無限転生 ~INFINITI DEAD END~   作:とんこつラーメン

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       悲しみが来る時は、単騎ではやってこない。
       必ず軍団で押し寄せる。

                     ウィリアム・シェイクスピア








ひみつ

 千影と楯無が二人並んで生徒会室へと向かおうとしていると、そこから少し離れた物陰に一つの人影があった。

 

「あれは…生徒会長? どうして千影さんと会長が一緒にいるんですの…?」

 

 千影に話しかける機会を伺いながら後を付けていた結果、いつの間にか尾行のような事になってしまっていた。

 本人もその事には全く気が付いてはおらず、ほぼ無意識のうちに姿を隠している。

 

「私の記憶が正しければ、こちらは確か生徒会室がある方角…。ということは、千影さんは生徒会に所属しているんですの?」

 

 そもそも、千影に関しては誰も彼もが知らない事が多すぎる。

 現在、判明している事と言えば、彼女の専用機が非常に危険な『デビルフィッシュ』である事と、文字通り身を削りながら乗っている事。

 そして、彼女との交友関係を築くのは非常に難しいという事。

 千影は人の本心を見抜く力に長けている。

 なので、少しでも何かを誤魔化そうとしてもすぐに見破られるのが関の山だ。

 実際、セシリアもそうやって千影に拒絶されたのだから。

 

「あ…行ってしまいますわ。追い駆けなくては……」

 

 二人の移動に合わせて、セシリアもまた移動を開始する。

 こそこそと物陰に隠れつつ、千影たちの背中だけを追い続けていた。

 

 進むにつれて段々と人の姿が少なくなっていく。

 何の用も無いのに生徒会に行こうなんて輩はいる訳が無いので、当然と言えば当然だが。

 遂には廊下を歩いているのは隠れているセシリアを除けば千影と楯無だけとなってしまった。

 

「そう言えば聞いたわよ? 千影ちゃん、最近になって例の男の子にISの操縦法を教えているらしいじゃない」

「おや。どこからそれを?」

「薫子ちゃんから。あの子、割とどこにでもセンサーを張り巡らせてるから」

「それは怖い」

 

 薫子とは、二年生にて新聞部の副部長をしている『黛薫子』の事である。

 以前は一夏とセシリアとの試合の後に行われた『クラス代表就任パーティー』にて新聞部としてインタビューにも来ていた事がある。

 その時のキャラが印象的だったので、割とセシリアも彼女の事は覚えていた。

 

「けど、正直助かったわ。本当は私が教えようと思っていたのよ。ほら、彼って今の世での『特異点』みたいなものじゃない? 必ず無粋な連中が彼の事か、彼の専用機を狙って仕掛けてくる筈だから。どこかで必ず自衛の手段として色々と教えておかないといけないからね」

「確かにその通りだ。正直な話、私はそこまで深く考えて彼にISの事を教えていたわけじゃないんだが」

「あら、そうなの?」

「私は彼の『強くなりたい』と願う純粋な気持ちに応えたいと思った。それだけさ」

「ふぅ~ん…」

 

 なんとも意味深な返事をする楯無。

 その顔はニヤニヤしていて、彼女が誰かをからかう時の前兆だ。

 

「千影ちゃんなら適任ね。貴女の実力は国家代表にすら匹敵しているから」

「過分な褒め言葉どうも」

「全く過分じゃないんだけどね……」

 

 実の所、千影の実力は楯無すらも上回っていた。

 このIS学園は完全実力主義で、生徒会長の座も単純に『IS学園で最強の生徒が就任する』という制度になっている。

 実際、楯無も前生徒会長を試合で打ち負かして今の座についていた。

 

「と言う訳で、これは生徒会長として副会長である千影ちゃんへの仕事のお願いね。私の代わりに貴女が織斑君の訓練を担当して頂戴」

「了解だ。といっても、どこまでやれるかは分からないけどね」

 

 どこまでやれるか分らない?

 それは一体どういう意味なのだろうか?

 千影の体が今、どんな状態なのか詳しく知らないセシリアは、二人を追いかけながら小首を傾げた。

 

「まぁ…最低でも、来年までには候補生の連中と互角に渡り合えるぐらいには育てあげたいね」

「そう…ね……」

 

 なんで来年なのか?

 別に進級しても、ずっと教えてもいいのではないか?

 そんな当たり前の事を疑問に思うセシリアは、先程までに笑顔が消えて俯く楯無の様子に気が付かなかった。

 

「そんな顔をしないでくれ。最初に会った時に言っただろう? とっくの昔から覚悟は出来ていると」

「そんなのは『覚悟』…なんて言わないわよ…」

 

 セシリアがいる場所からは見えないが、楯無は涙を流していた。

 ほんの一滴だけだが、確かにそれは彼女の頬を伝っていた。

 

「そうだね。これは『覚悟』というよりは『諦め』に近い。けど、こればっかりは仕方がない事なのさ。それは会長だって分かっているだろう?」

「…『仕方がない』で済ませていい事じゃないでしょ…」

「いいや。これは『仕方がない』事だよ。私が『あんな形』で生を受け、そしてターミナスを専用機としてしまった時からね」

 

 嫌な予感がした。何故かは分からないが、猛烈に嫌な予感がしてならなかった。

 頭が『ここで引き返せ』と訴える。『今すぐに耳を塞げ』と言ってくる。

 だがしかし、彼女は耳を澄ませることを止めなかった。

 

「私は皆と一緒に進級は出来ない。それどころか、新年を迎える事すら出来ないだろう。だって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「薬の副作用で私の身体の中はぐちゃぐちゃになっていて…このまま行けば今年中には確実に死んでしまうからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……え?)

 

 一瞬、何が起こったのか本気で分からなかった。

 死ぬ? 誰が? どうして?

 

(千影さんが…死ぬ? しかも…今年中に…確実に…?)

 

 到底、信じられることではなかった。

 今の彼女は凄く元気そうにしているから。

 どう見ても、死に掛けの体とは思えない。

 だが、ここでセシリアはふと思い出す。

 一夏との試合の直後、千影はどんな状態になっていた?

 箒からなんて聞かされていた?

 

(兆候は…既に出ていたのですね……)

 

 目の前で息も絶え絶えになりながら、ふらつきながらも必死に歩き去った千影。

 その後、彼女は廊下の真ん中で倒れて気を失った。

 自分達と会う前から千影の体はとっくに限界を超えていたのだ。

 ずっと辛くて苦しいのを、彼女はずっと誤魔化している。

 誰にも心配を掛けないように。誰も悲しませないように。

 

「…会長は優しいね。こんな私の為に涙を流してくれるだなんて」

「千影ちゃんが泣こうとしないから…代わりに泣いてるのよ……」

「そっか…ありがとう」

 

 静かに微笑みながら、千影は楯無の肩を掴んで自分の方へと引き寄せて、そっと彼女の頭を撫でた。

 これでは、どっちが上級生か分からなくなってしまう。

 

「だけど、そこまで気にする必要はないよ。もし仮に私がターミナスに乗らなかったとしても、結果は大して変わらないから」

「どういう事よ…?」

「『この体』は最初から長く生きるように作られていない。何事も無く普通に生きたとしても、私の寿命はあと二年ぐらいだったよ」

「それって…まさか……」

 

 聞きたくない。聞きたくは無い。

 けど、同時に聞かなくてはいけないと思った。

 だからこそ、必死に自分の口を押さえて声を出すのを我慢して、涙を流し続けた。

 

「生まれつきの障害ってやつでね。私の中にあるテロメアは普通の人間と比べて極端に短いんだ。辛うじて薬で誤魔化せはするけど、それも所詮は気休めでしかない。焼け石に水。別の言い方をすれば、単なるその場しのぎだ」

「そんなの…酷過ぎるわよ……」

 

 デビルフィッシュがあろうとなかろうと、千影は皆と一緒に卒業が出来ない。

 ただ、定められた寿命が少し伸びるだけの違い。

 それなのに、千影は全く悲観などしていない。

 それどころか、自分の死を受け入れている節すらある。

 

(こんなの……あんまりですわ…!)

 

 一体、千影が何をした? どうして、彼女ばかりが辛い目に遭う?

 セシリアも過去に辛い目を経験してはいるが、それでも彼女の周りには頼れる人々がいた。

 だが、今の千影はどうだ? 周りには友と呼べるような者達は大勢いるが、全てが遅すぎた。

 出逢った時にはもう、千影の運命は決していたのだ。

 もしも、もっと早く皆と知り合っていれば、この運命も変わっていたかもしれないが、それはもう過ぎてしまった話だ。

 時は戻せない。戻る事は出来ない。

 どんなに足掻いても、人間の身では運命は覆せない。

 

「どうして…千影ちゃんは平気そうな顔を出来るのよ……」

「慣れてしまったから…かな」

 

 それはつまり、慣れてしまう程に今までずっと酷い目に遭ってきたという事になる。

 悲劇に慣れるだなんて、こんなに残酷な事は無い。

 

「さ…行こうか。このままだと、本当に本音が虚先輩の淹れてくれた紅茶を全部飲み干してしまうかもしれない」

「うん……」

 

 涙を拭おうとしている楯無の歩幅に合わせるようにして、千影はゆっくりと歩き出す。

 その、ほんの些細な気遣いが千影の優しさを表していて、それを見るだけで更に涙がこみ上げてくる。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 二人が去ってからも、セシリアはその場に座り込んでいた。

 両手で顔を覆い、目を赤く腫れ上がらせながら涙を流し付着けていた。

 

「こんなの…誰にも言えませんわ…。言えるわけがないじゃありませんの…」

 

 特に、最近になって仲のいい箒や一夏が知れば絶対に悲しむ。

 そしてそれは、千影が望む事ではない事をセシリアは理解していた。

 

 最初は千影と話したい一心でここまで後を付けてきた。

 だが、実際には話しかけるどころか千影の秘密を知ってしまう事になった。

 

 たった一人で自分の死と向き合い、それを受け入れながらも最後まで生きようとする。

 だからこそ千影は強い。

 彼女は『生』を背負いながら、同時に『死』を見つめ続けている。

 ずっと、自分達とは違うものを見ていたのだ。

 

「私は知ってしまった……私だけが知ってしまった……」

 

 何かをしなくてはと考えてはいるが、何をすればいいのか分からない。

 変に慰めれば、却って千影を怒らせるだけだ。

 彼女の『覚悟』を侮辱するような真似だけは絶対に出来なかった。

 

「どうすれば…どうすればいいんですの……教えてくださいまし…お母様…お父様……」

 

 今は亡き両親の顔を思い出しながら、セシリアは暫くの間、ずっとその場で泣き続けていた。

 千影の周りで唯一、彼女の秘密を知ってしまった者として、己の無力さを恨みながら…泣き続けた…。

 

 

 

 

 

 




    更に良くしようとして、良いものを駄目にしてしまう事が多い。

                      ウィリアム・シェイクスピア







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