UC:0096 The Verdict Day 作:刀の切れ味
幾つかの機能をオミットし、地上戦に特化したカスタム機。重力下での高機動を実現するためのホバー用のジェットエンジン、重火器をマウントするサブアームなどが増設されている。
EGFの歴戦パイロットであるレイフ・スミノルフとハワード・コールマンが搭乗する
暗い宇宙を進む一隻の巨大な戦艦。白を基調としたその戦艦は、数々の戦場を戦い抜いてきた歴戦の強襲揚陸艦『ネェル・アーガマ』だ。
ネェル・アーガマはかつてティターンズに対抗する組織であったエゥーゴの旗艦だったが、現在はロンド・ベル所属の遊撃部隊としてなおも現役である。
そんなネェル・アーガマのメインデッキでは、ハンガーに固定されたMSたちが作戦に備えてメンテナンスを受けている最中だった。
(……)
デッキ横の待機室には、壁にもたれかかりぼんやりとメンテナンスの様子を眺める金髪の青年がいた。
青年が眺めるのは、青い可変MS『RGZ-95 リゼル』だ。量産型でありながら単機での可変機構を持つリゼルは、かつてのZガンダムに連ねる最新鋭の機体である。
しかし、青年は手首につけていた航空機の模型のペンダントを指でいじりながら、自身の愛機に複雑な視線を向けていた。
「どうした、リディ少尉。集合にはまだ早いぞ?」
「……! ノーム隊長。すみません、少し落ち着かなくて……」
待機室に入ってきた自分と同じノーマルスーツを着込んだ男に、背筋を伸ばして敬礼する青年。そのいつもより固い敬礼を見たノーム・バシリコック少佐は、青年の心境を察して苦笑してみせる。
「不安、か。その気持ちは分かるが、過度な緊張は禁物だぞ?」
「あ、いえ……そうですね」
ノームに指摘されて、息を吐きながら肩の力を抜く青年。彼の名はリディ・マーセナス、彼はこのネェル・アーガマのMS部隊のパイロットの中でも特に若く経験も浅かった。
そんなリディの緊張を解くために、ノーム少佐はデッキにあるMSを指差して話しかける。
「アレを見てみろ、リディ少尉。ECOAS秘蔵の特殊作戦用のMSだぞ。名称はロトと言ったか」
「随分と小柄ですよね。特殊作戦用っていうのは伊達じゃなさそうですよ」
リゼルと比べてかなり小型のMS『D-50C ロト』は、海軍戦略研究所『サナリィ』にて開発された可変型の量産機だ。
MS形態とタンク形態による高い隠密性と迅速な兵員輸送能力を持つロトは、まさに連邦軍の特殊部隊である『
「しかし、ノーム隊長。今回の作戦は……ただネオ・ジオン残党を摘発することだけじゃないんですよね? そうじゃなきゃ、いくらなんでも……」
「過剰戦力すぎる、か?」
「……はい」
リディらロンド・ベルの任務は反連邦政府組織の摘発や掃討にあり、現在はネオ・ジオン残党組織である『袖付き』を追っていた。
つい先日もロンド・ベルの別動隊が袖付きと交戦し大損害を被ったことを聞かされていたこともあり、リディも敵が残党とはいえ油断できる相手ではないことを理解していた。
しかし、それでも今回の作戦に投入される戦力の多さに違和感を感じていた。
「確かにその通りだ。今回の作戦はロンド・ベルとエコーズを含む
そう言ってロトの横に鎮座するMSを顎で指す。その機体はネェル・アーガマに配備されたMSではなく、いわゆる来客のMSだった。
機体そのものはリゼルと同型だが、随所に改良と追加武装が施された専用のカスタム機であることが見てとれる。
そして、その肩部装甲にあてがわれた英文字のAを模したエンブレム。それはエコーズと同じような連邦軍の特殊部隊に所属することを表していた。
「独立戦術部隊『アライアンス』。かつてティターンズのカウンターとしてエゥーゴが発足したように、連邦上層部がロンド・ベルに対抗して作った部隊と聞いているが……」
「ロンド・ベルに対抗して……そんな部隊が何故、俺たちと共に行動するんでしょうか」
「さあな、上のお偉方が何か悪巧みでもしてるのかもな……だが、俺たちはロンド・ベルのパイロットだ。やることは変わらない、そうだろう?」
「……そう、ですね」
違和感を払拭できないものの、とりあえずは目下の作戦に集中しようと心持ちを切り替えるリディ。それを見たノームは、少し安心したように肩を落としながら息をつくのだった。
(やれやれ……今回の任務はリディの言う通り、いつもの任務とは気色が違う。どうなることやら……)
──
ネェル・アーガマにある艦長室、そこでは三人の男たちが同じテーブルを囲んでいた。
テーブルの上には湯気のたつ入れ立ての紅茶も用意されていたが、誰一人手をつけようとはしない。
(ふん……俺の入れた紅茶は飲めない、っていうのか?)
むすっとした顔で座る目の前の二人に、ネェル・アーガマの艦長であるオットー・ミタス大佐は不機嫌な表情を隠そうともせずに自分の紅茶を啜る。
「それで? 作戦の内容を再度確認するために来たのだろう。いつまでも黙ってないで話を始めたらどうだ?」
「……私も同感です。エヴァンジェ大佐、そろそろご説明を願いたい」
オットー艦長に賛同するのはいかにも軍人といった厳つい強面の男、エコーズ920隊の隊長であるダグザ・マックール中佐だ。
エコーズは軍務だけでなく警察権まで与えられた特殊部隊だ。広い活動範囲と高い秘匿性から汚れ仕事を請け負うことも多く、周囲からはマンハンター部隊と呼ばれて疎まれていた。
しかし、ロンド・ベルもスペースノイドから畏怖されているという点ではエコーズと似通っていたが、ここにあるもう一つの部隊もまた違う意味で嫌われていた。
「では……今回の作戦、『ラプラスの箱』の受領阻止及び奪取について、再度各々の役割を確認しよう」
三人の中では一番年若い鋭い目つきをした青年、エヴァンジェ・コーラー大佐は連邦宇宙軍独立戦術部隊『アライアンス』の指揮官だった。
アライアンスは上層部直属の部隊であり、強い権限を有し優遇される立場にあった。それ故に、なにかと冷遇されるロンド・ベルからはよく嫌われていた。
そもそも、ロンド・ベルのカウンターである彼らがここにいる理由の一つは、ロンド・ベルを監視するためである。連邦上層部は、ロンド・ベルが『ラプラスの箱』なるものに接触することを恐れているのだ。それを察しているダグザ中佐は、疑惑の念を含んだ視線をエヴェンジェ大佐へと向ける。
「ネオ・ジオン残党である『袖付き』、彼らは工業コロニー『インダストリアル7』にてビスト財団から『ラプラスの箱』を受領する。それを阻止するのが本作戦の目的だ。我々とオットー艦長らネェル・アーガマは……」
「分かっている、インダストリアル7周辺の警戒、露払いをすればいいんだろう」
「……内部への侵入はエコーズに一存する。手引きをするアルベルト・ビストには、話がついているな?」
「勿論です。彼の案内のもと、箱を奪取します」
「よろしい。では、私から一つ、ある情報を共有させていただこう」
そう言ってエヴァンジェ大佐が小さなデバイスを取り出すと、オットー艦長とダグザ中佐にある映像を見せる。
「……これは?」
「先日、袖付きとその艦を追っていたロンド・ベルの部隊で交戦があった。ロンド・ベルのMS六機が撃墜され、一機を残して全滅した。これはその生き残りの映像記録だ」
画面に映るのは、ジェガンのカメラアイが捉えた戦場の様子だ。しかし相手は、ザクやジムの系列とは異なる謎のMSだった。ジェガンを容易く手玉に取るその敵MSに、オットー艦長とダグザ中佐は眉をひそめる。
「……なんだコイツは。袖付きのMSじゃあないのか?」
「違う。これは『企業連』のMSだ」
「企業連、だぁ……?」
聞き慣れない単語に、大袈裟に顔を顰めてみせるオットー。それとは対照的に、ダグザ中佐は神妙な表情になる。
「話には聞いたことあります。アナハイムやサナリィとの開発競争に敗れた斜陽企業が、複数集まって形成された軍産複合体……という認識ですが、MSの開発をしていたとは……」
「ふん。なんだ、ただの負け犬どもの集まりか」
「その認識は間違いではない。表向きには、だが」
ダグザ中佐の要望に応えるように、エヴァンジェ大佐がデバイスを操作すると、半透明のホログラムが映し出される。それは、先程の映像にもあったジェガンが戦っていた敵MSの全体像だった。
「企業連は袖付きと結託し、秘密裏に支援を行なっている。君たちロンド・ベルが追っていたガランシェールには、企業連が独自に開発したMSを含む機動部隊が随伴していたのだろう」
「……それがインダストリアル7でも仕掛けてくると?」
「間違いなく、仕掛けてくる。だが、企業連の部隊への対応は我々が受け持つ。君たちは君たちの任務を果たせ」
「……」
ただでさえ厄介なネオ・ジオン残党に、企業連などという得体の知れない連中がくっ付いている。それを知ったオットー艦長は、苦虫を噛み潰したような顔でMSのホログラムを睨みつけていた。
(冗談じゃない……あの四枚羽単騎ですらロンド・ベルのMS部隊を容易く退けるほどだっていうのに、そこへ更にこんなワケの分からん連中まで……)
思わず頭を抱えたくなるのを堪えるオットー艦長。その隣のダグザ中佐は何か思うところがあったのか、眉間に皺を寄せて黙り込んでいた。
エコーズはその秘匿性の高さ故に、一般兵が知り得ないような機密に触れることもある。その中で、ダグザ中佐の脳裏に浮かんだのは──『火星』だった。
(企業連の中核を成す上層企業、その一つの名が確か……『ジオ・マトリクス』、アレは公国時代からある火星を拠点とするジオニック系企業だ。それに、五年前のレジオンの件もある……)
『ジオ・マトリクス』、それは宇宙世紀以前から火星開発を掲げていた企業であり、人類が宇宙へ進出してからは文字通り火星経済を担う大企業だった。
しかし、火星は資源に乏しい星である上に、コロニー開発が進んだことで植民地としてのメリットは殆どなくなってしまった。故に、火星は宇宙の辺境として見做されていた。
しかし、そんな火星には今もなおジオンの残滓が強く根付いている。そして、ダグザ中佐の勘は間違いではなかった。全ては、そこから動き出したと言っても過言ではなかったのだから。