マジカル☆ストリーマー   作:ぬおーっ

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第3話

【タケノコ】魔法少女シャタードアース【狩る】

 

「はいこんにちは、今回はタケノ後輩どもを狩り尽くしていくよー」

 

コメント

:配信来た!

:久々リアタイ

:こんちゃーす

:タケノ、なんて?

:また訳のわからんことを

:あーたんハァハァ

 

「ハァハァ言うなキモイぞー」

 

 配信開始後数秒でついた熱心なコメントへ率直な罵倒を送ると、助かる、ありがとうございますなどとさらなる手強い反応が返ってきた。あの配信がバズって以来増えた変態共だ。小舞は汚物を見る目でコメント欄を睥睨した。視聴者たちが湧いたのは言うまでもない。

 

 あの配信、嗚咽からの配信切り忘れ事件から一ヶ月が経過していた。

 

 泣きつかれて眠った翌日、しょんぼりと肩を落として登校した朝に小舞はクラスメイトたちから失敗を知らされた。

 

『小舞ちゃん大丈夫?』

『悩みがあるならいくらでも相談に乗りましょう』

『は、何急に。えっ、配信切り忘れ? はぁー』

 

 SNSやネットニュースをエゴサしてみると世界中が小舞のやらかしに注目していた。小舞の涙につられてもらい泣きしたなどの純朴な反応、一人の状況でさえ声を押し殺す抑圧される者特有の泣き方を取り上げるエセ心理学者、魔法少女の過酷な使命と関連付けて小舞のメンタルを勝手に決めつける捏造記事など、小舞の涙から霊感を得た好きものたちが溢れ返っていた。

 

 これらに対する小舞の反応は、

 

『ほーん』

 

 と、ごく淡白だった。というのも、泣き出した理由に自分でも整理がついていないからだ。心配されるのはチヤホヤの基礎の一つなので好物ではあるが、受け止めきれていない感情をあげつらって外から何を言われても反応に困る。

 

 よって配信切り忘れの翌日、何食わぬ顔でいつもの雑談や悪鬼退治の配信を再開した。

 

 しかし衝撃的な切り忘れの話題に釣られた新規層には、いつもののほほんとした小舞の態度が気に食わない。しつこくコメントでなぜ泣いたのかと聞かれるうち、小舞はキレた。

 

『だあぁーっ! うるっさいな生理だよ生理! 身長と反比例して重い方なんだよ鉛みたいにガツンと重いのが下腹部とハートに圧かけてきてたのよだから泣いたのっ! これ以上聞いたらお前、デリカシ無し男に改名だかんね? お硬い役所の連中だって事のあらましを聞けば大喜びで改名届けに判を押すでしょうよ、えーっ!? けほっ、ごほっ』

 

 以降、聞かれるたびこのようにキレ散らかすので、好奇心旺盛な新規層もこのままでは自分たちの鼓膜と小舞のノドによる泥沼のチキンレースが開幕すると危惧し、質問は控えるようになった。代わりに小舞の見た目を目当てにやってきた紳士たちが目立つようになったのは小舞の誤算だった。

 

 このようにして少々やさぐれた小舞のメンタルに追い打ちをかけるように、後追い勢が現れたのだ。

 

 謎の配信タイトルに困惑するコメントたちに、小舞は配信の趣旨を説明していく。

 

「タケノコ狩りっていうのはほら、最近魔法少女配信者増えて来てるじゃない?」

 

:せやな

:人気者のマネをするのはどの業界も変わらん

:みんな個性あってかわいいんだよなあ

 

「でしょ。だからその雨後のタケノコ共の配信を冷やかしに……もとい参考にさせてもらおうと思って。きっと私にはない面白さや強みを持っているはずだから」

 

:本音漏れてるぞ

:後輩=雨後の筍扱いは草

:先駆者なんだからもっと余裕持てよw

 

「余裕持てるかぁ! 今までは私一人だけ配信してたから人気だったんじゃん! 他のかわいい子が配信始めたらみんなそっちの方見に行って私いらない子になるじゃん! あわわ……!」

 

 小舞は涙目になって頭を抱えた。お先は真っ暗だ。

 

 小舞が活動を本格化させるのに前後して、同じような顔出し魔法少女配信者がネット上に続出した。小舞のデビューから二ヶ月経った現時点で同業者は三十数名、二日に一人のペースで増加している。魔法少女は世界人口七十億のうちざっと三千から四千程度と試算されており、今後も小舞の商売敵は増えていく見込みだ。

 

 この事実に小舞は絶望した。取り立てて能力のない自分が唯一自信を持てるのが魔法少女の経験と腕前であり、だからこそそれを利用して人気者になる手はずだった。しかし他の魔法少女たちは腕前だけでなく、見た目、声、人に自慢できるような趣味や特技など、チヤホヤされて然るべき要素をきっと持っている。つまり魔法少女極振りの小舞は見向きもされなくなってしまう。

 

「お願い見捨てないで……頑張るから、もっと配信面白くするから! でもロリコンはキモイよ!」

 

:ネガティブ過ぎるだろw

:だがロリコンテメーはダメだ

:媚びるのか罵倒するのかどっちかにしろ

:向上心旺盛な配信者の鑑

:あーちゃんはあーちゃんでおもしれー女だと思うけどなあ

 

「まあそんなわけなんで、今日は他の配信者さんの活動を覗きながら今後の活動方針を探っていく感じの、雑談配信になりまーす」

 

:スンッ

:うわぁ急に冷静に

:はいよー

:ありのままの君が好き

 

 小舞は優しいコメント欄に「ありがと」と頬を緩めながら、大手動画配信サイトの検索ボックスをクリック。「マジカルストリーマー」のタグで検索をかけた。小舞のチャンネルを含む魔法少女たちの配信チャンネルと、現在ライブ中のチャンネルが結果のトップに表示される。

 

 他人の配信画面が自分の画面に映らないよう配慮した後、ライブ中のチャンネルをあてずっぽうにクリックした。

 

『魔法少女、刹羽(せっぱ)だ。今日は悪鬼もいないので、知人に勧められたこのホラゲーをプレイしようと思う』

『魔法少女、フレイムブレイズでーす! 名前の通り頭から爪先まで火属性、推し魔法少女はもちろんフォールンサン様! 今日はこないだのME事件を復習してから魔女狩りの歴史を教えていくよ! この講義を受けるだけでみーんな知らんぷりのマジカル黒歴史をマスターできちゃう! 今日も元気にぃ、「啓け蒙昧、()ねや無知」!ひひっ、ひひひひひ!』

『にゃーんにゃにゃ、にゃーん。ゴロゴロ……』

 

「なんなのこいつら」

 

:ほんと何なんだろうな

:見た目が濃い

:最後の猫耳娘、喉鳴らしてずっと居眠りしてるんだが

:マジカル黒歴史は面白そう

:でもやってることは普通の配信者とほぼ同じじゃね

 

 コメントの言うとおり、それぞれ個性豊かな外見をしているが配信内容は普通のストリーマーと大差ない。ゲーム実況、歴史解説の教養チャンネル。魔法少女らしく悪鬼退治や魔法の練習などは配信しないのだろうか。

 

 疑問に思っていると、代弁するようなコメントが魔法少女「刹羽」のチャンネルに投げられた。

 

『シャタードアース氏のチャンネルと比べているのかな? はっきり言っておくけど、彼女の配信は誰も真似できないよ』

 

 刹羽はゲーム画面を調整しながら淀み無く続ける。

 

『ほとんどの魔法少女は、悪鬼と戦いながら配信する余裕がない。魔法の武器でひたすらタコ殴りだからね。氏や僕のように固有魔法を習得すれば話は別だけど、浄化は基本的に泥臭いものなんだよ』

 

「えっそうなの?」

 

:そうなの?

:なんで本人が驚いてるんですかねぇ

:コメントとシンクロするなw

:固有魔法ってみんな使えるわけじゃないんか

 

『固有魔法は使えない子の方が多いよ。だから彼女基準で私達を見るのはやめてほしい。カメラに写ってないところで頑張ってるんだくらいに思ってくれ』

 

 小舞は刹羽の配信画面を閉じて、カメラに迫真の表情を向けた。

 

「私、思ったよりすごいやつだった。ほめて」

 

:すごい

:えらい

:えらい

:えろい

:すごくない

 

「天の邪鬼共がコラァ許さんぞ! それと『えらい』に異物混入させてる変態は泣いて詫びろ!」

 

 しばらくコメントと格闘しているうち、小舞は萎れた自信が回復していくのを感じた。

 

 魔法少女の数はいつの時代も需要に釣り合っているとは言えないため、小舞のように単独で強力な魔法少女は同業者たちと没交渉であることが多い。そのため自分の実力について小舞は平均より少し上程度だと思いこんでいたのだが、まさか魔法を使えるだけで稀とは考えもしなかった。

 

 刹羽の評価を聞いた小舞はとたんに偉くなったような気分を覚え、上機嫌にマジカルストリーマーたちの配信を覗いていく。

 

「ふんふふーん私ーけっこーすごーいー……お、この子かわいいですね! フォローしよ!」

 

:ただし音程のズレは壊滅的である

:歌ってみた枠は永久にないだろうなあ

:分かりやすい性格してやがる

:趣旨変わってない?

:推しを探す配信になってるなw

 

 調子に乗った小舞は配信の趣旨を見失い、推しの魔法少女配信者を探す配信と化した。脱線は自覚していたが、無理に自分のやり方を変えようとしなくてもいい、と自信を持ったのだ。

 

 小舞は二日に一回程度現れる悪鬼退治をこなしながら、雑談の名目で推しを発掘するための配信を続けた。視聴者たちは新ジャンルである魔法少女配信者(マジスト)の楽しみ方を測りかねているところがあり、小舞の推し探し配信はそのための指標となった。小舞はただ他の配信を見ながらかわいい、面白いとつぶやく程度だが、人気者の言葉には人気者故の説得力が宿る。小舞の無自覚かつ雑なガイドによって新人たちのフォロワーが増え、魔法少女×配信の組み合わせは日に日に一大潮流となっていった。

 

 そうして一ヶ月。夏休みの迫る七月初旬、ネットを震撼させる事件が起きる。

 

 

 

ーーー

 

 

 

『これで映ってるかな? えっと、こんにちはっ! 魔法少女デスヘイズといいます! 近くに悪鬼の反応があるので、今日はそれをやっつけちゃいます!』

 

 配信タイトルは【悪鬼】魔法少女デスヘイズ!【倒すぞ!】。他のマジストとは違い悪鬼退治をするらしい。いつかの小舞と同じようにどこかのビルの屋上で、艷やかな黒髪ツインテールを風になびかせている。

 

 いつも通り配信の同時視聴配信をしている小舞は、ほへーと気の抜けた声を上げた。

 

「まさかあのデスヘイズちゃんが魔法少女だったなんて……」

 

:まさかだよなあ

:しかもめちゃくちゃにかわいい

:デスヘイズってそのまま魔法少女名だったんだ

:突然の隠れ魔法少女告白は震えた

 

「つーかおかしくない!? 歌もお絵かきもおしゃべりもできるくせして魔法少女もできちゃうわけ!? スーパーウーマンじゃないずっる!」

 

 小舞が嫉妬全開にしていると、コメント欄が草と共感の二種で埋められる。

 

 女性配信者デスヘイズは、ネットアイドルの頂点だ。ゲーム実況、雑談、歌、お絵かき、時に作詞作曲もこなすスーパーマルチタレント。人の良さも相まって世界中から人気を集め、SNSで一文字でもつぶやこうものなら数十万単位でいいねを集める。魔法少女以外に才能のない小舞が、憧れと妬みの炎を燃やす典型的な有名人である。

 

 そんな有名人がある日、SNSにこのような投稿をした。

 

『私は隠れ魔法少女です。今度の配信で詳細をお話します』

 

 隠れ魔法少女とは、様々な理由で魔法少女の力を隠し、普通の人間として過ごす魔法少女のことだ。フォロワーたちはこの投稿に驚きと疑念を覚えた。すなわち、今まで隠していたことをなぜ告白したのか。

 

 デスヘイズのコメント欄にはやはり、その疑念が無数に打ち込まれ激流をなしている。

 

『やっぱりみんな不思議ですよね。実はあーちゃんさんの配信がきっかけなんです』

 

「おっ?」

 

:お

:まさかの名指し!

:有名人に名前が出されたぞ!

:あーちゃんも有名人なんだよなあ

 

『力に目覚めたのは四年くらい前でした。でもそのときは魔法少女への、その、迫害がすごくて……だから力を隠して、魔性存在にも見て見ぬふりをしてきました。だけど231からちょっと風向きが変わりましたよね』

 

「ふむふむ」

 

『そのときから、告白しようかとずっと迷ってて。ふんぎりがつかないでいたら、あーちゃんさんの配信を見かけたんです。あの人を見ていたら、ああもういいんだ、魔法少女として生きてもいいんだって思えた。だから──私はもう、自分を隠しません。これまで見ないふりをしてきた分、精一杯魔性存在を倒します!』

 

「ふむ、なるほどな」

 

:なるほどな(適当)

:あーちゃん大丈夫? ついていけてる?

:とりあえず後方腕組み面しとけ!

 

「後方腕組み、そうね、うん。正直コメントに困ってる」

 

 小舞は困惑していた。チヤホヤされたい一心で始めた配信にそこまで影響を受ける人がいるとは思わなかった。デスヘイズの戦う決意はどこまでも重く、熱い。のほほんとした小舞とは天と地の差だ。

 

 ひとまず小舞はコメントに言われた通り、腕組みして神妙な顔をしておく。

 

 デスヘイズはカメラの前で握りこぶしを作った。

 

『今日は初陣です! 一生懸命頑張るので、みなさん見ていてください!』

 

「お、お手並み拝見といきましょう」

 

 デスヘイズの身体が輝き、十数秒の発光が収束すると、バトルドレスへの変身が完了していた。

 

 春の陽気を切り取ったようなパステルカラーの着物。ひらひらした裾や胸元にはふんだんにフリルがあしらわれ、帯から下がばっさり切り詰められているあたり、和ロリの一種だろう。フリルだらけのミニスカは見ている方が不安になるほど短く、白いニーハイとフリルの間の肌色を際立たせている。くりくりした瞳と人懐っこい笑顔、全体的にふわふわしたシルエットは幼気な天使のようで、ニーハイを支えるガーターの紐、細い首筋に巻き付いたチョーカーなどは、大人らしさよりむしろ背徳感を醸し出している。

 

 天真爛漫で無邪気な外見とは裏腹に、魔法の武器は刺々しい大鎌だった。彼女の身の丈を超える長柄のそれは、柄から刃先までもが白を基調に桜色の霞んだ不思議な色合いをしている。ともすれば日の光の中に霞んで消えてしまいかねない、淡く儚い印象を湛えていた。

 

 そんな和ロリの大鎌使いはおもむろにカメラに近づいて、画面が一人称に切り替わった。これから悪鬼を退治しに行くのだろう。

 

『初めてが一人で大丈夫か、ですか? 大丈夫、あーちゃんさんや他の配信者さんでたくさん予習しましたから! もし無理そうなら逃げればいいんです。あっ、でもでももちろん倒すつもりでやりますよ! しっかり見ててくださいね!』

 

「畜生この小娘、いかにも純真な感じがかわいいじゃないの……」

 

:歯ぎしりしながら褒めるんじゃない

:声だけ聞いたら血涙流してる勢いだな

:そんな顔しても対比でデスヘイズちゃんがかわいくなるだけだぞ

:デスヘイズちゃんフォローしよ

 

「私の顔面はいつもいつまでもかわいいだろォ!? 浮気しないでお願いだからぁ!」

 

 仲良しだと思いこんでいた知り合い以上友達未満の誰かが知らない子と話してるのを目撃したような気分に苛まれていると、デスヘイズはビルから身を投げた。小舞のような壁蹴りではなく普通に膝を曲げて着地し、暴走自転車程度の速度で町中を駆ける。最初屋上にいた意味は特にないようだった。

 

 ほどなく足を止め、何もない宙空を凝視するデスヘイズ。

 

『ここかな……いた!』

 

 彼女がこわごわ伸ばした手先が消失する。よく見ると、空間の裂け目に指先が滑り込んでいる。そのまま腕が、次に身体とアクションカメラが吸い込まれ、色のない異界へと世界が変貌した。

 

:あーちゃんのときと手順が違うな

:必ず誰か取り憑かれてるんじゃないの?

 

「場合によりけり。憑きやすい人がいなかったら憑く前に見つかる場合もありま──あっ、これは」

 

 小舞は後方腕組み先輩面を忘れ、素の声を出して画面を凝視した。

 

 デスヘイズが飛び込んだ先の異界には、当然その空間の主であり魔法少女の敵でもある悪鬼がいる。小舞が嫌な予感を覚えたのはその性質だった。

 

『うわ、気持ち悪い……』

 

 その悪鬼は一見、ピンク色の肉塊だ。しかしよく目をこらせば、人の腕ほどの太さがある数え切れないほどの触手が塊になっているのが分かる。触手の表面からは得体のしれない粘液が滴っており、触手の一本一本が時折出来の悪い臓物のようにうねうねと蠕動していた。色を失った街の建物と比較するとせいぜい二階に届くかどうかという比較的小柄で、触手塊の中央では触手たちが集合してユニコーンの生首を象っている。しかしその口と眼窩から突き出した触手がうねうねしているため、幻獣らしい威厳よりもひたすら悍しい印象を見るものに突きつける。

 

「ホーニータイプ、強敵ですね。これはたいへんです」

 

:きしょい

:強いの?

:いつもと色が違うな

:あーちゃん配信で慣れすぎて特に気持ち悪いとも思わなくなってきた

:この見た目で強敵なのか

:ホーニー? タイプ?

 

 悪鬼の危険度やタイプについてはすでに説明済みだが、配信の初期にやったきりだ。小舞は新規層向けにもう一度講義を始めた。

 

 悪鬼は異界から流入したエネルギーが人の悪意や邪念と結びついたものである。最初にどのような悪い意志と結ばれるかによって、悪鬼は異なる成長を遂げる。この成長のバリエーションを人類の悪念ごとに区別したのがタイプだ。もっともありふれたタイプが憎悪(ヘイトレッド)タイプであり、配信で小舞が何度も倒している黒い触手を指す。その他殺意、嫉妬、渇望などと変化に富み、中でも上から二番目に厄介なのが劣情──ホーニータイプである。

 

 と説明している間に事態が動いた。

 

 悪鬼がなめくじみたいに接近しながら、触手を一本デスヘイズへ伸ばす。

 

『あれ? なんか遅い』

 

 しかし触手に勢いはない。デスヘイズが大鎌を振るうと、あっさり切り裂かれ光の粒子へ変わる。その後、またも触手が伸び来たるがやはり簡単に迎撃された。

 

『これは楽勝かもしれません! ううん、楽勝です! この悪鬼すごく弱いですよ!』

 

「えっ、ちょ、この子もしかして知らない!? 予習したんじゃないの!?」

 

:見た感じ楽勝そうだが

:見かけ倒しやなー

:あーちゃんは何を慌ててんの?

 

「待って待ってやばい、コメントコメント!」

 

 逃げろ。たった三文字を打ち込む暇もなく、デスヘイズは駆け出した。

 

 一人称画面があっという間に悪鬼の巨体で占領され、その身体に大鎌が食い込む。白い大鎌はきれいな半月状の弧を描いて悪鬼を真っ二つに切り裂いた。

 

 画面が揺れ、自撮りのような画角に変わる。デスヘイズの上気した笑顔と、背景には仕留められた悪鬼の身体があった。

 

 両断されたピンク色の触手たちは、うぞうぞとミミズみたいにのたくって、デスヘイズの背後へ迫っている。

 

『やったやった、やりました! 簡単に倒せました! えっ、逃げろ? 心配してくれたんですね、でも私は大丈夫! だってほらこの通り──きゃあっ!?』

 

 この通り、と振り返った瞬間デスヘイズは触手に絡め取られた。

 

『やだ、なんで、倒したのに……んひっ!? へ、変なとこ触らないで……っ!』

 

 華奢な両腕は頭上でひとまとめに、ニーハイソックスに包まれた細い足は左右へ開かれ、屈辱的な格好で宙吊りにされるデスヘイズ。粘液塗れの触手がミニスカートの下へ潜り込むと、彼女はびくり震えて弓なりに体を反らせた。

 

『いや、いやぁっ!? やだやだ離してっ!』

 

 必死で身を捩るデスヘイズだが、悪鬼は意にも介さない。遅れてやってきた本体──ユニコーンの頭部を模した触手の塊が、嬲るようにゆっくりとデスヘイズへ迫る。

 

『ひ……!?』

 

 デスヘイズが引きつった悲鳴を漏らすと、ユニコーンの眼窩と口腔から触手が伸びた。先端にはイソギンチャクを思わせる細かな繊毛が蠢いている。

 

 計三本の触手のうち、二本はフリルをあしらった胸元へ、もう一本は太ももから徐々に上へと迫り始める。さらに並行して、四肢を拘束する触手から粘液が滴り、かわいらしい和ロリのバトルドレスが音を立てて溶け出す。

 

 小舞は顔をしかめ、考えをまとめながら口を動かす。

 

「ホーニータイプの核は劣情……要はすけべ心ね。魔法少女を殺すことは基本なくて、ひたすらエロいことをしてくる。それだけでも女の敵だけど一番たちが悪いのは──憎悪や殺意タイプよりはるかに狡猾で強力だってこと」

 

 たとえば経験の浅い少女を油断させて捕らえ、辱めを与える程度には。

 

 バトルドレスの下で触手が卑猥にくねり、頼みの綱である衣装さえ少しずつ剥ぎ取られていく。未発達な細い手足は触手に絡め取られ、抵抗はできない。

 

 絶望のどん底に落ちたデスヘイズは、そこでようやく地面に落ちたカメラに気づいたのだろう。涙を流しながら息も絶え絶えに、口を動かした。

 

『誰か、助けて……!』

 

ーこのチャンネルは、利用規約に違反しているため凍結されましたー

 

 ブラックアウトした画面に、無機質な文字列が表示された。

 

 いわゆるBANだ。この配信サイトは性的な配信を禁じている。通常は何度か警告を経るはずだが、女子中学生程度のデスヘイズが触手に辱められる絵面は、警告を通り越した一発凍結が妥当だとガイドラインに判断された。たとえどんな事情があろうと、登録者数百万超えの人気チャンネルであろうと、ルール違反はいけないことだ。

 

:放送事故だああ

:これ洒落にならないんじゃないの

:タイミングおかしいだろ

:おい不謹慎だぞ

:不謹慎厨は死ね

 

「ッスー……」

 

 にわかに荒れ出したコメント欄を尻目に、小舞は深呼吸。

 

「急用思い出したから今日はここまでね。ばいばーい」

 

 感情のない淡々とした声音で終わりを告げ、配信アプリを操作して今度こそ間違いなく配信を切った。マイクだけ入っているなどということもない。完全に衆人環視からは離れた状況でスマホを取り出し、迷いなくダイヤルする。

 

 相手も待ち構えていたのだろう、ワンコール目の途中でつながった。

 

 あいさつもなく、きっぱりと言う。

 

「デスヘイズの情報を頂戴」

 

 老婆の声は間髪入れず、

 

『あなたならそう仰ると思っていました』

 

 と答えたのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 OMG、魔法少女協会の役割の一つに、魔法少女の教育がある。悪鬼の種類、戦い方、魔法の使い方、チームの組み方など、対魔性存在戦において必要なノウハウを授ける。魔法少女たちはこの知識にもとづいて日々の戦いを切り抜ける。

 

 が、協会とて全世界すべての魔法少女たちを把握しているわけではない。特に公然と変身しない隠れ魔法少女は協会から認知されず、もちろん教育の支援も受けられない。

 

 デスヘイズはその一人だった。敵うはずもない強敵の知識がなかったために油断し、捕らえられた。悪鬼退治を配信するほど余力のある、シャタードアースのような例外を見慣れていたことも影響しているだろう。

 

 ホーニータイプの恐ろしい悪鬼は核となった劣情に従い、デスヘイズが衰弱死するまで彼女を嬲り続ける。異界に取り込まれたデスヘイズの身体は世界から抹消され、法的には行方不明として処理される。

 

「や、だ……!」

 

 誰も知らない場所で一人、怪物にいじめられて死ぬ。絶望の未来を悟ったデスヘイズは、気力を振り絞って四肢に力を入れた。

 

 すでに何時間経ったか分からない。身体の弱い部分から送り込まれた刺激で頭がぼうっとして、下半身の感覚が曖昧だ。粘液塗れの身体は全裸に近く、全身がぬめりけに覆われている。

 

 このぬめりけを利用すれば、うなぎみたいに触手から抜け出せやしないか。一縷の望みをかけてデスヘイズは手足を動かすが、

 

「むぐっ!?」

 

 触手が口をこじ開け、喉の奥まで突っ込まれた。反射的に身を丸めてえづきそうになるが、拘束されているためそれもできない。海老反りになって身体を痙攣させながら、デスヘイズが涙を流す。同時に身体の敏感な部分へと再び触手が集り始め、デスヘイズのささやかな希望は打ち砕かれた。

 

 涙ににじむ視界の中で、走馬灯のように半生がよぎる。

 

 彼女が魔法少女になったのは四年前のことだった。何の前触れもなく突如変身能力を手に入れた彼女は、仰天した両親に魔法少女のことを教わった。魔性存在と呼ばれる悪い怪物たちと戦う力なのだと。

 

 まるで物語に出てくるヒーローのようで心が躍ったが、疑問も湧いた。そんなに素敵な魔法少女のことがどうして広く知られていないのか。

 

 その疑問に答えたのは、悲しげに顔を歪める彼女の母親だった。

 

『こっちに来るな化け物!』『薄汚い魔女め!』『お前の家系は呪われている! 魔法少女なんてみんなそうだ!』

 

 魔法少女は迫害にさらされている。元魔法少女の母親はかつて口汚く罵られ、石を投げられ、火にかけられそうになった。だから魔法少女たちは力に目覚めても魔性存在と戦わず、力を隠して生きることが多いという。

 

 人類の敵たる魔性存在と守護者たる魔法少女は、その強大な力のルーツが異界であること、力の作用する原理が全く不明である二点で共通していた。魔法少女と魔性存在はしばしば混同され、差別の対象となった。

 

 不幸なことに、彼女が力に目覚めたことはすぐに噂となって広まった。彼女は通っていた小学校を止め、別の学校へ。力は出来る限り隠していたが、不思議に噂が広がり予定調和的にいじめを受けた。のみならず父親は魔法少女の娘を持っているからという理由で解雇され、家計を支えるため仕事を探す母親は魔法少女の母親だからと就業を何度も断られた。

 

 とたんに家は貧しくなった。両親はくたびれた顔をしていることが多くなった。幼心にそれが自分のせいだと悟った彼女は、泣きながらごめんなさいをした。

 

 しかし両親はそのごめんなさいを受け取らなかった。

 

『バカ野郎! 何も悪くないのに謝るな! いいか、魔法少女は人類を守る希望だ! 魔法少女がいるから世の中平和になってんだ。お前は希望の力に目覚めたサイッコーの娘だ! 自慢の娘だ! お前のためならどんな苦労もご褒美だこのヤロー!』

 

 だから胸を張れ、恥じるな。今は世の中の歯車が狂ってるからみんな意地悪なだけだ、と両親は結んだ。

 

 それからというもの、彼女は堂々とデスヘイズとしての活動を始めた。ただし魔法少女ではなく、クリエイターとしてだ。

 

 インターネットはクリエイターに対して、とても平等な空間である。誰の作品であろうと、不特定多数の需要と感性に合いさえすれば高く評価され、もてはやされる。魔法少女だからというだけで蔑まれる現実とは対極だ。

 

 彼女は罵られるたび、綺麗な文章を紡いだ。華やかな歌詞とメロディを奏でた。醜い現実に打擲されるたび、美しくきらびやかな絵をものした。平等に評価されたそれらが人を呼び、人気者の『デスヘイズ』が誕生した。声のみの生配信なども行い、デスヘイズを知らない者のほうが少なくなった。

 

 しかし彼女は満たされなかった。いくらデスヘイズが評価されようと、それは逃避のために生み出した架空の自分に過ぎない。現実の自分は変わらず悪意におびえ、正体を隠したまま。ネット上で評価されればされるほど、彼女のアイデンティティは空虚になっていくようだった。

 

 風向きが変わったのは三年前だ。

 

 231事件と呼ばれる、魔法少女の関わる大きな事件というか、災害が起きた。事件はデスヘイズの知らないどこかで解決されたが、そこでの魔法少女の活躍が広く報道され、魔法少女は一躍社会的な英雄として祭り上げられることとなった。

 

 その影響はまず、学校でのいじめがぱったり途絶えたことで始まった。同級生たちは気まずげな顔でデスヘイズに声をかけ、傷ついた机は新しくなり、持ち物が勝手になくなることもなくなった。父親は窓際族から重要ポストへの異動を命じられ、母親はパート・アルバイトの面接で厚遇されるようになった。

 

 世界が変わった。狂った歯車が修正された。それを成し遂げたのはスターシリーズの魔法少女たちだろう、と父親は言っていた。

 

 顔も名前も知らないスターシリーズの魔法少女たち。香楼市に住まう百七十万の命を救ったヒーロー。いつか直接会ってお話をしてみたい。デスヘイズはスターシリーズに憧憬を抱いていた。

 

 そんな彼女が意図せず英雄の一人に出くわしたのは、ネット上だった。

 

『私たちがどんなに頑張ってるか知ってもらいたい、褒めてもらいたい認めてもらいたい!』

 

 シャタードアース。そう名乗った少女が語る子供っぽい欲求に、デスヘイズは心を打たれた。

 

 シャタードアースは存在を認められたい。デスヘイズも同じく、リアルな魔法少女としての自分を認められたい。

 

 シャタードアースが配信のたびチヤホヤされるのを見るにつけ、その共感は強まった。存在を承認して、という強い欲求。

 

 先んじてシャタードアースのマネをし始めた他の魔法少女たちを知ると、ついにデスヘイズも心を決めた。存在を認められたい。そのためにはまず、隠れるのをやめなければいけない。

 

 長年隠れてきたのを止める一大決心を経て、ついに初陣を迎えた。

 

 その末路がこれである。

 

「う、ううっ、うぇえっ」

 

 見たこともないピンク色の悪鬼に反撃され、捕まって恥ずかしい思いをさせられている。チャームポイントの黒髪ツインテールはほどけ、自慢の黒髪も粘液まみれ。大好きなかわいいバトルドレスは無残に溶かされ、体中の感覚も溶けていくようだ。

 

 魔法少女としての自分をずっと抑え込んできた。いじめられても両親に迷惑をかけても、心細くて消えたくなりたい時があってもくじけなかった。やっと自分をさらけ出す覚悟をした。

 

 その結果がこれなんてあんまりじゃないか。

 

「ぷはっ、けほっ、ごほっ」

 

 デスヘイズの口から、乱暴に触手が引き抜かれた。喘ぐように咳き込んで、ヨダレと涙をとめどなく流しながら、彼女は全身を触手が這い回るのを感じる。責め苦はまだまだ終わらない。

 

 デスヘイズは無駄と知りながら、心からの思いを口にした。

 

「助けて、誰か、助けてよぉ……」

「はいよっ」

 

 思いがけず答えたその幼い少女の声は、果たして幻聴だろうか。

 

 デスヘイズが疑問に答えを出すよりも早く、彼女を拘束していた触手が突如破裂し、身体が宙に投げ出される。

 

 わずかな浮遊感の後に感じたのは落下の痛みではなく、肩と膝裏をふわりと支えられる感触だった。

 

 誰かが助けに来てくれた。かろうじてそう判断すると張り詰めた精神が緩み、一気に意識が遠のいていく。

 

 せめてその誰かを一目見てから、と渾身の力を首をもたげ、自身を横抱きにする人物へ顔を向ける。

 

 そこにあった彼女の顔に焦点が合うと、デスヘイズは息を呑む。

 

「……っ」

 

 世界一子供っぽい英雄。デスヘイズが憧れる世界の変革者が一人。

 

「もう大丈夫」

 

 魔法少女、シャタードアースがそこにいた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 デスヘイズが安らかな表情で気絶した直後、小舞にピンク色の触手が踊りかかった。正面からの攻撃に当たる道理もなく、あっさりとステップで回避しつつ距離を取る。飛散した粘液の一滴さえも見切った回避行動だった。

 

 目測三十メートル程度の距離を置いて小舞と悪鬼がにらみ合う。小舞はさして気にせず視線を外し、デスヘイズの状態を確認した。

 

 溶けかけた下着だけを身にまとったデスヘイズの身体には傷一つ付いていない。小舞がOMGの協力の下県を三つまたいで駆けつけるまでに一時間以上は経っているが、今回の悪鬼はことさらねちっこい趣向が核になっているらしい。不幸中の幸いだった。

 

 ただ、それだけの時間屈辱を受け続けたのを考えると、小舞のハラワタが煮えくり返る。

 

「女の敵がぁ……欠片も残さん」

 

 悪鬼は生き物ではないので怒っても仕方ないと分かってはいるが、理屈で抑えられないのが感情というものだ。

 

 デスヘイズの身体を地面へゆっくりと横たえ、手で宙を払う。光の粒子と共に長柄のハンマーが現れ、同時に悪鬼が仕掛けた。

 

 悪鬼の身体から幾条もの触手が伸びる。上位次元存在たる悪鬼は物理法則を部分的に無視できるため、触手の射程はキロ単位で長い。濁流のようなピンクの肉塊が、二人の少女を飲み込まんと迫る。

 

 正面から伸び来る三本は陽動だった。後ろから続く触手たちはくねくねと直角に鋭角にと複雑な軌道を描き、陽動触手の影から本命となって少女たちに接近していく。フェイントの触手が小舞の手前の地面を削った。幾本かは小舞たちを追い越し、後方でターンを決めて死角を抉るように突く。前後左右あらゆる角度から、技巧的なフェイント混じりの触手たちが小舞を絡めとる──

 

「見えてる、と」

 

 かに見えたが、小舞の腕とハンマーが突如消失。コンマ数秒後には残心姿勢の小舞がぴたりと静止しており、周囲の触手たちも動きを止めていた。続いて小舞が姿勢を戻すと共に、すべての触手が水風船のごとく破裂する。

 

 小舞がしたことと言えば単純で、迫りくる触手のすべてをハンマーで叩き落としたに過ぎない。ただし瞬きの間に数百もの触手軌道を見切り、的確かつ必殺の打撃を繰り出した点だけが、無茶な迎撃を成功させた秘訣である。

 

 触手の飛来が止んだ。見ると、悪鬼は身体を痙攣させて新たな触手を生み出そうとしているところだった。

 

 ホーニータイプの悪鬼は他のタイプと比べても桁違いにタフで、真っ二つに切り裂いたり触手の大部分を破裂させたりした程度ではすぐに復活してしまう。これを倒すには大火力で消し飛ばすのが一番だった。

 

 小舞はくるりとハンマーを回し、柄頭を地面に突き立てる。身体から光の粒子が立ち上り、小舞の固有魔法が発動した。

 

 固有魔法、地球っぽいことができる能力。視聴者たちの間では「大雑把過ぎる」「天候と土を操る感じ?」などの苦笑や推測の的になっている魔法だが、小舞はこの力をうまく説明できる自信がない。というのも、出来ることが多すぎてなんとなく「地球っぽい」と表現するしかないからだ。

 

 ただ、本人さえ把握できないほど多様で凶悪な能力であることは確かだった。

 

「理科の実験じゃーい!」

 

 バカみたいな掛け声と共に、悪鬼の周囲の空間へと意識を集中させる。不可視の

大きな力──大気圧を完全に掌握し、意のままに動かしていく。

 

 本来は熱や気象条件によって発生する低気圧。それを魔法という理不尽な力で無理やりに、悪鬼の身体を中心にした狭い範囲に作り出す。悪鬼の身体は擬似的な真空に近い極端な低気圧に包まれ、同時に周囲の気圧を局所的に高め、気圧傾度を極大化させる。

 

 そうして低気圧を保ったまま、高気圧の方の制御を手放してみると──

 

「ぷち・サイクロン」

 

 悪鬼の身体がバラバラに弾け飛んだ。

 

 数センチ角の肉片が飛沫となってモノクロの空を彩り、ほどなく光の粒子となって消えていく。再生能力の優れた悪鬼はこのように、火力で瞬殺するのが常道だ。

 

 破壊は悪鬼だけでなく周囲の異界にも及んだ。色のないアスファルト舗装がかさぶたのごとくめくれ上がって、その下に露出した土も吹き飛びクレーター状の凹みが形成された。雑居ビルの窓が残らず砕け散ると共に、窓枠が壁面の一部ごと吹き飛んでいった。

 

「異界だからセーフ」

 

 小舞は言い訳するように呟く。怒りのあまり出力が大きくなりすぎた。

 

 小舞が発生させたのは、極小規模の台風だった。高気圧から低気圧へ空気が流れ込むことで発生する自然災害を、魔法の力で人為的に発生させた。範囲を限定した分吹き込む風の威力はすさまじく、最大瞬間風速は無慮数百メートル毎秒。その上異界の性質上コリオリの力が歪んでいるので、時計回りと反時計周りの破滅的暴風が荒れ狂い、巨大ミキサーとなって悪鬼の身体をミンチへ変えたのだ。

 

「うーん……」

「っと、大丈夫?」

 

 念の為油断無く周囲を警戒していた小舞は、苦しげなうめき声に振り返る。怖い夢でも見ているのか、デスヘイズが細い身体をかき抱いて、顔色を悪くしている。

 

 ケガはないようだが、一応病院に運んでおくべきだろう。小舞は変身を解いて、デスヘイズの身体にかけるものを探す。しかし慌てて出てきたせいで何も持っていない。

 

「もうこれでいっか。よーしよしよし、もうやっつけた、大丈夫だよー」

「ん……」

 

 思い切って普段着のスウェットを脱いでかけてやり、頭を撫でていると顔色がましになった。しばらく撫でているとデスヘイズは静かな寝息を立て始める。

 

 小舞はデスヘイズを抱えて元の世界へ、戻ろうとしたところで変身後の姿でなければ力不足で運べないのに気づいて、決まり悪そうに変身。やっとデスヘイズを抱えあげて、異界を出て行った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

【悲報】魔法少女デスヘイズ、デビュー初日に死亡ww【触手プレイ】

『有名配信者、悲劇の初陣』

『配信サイト運営が協会に苦言』

 

「おー、沸いてる沸いてる」

 

 午後四時、病院のロビーにて。診察を待つ患者や見舞い客などが入り交じる中、小舞はのんきにスマホをいじっていた。

 

 デスヘイズの容態は問題ない。意識を失っているのは疲労困憊によるもので外傷や取り返しのつかない傷はなく、じきに目を覚ますだろうと診察された。協会の息のかかった腕利きの医者が言うので間違いはない。

 

 であればさっさと地元へ帰ろうと踵を返したのだが、ふと気になってネットの反応を調べているのが現状である。

 

 さすがに元々有名な配信者だけあって、デスヘイズの致命的な失敗は多くの話題を呼んでいた。チャンネルがBANされる直前の彼女のあられもない姿が匿名掲示板に出回り、不謹慎だけど抜ける、エロいなどと盛り上がっている。小舞はその無神経さにむっと眉を寄せつつ、確かにエロいのは事実だから端末に保存してクラウドにもバックアップを取っておいた。

 

「私はひどいやつだ……」

 

 小舞は自嘲気味に笑った。目の当たりにしたピンチに思わず飛び出してきておきながら、超有名配信者の大失態に心のどこかが浮足立っている。人の不幸を喜んでいるのだ。小舞は魔法少女だが、凡俗な小悪党でもあった。

 

 小悪党はそんな自分を恥じることもなく、堂々とベンチから立ち上がり出口へ向かった。ここから地元までは電車で三時間かかる。往路は協会にヘリを飛ばしてもらったが、あまり借りは作りたくない。

 

 そうして病院を出ようとしたところで、白衣の女性が小走りに近づいてきた。よく見ると、それはデスヘイズの容態を診察した女医だ。

 

「ああ、いたいた! アースさんたいへんです、彼女が!」

「え、ちょ、なんですなんですどうしたんです?」

「とにかくたいへんなんですよ! すぐに彼女のところへ来てください!」

 

 女医は一方的に告げると、エレベーターホールの方へ向きを変える。小舞は血の気が引くのを感じながら後に続いた。

 

 まさか容態が急変した? それとも意識を取り戻したとたんパニックで暴れまわっている? 悪い想像が頭をよぎっては消えていく。女医に問ただそうにも怖くて聞くことができない。

 

 早鐘を打つ心臓に急かされるように個室の病室へ転がり込む小舞と女医。果たしてそこにいたのは──

 

「あっ、あーちゃんさん! やっぱりあーちゃんさんが助けてくれたんですねっ!」

「え?」

 

 健康的な顔色でベッドに上体を起こしている、デスヘイズだった。一応患者衣だが血色も声音も雰囲気も健康そのものに見える。たいへん、と表現するような状態には到底見えない。

 

 女医へ視線を向けると、彼女はしれっと答えた。

 

「デスヘイズさんがあなたにお礼を言いたいと。ですが普通に引き止めても面倒臭がって会わないだろうと会長がおっしゃるので、一芝居打ちました」

「汚い! 大人きったない!」

「私は会長の助言に従ったまでです。ではごゆっくり」

 

 女医は仕事は済んだとばかりそそくさ退室していった。あの死に損ないババア、と小舞が電話越しの老婆へ怨念を飛ばしていると、デスヘイズがしょんぼり肩を落とす。

 

「ごめんなさい、私が会いたいなんて言うから……迷惑、でしたか?」

「あーいや、ごめん、迷惑じゃあないよ。座っていい?」

 

 小動物めいた美少女に上目遣いで迫られ、突っぱねる小舞ではなかった。了承を得てスチール椅子を引っ張り出し、腰掛ける。

 

 同時に、小舞の小さな自尊心がむくむくと鎌首をもたげた。何も言わず去るつもりだったが、事ここに至ってはお説教でもして先輩風を吹かせたい。

 

 その内容をまとめ始めたところで、デスヘイズが頭を下げる。

 

「あのっ、助けていただいて本当にありがとうございました! 私、佳住(かすみ)しえって言います。あのあの、あーちゃんさんの配信はいつも楽しく見させてもらってます!」

「カス・みしえ? 芸人でももっとマシな名前でしょうに」

「かすみ・しえですっ! 滑ってる芸名みたいに言わないでください!」

「ご、ごめん。私、奏地です、はい」

 

 ありがとうとごめんの間断なき応酬。奇妙なやりとりに小舞は首を傾げ、デスヘイズ改めしえはくすりと笑みをこぼした。

 

「優しいんですね。気を遣って冗談を言ってくれるなんて」

「ま、まあね」

 

 まさか素で間違えたとは言えず、鷹揚に頷いておく。

 

 するとしえはおずおずと、慎重に伺いを立てるように続けた。

 

「あのう、その優しさにつけ込むみたいでアレなんですけど……」

「うん?」

「私を助け出すところ、奏地さんのチャンネルで配信しました、よね? できればそのときのアーカイブを残さないでほしいなって……」

「は? してないしてない、するわけないでしょ配信なんか」

「えっ」

「えっ?」

 

 二人はお互いに呆然とした。

 

 アーカイブとは生配信の録画だ。配信が終わると自動的に配信サイトのサーバーに保存されるが、配信者側で削除することもできる。しえはそのようにしてほしいらしいが、そもそも小舞は救出劇を配信していない。

 

 しえは目をぱちくりさせて首を傾げている。

 

「どうしてですか? チヤホヤされたいんですよね? やらかした私を助けるところなんて、すごくおいしいシチュエーションだと思うんですけど」

「はぁ〜? 何言ってんのあんた?」

 

 しえの意図を理解した小舞は、機嫌を損ねた。

 

「確かに私はチヤホヤされたいし注目もされたい小者だよ? だけど人の失敗やピンチをネタにしてまで人気者になるなんて、なんか、こう、違うじゃん。気持ち悪いじゃん。そーゆーのは私の好きなチヤホヤじゃない」

 

 明確な言葉には出来ないが、要は気持ちの問題だ。悪者に捕まってあられもない姿を晒している女の子を助け出すのは確かに映像として映えるだろう。画角を調整すればガイドラインギリギリの絵面で配信することもできただろうし、更なる人気の呼び水になったかもしれない。

 

 しかしそれはなんかイヤだ。なんか違う。この美学とも呼べないちっぽけな感性があるからこそ、小舞の承認欲求はややこしく面倒くさいのだ。

 

 しえはしばし遠い目をしながら小舞の言葉に聞き入り、やがて熱っぽい目を小舞へ向けた。

 

「すごいなぁ……」

「何がよ。ええい、もうこの勢いで言いたいこと全部言うからよく聞けい」

「は、はい!」

 

 続けて小舞は先輩風を吹かせることにする。立ち上がって胸を張ると、しえは真剣な顔で背筋を伸ばした。

 

「デスヘイズ! あなたは誰か魔法少女の知り合いはいる? 経験豊富で人柄も信頼できるような人がベスト」

「……います! 一人だけ!」

「えっ、いるの!? じゃあその人に連絡取って弟子にしてもらうよう頼みなさいっ!」

「弟子ですか!?」

「そう! 私だってなりたての頃は師匠がいた! 協会は知識だけ優秀だけど、結局現場で手とり足取り教えてくれる師匠が一番なんだよ!」

 

 魔法少女協会は移動手段や情報源としてかなり有用だが、異界の中で魔性存在と戦えるのは魔法少女だけだ。今回のような失敗を繰り返さないためにも、誰かに師事するのが安全──と、その時小舞は思い出した。

 

「いやその前に、魔法少女続ける? 別に戦う義務はないわけだけど」

「続けます、もちろん!」

「あ、そう」

 

 隠れ魔法少女が存在するように、魔法少女に戦う義務は一切ない。今回の失敗に懲りて、魔性存在に目を瞑り魔法の力を使わないようになるのも選択肢の一つだった。

 

 それを言下に否定されたので、小舞は微笑を浮かべて踵を返す。言うべきことは言った。

 

「じゃ、その頼れる魔法少女さんによろしく。頑張ってね」

「はいっ! よろしくお願いします、おししょー!」

「ん?」

「え?」

 

 しえはベッドの上で正座して礼儀正しく頭を下げた。

 

 何かがズレている感覚。こわごわと頭を上げたしえと目が合い、小舞は困ったように笑う。しえもにへら、と笑った。

 

「えっと……なんで私によろしくを?」

「だって、経験豊富で頼れる魔法少女の知り合い、ですよね。まさにおししょーのことじゃないですか」

「知り合い!? 知り合いだったの私たち!?」

「はい、お互いに自己紹介しました!」

 

 なるほど確かに、と小舞は納得した。顔を合わせて名乗りあえば友達とはいかずとも知り合いの基準は満たせるのかもしれない。

 

「や、でも……私の地元、ここから電車で二、三時間はかかるよ? 協会のヘリがあるにしてもいちいち通うのは……」

「そんな遠いところから助けに来てくれるなんて……!」

 

 感極まったようにうるうると震え、しえは小舞の手を両手で握った。

 

「じゃあじゃあ、引っ越します!」

「学校とかは」

「どうせ友達いないんで平気です!」

「ご両親は」

「ダダをこねます!」

「ふむ」

 

 しえの回答は無茶苦茶だが歯切れは良い。その溢れ出るやる気に若干押されてか、悪くない、と小舞は思い始めた。

 

 というのも、配信チャンネルのマンネリ化が念頭にある。今のところ雑談と悪鬼退治、推し探しの三つしかコンテンツがないのは娯楽としてまずい。雑談はいずれ話すネタが尽きるし、悪鬼は圧倒的火力で瞬殺ばかりなので絵面が心配だし、推し探しはそもそも他の魔法少女たちに塩を送るような内容だ。何か魔法少女シャタードアース独自の面白さが必要だった。

 

 そのための新しい取り組みとして、弟子を育成する。弟子の成長を通して魔法少女のイロハを発信すると共に、自分は師匠扱いされて気分がいい。

 

 たちの悪い小者思考に染まった小舞は、意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「おししょー?」

 

 眼前には、人形のように整った小顔を無邪気に傾げるしえがいる。彼女はわずか三年足らずでネット上を席捲した有名人であり、小舞が日夜嫉妬の炎を燃やしていた相手だ。そんな彼女に師匠扱いされるのは、気持ちが良い。

 

「弟子かぁ。ああでもどうしよっかなー私も忙しいしなー」

「そ、そんな! お願いです! 私、おししょーのためなら何でもやりますっ!」

「あーっ、よしおっけー満足した! よろしくマイ弟子! なんでもかんでも手とり足取り教えてあげるからねぇ!」

「ひゃあ!?」

 

 大満足の小舞は、しえを熱く抱いて頬ずりした。困惑気味のしえも次第に口角が緩み、ふにゃりと相好を崩してされるがままになる。

 

 無垢な少女が一人、最低で最強な魔法少女の門下に入った。

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