無限転生 ~INFINITI DEAD END~ 作:とんこつラーメン
カレンが私を此処まで運んできたという少女…篠ノ之箒を保健室の中へと入れてきた。
篠ノ之箒……ISを世に放った張本人である自称天才科学者である篠ノ之束の実の妹だ。
確かに優れた頭脳を持ってはいるのだろうが、残念ながら私は彼女以上の頭脳を持っている者達なんて星の数ほど知っている。
寧ろ、私から言わせれば同じ天才科学者でも彼女は下から数えた方が良いレベルに存在している。
特に、彼女の狂った性格がその存在価値の低さを助長していた。
(さて…自称天才の狂人の妹君はどんな人物なんだろうね?)
同じクラスに所属はしていても、常に遠目からチラッと見るだけで会話は愚か近づいたことすらない。
『触らぬ神に祟りなし』精神でこちらから接近を避けていたのもあるが。
「目が…覚めたんだな」
「お蔭様でね。と言っても、まだ完全回復という訳ではないが」
「そ…そうなのか?」
「首から下が全く動かない。ついでに言うと、まだ目が霞んで眠気も酷い」
「全然大丈夫じゃないじゃないか」
「そうなるね」
正直な話、今にも意識が持っていかれそうになっているが、今後の為にも彼女からは私と接触した時の事を聞いておかないといけない。
これぐらいの苦痛、これまでにも幾度となく経験してきた。
我慢しようと思えばなんとでもなる。
「話は聞いたよ。どうやら、君が保健室まで私を運んでくれたらしいね」
「あぁ…。アリーナの廊下で気を失って倒れているお前を見た時は、本気で血の気が引いたぞ。あの時のお前は息も絶え絶えな状態だったんだぞ?」
「そうか……」
あの時は頭が上手く働かなくて感情的になってしまったが、こうしてベッドに寝ている今ならば冷静に考える事が出来る。
たった五分の稼働であそこまで疲弊するとは…乗り始めた頃に比べて、今の私は相当に衰弱してしまっているようだ。
どうせ後が無い人生なのならば、いっそのこと思い切った事をするのもいいのかもしれない。
確実に大幅に余命を削る事にはなるが。
「廊下で待っている間ずっと考えていたんだが…お前が皇千影なのか?」
「そうだけど…分かってなかったのかい?」
「同じクラスとはいえ、交流が全く無かったからな」
「交流したくても、させてくれない雰囲気を醸し出していたからね」
「うぐ…!」
言葉に詰まるな。多少は自覚があったって事でいいのか?
「私もお前と一夏の試合…というか、ゲームをピットで見ていたが…」
「ふーん。彼の雄姿に惚れ直したのかな?」
「茶化すな。私が気になっているのは、お前の専用機の事だ」
「私の専用機?」
なんでまたそんな物を気にする?
あれか? 姉と自分は関係ないと言いつつも、やっぱり他人のISは気になるという事か?
「セシリア達が言っていた。お前の専用機は呪われたモンスターマシンだと」
「モンスターマシン…ね」
言い得て妙だが、ターミナス303を一言で言い表すには最も適切な言葉だな。
仮にも代表候補生ならば、訓練課程で303の事を教えられていても不思議ではないか。
実際、アレは普通にISの教本などにも普通に記載されている程に有名な機体だしな。
「最初は意味が分からなかった。コイツは何を言っているんだと」
「だろうね」
「だが、お前のステージでの動きを見て少しだけ考えが変わった。空中をまるで踊るかのように縦横無尽に駆け抜ける姿は、どう考えてもお前の実力と機体の性能が飛びぬけている事を理解させたからだ」
…過大な評価だな。私自身はどこまで行っても凡人の粋は抜けられない。
ドーピングをしてから、自分の身体を対価にして無理矢理に力を引き出しているに過ぎない。
「私は絶対にあんな動きは出来ない。正直…羨ましかった」
「こんな私のそんな事を言って貰えるだなんて光栄の極みだね」
「茶化すなと言った」
「茶化してないよ。嘘偽りのない私の本心さ」
そう言えば、さっきからカレンはずっと黙ってる…って、なんか椅子に座りながらこっちを見てるし。
口を手で押さえて…もしかして笑いを堪えてる?
「だが、今はもうそんな気持ちは完全に失せている。廊下で倒れていたお前を見てからな」
「あらら」
それは残念。私の評価なんて所詮、たった数秒で覆る程度の物に過ぎないのさ。
「どうして、お前があんな場所で倒れていたのかは私には分からない。だが、予想は出来る。あの機体が原因なのだろう?」
「どうして、そう思うんだい?」
「…セシリア達は代表候補生だ。そんな奴らが本気で顔を顰めて呪われているISなんて事を言い出すなんて普通じゃ考えられん。となると、お前のあの『デビルフィッシュ』とかいうのは、それ程までに危険なISという事になる。違うか?」
…成る程。中々に鋭い推理だ。結構やるじゃないか。
もうちょっと体育会系だと思っていたが、意外と頭は回るようだ。
「それを聞いてどうする?」
「…分からない。だが、どうしても聞いておかないといけないような気がするんだ」
直感…って訳か。流石は剣道少女…ってか。
「…私の口から聞くよりも、我等が担任様やお友達の候補生達に聞いた方が良いよ。当事者の口から聞くよりも分かり易い筈だ。それに…」
「それに?」
「自分の不幸自慢をして同情を誘うような趣味は無いんでね」
本当は、自分の口から説明するのが単純に面倒くさいから。
仮に知った所で何も変わりはしないんだけどな。
「今度はこちらから質問をしてもいいかな?」
「あぁ」
「…どうして、私の事を助けたのかな? 他の女達と同様に、惚れた男への点数稼ぎ?」
「ほ…惚れ…! どうしてそこで一夏の名前が出てくるっ!?」
「私は一言も『織斑一夏』だなんて言ってはいないけど?」
「うっ……」
私は全く嵌めるつもりはないのに、どうして自ら落とし穴に全力疾走するの?
「…私は別に邪な考えでお前を助けたつもりはない」
「ではなんで?」
「自分でも分からん。ただ、倒れているお前を見た時、咄嗟に体が動いたんだ」
……嘘はついてない…みたいだな。
彼女からも多少の欲望のようなものは感じるが、それとは別の何かもあるようだ。
「あの時、とっくに一夏は着替えて帰っていた。いない相手への得点稼ぎなんて意味が無いだろう?」
「御尤も。だが、他の連中は違ったみたいだけど?」
「なんだと?」
「私がISから降りた直後、担任や専用気持ち達が駆け付けたんだが、アイツ等からは邪な考えが丸分りだった。恐らく、私を自分達の手で助けた後、それを彼に報告してから褒めて貰おうって算段じゃなかったのかな?」
「どうして、そんな事が分かる?」
「あの時…意識が朦朧としている私に奴らは近づこうとしてきた。本当に助ける気持ちがあるのならば、こっちの意志なんて無視して抱え上げることぐらいすれば良かったんだ。だが、アイツ等はそれをしなかった。呑気に声を掛けてきて、私が何かを言うとすぐに引っ込む。それで理解してしまったんだよ。あぁ…こいつらの本当の目的は私を助ける事じゃないなって」
「…………」
あの時の状況を私の視点で話すと、篠ノ之さんは悲痛な顔で額を押さえた。
「…すまない。あいつらにも悪気は無かったと思うんだが……」
「悪気があった方がまだマシだね。彼女達の場合は、それすらも無かった。どこまでも私を利用する事しか考えてなかった」
教師が教師なら生徒も生徒だ。
今更ながら、クラスで壁を作っていて大正解だったな。
下手に関わり合いになると絶対に碌な事にはなってない。
「私を見つけた時、君はどうした?」
「まずはお前の元に駆け寄り、すぐに体を抱きかかえてから意識の確認をした。お前の安否が最優先だったからな」
「それが普通なんだよ。怪我人や病人の事を本当に気遣うのならば、こちらの意志よりも、相手の体の状態を最も優先するべきなんだ。後でどれだけ文句を言われる事になったとしても、それで相手が助かるのならば迷わずにそうするべきなんだ。図らずも、君がしたことは最も正しかった」
「…他の事を考える余裕が無かっただけだ」
あぁ…今、分かった。
彼女は『不器用』なんだ。
人間なのだから、人並みに欲望なども持ち合わせているが、それと自分の善意を結びつけることが出来ないんだ。
欲望に走る時も、己の善意を発揮する時も真っ直ぐで、そこに他の余計な考えを介入させる事が出来ない。
篠ノ之箒は不器用だ。良い意味で不器用だ。
もしも彼女が悪しき道に走れば、それこそ取り返しのつかない事になっていたかもしれないが、この分だとそれは無さそうだ。
「今に至るまでの過程はどうあれ、君が私の恩人であることには違いない。お礼を言わせてくれ。本当にありがとう」
「と…当然の事をしたまでだ」
おやおや。もしかして照れているのかな?
無愛想な少女だと思っていたが、意外と可愛い一面もあるじゃないか。
(あれ? もしかして私…IS学園に入学してから初めて誰かに『ありがとう』って言った?)
だとしたら、なんと記念すべき日か。
よもや、この世界で死ぬ前に誰かに礼を言える日が来るとは思わなかった。
「どうやら、君は私が想像していたような人物じゃないようだ」
「私はどんな風に見られていたんだ?」
「口よりも手が先に出るタイプ。少なくとも、周囲の女子達はそんな風に想っているみたいだよ?」
「…否定したいが、できない…」
余り良い事とは言えないが、そんな性格だからこそ裏表がないとも言える。
だからこそ信頼に値するのかもしれない。
「気にすることは無いよ。それもまた君の魅力なんだから」
「み…みりょ…!?」
「少なくとも、私はそんな篠ノ之さんに助けられた。出来れば、これからも真っ直ぐな心の君でいて欲しいな」
「…どうして、お前はそんな歯が浮くようなセリフが言えるんだ」
「篠ノ之さんを信頼しているから…かな」
「信頼……」
言葉ではなく行動で自分の心を示す。
簡単なようで最も難しいそれを普通に出来る彼女は本当に凄いと思う。
「…君がこんな人物だと分っていたら、もっと早くに自分から声を掛けるべきだったな。そうすれば『友達』になれたかもしれないのに……」
「別に今からでもいいだろう?」
「え?」
今からでも…いい?
「友になるのに今も昔も関係ないと思うが? なりたいと思った時になればいいんじゃないのか?」
「はは…君の言う通りだ。まさか、今になってまた新しく学ぶことがあるとはね……」
本当に…彼女の言葉は真理を突くな。
真っ直ぐ過ぎて羨ましく思ってしまうほどに。
「隠し事だらけで何もかもが壊れている、こんな私だけど…友達になってくれるかい?」
「勿論だ。経緯はどうあれ、こうして関わってしまった以上、私ももうお前の事を他人とは思えない。こんな私であれば喜んで」
「ありがとう…」
震える腕を必死に動かし、手をシーツの外に出して握手を求める。
彼女もそれをすぐに察してくれて、私の弱々しい手を優しく握ってくれた。
「箒って…呼んでもいいかな?」
「ならば、お前の事も千影と呼ばせて貰おう」
「ふふ…誰かに名前で呼ばれるのなんて初めてかもしれないね……」
どれだけ転生を繰り返しても、やっぱり私は孤独には勝てないようだ。
覚悟は決めた。決意も固めた。だが、それでも人は一人では生きてはいけない。
これは理屈じゃない。言葉で言っても分からない事だ。
それでも、また転生したら私はまず一人でいようとするんだろうな…。
一番のバカなのは私なのかもしれない…。
「私はそろそろ行く。今は兎に角、休む事だけを考えてくれ」
「お言葉に甘えてそうさせて貰うよ。また明日」
「あぁ。また明日」
手を離し、篠ノ之さん…じゃなくて、箒が保健室から去っていく。
部屋を出る前にもちゃんと手を振ってくれた。
…誰かがいなくなって寂しいと思うのも、この世界じゃ初めてかもな……。
「どうやら、心配するような事は無かったみたいですねマスター?」
「私の目もまだまだ節穴だったって事さ」
今までずっと傍観していたカレンがこっちにやって来て、明らかなニヤニヤ顔で私の事を見てくる。
マジでもう寝てやろうか。今ならば、目を瞑っただけで寝れる自信がある。
(あ……)
ここでまた夢見る双魚のスフィア・アクトが地味に発動しやがった。
誰かが保健室にやって来ようとしてる。これは……。
「はぁ……」
「どうしました? 何か厄介な物でも見えたんですか?」
「うん…見えたよ。それも、とびっきり厄介な物がね」
「それは大変」
顔を言葉が全く合ってないぞ。口を押さえてるが、その下じゃ普通に笑ってるだろ。
それを無視して私がジーっと扉の方を見ていると、そこからある人物が入ってきた。
「こんな所にいたのか…皇」
我等が担任様のご登場だ。
さっきまでのいい気分が一発で台無しだよ。