マジカル☆ストリーマー   作:ぬおーっ

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第5話

【スパルタ】デスヘイズちゃんをしごく【指導!】

 

「映ってるかな?」

「バッチリです!」

「よしっ、みんなこんにちはー。今日はデスヘイズちゃんを足腰立たなくなるまでビシバシしごいていきまーす」

「よろしくおねがいしますっ!」

 

コメント

:!!?!?

:待て待て待て待て

:初手視聴者置いてけぼりはやめるんだ

:かっ飛ばしすぎぃ!

:デスヘイズちゃん大丈夫?

:マジで師弟関係になったん?

:ここ河原? 修行配信ってこと?

:説明プリーズ

 

「説明ぃ? やだ!」

「イヤなんですか!?」

「めんどくさいからおめーが話せ、弟子!」

「おまかせくださいおししょー! えっとえっと視聴者のみなさん、まず私のチャンネルと放送事故の件ですが──」

 

 三脚付きカメラに向かってかいつまんで経緯を説明するしえを横目に、腕組みした小舞は偉そうにふんぞり返った。流れるコメントの幾人かはあからさまな後方師匠面に草を生やす。しえが小舞の弟子となってから初めての師弟配信だった。

 

 撮影場所は近所の河川敷。ランニングコースや野球場などが整備された下流とは違って、年中草に覆われた人気のない上流である。いつも小舞の部屋かどこかのビルの屋上から始まるパターンとは違う。その上小舞としえはバトルドレスでもだらしない部屋着でもない上下体操服姿であり、小舞に至っては「鬼」とマジックで書かれたハチマキを締め、古式ゆかしいハリセンを担いでいる。イレギュラーな新情報の濁流に視聴者が混乱するのも無理のない有様だった。

 

 しえはチャンネル凍結の謝罪から話を始め、今は小舞に助けられたことについて語っている。

 

「で、もうダメだって思って諦めかけたとき、おししょーが颯爽と現れて助けてくれたんですね! 私は気づいたらお姫様抱っこされてて、おししょーが耳元でささやくわけです! よく頑張ったねハニー、私が来たからにはもう安心だ、って。ひゃーっひゃーっ、もうかっこよすぎですぅ!」

「言ってねえだろ特盛レベルで盛ってんじゃねえぞコラァ!」

「はう」

 

 ハリセンをフルスイングすると、しえの尻はすぱぁんと小気味よい音を立てた。

 

「す、すみませんおししょー私ったらつい脚色を……正しくは無言で頭を撫でてくれた後おでこにチューでしたね!」

「うーん分かった、すっこんでろ」

「ええ!?」

 

 際限なく美化されていく話にしびれを切らし、小舞はデスヘイズの尻をぺしぺしはたいてフレームアウトさせた。代わって視聴者たちの疑問に応じ簡潔に質疑応答していく。同時視聴者数は放送事故効果のせいか十万を越えていたが慣れとは恐ろしいもので、小舞の語り口が澱むことはない。

 

 デスヘイズの活動地域は小舞の自宅から幸運にも近かったので、救出へ向かった。病院に運んだ後二人は話が弾み、師弟関係を結ぶ。今後のシャタードアース配信チャンネルの内容は、悪鬼退治と雑談に初心者魔法少女デスヘイズの修行が加わることになる。

 

「以上!」

「あれあれ、おししょー? 幸運にも家から近かったというのは……」

「おだまり!」

「はーい」

 

:すでにめちゃくちゃ仲良くなってるww

:まあ助けた相手がまた知らないとこでピンチになっても後味悪いもんね

:助けたの一言で済ますの強者感ある

:デスヘイズちゃんが完全にほの字なんだが

:ヘイズちゃんが幸せそうなら良かったよ。これからはこっちの配信で応援していく

:おししょーさん投げ銭させてくれろ

:魔法少女の修行って何するんだろ?

 

「人多いなぁ」

 

 コメントの流れがいつもより速い。チャンネル登録者数が右肩上がりに増加している。

 

 デスヘイズは元々ネット上で活動していた人気のクリエイターだった。歌ってみた、描いてみたジャンルで頭角を現し、瑞々しい声音が評価され生配信に活動を広げ、人間離れしたマルチタレントぶりが世界中から注目を集めていたネットアイドル。

 

 そのアイドルのチャンネルが凍結されたことで、フォロワーたちは小舞のチャンネルを難民キャンプにしているものと思われた。初見と思しきコメントが多いのもそのためだろう。

 

 そういったデスヘイズの元フォロワーたちに対し、小舞は一切忖度しない。意地悪そうに笑ってハリセンを肩に担ぐ。

 

「じゃあくっちゃべってるのもなんだし、魔法少女の修行初めていきましょうか。見ての通り私鬼ししょーだかんね、相手がデスヘイズちゃんだろうと容赦しないから」

 

:wwww

:その格好でイキられてもな

:何この子かわいい

:ハチマキハリセンスタイルはその、なんというか

:極めて何かアホの子の香りがします

 

「だーれがアホの子だ怒るぞっ!」

「……ふふっ」

「はい決めたもう決めた! おししょーを笑ったデスヘイズちゃんはもう泣くまで筋トレですぅー!」

「はいっ、頑張ります!」

 

 そうしてついに始まった魔法少女の修行は苛烈を極めた。まずは腕立て伏せ十回を三セットの予定だったが一回すら出来なかったので急遽膝をついても良い優しいメニューに変更し、その次は腹筋と背筋をそれぞれ十回三セット、続けてスクワットにかかろうとしたところでデスヘイズが斃れた。

 

「はぁ、ふぅ、も、もう無理ですぅ」

「思ったよりモヤシだなぁ?」

「すみません……」

「まあ何の意味もないから別にいいんだけど」

「何の意味も……はい!?」

 

 目を丸くするデスヘイズに、しれっと答える小舞。コメントでは感嘆符と疑問符が乱流を成している。

 

 魔法少女はバトルドレス姿に変身することで建設重機並みの身体能力を得られる。あえて変身せずに魔性存在と対峙する必要はないので、いくら筋肉を鍛えても意味はない。

 

 ではなぜ修行の第一歩に筋トレを課したかというと、

 

「スポ根みたいでかっこいいじゃん」

「みなさん助けてください、おししょーにいじめられてます」

 

:ひでえww

:でも体操服姿でハアハア言ってるデスヘイズちゃんは眼福でした

:デスヘイズちゃん強く生きて

:いいぞもっとやれ

 

「おっけーもっとやる」

「やめて!?」

 

 ひとしきりふざけて撮れ高を確保したところでふと、小舞が思い出したように空を見上げ、変身。ハリセンとハチマキが輝く粒子に分解されると、アシンメトリーな蒼い鎧とハンマーへ姿を変え、シャタードアースのバトルドレスを形成する。小舞はデスヘイズにも変身するよう促した。

 

「真面目な話、私も最初師匠に筋トレやらされたんだよね。そんで意味ないよって言われてキレた。デスヘイズも弟子が出来たら同じことしていいよ」

 

「負の連鎖をおすすめしないでください……おししょーにも師匠がいたんですね」

 

 デスヘイズは小舞に言われたとおり和ロリに大鎌のバトルドレスを身にまとい、カメラに近づいて持ち上げる。一人称視点の配信画面には小舞一人が映り込む。

 

 小舞はくるりとカメラに背を向けながら、

 

「うん、いたよ。カメラ持ってついてきて、悪鬼が出た。実践で修行する」

 

 地面を蹴って駆け出す。画面はしばし呆けたようにぐんぐんと小さくなる小舞の背中を映していたが、大慌てで追従を始める。魔法少女の機動力を想定した高度な手ブレ補正がはたらき、配信画面は安定している。

 

 被写体の小舞は悪鬼特有のもやもやした感覚を遠方に感じながら、懐かしい日々のことを思い出していた。魔法少女のちからに目覚めて間もなく出会った、憎たらしくも愛しい師匠との日々。

 

『筋トレに意味? あるわけないでしょ、変身したら終わりだし。じゃあなんのためにって、修行っぽくてカッコいいからに決まってるじゃない』

 

 そう答えられたとき、小舞はハンマーを振り回して師匠に殴りかかったものだ。思い出すと腹が立ってきた。

 

 コンテンツとして面白そうなどという軽い理由でデスヘイズを受け入れた小舞には弟子育成の経験など皆無だが、参考にできる記憶はあった。小舞のやりたいことを中心にかつての師匠にやらされたことを随時取り入れていけば、それっぽい師弟配信になるだろう。

 

 小舞の師匠は体作りよりかは雰囲気作りに意味のあるトレーニングを弟子にやらせた後、実践修行を繰り返した。ちょうど悪鬼の反応が現れたので、小舞もその経験に倣っている。

 

「お、あれだね」

 

 駅前繁華街、表から一本外れた暗い路地の片隅。落書きと経年劣化で黒ずんだ雑居ビルの立ち並ぶそこに、悪鬼の反応はあった。周囲に人の気配はない。今回は一般人に取り憑く前らしい。

 

 建物の壁面を軽やかに蹴って宙空を舞っていた小舞は、地上へ落下しつつ悪鬼の反応へ突っ込む。伸ばした腕が地面近くの空間へ飲み込まれ、身体も消えた。その姿を追うカメラは躊躇する暇なく、小舞と同じルートで異界へ滑り込んだ。

 

 画面が暗転。ほどなく映し出されたのは、モノクロに染まった町並みと小舞の後ろ姿。そこは向こう側とも世界の裏側とも呼ばれる魔性存在の巣窟だった。

 

 当然その空間の主である悪鬼も奥に控えている。無数の黒い触手の絡み合う異形の巨体が、小舞の正面に身をくねらせていた。黒光りする触手の表面に穿たれた大小様々な穴の中には、黄ばんだ乱杭歯が並んでいる。小舞の悪鬼退治配信ではおなじみ、ヘイトレッドタイプの悪鬼である。

 

 おどろおどろしい見た目にデスヘイズは息を飲み、気を紛らわせるためコメントに目をやる。

 

:またお前か

:悪鬼くんチッスチッス

:さすがに見慣れた感あるな

:慣れはしないけどものすごい安心感w

 

「デスヘイズ。どんなタイプの悪鬼にも絶対勝てる必勝法があるんだけど、どんなだと思う?」

「えっ、えーっと」

 

 思いの外落ち着いた視聴者たちの反応に困惑していると、小舞が言った。

 

 どんな悪鬼にも勝てる絶対の方法、戦い方、戦法。直接悪鬼に対峙するのはまだ二度目なデスヘイズには見当もつかない。そんな魔法のような方法があれば誰も苦労はしないだろう。

 

 背後で答えあぐねているのを察し、小舞は分かりやすい回答を示すことにした。

 

 左半身を正面にして、ハンマーを振り抜く姿勢で身を低くする。悪鬼が何かするよりも早く、思い切り地面を蹴った。

 

 異界のアスファルトが爆ぜ、小舞の小さな身体が弾かれたように宙を突進。悪鬼に近づいたかと思うと、奇妙な現象が起こった。

 

 悪鬼の身体が爆散したのだ。まるでコマ落ちした動画のように、小舞はいつの間にか悪鬼の向こう側に着地して、ハンマーを振り抜いた姿勢で残心している。その姿勢を解いて振り向き、石突を地面に突くと、四散した悪鬼の黒い身体がきらめく粒子となって宙を彩る。ほどなくモノクロの異界に色がつき始め、二人は元の世界の路地裏へ帰された。

 

 小舞は変身を解除して、体操着姿で胸を張る。

 

「殺られる前に殺る。向こうが何かする前にこっちの魔法でゴリ押しする。そしたらどんな悪鬼も瞬殺なワケ。分かった?」

「分かっ……りません! 分かったけど分かりません! なんか色々おかしい気がします!」

 

:草

:このドヤ顔である

:これにはデスヘイズちゃんも困惑

:絶対に負けない方法、それは勝つこと、って理屈と同じじゃねーか!

:ちょっと待ってあーちゃん今何したの?

:いつもの三割増で瞬殺だったな

:何もしないのに悪鬼が爆発した

:悪鬼をPCみたいに言うんじゃない

 

「何をしたかって、すれ違いざまに原型なくなるまで殴っただけですよ? あ、もちろん魔法を使ってですけど」

 

 小舞のしたことは至極単純で、魔法少女の膂力とハンマーの遠心力を利用した全力の打撃を秒間百を超える速度で叩き込んだだけだ。

 

 ただしいくら魔法少女の怪力があるといっても魔法なしでここまでの連撃は不可能だ。小舞は自身の固有魔法『地球っぽいことができる』の一端、大気操作を活用した。

 

 長柄のハンマーを全力で振るうと柄頭が音速を超え、空気抵抗が衝撃波と加熱を発生させつつ攻撃のエネルギーを分散させる。小舞はこの空気の壁を大気操作によってハンマーの軌道から排除し、超音速かつ無音の打撃により悪鬼を挽き肉へ変えたのだ。

 

 かいつまんで解説すると、デスヘイズは目を白黒させている。

 

「大気操作……? それってめちゃくちゃすごいことなのでは……?」

「そうとも、私はスゴイぞ!」

 

 得意げにする小舞にデスヘイズは頭を抱える。

 

「あの、おししょー。魔法で瞬殺するって言っても、みんながみんなおししょーみたいな魔法を使えるわけじゃ……」

「使えるよ、魔法少女だもん。デスヘイズは自分の魔法が何か分かる?」

「わ、分かりません」

「魔法少女の魔法はみんなスゴイ。それさえ使えれば悪鬼程度なら楽勝になるよ。まずは固有魔法を覚えるのを目標にしよっか」

 

 殺られる前に殺る。必勝法としては若干雑に聞こえなくもないが、小舞は一切ふざけていない。悪鬼はタイプごとに強さや能力が異なり、初見では対応の難しい行動もあるが、そういった不利を一方的に押しつぶす不条理な力こそ、魔法少女の強みなのだ。

 

 小舞の真面目な声音に気づいてか、デスヘイズは胸の前で拳を握る。

 

「……分かりました! 頑張ります!」

 

 こうして、弟子育成配信は固有魔法の習得を目標とし、本格始動したのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「もういや……死にたい……」

 

 小舞は布団の上でスマホを放り投げ、無気力な目で天井を見上げた。後十五分で定期配信の時間だがまるでやる気が起きない。悪鬼の気配もないからこのままふて寝しよう、憎たらしい弟子の小娘がやってきても居留守を使ってやろう、と心に決める。デスヘイズを迎えた配信から半月の時が過ぎた頃である。

 

 新人魔法少女デスヘイズの育成企画は当初、うまくいっていた。小舞はデスヘイズに魔法の武器である大鎌の素振りと魔力制御の方法を指導し、デスヘイズは少しずつ固有魔法の感覚を掴もうとしていた。不定期で悪鬼が出現するとすぐに二人で現場に駆けつけ、小舞の見守る中でデスヘイズがおっかなびっくり大鎌を振るい、日に日に洗練されていく動きはまさにいっぱしの魔法少女然とした儚い凛々しさを伴うようになった。視聴者たちは未熟な新人アイドルのおっかけよろしくデスヘイズの上達ぶりを喜び、応援した。頑張れ、かっこいい、かわいい、もうちょっとだ、努力熱心だ──大衆の注目はチャンネル主の小舞から、デスヘイズに移っていた。

 

「うう、私なんてどうせ……ぐすっ」

 

 冷房の効いた部屋の中、シーツの下で小舞はすすり泣く。弟子を立派に育て上げる自分を褒めてもらうはずだったのに、成長する弟子の方がチヤホヤされている状況は、ケチで面倒くさい女である小舞にとって非常に屈辱的だった。

 

 しばらくふてくされていると、玄関から物音。軽やかな足音が響き、件のデスヘイズこと佳住しえが姿を現した。

 

「おししょー、来ましたよーってどうしたんですか!?」

 

 しえは暗い室内と布団を見て取ると、慌てて小舞に駆け寄る。

 

「風邪ですか、それともお腹壊した? だから冷房つけっぱなしで寝ないでって言ったのに!」

「……違う」

「じゃあ生理ですか? あれっ、でもおししょーのはもう少し先のはずですよね? あれれ?」

 

 いかにも純真に、良心から心配しているしえ。その良い子ぶりが小舞のプライドを逆撫でした。

 

「な、ななっ、何ですか何ですか!?」

 

 しえの細腕をつかみ、布団に引き倒す。上下を入れ替えて馬乗りになると小舞の拗ねた泣き顔があらわになり、しえは目を丸くした。

 

 無遠慮に小舞が顔を近づけると、しえは赤面して逃げようとするが、マウントを取られていては身をよじるしかできない。二人は互いに目と鼻の先の距離で見つめ合った。

 

「おししょー、こういうのはもっと段階を踏んでから……」

「むかつく」

「んっ」

 

 小舞の両手がしえの胸を掴む。ほのかな膨らみにふにゅ、と指が食い込んだ。

 

「かわいくて良い子で努力家でしかも歌とか絵も上手くて極めつけに魔法少女とか、完璧にも程があるでしょ。そりゃ人気者になるわ。魔法少女以外に何の取り柄もない私なんてせいぜい引き立て役にしかなんないってのちくしょー」

「ふ、ふふっ」

「笑うなぁ!」

 

 小舞の指が激しく動くとともに、しえの身体が小刻みに跳ねる。しかししえは息を荒くしながらも、まっすぐに小舞を見上げて言った。

 

「おししょーは寂しがりなんですね。かわいい、かわいいです」

「はぇ」

「そういう気持ちをまっすぐ、隠さずに伝えてくれる。そんな正直者なところもかわいい、ですよ」

「や、え、何言ってんの君」

 

 小舞は立ち上がりさっと距離を取った。上体を起こし名残惜しそうに胸元へ手をやるしえを前に、混乱を禁じ得ない。理不尽な八つ当たりに遭ったかわいそうな少女の態度とは到底思えない。小舞はしえに嫉妬を超える恐怖を覚えた。

 

 珍獣と遭遇したように硬直する小舞に対し、しえはこてん、と首をかしげた。

 

「続きはしないんですか?」

「し、しないよっ!」

 

 ツッコミの後で、小舞はバツが悪そうに視線を落とし、

 

「ひどいことをしてごめん……」

「いいえ、大丈夫。私はおししょーになら何をされても平気ですから」

「……何をされても?」

「はい、何でもどんなことでも!」

「そっかぁ」

 

 得体の知れない重圧を感じつつも、小舞のメンタルはしえの言葉をきっかけに急速に上向いていった。

 

 急な八つ当たりに抵抗もしないどころか何をされても構わないとさえ主張するしえ。これは小舞にしえへの際限なき優越感と征服感をもたらし、結果として自分への自信につながった。しえが小舞にどれほど酷い仕打ちを受けても受け入れる確信は、胸がすくほど気持ちいい。僻み根性極まる小舞にとって、優れた他者への優位性は何より効果の高い劇物だった。

 

 この日以降すっかり立ち直った小舞は、配信にいっそうの力を入れた。折よく夏休みに突入した七月下旬、ほぼ毎日配信される魔法少女シャタードアースによるデスヘイズ育成配信は、ネット民なら知らぬ者はいない一大コンテンツとして名を馳せた。

 

 配信中は変わらず小舞よりもデスヘイズの方に注目が集まっていたが、小舞がいちいち凹むことはもうない。むしろもっと大胆にデスヘイズを前面へ出すことが増えた。デスヘイズがいかにチヤホヤされようと、デスヘイズになぜか好かれているらしい自分の方が偉い、強い。愚かな思い込みが余裕を生んだ。

 

 また、デスヘイズが固有魔法の習得で行き詰まったことも、小舞の暗い悦びにつながった。

 

「おししょー、最近私、前に進んでいる気がしません……」

「うん、そうだねっ!」

「なんでちょっと嬉しそうなんですか!?」

「人の弱みを見つけると安心するんだよね。ああこの有能野郎にもできないことあるんだ、って。ね?」

「しませんよ! おししょーは性格がいいくせに悪いです、ひどいです!」

「どうどう」

 

 素振りと瞑想による魔力制御によって、大鎌の振り方は様になってきた。しかし悪鬼を独力で退治するのは叶わず、固有魔法も曖昧な感覚を覚えるだけで習得には至らない。ただ、実が伴わずともデスヘイズが汗水垂らして努力する姿は小舞にとっても視聴者たちにとってもコンテンツとして成立した。女の子が頑張る様は美しい。

 

 とはいえ小舞単体での人気も負けているわけではなかった。

 

「ぶっちゃけ雑談のネタも尽きてきたなー。デスヘイズ何か歌ってよ、歌うまいんでしょ」

「えっいいんですか? チャンネル乗っ取っちゃいますよ?」

「いいよいいよ、何ならお絵かきでもなんでも好きにやっちゃえ」

 

:歌ってみた来たあああ

:天使の歌声復活!

:このままじゃほんとにデスヘイズちゃんのチャンネルになりそうなんだが

:シャタードなんとかさんはアシスタントかな?

:初回から見てる勢としてはなんか複雑。。

 

「年上のおししょー様として器の大きさ見せつけていくよー。かーっ器デカすぎてチャンネル乗っ取られちゃうわー」

 

:うぜえw

:その器でか過ぎて底抜けてますよ

 

「誰が底抜けガバガバ野郎だコラァ! てめー名前覚えたからな『委員長のケツ』ぅ!」

 

 隙あらばイキるスタイルの小舞はしばしばコメントに煽られた。そのたび律儀に反応するので、打てば響くというか響きすぎてやかましい一種のキレ芸として持て囃された。普通にチヤホヤされたい小舞としてはこの扱いは不本意で、そっちがその気なら徹底抗戦だと決めてひたすらキレた。気安く面白い芸を披露してくれる気前のいいマジストとして更なる人気を呼んだのは言うまでもない。

 

 そうして二人は、デスヘイズの修行を中心に雑談や悪鬼退治をローテーションする日々を過ごす。四月の初配信から四ヶ月経った8月初旬、かつて日陰者だった魔法少女たちはすっかり人類の守護者兼面白ストリーマーとして世界中に知れ渡っていた。その草分けとなった小舞のチャンネルには多くの視聴者が集まり、人気配信者デスヘイズの話題も相まってマジスト界隈ではトップクラスの同時視聴者数を叩き出していた。

 

 そんな人気者になったからこそ、当人にとっては何気ないある日の発言が大きな波紋を呼ぶこととなる。

 

【雑談】魔法少女あーデス【マシュマロ】

 

『あーちゃんさん、お願いがあります! いつも脱ぎ散らかしている靴下を視聴者プレゼントにしていただけないでしょうか! もちろん使用済み未洗濯で!』

 

「はっはっは、キモイぞ去れ」

「でもおししょーもおししょーですよ? 脱いだものはちゃんと洗濯機に入れましょ?」

「できるならやってらい。次!」

 

『単刀直入にお聞きします! 二人はどこまで行ったんですか?』

 

「どこまで? んん?」

「おししょーこれはあれですよ。カップルが手をつないだとかキスをしたとか、え、えっちなことしたとかいう……」

「なるほど。別に何もしてないけど、一緒に寝るくらいなら毎日じゃんね」

 

 コメント欄が尊いだのキマシタワーだので溢れる。しえは照れ笑いを浮かべているが、小舞は何も恥じることはないので堂々と答えていった。

 

 マシュマロとはSNSと連動し匿名で配信者などに質問できるサービスである。この質問に答えるのはマジストのみならず、多くの配信者にとって馴染みのあるコンテンツだ。

 

「最近よくデスヘイズがうちに泊まるんだけど、布団一つしかなくて、だけど新しく買うのも面倒だから一緒にね。正直暑苦しいから夏は帰ってほしい」

「えへへ、だってだって、おししょーが寝苦しそうにうめいたりもぞもぞするのがかわいくってぇ。汗の匂いとかもすっごく良いにおいたたた」

「殺されてーのかてめーは?」

 

:ええ…(ドン引き)

:ガチトーンでアイアンクローは草

:アイアンクロー喰らいつつ笑顔なデスヘイズちゃん強い

:最近デスヘイズちゃんが純真なまま変態と化してて草生える

:これはこれで尊い

:百合豚くん守備範囲広くなーい?

 

「次、次!」

 

『あーちゃんさん、初回配信で変身するときノリノリでポーズ取ってましたけど、あれもうやらないんですか?』

 

「やらない、めんどい」

 

:心底めんどくさそう

:そういえばあれっきりだな

:今はピカっとして蒸着!

:変身シーンまとめでもかなり評価高いよあれ

 

「おししょー、私もまた見たいですっ!」

「んもーそんな目で見ないでよ。分かった分かった一回だけね。やれと言われるとなんか恥ずかしいんよ」

 

 しばらくは二人の関係性や変身、魔法関係の軽い質問が続く。時に実演を挟むマシュマロ配信は和気あいあいとした雰囲気に包まれ、平和的に進行していった。

 

 しかし溜まった質問をランダムで選んでいる関係上、いつまでも同じ方向性とはいかない。

 

 唐突に現れたその質問は、業務用の袋詰マシュマロを一ダースぶん投げたような重量感を放っていた。

 

『シャタードアースさん、デスヘイズさん、初めまして。

 

 私は隠れ魔法少女です。5年前魔法少女になりましたが、迫害が怖くて親にも友達にも秘密にしています。近くで魔性災害が起きても見てみぬふりをしています。

 

 罪悪感は覚えますが、もう慣れました。命がけで戦っても何一つ見返りがなく、それどころか石を投げられるなんてまっぴらです。

 

 そこで二人にお聞きしたいのですが、なぜお二人は戦うのですか? 特にデスヘイズさんは、あんなに怖い思いをしたのにまだ戦い続けようとしています。どうしてそこまでして戦うのですか?』

 

「自分を偽りたくないからですっ!」

 

 重厚かつ長い質問に間髪入れず答えたのはデスヘイズだった。

 

 ネット配信を経て人気者になりつつある今とは異なり、一昔前の魔法少女の扱いは陰惨を極めた。命がけの戦いに身を投じて見返りどころか打擲を受ける情勢。一度は隠れ魔法少女として生きることを選んだデスヘイズだからこそ、質問者の気持ちが分かった。

 

「私もちょっと前までは隠れ魔法少女でした。だけど思ったんです、誰かを守る力があるのに、いつまでも隠れたままでいいのかって。そんなときおししょーの配信を見かけて、隠れるどころか堂々とさらけ出してるのを見て勇気をもらいました。自分の気持ちを、世の中の役に立ちたい気持ちにウソをつかなくていい。ありのままの自分を出して良いんだって。だから私に言えることは、一歩を踏み出す勇気が大事じゃないかなってことです、はい」

 

:質問の温度差で風邪引く

:え、マジで見返りゼロなの? 協会からお給料とかは?

:ないない、協会は企業でも慈善団体でもないから

:俺なら金積まれてもあんなバケモノと戦えんわ

:まさしく究極のボランティア

:そういやデスヘイズちゃんも隠れだったな忘れてた

:あーちゃんの影響はかなりでかい

:あーちゃんあんまり興味なさそう?

:あーちゃんは何で戦うの?

 

 小舞はしえが答えている間、頬杖をついてコメントを眺めていた。しえは質問者とコメントに真摯に対応し、小舞の態度にふと気がついて「おししょー?」と呼びかける。

 

 しえもコメントも、気になっていた。小舞がなぜ九年も戦ってきたのか。得るものは何もなく差別と迫害だけが約束された戦いを、なぜ今まで続けてこられたのか。

 

 小舞の数秒間の自問自答の末、慎重に言葉を選びながら──後に物議を醸すことになる印象的発言を、ゆっくりと口にした。

 

「……から」

「えっと、もう一度いいですか?」

「知らなかった、から。戦う以外に生きる方法を知らなかったから。だから今まで、戦ってきたんじゃないかなぁ」

 

 戦う以外に生き方を知らない。

 

 マジストの頂点がぽつりとこぼした言葉は瞬時に電脳世界を駆け巡り、波紋を呼んだのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

『シャタードアース氏、マシュマロ回答で闇深発言』

『魔法少女の闇、示唆か』

『SA氏の質問回答が波紋』

『【悲報】最強の魔法少女、戦闘マシンだったwww』

 

「ウヒョー! めっちゃ話題になっとるやん!」

 

 ガチなマシュマロをさっそうとさばいた翌日の朝、食卓の椅子に腰掛けスマホ片手に優雅なエゴサと洒落こんでいた小舞は、バカみたいな歓声をあげた。女を捨てたパンツ一丁の寝間着姿なので、アホらしさに拍車が掛かっている。

 

 床につかない足を行儀悪くぷらぷらさせながら、小舞はエゴサの結果を順に吟味しはじめた。ネットニュースやSNS、匿名掲示板などのまとめサイトが主な検索結果だ。早速一番上のページを開いてみる。

 

『シャタードアース氏、マシュマロ回答で闇深発言

 今話題のマジカルストリームの先駆者にして、現役魔法少女でもあるシャタードアース氏の発言が波紋を呼んでいる。

 問題の発言は氏が配信内で匿名質問サービスマシュマロの質問に回答しているときのことだ。「なぜ魔法少女として戦い続けるのか」という旨の質問に対し、氏は「戦う以外に生き方を知らないから」と答えた。視聴者やフォロワーたちはこの発言を受け、「戦いしか知らないなんてかわいそう」「それだけが人生じゃないって教えてあげたい」「戦いすぎて戦闘マシンになってる」などSNS上で物議を醸した。また、氏の前に回答していた魔法少女デスヘイズ氏の回答「誰かを助ける力がある自分を偽りたくない」についても、良い子過ぎる、あまりにも健気など涙腺を緩ませる視聴者が多数発生した。

 あるOMG関係者は配信の反響について、「魔性災害は人類がいる限り必ず発生し、放置すれば大規模な災害へ発達する。それを無償で未然に防ぎ続けている魔法少女への理解を、彼女の配信を通して深めてもらえれば」と魔法少女の役割を強調した』

 

「だーれが戦闘マシンじゃコラァ!」

 

 腹が立ったのでSNSでそのままつぶやいてみる。数秒でいいねが連続し、注目されてる感に気持ちよくなった小舞はむふーと鼻息をつく。このつぶやきも数時間すれば何かしら持ち上げられるだろう。

 

 マシン扱いにはむっとしたが、何気ない言葉がここまで話題になるのはまさしく有名人になったようで、世間に注目されている快感がたまらない。小舞はニコニコしてエゴサを続行した。

 

 ネットニュースの記事は最初に読んだものとほぼ同じ内容で、タイトルで笑っている匿名掲示板のまとめサイトも嘲笑やからかいよりかは「ガチの闇深は笑えない」「普通ならネタだけど現役魔法少女が言うとシャレにならない」など呆れや困惑が大半で、小舞が腹を立てるような扱いはなかった。

 

 ひとしきりネットを漁った小舞は腕を組み、思案げに天井を見上げた。

 

「大げさじゃね?」

 

 小舞の感覚では大げさな反応に思えた。

 

 要は小舞が幼い頃から魔法少女として戦い続けるあまり、紛争地帯の少年兵めいた精神に達していると勘違いされているのだ。小舞は自分の境遇をそこまで悲惨とは思っていないし、むしろありふれているとさえ考える。

 

 九年間戦い続け、配信を初めて弟子もできた。これまでの人生と比べると大きな変化を迎えている。この機会に自分の魔法少女生活を振り返ってみてもいいかもしれない。

 

 そう考えた小舞は椅子の上で膝を抱え、背を丸めて目を閉じた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「あら珍しい、新人の魔法少女ちゃん? しかもスターシリーズなんてすごいじゃない」

「すごい?」

「ええ、すごい。大したやつよあなたは」

 

 思い出すのは、小舞の原点。

 

 魔法少女の力に目覚め、片親には病原菌を扱うような手付きで捨てられ、無気力に路上をさまよっていたあの日。バトルドレス姿の小舞を認め、あの子は小舞を褒めた。

 

「あたしはリプトミーティア、リプたんまたはミーたんと呼んで。あなたは?」

「こ、まい。かなち、こまい」

「魔法少女名を聞いたんだけどな。まあいいわ小舞、あなた私と組みなさい」

「くむ?」

「んー、友達になりましょうってこと」

 

 ミーたんは小舞の存在を承認し、名前を呼び、微笑みかけ、認めてくれた。小舞はそれだけでどんな辛いことも許せるほど、満たされた気持ちになった。

 

「あっははは! ずぶ濡れじゃない、バカねー」

「うるさい」

「だーから忍者の真似はやめろって言ったのにおバカ」

「うるさーい!」

 

 魔法少女として共に活動した。給水塔をうっかり踏み抜いて、建物の管理人にすごく怒られたことがあった。ミーたんは小舞を置いてけぼりにせず、一緒に怒られてくれた。

 

「うわあーん怖かったよぉー!」

「姿が見えないと思ったらホーニーに捕まってたなんてね……よしよし、もう怖くないわよ」

 

 女の敵に捕まって、丸一日体を弄ばれた。落ち着いた雰囲気のミーたんは珍しく血相を変えて助けに来て、落ち着くまで抱きしめてくれた。

 

「このケーキは何のつもり?」

「誕生日。会長ババから聞いた。おめでと」

「あの死にぞこない勝手に……まあでも、生まれてきたのを祝われるのは、存外悪くないわね」

 

 お礼も兼ねて誕生日にケーキとプレゼントを用意すると、複雑そうに笑った。嬉しさと寂しさが入り混じった表情だった。

 

「で、このプレゼントは首輪かしら?」

「ちょーかー、っていうんだって。ミーたんいつも付けてるから、好きかなって」

「私のこれは首輪よ、犬用の……どう、似合う?」

「かわいい」

 

 ミーたんはいつも首輪を付けていた。電池と電極付きのごついそれと少しずらして、小舞のプレゼントを装着した。かわいかった。ミーたんはいつでもかわいかった。

 

「あぶないよ、ミーたん」

「知ってる、だからいいんじゃない。一歩踏み出せば死、風が吹いても死。これぞ希望って感じよね?」

「意味わかんない」

 

 ミーたんはたまに屋上の縁に立って、変わった思想を語った。

 

「子供が大人に話を聞いてもらうには、どうすればいいと思う?」

「大声で叫ぶ?」

「違うわ。死ねばいいのよ」

 

 あの子は口元を歪めて笑っていた。

 

「大人は子供のことを、言葉の分かる畜生程度にしか思ってない。畜生がいくら喚いたってムダ。だから死ぬしかない。出来る限り劇的に目立つ形で死んで、命の使い方を選べるくらい賢いんだぞって分からせる」

「ふーん?」

「あんなタイミングで魔法少女になって、死に損なったけど……きっと証明する。私は畜生なんかじゃない、人間だってこと」

 

 当時の小舞は人の死について理解が浅く、何を言っているのか分からなかったが、ミーたんは死に場所を探していたのだろう。ミーたんは変身もせず頻繁に屋上の縁に立ち、刃物を首にあてがい、天井に吊るした紐を眺めていた。変わった子だった。

 

 だから彼女は死の間際、とても嬉しそうだった。

 

「あはっ、やったわ。私は命の使い方を選んだ。他の誰でもない自分の意思で。だから私は畜生じゃない、人間なの。人間だって証明ができたの。あなたもそう思うでしょう、あーちゃん?」

 

 空一面を覆う太陽の下、ミーたんと小舞は瓦礫の上に横たわっていた。魔王を異界ごと吹っ飛ばした後のことだった。

 

 ミーたんは魔法の反動で身体の半分が千切れ飛んでいた。背中から伸びる歯車と螺子と皮膜で形成された一対の翼はひしゃげ、砕け、見る影もない。小舞のあげたチョーカーは衝撃で千切れ飛び、頑丈な電極付きの首輪もボロボロになって留め具が壊れていた。

 

「半端な魔力の使い方をしちゃって情けない。まあ、あなたにはあなたのやりたいことがあるでしょう。せいぜい、好きな、死に方を……」

 

 ミーたんの暗い瞳と目を合わせながら、小舞はやりたいことを考えた。

 

 何もなかった。六年間一緒に過ごしたあの子がいなくなった空虚を埋める何かなんて、思いつくはずもなかった。

 それから三年、小舞は機械的に学校へ行き、魔法少女として戦った。それ以外に生きる方法はなかった。小舞の存在をそれまで認めてくれたのはミーたんただ一人であり、その承認は戦いが前提だった。だから魔法少女として戦うことはすなわち小舞の人生であり──

 

 

 

ーーー

 

 

 

「ああそっか、そっか! 私のやりたいことってこれかぁ!」

 

 小舞は弾かれたように顔を上げた。頭が冴え渡っている。点と点が線でつながった気分だった。

 

「私は生きたいんだ。生きてチヤホヤされたいんだ。きっとそれが生きるってことなんだ」

 

 小舞は存在を承認されたかった。自分の名前を呼び、微笑みかけ、思いやり、居場所になってくれる誰か──ミーたんのような誰かが欲しかった。誰かに認められることで自分は大したやつだと信じたかった。承認こそが命の源だった。小舞が戦い続けるのも、大したやつだと信じられる唯一の根拠が魔法少女だからだ。

 

 きっとその考え方自体はとてもありふれている。他人からの承認なしに自分を好きになれるのはほんの一握りだろう。

 

 小舞はありふれた凡人だから、自分を生かしてくれる承認をネット上の不特定多数に求めた。常に誰かから認められることでやっと生きている自分を許容できる。チヤホヤされて生きるのが小舞のやりたいことで、人生だ。

 

 気づいたとたん、小舞は泣きたくなった。

 

「ちっちゃいなぁ」

 

 他人からの承認がないと、生きることさえままならない小舞は凡俗で、救いようのない小者だ。自覚が自己嫌悪につながり、気分が落ち込む。

 

 と、そこで玄関から物音がした。

 

 いつもより気持ち速いペースで足音が響き、短い廊下からリビングへ少女が姿を現す。

 

「おししょー、おはようございまーす!」

「おはよ」

 

 デスヘイズこと、しえだった。

 

 顔をそむけて涙を拭うが、しえは一直線にカーテンを開けに向かったので小舞の落ち込みように気づかない。

 

 しえの方を見やる。差し込む朝日に照らされる彼女はなぜかめかしこんでいた。爽やかな白のロゴTシャツと細かなドット柄の入ったロングスカート、女の子らしいおしゃれなポーチに、足元は涼し気な素足。いつもはツインテールの黒髪は後ろで一つにまとめられ、醸し出す大人っぽさと無邪気な童顔が調和してかわいさに昇華している。バトルドレスほどではないにせよ、洒落っ気が高い。

 

「ひゃ、なんて格好してるんですか!」

「悪い」

 

 光がパンツ一丁の小舞を照らし出し、しえが目を覆う。しかし指の隙間からチラチラ見てくるので、小舞は逃げるように布団の薄いシーツを羽織った。

 

 しえは、シーツからはみ出た小舞の華奢な足にしばしねっとりした視線を送ってからようやく本題に入る。

 

「おししょー、お出かけしましょう!」

「えっ」

「せっかくの夏休みなのに、配信と修行と悪鬼退治だけなんてもったいないです! おでかけ、おでかけ!」

「セミ捕まえてはしゃぐ年じゃないんだなこれが」

「そんなの私だってイヤですっ! 買い物、買い物にしましょう。おししょーの制服ジャージスウェットバトルドレスの四天王布陣をついに崩すときが来たんですっ!」

「まあ……しえが行きたいなら付き合うけどさ。そのテンションはどうしたの?」

 

 しえは一度言葉を詰まらせ、逡巡するように視線を泳がせると、声を一段落とした。

 

「おししょー。世の中には戦う以外にもいろんなことがあるんです」

「お前まで戦闘マシン扱いかチクショー!」

「ち、違いますそうじゃなくて、えっとえっと……」

「もういい!」

 

 立ち上がり、背を向ける小舞。慌てるしえに首を捻って振り返り、言った。

 

「私の並外れたファッションセンスを見せてやる。今日は期待しとけムッツリ弟子っ!」

「お、おししょ〜! って、ムッツリ!?」

 

 感涙しているしえを放って、まず小舞は洗面所へ身だしなみを整えに行った。ネットの記事を読んで気を回してくれたのだろうが、弟子に侮られるわけにはいかない。ナウでヤングなファッションセンスを見せつけ戦闘マシンの汚名を返上する。SNSに最強魔法少女の今どきコーデを写真でアップすれば、ネットの連中も見返せるだろう。

 

 手早く準備を整えてリビングに戻る。

 

「待たせた」

「あれだけタンカ切っといて結局制服ですか!?」

「だってマジでほかはジャージとだぼだぼスウェットしかないんだもん! だから買いに行くんでしょ!?」

「もういっそ変身しましょ? お店に悪鬼がいる体で」

「それは負けた気がするからヤダ!」

 

 きゃいきゃいと二人なのに姦しく、服を買いに行くための服をどうするかでひと悶着。しえと配信と魔法以外のことを話すのは新鮮で、言い合いながらもどこか気分がウキウキする。

 

 失くしたものは戻らない。それでも今できることを尽くして精一杯チヤホヤされる小舞は割と幸せで、満たされていた。

 

 それを守るためなら、命も惜しくないほどに。

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