「鬼道、少しいいか」
「どうした? 佐久間」
雷門中へと向かう帝国のバスの中、佐久間が話しかけてくる。
「なぜこんな無名校と練習試合をするんだ? 得られるものがあるとは思えないが……」
「……それは着いてのお楽しみだ」
もちろん、俺も最初は疑問に思った。
雷門中は去年人数が足りないせいで、少年サッカー協会に登録すらしていなかったチームだ。無論試合にも一切出ていない。
そんな無名の中の無名のような学校と、俺達帝国が試合をする意味などないはず。そう思い俺は総帥に訊ねた。するとだ。
『雷門にある男達がいるという情報が入った』
『コイツらは……』
そう言って総帥が俺に見せてくれたのは、2人の男の写真だった。
1人は、去年木戸川清修のエースストライカーだった豪炎寺 修也。去年の全国大会では決勝まで上り詰めてきた木戸川清修だったが、この豪炎寺が試合当日に姿を見せず、俺達に呆気なく敗れた。
そしてもう1人。こっちの方が俺にとって興味を引く存在だった。
加賀美 柊弥。小学サッカーの全国大会決勝で当たったチームのキャプテン兼エースだった男だ。
俺と共に帝国から声が掛かっていたはずだが、帝国はおろか他の強豪校からの誘いも断り、表舞台から姿を消したと思われていた。
あの日の光景が今でも鮮明に思い出せる。
当時、加賀美の攻撃力を警戒していた俺は、ヤツを自由にさせまいと仲間を動かした。
その甲斐あってか、相手チームは決定打を得られず、俺達から失点を許すばかりだった。
このまま俺達が勝つ。そう思ったその時だった。
『なッ……!?』
ヤツは笑っていた。あっちから見ればまさに絶望的状況だと言うのにだ。
そこからは圧倒的だった。火事場の馬鹿力とも言うべき凄まじい動きで徹底的なマークを振りほどき、一瞬でボールを奪い1点を返した。
それに勢い付けられた相手チームは一気に全体の士気が上がり、一人一人の動きが格別のものとなった。
そして1点を返した時の絶対的な個人技とは打って変わり、仲間全体を活かしたチームプレイで加賀美は次々とゴールを決めた。
ヤツは1人で道を切り開き、鼓舞された仲間を率いて見事なまでに俺達を打ち破ってみせたのだ。
「そろそろ到着だ、備えろ」
「ああ」
言わば、俺の宿敵のような男だ。
中学に上がると同時に、サッカー界から姿を消したと聞いた時は勝ち逃げされたような気分だったが……こうして再戦の機会がやってくるとはな。
楽しみだ。
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耳を澄ますと、段々と轟音が迫ってくるのが分かった。
校門の方に視線を向けると、黒煙を吐き出しながら真っ黒なバスが姿を現した。銃弾をものともしなさそうなその外見は、軍事用の輸送車を思わせる。
「来たか……」
バスが停車すると、側面のドアが開いて中から軍服のような制服に身を包んだ集団が飛び出し、展開されたカーペットを囲むように立ち並ぶ。
続いて中から姿を現したのは、事前に確認したビデオの中に映っていた集団……全国王者、帝国イレブンだ。
その先頭を切るのは、ドレッドヘアーに赤いマントを羽織った男、鬼道 有人。
……最後に見た時とは随分違うようだが。
「初めまして、雷門中サッカー部キャプテンの円堂守です。今回は練習の申し込み──」
「初めてのグラウンドなんでね、ウォーミングアップをさせてもらっても?」
「あ、はい。勿論です」
守の挨拶を軽く流し、ウォーミングアップの断りを取ると他のメンバーに合図を出す。
帝国イレブンはあっという間に散らばり、各々がウォーミングアップを始めた。
鬼道を除いて。
「……久しぶりだな、加賀美」
「あの大会以来だな」
鬼道はアップに参加せず、こちらに歩いてきたと思ったら俺に話しかけてきた。
纏っている雰囲気も前とは別人みたいだ。
「帝国からの誘いを蹴ってこんな学校に来ていたとはな……お前の実力が衰えていないことを祈るよ」
「はっ、試合の中で教えてやるよ」
明らかに侮られてるな、これ。
まあ鬼道からしたらそう思うのも当然か。俺達が去年試合に出てないことも、そもそも俺達が来るまでサッカー部がなかったことも把握しているだろうしな。
対してあっちは全国大会40年連続優勝を誇る環境で日々練習し、実際去年の全国大会で優勝してみせた。
諦めるつもりは毛頭ないけどな。
俺達は前もってアップを済ませてあったので、グラウンドの外で帝国を観察することにする。
やはりと言うべきか、動きの次元が違う。パワー、スピード、テクニック。どれをとっても凄まじいものだ。
「───ッ!?」
突如としてこちらに迫る脅威に気付く。
なんの前触れもなく鬼道がシュートを撃ち込んできた
片方は俺に、もう片方は守に向けてだ。
守はそれを正面から受け止める。グローブとボールの摩擦で煙が上がった。
俺はあまりの威力に身体が持ってかれそうだったが、何とか踏ん張って蹴り返す。
それを着地と同時に鬼道は軽く受け止めた。
「守、大丈夫か?」
守は黒く焦げたグローブはめた手を開いては閉じ、2、3回瞬きをする。
そして、次第に顔に笑みが浮かび始めた。
「面白くなってきたぜ!!」
心配する必要は1ミリもなかったようだ。
あのシュートを前にしても守の闘志は一切衰えていない。それを見て、後ろの皆の表情が引き締まったようにも見えた。
「さあ皆、やるぞ!!」
「「「おう!!!」」
俺の声を合図に、全員が小走りでセンターラインに整列する。
帝国はコイントスを拒否、試合開始はこちら側のキックオフからだ。
廃部がかかっているとはいえ、待ちに待った雷門サッカー部の初陣だ。浮き立つ気持ちが抑えられない。
「さあ皆! 頑張っていこうぜ!!」
守のその声掛けと同時に試合開始のホイッスルが鳴り響く。それと同時に染岡にボールを渡すと、早速攻め上がる。
そのまま駆け上がる染岡に対し、帝国の
「へへっ、結構いけるじゃねえか」
「染岡、パスだ!」
風丸はその俊足を活かし、そのまま駆け上がっていく。
そしてそのまま宍戸はセンタリングを上げ、それに半田はヘディングを仕掛ける……かのように見せかけてスルー。本命はその奥に構えていた染岡。
皆、上手く連携出来てるじゃないか……!
「ふっ……」
「何!?」
そのシュートは完璧に相手キーパー、
だが、それに反して源田はしっかりとゴールポストギリギリを狙った染岡のシュートをキャッチしてみせた。
さすがは"キング・オブ・ゴールキーパー"か……
「鬼道! 俺の仕事はここまでだ!」
「さあ始めようか……帝国のサッカーを」
嫌な予感が全身に悪寒を走らせる。
鬼道は寺門に鋭いパスを出し、寺門は大きく脚を振りかぶる。ダメだ、間に合わない……!
「ぐあッ!?」
寺門がシュートをしたのはハーフラインすら超えていない場所。つまりはロングシュート。
そんな位置から放ったシュートでさえも、守がいるゴールを簡単にこじ開けてしまった。
これほどまでか、帝国学園!
「守! 大丈夫か?」
「あ、ああ……すげえシュートだ」
「あんな早いシュート……止められるはずないよ!」
「俺たちじゃ着いていけないでやんス!!」
先程のシュートを見て、半田と栗松が弱音を吐き始める。
まずいな、このままではあっという間に呑まれてしまう。
「まだまだ試合は始まったばかりだ。俺が取り返してみせるよ」
「そうだ!! そんな簡単に諦めちゃダメだ!!」
そう言って何とか奮い立たせようとしたが、イマイチ響いていない様子だ。
仕方ない、俺が引っ張ってくしかない。再開のホイッスルがなる。
「染岡」
「おう!」
染岡からボールを受け取り、単身攻め上がる。ここからは俺達のターンだ!!
「いかせるかよ」
「いかせてもらうぜッ!!」
大きく右へ動き、それに辺見が着いてきているのを確認した後にすぐさま方向転換して左へと加速する。フェイントだ。
「何ッ!?」
辺見を抜き去った先には鬼道がいる。一体どんな圧を掛けてくるのか……と思いきや、鬼道は一切動かない。
その余裕、絶対に崩してやる!
鬼道の先に構えるのは帝国DF陣。
それぞれがしっかりと行く手を阻んでくるが、何とか突破する。
……何だ、何か違和感を感じる。まあいい。
まずはここで1点取り返す!!
「轟一閃!! 」
一瞬閃撃。
俺の脚に斬り裂かれたボールは、轟音と雷を伴いながら帝国ゴールへと迫る。
が。
「パワーシールド!! 」
源田が拳を地面に叩きつけると、エネルギーで作られた壁が噴き出す。
その壁と俺のシュートは数秒せめぎ合い、やがてボールから勢いが失われた。
……マジか。こうもあっさりと止められるとは。
「大野!」
源田のパスが大野へと渡る。すると大野の足元からはボールが
一瞬、腹部に違和感を感じて視線を向ける。すると、そこにはボールが突き刺さっていた。
「ぐ、あッ……!?」
重々しいシュートが俺の腹を抉っていた。
あまりの痛みに膝をつき、呼吸が荒くなる。クソッ、なんてパワーだよ!?
そしてそのボールは別のヤツが受け取ったと思ったら、またしても一瞬で姿を消した。
今度は宍戸の顔面にボールが見えた。その場に倒れ込む宍戸。
間違いない。こいつら、俺達を潰しに来てる……!
「させるかよォ……!!」
激痛が走る腹部を抑えながら立ち上がる。
が、立ち上がるまでの数秒間で2、3人が地面に倒れ込んでいた。
そこから始まったのは……王者による蹂躙だった。