Re:雷鳴は光り轟く、仲間と共に   作:あーくわん

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第33話 決戦前夜に

『今のお前達では無理だ』

 

 

 先程響木監督に突きつけられた言葉が頭から離れない。あまりに直球かつ無慈悲だとは思ったが、冷静に考えてみればその通りだなと納得出来る。

 

 

 あの男……アフロディが撃ったシュート。とんでもない威力だった。距離はあるはずなのに俺がいたところまでビリビリと圧が伝わってきた。このままでは守が危ない。そう思ったものの身体は一切動かなかった。あのシュートに対して、俺は拭いきれない恐怖を感じてた。他の皆も同じで、守を心配していたのは勿論だが、その目に映っていたのは紛れもない恐怖。あの場にいた全員がヤツ1人に気圧されてしまったんだ。

 

 

「……クソッ」

 

 

 嗚呼、自分が心底情けない。

 不安と戦い押しつぶされそうになっている守に対し、あんなデカい口を叩いておきながら今こうして心が揺らいでいる。

 半ば八つ当たりのように蹴り込んだボールは、いつもより弱々しくゴールを揺らした。

 

 

「柊弥」

 

「修也か、どうした?」

 

 

 いつもの姿勢を取り戻そうと無我夢中でシュートを撃ち込んでいたら、背中側から声を掛けられる。

 

 

「集合だ。響木監督が呼んでこいって」

 

「ああ、分かった……おっと」

 

 

 その呼び掛けに応じて練習場を出ようとしたその瞬間、急に全身から力が抜けていく。床と熱いキスを交わすところだったが、何とか膝を立ててそれを回避した。

 

 

「大丈夫か? ……また随分無茶をしたんじゃないか?」

 

「悪い悪い。あのシュートを見たら負けてられないと思ってさ」

 

 

 修也に手を貸してもらいながらそう口にすると、それを聞いた修也は少し考え込む。

 

 

「どうした?」

 

「大したことじゃないんだ。ただ俺も、少し世宇子との試合に思うところがあってな」

 

「へえ、炎のエースストライカー様でもそんなことあるんだな」

 

 

 少し揶揄ってみたら、差し伸べられた手を急に離される。なんてことしやがるコノヤロウ。

 

 

「ふっ……そんな軽口を叩けるなら大丈夫だな」

 

「お前こそ、俺を虐める余裕があるなら平気だろ」

 

「違いない」

 

 

 

 

 

 修也と共に修練場を後にすると、既に皆入口付近に集まって監督を囲んでいた。俺達の到着待ちだったようで、小走りで俺達も輪に加わると響木監督が話し始める。

 

 

「明後日は決勝戦だ。日本一がかかった試合に対して、当然お前達は緊張しているだろう。そこでだ」

 

「今日は皆で集まって合宿をすることにしました。学校に許可は私の方から取ってあります」

 

 

 監督に続いて夏未が口を開く。合宿か……懐かしい響きだ。小学生の頃はクラブチームで年に一回やったものだ。

 このメンバーでとなると、それは楽しいものになるだろう。監督が言った通り、俺含め皆緊張や不安があるだろうし、それを和らげる場にもなる。

 

 

 しかし、俺達は既にそれなりのメニューをこなしている。その状態で夜まで練習となると、明日に疲れが残ってしまうのではないか……と思ったが、それは俺の杞憂だったらしい。

 明日に影響が出るほどの特訓は禁止、あくまで試合に向けて作戦会議や、軽い連携合わせなどに留めるようにとのお達しだ。それなら心配ないだろう。

 

 

「待ってください監督」

 

 

 皆が乗り気な中、その空気に待ったをかけるヤツが1人いた。守だ。

 

 

「試合はもう明後日なんです。飯でも作ってなんて……悠長なことやってる場合じゃ──」

 

「出来るのか? 今のままで新しい必殺技の完成が」

 

 

 監督のその一言に守の言葉が詰まる。そこに響木監督が、守が完成を目指しているマジン・ザ・ハンドの背景について付け加えて話す。マジン・ザ・ハンドは守のお祖父さんが血のにじむ努力で完成させた必殺技。響木監督ですら再現できなかった必殺技であると。

 

 

「それに今のお前は必殺技のことで頭が凝り固まっている」

 

「そうだな。お前の焦りも不安も承知だが、そんな状態じゃ見えてくるものも見えてこないぞ」

 

「監督、柊弥……」

 

 

 監督に同調するが、それでも守はどこか納得いかなさそうな表情だ。見かねた夏未が17時にまた集合と報せると、皆は合宿の準備をするために家へと向かっていった。

 俺もとりあえず家に荷物を取りに行くべく歩き出した時、視界の端に映ったのは拳を握りながら暗い顔をした守の姿だった。

 

 

 

 ---

 

 

 

 夕暮れ時、俺は準備を整えて再び学校へとやってきた。

 そういえばどこに集まれば良いのか言われてなかったな……まあ、皆で寝泊まりできる場所といったら体育館だろう。最悪監督か夏未を探して走り回ればいい。

 

 

「あら加賀美君、早いのね」

 

「一番乗りみたいだな」

 

 

 体育館の重い扉を開けると、中で何人かが話していた。夏未に監督、菅田先生だ。なんで先生が? と思ったが、合宿の付き添いだろう。いくら監督がいるとはいえ、教師不在の中学校で寝泊まりは出来ないはずだからな。

 夏未に来るように言われて着いていくと、そこには敷布団が山のように積まれていた。到着した順に自分でセッティングしろとのことだ。

 

 

 布団を敷いて、荷物を軽く整理し終えたのだが、これといってやることが無い。監督達の話に混ざろうにもあまりに事務的な内容すぎて面白くなさそうだ。

 仕方ない、軽くランニングでもしてこよう。

 

 

 

 ---

 

 

 

「戻ってきたか。皆揃ってるぞ」

 

 

 校門で待ち構えていた菅田先生にそう声を掛けられる。そこまで時間をかけてはいないにも関わらず皆集まっているということは、あれから2,3分も待っていれば誰か来たかもしれないな。何となく身体を動かしたかったから構わないが。

 

 

 体育館に向かうと、皆どこかに移動し始めるところだった。どうやら、夕飯の準備をするらしい。ランニングに熱を入れて帰りが遅くなっていれば、働かざる者食うべからずと締め出されていただろう、危ない危ない。

 俺の担当は野菜の下処理だ。修也と二人で担当するはずだったのだが、少し経った後にやってきたのは修也ではなく春奈だった。

 

 

「柊弥先輩! 一緒にやりましょ!」

 

「あ、ああ……それは構わないんだが、修也は?」

 

「豪炎寺先輩は他のところを担当するって言ってましたよ!」

 

 

 春奈が指さした方を見ると、修也が俯きながら作業していた。俺の視線に気づいたのか顔を上げると、目が合った。すると、うっすらと笑みを浮かべてすぐ目を逸らされ、また俯いてしまった。一瞬修也が目線を向けた方を見ると、笑顔の春奈がいた。……うん、分からん。

 

 

 

 ---

 

 

 

 約20人分位の下準備だったから、思いのほか時間がかかった。その間、他の作業をしていたヤツらが手伝いに来てくれたが、全員秋や夏未に別のところへ連れていかれた。他のところでも人手が足りなかったのだろうか。だが、そのせいで下準備で時間を持ってかれた。冷静に考えると下準備が終わらない限り次の段階に移れないのではないだろうか。まあもう終わったから何を考えても意味は無いんだが。

 

 

 いつもより積極的に話しかけてくる春奈と会話しながら野菜の皮むきをこなしている中、気になることがあった。視界の端で座り込んで難しい顔をしている守のことだ。十中八九マジン・ザ・バンドのことを考えているんだろう。ちょっとメンタルケアしといたほうがいいな。

 

 

「随分暗い顔だな」

 

「柊弥……ごめんな、心配かけちゃったか?」

 

「ああ。俺だけじゃなくて皆心配してる」

 

 

 はっきりそう告げると守は困ったように笑って、すぐ神妙な顔付きに戻る。

 

 

「この前アフロディが雷門中に来てシュートを打った時、俺怖くなったんだ。いつもはどんなに強いシュートでもワクワクするっていうのにさ。武方三兄弟の必殺シュートを1人で止められなかったのに、コイツの必殺シュートは止められるのか……って」

 

 

 守が淡々と語り始める。

 

 

「そう考えたら、何が何でもマジン・ザ・ハンドを身に付けなきゃって目の前が何か窮屈になった。合宿なんて言って、皆で仲良くしている余裕があるのかなって」

 

「そっか……」

 

 

 ここまで思い詰めている守は初めて見た。これまで悩んで暗く沈むことなんてコイツは無いんだろうと思っていたが、守も1人の中学生、俺と同じなんだな。迷うことだって、落ち込むことだってある。だからこそ、俺に出来ることがある。

 

 

「……俺達の本当の必殺技は、何だと思う」

 

「え?」

 

 

 守にある問いを投げかける。それに守はすぐ答えられない。前までのコイツなら一呼吸置くことも無く答えただろうに。

 

 

「それは、諦めない心だ」

 

「……!」

 

「お前が言ったことだぜ? 諦めなければ、必ず勝利の女神が力を貸してくれるってな。それが本当だったから、俺達はここまで来れたんだ。違うか?」

 

 

 続けざまに守にそう言葉を投げかけると、何かに気付いたような顔で自分の掌を見つめる。そして、何かを決心したように拳を握り、勢いよく立ち上がる。

 

 

「俺、思い出したよ。俺達の1番の必殺技は諦めない心、そして仲間を信じる心だ!」

 

「その通りだ」

 

 

 もうさっきの暗い雰囲気は微塵もない。守の目の中にあるのはメラメラと燃えたぎる熱い闘志。これでこそ俺の、俺らのキャプテンだ。手を差し出すと、守はパンッと心地よい音を立ててその手を握る。

 

 

「なってやろうぜ。アフロディだろうがなんだろうが、ぶっ倒して日本一に」

 

「おう! 勿論だ!」

 

 

 調子を取り戻した守と共に皆のところに戻っていくと、俺達の後ろから凄まじい勢いで何かが走ってきた。何事かと思って走ってきたヤツを目で追うと、その正体は壁山だった。

 

 

「どうした? そんな慌てた」

 

「で、出たんすよ!! 3組の教室にその……オバケが!!」

 

「オバケェ? なーに言ってんだこの歳になって」

 

 

 目金の後ろに隠れた壁山のその訴えを鼻で笑ったが、どこからともなく現れた影野がそれが本当であると伝えてくる。その言葉より影野に驚いた目金はその場で気絶した。

 

 

 曰く、大人の人が確実にいたという。見回りの先生が……? いや、今学校にはこの場にいる人達以外はいない。ということは、不審者? 

 

 

「まさか、影山の手先なんじゃ? 試合前に相手チームを陥れるのは影山の常套手段じゃないか?」

 

「な、そんなまさか!」

 

 

 その半田の主張に染岡が異を唱えるも、有り得ない話ではない。アイツは今までそうやって勝ってきたのだから。もしそれが本当なら、ソイツを捕まえて何をしてたのか吐かせる必要がある。

 

 

「よ、よし……行くぞ!」

 

 

 そうして、俺達は夜の学校の中へ足を踏み入れた。入ってきたことをその侵入者に悟られないように、足音を、気配を極限まで消して階段を登っていく。2階に登り、壁山が言っていた1年3組の教室の前へ辿り着くと、前と後ろの扉に半々で分かれて出入り口を塞ぐ。

 

 

 そして後ろ側にいる修也達とタイミングを合わせ、一気に扉を開けて教室の中へ飛び込んだ。

 

 

「そこまでだ! もう逃げられないぞ!」

 

 

 守がそう言い放ち、誰かが教室の電気をつけるも、教室の中には俺達以外の姿はない。ここからは見えないところにいるのかと思ったが、後ろの皆も何も確認できないようだから教室内にはいないんだろう。もう逃げられたか? 

 

 

「皆! いたぞ!」

 

「待て!」

 

 

 一之瀬が廊下からそう声を上げたのを聞いて、すぐさま飛び出る。念の為半田が持ってきていたボールを預かり、すぐさま走ってその影との距離を詰める。そして射程圏内に入った瞬間、走りの勢いを殺さぬままボールを蹴り出す。怪我はしない程度に威力は抑えてあるが。

 

 

 そのボールは見事ににソイツの頭を打ち、走っていたその男はその場に倒れ込んだ。守がすぐさまソイツに近付き、その正体を確認する。

 

 

「あれ……マスター?」

 

「いやぁ、ははは……」

 

「おい、どうした!」

 

 

 なんとその正体は雷門OBである商店街のマスターだった。なぜこんなところにいるのかと問う前に、階段の下から野太い声が響いてくる。その方向に目を向けると、そこには備流田さんはじめ、他のOBの人達もいた。ますます分からん。 とりあえず話を聞くため、監督やマネージャー達が待ってる煮炊き場へと戻ってきた。ちょうどカレーが完成していたらしく、夕食を取りながらOBの人達から話を聞くことにした。

 

 

 何でも、菅田先生から俺達が今日合宿することを聞きつけて、あるものを持ってきてくれたらしい。それは"マジン・ザ・ハンド養成マシン"。その単語を聞いた瞬間、守の目が光る。何でも、彼らが現役の頃、響木監督がマジン・ザ・バンドを我がものにするために当時のメンバー全員で開発したマシンだそうだ。

 

 

「これが養成マシンか……」

 

「随分歴史を感じますね……」

 

 

 随分大きな機械だ。どうやら障害物を避け、足元の印を踏みながら端から端まで移動するらしい。これにより、マジン・ザ・ハンドに必要な臍と臀の踏ん張りが身につくようだ。早速これを使って守が特訓をしようとしたが、俺達が回す車輪が錆び付いていたようでビクともしない。油でもあればなと思っていたら、どこからともなく菅田先生が持ってきてくれた。準備良すぎでは……? 

 

 

「ぐっ……重いな」

 

「ああ……だがやるしかない」

 

 

 俺や修也、鬼道に染岡がそれを回しているのだが、油を指してもかなり重い。だがここで俺らが手を抜いては、守の特訓にならない。とにかく無我夢中で回しまくる。そうすると、多くの仕掛けが音を立てて動き出す。それを避けつつ守が端へと歩き出すが、中々難しいようで何度も何度もやり直しになる。

 

 

 皆が見守る中、俺達は必死に回し、守は何度も挑戦するが、一向にゴールには辿り着けない。10分近く続けていたが、守がクリアするより早く俺達が潰れてしまった。この作業、想像していた何倍も力が必要だ。汗がダラダラと床にたれ、息が上がりきっている。

 

 

「結構キツいな……全身を使わないとだから早いペースで体力が持ってかれる」

 

「だったら、俺達が回すでヤンス!」

 

 

 守が俺達を見て休憩を提案するが、そこに栗松達が割って入る。俺達に代わって他の皆が仕掛けを動かしてくれるそうだ。守はまだ余裕があるため、それで続行するみたいだ。

 

 

 回す役を交代してマジン・ザ・ハンドの特訓は続いていく。時間こそかかっているが、守は着実にその歩みを伸ばしている。我らがキャプテンの助けになろうと、皆が代わる代わる重い車輪を回す。

 

 

「や、やったあ!」

 

 

 1時らい経っただろうか。守はとうとうマシンの端へと到着した。これには皆諸手を挙げて喜ぶ。ひとしきり喜んだ後、すぐさま特訓は次のステップへと移る。現時点で最強の必殺シュート、イナズマブレイクを俺、修也、鬼道で撃ち、それを止めるためにマジン・ザ・ハンドを形にするようだ。俺も身体が疼いていたから丁度いい。

 

 

「行くぞ!」

 

「頼む!」

 

 

 守が準備出来たのを見計らい、鬼道がボールを蹴り上げる。すると紫を帯びた雷に包まれ、ボールは稲妻の如く降り注ぐように落ちてくる。エネルギーに満ちたそのボールを、俺達は3人がかりで蹴り出す。

 

 

「「「イナズマブレイク!! 」」」

 

「おおおおお!! マジン・ザ・ハンド!!」

 

 

 直後、守に凄まじい量の気が集中する。蒸気のように守の全身から立ち上る黄金のオーラ。最も力が高まっている右手を突き出し、イナズマブレイクを止めようとする。が、一瞬だけ勢いを消せただけで完全にシュートを止めきるには至らなかった。

 

 

 もう一度。響木監督の指示に従って再びイナズマブレイクを放つ。守は同じように力を集中させるが、それが形となることはなく、再びゴールに押し込まれた。何度も何度も繰り返すが、結果は変わらない。次第に全員に焦りの雰囲気が漂い始める。

 

 

「畜生! 何でだ……!?」

 

「むう……何か、根本的なものが欠けている。やはりマジン・ザ・ハンドは大介さんにしか出来ない幻の必殺技なのか……?」

 

 

 監督がふと漏らしたその言葉は、守ではマジン・ザ・ハンドを習得できない、世宇子中のシュートは止められないということをその場にいる全員に考えさせる。全員の顔が暗く落ち込み始める。空気が重くなってしまった……これは少しマズイな。

 

 

「ちょっと皆! 何落ち込んでるの!? 試合に負けたみたいな顔して!」

 

 

 俺がなにか声を上げようとしたが、それより早く秋が皆の前に飛びてて叱責にも似た言葉をなげかける。

 

 

「10点取られたら11点、100点取られたら101点取り返せば良いじゃない!」

 

「木野先輩の言う通りです! 試合の前から諦めちゃダメですよ! 最後まで諦めない、それが皆の、雷門のサッカーですよ!」

 

 

 秋と春奈、2人の励ましで皆の顔に再び光が灯る。ああそうだ。点を取られたら、俺達が取り返せばいい。或いは、点を取られないようにボールを奪えばいい。マジン・ザ・ハンドが完成しないからなんだ。やれることはもっと他にだってある。そう、俺達雷門の全員サッカーなら。

 

 

「やろうぜ皆。互いに支え合って、最後まで戦い抜くんだ!」

 

「「「おお!!」」」

 

 

 締めに、というわけではないが、俺がそう声をかけると皆気合いに満ちた咆哮で返してくる。そしてそれぞれ散り散りになって、自分達がやれることを伸ばすために練習を始めた。もうここまで火がついては止められないだろう。

 

 

「さて……俺達もやるぞ」

 

「おう!!」

 

 

 その後の特訓は夜遅くまで続いた。

 

 

 

 ---

 

 

 

「ふう……流石に疲れたな」

 

 

 特訓を終え、風呂を終えたあと1人外に出てきて、牛乳を片手に星空を眺める。流れ星でも見つけてお願いごとをしようか。

 

 

 さて、マジン・ザ・ハンドについてだが……あれはとうとう完成しないまま終わりになってしまった。色々工夫したり、意見を出し合ったりしたんだがどれもいまいち成果には繋がらず、結局終わりの見えぬままとなってしまった。何が足りないんだろうか? 守や響木監督でさえ分からないんだから俺にも分からない。だがまあ、守に諦めるつもりはなさそうだし、完成せずとも戦い抜く腹は決まっているようだから大丈夫だろう。

 

 

「柊弥先輩」

 

「春奈? どうした」

 

 

 突如呼ばれた声に振り返ると、そこにいたのは風呂上がりなのであろう、少し火照った顔の春奈だった。どうやら春奈も涼みにきたらしく、俺の隣に座っても良いか訊ねてきたので頷きで返す。

 

 

「さっきは皆を励ましてくれてありがとう、おかげで皆持ち直したよ」

 

「私は何もしてないですよ。最初に声を出したのは木野先輩だし、最終的に皆を目覚めさせたのは柊弥先輩です」

 

「そんなに謙遜するなよ。春奈はしっかりとやってくれたよ」

 

 

 そう言うと、春奈は少し照れたように笑う。……風呂上がりで少し濡れた髪が色っぽさを出しているのか、春奈がいつもより魅力的に見える。いや待て待て、何を考えているんだ俺は。大事な試合前だろう。

 

 

「柊弥先輩は怖くないんですか? 世宇子中と試合するのが」

 

「怖くはないけど、やっぱり緊張はする。俺の実力が通じるのかってちょっと不安になるかな」

 

 

 これは本当だ。皆の前であんな見栄を張ったが、俺だって内心ビビってるところはある。けどそれを表に出しては、キャプテンもメンバーも支えなきゃ行けない副キャプテン失格なんだ。

 

 

「柊弥先輩でもそんなことあるんですね……あっ! 今流れ星見えましたよ!」

 

「本当だ。流れ星に願いを言えば叶うなんて、よく言う話だよな」

 

「柊弥先輩は何をお願いしたんですか?」

 

 

 何を願った、か。正直な話、あまりに一瞬すぎてお祈りする余裕なんてなかった。だがまあそうだな、完全に事後になってしまうが……

 

 

「これからもサッカーできますように、かな」

 

「あはは、先輩らしいですね」

 

「俺にとって1番大事なのはサッカーで繋がった皆だからな。そういう春奈は何を?」

 

 

 そう聞き返すと、春奈は少し悪戯な笑みを浮かべてこう返す。

 

 

「ふふ、何だと思いますか?」

 

「ええ……教えてくれよ」

 

 

 小悪魔みたいに笑って春奈は誤魔化す。可愛いから許されると思ったら大間違いだ。いや許すけども。

 

 

「──いが、───きます──に」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「いえ、なんでもありません!」

 

 

 春奈はそう言ってまた笑った。なんて言ったんだろうか、とても気になる。しかしここで何度も聞いては執拗い男になってしまう。そんな格好悪いことはしたくないので、ここで引くことにする。

 

 

 それから10分くらい、会話の無いまま時間だけが流れる。星空が微かに周りを照らす中、ふと横を見ると春奈の無垢な横顔が目に入り、照れくさくなってまた空を眺める。

 

 

「そろそろ、戻らないとか」

 

「そうですね……そうだ、ちょっと後ろ向いてください」

 

 

 春奈にそう促され、素直に座ったまま後ろを向く。すると間もなく、背中に暖かな温もりが触れる。温もりだけじゃない、心音が、呼吸がすぐ間近に感じる。後ろを振り向くことは出来ないが、分かる。春奈が俺の背中に寄り掛かるようにしているんだ。

 

 

「……春奈?」

 

「さっき柊弥先輩言ってましたよね。少しとはいえ不安だって。だからこれは、おまじないです。先輩が本番でベストなプレイが出来るように、チームの皆で勝てますようにって」

 

 

 ……春奈なりに励ましてくれたってことだろうか。俺はそこまで気を使わせるほどに弱く見えていたのだろうか。まあ、なんでもいい。今はこの背中の温もりがやけに心地よい。

 

 

「そっか……ごめんな、弱いところ見せた」

 

「良いんですよ。これもマネージャーの役目ですから。それに、私も先輩の背中……落ち着くので」

 

 

 春奈が赤い顔で恥ずかしそうにそう言うと、胸の奥の奥がキュッと締め付けられる気がした。今のは……何なんだ。

 

 

「……そろそろ戻るか」

 

「はい、そうですね」

 

 

 胸の動悸が収まらない。全身の血がドクドクと波打ちながら血管を流れるのを感じる。一体、何がどうなってるって言うんだ。

 

 

「気づいてくださいよ、もう」

 

「どうした?」

 

「いえ、何でも……さ、今日はもう休みましょう」

 

 

 俺は、春奈が最後に呟いた何かを聞き取ることは出来なかった。俺に分かったのは、春奈の目が少し潤んでいたことと、声が震えていたこと。俺はそれを、胸の違和感を言い訳に拾い上げることができなかった。いや、拾いあげようとしなかった。

 

 

 

 ---

 

 

 試合当日の朝、俺はいつになく身震いしていた。これは闘争心から来る武者震いか。それが何かを突き止めることは出来なかった。だがやることは1つ。今日の試合に勝つ、ただそれだけだ。

 

 

「さあ、行くか」

 

 

 誰も返事をしない独り言と共に、家の門をくぐる。さあ、決戦の時だ。




次話は近いうちに?
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