蒼のレジスタ   作:水源+α

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プロローグ 思い出

「ハアッ、……っ!」

 

 なんで俺は今、こうしてボールを蹴ってるんだ。

 

「……くッ、あぁッ!」

 

 今日は七月七日。せっかくの七夕だっていうのに、俺はどうしてこんなに暑い中で、足の裏も走りすぎて痛くて堪らないっていうのにボールを追いかけてるんだ。

 去年の七夕は優雅にクーラーを付けてゲームをしていたというのに。

 

 とっくのとうに息なんて切れてる。

 

 嗚呼、水が欲しい。休みたい。ベンチに戻って座りたい。

 

 そうだ。既に疲れと太陽が容赦なく照りつけてくる暑さに負けそうで、とっくに俺の体力は限界を迎えているはずなのに。

 

 

 

 なのに、こうして踏み出し続けている足が。

 

 必死に推進力を得ようと振り続けている手が。

 

「ハアッ、ハアッ! っ、ハア……ッ! ──」

 

 

 ここまでチームメイトが相手から奪い、繋いできたこのボールを、あのゴールへと運ぶのだと急かしてくるような気がして堪らなかった。

 

 数分前まではこちらが相手チームのコーナーキック──セットプレーで失点の危機に瀕していた。しかし、ディフェンス陣の決死のシュートブロックによって、そのボールが弾き返されて一気に勢いそのままセンターサークル付近で待っていた俺ともう一人の味方の内、俺にボールが収まってしまった。

 

 それまで俺は交代する気でいたのだ。前半から攻守に渡って走り続けて試合も35分に差し掛かるところ。とてもではなきが、体力も気力も無くなった状態だった。そんな様子を監督も見ていたのか、代わりの選手をベンチで準備させているのが見えた。

 

 どうせこのセットプレーもシュートは入らずにクリアされんだろうな

 

 と、呑気に自分が早く交代できる最善な未来を思い描いていた。そう、そこまでは良い。

 

 だけど気付いたら、味方のディフェンダーがブロックした際に弾かれた相手のシュートボールが俺の足元へ勢いよく収まって来るではないか。その時はもしボールをロストしたらという恐怖と溜まりに溜まっていた疲弊が同時に襲いかかり勘弁してくれと涙目になったものだ。

 

 今、俺の限界な身体を動かしているのは、ほぼ味方からのプレッシャーと責任から早く逃れたいがためだった。後半35分という微妙な時間帯。ここでのボールロストは本当に不味い。下手したらまたこちらの失点の危機になってしまう。

 

 ただ、絶好のチャンスでもあった。

 

 この試合中にボールを持っている時、散々追い立てられて苦しめられてきた相手のボランチやサイドハーフもセットプレー間近でまだこちらのゴール前だ。それに、こちらがクリアしたからでもなく、相手のシュートがディフェンダーのブロックによって弾かれてセンターサークル付近に居た俺の足元に勢い良く転がってきたわけだ。相手としては想定外の出来事で、現に足も止まってしまっている感じだ。

 

 もはや相手ゴールへの障害は相手センターバックの二人とキーパー。

 

 更に付け加えると、俺がこうして前を向いて走り出したことによって、相手のディフェンダーの裏を取るように右サイドへチームのエースである伊川が動きを察知して抜け出しを狙っていた。

 

 二人のディフェンダーからしたら相手は同じ二人だ。しかし、こちらには速さと巧さに定評のあるエースが準備万端だった。二人を相手にしても、いつも通りに軽々と交わして正確なシュートをゴールへ突き刺してくれることだろう。

 

 ディフェンスをする際は数的有利にさせるのが鉄則だ。そうしなければ、基本的にオフェンス有利なサッカーにおいて安易と失点を許してしまうためだ。何故かといえば、先ずオフェンス側はボールを保持している。この時点でもう相当な差だ。更にただゴールを奪うためにパスやドリブル、シュートをこちらが主導権を握っているわけだから、意のままにゴールへ繋げれば良いだけだ。

 

 しかし、ディフェンス側はボールを保持していないので主導権がない。基本、どうしても振り回される側なので、オフェンス側のドリブルやパス、シュートに一歩出遅れてしまう。それにディフェンスしている時、相手がパスをするのか、それともシュートに行くのか考えながら守らなければならない為、単純に難しいのだ。だから数的有利を作り出し、できるだけパスコースやシュートコースを消す。オフェンス側の選択肢を無くことが出来る。しかし、何度でも言うが、今の敵のディフェンダーは二人だけだ。

 

 ……つまり、今の守る相手は二人だけの状況になった時点で勝負は八割決まってしまっている。

 

 

「……!」

 

 転げそうなほどにがむしゃらにボールを運ぶ俺の目の前に、幾度も味方のドリブルやシュートを阻んできたその敵のディフェンダーが距離を保ちながら、ボランチの選手が戻ってくる時間を稼ぎつつ隙を伺っている様子だった。

 

 もう一人のディフェンダーはスルーパスを警戒してか必死に裏は抜けようとする伊川のケアに回っている。

 

「くそ……!」

 

 順調に行けばこのままカウンターが成功して得点は取れるだろうが、この絶好な機会を失ってしまいそうな要因は俺にあった。元々それほどドリブルが上手く無く、タッチも大きかったのに、今や体力が底をつきボールタッチの強さをセーブすることさえままならないのだ。このままバカ正直にワンタッチでもしてしまえばボールを奪われてしまう。それほどまでの、相手のデフェンスも絶妙な間合いを保ってきていた。

 正直、このままウチのエースにパスが間に合うかどうか、ギリギリなところだ。

 

「──こっちだ! 緒川(おがわ)!」

 

「……!」

 

 と、その時エースの伊川が手を挙げた。

 

 相手のディフェンダーもそれに反応して僅かにこちらに近付いてくる。ボールを刈り取ろうとしてるのだろう。

 

「……っ」

 

 このまま伊川へスルーパスをして通れば決定機になる。しかし、もしこのトップスピードのままパスをした拍子に足がもつれて、パスミスを犯してしまった場合、このチャンスは全部水の泡になってしまう。

 

 ここはスルーパスが安定なのだろう。マッチアップしている相手ディフェンダーもそれを予想して今か今かと俺がスルーパスを通そうとする瞬間を刈り取るために待ち続けていた。

 俺がここで相手を欺き、抜け出すことが出来ればそれで決定機になるが、自分の技術、そして体力的にも限界でほぼ不可能だった。

 

 だからここはエースの伊川に託すのが一番得点の可能性が高いのだ。

 

 このコートにいる誰もがそう思ったことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は歩数を合わせてボールを蹴り上げようとした瞬間

 

「──!?」

 

「……っらぁッ!!」

 

 相手は独りでに転げて、俺は変わらず前へボールを運んでいた。

 

「「「!!」」」

 

 会場内がどよめく。敵も味方も、観客たちも予想だにしない選択肢、プレー。

 

 ──しかし一見、無謀に見える蛮勇ともいえる行動は、時と場合によって、限定的ではあるが、それは名誉ある行動へとなり得る。

 

「あいつぶち抜きやがった!」

「さっきまでへばってたのに……土壇場でなんて奴だ!」

「あの抜かれたディフェンダー今尻餅付いてるぞ」

「今まで目立たなかったけど誰だあのボランチ!」

「ただのキックフェイントに見せかけてシンプルにダブルタッチで抜きやがったぞ!」

「冷静にもほどがある……」

 

 ピッチ内外から色々な声が聞こえてくる。しかし、そんなことは形振り構っていられなかった。俺は今、ただ高揚して自分の脈打つ鼓動が、前でパスを信じて待ってくれているチームのエースが叫ぶ声がより鮮明に聞こえてくるのだ。

 

 

 

「伊川ぁ!」

 

 俺はそれに応えて、信じて足を振り抜き伊川へスルーパスを供給する。

 

 それまで0−0のまま、一進一退の攻防を続けていた均衡が今、待望していたエースのシュートによって打ち崩されようとしていた。

 

「……っ!」

 

 前へ出てきた相手キーパーを引きつけたのちに、彼は冷静かつ華麗にループシュートを選択し、土埃だらけになったボールが優しくゴールネットを揺らした。

 

 

「「──ワアアアアアアアアアアァァ!」」」

 

 南岬中学校 1−0 第一東静岡中学校

 

 伊川 後半37分

 

 

 

 ──それは中学三年生最後の夏。全国優勝を決めた最高の決勝点だった。

 

 

得点王 南岬中学校 三年 伊川(いがわ)柳司(りゅうじ)

 

大会最優秀選手賞 南岬中学校 三年 伊川柳司

 

大会優秀選手賞 第一東静岡中学校 三年 近藤(こんどう)(あつし)

 

最多アシスト賞 緒川(おがわ)(さとる)

 

 

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