「加賀美」
「……半田?それに皆も、何でこんなところにいるんだ?」
気がついた時、目の前に半田とマックス、影野に宍戸、少林がいた。皆は入院しているはずなのに、何でこんなところにいるんだろうか。そもそも、ここは何処なんだ?
「それは……ねえ?」
「うんうん。決まってるじゃないですか!」
マックスが同意を求め、少林が頷く。影野や宍戸もにこやかに笑いながら首を縦に振る。
そうか、皆もう怪我が治ったんだ。その証拠にほら、足元でサッカーボールを転がしている。軽快な音を鳴らしながらパスを出し合ったりして思い思いに身体を動かしている。
「ああ、本当、本当によか──」
その時、俺の腹に重く、鋭い衝撃が走る。堪らず俺はその場に込み上げてきたものを撒き散らし、膝を着く。
鈍い痛みが呼吸を乱す。そんな中、髪を捕まれ無理やり顔を引き上げられる。
「お前が弱いせいで俺達はあんな目に会ったんだ、その仕返しに決まってるだろ?」
「そめ、おか」
俺にボールを撃ち込んだのは染岡だった。俺の顔を覗き込むようにして鋭い眼光を向ける染岡は、おもむろに俺を放り投げる。
そしてそこから始まったのは……罰、なんだろう。俺が弱いせいで皆は入院する程の怪我を負った。それが治った皆はこうして俺に自分が味わった痛み、苦しみを与えに来たんだ。
身体の痛みなんて微塵も気にならない。けれど、ただひたすらに心が痛い。俺の弱さが皆を傷付けた、その事実が俺の心を抉る。
「お前のせいで!!俺達は!!」
「加賀美先輩には分からないでしょうね!!」
「だから軽々しく俺達の想いを背負うなんて言った、そうなんだろ」
「何とか言えよ……なあッ!!」
まるで弾丸のようなボールの雨あられ。俺はそれをひたすら耐えることしか許されない。いや、そうすることしか出来ない。全て俺の自業自得なんだ、逃げることなんて出来るはずがない。
まるで永遠に続いているかのように思えたその罰は、突然止まる。思わず俺が顔を上げると、そこには。
「……」
「しゅう、や?」
別れたはずの相棒が、修也がそこにいた。会いたかった。お前にチームに戻ってきて欲しかった。俺は修也に向かって手を伸ばす。
だがその手は、弾かれる。
「なあ修也、戻ってきてくれよ。お前がいてくれれば俺はもっと、もっと強くなれるんだ。だから──」
「柊弥」
俺の言葉を修也が遮る。そして、再び口を開く。
「俺の相棒はそんなに弱い男じゃない」
「────っぁ」
その言葉を聞いた途端、視界が歪む。落ち着いたはずの呼吸が荒れる。身体がガタガタと震える。
次に修也の口から放たれるであろう言葉を聞きたくなくて、拒絶したくて俺は耳を塞ぎ、蹲る。
「───────」
「ァァァァァァァァァアアアアアアア!!!」
狂ったように俺は泣き叫ぶ。耳を塞いでいても飛び込んでくるその言葉の槍から自分を守るために。俺にそれを拒否する資格なんてないのは分かっている。けれどそれを聞いてしまったら、もう俺は俺でいられなくなってしまうような気がして。
必死に、必死に声を上げた。そうしていると、意識が段々と微睡んでいき──
---
「──み、加賀美!!」
「うぁ……」
「起きたか?大丈夫か?」
柊弥の意識は夢の中から現実へと引き戻される。身体を揺さぶっていた者の正体を確かめるべく目を開くと、そこには風丸がいた。どうやら他のメンバーは外に出ているらしく、風丸以外に人の気配は無い。
「お前、酷く魘されていたぞ?嫌な夢でも見たのか?」
「風丸……まあ、そんなところだ。心配かけたな」
その問い掛けに内なるものを悟られぬように平静を装いながら返答すると、柊弥は立ち上がる。
「他の皆は?」
「もう外だよ。もう陽花戸中に着いたからな」
「そうだっのか……すまないな」
「気にするな」
風丸に今どこなのかを教えてもらい柊弥は外へ出る。その後ろに風丸も続いた。そして柊弥後ろ姿を見ていた風丸は、ふと問いを投げ掛ける。
「なあ加賀美、お前最近大丈夫なのか?」
「……どういうことだ?」
「お前が無茶しているんじゃないかって皆心配してるんだ。前のイプシロンとの試合が終わったあと、酷く取り乱してだろ?お前が何かに苦しんでいるんじゃないかって」
「……」
柊弥は何も語らない。ただ黙って、少しだけ何かを考える。そして言葉が纏まったのか、風丸に対して言葉を返す。
「大丈夫だ、何ともない。……俺はもっと、強くならなきゃいけないから」
「……理由を聞いても良いか」
柊弥がなぜ強くなりたいのか。自分達が今置かれている状況を考えれば、エイリア学園を打倒するためだとすぐに分かっただろう。だが、風丸にはどうもそれだけではないのではないか、と思えた。
もっと他の理由があるんじゃないか、そう思ったらこう問わずにはいられなかった。
「俺は副キャプテンだから、皆を守りたいんだ。もう誰も失いたくない。ただそれだけだ」
そう返して柊弥は歩き出した。どこか苦しそうなその背中を見て、風丸は考えのまとまらないまま声を飛ばす。
「加賀美!」
「……?」
「お前一人には背負わせない、もっと仲間を……頼れよ?」
風丸は一瞬言葉に迷った。本来ならば仲間を、自分を頼れと言ってやりたかったが、今の自分には柊弥が頼れる程の力が無いと自覚していたから。
そんな言葉を掛けられた柊弥は何を思ったのだろうか。当の本人は風丸に背を向けたまま顔を見せない。
だが一言だけ、ほんの短い言葉がその口から発せられる。
「ありがとな」
そうとだけ伝えて柊弥は再び歩き出し、風丸もその背中を追いかけていった。
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「お、風丸と加賀美も来たぞ」
「おーい!こっちこっち!」
2人が陽花戸のグラウンドに出るとそこには他のメンバーに加え陽花戸中サッカー部が勢揃いしていた。どうやら目的のノートは手に入ったらしい。
「俺は陽花戸中キャプテンの戸田、君達の活躍はよく知ってるよ!俺達みんな君達のファンなんだ!」
「そんなファンだなんて……」
キャプテンである戸田と円堂が握手を交わす。円堂が代表してよろしくと声を掛けると、陽花戸イレブンは気持ちの良い挨拶を返す。そんな陽花戸イレブンをぐるりと見渡すと、1人だけ姿を隠している者がいることに気付く。正確には隠せていないから気付いたのだが。1人だけユニフォームが違うことからこのチームのキーパーなのだと分かる。
「おい立向居!円堂君だぞ!」
「あ、あわわ……」
「お前円堂さんに会えたら感激です!だなんて言ってたろ?挨拶しろよ」
「は、はい!」
戸田がそう声を掛けると立向居と呼ばれた少年が前に出てくる。相当緊張しているようで、両手両足が一緒に動いている。
「え、円堂さん!俺陽花戸中1年の立向居 勇気って言いますッ!」
「よろしくな!」
「握手してくれるんですか!?感激です!俺もうこの手洗いません!!」
「いや、ご飯の前には洗った方が良いんじゃないかな?」
聞くところによると、どうやら立向居は円堂の大ファンらしい。その憧れ具合と言ったら、元々MFだったにも関わらずGKに転身する程らしい。
「そうだ立向居、お前あの技を円堂君に見てもらいたいんじゃないか?」
「で、でもちょっと恥ずかしいな……」
「へえ、良いじゃないか!じゃあ柊弥、蹴ってくれないか?」
「分かった」
「か、加賀美さんのシュートを受けられるなんて!感激です……」
「お前感激してばかりだな」
そんなこんなで立向居が言う必殺技を見るために柊弥が蹴ることになった。グローブを付けた立向居がゴールの前に立ち、柊弥は少し離れたところにボールと共に着く。
ほんの余興のつもりだった。それにも関わらず、妙な緊迫感がその場に走る。その原因が何か特定するのにはそう時間はかからなかった。
(加賀美さん、何て覇気だ!!全身の震えが止まらない……!)
(……加賀美のヤツ、本気で蹴るつもりじゃないだろうな)
そう、柊弥だ。その様は以前のイプシロンとの試合の時に近しい。目的はあくまで立向居の必殺技を見ること。そのためだけなら柊弥がわざわざ必殺シュートを撃つ必要はない。もし
だがその心配は杞憂に終わった。と言えども、通常のシュートではなくしっかり必殺シュートを撃ったのだが。
「"真"轟一閃」
閃光が煌めき、雷が轟く。轟一閃は今の柊弥の全力ではない。しかし、その威力はデザームに迷わず必殺技を使わせるほど。止めるためには最低でも全国クラスの実力が必要だ。
だが立向居は周囲の予想を大きく超えてみせる。
「うおおお!ゴッドハンド!!」
「なっ、ゴッドハンドだと!?」
立向居が見せたのは蒼い神の手。色こそ違うが、雷門イレブンにとっては見慣れたものだった。それも当然、ゴッドハンドは円堂の代名詞とも呼べる必殺技。それをフットボールフロンティアで名前を聞いたこともなかったチームの選手が使ったのだから、驚愕は必然と言える。
「ぐぐぐ……うおおおおッ!」
雷と神の手がぶつかり合う。その瞬間凄まじいエネルギーの奔流が巻き起こる。立向居のゴッドハンドは円堂のものと比べても遜色ない仕上がりだった。進化を重ねた柊弥の轟一閃に対しても引けを取らないのだから。
そしてとうとうボールの威力は削りきられ、円堂から歓声が上がる。
「す、すっげえ!!正真正銘ゴッドハンドだ!!お前すげえよ立向居!!」
「あ、ありがとうございます!!」
「アイツは何度も何度もゴッドハンドの映像を見て研究してたんです」
「見ただけで完成させたの……?」
「凄い才能だな……」
円堂以外の全員は言葉を失っていた。柊弥のシュートが止められたこと、ゴッドハンドを使ってきたこと、そしてそのゴッドハンドは映像研究によって生み出されたものだということ。全ての要素が重なり合って凄まじい驚きを産む。
(コイツのゴッドハンド、守のものと同じ……いや、或いはそれ以上)
それは柊弥も例外ではなかった。自分が絶大の信頼を置く円堂と同等以上の実力を誇るかもしれないキーパーとこんなところで出会うとは思っていなかったのだ。
「なあ立向居、少しいいか?」
「はい!」
円堂があることを立向居に提案する。すると立向居はそれを快諾し、背中を合わせる。暫しの静寂の後2人は同時に動き出す。気を溜めて一気に解放すると、黄金と蒼のゴッドハンドが姿を見せる。すると2人は互いに向き合い、その右手を付き合わせる。2つのゴッドハンドがぶつかり合うと互いのエネルギーが高まっていき、やがて爆発する。
砂塵が止むと、円堂と立向居の2人は静かに向き合っていた。
「すっげえ……」
「円堂のゴッドハンドに全く押されていない……てことは」
「ああ。立向居の実力は円堂に匹敵するものということだろう」
「……立向居!」
周りが驚いている中、円堂が声を上げる。
「お前のゴッドハンドは本物だ!!自信を持て!」
「円堂さん……はい!ありがとうございます!」
「よし、皆でサッカーやろうぜ!!」
円堂の提案で試合と言う訳では無いが、全員でボールを蹴ることになった。この瞬間だけは雷門イレブンもエイリア学園のことを忘れて純粋な気持ちでボールを追いかけることが出来た。
だがしかし、そこに柊弥の姿はなかった。
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あれから1時間ほどサッカーをした後、夕飯となった。互いにサッカーについての話をしたり、エイリア学園との戦いについて語ったり、木暮がまたイタズラをしたりで大いに賑わった。
陽花戸イレブンは教室で今日は寝泊まりをするようで、雷門イレブンは風呂に入り終わりそれぞれ眠りについた。だが昼間の興奮が冷めきらなかった円堂は眠りに付けず、キャラバンの上で星でも眺めようと外に出る。するとそこには先客がいた。
「吹雪、ここにいたのか」
「あ、キャプテン」
吹雪の隣に円堂が座る。そして吹雪は語り始める。
「北海道の空はもっと遠かった。凍える空に星が張り付いているみたいだったけど、ここではもっと近く感じるね」
「そっか」
「それに、アツヤとの距離も」
「アツヤ?」
「……いや、何でもない。ところでさ、僕イプシロン戦の時おかしくなかったかい?」
唐突な問いを吹雪は投げ掛ける。それを受けて円堂はあの時のことを思い出してみるが、特に変な様子は無かったと吹雪に返す。
「デザームの守りは崩せなかったけどさ、今の雷門の攻めの要はお前と柊弥なんだ。次も頼むぜ?」
「加賀美君か……彼、凄いよね。デザームから点を取ったし、守備にも参加してた。最初は僕の方が強かったけど、今はもう全然かな」
「そんなことないって。柊弥には柊弥、吹雪には吹雪の良さがあるんだからさ」
「そっか……そう言ってくれると嬉しいな」
そう会話を終えると、吹雪は円堂に背を向ける。もう寝るのだろうと思って円堂は話しかけるのをやめ、星空を眺めていた。すると何処からか立向居がやってくる。上に昇ってこいと誘うと立向居は嬉しそうにハシゴを登ってやってきた。
「そういえば円堂さん、さっき話していたお祖父さんのノートにはどんなことが書いてあったんですか?」
「ああ、あれには究極奥義が書いてあったんだ。確か──」
そうして2人が会話に花を咲かせている横で、ただ背を向けただけだった吹雪は1人考えていた。
(攻めも守りも僕より加賀美君の方が上、じゃあ僕がここにいる意味って何なんだろう?)
答えのない問いに吹雪は苦しむ。思い出したのは染岡と交した言葉だった。自分が戻るまで柊弥と2人で雷門を守って欲しい。染岡から託されたその想いに自分は応えることが出来るのだろうか。それに足る力が今の自分にあるのだろうか。自分は必要ないのではないか。そんな自己嫌悪が吹雪の頭の中を支配する。
(僕はどうすればいいんだろう……ねえ、アツヤ)
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「よーし!練習試合だ!」
「今回は楽しく試合が出来そうだな」
「決めるでー!ダーリンとのラブラブシュート!」
「え?何も聞いてないんだけど……」
翌日、陽花戸の理事長からの提案で練習試合を行うことになった。瞳子はそれを受け入れ、今は試合前の準備をしているところだった。
「FWは吹雪君と浦部さん、お願いね」
「あれ?加賀美さんはどこに行ったんスか?」
「加賀美君は別で特訓をしているわ。どうしてもと言って聞かなかったのよ」
試合の前、柊弥は瞳子に自分は1人で特訓をさせて欲しいと頼み込んでいたらしい。これはエイリア学園との試合では無い、それに加え柊弥のレベルアップは大きな武器になるだろうと判断して柊弥は許可を得ることが出来た。
雷門ファンクラブと言っても過言では無い陽花戸イレブンは柊弥と試合が出来ないことを少し残念に思ったようだが、他のメンバーにも同じくらい憧れがあるため特に気にしなかった。が、そんな陽花戸イレブンとは裏腹に雷門側の中には柊弥を心配する者が一定数いた。
(加賀美、やはり思い詰めているのか……?)
まず風丸。昨日のこともあってあれから柊弥に心配の目線を向けていた。ここにいないのはやはり強さを欲してのことなのだろうか、そんな危なっかしい状態で1人にして大丈夫かと考えこそしたが、試合が始まる今自分にはどうしようもない。そう切りかえ目の前のことに集中することにした。
(送り出したは良いものの、少し気がかりね)
次に瞳子。監督である瞳子の目には、柊弥が何か思い詰めていることはお見通しだった。明らかにイプシロンとの試合から何かを焦っている。だがそのことを柊弥が語ることはないだろうとも理解していた。だからこそ瞳子は柊弥の単身行動を許可した。それで彼の気が晴れるなら良いか、と。
(柊弥先輩……本当に大丈夫なのかな)
そして音無。自分が止めなかったからイプシロンとの試合の後倒れたのでは無いかという後悔もあり、本当ならここは木野と夏未に任せて音無は柊弥のところに行きたかった。しかし、今の自分では柊弥の助けにはなれないんじゃないかという疑念がその足を止めてしまった。そしてきっと柊弥はやるべきことをやっている、それなら自分もマネージャーとしての責務を果たさねば柊弥の隣に立つ資格は無い。そう決意して思いを振り切った。
「さ、試合開始よ。練習試合と言っても気を抜かないように」
一方その頃、当の柊弥はというと陽花戸中の裏に位置する山に来ていた。理事長に周囲に被害が出ても問題ないような場所は無いかと聞き、陽花戸中の所有物であるその山を教えられたのだ。
何故そんな場所を欲したか。その答えは単純明快なものだ。
「……はァッ!!」
そう、自分を限界まで追い詰めるべく極限の負荷を掛けるためだ。ナニワ修練場のように整った設備がない環境でそれをやろうとすると、どうしても何かを壊したりしてしまうだろうと柊弥は確信していた。他所の学校でそんなことをする訳には行かないという常識が残っていたが故の願いだったという訳だ。
撃ち出されたボールは突き刺さり、ミシミシと音を立てて大木が倒れる。そしてそれを眺める柊弥の顔に表情は無い。
「もっと、強くなるんだ」
そこから幾度も裏山に雷が落ちる。賑わうグラウンドとは真逆の重々しい雰囲気がそこに満ちていた。そして、怪しげに笑いながら自分を眺めている者がいたことに気付かないまま柊弥は無我夢中でボールを蹴り続ける。
柊弥が練習を切り上げたのはそれから3時間後、日が沈み初めてからのことだった。
来週も日曜0:00に更新する予定です、よろしくお願いします