無限転生 ~INFINITI DEAD END~ 作:とんこつラーメン
ヘレン・ケラー
箒の突然の一言に、その場にいた全員が渋い顔になる。
それもその筈。彼女が知りたいと言った『デビルフィッシュ』は、本人が想像しているよりもずっと恐ろしく、悍ましいISだからだ。
それを知っているからこそ、同時にISの危険性も知る事になるのだが。
「ど…どうした? 急に黙り込んで…」
「ううん…なんでもないわ。そうよね…あの子の友達だってんなら…箒だけは知っておくべきよね……」
「そうだね…もしかしたら、いざって時に皇さんを止められるかもしれないし」
なんだか想像していた状況とは全く違うことに、箒は初めて戸惑う顔を見せた。
流石に気楽に話せる内容ではないとは思っていたが、まさかここまでの表情をさせるほどの事だとは思わなかった。
「皇千影の専用機…正式名称を『ターミナスtype B303』というのだが、これはISに関わる者ならば誰もが知っているレベルで非常に危険なISだとされている」
「そ…そうなのか…?」
「えぇ…凄腕の操縦者たちでも手におえない程の代物で、イタリアにある『トレゾア技研』と呼ばれる施設で厳重に保管、封印をされていた筈なのですが……」
「それが何故か千影の専用機になっている…か」
どうしてそんな事になっているのか。
それだけは全く分らなかった。
確実に『裏』で何かがあったとしか思えないが、そうなると千影の素性自体が怪しくなってくるので、ここでは敢えて口にしなかった。
「お前達が呼んでいる『デビルフィッシュ』とはなんなんだ?」
「あれは、あの機体の開発コードなのよ。恐らく、余りにも危険すぎたが故にそんな名前を付けられたんでしょうね」
白銀の装甲を持つ真紅の目をした悪魔。
デビルフィッシュの特徴を一発で言い表す言葉だった。
「そもそも、あの機体はIS開発史の黎明期における『負の遺産』とされているのよ」
「負の遺産…か」
「あれが生み出されたのは、ISの時代が第二世代から第三世代に移り変わり始める頃だったとされている」
「つまり、デビルフィッシュはこの世界で一番最初に産み出された第三世代型ISなんだよ」
それは、人類がIS開発の袋小路に立たされた時。
生半可な事では壁を越えられないと知った人類は、自らの意志で『禁忌の扉』を開いてしまった。
「まず、大前提としてデビルフィッシュには私達の専用機や他のISのような『リミッター』が備えられていないのですわ」
「リミッターが無い…だと? そんな馬鹿な。殆どのISには競技用のリミッターがあると授業で言っていたではないか」
「その通りだ。その情報自体は何も間違ってはいない。だが、逆に考えてみてくれ。競技用のリミッターが無いという事は……」
「千影のISは…競技用として開発されていない……?」
箒の呟きに、四人全員が揃って頷いた。
「リミッターが無いのに加え、あれには本格的にISが普及し始めた頃に産み出された初期型の非常に危険性が高いPICが標準装備されてるのよ」
「当時はまだISに関する技術のノウハウが未熟過ぎたからね。これまでには無かった未知なる機械を簡単な情報だけで生み出そうとしてたんだから無理も無いけど……」
ある意味、この中では最もISと関わりが深いシャルロットが言うと、他の者達以上の説得力があった。
「そのお蔭で現代のISでは考えられない程の超絶的な機動性と運動性を獲得できたのですけど……」
「その代償もまた大きい…か?」
箒は思い出す。
自分と『友達になりたい』と言ってくれた少女が、目の前で倒れていた光景を。
震える手で己の手を握り、心から嬉しそうにしていた彼女の事を。
「…箒さん。これから言う事は他言無用でお願いしますわ。皇さんの為にも」
「わ…分かった」
セシリアから念押しされ、箒は恐る恐る頷いた。
それを確認してから彼女はゆっくりと口を開く。
「デビルフィッシュに搭乗するには…過度の神経系の薬物…俗に言う『覚醒剤』と『強制睡眠促進剤』の投与が絶対とされていますの」
「なん…だと…!?」
口を開けたまま絶句する箒。
覚醒剤を打つという事が何を意味しているのか、それが分らないような子供ではない。
同時に、どうして彼女達がデビルフィッシュの事をあれ程までに危険視していたのかもようやく理解した。
「圧倒的な力と引き替えに、あの銀の悪魔は操縦者の心身を確実に蝕んでいくんだ……」
「そんな……」
どうして千影が友達を欲しがったのか、その理由がやっと分かった。
彼女は知っていたのだ。自分の身体がどんな状態なのかを。
だからこそ他の者達とは一線を引いて生活をしていたが、それでも『友達が欲しい』という気持ちだけは変えられなかった。
「あの機体はISのという存在の『負の側面』を象徴する存在として、候補生達は必ず教えられることなの」
「恐らく、まだ他の者達も知らないだけで、二年にもなれば嫌でも教科書に記載されているであろう、あの機体の事を知るだろうな」
「…………」
今度は箒が黙る番だった。
どうして千影が、あんなにも苦しそうにしていたのか深く考えていなかった。
心のどこかで楽観視をしていたのかもしれない。
自分と話している間も、彼女はずっと全身を走る苦痛と闘っていたのだ。
それを知らないで呑気に話をしていた自分が嫌になる。
「噂では、開発中に何人もテストパイロットが死亡したらしいよ……」
「その死因も様々だと聞いている。その操縦ミスによる事故死に、過度な薬物投与による精神崩壊なってから廃人になり、そのまま衰弱死。そして……」
「それ以上は…聞きたくない…」
「あ……済まなかった」
これからの千影の未来を示唆しているかのようは発言をしてしまい、ラウラはハッとなってから遅れて謝罪した。
「千影は…どうなんだ……」
「それについては何も分かりませんわ。ただ……」
「ただ…なんだ?」
「あの方はデビルフィッシュの能力を完全に引き出していた。それは即ち、相当なまでの訓練と実戦を行ってきたというなによりの証拠。そこから導き出されるのは……」
「最低でも年単位で乗り続けた…ということか……」
それは同時に、そんなにも長い間に渡って自分の身体に薬を打ち続けたという事になる。
あの銀色のISは、まるで悪魔との契約のように、その強大な力と引き換えに操縦者である千影の命の灯を消そうとしている。
「もしかして、千影が実技の授業やイベントに一切参加しなかったのも……」
「皇さんの専用機がデビルフィッシュだったことで納得できるね。授業やイベントで毎回毎回デビルフィッシュに乗り続けてたら、それこそ命が幾つあっても足りないよ…」
「操縦者殺しのIS…だから『呪われたモンスターマシン』…か」
『呪われた』…なんて仰々しい事を言い出した時は大袈裟だと思っていたが、決してそんな事は無かった。
確かにターミナスは呪われている。ISを生み出した、この世界によって呪われている。
(姉さん…あなたは、こんな事態になる事すらも想定していたというのか…!)
だとしたら、到底許せることではない。
実は、千影と出会う前までは自分が専用機を持っていない事を歯がゆく思い、姉に連絡をして自分専用の機体を作って貰ってから一夏や皆と並び立とうと考えていた。
だが、今は全く考えが変わっていた。
千景と出会って、箒の考えは劇的に変わっていた。
まだ出会って間もない少女ではあるが、だからこそ強く刻まれた。
自分の身を削り、命を削り、それでも空を飛ぼうとしている。
そんな彼女だからこそ助けたい。守りたい。救いたい。
力を持つ者としてではなく、千影の『友達』として。
(もう専用機なんて欲しくは無い…そんな物では千影は守れない…!)
必要なのは害悪を排除する『力』ではなく、どんなに辛い事があっても常に寄り添い続けて支えとなる『心』。
不器用で、無愛想な、剣道をするしか能が無い。
そんな自分と『友達になりたい』と言ってくれた彼女を守りたい。
ずっと傍に居続けてあげたい。
(そうだ! 私が千影を守るんだ! 例え、何があろうとも!!)
力強く拳を握りしめ、先程までの落ち込んだ表情から一変。
決意に満ちた顔になった箒を見て、四人は呆気にとられる。
「あ…あれ? なんか箒…やる気に満ちてない?」
「自分で言うのもアレですけど…あんな話を聞かされれば、普通は激しく落ち込むのでは…?」
「だよね…? あ…あれ?」
「伊達に武道をしていない…ということか。中々の精神力だな」
なんだか色々と言っているが、そんな小難しい事ではない。
精神構造が単純な箒は、気持ちの切り替えも恐ろしく早かった!
(ここで落ち込んでいても過去は変えられない! ならば、これからの事に目を向けるべきだ!)
大きく頷くと、箒は徐にトレーを持ったまま立ち上がり、その場を後にしようとする。
「色々と話してくれて感謝する。お蔭で、これから自分がするべき事が見つかった。では、失礼する」
それだけを言い残し、彼女はスタスタと去って行った。
因みに、話を聞いている最中も律儀に箸だけは動かしていて、ちゃんと全部食べ終えていたのだ。
残されたのは、ポカーンとした顔をする候補生達だけであった。
(箒さんの前向きな所…私も見習わないといけませんわね。こちらも覚悟を決めて、皇さんに謝りましょう。そして……)
密かにセシリアもある事を決意する。
それがまた、彼女達の関係を動かす事になるとも知らずに。
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一方その頃。保健室。
「なんだろう…背筋がいきなりゾクってしたような気が……」
「風邪ですか? それとも虫の知らせかしら? ウフフ……」
本気で眠りに付こうとした瞬間、千影は言い知れないナニカを確かに感じた。
それが吉兆なのか凶兆なのかは、まだ誰にも分からない。
どちらにしろ、カレンは全力で楽しむ気満々だが。
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同時刻。学生寮の一夏の部屋。
「皇さん…か。マジで凄かったな……」
ベッドの上に寝転がりながら、一夏は先程の『ゲーム』の事を思い出す。
代表候補生じゃないのに専用機を持ち、更には他を圧倒するかのような動きをしてみせた少女。
その姿は余りにも鮮烈で眩しく見えた。
「俺にも出来るのかな…あんな動きが……」
あの時は、違い過ぎる実力に落ち込みもしたが、こうして時間が経って心が落ち着くと、逆に千影に対する憧れのような物が芽生え始める。
「強く……なりたいな……」
その呟きは誰にも聞かれる事無く、静かに部屋の中へと消えていった。
何かを始めるには、喋るのを止めて行動し始めなければならない。
ウォルト・ディズニー