「正義の……鉄拳!!」
辺りは既に真っ暗な闇に包まれている。そんな静寂の夜に相応しくない声がフェンスに囲まれた小さなサッカーグラウンドから響いていた。
その声の正体、円堂 守は全身に汗を滲ませてその場に崩れ落ちる。
「くーっ、やっぱりダメかあ」
「究極奥義、正義の鉄拳……やはり習得は容易ではないな」
「だな。悪いな鬼道、練習に付き合ってもらって。立向居も」
「いえ、俺に出来ることならなんでも!」
立向居が差し出したタオルで汗を軽く拭い、ガラガラに乾いた喉に水分を流し込む。ボトルの中身を一気に空にした円堂は鬼道の手を借りて立ち上がる。
「けど……ほら」
円堂が指を指す。その方向にいたのは、反対側のゴールで1人只管にシュートを撃ち込む柊弥。円堂達が正義の鉄拳の特訓を始める前からずっとあの調子だ。
その原因となった出来事は今日の昼まで遡る。突如柊弥達の前に現れたエイリア学園プロミネンス、バーン。南雲という少年に扮して接触を図ってきたバーンは、雷門への加入テストと称して雷門イレブン全員を1人で打ち負かしたのだ。
元々強くならなければと前のめりになっていた柊弥にとって、その出来事は着火剤となってしまった。その上、豪炎寺の名前がバーンから出たから尚更である。
「ヒロトだろうが、バーンだろうが……俺が絶対に皆を守る」
そう呟いて柊弥は再びシュートを放つ。そのシュートは正確無比かつ強力で、ゴールネットを焦がすほどの威力を秘めていた。
「柊弥、もう切り上げよう。な?」
「そうだ。これ以上は明日に響くぞ」
「……ああ、分かった」
見兼ねた円堂と鬼道は柊弥に声をかける。柊弥その言葉に大人しく従い練習を終える。
ボールを片付け終えた柊弥は尋常ではない汗に濡れたユニフォームを脱ぐ。その時晒された身体を見て新参の立向居は息を呑んだ。
(何て肉体……一体どれだけの特訓をしたらあんな身体になるんだ)
「凄いだろ、アイツ」
そんな立向居に円堂が横から話しかける。
「アイツはずっと誰よりも必死に特訓してた。エイリア学園を倒すための旅が始まってからはもっと」
「そうだな。そんな姿勢に引っ張られて俺達も強くなってきた……しかし」
「しかし?」
それに鬼道が同調するが、途中で言葉を止めてしまう。少し考えた後、鬼道は何でもない、忘れてくれも会話をそこで切った。
(今の加賀美は1人で強くなり、1人で戦おうとしているように感じる。どうせこのチームを守らなければとでも思っているのだろう)
黙々と練習後のダウンに取り組む柊弥を見つめながら鬼道は1人思う。
(見ていろ加賀美。お前に守られる必要が無いくらいに、お前が1人で背負わなくてもいいように俺達は強くなるぞ)
夏未と同じく、鬼道もまた直接伝えはしないような想いを抱いていた。
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「おーい!円堂!」
「あれ、綱海じゃないか」
翌日も雷門イレブンは特訓に励んでいた。そこに離れたところから手を振りながらこちらに近付いてくる影が見えた。それは先日別れた綱海だ。
突然の来訪者に練習は一度ストップ。円堂が綱海に話し掛ける。
「どうしたんだよ綱海」
「実はあれから俺もサッカー部に入ってよ、良かったら練習試合しねえか?」
「サッカー部に!?昨日の今日で?」
「おう!お前らとやったサッカーが思いのほか楽しくてな、うちの部のキャプテンに電話して即入部よ!」
行動力の化身としか言い表せない綱海の行動力に開いた口が塞がらない雷門イレブン。しかし円堂は練習試合の四文字にしか興味が向いていなかった。
「練習試合?良いね、やろうぜ!」
「そう来なくちゃな!」
「待ちなさい」
すっかり乗り気な円堂に綱海。先日の綱海の才能を知っている他のメンバーもその提案には前向きだった。
しかしそんなに空気に横槍が入る。声のした方を向くと、そこには瞳子がいた。
「私達には他にやるべきことがあるでしょう。地元の無名校なんかと試合をしている時間はないはずよ」
「無名校ねえ、確かその通りだけどちょっと傲慢じゃねえか監督さん?」
「事実よ」
「俺達はこれでもフットボールなんたらに出る予定だったんだぜ?監督が寝坊して出れなかったけどな」
その結末を聞いて全員言葉を失う。大切な大会に監督が欠場して出れないなど部員全員に殴られても文句は言えないやらかしだからだ。最も、それが笑い話になっているあたりそんなことにはならなかったのだろうが。
「監督!俺綱海達と試合してみたいです!もしかしたらその中で正義の鉄拳のヒントが掴めるかも……」
「俺も賛成です」
円堂が瞳子に訴え、鬼道もそれに同調する。それを皮切りに他のメンバーも乗り、否定的な意見は遂に瞳子だけになった。
それを見て瞳子は溜息を一つ吐き、背を向けた。
「好きになさい」
「よっしゃー!やろうぜ綱海!」
「そう言うと思った!そうと決まれば俺の学校、大海原中へ案内するぜ!」
綱海がそう言うと、各々移動の準備を始める……一人を除いて。
「柊弥、行こうぜ」
「……ああ」
その男が周囲と同じように準備に入ったのは、一際大きな轟音を鳴らしたあとだった。
ーーー
「着いたぜ、ここが大海原中だ!」
『おお……』
綱海案内され大海原中に着いた一同は息を呑む。目の前に広がるのは、蒼く煌めく海の上にある学校。といっても一般的な校舎ではなく、リゾート地の施設と言われても違和感はないような建物だった。その真ん中にはサッカーコートが整備されている。
「こんなとこでサッカー出来るなんて、幸せね」
「本物のリゾートみたいっス!」
普段なら絶対みることも無いような光景に胸を躍らせるが、その浮かれようを憂いた鬼道の一喝をもらって全員大人しくグラウンドに集まった。壁山はどこからか持ってきたココナッツジュースを離さないままだが。
「それで、肝心のサッカー部は──『イェーイ!!!』」
鬼道が件のサッカー部について綱海に訊ねた瞬間、唐突に花火が打ち上がる。それとほぼ同時、鬼道達からは見えないように客席の裏に隠れていた人物達が凄まじいハイテンションで飛び出してくる。手には太鼓、口には笛。まるでお祭り騒ぎである。
「おお!監督さんですな?フットボールフロンティアの采配はお見事でした!ぜひ星空の下でお話を伺いたいですなあ!」
「それはどうも、響木監督には私から伝えておきますので」
「げっ!!あ、あまりにも似てたもので間違えてしまいました、ハッハッハ……」
「そうはなりませんよね」
「しっ!音無さん駄目よ!」
そんな漫才のようなやり取りを終え、それぞれ自己紹介に入る。その中で一人、賑やかな輪の中に入らずヘッドフォンで音楽を聴いている者がいた。
「紹介するぜ、あいつは音村。うちのキャプテンで、1番ノリノリなやつだ」
「やあ。試合楽しみにしているよ」
綱海がそう紹介すると、聞こえていたのかヘッドフォンをしたまま軽い挨拶を飛ばしてくる。
あまりに癖の強い大海原イレブンを前に夏未が何度か帰りかけたが、木野と音無が必死に抑えて事なきを得る。
「フォーメーションは加賀美とリカのツートップ。立向居にはMFを頼む」
「ああ」
「は、はい!」
今回のポジションはほぼ前と変わらない。柊弥が前を張り、吹雪は様子見でDFスタートだ。変わったことといえば、風丸と栗松の離脱でリカと立向居がスタメンに入っていることくらいか。
「さあ皆!相手は少し変わってるけどいつも通りいくぞ!」
それぞれポジションにつき、円堂が後ろから発破を飛ばしたところで試合開始のホイッスルが鳴る。
リカからボールを受け取った柊弥は速攻を仕掛ける。相手は全くの未知数、相手の実力を図るため敢えてデュエルを仕掛けに行く。
真っ向から抜きに行く柊弥だったが、予想に反してその行く手は阻まれる。進行方向を変えるも、すぐさま相手も切り替えてくる。
(反応……いや、フィジカルか。高い身体能力が結局のところ反応も可能にしてる)
鍔迫り合いをしながらも柊弥は冷静に相手を分析している。その間、リカや鬼道がパスを要求するがその声は聞こえていないようだった。
(常に一対多を意識しろ。じゃなきゃアイツら、エイリア学園を──)
段々と柊弥に掛ける人数が多くなっていく。4人がかりで柊弥を囲み、パスコースも突破口も塞いでみせる大海原イレブン。
直後、柊弥が深く腰を落とす。全身の脱力、からの漲溢。それが生み出す爆発的なパワーは凄まじい加速へと変換される。
柊弥の動き出しを見てその4人は驚きを見せる。それがダメだった。驚愕により一瞬綻ぶ包囲網。その一瞬を突いて柊弥は自らを囲む壁を打ち破る。
「4人がかりだぞ!?」
「これが雷門中か!ノってきたな!」
(このまま前に抜ける。そしてまずは1点引き寄せる)
しかしその時、柊弥の足元にふと違和感が生まれる。先程までそこにあったはずのボールがいなくなっていたのだ。
それに気づいた柊弥はすぐさまボールの所在を追う。消えたボールは、相手の司令塔、音村の支配下にあった。
「少し主張が強いよ」
「それがどうした」
間髪入れず柊弥が奪い返しにいく。だが当然それより早くパスが出される。しかしそのパスは明らかに高い。誰も取れないパスミスか、そう思った直後のこと。
「よっしゃ!」
「嘘だろ!?」
「何てフィジカル……」
なんと、綱海がそのパスを空中で補足する。綱海の身体能力の高さについては前もって知っていた雷門イレブンだったが、あんなパスの受け方をしてくるところまでは想像出来ていない。
「お前ら!ノってけよ!」
『イェーイ!!』
そしてそのまま空中でパスを出す。それを受け取って大海原の前衛が攻め上がるが、鬼道の指示を聞いて動いていたリカがボールを掠め取る。
「ノリでウチらに勝てると思ったら大間違いや!」
「プログラアップテンポ!8ビート!」
「よっしゃ」
そのままリカが駆け上がる……かと思われた。音村が独特の指示を出すと、それを聞いた9番、古謝がリカのボールを奪う。その際、リカは全くの反応を許されなかった。まるで自分のプレーの穴を的確に撃ち抜かれた、そんな感覚に陥る。
「いかせない!ザ・タワー!!」
そのカバーに走ったのは塔子。十八番のザ・タワーで奪われたボールを再三こちらのものにしようと仕掛けた……が、しかし。
「アンダンテ!2ビートダウン!」
「嘘だろ!?」
また音村の指示によって動きを変えた古謝はザ・タワーの着弾に合わせ横っ飛びに回避、そのままパスを出す。
チーム内でもかなりの守備率を誇るザ・タワーが破られたことに雷門イレブンは驚きを隠せない。
「よし、ワシも上がる!」
それを見計らったように後衛から3番、宜保が上がってくる。宜保は前衛に合流するや否や、近くにいた2人の腕を取り豪快にぶん回し、ぶん投げる。まるで鷲のように空中に飛び上がった2人はそのままツインシュートを放つ。
『イーグルバスター!』
対する円堂は既にマジン・ザ・ハンドの構えに入っていた。正義の鉄拳はまだ完成には程遠い。先に失点するのは避けるべきだという判断に基づいての行動だった。
「マジン・ザ・ハンド"改"!」
襲い来る鷲の咆哮に対して臆することなく円堂は立ち向かう。魔神の威厳がその襲撃者を完膚無きまでに叩き潰した。
「柊弥!」
その後円堂はボールを思い切り前に送る。それを空中で受け取った柊弥はすぐさま着地、姿勢の低いまるで獣のようなドリブルで敵陣へと突っ込んでいく。
「16ビート!」
音村の指示を受けて6番、渡具知が柊弥にプレスをかける。その圧は本来柊弥にとってはなんてことないもののはずだった。だがしかし、先程のリカがボールを奪われた時のようにあっさりとボールを掠め取られてしまう。
「加賀美があんな簡単に……」
「切り替えろ、また奪ってシュートに繋ぐ!」
それに臆することなく鬼道が奪い返しに走る。しかしまたもや音村の指示でするりと躱される。
なぜ音村の指示がここまで刺さるのか、司令塔である鬼道ですら理解出来ていなかった。当然、その他のメンバーにもその仕組みは把握出来ていない。
そんな雷門イレブンに対し、お構い無しといった様子でどんどん指示を飛ばす音村。加えて他のメンバーのフィジカルも一級品。その2つが相乗効果を産み、攻めも守りも崩されることの無い牙城を形成している。
前半も終了間近。そんな状況でも劣勢を強いられ続ける雷門イレブン。次第に焦りが見え始めた中、柊弥が動いた。
「雷光翔破"改"」
なんと、ボールを持っていないにも関わらずドリブル技である雷光翔破を発動したのだ。
だがその斜め上を行く一手が活路を開く。
「8ビート……いや12ビート!!」
「遅ぇよ」
柊弥のスピードは過去最高のものだった。それが音村の予測を越え、今までの流れを一気に破壊する。
反応が遅れたところに容赦なくつけ込み、柊弥はそのボールを奪い去る。その加速のまま柊弥は駆け抜けていく。
「アップテンポ!」
「まだこんなもんじゃねえぞ」
「うおっ、まだ速くなるのか!?」
柊弥は更に加速する。そのスピードはまさに雷を超えて光にまで届くほどだった。
全員の予想、常識を破壊ようなそのスピードを誰が止められるだろうか。柊弥は瞬く間にゴール前に辿り着いた。
「させるか!」
「撃たせないぞ!」
「止められるもんなら──」
ゴール前にはDFが2人。柊弥のシュートを阻むべくその前に立ちはだかるが、次に柊弥がとった行動に度肝を抜かれる。
柊弥はゴールから明後日の方向に向かってボールを蹴り抜いた。そしてそのボールの行き先に先回りし更に蹴る。何度もそれを繰り返す内にどんどん高度も上がっていく。その上威力も跳ね上がっているのだからもはや誰にも止められない。
「──止めてみろよ」
そして柊弥は最後に空中でボールに蹴りを突き刺した。直後何重にも込められたエネルギーが大爆発を起こし、それと共に天から雷帝の一撃が落とされる。圧倒的なパワー、圧倒的なスピードを誇るそのシュートを前に2人のDFとGKは纏めてゴールへと叩き込まれた。
「なんつー威力だよ、あいつまた強くなったんじゃないか?」
「気を抜いてるとすぐ離されてしまいそうだよ」
土門と一之瀬は味方ながらにそのパフォーマンスに驚愕する。この短期間で以前よりもさらにパワーアップしているのだから自分の目を疑いたくもなるだろう。
そしてそのタイミングで前半終了のホイッスルが鳴る。
「……そうか!」
柊弥の大立ち回りを見ていた鬼道はあることに気が付いた。すぐに全員集めそれを共有する。
「相手の司令塔、音村はリズムで相手の動きを読んでいるんだ」
「リズムって……ほんの一瞬で?」
「ああ、信じ難いがな。だから次からは少しずつリズムをズラしていこう。そうすれば加賀美ほどのスピードがなくとも崩せるはずだ」
ハーフタイムを存分に使って鬼道は後半に向けての指示を出す。音村の秘密を聞いた一同はそんなこと本当にできるのかと疑問に思ったが、これまでの苦戦となぜ柊弥がそれを上回れたかの理由を並べられて納得せざるを得なかった。
(体力は……問題ない)
柊弥は少し離れたところで自分の調子を見つめ直していた。最後の最後で決めた1点、そこにたどり着くまでの消費はかなりのものだった。常に雷光翔破のスピードで駆け、雷帝一閃まで撃ったのだから。
しかし、柊弥はそんな事実を無視してまだ余裕と思い込む。まだ足を止める資格はないと自分に言い聞かせる。
(加賀美 柊弥。確かに凄まじい選手だね)
反対のベンチ、大海原が休憩している場所で音村は先程の柊弥の動きを思い出していた。その顔に宿るのは驚愕などではなく、笑みだった。
(けどもう覚えた。一人一人のリズムが重なり合ってチームとしてのリズムが産み出される中で君のリズムはあまりに大きすぎる)
囁かな対抗心を持って音村は柊弥を見据える。
(それが君の……いや、このチームの弱点さ)
本当はこの1話に大海原との決着まで書こうとしたんですけどその次の話が短くなりそうなので後半は次に持ち越しとなりました
音村のトゥントゥクを突破した柊弥、しかし音村にはまだ…?