無限転生 ~INFINITI DEAD END~   作:とんこつラーメン

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だいきらい

 この世界に転生してから初めての友達が出来た次の瞬間、一番会いたくない人物がやって来てしまった。

 上げてから下げるとか、どれだけこの世界の運命は私の事を苦しめたいのだろうか。

 

「マスター。この女性は?」

「我等が担任様だよ」

「あぁ…彼女が」

 

 カレンが一体いつからIS学園にいたのかは知らないが、それでも彼女の事は知っているらしい。

 いや…色んな意味で有名人だから、例え知らなくてもネットとかを見ればすぐに分かってしまうか。

 

「…お前は誰だ?」

「あら。人に名前を聞く時には、まずは自分から名乗るものだと親から習わなかったのかしら? それとも、ブリュンヒルデ様ともなれば自分が法律でそんなのは関係ないって事? マスター、この人最高ですね」

「…………」

 

 カレンの奴…絶対に分かってて言ってるだろ。

 この姉弟には親なんて存在していない事を。

 ここで重要なのは『消えた』ではなく『いない』ということだ。

 この違いは非常に大きい。

 

「…織斑千冬だ。一年一組の担任をしている」

「知ってまーす」

「ぐっ…!」

 

 出逢って数秒でもう立場を確定させた。

 この女の煽り耐性が低いってもあるが。

 

「私はカレン・C・オルテンシア。この保健室を任されている者よ」

「なに?」

 

 ここで疑問を持つのも当然の事。

 絶対にこいつ、なんらかの方法で強引に介入してきてるし。

 

(こいつが保健教員だと? そもそも、こんな奴はIS学園に存在していたか? 少なくとも私は一度も見た事は無いが……)

 

 深く気にしたら負けだ。

 ここは『あっそ』程度に構えていた方が楽なのだ。

 

「ところで、その織斑先生がこんな所に何の御用かしら? 今はこの通り、病人がいるんですけど?」

「その病人に会いに来たんだ」

「どうして?」

「私がそいつの担任だからだ」

「……だ、そうですけど?」

 

 私に振るな。私に。

 折角、このままカレンがこいつを追い払ってくれると期待をしたんだけど…。

 冷静に考えて、こいつがそんな事をする筈ないか。

 

「横暴だね」

「なんだと?」

「担任なら、生徒のプライベートを犯してもいいと? なんて素晴らしい先生様なんだろう。聞いたかカレン? この女は『担任だから』という下らない理由で私の休息を荒らそうとしているぞ?」

「まぁ…やっぱり彼女は最高ですね。年端もいかない子供達が苦しむのを見て愉悦に浸るだなんて…私、この人とお友達になれそうです」

「ち…違う!! 私はそんなつもりじゃ……」

「「保健室で大声出さない」」

「す…すまない……」

 

 遂には常識すら守らなくなったか。素敵過ぎだな。

 

「私がお前の最も嫌いな部分がそれだよ。大人だから、担任だからなんて理由を振りかざせば、自分の言い分は絶対に通ると確信している。そこにブリュンヒルデという要素を加えればもう完璧だ。一瞬でお前の周囲はブリュンヒルデの信望者で包まれる」

「そんな…ことは……」

「無いとは言わせない。事実、今までずっとお前はそうしてきたじゃないか」

「さっき『担任だから』とかって言ってましたけど、それって逆に考えれば担任じゃなかったら心配すらしなかったって事よね?」

「…………」

 

 だんまりか。それは私の言っている事を肯定したって事と同義だ。

 

「そもそもの話、お前は仕事に私情を出し過ぎてる。まず、そこにどんな事情があったとしても、姉が担任をしているクラスに弟が生徒として入るなんて普通じゃ有り得ない。その有り得ない事をご自慢の『ブリュンヒルデパワー』でごり押したわけだ。アンタならば上層部にも顔が効くだろうしね」

「あらあら。私も人並みに教師という職業の事は存じているつもりですけど、ここまで堂々と職権乱用する人は初めてだわ」

「あれは…学園側が勝手に……」

「お前も立派な学園側でしょうが。それも、かなり深い所にいる」

 

 他人事みたいに言うんじゃないよ。本気でふざけてるな。

 

「私がアンタを信用できない要素はそれだけじゃない。弟君のISがすぐに用意されたこともおかしい要素ばかりだ」

「どういう意味だ…」

「言わないと分らないのなら言ってあげるよ。ISの専用機ってのはそう簡単に準備が出来るもんじゃない。それこそ、入念に整備や調整を重ねて初めて稼働できる状態になる。最低でも半年ぐらいは時間が掛かっても不思議じゃないにも拘らず、どうして彼がISを動かしてから僅かな間に専用機が用意されたんだい?」

「せ…政府が……」

「ふーん。政府の連中はずっと前から彼がISを動かせるって知ってたというのかい?」

「そ…そうじゃない! 白式はあいつらが……」

 

 またもや大声を出した。

 私達が揃って睨み付けると、いつもの強気がどこかに消えて萎縮してしまった。

 

「大方、親友の『兎さん』にでもお願いしたんじゃないかな? 彼女なら、アンタの頼みごとなら何でも聞いてくれるだろうし」

「束は…関係ない……」

「嘘ばっかり。今までで一番下手な嘘だな」

 

 あ~…なんか話している内に目が冴えてきてしまった。

 まだ体の方は辛いし、眠気の方もこの後にはすぐに襲ってくるだろうけど、今はなんでか大丈夫っぽい。

 

「というか、最初からおかしいんだよ」

「最初からとはどういう意味ですか、マスター?」

「本来ならば女しか動かせないものを、どうしてか動かせてしまった男子……三流ラノベの導入部みたいだって思わないかい?」

「あぁ~…つまり、マスターはこう仰りたいのですね? 最初から全てが仕組まれていたと」

「その通り。状況がおかしすぎるんだよ。彼が言うには、受験会場で道に迷って、その結果としてISに触って動かしてしまったらしいけど…それって絶対におかしいでしょ。私も当時、あの受験会場にはいたんだけど、お世辞にもあそこは迷うような建物じゃなかった。誰だって簡単に道を覚えられるような構造になっていたよ。にも拘らず、彼は道に迷ってしまった。それは何故か?」

「誰かさんが意図的に彼を迷わせたとしか考えられませんね。誰とは言いませんけど」

「…………」

 

 担任様は俯いたまま私とカレンの考察を聞いていた。

 ああして『自分は被害者です。何も悪くありません』って顔をしていればこの場を乗り切れると本気で思っているのなら、もう同情の余地すら生まれなくなる。

 

「更に、機密の塊であるISが無造作に放置されていた挙句、誰でも簡単に触れるような形になっていた。普通ならば警備員の一人や二人ぐらい配置しているぐらいが普通なのに」

「まるで『遠慮なく触ってください』と言っているようですね」

「実際にそう言ってたんだよ。だって、そのISはいつでも動かせる状態にあったらしいからね。最悪の場合、誰かに盗まれる可能性だってあるにも拘らず…だ」

「それって確実に、ターゲットを一人に絞ってますね」

「間違いなくね。そして、実際に会場でそんな芸当が出来て、尚且つ理由があるのはたった一人しかいない」

 

 二人でその『下手人』を見ると、彼女は俯きながら静かに呟いた。

 

「私が…やったと言いたいのか……」

「言いたい、じゃなくてそう言ってるんだよ。当時から学園の教師をしていて、尚且つ学年主任までやっていたんだ。当然のように合同受験会場にも足を運んでいただろうな」

「確かに、私もあの時は会場にいた…だが、私はやっていない。やる理由も無い」

「理由ならあるだろう。他人にとってはどうでもよく、お前にとっては重要な事が」

「なんだそれは?」

「まだしらばっくれる気? ここまで行くともう呆れを通り越して苦笑いすら出なくなる。そんなに私の口から言わせたいのならば言ってあげるよ」

 

 少しだけ動くようになった体の体勢を変えて、彼女の方に全身を向かせた。

 こうすれば少しは首が楽になる。

 

「今までずっと離れ離れになっていた大事な弟君とずっと一緒にいる為さ。違うかい?」

「た…確かに一夏は大切だが…その為にそんな事は…」

「『そんな事はしない』…とは言わせない。今更そんな事を言っても説得力が皆無だからだ。クラス配置に専用機、彼が自由にアリーナを使えるようにしているのもアンタの仕業なんだろう? もうここまで身内贔屓をしていると立派だとさえ思えてくる」

 

 そのせいで他の生徒達は大変な目に遭っているというのに、本当に呑気なもんだ。

 木を見て森を見ずとはまさしくこの事か。

 弟ばかりに目が行って、他の生徒達の事は視界にすら入れようとしない。

 適当に名前だけを憶えていればいいと思っているんだろ。

 

「しかも、自分の言う事を聞かない生徒がいれば名前と権力で黙らせる。それでも黙らなければ最後は暴力だ。なんてご立派。生徒の目線に全く合わせようとせず、常に上から見下す。自分の意見こそが最も正しいと信じ、それを強引に通らせる。あぁ…なんて素晴らしく我等が先生…か?」

「…………」

「ついでに言えば、私は弟君に激しく同情している。彼こそ正しく自分勝手な大人たちによって人生をメチャクチャにされた最大の犠牲者だ」

 

 確かに私は彼に対して嫌悪感を抱いてはいるが、それとこれとは話が別。

 可哀想だと思っているのはまぎれもない事実だ。

 

「それは私にも分ります。男の身でISを動かしてしまった以上、彼はここを卒業してからも決して気が置けない事になる」

「ど…どういうことだ? お前は何を言っている…?」

「あら、もしかして御理解していない? マスター、この人ご自分が仕出かしてしまった事を欠片も分かっていないようですけど?」

「はぁ……本当に愚かなんだな。まぁ、教員免許なんて持っていない癖に『世界最強だから』って理由で教師になった女に期待なんてするだけ無駄か。カレン」

「フフフ……」

 

 因みに、さっきの教員免許云々の話は私の予想に過ぎない。

 けど、こんな女に教員免許なんて取得できる訳がない。

 それならまだカレンが一組の担任になった方が数倍はマシだ。

 別の意味で壊滅的な事になりそうだけど。

 

「もし仮に何事も無く彼が学園を卒業できたとしても、何も状況は変わらない。いえ、それどころか寧ろ状況は大きく悪化する可能性がある」

「そんな馬鹿な…! 学園でそれ相応の成績を残し、どこかの企業の所属や候補生などになれれば或いは……」

「なんて甘々な考えなんでしょう。いいかしら? どんな成績を残しても、彼が『唯一無二の男性IS操縦者』という事実に変わりは無い。学園に在籍している間は学園側が守ってくれるけど、卒業してしまえばその守りは無い。貴女の後ろ盾だって所詮はハリボテ。時間が経てば経つほど効果は薄くなっていく」

 

 世界最強なんて称号、いつか必ず別の誰かに取って代わられる。

 その前にこの世界が存続しているかどうかも怪しいけどね。

 

「国家や企業が、そんな絶好の実験材料を見逃すと思う? 表向きは友好的に接してきて、実際に所属した瞬間に彼はすぐに解剖実験されるでしょうね。だって、しない理由が無いもの。どこぞの天災の逆鱗が怖くて科学の発展なんて試みないでしょうし、1を後生大事にするぐらいなら、その1を犠牲にして何倍にも増やしていく方がずっと有意義で今後の為にもなる。少なくとも、この『女尊男卑』の世界をどうにかするには彼は必ずどこかで犠牲にならなくてはいけない」

 

 カレンの話を聞き、担任は顔面蒼白になって後ずさりをする。

 ようやく、自分がどれ程の事をしてしまったのかと理解したか。

 

「もしもこのまま彼が誰かに守られたまま今後も生き延び続けたら、男がISを動かしたメカニズムは永久に解明されなくなり、女尊男卑のまま世界は滅びの一途を辿っていくでしょうね」

「そんな風に聞くと、なんだか切嗣を思い出すね」

「衛宮士郎の養父…ですか。確かマスターは第四次聖杯戦争にも参加してたんですよね?」

「まぁね。彼はいつも『100』を守る為に『1』を切り捨てる男だった。今回の場合で言うなら、アイツは微塵も躊躇することなく弟君を差し出すだろうね。それが世界の平和に繋がるのだから」

 

 情に熱く、情に冷たい。

 矛盾の塊みたいな男ではあったけど、私はそんな彼が嫌いじゃなかった。

 あの聖杯戦争に参加したマスターの中で、最も人間らしいと思ったから。

 それとは別にウェイバーも気に入ってはいたけどね。

 未熟な少年の成長物語は見ていて目頭が熱くなった。

 

「織斑一夏は、ISに関わってしまった瞬間にその運命が決まってしまっていた。ISの発展と世の不遇な男達の為に死ぬか、もしくは自分の命を守る為に世界中の人間を見殺しにするか。そこに至るまでの過程は色々とあるだろうが、結末はその二つの内のどちらかだろうね。学園にいるたった三年間じゃ何も変わらない。普通に彼の寿命が三年間延びただけさ。それも、彼が学園内で優秀な成績を残し続けることが大前提になるけど」

「そうですね。もしも在学中に『無能』の烙印を押されてしまったら、幾ら世界最強の弟と言えども世間は容赦しないでしょう。すぐに退学処分になって実験動物まっしぐら」

「常日頃から『誰かを守る』事に異常なまでに固執している彼なら、もしかしたら喜んで我が身を捧げるかもしれないね。だって、自分の命一つで大勢の男達が救われるんだから」

 

 おや? さっきからずっと黙っていると思ったら、頭を抱えて身体を震わせているじゃないか。

 一体どうしてしまったんだろうね? 全て自分の自業自得なのに。

 

「もしかして、先の事なんて全く考えてなかったんじゃないんですか?」

「みたいだね。学園にさえ入ればもう大丈夫、なんて楽観的な考えでいたんだろう。冷静に考えれば、そんなのは単なる先延ばしに過ぎないって分かりそうなもんだけど」

 

 まだまだ言いたい事は色々とあるけど、流石にマジで疲れてきたのでこれで最後にしておくか。

 

「今回の試合、私なりにあなたの意図を汲んだつもりなんだけどね」

「なん…だと…?」

「彼がこれから先も学園に居続けるには、さっきも言った通り優秀な成績を保ち続けないといけない。その為に最も有効な手段は勝ち星を稼ぐ事だ。彼はこれまでにも偶然とはいえ候補生達に勝ってきた。だけど、それだけではまだまだダメだと考えた貴女は、専用機を所持しつつ、まだ碌に試合をしたことが無い私にターゲットを絞った。私をわざと負けさせて彼の踏み台にする為に」

「私は…私はそんな事…考えてなんて……」

「何度同じことを言わせる気? 説得力ないんだよ。弟の為なら他人を平気で犠牲にする女の言葉なんて誰が信じると?」

「違う…そうじゃない…誰も犠牲になんて…!」

 

 …もういい加減、この顔を見るのも嫌になってきたな。

 

「そろそろ本気で出て行ってくれないかな? どうやってここを嗅ぎつけたかは知らないけど、普通に邪魔なんだよ。私のターミナスの事を知っているなら分かってるよね? 今の私がどんな状態なのかを。あ…そっか。私の専用機の事も最初から知って、こうして合法的に殺すつもりだったのか。そっかそっか。それならば納得だ。私はブリュンヒルデの弟君の為の犠牲になるのかー。なんて光栄なんだー」

「殺すつもりなんてあるわけないだろう!! お前の機体がデビルフィッシュだと知ったのもついさっきの事なんだ!!」

「信じられないなー」

「…どうすれば…私はお前から信じて貰えるんだ……」

「どんな事をしても信じないよ。全てが手遅れな上に、アンタは私の最高の時間を汚した。それは決して許される事じゃない」

「最高の時間…だと…?」

「ついさっき、私に初めての友達が出来た。お前達とは違って物事を打算的に考えない女の子だ。そのいい気分のまま眠ろうと思っていた矢先にお前がやって来た。ふざけるなよ。世界最強の肩書を持つ担任ならば、生徒のささやかな幸せすら踏みにじる権利があるって言うのか?」

「そ…そんな事は……」

「どんなつもりであっても、そっちが私の気分を害したのには違いない」

「本当に……済まなかった……」

 

 肩を震わせながら、俯いたままの状態でようやくここから去ってくれた。

 思い切り溜息を吐いてから少しでも気分を落ち着かせようとする。

 

「本当に面白い人でしたね。これからが楽しみになってきました」

「カレン……」

「はい?」

「今から本気で寝る。だからさ……頭…撫でて」

「…いいですよ。今日は本当にお疲れ様でした。ゆっくり眠ってください」

「ん…ありがと」

 

 カレンの手の温かさを感じながら、私は今度こそ瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 


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