マジカル☆ストリーマー   作:ぬおーっ

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第1話

 空一面を覆う太陽が、墓標のように林立する摩天楼をまばゆく照らし出していた。ビル群の窓はことごとく砕け散り、都市を網目のように走る高架道路は崩落し、瓦礫の雨を降らせている。かつてオフィス街を満たしていた人々や車両の喧騒は見る陰もなく、ガラガラと崩れ落ちる音だけが遠雷のように、虚しく響いている。

 

「あはっ、やったわ」

 

 そんな廃墟の一角に、二人の少女が倒れ込んでいた。爆破でもされたのか、すり鉢状に抉られたアスファルトの窪地。空を覆い尽くす太陽の光は廃ビルに遮られ、少女たちに届かない。

 

 唐突につぶやいたのは半分になった少女だった。歯車と螺子と何かの皮膜で形成された特殊な一対の翼を持つ彼女は、下腹部から下の部分が消失している。すでに流れる血も失くしたらしく、脊椎と臓物の一部が露出している死に体だが、惨状とは裏腹な晴れ晴れした笑顔を浮かべている。首元には留め具の壊れた古い首輪が転がっていた。

 

 その隣に寝転ぶセーラー服の少女は、ぼうっとした瞳を彼女に向ける。

 

「私は命の使い方を選んだ。他の誰でもない自分の意思で。だから私は畜生じゃない、人間なの。人間だって証明できたの。あなたもそう思うでしょう、あーちゃん?」

「……」

「あなたの見せ場はもう少し先みたいね。半端な魔力の使い方をしちゃって、情けない」

 

 彼女は紫色の唇を吊り上げながら、震える手先をセーラー服の少女に伸ばした。

 

「まあ、あなたにはあなたのやりたいことがあるでしょう。せいぜい、好きな、死に方を……」

 

 言葉は唐突に途切れ、続きが紡がれることは永遠になかった。もとより瀕死を通り越した臨死状態で話していたのだ。

 

 開き切った瞳孔と目を合わせ、セーラー服の少女が呆然とつぶやく。

 

「私のやりたいこと……好きな、死に方……」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「ふにゃっ」

 

 頬杖からずり落ちてキーボードに頭突きをかましたことで、奏地(かなち)小舞(こまい)は目を覚ました。ネットサーフィンの最中に居眠りをしていたらしい。

 

 薄暗いワンルームマンションの一室。敷きっぱなしの布団とパソコンデスク、壁には留め具の壊れた首輪がかけられた殺風景な部屋が、小舞の居室だ。

 

 小舞は打ち付けた額を涙目でさすり、涙とよだれを手で拭う。痛みが引いてくると、シワだらけのセーラー服を気にも留めず、デスクトップPCのディスプレイへ無気力な瞳を向けて、怠惰な趣味の時間を再開した。

 

 多数のタブとウィンドウを開いてザッピングしているのは、動画サイトにおける閲覧数トップの動画や、SNSで無数のいいねを押されたいわゆるバズり投稿だ。

 

 世間には素晴らしい人々が溢れている。彼ら彼女らは各々の分野に特化した技術や知識を活かし、常人から見れば神業にしか見えないスゴ技や思いもよらない発想を毎日のようにネットへ投稿して、「すごい」「面白すぎる」「神」「尊い」「天才」「かわいい」などと称賛を受けている。

 

 小舞はフォローしているネット上の偉人たちによるコンテンツを日夜消費し称賛するのを生きがいにしていたが、ふと思った。

 

「私もチヤホヤされてえ」

 

 誰かがいい思いをしていれば自分もそうなりたいと思うのは人情だろう。小舞もネット上で何かを成し遂げることで称賛されチヤホヤされ、存在を承認されたいと考えた。

 

 小舞は日々を懸命に過ごしている。成り行きで押し付けられた課外活動を小学生の頃から九年は続けているし、その活動に伴う窮屈な決まりごとを律儀に守りながら、とても真面目に頑張っている。その頑張りを誰かに知ってもらってえらい、すごいと言われてみたかった。

 

「まあ無理やな」

 

 しかしすぐに諦めた。ここで本気で考えもせず諦めるのが常人と偉人の差かもしれない。小舞も長く続けてきた課外活動の腕前には並以上の自信がないでもなかったが、ハナから無理だと決めつける凡俗な思考が奮起を許さなかった。

 

 追い打ちをかけるように、きらびやかな配信サムネイルが目に入る。

 

『こんにちはっ、デスヘイズです! 初見さんいらっしゃーい。あ、テレビ見て来てくれた? ありがとう!』

 

「この成功者がっ、チヤホヤされやがって……!」

 

 サムネをクリックすると、膨大なコメント量によどみなく対応する有名配信者、デスヘイズが映し出された。小舞も嫉妬で歯ぎしりしながら「ヘイズたああん結婚してええ」などと打ち込み有象無象の一部と化す。

 

 有名配信者デスヘイズはいわゆるネットアイドルの頂点の一人だった。当初はゲーム実況配信を主軸とするありきたりなストリーマーだったが、かわいらしい鈴のような声と純朴な性格が注目を集め、高いトークスキルに加え歌い手レベルの歌唱力、配信で使う画像素材を自作するイラストの腕前など、甚だしいマルチタレントを発揮し一躍有名となった。面白いかわいい有能と三拍子そろった奇跡の配信者として、チヤホヤされない日はない。

 

 ネット上でチヤホヤされるにはそれほどの才能が必要になるのだ。

 

「ちくしょーかわいすぎる……天地をひっくり返しても敵わん……ん?」

 

 そのように情けない嫉妬を拗らせていた小舞に発破をかけたのは、たまたま関連動画から目に入った動画サムネイルである。

 

 かわいらしい子猫のサムネだった。再生してみると視野に入れただけで胸がキュンキュン言って爆発しかねない愛くるしい子猫たちがわちゃわちゃする内容だったが、ネット上のかわいい動物データを網羅する小舞には分かった。

 

「無断転載やん!」

 

 それはSNS上に投稿された人気の動物動画を寄せ集めた、転載精神の塊めいたおぞましい動画だった。調べてみると無断転載専門のチャンネルらしい。

 

 きっと低評価と否定コメントの嵐だろうと思いきや、小舞はコメント欄を見て愕然とする。

 

コメント(3947)

『かわいい』『癒やされる』『かわいいの詰め合わせ助かる』『危うくかわいさの過剰供給で心停止した』『成仏』

 

「こいつら! かわいけりゃなんでもいいのか!」

 

 著作権に唾を吐きかけるような内容の割に高評価の数とチャンネル登録者数は紛れなもなく人気者の範疇だ。人々のあまりの単純さに小舞は呆れ、腹が立ち、唇を尖らせてから、ハッと気づいた。

 

「待てよ、これ……案外ちょろくね?」

 

 その動画に特別な技能は何も使われていない。たとえば歌ってみたや踊ってみたジャンルのような優れた歌唱と舞踊の技術もないし、MAD、作ってみた、切り抜き、自主制作映像などの職人芸もなく、デスヘイズを含む人気配信者たちのようなカリスマやかわいさ、尊さのかけらもない。ただ保存したGIFをつなげているだけだ。

 

 にも関わらずチャンネル登録者数は十万を超え、コメントは賛同者で溢れ、投稿者はかわいいの伝道師として崇め奉られている──チヤホヤされている。

 

「こんなので人気なら……私だって人気者になれる。絶対なれる!」

 

 かくして小舞は立ち上がり、ワンルームから外へ駆け出した。こんな酷いコンテンツがウケるなら自分だってウケていいはずだよなという極限まで後ろ向きな動機によって、小舞は一歩を踏み出したのだ。

 

 小舞は人気者になりたかった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

【魔法少女】初配信! 悪鬼退治するよ!【シャタードアース】

 

「えーとこれでいいのかな? 声聞こえてますかー、ってまだ誰も来てないか。1コメ来るまで待機待機……」

 

コメント

:聞こえてるぞ!

:1コメ

:1コメニキどんまい

:本物の魔法少女と聞いて

:告知から来ました

:ガチで香楼のあの子?

 

「結構来てはるやん!? ああ、SNSから来てくれたのね、ありがとー!」

 

 小舞はスマホにちらちら目をやりながら、コンパクトなアクションカメラのレンズへ愛想を振りまいた。大枚をはたいて買ったそのカメラはすこぶる好調で、スマホの配信画面には小舞の幼い顔貌と流れるコメントがなめらかに映し出されている。

 

「んっ? んん!?」

 

 同時視聴人数を見てみると三桁から四桁へ推移しつつあった。想定を遥かに超える人数に目を疑い、ほどなく目を逸らした。リアクション芸よりもまずは初配信の内容を充実させるのが優先だ。

 

 ビル風にセーラー服をはためかせていた小舞は、つま先で二度地面をタップする。すると華奢な肢体が光に包まれ、小舞は踊るようにひらひらと身体をそよがせた。

 

 輝く粒子は徐々に土色の板となって身体へ装着され、さらにその上からスカイブルーを基調に緑と白を添えた装甲板が覆いかぶさる。肩口から爪先までを覆う重厚な鎧姿だが、奇妙なことに守りを固めるのは左半身のみだ。右半身は黒いインナーと申し訳程度の手甲のみが装着され、無骨な左半身と柔らかで色白な肌色の右半身がコントラストを成している。

 

 発光の終わり際、左右非対称のバランスをとるように最後の変化が始まる。小舞の右手に棒状の光が束なって、身長に倍する長さへ伸びると、金属的な光沢を放つ長柄のハンマーが姿を現す。それをバトンのようにくるくる回しながら身体をスピンさせ、柄を地面について決めポーズ。遅れて耳元に弾けた光は星型のイヤリングへと収束し、幼気な相貌に一欠片の大人っぽさを添える。そうして顕現したのは、アシンメトリーな鎧とハンマーを装備した、魔法少女である。

 

「魔法少女『シャタードアース』です! あーちゃんって呼んでください!」

 

:本物だあああ

:悪質な騙りかと思ったらマジもんで草

:くっそかわいい

:変身初めて見たんだけど、めちゃくちゃかわいくない?

:芸術点が高すぎる

:ドヤ顔かわいい

:これは推せる

 

「えへ、えへへ」

 

 称賛八割のコメント欄に小舞はみっともなく破顔した。これこそ求めていたものだ。

 

 小舞にはネット上の偉人たちが誇るような技能、技術、発想力、その他あらゆる一般的な才覚が欠けていたが、たった一つだけ自信のある分野があった。魔法少女の能力である。

 

 魔法少女。異界からのエネルギーに同調し、同じく異界からのエネルギーに依拠する怪物たちを滅する特殊能力者だ。

 

 小舞は七歳の誕生日にシャタードアースとして活動を始め、それなりの期間活動してきた。本当は爪先でタップしたりステップを踏んだりする必要もなく、ゼロコンマ数秒でバトルドレスへ変身できる。すべては自分をかわいく見せるため、ひいてはネット上でチヤホヤされるため、付け焼き刃で覚えた光のダンスだった。

 

:おいヨダレたれてんぞw

:ふにゃ顔好き

:何この生き物かわいい

:股間がエッッッ

:魔法少女のバトルドレスってなんでいちいちエロいの?

 

「えへへ、え、エロ!? いえあの、変身後の格好はどうしてもいじれなくて……あまりそういう目で見ないでいただけると……」

 

:もじもじ

:ああ〜(悶絶)

:恥じらい良いぞ、良いぞ!

:もうそういう目でしか見れなくなった

:変身シーンの切り抜きを頼む

 

 小舞は半身になってもじもじ髪をいじりながら、顔を赤らめた。チヤホヤかわいいは大歓迎だがそっちの方面は専門外だ。ごまかすように咳払いして本来の流れに戻る。

 

「ごほん、えーまずはこの配信チャンネルの目的ですが、みんなにチヤホヤされ……もとい、魔法少女の実態を知ってもらうことにあります!」

 

:本音漏れてるw

:実態とは?

:初の魔法少女配信者だもんな

 

「そう、実態です。みなさん魔法少女についてどれくらいご存知で?」

 

:放課後とかに色々頑張ってる

:231事件の英雄

:メスガキ

:うちの先生は究極のボランティアって言ってたよ

:協会の秘密主義が過ぎるんだよ

 

「誰がメスガキだコラァ! おほん、まあそうですね、秘密主義というか暗黙の了解があるせいで、ぼんやりとしか知らないと思います。そのぼんやりを晴らしてはっきり実態を知ってもらうのが、配信の目的になります」

 

 暗黙の了解とは、『魔法少女の活動が広く知られてはいけない。魔法少女の尽力はあくまでも陰で密やかに行われるべきである』の二点だ。

 

 説明するとコメントはそれを破って大丈夫なのかという旨で埋められた。

 

 小舞は満面の笑みでうなずきながら、

 

「んなもんクソ喰らえなんですよね〜」 

 

 ハンマーの石突を床に叩きつける。

 

「誰一人理由の知らないかび臭い決まりをね、こちとら九年も守ってきたわけです。隠し事できる自信ないから友達も作らずに、放課後も休日も魔法少女活動をずーっと頑張ってきた。だから──ほめてほしいんです! 頑張ってるねって認めてほしいんですっ!」

 

 笑顔の圧力と心からの叫び。真剣な声音とは裏腹に内容は幼稚そのものだ。

 

 頑張りを認めてほしい。頑張っている自分を承認してほしい。いかにもわがままな子供らしい欲求を、しかし笑うコメントはなかった。

 

:正直でよろしい

:いくら魔法が使えると言っても子供だからな

:うちの娘も新人の魔法少女だから、苦労は察するよ

:大人でもずっと一人で頑張れるやつは少ない

 

 小舞は心が軽くなった。理由もわからないまま生真面目にルールを守り、与えられた役割を必死でこなしてきた頑張りが、たった数行の文字列で報われた気がした。

 

 こみ上げる気持ちと鼓動を深呼吸で抑え込み、小舞はチヤホヤの余韻に浸る。

 

「えっとじゃあ、ずっと話すのもあれですし、とりあえず普段の活動を見てもらいましょう」

 

 小舞はアクションカメラのアームを鎧の取っ掛かりにセットすると、窓際に近づくような軽い足取りで屋上の縁へ歩み寄る。

 

「魔法少女は、魔性(ましょう)存在と呼ばれる悪いものを退治するのが役目です。これから探しに行きます」

 

 行きます、と言ったときには身体が傾き、

 

「あっ、高所恐怖症の人は注意です」

 

 埃っぽい繁華街へと身を投げたのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

:警告おせええ

:ヒエッ

:酔いどめポインター用意よし!

:スパイダーマンみたいな移動方法してんなお前な

:これすごい貴重映像なんじゃ

 

 小舞はビルやマンションの壁面を走り、建物間を飛び跳ねながら移動していた。画面には宙空を疾駆する映像と、時折遠いアスファルトの地面に小さな人影や車両がポツポツと映される。

 

 さすがにながらスマホは危険なので、視界の端で目についたコメントだけ拾っていく。

 

:なんでわざわざ壁を?

:屋上を跳ねて移動する忍者スタイルでいいじゃん

 

「忍者スタイルは、うっかり給水塔踏み抜いて怒られたことあるんでもうやりません」

 

:どこ向かってんの?

 

「大雑把に敵の気配がするあたりを見て回ってます」

 

 魔法少女は悪い存在を退治するのが役目であり、今は標的を上空から探している。

 

 あまり長くなると画的に良くない。早く見つかるよう祈りながら空を駆けていると、駅前にそれらしき気配を見つけた。

 

 西日に染まる古びた駅舎が、帰宅ラッシュの雑踏を吐き出している。その流れの傍ら、風雨に黒ずんだベンチにうなだれる中年の男性に、小舞はまっすぐ近づいていく。人々は小舞の格好に一瞥を向けるも、足は止めずに通り過ぎていく。小舞の存在は地域のおなじみになっていた。

 

「もしもーし。ああ、アタリですね」

 

 男性に呼びかけ肩を揺さぶると、うつろな目を剥きよだれを垂らす形相があらわになる。

 

 長引かせるのも気の毒だ。

 

 小舞は手刀を構え躊躇なく男性の胸へ突き入れた。

 

「今から退治始めますまず取り憑いた悪鬼を引きずり出します魔性存在に種類はありますが九割方人に取り付く悪鬼ですねコイツはよくいる憎悪(ヘイトレッド)タイプの悪鬼です」

 

:!?

:早い早い早い

:こいつ敵のことになると急に早口に

 

 ずるりと抜いた手には黒いヘドロのような澱みが握られている。男性の胸には衣服の乱れも傷もなく、穏やかな顔で眠りに落ちる。

 

 小舞は澱みを掴んだままもう一方の手でハンマーを回転させ、石づきで地面を突くと、

 

「で、異界に引っ張って実体化させたら退治開始です」

 

 世界が裏返った。色彩がなくなり、遠近感が乏しく、ただ白と黒の濃淡によってのみ構成される異空間へ変じる。

 

 同時に小舞の手から黒い澱みがずるりと抜け出し、管状に伸びる。実体のない煙のように揺らいだかと思うと少しずつ光沢を帯び、黒光りする一本の触手へ変化。触手の両端がめりめりと裂け、中から同じような無数の触手が粘液と共に吐き出され、さらにその先端から新たな触手が現れる。

 

 増殖した触手はほんの数秒でのたうつ触手の塊と化した。建物の二階に匹敵する巨体。変異の仕上げとばかり、ぬめりけのある触手の表面が臓物のごとく蠢き、裂け目が生じる。それらが一斉に開いて現れたのは、舌のない乱杭歯と粘液に塗れた口だった。

 

 だしぬけに、触手が伸びる。

 

 跳び退る小舞。小舞の立っていた地面に触手が食いつく。触手の退いたブロック敷きの地面は、乱杭歯に抉られぽっかりと穴が開いていた。

 

「はい、このように悪鬼は暴れるとすごく危険です。それと異界じゃなきゃ実体がなくて倒せません。だから戦いの前にこっち(異界)へ来る必要があるんですね」

 

 小舞以外の色が喪失した異空間に、常人の気配はない。通行人からは小舞が突如消失したように見えただろう。間違っても一般人を巻き込まないよう、戦いは隔離から始まる。

 

 と、説明しながら画面を見るとコメントが止まっていた。

 

 一瞬ヒヤリとするが、このスマホとカメラは協会を脅して改造させた特別製だ。異空間からでも配信ができるのは事前に確認している。実際、配信映像自体はきちんと流れていた。

 

 首を傾げながら小舞がスマホとカメラをいじっていると、ようやくコメントが流れ始めた。

 

:言ってる場合か

:こんなのに勝てる訳ないだろ!

:想像の五百倍おぞましい外見でちょっと放心してた

:配信はいいから逃げろ!

 

「心配、してくれるんですか……? ほんとに……!? えへ、えへへ」

 

 最後に身の安全を心配されたのはいつだったろう。小舞はにやけづらが抑えきれない。

 

 幸いにもカメラは悪鬼の方を向いており、小舞の気持ち良さそうな笑顔は写っていない。

 

「えー、ご心配ありがとうございます。だけど逃げるわけにはいきません。悪鬼は魔性存在の中で一番弱いんですけど、放っておくとさっきの人みたいに被害者が出ます。最終的には魔人や魔獣に成長して──231事件みたいになるわけです」

 

 コメントがまた止まった。フリーズではなく、231というフレーズに視聴者が困惑していることには察しがついた。三年前に起きたそれは鮮烈な記憶を人々に刻んでいる。

 

「なので、さっさと倒してしまいましょう」

 

 数年前の記憶に蓋をして、小舞がハンマーを構える。重厚な鎧に守られた左半身を前に半身となって、身軽な右半身でハンマーを支える。

 

 悪鬼の巨体から触手が伸びた。槍のように伸び来るそれを、小舞は避けようとしない。それどころか肩から突進する。一人称画面で見れば玉砕にしか見えず、コメント欄がまた止まる。

 

 無論小舞に特攻の意図はない。触手が鎧に触れる寸前、青い鎧の表面に散りばめられた緑と白の装甲板が曲折を始める。それぞれが大陸と雲を模した装甲が、触手による噛み付きを弾き、いなす。

 

 鎧を信頼し触手の槍衾に突っ込む小舞。驚くほどあっさりとハンマーの間合いに接近し、小舞は高々とハンマーを掲げ、

 

「えーい!」

 

 悪鬼の数メートル手前の地面へ叩きつけた。

 

 ブロックに亀裂が入る。それに連動し、悪鬼の真下の地面が唸りを上げ、割れた。

 

 そこから出てきたのは幾つもの鋭い岩塊だ。研磨されたような杭状の大地が剣山を為し、悪鬼の身体を下から満遍なく突き上げる。

 

 串刺しのまま宙空で固定された悪鬼は最後のあがきなのか、触手を一本小舞の方へ伸ばす。小舞が無造作にハンマーのひと振りで払いのけると、悪鬼の巨体がぐずぐずと崩れ、光の粒子となって散っていった。

 

 石突を地面に突き、同時に世界が色を取り戻す。藍色のグラデーションがかかる空と、喧騒と雑踏に塗れた駅前がそこにあった。

 

 道行く人々の注目を集める中、小舞は誇らしげに胸を張る。

 

「退治、もとい浄化完了です。魔法少女の活動について、皆さんわかっていただけました?」

 

 すごい、強い、かっこいい。

 

 そんな称賛を期待した小舞だったが、あまりのコメント量にアプリが処理落ちを起こし、配信はそこで強制終了。興が削がれた小舞はため息をついて、明日エゴサすればいいやと自分を慰める。

 

 画面を意識して愛想を振りまくのに疲れた。一身にチヤホヤを浴びる人気者にはなりたいけど媚びを売り続けるのは無理そうだ。明日からはもっと気楽にやろう。

 

 今後の方針を考えながら、思い出したように変身を解除してセーラー服に戻る小舞。

 

 ぼんやりとチヤホヤの余韻に浸りながら進む彼女には想像もつかないスピードで、魔法少女の衝撃映像が電脳世界を駆け巡り、激震を走らせていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 小舞が初配信の反響を実感したのは翌日、いつものように登校して教室に入った瞬間だった。

 

 あくび混じりにのろのろと入ってきた小舞は、クラスメイトの女子たちに取り囲まれる。魔法少女活動で忙しい小舞はクラスでの付き合いを最低限にとどめており、彼女らとの仲は良いとも悪いとも言えない。

 

 奇妙な歓迎に目をぱちくりさせていると、代表して委員長が口を開いた。その目は好奇心できらきら輝いていた。

 

「奏地さん、昨日の配信、拝見しました」

「えっ」

「貴女があの魔法少女であることに我々は驚愕と好奇を覚えています。差し支えなければお話を伺ってもよろしいですか?」

「う、うん、いいけど。えー、リアルの知り合いに見られるのはなんか恥ずいね……」

 

 ほんのり顔を赤くする小舞に、女子たちがずいと距離を詰めた。

 

「恥ずかしがることないよ! 昨日の小舞さんすっごくかっこよかった!」

「魔法少女があんなに怖いのと戦ってるなんて知らなかったの! 無事に済んで良かったの!」

「ぶっちゃけ付き合い悪いチビだなーとか思ってて悪かった。ああやって私達を守ってくれてたんだな」

「おい今チビっつったやつ前に出ろ良い度胸してやがる」

「謝っただろ!?」

 

 女子たちは純粋な憧憬に満ちた眼差しを小舞へ注ぎ、口々に称賛の言葉を浴びせた。その中に聞こえた禁句にきっちり報復をしてから、小舞はチヤホヤされる夢見心地からふと我に返る。

 

「しかし昨日の今日でみんな耳が早いね。元々興味あったとか?」

「何をおっしゃいます。今や世界中があなたの配信に注目していますよ」

「はい?」

「こちらをどうぞ」

 

 委員長が差し出してきたスマホを受け取る。表示されたネットニュースサイトのトップページを見ると、小舞は思考が止まった。

 

『魔法少女シャタードアース、配信者デビュー』

『スターシリーズの一角が配信業界へ参戦!』

『OMGは取材拒否』

『香楼の女神が広報活動か』

 

 大手サイトのアクセスランキング上位が軒並み昨日の配信の記事で埋まっていた。内容はどれも配信のあらましと小舞の発言を伝え、今後の活動に注目が集まって云々などの文言で結ばれている。加えて、サイトと連携するSNSのトレンドワードにもシャタードアースの単語が踊っていた。世界中が小舞の動向に釘付けになっている。

 

「いや怖いよ! 配信から十二時間ちょいでこれかよ!?」

「好都合でしょう。世界中の不特定多数があなたの行動を褒め称えています」

「たしかに嬉しいけど怖いって!」

 

 スマホを返しながら小舞は身震いする。確かに多くの人々に魔法少女たちの頑張りを知ってもらい、褒めたり持ち上げたりしてほしいと望んでいた。存在と功績を承認してほしかった。ただ、あくまでもローカルに活動してきた小舞が突然世界規模で耳目を集めているとなれば、嬉しいより先に恐怖が来る。面倒な構ってちゃんである。

 

「ねえねえ奏地さん! 私も魔法少女になれないかな?」

「次の配信の予定はあるの? 予定空けておくの!」

「香楼の女神……もしかして奏地さんが231事件の……?」

「あわわ」

「こら、あなたたち──」

 

 当惑している間にも女子たちは勢いを止めず、小舞を質問攻めにする。委員長が止めに入ってもほとんど効果がなく、小柄な体躯も災いして小舞はもみくちゃにされた。授業を挟んで休み時間のたびに同じような騒ぎが起こるので、終業のチャイムが鳴るなり小舞はそそくさと「忙しいからまた明日!」と教室を出ていった。

 

 配信の影響は小舞の想像以上に大きい。

 

 帰り道でそのことをしみじみ実感していると、携帯が鳴った。それが反響を示す二つ目のイベントだった。

 

 着信名はOMG、魔法少女協会。世界中の魔法少女たちの生活と活動を支援すると言われている国際的な組織だ。

 

 顔をしかめて通話ボタンを押すと、老婆の声が聞こえる。

 

『シャタードアース。あなたは暗黙の掟を破りましたね』

「はい」

『はいじゃないですよ、まったくあなたという子は』

 

 小舞は掟破りに微塵の後悔も覚えていないので、謝罪の一つもない。とはいえOMGには学費や生活費の面で世話になっているし、本当に困った時まるで役に立たない駄組織であることを差し置いても、一応小舞が九年間所属している団体だ。反抗はせず、あくまでもしおらしくお説教を聞いておく。

 

 が、お説教がある話題に触れると、小舞は反抗期を爆発させることとなった。

 

『そもそも、魔法少女が目立ってはいけない掟がなぜ出来たとお思いですか?』

「分かりません、なぜです?」

『カッチョイイからです』

 

 聞き間違いかと思いきや、そうではなかった。しわがれた老婆の声はもう一度繰り返す。

 

『カッチョイイんですよ。世界にはびこる人類の敵を、人目に触れず始末する。そうすることで人類を守護し、以て発展へ寄与する。感謝も報奨も求めずただ奉公と貢献にのみ身命を捧げる──まさに縁の下、内助の功の極み! 誰に認められずともひたすら尽くす健気さ、愚直さ! これをカッチョイイと言わずしてなんと言います。そうこのかっこよさに比べれば、頑張りを褒められたい認められたいなんて汚らしい俗物の発想──』

「くたばれ」

 

 小舞は自分でも驚くほど冷たい声で別れを告げ、着信相手を着拒してから帰路についた。魔法少女の伝統の理由がまさかそこまでしょうもないものだったとは。少しでも真面目に説教を聞こうとしていた数分前の自分をひっぱたきたい気持ちに駆られた。

 

 イライラを抑えて帰ろうとしたところ、すぐに携帯が鳴る。着信は非通知設定。電源を落としてやろうかと考えるが、生来の真面目さに背を押されて通話ボタンを押した。

 

『そんなに怒らなくていいでしょう。冗談ですよ、半分くらいは』

「残り半分は何さ」

『それはあなたが知らなくてよいことです。じゃあ何のために掛けて来たんだって思いました? ええごもっともですね、さっさと本題に入りましょう』

 

 小舞は大きくため息をつく。こののらりくらりとした語り口は苦手だ。変に話が広がらないように黙って続きを促す。

 

『配信は問題ありません。人の迷惑にならない程度に好きにしてください。他にもやりたいことができたらどうぞ思う様楽しんでいただいて結構。我々はそのための協力を惜しみません』

「……同情ですか?」

『否定はしませんよ。あれからすでに三年経っている。あなたはいい加減報われるべきだ。それに、秘匿がなくとも障りがない裏付けがとれましたからね』

「はあ」

 

 前半の意味は分かったが、後半はつかめなかった。おそらく知らなくてもいいもう半分の内容が関わっているのだろう。

 

 深追いしても教えてくれないのは明白なので生返事を数度繰り返して切り上げた。足早に帰宅し、セーラー服を着替えもせず靴下だけ脱ぎ捨ててPCデスクの前に座る。

 

 事後承諾の形にはなったが、協会からのお墨付きを得た。これからは力の限りやる方も見ている方も楽しめる配信者生活を送ろう。思う様好きなように生きるのだ。

 

 そうしてPCを立ち上げた小舞は、心置きなく本格的な配信JK魔法少女生活をスタートするのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

【雑談】魔法少女シャタードアース【するよ!】

 

「あーあー、音量大丈夫? あい、じゃあやってきましょう」

 

コメント

:音量ちょうどいい

:いい感じ

:待機人数えげつねえ

:リアル魔法少女キターー

:OMGが妨害してきそう

:後ろに何か転がってる

:今日はバトルシーンなし?

:かわいい 

:女神!

 

「OMGとはさっきナシつけて来たんで大丈夫。後ろの丸いのはただの靴下だよ。バトルシーンはねえ、分かんない」

 

 二度目の配信で小舞を出迎えたのは、軽く万を超える同時視聴者数だった。配信チャンネル登録者数はすでに五十万を超えまだ増え続けている。下から上へ流れていくコメント欄は瀑布のごとく流れ行き、すべて読むのは難しい。

 

 急激な人気の上昇は小舞の承認欲求を飽和させ、むしろ小市民的恐怖に頬が引きつった。こいつら何が楽しくて見に来てるんだろう。

 

:ナシつけるて今日日聞かねえな

:脱ぐなら洗濯カゴに入れなさいよ

:バトルはなくてもいいけど変身だけ見たい

:エチチなバトルドレス見たい

:女神様、ご機嫌うるわしゅう

 

「エチチな……はっはーん、やけに人が多いと思ったらそういうこと。この変態! すけべ!」

 

:ありがとうございます!

:罵倒助かる

:いけないとは分かってても興奮するんだ許してくれ

:最低なやつ多くね?

:女神様をそんな目で見るな!

:赤面かわいい

:赤くなってんぜ?

 

「なってない! それとさっきから女神女神言ってる人、ヨイショし過ぎて逆に嬉しくないから!」

 

 小舞は好色なコメントを逐一罵倒しつつ、目についた質問に答える。

 

「今日は力場が安定してるから、悪鬼退治は多分ないかな。だからみんなのいろんな疑問に答えちゃう。なんだっけ、現役魔法少女だけどなんか質問ある? ってやつ」

 

 小舞には何の取り柄もないが、魔法少女としての能力と知識についてはひとかどの自信があった。元々魔法少女の活動実態を発信する目的にも適うため、一般人たちの素朴な疑問に分かりやすく回答して出来るヤツ感をアピール。強くて賢い人気者魔法少女としてのキャラを確立するチャンスだ。

 

 早速コメントから良さげな質問を拾っていく。

 

:スレタイトル風草

:教えて!あーちゃん先生!

:力場って?

:そもそも魔法少女と魔性存在ってなんなの?

:経験はどのくらい?

 

「力場っていうのは、異界のエネルギーがこっちの世界にどのくらい影響するかってことね。影響が大きいほど魔性存在が発生しやすいわ。魔法少女と魔性存在は……えっと、待って、タイム」

 

 途中までスラスラと答えていた小舞は言葉に詰まり、腕を組んだ。当たり前の知識を説明するのは案外骨が折れるものだ。賢いあーちゃん像を貫くため、大慌てで情報を整理していく。

 

 が、こんがらがった思考回路に処理できる量ではなかった。

 

 PC画面に配信とは別のタブを立ち上げ、『魔法少女、仕組み』で検索する。

 

「『人類が暮らす世界は異界と呼ばれる別世界と隣接している。異界からは知覚不能のエネルギーが常に流入してきており、これが人類の悪意や邪念と結びつくことで魔性存在が生まれる。一方、異界のエネルギーと波長の合う人類は魔法少女と呼ばれ、彼女たちは上位次元存在たる魔性存在に唯一対抗できる能力を有する。この能力は俗に魔法と呼ばれる』。ほえー、そうなんだ。はい、というわけです」

 

:草

:検索してて草

:ウィキ朗読しただけじゃねーか

:これはポンコツ

:ポンコツロリ

:魔法って俗称だったのか

:ポンがかわいすぎて話が入ってこない

:そうなんだ言うたぞ

:なんで最前線に立ってるくせに知らないんだよw

 

「う、うるさいな、知ってるわ! 言葉にしようとしたらこんがらがったんじゃい! 次、次!」

 

 気持ちむすっとしてコメント欄を睨みつけていると、同じような内容で数回繰り返される質問が目に止まった。

 

『ゲームやアニメの魔法で再現できそうなのありますか?』

 

「分かんない。アニメは見ないし、ゲームはたまにRTA見るくらいだから。うまい人の動画見るの楽しいよね。ちなみにどんな魔法があんの?」

 

:そうだね

:例のネットミームに感染してそう

:草 

:ホイミ ザオリク マダンテ バギ

:履歴書の特技欄にイオナズンを書ける!

 

「あ、これ魔法ですか? ちょっと待って調べるから……回復とか蘇生系は無理ですね。バギ系、デイン系は多分できる、イオナズンはできそうなやつ一人知ってます。マダンテは……全魔力を解放して暴発? 出来ないことはないですが、やったら即死です」

 

:即死!?

:回復系がレアってのはよく聞く設定だな

:結構万能だなぁ

:即死ってメガンテと間違えてない?

 

「えっとですね、魔力は命なんです。異界のエネルギーと同調して増幅された生命力を魔力って呼びまして、だからこれを全部使うと、生命力が枯れて死んじゃうわけですねー」

 

:ヒエッ

:魔力イコール生命力なのね

:案外シビア

:無理しないでね

:命削ってまで魔性存在倒す必要なくない?

 

「倒す必要、ですか。多分あると思いますよ? 波長の合わない人は取り憑かれたら廃人になるかもですし、成長したら人を異界に取り込んで食べちゃいますし。例の231事件も成長しすぎた悪鬼が──」

 

 配信は和気あいあいと進行した。これまで日陰で活動してきた魔法少女の生態に興味を抱いている視聴者たちが多く、小舞は時折検索エンジンの力を借りてポンコツの印象を強めながら、のんびりと質問に答えていく。

 

 好意と好奇心に満ちたコメントの流れが一段落し、小舞はペットボトルを傾け喉を潤す。その音さえにも「助かる」と反応するコメントに引いていると、毛色の違う文章に目を引かれる。

 

『あんな化け物と戦える魔法少女も化け物じゃん』

 

「ほあぁーっ! 出た出た、出ましたよ! 化け物と戦えるやつも化け物論者! 最近見なかったけど山から下りてきたのかな?」

 

:!?

:何そのテンションw

:今日一はしゃいでて草生える

:珍獣かな?

:アンチコメは拾わなくていいんじゃ……

 

 数万人の同時視聴者全員が魔法少女に好意的なはずはない。母数が大きければ大きいほどアンチの数も大きく、それはすなわちアンチの存在こそ人気者の条件と言っても過言ではない。小舞は人気者になった実感にニヤニヤしながら、郷愁の念とともにアンチを歓迎する。

 

「懐かしいなあ、魔法少女になりたての頃ね、同じようなこと言われてめっちゃ石投げられたんですよ! だけど残念でした、画面の向こうからは石が届きませーん! やーいやーい!」

 

:え

:ちょ、待って

:どんなテンションだよ

:唐突な激重過去は受け止めきれない

:石投げられた? は?

 

「嫌われ者だったんです。なのでたかが文字を投げつけられたってかゆいかゆい! なんとでも言うがいいです!」

 

 コメントの流れが緩やかになった。前回のような処理落ちではなく、単に書き込みの数が減っただけらしい。まるでリアクションに困ったように視聴者たちの多くが口を噤んだのだ。

 

 空気の変化を感じ取り眉をひそめる小舞だが、変化した空気はまたも一つのコメントによって修復された。

 

『シャタードアース様へ 初めましてこんにちは。この度はチャンネル開設おめでとうございます。私は231事件であーちゃん様に命を救われた者です。あなたは名前もおっしゃらずにお勤めへ戻られたので、お礼を伝える手段もなくやきもきしておりました。この場を借りて感謝申し上げます。ありがとうございました。配信内容は大変興味深いもので、もし女神様に収益化のご予定がお有りなら、サブスクリプションや投げ銭等で継続的に活動を支援したいと愚考しているのですが、いかがでしょうか?』

 

「なっっっが! でも丁寧! ありがとーどういたしましてー!」

 

:なげえww

:命の恩を忘れない人間の鑑

:同じ考えの視聴者も多いだろうな

:確かに投げ銭はしたい

:収益化の予定はあるの?

 

 収益化とは、配信者に動画サイトを仲介して金銭を振り込めるようにすることである。投げ銭とも呼ばれるこのシステムにより、人気の配信者は一般的なサラリーマンの年収並の額を一日で稼ぐとかどうとか。

 

 収益化にはチャンネル登録者数などの条件はあるが、すでに小舞はクリアしている。やろうと思えばすぐにでもできる提案に対し、小舞はきっぱりと言った。

 

「収益化はしません! だってお金振り込んで満足する人いるでしょ? 私はそこで止まってほしくない。お金をくれるその心意気をコメントに変えてほしい。すごい、えらい、かわいいっつって、全身全霊でチヤホヤしてほしい! だからあえて収益化しないっ!」

 

:ええ…

:草

:承認欲求の化身

:まあ実際すごいしえらいしかわいいんだがw

:無言スパチャする暇あったらチヤホヤしろと

:ある意味収益化するより欲張りじゃねーか!

:だがかわいい

:分かりました女神様! 世界一かわいいですよ!

 

「ふっふーん! そうだろそうだろ! わたしゃ偉くてかわいくてすごいんだよぉ!」

 

 薄い胸を張ってふんぞり返る小舞。コメント欄は称賛とお世辞と過去の行いに対する感謝に埋められ、満たされた承認欲求がアドレナリンとなって小舞の脳みそを痺れさせた。

 

 チヤホヤされる人気者はとても気分が良かった。稀に紛れ込むアンチコメントには山から下りてきた害獣を見かけたような感慨しか覚えない。小舞はこのとき、無敵の人気者だった。

 

「むふふ……お」

 

:!?

:目怖っ!

:あーちゃんの目が急に鋭くなった!

:どうした急に

 

 そのように調子に乗っていても、七歳の頃から続けてきた魔法少女の感覚に陰りはない。異界からのエネルギー流入を感知すると、配信アプリを操作してPCからスマホとアクションカメラへ配信端末を切り替える。

 

 唐突な一人称画面に戸惑うコメントをひとまず置いておいて、小舞は足早に部屋を出て行きながら、

 

「悪鬼が出たっぽいので雑談はこれまで。高いとこ苦手な人は注意でーす」

 

 魔法少女の勤めを果たしに向かう。なお、発見から戦闘、退治までの流れは昨日とほぼ同じ危なげない調子だった。

 

 この日以降、小舞は雑談から戦闘、稀に悪鬼が現れず雑談のみで終了する配信を毎日続けた。図らずも学校から帰ってきてすぐの時間帯に毎日配信をしたので、興味を持った学生や帰宅途中の社会人など幅広い層が配信を視聴し、世界唯一の「現役魔法少女ストリーマー」としてチャンネル登録者数は記録的な伸びを見せた。小舞の予想としては数が増えれば増えるほどアンチの数も増えるはずだったが、あにはからんやコメントは好意的なものがほとんどで、二日目配信で見かけたような「化け物」コメントは相当に目を凝らしていないとすぐに流され見えなくなる有様だった。

 

 たくさんの人々が自分に興味を持っている。必要とされている。存在が承認されている。配信するたびに小舞は心躍った。

 

 そうしてたどり着いた有頂天気分が多少落ち着いてきたある日、小舞はついにかねてからの懸念を口にした。

 

「あのー、初日からずっと気になってたんですけど。私のこと女神って呼んでる人何人かいますよね。これ何なんですか?」

 

 褒められるのは素直に嬉しいが、さすがに女神呼ばわりは位が高すぎて居心地が悪い。大げさな称賛は下手な悪口よりも気に障る。この辺りは承認欲求をこじらせためんどくさい部分である。

 

:何と言われてもな

:女神扱い嬉しいだろぉん!?

:チヤホヤの一種でしょ

:三大女神をご存知内?

:さすがに当事者なら知ってるだろ

 

「待って、三大女神? 当事者ってどういうこと?」

 

 231事件で検索! とのコメントに従い、小舞はいつもそうするように検索エンジンから語句を調べてみる。検索結果のトップに大手のネット辞書が表示されたので、クリック。

 

 簡潔にまとめられた事件の概要を流し読みしたところで、小舞はやっと合点がいった。

 

『231事件の概要:2015年2月28日、香楼市に発生した上位魔性存在「魔王」による魔性災害。発生と同時に市全域が存在しない2月31日の異界へ転じたため、231事件と通称される(あくまでも通称であり事件性はない)。市人口190万のうち約180万人が異界化による精神汚染を受けたが、魔王討伐後に回復し、死者はゼロ。全半壊被害は市全域におよび、正確な数は不明。魔王の発生は観測史上2度目。

 発生後およそ一時間で現着したスターシリーズの魔法少女三名が鎮圧にあたり、およそ四時間後に魔王を討伐。献身的な働きぶりがSNSなどで話題となり、主要な役割を果たしたシャタードアース、リプトミーティア、フォールンサンの三名は香楼の三大女神と称された』

 

「あー、あの戦いかぁ。すごかったですよねぇ」

 

:他人事かな?

:小学生並みの感想で草

:なんで当事者が知らないのよw

:ほえーとか言ってるけど女神なんだよなぁ

 

「いやだって、あの戦いの後昏睡状態だったんですよ。二ヶ月くらいだったっけな。病院で目が覚めたらめっちゃ時間経ってて軽く浦島太郎しました」

 

:昏睡状態!?

:唐突な爆弾発言出た!

:そんなちょっと怪我しましたみたいなノリで

:浦島太郎する(動詞)

 

「あのときはびっくりしましたねー。身体全然動かないし、お見舞いのサンちゃんが大泣きして……それからミーたんが、ミーたん、が……」

 

 言いながら、小舞の意識は過去に飛んでいた。真っ白な天井、壁、風にそよぐカーテンとやはり真っ白なシーツにベッド。ベッドサイドで大泣きする知り合いを見ていると白衣の男性が駆け寄ってきて、何か質問された気がする。少しずつ意識と記憶がはっきりしてくるにつれ、小舞は息が苦しくなって、胸が引き裂かれたように痛んで──

 

「あれ……?」

 

:え

:あれ

:あーちゃん?

:!?

 

 滲んだ視界の中で、ディスプレイがぼんやり光っている。その表面には困惑するコメントたちが下から上へ流れていく様が表示され、その横の配信画面では小舞自身がきょとんと首をかしげながら、とめどなく涙を流していた。

 

「あっ、やだ、えっと、目にゴミが入ったんで、めちゃくちゃにデカイのが入ったんで、今日は終わります! また明日チヤホヤしてね!」

 

 予定時間より数分早く、配信画面を閉じる。小舞がしゃべるのをやめると、静まり返った部屋にPCのファンの音が控えめに響く。

 

 配信用のソフトを閉じた画面上には、事件の概要ページがしつこく居座っている。それを見たとたん、小舞の瞳から流れる涙が壊れた蛇口のような勢いを得る。

 

「ひっぐ、ぐす……うぇっ……」

 

 寂しいワンルームで嗚咽を漏らす小舞。悲しみに満ちたその声を聞くものは誰も──いや、いた。数万人レベルで聞いていた。

 

:え、え? 何が起こってんの?

:配信終わってない!

:どうしちゃったんだよ

:泣かないで

:何これ心に来る

 

 激しい動揺で操作を誤ったのだろう、小舞は配信画面を閉じただけで配信自体は続いていた。感情を押し殺すような痛々しい嗚咽が全世界に放送されている。

 

 泣いているうちに終了予定時間を迎え、配信は自動的に終わった。そのため、小舞はやらかしに気づくこともなく泣き続け、やがてデスクに突っ伏して眠りに落ちた。

 

 初配信を超える規模の波紋に、気づくこともなく。

 

 

 

ーーー

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