出来ることなら週一更新に持っていきたいですが…果たして
「私は、柊弥先輩のことが……好き、です」
漸く絞り出したその声は、弱々しく震えていたものの強い意志が込められていた。数日前に言葉にしかけて結局胸の内に留めてしまった弱い自分を払拭するかのように1歩踏み出した音無。顔を真っ赤に染め、心臓が荒ぶりながらも目の前の男、柊弥がどんな言葉を返してくるのかを待つ。
そして柊弥はというと……沈黙を保っていた。当然、聞こえなかった訳では無い。思いもよらぬその告白に言葉を失ってしまっただけ。
直後、柊弥の脳裏に巡るのは音無との記憶。初めて会った時のこと、一緒に必殺シュートを完成させたこと、激動の日々の合間に出かけたこと。そして何より、自分に向けられたあの笑顔のこと。
その時柊弥が何を思ったのか、本人以外に知る術はない。しばらくの静寂の後、柊弥は自分の想いを言葉にする。
「──すまない」
「ッ……」
その短い言葉を聞き、音無は自分の中で何かが崩れたような音を聞いた。ダメだった、私じゃ彼に釣り合わなかった。そんな無念が彼女の中を駆け巡る中、柊弥は更に言葉を紡ぐ。
「
「今は……ですか?」
柊弥は静かに頷いて、空を見上げる。
「今の俺はイプシロン、エイリア学園を倒すことだけしか考えられてない。それで精一杯、って言うべきか。こんな状態じゃ、自分の心とは違う答えを返してしまうかもしれない。それは何より、春奈の為にならないと思うんだ」
「私の、為」
「だから、もう少し待っていて欲しい」
柊弥は音無に近付き、その手を握りしめる。柔らかなその手を壊してしまわぬように優しく、暖かく。手の届かないと思った想い人がそんな至近距離にいることに音無は酷く動揺し、その目を真っ直ぐ見ることが出来ない。
「無責任な、自分勝手な言葉だって分かっている。だけど言わせてくれ」
力強いその声色に顔を上げた時、目に入ったのは強く、真っ直ぐな瞳だった。
「エイリア学園を倒した時、絶対に真正面から春奈に向き合う。約束だ」
嘘偽りのないであろうその言葉に、音無はゆっくりと頷いた。
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そして、翌日。雷門イレブンにとって運命の日が訪れる。修練場内のグラウンドにて待ち構えていると、突如黒い何かが降ってきて周囲を赤い光で包み込む。その光が収まって視界を取り戻した時、既にそこにイプシロンがいた。
「イプシロン!」
「時は来た。10日もやったのだ、どれだけ強くなったのか見せてもらおう」
デザームが大胆不敵に言い放つ。その背後では他のイプシロン達が不敵な笑みを浮かべている。それに対して雷門イレブンは神妙な顔つきで向き合う。10日前、京都でイプシロンと対峙してから今日に至るまで正しく血を吐くような特訓を重ねてきた。全てはこの戦いを終わらせるために。
直後、デザームは全国のテレビの電波をジャックし宣言する。再びエイリア学園の力を示す、我々に平伏せと。当然、大人しく降伏するような雷門イレブンではない。
「本人の申し出があり、浦部さんにチームに加入してもらったわ」
「よろしくな!」
「任しとき!」
「けど、今回はベンチでお願いね」
「ええ!?折角ダーリンと同じチームでサッカーできる思たのに!」
恐らく、という十中八九一之瀬が目的だろうが、浦部が正式に雷門イレブンへと加入した。残念ながら人数は足りているため今回はベンチだが。
「監督、今回はどのように動けばいいですか?」
「まず、吹雪君は守りに入って頂戴。ここでの特訓でレベルアップしたとはいえ、イプシロンの攻撃を凌げるとはまだ分からないわ。攻撃は──」
今回は吹雪はDFとしてスタート。その指示に一瞬反応した吹雪に気付いた者はいないだろう。では誰が攻撃を担うのかという疑問が残るが、その答えは全員分かりきっていた。瞳子がその名を呼ぶより早く、視線が1人へ集中する。
「──加賀美君、任せたわよ」
「はい。俺がヤツらから点を奪います。何点だろうと、確実に」
「頼むぜ、柊弥!」
「サポートは俺達に任せてよ!」
期待を一身に背負った柊弥は目をギラつかせながら力強く頷く。間違いなくオーバーワークであろうあのメニューをこなしたのはこの時のため。仲間の想いを背負い、エイリア学園との決着をつけるため。そのビジョンだけが今の柊弥の視界に映っていた。
「頼んだわよ。この一戦で全てが決まる、そのつもりで戦ってきなさい!良いわね!」
それに対して全員が気合いの籠った返事を返してポジションに着く。そんな様子を見ていたイプシロン、ゼルはキャプテンであるデザームにある疑問を投げかける。
「デザーム様」
「何だ?」
「どれだけ強くなったのか、とはどういう意味でしょうか」
「ふッ、直に分かる」
そう濁した答えを返されたゼルだったが、それ以上追求することはなかった。そしてそのままイプシロンもフィールドへ足を踏み入れる。
両者向き合い、互いに視線で火花を散らす。その中でも一際目立つのはやはり柊弥だった。視線だけに留まらず、全身から闘気が滲み出ているかのようにすら思える。
確かに、柊弥は人一倍試合に対しての熱は凄まじい。しかしそれを考慮しても異様だと分かる程だ。まるで、この試合に負けたら死んでしまうのではないか、そう感じさせるような様子に違和感を感じ取れたのはこの場において1人だけ。
(やっぱり変だ、あんな柊弥先輩は見たことない)
音無は1人ベンチで思う。自分が感じていた嫌な予感が現実になってしまうのではないか、そんな不安が彼女の心を支配する。
落ち着かない様子の音無に気付いてか、隣に座っていた木野が声をかける。
「音無さん?どうしたの?」
「いえ、何というか……今の柊弥先輩を見ていると何か嫌な予感がするんです」
「そう?凄く頼もしく見えるけど……」
その違和感に気付けたのは、音無が人一倍柊弥のことをよく見ていたからだろう。当然、雷門イレブンは互いに大事なチームメイトとして認識しているが、音無が柊弥へ抱く想いはそれを大きく超えるほど。だからこそ、今の柊弥が抱える危うさを感じ取れたのはただ1人だけなのだった。
「雷門中とエイリア学園ファーストランク、イプシロンの2度目の対決!!雷門中はリベンジを果たせるのでしょうか!?」
角間による実況が始まって間もなく、開始のホイッスルが鳴る。キックオフはイプシロンからだ。ゼルからボールを受け取ったマキュアは早速切り込んでいく。その目の前に構えるのは柊弥。自分の行く手を阻む気満々であろう柊弥に対し、マキュアは必殺技での突破を決意する。
天高くボールと共に飛び、そのままオーバーヘッドキックでボールを放つ。すると、ボールから複数の隕石が柊弥へと降り注ぐ。
「吹き飛んじゃえ!メテオシャワー!!」
その威力は並のシュートを凌ぐ程だろう。そんなパワーを秘めた隕石達は容赦なく柊弥へ襲い掛かる。それに対して柊弥は回避する素振りを見せない。
「加賀美!?」
「大丈夫か!おい!!」
グラウンドへ隕石が衝突し、爆発と共に黒煙が上がる。それとほぼ同タイミングでマキュアが着地し、前進する。呆気ない、と心の中で吐き捨てたマキュア。しかし、その余裕は次の瞬間に消え失せることになる。
黒煙を斬り裂いて中から現れたのは光煌めく11本の剣。それは瞬く間にマキュアを包囲し、容赦なく斬り刻む。突如として攻撃を受けたマキュアは思わず膝をつき、ボールは支配から逃れる。緩やかに転がるボールを手に入れたのは、どこからともなく現れた柊弥だった。
「サンダーストーム"V2"」
「あの剣で自分の身を守ったのか……?」
「ボールを奪ったりシュートの威力を削ったり、便利な技だとは思ったけどあんなことも出来るのか!」
鬼道の推察は当たっていた。柊弥は一瞬で11本の雷剣を生成し、それで襲い来る隕石、爆風から自分の身を守った。そして巻き上がる土埃を隠れ蓑として利用し、マキュアの不意をついてすんなりとボールを奪って見せた。
マキュアは思い切り柊弥を睨み付けるが、意に介さずといった様子で柊弥はイプシロンの方へ向き直り、単身切り込む。
「行かせるか!!」
「良い!そのまま通せ!!」
当然イプシロンは柊弥を止めにかかる。しかし、背後から飛んできたデザームの声にその動きを止めた。これは試合だ、それにも関わらず相手を止めるな、すなわち自分のところまで通せと指示をしてきたキャプテンに対して全員が疑問を覚えるが、デザームの指示は絶対。柊弥は邪魔されることなくゴール前まで辿り着いた。
「さあ見せてみろ加賀美 柊弥……貴様の実力を!」
「後悔するなよ」
デザームの堂々たる態度を前に柊弥は闘気を剥き出しにする。深く呼吸をすると同時に柊弥の全身から凄まじい雷が迸る。それと共に自分の全身を刺すようなその覇気に、デザームだけでなくその場にいた全員が息を呑む。
直後、柊弥はあらぬ方向へシュートを放つ。ミスキックか?いいや違う。柊弥はそのシュートに追いつき、更にまた違う方向へ蹴る。追いついて蹴る、追いついて蹴る。その工程を繰り返す度、ボールに内包されるエネルギーは乗算式に跳ね上がる。当然そうなればシュートのスピードは上がる。しかしそれに柊弥は表情を崩さぬまま喰らいつく。
柊弥はタイミングを見計らってボールを思い切り蹴り上げる。と思いきや既にボールと同じ高度まで飛び、重い踵落としを浴びせる。だがそれはまだゴールへと向かわない。ほぼ真下へと打ち出されたそのボールは正しく稲妻のように落ちて行く。
そしてボールが地面に衝突するより早く、柊弥は居合の如く構える。
そのシュートは正しく"圧倒的"だった。撃ち出された瞬間に全身が震えるほどの轟音が鳴り響き、放たれた際の余波がベンチにまで広がった。そんな凄まじい威力を1番近くで受けていた柊弥はシュートの行く末を見届けることなく背を向ける。威風堂々たるその様はまるで"帝王"。圧倒的すぎるその力は、その様子を見ていた全員の言葉を奪ってしまった。そしてそれを煽ったデザームはどうなっただろうか。答えは想像に難くない。
雷帝の放った一閃の前に、守護者は為す術なく斬り捨てられた。
「……デ、デザーム様」
「決まった、のか?」
一瞬のうちにゴールネットへ押し込まれ膝を着いたデザームの姿に全員の反応が鈍った。イプシロンにとっては絶対的なキャプテン。雷門イレブンにとっては圧倒的な敵。そんなデザームがボールごとゴールへ押し込まれたその事実を認識出来たのは、それから数秒後のことだった。
「ゴ、ゴォォォォル!!雷門中加賀美!試合開始早々、あのデザームから一瞬で点を奪ってしまったァァァ!!あまりの凄まじさに小生反応が遅れてしまいました!」
「か、加賀美ぃぃぃ!!」
「すげぇ……何だあのシュート」
「馬鹿な……そんなことが……!?」
雷門は歓喜し、反対にイプシロンは驚愕する。ワイワイと騒がしく囲まれる柊弥だが、その表情は先程と同じく、いや少しだけ険しくなる。
「まだ開始数分だ。油断するな、皆」
「あ、ああ」
「そうだな……追いつかれたら意味が無いからな」
淡々とそう告げる柊弥に全員騒ぐのをやめ、再び気合いを入れ直す。柊弥が言ったことは紛れもない事実。ここで油断してしまってはイプシロンのカウンターに為す術なく打ち砕かれるだろう。だがそれと同じく、デザーム、イプシロンから先制したことに喜んでいいのもまた本当のこと。
しかし柊弥には喜べない理由があった。1つ目は、自分で言ったようにここで油断しては元も子もないこと。そして2つ目は──
「──ッ」
柊弥の右脚に走る痛みだ。柊弥の新たな必殺シュート、雷帝一閃は間違いなく最強クラスのシュートだ。しかし、そこにはある問題があった。それは、威力を重視するあまり反動が凄まじいこと。このシュートは何度もボールにエネルギーを流し、乗算式に威力を増していくという荒業の極みのようなもの。全力のライトニングブラスターのように放った後にエネルギー切れで倒れもせず、ライトニングブラスターの強さ、轟一閃の速さを追い求めた結果がこれだ。
そうすると柊弥の身体、特に右脚に莫大な負担がかかるのは必然。それもかなりの。それがもしチームメイトにバレたらどうなるだろうか。つい先日、凄まじい威力を誇る代わりに使用者の身体を破壊する必殺技の前例があった以上、何が何でも止められるだろう。だが、イプシロンに勝つにはこのシュートが必要不可欠であることもまた事実。それゆえに柊弥は平静を保つ。仲間に心配されぬよう、この試合に勝てるよう。
「ちッ、調子に乗るな!」
再びキックオフ。ゼルがドリブルで上がっていくところを柊弥が止めに入るが、脚の痛みが邪魔をして突破を許す。その後ろで鬼道が指示を飛ばし後衛組がボールを奪いにいくが、鋭いパス回しと強力な必殺技であっという間に雷門ゴール前へと侵入する。
「これで同点だ……ガニメデプロトンッ!!」
一気に仕掛けたゼル。両手にエネルギーを溜め、浮かせたボールに対してレーザー状にして解き放つ。
紫色の閃光を描きながらゴールへ迫るシュート。それに対して円堂は真正面から構える。
「止めるッ!!マジン・ザ・ハンドッ!!」
心臓に手を当て黄金の気を増幅させる。すると背後に強大な魔神が現れ、雄叫びをあげる。円堂が右手を突き出すと魔神もそれに呼応してシュートを抑えにかかる。以前は失点を許したこのシュートだが、今回はしっかりと止めきってみせた。それを見たイプシロンの表情が更に曇る。試合は完全に雷門のペースだ。
「いけぇ!どんどん攻めるんだ!!」
「任せろ!」
円堂がボールを前へ送る。イプシロンはそれを奪って再び攻撃を仕掛けようとするが、そこに一陣の風が吹き抜ける。ボールに向かって駆けたメトロンとマキュアを悠々と追い越したのは風丸。2人より風丸が圧倒的に早かった訳では無い。しかし、風丸の思いが背中を押す風となった。
(強くなったのは加賀美や円堂だけじゃない!俺達皆が強くなってるんだ!)
「疾風ダッシュ"改"!」
風丸はそこから更に加速、その身を疾風へと変える。行く手を塞ぐファドラとモールを突破し視界が開けると、すぐさまパスコースを探す。
まず風丸が狙ったのは柊弥へのパス。しかし二重のマークがついており、それを振り払うのは困難を極めそうだ。現に柊弥は突破を試みるが上手く動けていない。
だが風丸の視線に気付いた柊弥はアイコンタクトを送り返す。その意図を察した風丸は照準を柊弥から一之瀬に変える。
「一之瀬!」
「おう!」
パスを受け取った一之瀬はゴールへ向かう。そして背後には鬼道が。柊弥をマークし、風丸を抑えようとしていたせいでこの2人を止めることが出来ないイプシロンの後陣。
そのチャンスを2人は逃さない。ヒールパスで鬼道にボールを預けた一之瀬はそのまま跳ぶ。それを受け取った鬼道は一之瀬の真下につき、そのままボールを蹴り上げる。すると上空の一之瀬がボールをヘディングで叩き落とす。その落ちてきたボールに対して鬼道は思い切り蹴り込む。
「「ツインブースト!!」」
勢いよく放たれたシュートは真っ直ぐにデザームの待つゴールへと向かう。それに対してデザームは余裕綽々のまま片腕を突き出す。掌に触れた瞬間完全に威力を殺されるが、デザームはあることに気が付く。脚で触れているグラウンドが少々抉れていたのだ。以前なら間違いなく少しでも押されることはなかった。だからこそ、その事実は雷門イレブン全体が確実に強くなっていることを思い知らせる。
「ヤツら、全員強くなっている!」
「まさか……デザーム様が10日の猶予を与えたのはヤツらが強くなるのを待つため!?」
「……最高だ」
デザームのそう呟きボールを送り出す。ここから試合は拮抗状態へと縺れ込む。円堂が止めればデザームも止める。撃っては止め、止めては撃つ。そんな試合展開が続く。当然そうなれば互いに疲労が見え始める。
そんな中、柊弥は虎視眈々とチャンスを狙う。脚のダメージが回復することは無いが、一時的に痛みが引くことは充分に有り得る。そのタイミングが柊弥の狙い目だった。少しでも痛みを感じながら雷帝一閃は制御出来なくなり、ゴールを貫くその破壊力は自分へと牙を剥く。それが分かっているからこそ柊弥は待つ。確実に一点をものにするために。
そして、全員の思いもよらぬタイミングで試合は動く。
「いつまで守ってんだよォッ!!」
「吹雪!?」
そう、吹雪の暴走だ。いつまでも試合が動かないこと、それに加え、攻撃ではなく守備へ参加させられたストレスが吹雪の導火線に火をつけてしまった。
しかし吹雪もかなり鍛えられているようで、柊弥や風丸クラスのスピードでイプシロンゴールへと切り込んでいく。途中襲い掛かる守備も難なく突破し、あっという間にゴール前へ。それを見たケンビル、タイタンが止めに行くが──
「撃たせろ!コイツも見ておきたい」
それは失点のリスクに真っ向から対峙することを意味する。開始早々に1点を奪われているイプシロンに余裕は無いはずだが、それがデザームの意向ならば従う以外の選択肢はない。
その余裕に更に腹を立てた吹雪は飢えた狼のようにデザームの喉元へ喰らいつく。凄まじいスピードのままシュート体制に入る
「俺は、俺は完璧じゃなきゃ意味がねぇんだ!!」
ボールを両脚で挟みそのまま思い切り回転させる。するとボールが巻き起こした風に乗ってブリザードが吹き荒れる。凄まじい量のエネルギーがボールへ集中していき、ボールだけでなく周囲の空間すらも凍てつく。
そして目をギラつかせたまま吹雪は再び跳躍、数度の回転で勢いを乗せて思い切り蹴りを叩き込む。
「エターナルブリザード……いけェェェッ!!」
「あの時は遠距離から撃ってあれほどのパワー。この距離から撃てば一体どれほどのものか……!」
対するデザームは両腕に緑のエネルギーを滾らせ、身体の中心で交差させる。エターナルブリザードがテリトリー内に侵入した瞬間、両腕を開くことで異空間を展開する。
「ワームホールッ!!」
その時、文字通り空間に穴が空く。その中に誘われたボールは一瞬姿を消すが、直ぐに全員の目の前に戻ってくる。ゴールネットを揺らす姿ではなく、上から地面に突き刺さる姿で。
「なッ」
「全力のエターナルブリザードを……止めた!?」
先程柊弥が見せたシュートは凄まじかった。だが、それに引けを取らない程に吹雪のエターナルブリザードも成長していた。それにも関わらず、デザームは余裕を残しながらそれを止めてみせた。その事実は雷門を、吹雪を戦慄させる。
「素晴らしい……もっと、もっと私を楽しませろ!!」
愉快だと言わんばかりにデザームを大きく笑う。そう、先程ゼルが疑ったようにこれこそデザームが10日の猶予を雷門イレブンに与えた理由。デザームは血湧き肉躍るような試合を欲していた。そこに現れたのがジェミニストームを破った雷門イレブンだった。漫遊寺の試合にて高いポテンシャルを見せた柊弥と吹雪の2人、もし自分達も使っていた設備で特訓をしたらどれほど自分に匹敵するのだろうか。そんな期待がデザームを動かした。
そしてその期待以上の成果をこの2人は見せてきた。これを喜ばずに何を喜ぶというのだろう。そんな感情がデザームを高揚させる。
そこから試合は再び膠着する。絶えず攻防が入れ替わり、ただ時間だけが過ぎていく。先程と違うのは吹雪も攻撃に参加するようになったこと。瞳子の指示とは乖離しているが、リードを広げたいのと円堂がシュートを全て止めていることから鬼道がそれを修正することはなかった。
「今度こそ決める!ガニメデプロトンッ!!」
「させるか!マジン・ザ・ハンドォ!」
もう何度目かも分からないゼルのシュート。しかしその全てを円堂は完璧にセーブする。更に、今回のキャッチは今までのどれよりも好感触だった。直後円堂の脳裏に浮かぶのは進化の兆し。鉄壁を誇る今の状態から更に強くなれる、そんな確信が円堂にはあった。
そして前半終了直前、再び柊弥が動く。実の所、痛みは既に引いていた。しかしそれでも柊弥は待っていた。更なる回復を待つことで、少々強引にでもマークを剥がすことが可能になる。それに加え、前半終了が迫りDFの警戒が緩くなることに賭けたのだ。
その賭けに柊弥は勝った。ほんの僅かに自身をマークする2人が油断した一瞬を狙い、柊弥は跳ぶ。その時ボールをキープしていたのは鬼道。すぐさま意図を察して柊弥へボールを送る。
「来るか!加賀美 柊弥!!」
ボールを受け取った柊弥は空中でシュートを放つ。当然それだけでは終わらず、空中での加速でその行き先へ先回りする。それを何度も繰り返す内に段々とボールの位置は高くなる。先程のように地上で何度も溜め、放つ直前に蹴り上げる形なら捨て身でそれを阻止することも出来た。しかし、それを空中で行われてはどうしようもない。跳ぼうものなら空間に満ちる雷にその身を焼かれるのがオチである。
誰も邪魔できない、手が届かない。まさにそれは帝王による絶対王政。絶対的なその力を前に誰もが息を呑むことしかできない。
「轟け、雷帝一閃」
そして最高点に達した柊弥はボールを下に落とすことなくそのままゴールに向かってシュートを解き放つ。本来の形とは違う、だがそれでも十分すぎる威力を誇っていた。
迎え撃つデザームは先程のように為す術なくゴールに押し込まれるだけではない。吹雪のエターナルブリザードを止めた時同様、ワームホールを展開する。
「さァ来いッ!!ワァァムホォォルッ!!」
空間の穴に吸い込まれていく稲妻。時間にしてほんの数秒の静寂が訪れる。まさか、あのシュートですらデザームは止めるのか。そんな思考が雷門イレブンに過った。その瞬間だった。
突如として空間が
「むゥゥゥんっ!!」
己の必殺技を破られたにも関わらず、デザームはまだ笑みを崩していなかった。幸いにも少し距離が離れたところにシュートは出現した。それならば、パンチングを構える余裕くらいは生まれる。
迫る一撃に対してデザームは思い切り拳を叩き込む。シュートから溢れる雷が己の全身を焦がしているにも関わらず、全身全霊のパワーでそれを迎え撃つ。
そしてなんと……柊弥の渾身のシュートはデザームの拳によって軌道が変わり、ゴールポストへ直撃する。勢いは殆ど死んでいないにも関わらず、デザームの天才的なパワーコントロールでコースをズラされたのだ。本来ならポストでボールが弾かれるはずだが、なんとそのボールは何とそのまま弾け飛んでしまう。それは如何にシュートの威力が凄まじかったかを示すと同時に、それを何とかしてしまうデザームの力を誇示していた。
そして、ボールが破裂すると同時に前半終了のホイッスルが鳴る。
(比喩ではない、拳が痺れている!何せボールが破裂するほどの威力だ。だがこれでも最初の一撃よりは軽かった!!撃ち方を変えたからか、或いは──)
デザームは痙攣する自身の手を見て思う。一番最初のシュートより威力が弱まっていたのは、妨害を阻止するため空中で一連の動作を行ったからなのか、はたまた別の要因があったのか。それを問い掛けるように柊弥に視線を向けるが、柊弥は既に身を翻して自陣へと戻っていた。
「皆お疲れ様!!」
「あのイプシロンに優勢、特訓の成果ね」
ベンチに戻ってきた選手達にタオルとドリンクを渡すマネージャー達。疲れ果てたといった様子で一部地面に座り込み、喉を潤す。
「まさか1点リードのまま前半を終われるなんてな」
「そうだね。加賀美のシュート……凄まじかった」
「あのシュートがあれば怖いもの無しっス!」
「バッカお前、最後は止められちまっただろ?」
話題は柊弥に移るが、当の本人が何処にも見当たらない。その事を不思議に思った雷門イレブンだったが、木野がトイレに行くと言っていたと話す。
そして前半について、瞳子が吹雪に対して攻撃を意識し過ぎだと忠告する。表面では分かりましたと返す吹雪だったが、内心は穏やかではなかった。まだ後ろに置かれていること、先程デザームにシュートを止められていたこと。そして何より──
(加賀美君、君のシュートは──俺より、俺より遥かに強えってのか!?)
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「───ぐッ」
(クソッ、前半で2本は少し無茶だったか?)
人影のない通路にて柊弥は壁に寄りかかっていた。熱を帯びた身体に冷たい壁が心地よく感じるが、それでも右脚に走る痛みは凄まじいものだった。
痛みに耐えながら前半の反省を1人で行う柊弥。最後の最後にデザームに止められたのは本人にとっても予想外で、リードを確保するために後半も撃たなければならないのは主に身体的な意味でかなりの痛手だった。
だが、柊弥の目はまだ死んでいない。それどころか、より一層鋭さを増す。
「例え右脚が壊れようが……俺は皆の為に戦う」
そう呟いて柊弥はベンチへと戻って行く。このことを知られてはならない、こんなところで止まってはいけない。そんな決意の籠った呟きだった。誰にも聞かれてはいけない、そのはずだった。
「柊弥、先輩?」
しかし、その言葉は……本人を誰より心配するであろう人物に聞かれていた。
雷帝一閃 風属性 TP100(+GP100)
柊弥が試行錯誤の末辿り着いたシュート。エネルギーをシュートに加えるのではなくぶつけることで凄まじい破壊力を誇る。その一撃が滅ぼすのは敵だけでは無い。
という訳で、鬼道もドン引きするような特訓の末に覚醒した柊弥の大立ち回りでした。使用者のみを滅ぼすと言われた皇帝ペンギンのリミットは3回。さて、このシュートは何回撃てるんでしょうね