色々面倒なことになって1ヶ月以上空いてしまいました、申し訳ない…
「──よっと」
浮遊感から解放され、脚と地が触れる感触を確かめつつ自分の世界に戻ってこれたことを噛み締める。
あっちの世界に旅立った時は戻って来れないことも覚悟していたからとにかく安心だ。もう身体の力を抜いていいだろう。
「ああぁ…疲れた」
胸を撫で下ろしたと同時に、とてつもない疲労感に襲われる。
あっちで動いていた時間は1時間にも満たないくらいかもしれないが、何時間もイナビカリ修練場で全力トレーニングに打ち込んだんじゃないかというほどに身体が重い。
時空の共鳴現象やらなんやらで普段以上のパフォーマンスをしていたのが主な理由だろうか。
特にあの力…化身。身体から有り余る力を放出するイメージで顕現させたが、それで力が丁度いい塩梅に収まるどころか必要以上に持ってかれた気がする。
使いこなせれば強いが、そうでなければ枷となる。ありふれた話だな。
さて、とりあえず帰ろう。晩御飯を食べて熱い湯船に沈み、明日からの部活に備えるんだ。
そう、次はこっちで世宇子中との決勝戦だ。いつまでも余韻に浸っている余裕はない。
「荷物は…あったあった」
時計を見てみるとあることに気付く。一切時間が進んでいなかったのだ。恐らく、こっち側に帰ってくる際にカノンが気を利かせてくれたのだろう。かといって何かやる気力も体力も残っちゃいないが。
それにしても、思い返せば本当に濃い時間だった。文字通り世界を超えて助っ人に行った先には俺の知ってる皆とは違う皆がいて、俺と同じく別世界からやってきた何か凄くてヤバいヤツら。アイツらを相手にしてみたい欲もあったが…同じ仲間としてフィールドに立てただけで満足しておこう。
願わくば、また会えますように。
「さ、帰ろう」
──
翌日。
前日の疲労は綺麗さっぱりと身体から抜け落ちており、良いコンディションで朝を迎えることが出来た。日課の朝トレとシャワーを済ませ、いつも通り学校へやってくる。
校門に差し掛かったところで、視線の先にいつものメンバーの姿が見えた。
「よう皆…って、何があった?」
「加賀美君。円堂君がちょっと、ね 」
さらに前方を見てみると、1人歩いていく守の姿が見えた。ついでにその周りに暗く沈んだ空気が漂っているのも分かる。
「…本当に何があった?」
「世宇子との試合が不安だそうだ」
聞けば、朝から悪い夢を見たらしく、秋や修也が話しかけた時からブツブツとああでもない、こうでもないと呟いていたらしい。何事かと訊ねて見れば、このままではいけないの一点張りだそうだ。
恐らく原因は一昨日の木戸川との試合。自分1人でトライアングルZを止められなかったことが引き金となり、決勝への不安、焦りが爆発したのだろう。
少し、気にかけた方が良さそうだ。
放課後になった。朝から今に至るまで、守は常に浮かない顔をしている。休み時間に話しかけても、授業中に指名されてもどこか上の空。悪い意味で意識がどこか別に向いているといった様子だ。
とはいえ、流石に部活にまでそれを持ち込ませるわけにも行かない。チーム全体の士気に関わるからな。
そこで、俺、守、修也、鬼道の4人で緊急会議だ。議題はどうやったら世宇子に太刀打ちできるか。
「鬼道、世宇子の力を把握しているのはお前だけだ。そんなお前から見て、ゴッドハンドは…いや、俺達は世宇子に通用するのか?」
「分からない、としか言えない。俺だって完全に把握しているわけじゃないからな。だが…ヤツらのシュートはトライアングルZよりも凄まじく、守りはどのチームよりも強固だ」
簡潔にまとめれば、未知数であり強大。
1度世宇子の試合を見てみたいものだが、去年まで全国大会に名前すら見せなかった学校かつ、今大会の試合が何故か映像として残されていないためそれは叶わない。
しかしまあ、鬼道がここまで言うということは──
「──このままでは、勝てないか」
鬼道が無言のまま頷く。それを見て修也は眉をしかめ、守は机に突っ伏してしまう。
いつもならここで新しい必殺技を…そういえば。
「守、お祖父さんのノートにゴッドハンドを上回る必殺技について書いてたりしないのか?」
「じいちゃんの…そうだ、その手があった!」
守がどこからか古びたノートを取り出し、机の上に広げる。4人でそれを覗き込むが、途端に頭痛に襲われる。
相変わらず壊滅的に字が汚い。書いた本人以外絶対読めないだろふざけるなと言いたくなるが、不思議なことに守はこの文字が読めるのだ。それで、何と書いてあるんだ?
「"マジン・ザ・ハンド"…そう書いてある」
守のお祖父さん…大介さんが編み出した最強のキーパー技だそうだ。色々と乱雑に書き殴ってあるが、守が指さしたところにポイントが書いてあるらしい。そこに視線を落としてみると、辛うじて人体、そして心臓の辺りに赤く丸が着いていることが分かった。
心臓がポイント? どういうことだろうか。まさか命を削って放つ必殺技だとか言わないだろうな。
他に何が書いてあるのかと聞いてみたが、それ以外には書いていないらしい。守のお祖父さんは随分な感覚派だったのだろうか。まぁ守があんなだし、納得は出来る。
「ごめん、遅くなった!」
仕事で遅れると言っていた一之瀬と土門が部室にやってきた。そこで2人を混じえて6人で考えてみるが、やはり何も読み取れない。
「木戸川の時みたいにDFがフォローに入るのは?」
「世宇子との戦いはきっと今までより激しいものになる。そうなったら皆に頼ってちゃダメだ」
守の言う通りだ。フォローに入ればその分そいつの負担が激しくなる。ここまでの試合を全て大差で抑えてきた世宇子相手に、そこまでする余裕があるとは思えない。
となると、やはり守が世宇子からゴールを守るにはこのマジン・ザ・ハンドなる必殺技をものにする必要がありそうだ。
「攻めはどうする?」
「パス回しは鬼道を中心に展開するとして…俺達のシュートで世宇子から点を取れるか。ここが問題だ」
当然のように世宇子はこの全国大会で未だ無失点だ。もっとも、シュートを止めたというよりはゴールに近づくことすら出来なかったというのが大半らしいが。
とはいえ、そんなチームのGKが弱いはずがない。恐らく今のままではゴールは割れないだろう。
現時点で通用するかもしれない俺達の手札は"雷龍一閃・焔"、"ファイアトルネードDD"、"炎の風見鶏"、"イナズマブレイク"、そして木戸川戦でトライペガサスから昇華させた"ザ・フェニックス"といったところか。あとは単騎で可能性があるとしたら、出力最大のライトニングブラスターか? しかし、最大火力を狙ったらその後間違いなく動けなくなるので却下だろう。
そうだ、化身ならばどうだろう…と思ったが、それを口に出すのはやめた。存在は俺しか知らないし、あれは言わばイレギュラーな力。どうやったら出せるのかなんて確かな方法は分からないし、ライトニングブラスター同様一気に体力を持っていかれるのは間違いない。
「雷龍一閃・焔のように既存の必殺技を掛け合わせるのはどうだろうか」
ここで鬼道が一筋の光を見出す。今の俺達の手札を組み合わせるという発想はなかった。その提案を皮切りに、皆があれだこれだと案を口にする。
だが皆心做しか表情が浮かない。俺もそうだが、確実に完成させられる保証がないからだろう。それは守の方も同じだろうな。
結局、不安は拭えないまま時間だけが流れていった。
次にその静寂を破ったのは、部室の扉が開く音だった。
「皆で何やってるでやんスか?」
「早く練習しましょうよ! 決勝までこの流れ、止めないで行きましょう!」
栗松達1年を先頭に、先に練習していた組が部室に集まってくる。必ず優勝してやると意気込んでいる皆の姿を見て、暗い部分を悟られまいと皆必死に取り繕う。特にキャプテンである守が。
「…そうだな! よし、練習しよう! 作戦会議は終わりだ!」
そう言うと守は皆を連れて部室を飛び出していく。傍から見ればいつもの熱い守かもしれないが、俺の目にはどうもそうは映らない。必死に不安やらなんやらを押し殺している、辛い笑顔にしか見えない。
部室に残された俺達も後に続く。
「円堂は壁にぶち当たったな」
「ああ。誰でもレベルアップを重ねれば、いつかは向き合わなければならない問題だ」
「それを支えてやれるのは俺達、ってわけだ」
走っていく皆の背中を見て鬼道、修也と誓いを交わす。
守、お前1人には背負わせねえよ。
──
次の日の放課後。部活での練習も終え、各自帰宅していく中、1人だけ家とは違う方向へ歩いていく守の姿を見た。それも練習着で。
あの方向は確か鉄塔広場。またいつものアレだろうか。聞けば、昨日も部活の後に1人タイヤと向き合っていたそうだ。アイツらしいと言えばそれまでだか、それだけで何か得られるとは限らない。
「行ってみるか」
1度制服に着替えたが、また練習着に着替え直し、守が向かったであろう鉄塔広場へと向かう。既に到着して特訓を始めていたのであろう、近づくにつれて重い音と咆哮が大きくなってくる。
「だりゃぁぁぁぁぁ!!」
「やってるな」
丁度タイヤにぶっ飛ばされて転がっているところだった。上から覗き込むようにして声をかけると、少し驚いたように守は起き上がった。
「それで何か掴めたのか?」
「いいや…でも、俺にはこれしかないからさ。とにかく動かないことには始まらないと思って」
そう言って守は少し笑った。昨日からずっと同じ、どこか辛そうな笑顔で。
無理するな。といってもお前は聞かないんだろうな…だったら、俺にしてやれることは1つ。
「手伝うぜ」
「本当か!? それじゃあ…」
そういうと守は追加でタイヤを3つほどぶら下げ、自分の背中にも1つ背負う。何をするつもりなのかと思ったら、ぶら下げた3つのタイヤを勢いよくぶん投げ、結構な速さで揺らし始めた。
このタイヤの隙間を狙って守にシュートを撃て、だそうだ。成程。これなら俺の動体視力、キック力の特訓にもなるし、守もしっかり鍛えられる。タイヤを背負うのはややオーバーな気もするが。まあ本人の希望だ。付き合ってやろう。
「行くぞッ!」
1球目。一瞬の隙間を狙って蹴りこんだが、少しタイミングがズレたようでボールが弾かれ、勢いが増したボールが俺の顔面に帰ってきた。おかえりと言ってやりたいところだが、結構痛い。
「大丈夫か!?」
「痛え…気にするな、続けるぞ!」
顔の真ん中あたりから滴る生暖かい液体を無理やり拭い、再び意識をボールに向ける。空白はしっかりと見れた。だがボールが届かなかったということは、タイミングが遅かったということ。ならミリ単位で調節してやれば──
「うわッ!?」
ボールは一直線に飛んでいき、守の横を掠める。届いたな。
「人の心配してる余裕は…ねえよなッ!」
「はッ!!」
3球目を放つ。ボールは再びタイヤが一瞬だけ作り出す空間を通り、その奥へ待ち構える守の元へと突き進む。今度はしっかりと見ていたようで正面で受け止めて見せた。
「まだまだ行くぞォ!!」
「おォ!!」
それからは無我夢中でボールを蹴り、守が止める。反復命令を課せられた機械のようにそれを繰り返していた俺達が次に止まったのは、互いにボールやらタイヤをモロに顔面にもらい、いつから見ていたのか分からない修也に鬼道、秋と夏未に止められた時だった。
──
「また派手にやったな」
「…お恥ずかしい限りで」
今日はこれまでと止められた俺達は、派手にやらかしたところを冷やすための氷をもらいに響木監督の店にやってきた。肩を貸してもらいながら。
中に入るなり監督にからかい交じりに鼻で笑われる。結構馬鹿なことをしていたという自覚はあるだけに言い返せない。始めてすぐくらいに噴き出した鼻血を止めることなく拭い続けてたら顔面血だらけになってたしな。
「新しいキーパー技を編み出そうとしているらしいな」
「うん。マジン・ザ・ハンド」
守がその名前を口にすると、響木監督の動きが一瞬止まる。どうやら響木監督も若かりし頃に習得しようと奮闘したらしい。守が出来たのか聞いてみると、どこか懐かしいように首を横に振る。だが守ならできるかもしれないと激励を送っていた。
これからどうしようかなど色々話していると、店の戸がガラガラと音を立てながら開く。外から入ってきたのは鬼瓦刑事だった。俺達を見るなり若干引き気味な目線を向けるも、その後すぐに勝ちにこだわりすぎると影山みたいになるぞと忠告をしてくる。
ここでなぜ影山? と思ったのだろう、守が不思議そうな声を上げるとここ最近であったことを話してくれる。
まず、鬼瓦さんは冬海と会ったそうだ。目的は影山について探り、過去の事件を解き明かすため。そしてその後は影山という男の背景について教えてくれた。
全ての始まりは50年前。影山の父は有名なサッカー選手だった。当時スーパースターとして活躍した父を影山は誇りに思っていたらしく、試合は毎回現地で観戦していたほどという。
しかしある時、新たな世代の台頭により影山の父は落ちぶれていく。その若手の中には、守のお祖父さんも含まれていた。
そうして影山の父は失踪。母は病でこの世を去り、影山は幼くして独りとなったそうだ。それがキッカケで影山のサッカーへの熱意はそのまま憎悪へと変わり、"勝者が絶対であり、敗者に存在価値はない"という歪んだ価値観が生まれた。それがもたらしたものがこれまでの事件。
「ヤツは多くの人を苦しめた。豪炎寺、お前もその1人。お前の妹さんの事件には…影山が関係している」
「…何?」
豪炎寺は常に肌身離さず持っている夕香ちゃんからもらったペンダントを震えるほど強く握り締める。
影山の所在について聞いてみたが、未だ何処にいて何をしているのかは掴めていないらしい。
「そういえば、冬海がおかしいことを言っていてな」
鬼瓦さんが冬海から引き出した情報の中に、"プロジェクトZ"というものがあるらしい。冬海曰く、フットボールフロンティアはそれにより支配されており、影山は神にでもなった気分で空高くから俺達を見下ろしているに違いないとのことらしい。そして、世宇子中には影山が関与している可能性が高いと。
プロジェクトZ、空高く…ねえ。飛行船でも作って空に滞在しているとでもいうのだろうか。
「何を企んでいるのかは分からんが、お前さん達も気をつけろよ」
そう言って鬼瓦さんは店を後にした。気をつけろと言われても、何を気をつければいいのやら。
とりあえず、俺達に出来るのは世宇子中との試合に勝つこと。影山がどんな悪意を向けてこようと、正面から打ち破ってやるだけだ。
──
「行くぞォ!!」
「どんどん来いッ!!」
次の日、俺達はまたひたすらにボールを追いかけていた。オーバーヒートしそうなほど全員気合いに満ちており、かつてないほどの一体感が感じられる。
守は心臓がポイントという点から発想を得て、肺や呼吸を鍛えたりしていたようだが、これといった成果は得られていない。だからとにかくボールと向き合うしかないと言っていた。
それは俺達も同じことで、個々が世宇子に太刀打ちできるようにするためにとにかく自分を追い込む必要がある。
それと皆には黙って個人的に取り組んでいることがある。そう、化身の発現だ。消耗が激しいから宛にできないとは思ったが、やはり使えて損は無いだろう。いざという時の切り札にもなる。
あの時の力を爆発させるような感覚を思い出しながら色々試して見たが、一切現れる兆しは見えない。無駄な苦労になるかと思ったが、力を無駄なく最適に扱う術に繋がりそうなので損はしなさそうだ。
「ぐッ…柊弥、昨日よりシュートの鋭さが増してるな!」
「まあな」
最低限のエネルギーで最大限の威力を発揮する。それが出来るようになればもっと強いシュートを撃つことが出来るだろう。修也や染岡に教えるのもあるかもしれない。
ここで一旦周りを見渡してみる。皆酷く疲れているようだ。まあそれは俺も例外では無いのだが。
「みなさーん! おにぎりが出来ましたよー!」
そこに春奈の声が響き渡る。それを聞いた途端皆の顔に輝きが戻る。このタイミングでおにぎりは本当にありがたい。うちのマネージャー陣は本当に優秀だ。
皆が一目散におにぎりへと群がる中、俺は手を洗いに行く。するとそこには既に鬼道がいた。そして他の皆は夏未に手を洗ってこいと追い返されたようだ。当然だ。土まみれなんてレベルじゃないぞ。
「うまッ」
素で声が漏れた。余力なんて1ミリも残っちゃいない身体にシンプルな塩味がこれでもかと染み渡ってくる。瀕死のところに回復魔法をかけられる戦士はきっとこんな気分なのだろう。ならさしずめマネージャー達は僧侶とか賢者といったところか。
「柊弥先輩、まだまだありますよ! ほらお兄ちゃんも!」
「ああ、ありがとう」
「春奈ちょっと待っ──」
半ば口の中に押し込まれるように春奈からおにぎりを渡される。気持ちは滅茶苦茶ありがたいけど本当に少し待って。まだ1個目食べてるところにそんな詰め込まれたら喉がお亡くなりになるから。本当に。マジで。
「ヴッ…」
「あ」
案の定喉に詰まってしまった。川の向こうで父さんが手を振っているのが見える。父さんまだ死んでいないが。
鬼道に背中を叩かれながら春奈が持ってきた水で事なきを得る。いや危なかった。
「ふぅ…さ、どんどん食べてくださいね〜」
「ありがとう。けど、押し込むのは勘弁な」
しませんよ、と笑う春奈からおにぎりを受け取り頬張る。うん、美味い。
すると春奈がずっと目線を合わせて離してくれない。何だ、何なんだこの計り知れない圧は?
「どうですか?」
「う、美味いぞ?」
「良かったあ! そのおにぎり私が作ったんですよ!」
春奈はそういうや否や、次持ってくるといって歩いていってしまう。いや、他の皆の分もとっておこうな? 嬉しいけど。
「加賀美」
「ん?」
「…いや、何でもない」
鬼道が何か言いたげに声を掛けてくるが、結局口を閉じる。いやそこまで来たなら言ってくれよ。気になるから。だがそれでもその続きを言おうとはしない。まあいいか。
「よーし! あと少し頑張るぞ!」
「「「おお!!」」」
──
「あと4日、か」
風呂上がりの火照った身体をベランダで冷ましつつ、携帯の画面に表示されたカレンダーを見ると時の流れの速さに驚かされた。ここ数日間、ずっと試合のことだけを考えて我武者羅に特訓してきたからか、時間の感覚なんてすっかり抜け落ちていた。
小6の時に全国の頂点に立って、まさか中学サッカーでもそのチャンスが巡ってくるなんて思ってもいなかった。これもあの仲間達と出会えたおかげだろうな。
「ん…?」
夜空の星を眺めながら感傷に浸っていると、携帯が小刻みに揺れ始めた。この揺れ方は電話がかかってきた時だな。一体誰だろうか。
「えーっと…は、マジか」
携帯を開き、表示された文字を確かめるとそこには"父さん"の3文字。メールじゃなくて電話をかけてくるなんて初めてじゃないか? 一体どうしたのだろうか。
「もしもし?」
『もしもし。おお、繋がった繋がった』
聞こえてきたのは紛れもない、父さんの声だった。実に2年ぶりに聞く声だ。
「随分急だね…とりあえず、久しぶり?」
『おう、久しぶりだな! 母さんから聞いたぞ、フットボールフロンティア、決勝戦まで進んだんだってな?』
何だ、母さん知らせてたのか。いつか父さんが帰ってきた時にサプライズで教えてやろうと思ってたのに。まあいいけど。
「まあね。4日後が試合なんだ」
『そうか。流石俺の──あっぶねぇ!?』
父さんが何か言いかけたところで急に素っ頓狂な声を上げる。そのすぐくらいに電話の向こうから爆裂音のような轟々とした音が聞こえてくる。一体あっちでは何が起こっているんだ…?
「…紛争地帯にでもいるの?」
『あー、すぐ横に雷が落ちた』
「いやそれ死んでるだろ」
2年前と何も変わってないや。どこか軽い雰囲気の父さんのままだ。まあ見違えて変わっていたらそれはそれで不安になるから、何よりといえば何よりだが。
その後、父さんになんてことない近況報告をする。チームのみんなのこと、今まで戦ってきライバル達のこと、そしてこれからのこと。父さんは俺の言葉を遮ることなく、ただひたすらに聞いてくれた。
『柊弥、世界は広いぜ』
「世界?」
『おう。お前が全国のてっぺんに立ったらよ、今度お前の前に立ち塞がるのは世界だ。世界にはお前の知らないすげえ選手がよりどりみどりだぜ』
世界、ねえ。全国しか考えてなかった今の俺にとっては少しスケールが大きすぎる話だな。サッカーで世界と戦うっていったって、そんなのプロにでもならない限りありえないだろうしな。プロ選手への憧れが全くないと言ったら嘘になるが。
『トウ──は───てよ』
『おう、悪い悪い…じゃあ、切るわ。絶対勝てよ』
「うん、ありがとう」
そう言って電話を切る。最後の方に聞こえてきた声…一体誰だろうか。俺と同じくらいの歳のように聞こえたが…まあ何でもいいか。きっと今取材してる村の子どもだとかそんなあたりだろう。
そういえば、父さんってどこの国に行ってるんだっけか? アフリカのどこかって言ってたような? まあいいか。今度連絡する時にでも聞いてみよう。
今日は軽くビデオで研究でもして寝るか。疲れたし。
──
「守、準備はいいか?」
試合2日前。守がへそと尻に力を入れれば取れない球はないと言い出して、同時にシュートを3本撃って欲しいと頼んできた。取れない球は無いと言っても、そんな3本も同時に止められるとは思えないというのが正直なところだが、無理だろと言って止めるヤツじゃないので、ここはとりあえずご希望通り撃ち込んでやることにする。
「じゃあ行くぞ…轟一閃"改"! 」
「「ツインブーストッ! 」」
「ドラゴォォン!! 」
「トルネェェド!! 」
遠慮はしない。全力の3本だ。
最近の特訓を経て威力が上がっている必殺シュート3本を前に、守は一体どう立ち回るつもりなのだろうか。何か考えがあってのことだろうしお手並み拝見と行こう。
守がシュートに触れる。その瞬間だった。
「は!?」
どこからともなく現れた長い金髪の…男? が、2本を手で受け止め、1本を高く蹴り上げて完全に勢いを上書きしてしまった。嘘だろ? どんなキーパーだよ。
…見たことないな。俺達とは違うブロックの学校の選手か?
いや待て、あっちのブロックはどのチームも軒並み病院送りにされているはず。
コイツは恐らくその病院送りに"した側"。つまり──
「あの3本をそんな簡単に止めるなんて…お前、すげぇキーパーだな!」
「ふふっ、私はキーパーではないよ。私のチームのキーパーならこのシュート、指1本で止めるだろう」
「そのチームというのは世宇子中のことか。アフロディ」
鬼道がそう言ってその男、アフロディに歩み寄っていく。やはり、コイツが世宇子中のキャプテンか。
「それで? 宣戦布告にでも来たのか?」
「宣戦布告とは戦うためにするもの。私は君達と戦うつもりは無いよ…加賀美君」
余裕に満ちた笑みを浮かべながらこちらを一瞥してくる。俺らのことは既に把握済みってことか。
「それと円堂君。君達2人のことは影山総帥からよく聞いているよ」
サラッと影山が裏にいることを肯定しやがった。隠す必要も無いと言いたいのか?
「君達は戦わない方がいい…負けるからね」
「試合はやってみるまで分からないぞ」
「そうかな? 人間と神の差は練習でどうにかなるものじゃない。無駄なことさ」
その一言を耳にして、守が血相を変える。練習が無駄だと吐き捨てられた守は、アフロディに対して練習がどれだけ大事なことかを力説する。アフロディは一見それを真剣に聞いているように見えるが、あくまで見てくれだけ。真面目に受け止めるつもりなんて微塵もないのが目で分かる。
「練習はおにぎり、か。上手く言ったものだね…じゃあ、心から理解できるように証明してあげるよ」
「──ッ!? 消えた!?」
そういってボールを蹴り上げると、一瞬で姿を消し、一瞬で高く上がったボールの元へ移動していた。そして羽のように軽くボールを送り出したと思ったら、その様子とは真逆にボールは凄まじい圧力を秘めつつこちらへ落ちてくる。
「皆避けろ!!」
守がそう声を荒らげ、落ちてくるボールに対して向き合う。何てシュートだ。ピッチの外にいるこっちにまで威力がビリビリ伝わってくる。
守はゴッドハンドの構えをとるが、あまりの速さに間に合わないと判断しとにかく両手で抑え込みにいった。
が、そのボールに触れた瞬間、車に撥ねられたように守はゴールネットに押し込まれてしまう。
「守!!」
クソッ、なんてシュートだ。今の飛ばされ方はどこか打ってても何ら不思議じゃない。身体を抱き上げ、肩を揺らすが守は唸ったまま目を開けない。
と思っていたら勢いよく立ち上がり、俺達の支えを振りほどく。そしてアフロディに向かって怒気を孕んだ声と表情でもう1本撃って来いと要求する。守曰く、今のはアイツの本気じゃなかったと。
…確かにそうだ。アイツの蹴り方には微塵の力強さも感じなかった。だが、そんなヤツが本気で撃つシュートを受ければ、無事で済むはずがない。ここは止めるべきだ。
「よせ、守」
「離せよ!! さあ、もう1本だ!!」
が、その威勢の良さとは裏腹に脚は震えており、ダメージに耐えられず守はその場に崩れ落ちる。
「ははっ。神のボールをカットしたのは君が初めてだよ。少し決勝が楽しみになってきた」
そう言うと、アフロディはもう1本シュートを撃つことなく姿を消した。
とんでもないヤツだったな。鬼道が言うにはあんなのがあと10人もいるのだから末恐ろしい。
「守」
「手、いるか?」
「あ、ああ。サンキューな」
そう言って俺達の手を取った守の息はまだ上がっているし、身体は震えている。相当凄まじいシュートだったんだろう。もし俺達が受けようものならきっと今頃救急車を呼んでいたに違いない。
世宇子中、アフロディ…覚悟はしていたが、並大抵じゃない。
「どうだった」
「今まで受けたことがないシュートだった。けど、今ので新しい必殺技のイメージが掴めたんだ。行けるよ、俺達」
守がそう言って笑う。が、その笑顔は最近浮かべているものと同じ、どこか無理を感じさせるものだった。
笑っている守を見て他の皆は安心している。恐らく、守の言葉が心からのものではないと勘づいているのはごく一部だろう。
だから、それは嘘だろなんて指摘はしない。わざわざ上がりかけているものを引きずり落とす必要は無い。
と、思っていたが。
「いいや。今のお前達では無理だ」
いつの間にかやってきた響木監督の一言が、その場にいる全員に現実を突きつけた。
久々の執筆で書き方が行方不明になってしまった