マジカル☆ストリーマー   作:ぬおーっ

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第6話

「どーよこれ、中々似合ってんじゃない?」

「はいっ、最高にかわいいですおししょー! 抱きしめていいですか?」

「近づくなバカモノ」

 

 試着室から出た小舞はしえの要求を一蹴しつつ、様変わりした鏡中の自分に相好を崩した。蒼い薄手のノースリーブパーカーにデニムのショートパンツ。細く引き締まった手足が惜しげもなく晒しだされ、シンプルながら活動的な印象にまとまっている。

 

 すっかり気に入った。興奮してスマホの写真を連写しているしえを放置し、そのまま会計へ向かう。着てきた学校のセーラー服は袋に詰めてもらった。

 

「しえー、お待たせ。いこいこ」

「えへ、えへへ……はっ? 待ってくださいどうせならもっと部屋着とかパジャマとか買っときましょうよ!」

「それはもったいない。また来る口実に取っておきたいな」

「なるほどなるほどっ、分かりました!」

 

 本音半分、予算に余裕がない言い訳半分で言いくるめ、嬉しそうなしえを引き連れ店を出た。

 

 戦いしか知らない発言の翌日、しえの提案で女の子らしくおしゃれをすることになり、二人は隣町の娯廷市に聳え立つ大型ショッピングモールまでやってきていた。

 

 娯廷グラン・パーク。西日本最大級のモールであり、三百以上ものテナントに飲食店、雑貨店、娯楽施設、アパレル関係など多様な店舗を擁する。ターミナル駅と連絡橋で直結した五階建ての中は吹き抜けで、バルコニーのような通路から身を乗り出すとガラス張りの天井から広場のある一階まで見渡すことができる。各階層は随所に設置されたエスカレーターで行き来するが、立体的かつ広大な作りが迷路のように人を惑わせる悪評も有名だ。

 

 平日とはいえ夏休みだからか、小舞たちと同年代の少年少女の姿が多い。中には部活帰りと思しき制服姿も見受けられた。もしかすると小舞のクラスメイトもどこかにいるかもしれない。

 

 などと考えている小舞の想像を若干裏切って、見知らぬ中学生程度の少女が声をかけてきた。

 

「お、しぇーちゃん奇遇だねぇ」

「やっほー」

 

 しえの中学の友人らしい。弟子入りに伴って中学三年の珍しい時期に小舞の地元校へ転入してきたしえだが、人付き合いはうまくいっているようだ。

 

 小舞が適当に話を合わせようとすると、その女子中学生は身を乗り出して、

 

「サインお願いできますか?」

「やべー私有名人かよ」

 

 生徒手帳とボールペンを突き出してきたので、小舞は良い気分でふにゃふにゃした丸文字で「しゃたーどあーす」と書きなぐった。

 

 別れてから改めて意識してみると、通り過ぎざま時折小舞の方へ視線を送る者を頻繁に見かけた。ほんの四ヶ月程度で随分と有名になったものだ、と嬉しさ半分戸惑い半分の小舞だった。

 

「この後どうします? 映画でも見ますか」

 

 少女と別れると、吹き抜けの手すりにもたれるしえが仰ぎ見ながら言った。視線の先には吹き抜けの天井から吊り下げられた大型構造物がある。円柱状に組まれた金属製の骨組みに縦長の大型液晶をいくつもくっつけたそれは、最上階の映画館が上映している映画の広告を表示していた。もし地震があったら落ちてたいへんなことになりそう、と地元民の間で有名な広告ディスプレイだった。

 

 メインの用事である服選びを終えたので、映画を見ていくのもありかもしれない。

 

 とはいえ店を出た時点で正午を回っており、

 

「おなかすいた」

 

 ついに腹の虫が鳴ったので、二人は適当な店を探すことになった。

 

「こんなにたくさんあると迷いますねー」

 

 飲食店は少し通路を歩くだけで寿司、フレンチ、大陸料理といくらでも見かけるが、小市民的な小舞の感性に合うものがない。

 

 折よく案内板を見かけた二人は、馴染みのある全国展開の某ファストフード店を探す。そして驚愕の事実に戦慄することとなった。

 

「三百も店があるくせにマクドないの……? ウソでしょ……!?」

「世界滅亡の前兆、それとも悪の陰謀でしょうか!?」

「きっと両方だね間違いない」

「ひえー!」

 

 全国津々浦々世界中にあるはずの普遍的チェーン店の名が、グランパークにはどこにもなかった。あるはずのものがない恐怖に身を竦ませる小市民二人。西棟の一角であるそこは小市民的女子中学生と高校生には敵地に等しい垢抜けた雰囲気を醸し出していた。

 

 悪ノリテンションの女子高生と中学生は身を寄せ合って、天井へ警戒の目を向ける。防犯意識の表れなのか、どのフロアに行っても黒い球体の中から広角レンズが目を光らせている。

 

「見な、あの監視カメラの数を。きっと悪の秘密結社が庶民派を見張ってあざ笑ってるんだ!」

「ひえー! ……もういいですか?」

「急に冷めないでよぉ!」

 

 恐ろしく急速に飽きたしえに抗議しつつ、改めてお昼について考える。このまま逃げ帰るのは無駄に高い小舞のプライドが許さない。案内板の中にもっとも気安そうなフードコートの文字を見つけると、二人はそそくさと高級な一画から退散した。

 

 通路と吹き抜けの間で絡み合うエスカレーターをいくつも経由して、移動すること二十分後。

 

「これよこれ、こういうのでいいのよ」

 

 東棟一階フードコート、一杯五百円のラーメンをお盆に乗せた小舞はほくほく顔だった。広場の客席には同年代の少年少女が思い思いに食事を楽しんでおり、ここが一般人のオアシスと思われた。

 

 しかし席に着いた小舞が安心するにはまだ早かった。

 

 対面に座ったしえ。注文したのは小舞と同じ安っぽいしょうゆラーメンだ。二人はいただきますをしてから当然の権利として音を立て麺をすするはずだったが、

 

「しえ貴様……正気か!?」

「え、えっ?」

 

 ずるずる麺をすする小舞の正面で、しえは静かに麺を食す。れんげにスープと一口分の麺を乗せ、慎重に息を吹きかけてからゆっくりと口に運んでいく。小舞とは比べ物にならない品格と女子力がそこにはあった。

 

「私麺をすするのが苦手で……変、ですか?」

「全然っ!」

 

 恥ずかしげにはにかむしえは女の子らしさの化身だった。小舞は勝手な敗北感でやけくそになって豪快に麺をすすっていく。いくら師匠が弟子にマウントを取れるといっても身にしみた品格には手を出せない。改めて優秀な弟子の脅威を実感させられた一幕だった。

 

 間もなくごちそうさまをすると、小舞はスマホのカメラを起動しつつしえの隣に移動、ぱしゃりと一枚撮った。

 

「『戦闘マシン言ったやつはこのリア充ぶりにひれ伏せ』っと。あ、写真SNSに上げるね?」

 

「待って待って変顔とかになってないですか!? ほっ、おっけーですおっけーです」

 

 おしゃれな服を来た小舞としえのツーショットが電子の海に流され、フォロワーのいいねを餌に大きく成長していく。

 

 しかし小舞は珍しくその数字ではなく、今しがた撮影した写真に目を奪われていた。きょとんとした顔のしえの隣で、小舞は自分で恥ずかしくなるくらい眩しい笑顔を浮かべている。

 

 今が楽しくて幸せで仕方ない。そう自覚した瞬間、勝手に口が動いた。

 

「あのさ、しえ。今日はありがとう。ていうか日頃から全部ありがとう。めっちゃ感謝してるよ」

「え、何ですか急に」

 

 戸惑うしえから一切目をそらさず、小舞は淀み無く続けた。

「しえのこと、ぶっちゃけ最初はチャンネル登録者数の燃料程度にしか思ってなかったけど」

「ひどい!?」

「今は違うよ。しえが来てからなんか毎日楽しい。私のことを認めてくれる人が隣にいるってこんなに幸せなんだって、思い出させてくれた。だから、ありがとう」

「え、えええ?」

 

 頬を赤く染めたしえは視線を泳がせ、意味のないうめき声を発してから小さな声で「どういたしまして」と答えた。恥じらいに当てられて小舞も今更多少の恥ずかしさを覚えるが、身近な人への感謝は言える時に言っておくべきというのは三年前に深く学習した。よって、小舞は満足げに笑ってみせる。この充実した時間のためならどんな苦労も惜しくない。

 

 と、そのように確信したのが呼び水となったのだろうか。小舞はすぐに思い知ることとなる。

 

 幸せな時間は得てしてあっけなく崩れるのだということを。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「そんなふうに言ってもらえて嬉しいです。私の方こそ今までありが──」

 

 赤面から持ち直したしえの言葉は最後まで続かない。

 

『とう』に被せる形で悲鳴が上がったからだ。

 

 それと前後して周囲一帯が暗くなった。店舗の明かりや建物の照明は生きているが、採光口にもなっている吹き抜けの天井からの光が途絶えた。見上げると、真昼の青空が真っ黒に染まっている。

 

 それだけ確認した小舞は瞬時に変身し、左右非対称の鎧とハンマーを装着すると同時に悲鳴の方向へ目をやる。

 

 小舞たちのいる一階フードコート。その吹き抜けに面する二階の通路に、醜い触手の塊が蠢いていた。通路の天井、三階通路に達するその怪物はおなじみの悪鬼、そのヘイトレッドタイプだ。

 

 悪鬼の正面(どちらが前か後ろかは適当だが)で一人の少女が尻もちをついているのを見るや否や、小舞は駆け出した。

 

 走りながら身を低くして二階の手すりに狙いを定め、斜め方向へ跳躍。

 

 悪鬼はもっとも手近な少女に向けて、粘液の滴る触手を伸ばす。

 

 二階手すりを蹴って宙を舞い、伸ばされた悪鬼の触手を横合いから殴り飛ばした。弧を描いたハンマーの軌道上から浄化された光の粒子がきらめく。

 

 そこはすでに小舞の必殺の間合いだった。悪鬼が動き出すよりも早く小舞は固有魔法を発動、ハンマーの軌道上から空気の壁を撤去し、その道筋の通りに全力でハンマーを振り回す。

 

 無音・超音速のラッシュに悪鬼のなすすべはなかった。たった一度のインパクトで黒の巨体に風穴が空き、さらに数十数百と打撃が重ねられると、不気味な黒は欠片も残さず清浄な光の粒子と化した。

 

 何もさせずに瞬殺する。対悪鬼戦の鉄則を実践した小舞は、いつもの残心をうっちゃってすぐに踵を返した。

 

 呆然とする少女の前にかがみこむ。

 

「大丈夫? ケガはない?」

「……は、はい、だいじょうぶ、です」

「そりゃよかった」

「おししょー!」

 

 遅れて変身したデスヘイズが二階へ駆け上がってきた。顔を青くした彼女は早口に問う。

 

「何が起こってるんですか? だってだって、悪鬼は異界じゃないと実体化できないんですよね? それに空も暗いですし……」

「うわあああ!?」

 

 小舞が答える暇もなく、またも悲鳴。一階の方からだ。忙しなく手すりを乗り越え飛び降りる。デスヘイズも続いた。

 一階の出入り口付近に人だかりができていた。悪鬼の出現とともに外へ逃げようとしたのだろう。しかし顔を青くした幾人かが尻もちをついて、外の風景に震え上がっていた。

 

 グランパークに出入りするには駅に通じる連絡橋の他、二階と一階に複数設けられた出入り口が使える。人だかりができているのはその一つで、外には平日の忙しない幹線道路が広がっているはずだった。

 

 しかし平和な現実世界は一変していた。外にはいくつもの托卵された夜が山脈になっていて、痙攣しながら粘性のあるとぐろをめちゃくちゃに飛散させていた。

 

 人の理解を超えた光景に、逃げようとした人々は絶句する。

 

 そんな中、心底面倒臭そうな小舞の声がよく響いた。

 

「うわ、建物ごと取り込まれてる」

「おししょー、あの、一体何が……?」

「魔獣が出たっぽい」

 

 小舞は出来る限り大きな声で、簡潔に結論から述べた。

 

 デスヘイズの言うとおり、最弱の魔性存在である悪鬼は異界でなければ実体化できない。故に人々の意識体に取り憑くことで成長に必要な悪意や邪念を吸収していく。魔法少女は悪鬼の異界に力づくで侵入することを浄化の第一歩としている。つまり悪鬼が現実世界に姿を見せるはずがないのだ。

 

「だけどこっちの世界を向こう側に取り込める魔獣以上の敵がいれば話は別。異界化された現実世界なら、悪鬼は実体化して好きに動ける。三年前の魔王と要領は同じだよ」

「ま、魔王と……!?」

 

 しえが身を固くし、声の届いていた周囲の一般人たちも息を呑んだ。死人こそゼロだが、市人口190万を擁する大都市が瓦礫の山と化した三年前の事件は広く世間に知られている。小舞はそれと同じことが起きているというのだ。

 

 小舞は努めて明るく続けた。

 

「つっても今回出たのはせいぜい魔獣、下の方のやつだから心配ない。異界化したのはパークの建物だけみたいだし」

「なんでそこまで分かるんですか?」

「感覚。もう魔獣の場所まで分かってる。これからすぐ倒しに行くから、あー、皆さん安心してくださーい」

 

 声の届く範囲だけだが、わずかに緊張が緩んだ。人々は口々に「あのシャタードアースが言うなら大丈夫だ」「頼りにしてるぞ」「いつも配信見てますサインいいですか」などと言いあからさまな楽観視を始める。

 

 楽勝ムードに水を差すように、小舞はさらっと爆弾を投下した。

 

「たーだーし、ここは異界です。さっきみたいな悪鬼がいつどこから生まれるか分かりません」

「えっ」

「ですのでばったりエンカウントとかしたくなければ、店の中とかに隠れて大人しくしててください。見ての通り外に逃げるのもダメ。おっけー?」

 

 返事もせずに蜘蛛の子散らす勢いで逃げていく一般人たち。見るからに尋常ではない外に逃げようとする物好きはおらず、手近な店の中へ飛び込んでいった。声の届かない範囲にいた者たちはその様子を不安げに眺めている。

 

「喉疲れた……そんなわけでデスヘイズ、ちょっと行ってくるね」

「わ、私も行きますよ!」

「いらない」

「ひどい!」

 

 むっとするデスヘイズ。が、いつになく冷ややかな小舞の瞳に射竦められ、文句が言えなくなった。

 

 小舞は少しかがむようデスヘイズに手招きして、耳元に口を寄せる。

 

「悪鬼の反応がパークの中にいくつかある。長引かせると新しく増えるかも。急がないと冗談抜きに人が死ぬ」

「だったら……!」

「だからこそ、デスヘイズはいらない。一人でヘイトレッドすら相手にできない、固有魔法も使えないあなたに出番はない」

 

 頬を張られたような顔で口を噤むデスヘイズ。小舞はいたたまれない気持ちになりながら、不安げにこちらを見つめる一般人たちを視線で示した。

 

「私がした話をあの人たちに伝えといて。魔法少女のあなたが言えばみんな安心する。分かった?」

「……」

 

 デスヘイズが力なくうなずくのを見て取ると、小舞は俊敏な動きで駆け出した。

 

 目指すは建物を異界化させている下位魔性存在、魔獣の陣取る西棟の吹き抜けである。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 魔性災害はその名の通り災害だ。異界から流れ込むエネルギーか、それと結びつく人類の悪意や邪念のどちらかが閾値を超えることで発生する。どちらも極めて抽象的なため観測が難しく、災害の発生を予測することは地震並みに難しい。異界エネルギーの多寡次第では今回のように、悪鬼を飛ばして突如魔獣が発生することもあり得る。

 

「だからって今起きなくていいじゃない、のっ!」

 

 愚痴と共に放たれた超音速打撃が悪鬼を捉え、身体の半分を吹き飛ばす。すかさず追撃を加えるとあっけなく光の粒子へ浄化され、店舗に隠れていた一般人たちが歓声を上げた。

 

「さすがシャタードアース!」

「つよい、えらい、かわいいぞー!」

「あーちゃんありがとー!」

「出てこないで! まだ残りがいるかもしんない。すぐ親玉倒すから、大人しくねっ!」

 

 鋭く言ってのけると、返事を待たずに親玉への侵攻を再開する。さすがに人命の危機がある状況でチヤホヤを喜べる精神はしていなかった。

 

 道中、悪鬼の気配を感知するたび足を止めて退治しているため想定より進みが遅い。かといって災いの種を放置するのは真面目な性格が許さない。異界化の影響で弱小な悪鬼の反応は近場しか感じ取れなくなっているが、もしそうでなければグランパーク全域を退治のため駆けずり回っていただろう。

 

 幸いなことに、まだ死人やパニックの現場には出くわしていない。被害が拡大する前に急いで──

 

「あれ?」

 

 小舞は違和感を覚えた。被害が少なすぎる。

 

 悪鬼はタイプ問わず醜悪な見た目をしている。そんな怪物に訳もわからない状況で遭遇すれば、パニックに陥り逃げるどころではないはず。にもかかわらず、道中見た限りでは落ち着いて隠れる一般人が多かった。

 

「もしかして……いや」

 

 小舞は走りながら頭を振って思考を切り替える。今は余計なことを考えず、魔獣に対応しなければ。

 

 親玉の魔獣を倒し異界化を解除すれば、発生した悪鬼たちはひとまず非実体化して無力化できる。となると目先の悪鬼よりも魔獣を最優先にするべきか。

 

 そう決めた小舞は、感知していた手近な悪鬼たちの反応を見なかったことにする。

 

「きゃーっ!?」

「いいんちょー!? この、離せなの、なのっ!」

「消火器の正しい使い方ァ! 効かねェどうしよう!?」

 

 が、聞き覚えのある悲鳴と声を聞きつけては無視もできない。

 

 二階の手すりへ駆け上がり、斜めに飛び跳ね吹き抜け向かいの三階へ。勢い余ったため前転で受け身を取ると、三階通路で悪鬼に襲われる三人の少女が正面に見えた。

 

 小舞のクラスメイトの三人組だった。委員長と二人の友達。夏休みもここへ遊びに来るほど仲良しらしい。

 

 悪鬼は鮮やかなビンク色が目に痛いホーニータイプだった。粘液の滴る触手が委員長の足に絡みつき、逆さ吊りにしている。

 

 委員長の友人二人は、手近な店の商品をやたらに投げつけたり、消火器を噴射したりしているが、悪鬼に魔法の武器以外は効かない。

 

 悪鬼は少女たちの抵抗をものともせず、委員長の服の下へ触手を入れ込もうとしている。太腿から這い回る触手に、委員長が「ひっ」と短い悲鳴を上げた。

 

「くたばれすけべぇっ!」

 

 気圧の操作は間に合わない。委員長に巻き付く触手めがけ全力でハンマーを投擲する。

 

「わひゃあ!?」

 

 委員長とほか二人の悲鳴が重なった。光の粒子が瞬いて委員長が放り出されると共に、触手を貫いたハンマーが後ろのおしゃれなカフェ内部を木っ端微塵にしたからである。工事現場の騒音を輪唱させたような破砕音の中、投げ出された委員長がお尻を打ち付けて涙目になっている。

 

 小舞は悪鬼へ駆け寄りながら、カフェ店へ手をかざした。

 

「全員伏せて!」

「かなちさん!?」

「かなちー!」

 

 驚愕と安堵の声を上げる委員長たち。カフェ店の中から忠犬のごとく飛び出してきたハンマーがすっぽりと小舞の手に収まり、おなじみの打撃ラッシュで悪鬼を瞬時に浄化した。

 

 一息ついてから、お尻をさすっている委員長たちの方へ歩み寄る。

 

「委員長、大丈夫?」

「あ、安産型なので問題ありません」

「まったく理由になってないけど……?」

 

 冷静に見えて委員長も動転しているのかもしれない。

 

「いいんちょーっ!」

 

 しかしそれ以上にうろたえている二人が、泣きながら委員長に抱きついた。緊張の糸が切れたらしい。

 

 二人を母親のようにあやしながら、委員長は小舞を見上げる。

 

「本当に助かりました。ありがとうございます、奏地さん。この御恩は忘れません」

「ん、いつもの委員長だ。もう大丈夫だね」

「だといいのですが、何分状況が分からないもので……今何が起きているのか、本当に大丈夫と言える状況なのか。何かご存知でしたら教えていただけると……」

「おっけ、時間ないからかんたんに言うね」

 

 と、言いながらもう小舞は三人に背を向けている。

 

「今から元凶を倒しにいく。すぐ終わるから、それまでどこかに隠れてて」

 

 返答を待たずに走り出すと、背後から泣いていた二人の「ありがとー!」が聞こえた。

 

「ごめんなさい誰かいますか!? ケガありませんか!」

 

 走り出した直後に小舞が駆け込んだのは、ハンマーの突っ込んだおしゃれなカフェである。冷や汗を滝のように流しながら破壊された店内を点検していく。幸いハンマーが粉砕したのは客席と内装にとどまっており、厨房内の火元は無事だった。人の気配もない。

 

 ほっと息をついて嫌な汗を拭う小舞。もし中に人が残っていれば大怪我は免れなかっただろう。にっくきホーニータイプが顔見知りを襲っていたので我を忘れて動いてしまった。次からはもっと慎重にと自戒して店を飛び出し、歩みを再開する。

 

「だ、誰か、誰かー!」

 

 ほんの三十秒と経たずに助けを求める声が聞こえた。立ち止まって耳を澄まし、発生源を特定するとともに舌打ちする。

 

 上階だった。

 

 近くに非常階段やエスカレーターの類はない。まさかハンマーで天井をぶち抜くわけにもいかない。判断するやいなや、小舞は手すりを蹴って吹き抜け向かいに跳び、元居た三階通路の真上、四階通路へ三角跳びの要領で突っ込んだ。

 

 前転で受け身をとって顔を上げる。

「たっ、助け、助けてくれ!」

 そこには、悪鬼と決死の鬼ごっこを強いられる男性の姿があった。追われながらも小脇に抱えた上等そうなカメラは手放さない。

 男性が空いた方の手を小舞へ伸ばし、上ずった声で助けを求めると、すぐ背後のうごめく悪鬼の巨体から触手の雨あられが降り注いだ。

「うひゃあ!?」

 触手は男性を取り囲むように着弾し、黒い表面に開いた醜い乱杭歯の口吻が床を深々と抉る。そのうちの一つが身体を掠め、男性はもんどり打って倒れた。

 知覚も動きも鈍い分、悪鬼は一度捕捉した生き物に対して非常に執念深い。足から血を流して倒れる男性にもぞもぞと近づいていく。

「待っ……!」

 多少の距離があった小舞は、必殺のハンマーを投げつけようとして動きを止める。脳裏にはつい先程破壊したカフェの惨状が過ぎった。投擲を取りやめ一拍遅れて全力で駆け出す。床の舗装が足の形に凹んだ。

 小舞が接近する間に悪鬼は触手をのたくらせ、数十本を一つに束ねて男性へ伸ばす。当たれば無数の口吻が有機物無機物問わず跡形もなく喰らい尽くすだろう。超音速の打撃もすでに間に合わない。

 小舞にかろうじて出来たのは、左半身を前にしつつ、男性を庇うように触手の前へ滑り込むことだった。

「『シャタードアース』っ!」

 左半身を覆う重厚な鎧。青を基調に雲のような白と陸地のような緑の散らばった、地球表面を思わせる装甲板が意思に応じて動く。肩当ての装甲が分離、小舞と男性を隠すような大きさへ拡大した。

 束なった触手は正面から装甲とかちあい、乱杭歯がぎゃりぎゃりと音を立てるも、やがて装甲の角度にいなされてつるりと滑る。通路の床方向に逸れた触手は、幾層もの床材を食い荒らして大穴を穿つ。

 攻撃のスキをついて小舞が右のハンマーを意識するも、まだ悪鬼の触手攻撃は終わらない。細い触手が数本、散発的に小舞の装甲板を打ち鳴らした。すべて問題なくいなし、弾き、床や壁、手すりが乱杭歯に抉られていく。

 その間に気圧の操作は終わっていた。ハンマーの予定軌道上から邪魔な空気の壁はなくなっている。触手の雨が止んだ時点で、悪鬼は超音速の反撃を受けることとなる。

 が、小舞の見通しは甘かった。

「え」

 ぐらり、と身体が揺れる。

 小舞だけではなく、フロア全体が傾いていた。しかし悪鬼の身体は平行なまま。どういうことかと首を傾げているうちに急激な浮遊感に襲われ、メキメキと何か大きな破壊音が鳴り響く。

「やばっ」

 床が抜けた。悪鬼の触手が穿った大穴に加え、弾かれた小さな触手が空けた小穴が構造を傷つけ、悪鬼と小舞たちの質量を支えきれなくなった。

 悪鬼に行動を許さず倒すのに慣れていた小舞は、触手の威力を失念していた。魔性存在の触手は分厚い鉄板を紙のように貫く。基本的に獲物を捕まえるだけのホーニータイプでさえ、最低限その程度の威力があるのだ。

 小舞はとっさに後ろの男性を右手のみで抱え、装甲板へ魔力を込める。瓦礫を弾きながら粉々の残骸といっしょに、三階の通路へ身を躍らせた。

 小舞にとっては想定外の事態だが、悪鬼にとっても同じだったのだろう。共に三階へ降り立った悪鬼は困惑したように、周囲の残骸へもぞもぞ触手を這わせている。

「このっ!」

 小舞は好機を逃さない。抱えていた男性を下ろし、装甲板を縮小させて悪鬼へ急接近。振り回したハンマーが次々に命中し、悪鬼はあっけなく浄化された。

 小舞が男性を振り返ると、シャッター音。男性は生傷と埃にまみれながらも上等そうなカメラを構え、小舞に向けていた。生きるか死ぬかの体験をした割にはタフで、小舞は気が抜ける。

「……その様子だと大丈夫そうですね」

「あ、ああ。すまない、恩に着る、助かった」

「そーですか。今はパーク内にたくさん悪鬼がいます。危ないので店の中に隠れといてくださいそしたらすぐ解決します」

 何か物言いたげな男性を置いて、小舞は先を急いだ。詳しく説明している時間も野次馬根性を注意する労力も惜しい。

 小舞は同じような手順で、襲われていた一般人たちの元へ駆けつけ、悪鬼撃破の後で最低限の要求だけ突きつけるあわただしい人命救助に奔走した。中々前へ進めないのがもどかしい。どうにか目的の西棟吹き抜けが目前に見えてきたところで、不安に襲われた。

 

 悪鬼の数は予想より多い。もしかすると東棟のデスヘイズのところにも出現しているかもしれない。デスヘイズはまだ小舞のサポートなしに悪鬼と相対したことがなく、撃破できるかどうかは怪しい。

 

「いやでも、隠れてたら大丈夫だよね、うん」

 

 今更引き返すと本当に犠牲が出るかもしれない。

 

 小舞は不安を振り切って、人助けの多い道中を再開した。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 東棟、一階。フードコートの食器回収カウンター、その陰にデスヘイズは身を潜めていた。こわごわ顔を覗かせると、一階の広々とした空間を闊歩する二つの塊が目に入り、悔しげに唇を噛みしめた。

 

 二体の悪鬼が現れたのは小舞が去ってから十分足らずのことだった。デスヘイズが言われたとおり「シャタードアースがどうにかしてくれているから皆は隠れているように」と伝えて回り、人々があのシャタードアースが動いているならと指示に従い壁際の店舗に身を潜めるか否かというとき、その二体は落ちてきた。天井のガラス張りをぶち破って一階に落下してきたらしく、分厚いガラス片が一階に降り注いだ。

 

 当然人々は悲鳴を上げて逃げ惑ったが、意外にも悪鬼は見向きもせず、所在なさげに触手をのたくらせて一階を徘徊し始めた。皆が息を潜め静まり返った広い空間に、ぬちょぬちょと粘性の高い音が響いている。

 

 デスヘイズは占拠された一階をにらみながら、つい先刻の言葉を何度も反芻していた。

 

『固有魔法も使えないあなたに出番はない』

 

「……っ!」

 

 デスヘイズはバトルドレス姿に変身済だ。春の霞を固めたような大鎌もしっかり抱え込んでいる。にもかかわらず、あの悪鬼たちに対抗できる気が欠片もしなかった。あまりの情けなさに涙が浮かぶ。

 

「さっきから何を百面相しているんです?」

「ひっ」

 

 唐突に声をかけられ、デスヘイズの肩が跳ねる。

 

 声の方向を見ると、カウンターにほど近いフードコートの客席に老婆が腰掛けている。どこにでもいるポロシャツとスラックス姿の老人だが、悪鬼を前にしながら泰然としているのはどこかちぐはぐだ。それどころか、厨房からくすねたのかどぎつい蛍光色のドリンクをちびちび嗜んでおり、寛いでさえいるようだ。

 

「あ、危ないですよそんなとこにいたら!」

「平気です。ヘイトレッドは見た目の通り、目も耳も鼻もない。これだけ離れていれば万に一つはありませんよ」

 

 静かに断言する声音からは、虚勢でも痴呆でもなく絶対的な確信が感じられた。

「く、詳しいんですね?」

「長く生きるとね、魔性災害に巻き込まれるのも一度や二度じゃないんです。三年前以来少なくなりましたが、それより前は魔獣級の災害は日常茶飯事でしたからね。お話するなら、貴女もこちらに来られては?」

 

 デスヘイズは悪鬼の方向から目をそらさず、おっかなびっくり座席へ近づいていった。老婆の言うとおり、悪鬼たちはデスヘイズの動きに見向きもしなかった。音を立てないように気をつけて、老婆の隣へ腰を下ろす。春霞の大鎌は手放さず両腕で抱え込んだ。

 

 老婆は悪鬼をのんきに眺めながら、ドリンクを一杯。

 

「ふう。先程からなにかを悔しがっていましたね。答えなくて結構、当ててみせましょう。私は魔法少女なのに一人では悪鬼と戦えない、悔しい、情けない。そんなところですか?」

 

 図星だった。

 

 突かれた心から、本音が次々に溢れ出す。

 

「……はい。おししょーに、シャタードアースさんにばかり戦ってもらって、私には力があるのに、これでいいのかなって……」

「いいんですよ」

「えっ」

 

 即答だった。

 

 変わらない断言口調で老婆が続ける。

 

「シャタードアースさんのことはよく存じております。あの子の力はどんな魔法少女よりも強い。魔王級の魔性存在でもなければ、歯牙にもかけません。任せておけば安心ですよ」

「でも……!」

「それに、戦う理由がはっきりしている。だから迷いがない」

 

 老婆はデスヘイズと目を合わせた。落ちくぼんだ眼窩の中から、鋭い眼光が光る。

 

「あの子は戦うことで自分を認めてきました。換言すれば、戦うことでしか自分を許容できない。生きている事実を受け入れられない。魔法少女として戦うことだけが、あの子の生きる(よすが)なのです。あなたは違うでしょう、デスヘイズ?」

 

 一度言葉を切って、

 

「愛の溢れる家族がいる。歌や絵の才能にも恵まれている。純真な努力家気質はどこにいっても好かれるでしょう。わざわざ戦いの道を選ばずとも十分満たされている。それでも魔法少女であろうとするのは、そうですね、大方人助けがしたいとかどうとか、あやふやな正義感に酔っているからでしょうか?」

「……っ」

 

 これも図星だった。

 

 魔法少女の力に目覚めてから、人助けのための素敵な力だと両親に教えられた。その力を隠したままでいるより、力を生かして世の中の役に立ちたい。あやふやで中身のない青い動機が、デスヘイズの戦う理由だった。一度痛い目にあって諦めないのは、あっさり諦める自分に失望したくないからだ。諦めることで浅い理由だったと追認したくなかったからだ。

 

 老婆はほのかな嫌悪を声ににじませた。

 

「あなたが善良なのは分かります。ですが半端な気持ちで命を危険に晒してはいけません。たとえその結果として魔性災害が世に増えたとしても、子供が進んで重荷を背負うのはいただけない」

 

 デスヘイズには老婆の言い分が正しく聞こえた。曖昧な動機で命を賭け、ケガでもしたら家族が心配するし、自分でも嫌な思いをする。そうなるくらいなら戦わない方がいいのかもしれない。

 

 と、理屈で理解しかけたその時、デスヘイズの脳裏に小舞の声が蘇った。

 

『戦う以外に生き方を知らないから』

 

 寂しくて空っぽな笑顔。悲しみと諦めのないまぜになった、今にも消えてしまいそうな声音。

 

 誰よりも強い憧れの彼女が見せたその弱さにデスヘイズは打ちのめされた。だからこそ今日ここにいる。

 

 自覚したとたん、デスヘイズは立ち上がっていた。その瞳はまっすぐ二体の悪鬼を見据え、小揺るぎもしない。

 

「ありがとうございます、おばあさん」

「はい?」

 

 大鎌を大上段に構えぴたりと保持して、一歩ずつ悪鬼の方へ接近する。

 

「なんとなく世の中の役に立ちたくて、誰かを助けられる自分になりたくて、なんとなく魔法少女をやりたかったんです。だけど今は違う」

「ほう、どう違うのです?」

 

 グラスを置いて面白そうに片眉を上げる老婆。

 

 デスヘイズは恥じらいもなく高々と、戦う理由を宣言した。

 

「なんとなく世の中の誰かじゃないっ! 絶対、おししょー、ただ一人のために戦う! おししょーが一人で戦って寂しがらずに済むように、私が助ける、戦う、役に立ぁぁあつ!」

 

 戦国時代の名乗りよろしく、絶叫しながら二体の悪鬼へ突っ込んでいく。さすがの鈍い悪鬼でもデスヘイズの存在に気づき、二体同時に触手を伸ばす。

 

 デスヘイズが大上段から思い切り大鎌を振り抜くと──大鎌が霞んで消えた。

 

「『デスヘイズ』!」

 

 山間にかかる柔らかな霞のように形を失い、伸び来る悪鬼の触手に絡みつく。霞の内部がかすかに煌めいたかと思うと、触手は輪切りのハムとなって崩れ落ちた。

 

 霞は触手だけでなく、その元である本体にも絡みついていく。変幻自在にして触れることすらできない霞が悪鬼の巨体を覆い尽くすと、デスヘイズは何も持っていない利き腕を逆手に振り抜いた。

 

 瞬間、二体の悪鬼が崩れた。まるで入念にみじん切りにされた野菜のごとく身体をとろけさせ、光の粒子へと浄化され、消えていく。

 

 悪鬼にまとわりついていた霞はデスヘイズの手元に収束し、元通り大きな鎌を形成する。霞んだ色合いの大鎌を見つめ、デスヘイズはこわばった表情で冷や汗を流した。

 

「お、思ったより怖いな、固有魔法……」

 

 戦う覚悟を明確にしたデスヘイズは、直感的に固有魔法の使い方や内実を把握していた。実際使ってみると想定以上の威力で、ちょっと自分で引いている。

 

 固有魔法『デスヘイズ』は、端的に言うと大鎌を分離させる魔法だ。大鎌の元の体積分を分離させることができ、たとえば元の半分の大きさで二本、三分の一の大きさなら三本の鎌を分離できる。特異なのは、分離する鎌のサイズを元より大きくするのは不可能な一方、縮小する分には無制限であることだった。デスヘイズの想像の及ぶ範囲でありさえすれば、ミリ、マイクロ、ナノ、ピコ、またはそれより小さい鎌を元の体積分分離できる。切り離した鎌は微小な刃となり、外から内から細胞の隙間から対象を切り刻む霞の屍衣として機能する。

 

 もちろんうっかり味方や一般人を巻きこめばケガでは済まない。気をつけて使っていこう、とデスヘイズは冷や汗を拭う。

 

「な、なんだ、やっつけてくれたのか?」

「デスヘイズちゃん、配信だとまだまだだって言われてたけど……」

 

 悪鬼の目立つ巨体が光の粒子になったことで、隠れていた一般人たちが店舗から次々に出てきた。驚きと称賛のこもった目がデスヘイズに注がれる。

 

「デスヘイズちゃんかっこよかったよー!」

「配信なら投げ銭不可避ー!」

「魔法少女サイコー!」

「ありがとーございまーす! でもまだ終わってないでーす、みんな隠れててくださーい!」

 

 よく通る澄んだ声で答えると、大衆たちは天井の依然真っ暗な空を見上げ、めいめいの店舗へ再び隠れた。しかし先程と比べると緊張が緩み、そこここからひそひそ声が聞こえる。

 

 デスヘイズは見える範囲で全員隠れたのを見て取ると、胸の前で握りこぶしを作った。

 

「ようし、強くなったぞ私! 待っててくださいねおししょー、もう寂しい思いなんてさせませんから! と、その前に」

 

 新しい力を手に張り切って小舞の後を追おうとするが、その前に老婆のいた座席を振り返る。戦う理由を見つけられたのは、あの老婆と話したおかげだ。一言お礼を言いたい。

 

 しかし例の座席には、空っぽになったグラスが一つぽつんと置かれているのみだった。今更どこかに隠れたのだろうか。

 

 引っ張り出すのも悪いので、手でメガホンを作って、

 

「おばあさーん、お話ありがとうございましたぁー!」

 

 とだけ言い置いてくるりとターン、小舞の走り去った方向へ駆けていく。

 

 デスヘイズが行った後、老婆は厨房の奥から再び姿を現した。

 

 彼女はお代わりの蛍光色ドリンクを片手に、くつくつ笑う。

 

「図らずも発破をかけてしまいましたか。若いっていいですねぇ……ぷはっ、ああ添加物、添加物」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 西棟吹き抜け、五階通路。小舞は異界化の元凶、魔獣と二十メートル程度の距離をおき、睨み合っていた。

 

 

 魔獣の外見は悪鬼よりもはるかに小さく、儚い。大型犬ほどの体躯に黒い瘴気を纏い、獣らしい四本足をしているが、全身が陽炎のように揺らめく様は、黒煙がたまたま獣の形を取っているだけのようにさえ見えた。頭部にあたる部分にぽっかりと浮かぶ一等星のような赤い輝きが、一つ目玉として小舞を睨み据えている。

 

「……っ!」

 

 不意に、小舞が踏み込んだ。

 

 悪鬼であれば反応さえ出来ない神速の踏み込み。長柄のハンマーが音速を超えて魔獣へ迫り、しかしそれはフェイントだった。巧みな手首の返しで軌道を捻じ曲げ、擬似的な真空の通り道に沿って必殺の打撃が振るわれる。

 

 魔獣は赤い一つ目をぎらりと光らせ、見事に対応した。揺らめく身体が霞み、打撃軌道から後退。

 

 すかさず身体の内部から細い触手を無数に生やして、吹き抜けの中央にある大型広告ディスプレイへ伸ばす。同時に小舞の方にも嫌がらせのごとく触手の刺突をお見舞いするが、バトルドレスの装甲に弾き飛ばされる。その間に、ディスプレイへ絡んだ触手を収縮させウィンチの要領で通路から退避した。

 

 触手に絡まれたディスプレイの骨組みがきしむ。巨大な金属構造体を大きく揺らしながら、魔獣はワイヤーアクションによって広い空間を飛び跳ねる。吹き抜けの中央に釣り下がる大型広告は格好の足場兼遮蔽物として魔獣に味方していた。

 

「このっ、ちょこまかとぉ!」

 

 小舞は歯噛みしてそれを追いかけた。ぐらぐらと揺れる大型ディスプレイに注意して、小さな魔獣の影を追う。

 

 ようやく三階の通路で魔獣が動きを止め、両者は再び睨み合いの状態となった。すでに何度繰り返したか分からないいたちごっこの一幕である。

 

 小舞は西棟の吹き抜けにたどり着き、魔獣の姿を認めるや否や不意打ち気味に殴りかかったものの、それきり触手を使った立体的な回避行動に翻弄されっぱなしだった。

 

 魔獣は悪鬼とは違い多少の知能があるため、敵わない相手からはひたすら逃げる。その上触手の保有量と性能は全種類の悪鬼を凌駕するので逃げに徹した場合の厄介さはすさまじい。

 

 幸いだったのは、吹き抜けに面する全階層に一般人がいないことだろう。よほど秩序立った避難が行われたらしく、通路に面する店舗はすべてシャッターが閉じられている。巻き添えを気にする必要がないのは大きな利点だ。

 

 それにも増して不利な点が、小舞と状況との相性の悪さだ。広範囲に大威力の破壊をもたらす「地球っぽいことができる」固有魔法は、倒壊の危険がある屋内戦と極めて相性が悪い。ぷち・サイクロンのように出力を絞るには数秒のタメが必要になるが、魔獣はどうかしてそのタメを察知し牽制の触手と撹乱機動で対抗してくるし、そもそも威力を落としてさえ倒壊の危険は避けられない。

 

 そうして小舞は堂々巡りを強いられていた。

 

「魔法少女ナメんなよぅ……」

 

 が、状況の不利程度で膝を折る小舞ではない。

 

 幾度目かの睨み合いの最中、小舞は魔獣に対し手のひらを向ける。気圧の低下と上昇による気圧傾度極大化、ぷち・サイクロンの予備動作だ。

 

 危険を察知したのだろう、魔獣は俊敏に触手を伸ばす。広告ディスプレイの骨組みに強く絡みつき、吹き抜けの空間を舞う。

 

 しかしその逃走ルートにはすでに、小舞が待ち構えていた。

 

 気圧操作でノーモーションのフェイントをかけ、魔獣が触手を伸ばすと同時に飛び跳ねて進路上へ先回りしたのだ。

 

 触手に引っ張られる悪鬼と空中で対面する小舞。出迎えるようにハンマーを振り抜く。

 

 しかし魔獣はまだ逃げる。別方向へ新たな触手を伸ばし、直角に軌道を変えた。強い負荷のかかった大型ディスプレイの骨組みが耳障りな金属音を奏でる。

 

「しつこいっ!」

 

 小舞は空を切ったハンマーの慣性に従ってくるりと一回転。その勢いでハンマーを魔獣へぶん投げた。

 

 赤い一つ目が悲鳴でも上げるように強く輝き、莫大な量の触手が盾の形に収束する。小舞のハンマーはそのことごとくを光の粒子へ浄化していくが、わずかに速度を落とし、魔獣の本体には掠るだけにとどまった。

 

 ここで決める。小舞はハンマーに向け手をかざす。

 

 中空を横切っていたハンマーは通路に着弾する間際、ぐにゃりと軌道を捻じ曲げて小舞の手へ舞い戻ろうとする。

 

 魔獣は触手に引っ張られながらまたも赤い目を煌めかせるが、先程の盾で消耗したのだろう。飛来するハンマーに跳ね飛ばされ、本体の半分が消失した。

 

 残った上半身は、大型ディスプレイの骨組みにヘドロのごとくへばりついている。

 

 小舞は中空でハンマーをキャッチしたことで身体が流され、一度通路の方へ着地した。触手の大部分を失った瀕死の魔獣を前に、緊張を緩める。

 

 あとはとどめを刺すだけだ。

 

 通路からハンマーを投げつけるわけにはいかない。例の大型ディスプレイの骨組みが、度重なる触手の負荷を受け軋んでいる。天井と壁面への接合部分のいくつかも拉げている。これ以上衝撃を加えると、巨大な金属と機械の構造体が落下しかねない。

 

 そっと骨組みへ飛び移って、確実に浄化するしかない。

 

 そうして小舞が通路の手すりへ足をかけたとき。

 

 聞こえるはずのない声が聞こえた。

 

「おししょー! お手伝いに来ましたよーっ!」

「は?」

 

 方向は一階から。五階手すりから見下ろす小舞の視界に、パステルカラーの和ロリ衣装が飛び込んでくる。

 

 デスヘイズだ。彼女はきょろきょろ周囲を見回してから上を見て、小舞と目が合うとパっと笑顔を咲かせた。

 

「おっししょー! 私固有魔法覚えました! 力になれますよー!」

 

 めきめき、と。

 

 小舞が言い返す暇もなく、金属の破断する音がした。

 

 吹き抜けの空間三分の一を占める、大型広告がシャンデリアのように揺れている。そこにへばりついた魔獣の上半身は、どろどろと黒くうごめく液状に変化して、骨組みに絡みついている。刹那の間に魔獣としての形を保てなくなり、最後にひときわ強く赤目を輝かせて消滅した。

 

 その赤目の輝きには魔獣の元となった人の意思──悪意が満たされていた。

 

「逃げて! けほっ」

 

 反射的に叫ぶ。慣れない大声にむせてしまう。破断する金属の音で、なけなしの声量は塗りつぶされた。

 

 骨組みを支えていた天井と壁面との接合部が、魔獣の悪意ある捨て身によって溶解した。元々触手の絡んだ負荷で弱っていたのも災いしたのだろう。

 

 がしゃん、と最後に破滅的な音を響かせて、大型ディスプレイ広告が落下を開始した。

 

「え」

 

 デスヘイズは状況を理解できていない。五階の小舞からゆっくりとディスプレイへ視線を映し、呆然としている。棒立ちになっている位置取りは最悪の直撃コース。いくら変身状態の魔法少女とはいえ五階建ての高さからトン単位の重量物が降ってきては、即死確定だ。

 

 そう認識した瞬間、小舞の思考が加速する。

 

 デスヘイズは固有魔法を覚えたと言っていた。魔法を使ってどうにかできないか。できない。呆けている彼女が状況を理解し驚愕する段階を経てやっと動き出すのと、ディスプレイの落下とでは明らかに後者の方が速い。

 

 落着まであと一.五秒。

 

 考えながら、小舞はハンマーを放り投げ、宙へ身を投げる。

 

 では自分が魔法を使うのはどうか。気圧操作、水脈操作、地殻変動、地磁気、引力、自転と公転──思いつく端から却下していく。小舞の魔法は質量一トンを超える金属構造体をたやすく消し飛ばすことができるが、下手に使えばデスヘイズもろとも建物が吹き飛ぶ。かといって出力を調整する猶予もない。

 

 落着まであと〇.九秒。

 

 だから小舞は、最速にして確実の選択肢を取った。

 

 頭を地面へ向けて手すりを蹴っ飛ばす。手すりの骨組みが引っこ抜かれ床面が抉れるほどのエネルギーが、小舞の小さな身体を矢のように弾き飛ばした。

 

 落着まであと〇.四秒。

 

 落下物を追い抜く。態勢を変える余裕はなく、両手をついて着地。肩関節から嫌な音が鳴る。狙い通りデスヘイズの真横だ。

 

 デスヘイズは目と鼻の先に迫った重量物に気を取られ、小舞に気がついていない。

 

 落着まであと〇.二秒。

 

 小舞はデスヘイズを乱暴に引き倒し、上から覆いかぶさる。

 

「伏せっ──」

 

 瞬間、落着。

 

 小舞の言葉と意識は莫大な衝撃と轟音で、あっけなく消失した。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 娯廷市魔獣災。突如発生した下位魔性存在、魔獣による異界化災害はそのように呼称され、世間では大いに注目と恐怖の的となった。

 

 魔獣以上の魔性存在は広範囲を異界に取り込み、その核となった悪意や邪念の通りに人々を喰らう。この知識は231事件以来広く知られていたし、マジストの流行によって知らない者の方が少ないほどだったが、まさか自分が現実にその被害にあうと想定していた者はほとんどいなかった。前触れもなく発生した抗いようのない災いへの恐怖はSNSに乗って拡散し、メディアに煽られ、専門家たちがいかにも深刻そうな顔をすることでまたたく間に伝染していった。人々は異界から音もなく忍び寄る怪物を恐れた。規制線の張られた現場には連日野次馬とメディアが詰めかけ、ワイドショーが魔性存在の名を口にしない日はしばらく来なかった。

 

 そうして絶望的恐怖に注目が集まったからこそ、希望たる魔法少女もまた大きく取り沙汰された。

 

『お手柄、魔法少女シャタードアース』

『人気配信者が魔獣を討伐か』

『協会は取材拒否』

『シャタードアース、目撃者多数』

『魔法少女、グランパークの設備を破壊』

 

 世間は被災地で悪鬼と魔獣を退治したと言われる魔法少女、シャタードアースに興味津々だった。グランパーク名物の円柱形大型ディスプレイ広告や、店を巻き添えで破壊したかどで責め立てる論者もいないではなかったが、ある数字に下支えされた称賛と支持が圧倒的多数を占めた。

 

 ある数字とは、死者数ゼロのことだ。

 

 魔獣発生当時建物内に居合わせた従業員、一般客のべ1362名。これほどの数の人命を守護し、孤軍奮闘獅子奮迅の活躍で悪鬼を薙ぎ払い元凶の魔獣を打倒した。発生当時パニックを起こし軽傷を負った人々が負傷者として計上されてはいたものの、勇気ある迅速な行動で命を守り抜いた方に光が当てられた。

 

 シャタードアースが命を救ってくれた。助けてくれた。魔法少女とはかくも素晴らしく勇ましい。

 

 当人が聞けばヨダレを垂らして喜びそうなチヤホヤが、世間にあふれていた。実際に悪鬼から助けられた者、助けられた者の家族などの関係者、関係はないが魔法少女が好きになった者。多くの好意的な支持者たちが、人気配信者でもあるシャタードアースの生配信も今か今かと待ちわびた。

 

 しかし災害の翌日、翌々日になってもシャタードアースは沈黙していた。配信はおろか、「きょうもいちにち」などのしょうもないSNS投稿さえない。

 

 今こそチヤホヤされどきだろうに何をしているのか。普段の彼女を知るフォロワーたちは訝しんだ。

 

 そうして数日が過ぎ、魔法少女礼賛の波がピークを超えて下降し始めたとき。

 

 災害発生から一週間後の朝にようやく、シャタードアースは配信を始めたのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

【謝罪配信】シャタードアースであります【ごめんなさい】

 

「本日はお集まりいただきましてありがとうございます」

 

コメント

:きたああああ

:あーちゃん、助けてくれてありがとう!

:うちの娘がお世話になりました

:みんな待ってたぞ!

:こっちこそありがとうな

:!?

:包帯だらけじゃねーか!

:配信タイトルどういうこと??

:謝罪とは

:それよりケガ大丈夫?

 

「あっ、はい、このケガはワタクシめの不注意が招いたといいますか、自業自得でありますとのことでありまして……ご心配が、えー、五臓六腑に染み渡ります」

 

:あーちゃんありがとー!

:ネタなのか何なのか

:スキあらば視聴者を置いてけぼりにするな

:イキりも好きだがしおらしいのもかあいいじゃねえか

:ケガしてるのに配信して大丈夫なの?

:無理しないで

:どういうことか説明してくれ

 

 ウェブカメラに向き合う小舞は、満身創痍だった。頭と右目を包帯でぐるぐる巻きにして、右手を肩から吊り下げている。画面外では右足にもギプスを着けていた。魔獣の最後の悪あがきからデスヘイズをかばった結果である。

 

 落下した金属構造体は、小舞の左半身を防護する、地球のような鎧に直撃した。鎧は衝撃に応じて小舞の魔力を吸い上げ、より重厚で巨大な装甲板を形成、致命的ダメージを完全に分散させることに成功した。

 

 とはいえ、それは左半身のみを無傷で守るだけだった。むき出しの右半身は飛散した金属片や砕けた床材の破片などで血まみれになった。魔法少女の頑丈な身体でなければ身体の右側だけが粉々になっていたかもしれない。

 

 しかし小舞はそれだけの代償を払って、守りたいものを守りきった。

 

「あっ、デスヘイズは無事です。ちょっとだけ体調を崩してますが、ケガはありません」

 

:そりゃ何よりだけどあーちゃんは?

:ほんとに無理はしないで休め

:すごく痛そう..

:お願いだから自愛して

 

「はい、でもこれだけは早く言わないとって思って……迷惑かけて本当にごめんなさいっ!」

 

 小舞は重苦しい表情で頭を下げた。

 

 疑問符でうまるコメント欄。

 

 それに気づかず小舞は、涙声を絞り出す。

 

「が、がんばったんです、ほんとに。だけどたくさんの人がケガして、いろんなものを壊して、迷惑をかけました。ダメな子でごめんなさい。あんなに調子に乗ってたのに、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 小舞はひたすらに頭を下げた。ごめんなさいを連呼した。世間は受け入れてくれないと分かっていても、悪あがきをするように謝り続けた。

 

 小舞は九年の経験で魔獣災害を一度ならず切り抜けてきた。その経験から学んだのは、世の中が完璧を求めていることだ。

 

 魔獣の異界化に一般人が巻き込まれたなら、一人の死者もけが人も出してはならない。現場にあるものを決して壊してはいけない。でなければ『誰が助けろと頼んだ』『こんなケガで生きていくなら死んだほうがマシだった』『これだけたくさんのものを壊しておいてヒーローを気取るな』『修繕費用で何人か死んだ』などと叩かれることになる。

 

 今回はどうにか死人は出さなかったものの、けが人はいるしモノは大量に壊した。ハンマーを投げ込んだ店だけでなく、鋭い踏み込みのたびに床には凹みができていたし、悪鬼の触手で床が崩れるし、極めつけはあの大型ディスプレイの落下だ。

 

 世間は魔法少女に怒り狂っている。

 

 その思い込みとケガの痛みが、小舞が配信から遠ざかっていた原因だった。

 

 もうこれまでのような人気者は気取れない。フォロワーたちは軒並み手のひらを返したように罵詈雑言を叫んでいるだろう。それでも「やらかした」と思うなら、ごめんなさいをしなきゃいけない。ちっぽけな小舞のプライドは、逃げずに謝ることを選んだ。むろんリアルの方でも壊した店の女主人にはすでに謝りに行ったが話が噛み合わず、その他の破壊痕は広範囲につき誰に謝ればいいのか分からない。ゆえにバッシング覚悟で謝罪配信を始めたのだ。

 

 とはいえその覚悟は空回りだった。

 

 数え切れないくらいごめんなさいを言って、頭を下げて、鼻がツンとして目の奥が熱くなってくる。

 

 ひと呼吸入れるために目元を拭い、顔を上げる。下から上へ濁流のように流れるコメント欄に目が止まり、言葉を失った。

 

:泣かないで

:誰もあーちゃんを責めようなんて思ってないよ

:もういいから頭を上げろ

:成し遂げた偉業に対して卑屈すぎるだろ

:1400人弱の人命を救った事実を誇れ! 胸を張れ!

:けが人っつっても膝擦りむいたとか足くじいたとかのレベルだからな?

:つティッシュ

:テレビつけてみ? 誰もひどいこと言うやついないだろーが

:今すぐエゴサしろ

:かわいそう

:かわいい

:ごめんじゃない、どういたしましてだろ

:みんなありがとうって言ってるよ

 

「ほえ……?」

 

 コメントの内容がしばし理解できなかった。ようやく意味を咀嚼すると、幻でも見たような気分になる。

 

 夢でも見ているのかと呆然としてSNSを立ち上げ、エゴサしてみる。コメントの指摘通り、シャタードアースの頑張りを皆口々に称賛していた。承認していた。それは小舞の知る世間と比べてとても優しかった。

 

 頑張ることは当たり前、完璧にこなすことも当たり前で誰からも感謝されない。ほんのわずかでも粗があると、嬉々として吊り上げて袋叩きにする。そんな世界とはかけ離れた優しさが溢れていた。

 

 安堵と脱力を覚えた小舞は、緊張の糸が切れるのを感じた。目からとめどなく涙があふれる。

 

「何よこれ……いつからこんなに……優しい世界になったのさ。うるせーやい、泣いてないわ! ちょっと、安心した、だけだもん……!」

 

:ちょっと男子ー

:泣ーかせた泣ーかせた

:いつものあーちゃんに戻って

:こんなに卑屈だとは思わなかった

:卑屈なところもかわいいよ

:今日だけはチヤホヤしてやるよ! オラ喰らえ!

:すごい、えらい、かわいい!

 

「とってつけたように褒めやがってコノヤロー、ふふっ」

 

 しばらくコメント欄に返答していると、小舞は胸がいっぱいになった。

 

 世の中は昔よりも優しくなっている。それだけ胸に刻み込んで配信を切り上げようとしたところで、一つ思い出す。

 

 魔獣の元へ向かう道中覚えた違和感。巻き込まれた一般人たちの冷静さ、被害の少なさ、そして魔獣のいる吹き抜けで完璧に退避が済んでいた都合の良い状況。あれについて配信で触れておきたい。

 

「あ、そうだ。この中にあのときパークに居た人いれば聞きたいんだけど。周りにやたら落ち着いてる人いなかった? 冷静というか、そんな感じの」

 

:何のこと?

:あの状況で落ち着けるやつとかいなくね

:いや、居た。めちゃくちゃ冷静で店に隠れろとか指示してた人

:メンタル超人かな?

:あのダンディおじには助けられた

:おじ? 高校生くらいの女の子じゃなかった?

 

「やっぱり。それマスコットさんだわ。マスコットさーん、ありがとねー」

 

:マスコット?

:都市伝説じゃねーか!

 

「都市伝説? 何それ。マスコットはボランティアだよ。今回みたいな災害に巻き込まれたとき、率先して避難誘導とかして魔法少女が戦いやすいようにしてくれんの。死人が出なかったのはほとんどこの人たちのおかげかも。というわけでありがとー!」

 

:ありがとー!

:マジで!?

:陰の功労者をねぎらう英雄の鑑

:俺もマスコットなりたい、どこで応募できる?

:協会の対人戦闘暗部じゃなかったのか(驚愕)

 

「協会の? あの人たちはタクシーみたいなもんよ。マスコットなりたい人は、魔性存在と魔法少女の勉強してマスコットを名乗ってね。応募とかじゃなくて、みんな自称でやってるから」

 

:なるほどだからおじだったり女の子だったりなんか

:了解、勉強してきます!

:ネットに勉強できるようなソースあるかな?

:協会のHP使いにくすぎて草 平成初期かよ

:書籍もネット情報も異様に少ないのよな

:あーちゃんに教えてもらう・・いや教えるの下手だもんな

 

「下手じゃねーわ! 下手じゃないけど、確かマジストのフレイムブレイズちゃんが講義みたいな配信してるから、興味あれば──」

 

 マスコットのなり方を話題に、配信は結局小一時間続いた。

 

 話が一段落したところで小舞のケガを心配するコメントが殺到し、たしかに無理はいけないので、今度こそ配信を切り上げたのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 さて、今回の魔獣災で小舞以上に凹んだ人物が一人いる。世間から袋叩きにされると思い込み、これまでのチヤホヤ配信者生活を手放すことになる絶望よりもはるかに深く、どん底まで落ち込んだ人物。

 

「ごめんなさい、おししょー……」

「起きろーい!」

「うきゃあ!?」

 

 デスヘイズこと、佳住しえである。布団にくるまってかたつむりになっていたので、元気いっぱいの小舞は敷布団ごと引っくり返してやった。

 

 小舞と同じマンション、同じ階で二つ隣の部屋がしえの転居先だ。小舞が死体みたいに落ち込んでいた一方でしえも消沈しており、実に一週間ぶりの対面だった。

 

 ひっくり返ったしえはぼさぼさの髪を整えもせず、泣き腫らした顔で小舞を見上げる。小舞の頭と右目、右腕と右足の傷に松葉杖を見るなり、嗚咽を漏らし始めた。

 

「私は弟子失格です……やっと固有魔法を覚えて、お役に立てると思ったのに、おししょーの足を引っ張って大怪我を……うっ、うう」

「泣くなァ!」

「へみゅっ」

 

 小舞はしえの頬を左手で挟み込み、強引に顔を上げさせた。

 

「失格かどうかは師匠の私が決めること! 勝手に決めつけて落ち込むなバカモノ!」

 

 勝手に決めつけて落ち込んでいた張本人とは思えない言いようである。チヤホヤにより自信を回復した小舞には師匠らしい威厳があふれていた。

 

「でむぉ、でむぉ……!」

「デモもストもなぁい! このケガは私が初めての弟子の世話焼いて作った名誉の負傷だ! お前が気負うな、私が誇る! 落ち込むヒマがあったらおししょー超かっこいいステキって称えろ!」

 

 しえが小舞の右手を振り払う。

 

「た、確かにかっこよかったしステキでした! でもそれとこれとは話が別です! 私が何も考えずに、慢心して出ていったからおししょーは……!」

「それの何が悪いんじゃい!」

「きゃっ!?」

 

 小舞はタックルをかました。無事な左足で床を蹴るが、右足が使えないため倒れ込む前提だ。松葉杖が放り出される。

 

 小舞の全体重がしえの身体を浮かせ、先程引っペがされた掛け布団と敷布団の塊に押し倒す。

 

 衝撃に目を閉じたしえがまぶたを開けて見たのは、間近に迫る小舞の顔だった。調子に乗ってイキる子供っぽい小舞の顔は、しえにとっては自信に満ち溢れたステキな顔に見えた。

 

 鼻先がふれあい、長いまつげが肌をくすぐり、互いの息遣いを感じる至近距離。

 

 小舞はふっと表情を緩めて、ゆっくり言った。

 

「私を手伝おうとしてくれたんでしょ? しかも土壇場で固有魔法まで覚えてさ。すっごいじゃん、天才じゃん、超えらいじゃん」

「そ、そんなこと……だって結局」

「結果はどうあれ、私は嬉しいよ。手伝おうとしてくれた。しえは頑張った。それだけは誰にも否定させない。しえ自身だろうと、否定させないよ」

 

 しえに身体を預け、耳元に口を持っていく。無事な左手でしえの頭をあやすように撫でた。

 

「よく頑張ったね」

 

 しえは息を呑んで絶句し、硬直する。数秒後に身体を震わせ、涙まじりに反論した。

 

「ひどいですよ。ずるいですよ。おししょーは、優しすぎます。ひどい人です……」

「そうねぇ、そんなひどいやつの弟子なんだよお前は。気分は最悪かな?」

「分かってるくせに、もう、もう……っ!」

 

 小舞の小さな身体に腕を回し、控えめに抱きしめるしえ。ケガを気遣っているというより、繊細な身体を壊さないよう気遣っているようだった。

 

 ひとしきり小舞を抱いて嗚咽を漏らすと、しえは身体を離して、涙と鼻水だらけの顔で決然とこう結んだ。

 

「私はきっと強くなります。おししょーみたいに立派な魔法少女になって、隣に立ってみせます。きっと、絶対」

「……うんっ!」

 

 小舞も何か覚悟を決めた感じの顔で、それっぽくうなずいた。

 

(なんかよくわかんないけど、元気になったからヨシ!)

 

 実はこの女、何も考えていなかった。しえの布団をひっくり返した時点で、どのように元気づけるかまったくのノープランだったし、なんなら喋っている間も出任せだった。

 

 すべては自信のなせる技。こんなにチヤホヤされてる自分なら考えなしでも弟子を励ますくらいできるだろう、と。勢いと思い込みだけで生きているがゆえの暴挙であり快挙だった。

 

 しばらく至近距離で見つめ合っていた二人だが、しえの視線が熱に浮かされたように陶然としだしたので、小舞はこれ以上刺激しないようにと立ち上がる。

 

 するとその拍子に、ダボダボスウェットのポケットからスマホが転げ落ちた。現代っ子の小舞はたとえ隣の部屋へ外出するときでもスマホを携帯する。

 

 すでに小舞は立ち上がっており、松葉杖をついた状態で拾うためにかがむのは実質片足スクワットなので面倒だ。

 

 弟子が気をきかせて拾ってくれないかと期待すると、しえはその通りに動いた。

 

「おししょー、落としました、よ……」

「あ」

 

 スマホを拾い上げたしえは絶句した。彼女の視線を追った小舞は思考が止まった。

 

 落ちた拍子に画面が点灯したスマホには、待受にしていた『魔法少女デスヘイズが触手に捕まりあられもない格好になっている画像』が表示されている。ネットに出回っていたデスヘイズの放送事故部分スクショの一つである。

 

 しえは性的に剥かれている自分に釘付けになったまま、かすれた声を出す。

 

「お、ししょー、これ、なんですか」

「いや、ちがうの。これはちがうのほんとに」

 

 小舞の小さな脳みそが高速演算を開始する。考えるべきは師匠としての株を落とさず、かつ目前の事実と噛み合う最高の言い訳だ。まさか『自分にないものをたくさん持っている成功者がこっぴどい失敗を犯している様は興奮する』などと真実を告げるわけにはいかない。しかし事実としてデスヘイズのエロティックな画像がそこにある。

 

 そうした要素を勘案し二秒でひねり出した小舞の言い訳は、こうだった。

 

「しえが……えっちなことされてるしえがすっごくかわいくて、待受にしてる。変な意味じゃなくて、しえに興奮しない日はないよ」

「変な意味以外に何があるんですかっ! もうサイテー、さいってーですよおししょー!」

「それはどうかな」

「どうかなじゃないですよ! 百歩譲って私に興奮するのはいいとしてもすぐそこに本物がいるのに、じゃなくて! 違う、今のはナシナシ!」

「ん、んん?」

「あーもー分かんない分かんない! 変態なのかカッコイイ人なのかはっきりしてくれないと、私の気持ちもよく分かんないですよぅ!」

「お前は何を言ってるんだ」

「とにかくその画像消して、今日はもう帰ってください! いろいろ混乱してワケ分かんないですっ!」

 

 顔を両手で覆ってぶんぶん頭を振る様は、まさしく混乱状態のお手本だった。小舞としてもいつまでも弟子の失敗画像を待ち受けにしているのは罪悪感がないでもなかったので、大人しく削除して待受は先日のフードコートでのツーショットに変えておいた。

 

 それをしえに確認させると、彼女は枕に顔をうずめて足をばたばたさせ始めた。耳まで赤くなっている。

 

 弟子のすさまじい感情の起伏に気圧され、小舞は逃げるように自分の部屋へ戻った。

 

「お昼にするか」

 

 時間はちょうど正午を回ったところだ。弟子も元気すぎるくらい元気になった今、心配することは何もない。ごきげんに鼻歌を歌いながら袋麺を取り出し、お湯を沸かし、PCを立ち上げる。片手での作業は中々に手間だが気にならないほど良い気分だ。夏休みの女子高生らしいぐうたら生活がそこにあった。

 

 頑張った結果が認められ、世間にチヤホヤされ、かわいくて面白い弟子もいる。小舞は楽しくて幸せだ。

 

 器に入れたラーメンにお湯を注ぎ、ぼんやり湯気を眺める。すると何か意識するでもなく、視線がつい、と壁に向く。そこには画鋲が一本だけ刺さっていて、その出っ張り部分に、古い首輪が掛けられていた。

 

 留め具の壊れたボロボロの首輪に、小舞は語りかける。

 

「ねえミーたん。きっと死に急ぐ必要はないよ。みんな魔法少女にかまってくれる。話を聞いてくれる。生きるのがすごく楽しい。だから──」

 

 遠い目をして思い出す。かつての持ち主が死に際に語った言葉。せいぜい好きな死に方を。

 

「死に方じゃなくて、生き方を探すことにするよ」

 

 誰にもどこにも届かずに、小舞の声は溶けて消えた。それでも返答を待つように小舞は沈黙する。ぼうっとしているうちに袋麺の三分間はとっくに過ぎた。

 

 小舞は慌てていただきますをしてから、伸びた麺を豪快にすすって、顔をしかめた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 シャタードアースの登場により、魔法少女は一躍人気者の代名詞となった。

 

 しかしまだまだブームは終わらない。

 

 ネットの片隅から流出したある動画群によって、流行の火が途方もなく大きく成長しつつあるのにシャタードアースが気づくのは、まだ先の話だった。

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