走った。とにかく走った。
電車やらバスやらを使えば良かった気もするが、さっきまではそんなことも思いつかないほど動揺していたようだ。走っている最中に頭が冷えたから良しとしよう。
『帝国が10-0で……世宇子中に完敗しました』
『春奈……嘘、じゃないんだよな』
無言で首を振る春奈に対し、なぜ、どうしてど守や染岡が訊ねていた。
春奈曰く、見た事もない必殺技が飛び交い、帝国は為す術なく蹂躙されてしまったとのこと。
鬼道がいたのにそんなことが? と思ったが、どうやら鬼道は俺達との試合での怪我が治りきっていなかったのと、相手は何の情報もない学校だからと大事をとって控えに回っていたらしい。
『……鬼道に話を聞くは必要があるな。ちょっと行ってくる』
『でも、今は練習中だぞ』
『良いんじゃないか。柊弥のメニューは既に終わっているしな』
という訳で、急いで鬼道がいるであろう帝国へとやって来た。ちなみに監督の許可もちゃんと得ている。
前に来た時の記憶を頼りにサッカー場へと走って行く。
すると、グラウンドの真ん中に1人佇む姿があった。
「鬼道!」
「加賀美……笑いに来たのか?」
「そんな訳ないだろ」
鬼道の顔は、絶望一色に染まっていた。顔色も、声色も決して良いものとは言えない。精神的なダメージがかなり大きいことが伺える。
どう声をかけたものかと考えていたら、視界の隅に転がっているボールに気が付いた。
名前を呼び、鬼道に向かって軽く蹴る。
が、一切見向きすることなく、ボールに身体を揺らされそのままその場に崩れ落ちた。
やがて立ち上がると、ボールを拾い上げて身体を震わせる。
「40年間無敗の帝国学園。俺達はその伝説を終わらせたんだ。ただ勝つことだけは考えてきた……それなのに、ボールに触れる前に試合が終わっていたんだ」
春奈の言葉がフラッシュバックした。
鬼道がフィールドに入ろうとしたその時には、他のメンバーは控え含め行動不能。試合続行は既に不可能だったのだ。
「寝ても覚めても、ずっとサッカーのことを考えていた。だが、こんな形で終わるとはな……俺のサッカーは、終わったんだ」
「……そんなことない。お前がサッカーを捨てない限り、諦めない限りは終わりじゃない……そうだろッ!?」
先程よりも強く鬼道にボールを蹴り出す。
すると今度は、無防備にボールに打たれることなく蹴り返してくる。そして俺はそれを受け止める。
勢いは暫く止まることなく、俺の脚をジャージ越しに削ってくる。
「ほらな」
「ふっ……そうかもしれないな」
鬼道は少し笑う。
「胸の内、曝け出してみろよ。楽になるぜ」
「……そうだな」
ここでは落ち着いて話など出来ないだろうと、鬼道が家に招いてくれた。
別に俺は問題ないのだが、折角の厚意だし大人しく着いて行くことにする。
「鬼道財閥とは聞いてたが……やはり凄い家だな」
「まあな。来いよ、部屋に案内する」
予想はしていたが、とんでもない豪邸だ。中に入ると、バトラーさんみたいな使用人の方が出迎えてくれる。
鬼道の部屋までの廊下には、いかにも高そうな絵画や装飾品が置かれている。
そして肝心の鬼道の部屋も馬鹿みたいに広かった。
菓子類の用意をしてくれている鬼道を他所に、部屋の中を徘徊してみる。
すると、他のものとは明らかに年季が違う雑誌を発見し、手に取ってみる。
サッカー雑誌だ。発刊から10年近く経とうとしているような。
「随分と古い雑誌だな」
「ああ。俺がサッカーを始めるきっかけになった物だ」
鬼道が誰にも話したことの無い過去を話してくれる。
鬼道、そして春奈の両親は、飛行機事故で亡くなったらしい。
残された2人を心配してくれる大人達はいたらしい。そしてその中の1人が、両親の遺品として渡してくれたのがこの雑誌。
写真も何も残っていなかった中で、唯一残されたこのサッカーの雑誌。これだけが亡くなった両親と自分を繋ぐ何かだと思い、サッカーを始めたらしい。
最初はただ楽しかった。しかし、次第に勝ちに固執するようになり、やがて影山の元に着いた。
雑誌を握る鬼道の手は震えていた。
痛まないよう、鬼道の手からそれを取って机に戻す。
「俺もお前も、同じなのかもな」
「俺とお前が?」
「ああ。サッカーを始めたのは、単純に楽しそうだったから。そしてついこの前かな、父親がサッカーをやっていたことを知った。俺の父さん、仕事で海外にいてさ」
「加賀美
俺の言葉を遮り、鬼道がある名前を口にする。
「なんで、その名前を?」
「情報収集の一環でな」
俺が驚いたのは、それが父さんの名前だったから。
教えた訳でもないのに自分の父親の名前を呼ばれたら、誰だって驚くと思う。
「既に廃校になった
「……全国大会に出てたっては聞いたけど、詳しい学校とかは今初めて聞いた」
俺より父さんのこと知ってるんじゃないか? という疑問は胸の内に閉まっておく。そんな経歴だったのか、父さん……
「まあ、父さんの話は置いといて。とにかく、楽しいからサッカーに触れ、親の背中を追い、形はどうあれサッカーに熱意を注いだ。同じじゃないか?」
「確かに、そうかもしれないな」
鬼道の顔から暗い色が消えた。気が紛れたのなら何よりだな。
それからも、少し話をした。
やはり試合にも出れずに帝国が負けてしまったのがかなり悔しいようで、終始世宇子中を軽く見ていたのを悔いていた。
何とかして鬼道の無念を晴らしてやれないものか。
待てよ、そういえば。
「鬼道、フットボールフロンティアの資料ってあるか?」
「ああ。一応控えてあるが」
1つ、良いことを思いついてしまったかもしれない。
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『俺達と世宇子中を倒さないか』
急に何を言っているんだコイツは、と思ってしまった。
だが、すぐさま要求されたフットボールフロンティアの資料、正確には大会規約に改めて目を通すと、その意図が掴めた。
第64項第2条、"試合開始前に手続きを済ませた場合、他校からの移籍を認める"というあの一文。
アイツ……加賀美は、俺に雷門に来いと言ったのだ。
謝罪もしたし、全力でぶつかり合って互いに認め合った。だが、敵だった俺をそう簡単に受け入れられるとでも言うのだろうか。
それだけじゃない。今の俺には、サッカーに向き合う資格がない。
加賀美の手前、取り繕いはしたが、やはり帝国の敗北が足枷のように俺に纏わりついて離れてくれない。
とてもじゃないが、雷門に混ざってサッカーなんて出来るとは思えないんだ。
『取り敢えずさ、見に来てみろよ。俺達の練習』
加賀美にそう誘われ、翌日になって俺は雷門中へと歩みを進めていた。
次第に活気に満ちた声が耳に入ってくる。
校門の影に身を隠しながらその中を覗くと、雷門イレブンがボールを追いかけているのが見えた。
やや波長が合っていない気もするが、俺達を打ち負かしたあのサッカーがそこにはあった。
嗚呼、やはりそうだ。今の俺にはアイツらは眩しすぎる。
俺では無理だ。この想いだけ託して敗者は去るべきだ。
帰ろう。そう思った瞬間だった。1人と目線が合ってしまう。
そして逃げるようにその場を離れたが、後ろから追いかけてきて逃がしてはくれなかった。
「お兄ちゃん! なんでそんなコソコソしてるの!?」
「春奈」
春奈がこちらに詰め寄ってくる。
「もうそんなことをする必要はないでしょ?」
「……だが」
言葉が出かかったところで、春奈は少し待つようにと言って戻って行った。と思ったら3分程で帰ってきた。
練習を抜ける許可を取りに行ったらしい。
流されるがままに、雷門がよく練習している河川敷へと連れて行かれた。
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「え? 河川敷に?」
「ああ。練習途中で音無が抜けただろう? 恐らくだが、鬼道が来たんじゃないかと思ってな」
練習が終わり、帰宅の支度をしている最中に修也が河川敷に行こうと誘ってきた。
確かに修也の読みはあっている。鬼道を雷門に呼んだのは俺だからな。
そしてそれを春奈が見つけ、後を追ったのだろうと分かっていた。
「仮に鬼道に会って、どうする?」
「なに、少し話をしたいと思ってな」
修也が不敵に笑う。まさかコイツ、俺と同じことを思いついたんじゃないだろうな。
まあ俺も鬼道の答えを聞きたいし、別に構わないか。
さっさと支度を済ませ、河川敷へと向かう。
ちなみに修也はユニフォームのままで、ボールを抱えている。ボールで語る気満々じゃないか? まあ、今の鬼道には良い刺激になるかもしれないな。
「お、いたな」
「行ってくる」
夕焼けの河川敷。土手にて鬼道と春奈が何やら話をしていたのを見つけた。
すると修也は少し近付き、ボールを高く蹴りあげた。アイツまさか──
「ふッ!!」
やりやがった。
かなり威力は抑えられているが、ファイアトルネードを鬼道に向かって放った。
すぐさま鬼道は危険を察知し、炎を纏ったボールを蹴り返す。
春奈に当たったらどうするんだ? 修也のボールコントロールなら万が一にもそんなことはないだろうが。
2人に近づいていき、鬼道に下に降りるよう促す修也と、それに応じる鬼道。そして修也が鬼道はスパイだと疑っているのだと勘違いし、慌てて止める春奈。
2人はそのままグラウンドに入り、春奈はそれを心配そうに見つめている。
「大丈夫だよ、春奈」
残された春奈に近づいて声を掛ける。
「修也なりに鬼道を元気づけようとしているだけさ。ちょっと手荒だとは思うけど」
「……お兄ちゃん」
それでも尚心配そうに鬼道を見ている。
そして、2人はボールを蹴り合い始める。
「鬼道!! そんなに悔しいか!!」
「悔しいさ!! 世宇子中を、俺は倒したい!!」
「だったらやれよ!!」
「無理だッ!!」
一般的に見れば、修也がかなり滅茶苦茶なことを言っているように見えるだろう。俺も何も知らなければきっとそう思う。
けどこれは、意図あっての行動で、俺もそれは把握している。
だから、見守る。
「帝国は……もう敗退したんだ」
「自分から負けを認めるのか、鬼道ッ!!」
再びファイアトルネードを撃つ。今度は全力の1本だ。
確かに鬼道に向かうそれを見て、春奈が危険を感じて立ち上がるが、鬼道に直撃するギリギリのところでコースが僅かにずれ、斜面を抉って止まる。あまりの威力にボールは弾ける。
鬼道は修也の狙いが分かっていたようで、微動だにしなかった。
「俺達も行こう」
「は、はい」
春奈を連れて2人の元へ歩み寄っていく。
「お前も、円堂に背中を預けてみないか」
「……だが」
「心配するなよ、鬼道」
鬼道に声をかけると、いたのかという目線を向けられる。
「俺達雷門は、全力に対して全力で応える。お前にその気があるなら、正面からちゃんと向き合うさ」
鬼道に手を差し出す。
ゴーグル越しに、鬼道の目に決意が映ったような気がした。
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「監督、いい加減にしてください! 誰を待っているって言うんです!?」
「このままじゃ俺ら、棄権になっちゃうっスよ!!」
満員のスタジアム。
試合開始を直前にし、響木監督は試合の開始をギリギリまで引き延ばそうとしていた。
あれから俺と鬼道は響木監督に連絡を取り、雷雷軒に向かった。
そこで鬼道が雷門に転入したい旨を伝えると、響木監督を快く承諾してくれた。
その後すぐさま家に戻った鬼道は、お父さんにその話を通し、次の日のうちに転入手続きを済ませたのだそう。
『よろしく頼む』
俺が差し出した手をアイツは力強く握った。絶対に世宇子にリベンジするという固い意思がこれでもかと伝わってきた。
「アイツは来るさ、絶対に」
「加賀美も何を言っているんだ! 俺達は全員揃ってるじゃないか!」
皆の焦りが最高潮に高まっている。先程審判から3分以内にコートに入らなければ棄権とみなすと宣告されたからな。焦るなと言う方が無理な話だろう。
だがそれでも、俺と響木監督は動かない。事情を知っている修也も同様。春奈は少しあたふたとしているが。
更に時間が過ぎ、次第に観客席からも野次が聞こえてくる。
そんな時だった。
「来たな」
「ええ」
待ち人来たる。
立ち上がり、選手入場口に立ちその向こうを見る。
「遅いぜ」
「ふっ、主役は遅れてやってくると言うだろう」
「……え」
俺達と同じユニフォームに身を包み、見慣れた赤ではなく青のマントをたなびかせながら、"天才"が姿を現す。
「「「えええええええええ!?」」」
天才ゲームメーカー、鬼道 有人は不敵な笑みを浮かべていた。
鬼道有人、参戦!!(スマブラ風)
豪炎寺が鬼道とボールを蹴りあうシーン、最高ですよね
ちなみに、今回明らかになった柊弥の父の中学、高校は5秒で思いついた名前です
実在しないことは確認済みなのできっと大丈夫・・・