それ以上言うな。俺達に総帥の批判は許されない」
必死に訴えかけるが、最も総帥に近い立場にある鬼道さんはそう言って俺の言葉を遮る。クソッ、何とかして止めさせないと皆が……!
「──でもッ!」
「お兄ちゃん!」
このまま引き下がる訳にはいかない。そう腹を括り、鬼道さんの説得を続けようとしたその瞬間、第三者の声が響く。
俺と鬼道さんがその声の方向に視線を向けると、そこの陰から出てきたのは音無だった。まさか後をつけられていたのか? いや、気にするべきはそんな所じゃない。今音無は確かに"お兄ちゃん"と言った。その言葉は当然俺に向けられたものでは無い。ということは、鬼道さんの……!?
「雷門中の偵察にでも来たの?」
「……」
「待って!」
「離せ」
まくし立てるように問い詰める音無と顔を合わせようとせず、その場を去ろうとした鬼道さん。その腕を掴み、音無が引き止めるが鬼道さんはそれを振り払い、振り返ることなくこう言った。
「俺とお前は、会っちゃいけないんだよ」
そう言って鬼道さんは去っていき、その背中を音無は悲しそうな表情でずっと見つめていた。俺が声をかけるべきでは……ないな。大人しく練習に戻ろう、そして冬海を、総帥の目論見を止める方法を何としてでも考えるんだ。
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「クソ、ダメか」
「仕方ないさ。初合わせで完璧にいくことなんてない」
あれから何度も豪炎寺と合わせてみたが、力加減が上手くいかなかったり、蹴り込むタイミングが微妙にズレたりで、1本も成功することはなかった。あのシュートは、2人が全く同じ条件で撃ち込むことで初めて最大限の威力が発揮される。俺がしっかり合わせられない限り、成功することはないだろう。
⋯このままじゃ終われない。絶対完成させてみせる。
「家に帰ったらもう一度確認してみる。また明日頼む」
「ああ」
そのまま休憩に入る。そのタイミングで先程離席した土門がこちらに戻ってきて、数分後に春奈も帰ってきた。2人揃って浮かない顔をしている。土門は今日元々あんな感じだったが、春菜はあっちから戻ってきてからだ。
マネージャー含む部員のメンタルケアも副キャプテンの務め。後で少し話を聞いてみるか。とにかく今はまだ練習中、目の前のことに集中しよう。
「加賀美さん、お疲れ様でヤンス」
「おう栗松、また明日な」
栗松はじめ1年組が帰っていくのを見送る。これで皆帰ったな。今日は秋も夏未も用事で早々に帰っていった。つまり春奈が1人で後片付けをしているはず。話を聞く絶好のチャンスだろう。
部室の方に行くと、ボールやドリンクの後始末をしている春奈の姿が見えた。やはり1人のようだ。意を決して声をかける。
「春奈、手伝うぞ」
「加賀美先輩? 大丈夫ですよ、練習で疲れてるでしょう?」
「気にするな。2人でやった方が早いだろ?」
気を遣ってか、手伝う必要は無いと言う春奈だったが、半ば強引に片付けを手伝い始める。そこからしばらく沈黙が続く。話を聞こうと思ったものの、いざこうして自分から悩みを聞きにいくというのは少し緊張する。
ふと春奈の顔色を窺うと、人の手前いつも通りのように取り繕おうとしているが、暗い感情が隠しきれていない、そんな気がした。
……情けない。自分から決めたことも躊躇うのか、俺は。腹を決めよう。
「何かあったか?」
「えっ?」
片付けの手を動かしたままそう春奈に問い掛ける。春奈は一瞬口を開こうとしたが、結局何も話してはくれない。公には相談できないようなことだろうか。こうして訊ねるのはやや無粋な真似だっただろうか。
だが、辛そうな表情をしている彼女をこのまま放っておける程、俺は臆病ではなかった。
「練習中にどこか行って帰ってきてからか? ずっと思い詰めたような顔をしている。俺で良かったらその悩み、聞かせてくれないか?」
春奈の瞳の中で何かが一瞬揺らいだような気がした。その後まもなく、震えた声を絞り出すようにして言葉を紡いだ。
「……実は私、両親が既に他界しているんです。私には1つ離れた兄がいたんですけど、別々の家に養子として引き取られたんです」
衝撃だった。いつも明るく振舞っている春奈の過去にそんなことがあったなんて、想像も出来なかった。
「そして離れ離れになったあと、兄とは音信不通になったんです。どれだけ連絡しても反応してくれないから、嫌われちゃったのかな……なんて」
段々と声が弱々しくなっていく。
「けど、この前偶然兄の姿を見たんです。……帝国との練習試合のあの日です」
「……それって」
「はい。私の兄は、帝国学園サッカー部キャプテン、鬼道 有人です」
つまり、春奈は幼い頃に、両親の他界と養家への引き取られをキッカケに兄である鬼道と生き別れた、ということか。こう言っては失礼かもしれないが、全く兄妹には見えない。鬼道はゴーグルで目元を隠してるから尚更かもしれないが。
「そして今日、木野先輩に頼まれて土門さんを追いかけた先に兄がいたんです。すぐ近くで会えた嬉しさとここで何をしているのかという疑問が先走って、思わず腕を掴んじゃったんですけど……無理やり振り払われて、俺とお前は……会っちゃいけないって……」
そこまで言い終わると、春奈はその場に力なく座り込んで泣き出してしまった。今まで我慢してきたものが溢れ出したように、肩を震わせて。
やっと会えた兄に拒絶されたのが相当辛かったのだろう。そして必死に堪えていたその悲しみを、俺が掘り返してしまった。春奈が今泣いているのは、俺の責任かもしれない。けど、今この場で話を聞けて良かった。あのままにしておいたら、きっと抱え込んでもっと辛くなっていただろうから。
しゃがみこんでハンカチを渡し、立ち上がろうとすると制服の背中を掴まれて離してもらえない。……仕方ない。
「落ち着くまで何時までも付き合うから……大丈夫だ」
その場に座ると、差し出した背中にぴったりとくっついて溜め込んでいたもの全てを吐き出すように泣きじゃくる。こんなことで支えになれるなら、俺は幾らでも寄り添おう。
「すみません! 私、こんなつもりじゃ……」
「気にするな」
10分くらい経っただろうか。ようやく泣き止んだ春奈は、激しく取り乱しながら謝ってくる。ただのお節介だからそこまで気にすることもないのに。そのまま2人で片付けを済ませ、流れで春奈を家まで送っていくことになった。
「加賀美先輩は、お兄ちゃんのことをどう思ってますか?」
「鬼道のこと? そうだな……熱いヤツだな、って」
「熱い……?」
「ああ。俺、鬼道と小学生サッカーの全国大会で戦って、勝ってるんだ。その時アイツ、今にも自分に殴りかかるんじゃないかってくらい悔しそうにしてた。そしてこの前の練習試合で会った鬼道は、別人みたいに強くなってた。きっと物凄く努力したんだなって思うんだ。それだけアイツはサッカーに対して熱くなれるヤツなんだと思う」
今言ったことはお世辞ではなく、嘘偽りない俺の本心だ。 鬼道は俺達と違う場所にいるだけで、俺達と同じくらい、もしくはそれ以上にサッカーが好きなんだろう。その姿勢には尊敬の他ない。
「鬼道が春奈のことをどう思ってるかは分からない。けれど、理由も無しに実の妹をぞんざいに扱うようなヤツではないと思う」
「……そっか、そうですよね」
俺の見解を述べると、春奈は途端に笑顔になって俺の言葉に頷く。何はともあれ、元気を取り戻してくれたようで何よりだ。
「もう大丈夫そうだな。春奈は笑ってる時が1番可愛いよ」
「──ふぇっ!?」
「あ」
自然にそう口から零れていた。しまった、こんなのただ口説いてるだけにしか聞こえないだろ。しばらくの気まずい空気を、春奈が先に断ってくれる。
「加賀美先輩でも、そんな冗談言うんですね……」
「……冗談じゃない。俺は嘘はつかない」
「ええっ!?」
「あっ……」
俺は本当に馬鹿野郎かもしれない。もっと他に冗談交じりの返し方があったはず。そうすればまた性懲りも無くこんな空気になることはなかっただろう。
「えっと、ありがとうございます……」
「どういたしまして……?」
明らかに動揺している春奈の謎の感謝に対して、俺も謎の返答をする。もうダメかもしれない。物凄く気まずい空気が流れ、無言のまま暫く歩き続ける。
春奈の家の近くに差し掛かったところで、ようやくその沈黙は破られる。
「加賀美先輩、ありがとうございました……おかげでまた明日から頑張れます」
家の前で立ち止まり、春奈が礼を口にする。ふと、思ったことがあった俺はそれを声に出して聞いてみる。
「なあ、俺は春奈のこと呼び捨てなのに春奈は俺のこと苗字呼びなの?」
「えっ? だって、先輩ですし……」
「名前で良いよ、それじゃまた明日」
途中で自分が言っていることの重大さに気付き、急いで踵を返す。本当に俺はどうにかしてしまっただろうか。さっきから傍から見たら変なヤツとしか思われないことしか言っていない。こんなはずでは……クソ、明日春奈と顔を合わせるのが凄い気まずい……
求)恋愛描写のコツ
出)心からのお礼