『第三会議室』。
それはすなわち虹ヶ咲学園生徒会役員が使う会議室の中でもっとも防音に適し、尚且つもっとも影の薄い教室のことだ。
基本的に俺たち生徒会の会議は生徒会室で行う決まりがあるし、他校の生徒を招いて行う交流会などでは一番広い第一会議室や、視聴覚の機材が充実した第二会議室を使うことがほとんどだ。
だからわざわざ第三の部屋を開放する機会もなく、いつもは生徒会が施錠しているため他の生徒の溜り場にもならない。つまりここ第三会議室は『生徒会長に使用許可を取らなければ絶対に入れない、内緒話をするにはもってこいの部屋』なのだ。
そして俺は今、その秘密の部屋に彼女——先ほど上原や高咲、更にはスクールアイドル同好会のメンバーの前で盛大な自爆芸を披露した優木せつ菜……を名乗る中川菜々さん——と二人でいる。誰にも聞かれることなく彼女の謎や同好会発足に至るまでの流れを確かめるためだ。
「えっと……中川さん。いや、せつ菜さんって呼んだ方がいいのかな」
「どちらでもかまいません……と言いたいのですが、今は『せつ菜』でお願いできますか?格好も格好ですので」
「ああ、OK」
会議室に設置された椅子に座り、せつ菜さんと向かい合う。いつもの三つ編みや眼鏡の面影は無くスポーティーな練習着姿の彼女——白と紺を基調としたtシャツに緋色のショートパンツ、脚には擦りむき防止のためか漆黒のタイツを纏っている——との間に、どこか尋問というか職務質問にも似た空気が漂う。
普段の中川さんに対するイメージとは正反対の格好には思わず「クラスメイトの私服を見てしまった感」に近い気恥ずかしさを覚えるものの、ひとまず状況を整理しなければならない。互いに一呼吸置いたところで、いざ本題に入っていこう。
「じゃあ早速だけど……せつ菜さんの話を聞かせてくれないか?」
「私の話、ですか?」
「ああ、出来るだけすべて知りたいんだ」
そう。俺が知りたいのは2つ。ひとつは優木せつ菜のすべて、歴史だ。なぜ偽名(というよりもう一つの本名か?)を名乗る必要があったのか。いや、そりゃあ「中川菜々がそれをしている事」がバレるのがまずいから以外の理由などなさそうなものであるが、そもそもどうしてそれが「まずい事」に該当するのかが知りたい。
そしてもうひとつは言わずもがな、同好会設立までの流れだ。生徒会長とはいえ本来の流れから外れた方法をとるのはいただけない。同じ組織に属している以上はしっかり内容を把握する必要がある。
「私のすべて……わかりました」
「あと防音つっても万が一ってことがあるから、できる限り小声でお願いする」
「はいっ!!!!」
「秒で破るな」
前々から思っていたがマジで声がでけぇ。元気いっぱいで特大ボリュームのハキハキした声色。どうやらそれは中川さんでもせつ菜さんでも変わらない、彼女の持つ本質的な強さのようだ。
「すべて……ですよね。少し恥ずかしいですけれど、お教えしますね」
「あ……ごめん。もちろん言える範囲で構わないし、無理矢理聞いたりはしないよ」
「ありがとうございます。……まずは上から」
「ああ、頼む…………上から???」
「お耳、借りますね」
「え、あ、耳??」
せつ菜さんは俺の疑問には答えず、その若干赤らめた顔を身体ごと俺に近づける。
「ちょっ、あの……せつ菜、さん??」
何がどう「上から」なのかまったくわからないまま固まる俺の耳元に彼女の唇が近づいていく。誰にも聞かれたくないゆえ、ヒソヒソ話のスタイルで語るつもりだろうか?
「一度しか言いませんから……聞き逃さないでくださいね」
「お、おう……わかった」
普段の声が大きい彼女が耳元で小さく囁くギャップに思わずドキッとしたものの、謎が解明される期待値がそれを上回ったためかすぐに落ち着きを取り戻す。大事な話だ、しっかり聞こう。
「83の推定E……」
「ストップちょい待ち待機っ!!」
大事すぎて公に出せない情報だった。
「え、だって優木せつ菜のすべてが知りたいって」
「すべてってそういう事じゃねえっての!」
自分のしたことの重大さに気づいていないのか、きょとんとした顔でこちらを見ているせつ菜さん。なんでそんなに余裕なんだ、こちとらいつも隣にいる女の子のバストサイズを内緒話スタイルで打ち明けられてパニック極まってんだよ!
「スペックじゃなくストーリーを聞かせてほしいって言った、つもりだったんだけどっ!?」
「ああ、なるほどそういう意味でしたか!って女性に何を言わせてんですか貴方って人はあああああああああーーーーーーっ!!!!!」
「いや悪かったけども!今のは正直自爆だろ!!」
「問答無用!『せつ菜スカーレットストーム』!!」
「落ち着けぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
防音設備を完全に亡きものにしようと言わんばかりのシャウトが部屋中にこだまする。これだけの声量、もしライブで披露したらどうなっちまうんだろうな……鼓膜破れないといいな…………。
♪
ひと通り絶叫しきったところで互いに冷静さを取り戻したあと、今度こそ優木せつ菜の歴史を語ってもらう番になった。
「なるほど、家庭の事情か」
「はい……」
せつ菜さん、というよりこの場合中川さんの家はとても厳しく、漫画やアニメなどにもあまりいい顔はしないそうだ。ひどい時には好きなアイドルが出ている歌番組を途中で変えられたり、「チャラチャラしてるから」と見るのをやめさせられたりもあったとか。大好きを否定される日々だったのだと。
中等部の頃からずっと生徒会に参加し続けていたのも、その影響が大きいらしい。部活よりも人を動かす力を学べ、とのことらしい。
「でも嫌だと思ったり、後悔はしませんでしたよ。やると決めたのは自分ですから……だけど」
「ずっと寂しかったんです。私が中川菜々でいる限り、私の大好きは誰にも届かないんだ、って」
「そんな時、スクールアイドルに出会ったんです。『限られた時間を全力で駆け抜ける』。その姿に、大好きを隠さない生き方に憧れちゃって……」
「それで、スクールアイドルに?」
「はい。……ただ失敗だったのは、この学園にアイドル系の部活がなくて」
「転校する訳にもいかず、かといって本名で部活を作ろうとすればすぐにバレてしまいますからね。両親にも、生徒会の皆さんにも。だから『スクールアイドル同好会をつくろうとしている誰か』の存在が必要だったんです」
「それが……『優木せつ菜』」
彼女の話を聞くうちに少しずつわかってきた。優木せつ菜は単なる芸名なんかじゃない。中川さんが自分を思いっきり出すために必要な、とても大事な存在なんだと。
*1「ちなみに、命名は三船先輩のあの言葉からいただきました。『刹那の勇気』。やりたいと思った刹那、そこに飛び込める勇気を持てるように。それを忘れないようにしたかったんです」
「いい名前だな、優木せつ菜」
「ふふっ、ありがとうございます」
せつ菜さんの曇りない笑顔。その表情こそ、彼女が彼女自身の大好きを貫き通せている証明に思えた。
♪
優木せつ菜の馴れ初めはわかったところで、もう一つの謎、同好会の謎を追っていこうと思う。
「ところで、かす子に聞いたんだけどさ」
「かす子?……かすみさんのことですか?」
「あー、アイツとは3歳からの腐れ縁、ってか血縁者というか従妹なんだけど」
「ほう……言われてみれば似てますね」
「似てるっつーか同じ素材でできてるんだがな……それはともかく、書類関係はせつ菜さんが持ってるって聞いたんだけど、見せてもらうことってできるかな?」
その瞬間、せつ菜さんの動きが目に見えて強張る。「突かれたらマズイ」と思ってる人間のリアクションだ。
「……」
「せつ菜さん?」
「……あのー………高城くん……ものっすごーく言いにくいのですけれど………」
せつ菜さん曰く、同好会の存在は生徒会の誰にも打ち明けていないらしく(当然か)、部室も一番目立たない角の空き教室を振り分け、万が一バレても生徒会長パワーでゴリ押すつもりだったようで。つまり……
「スクールアイドル同好会は承認されていないどころか認知もされてないあげく書類もまだ作ってねえ……と?」
「はい……すみません……」
先ほどあれだけ叫んでいた人とは思えぬほど弱々しい返事が返ってくる。まあ明るい話題じゃねえからしょうがないけど……。
肝心の同好会が宙ぶらりんなのはびっくりだが、それについてはまた次回お話ししよう。最後に、いつものように自己紹介をアップデートして終わろうか。
俺の名前は高城悠。虹ヶ咲学園高等部2年、生徒会庶務だ。
「高城くん………どうしましょう…………」
そして俺の目の前で弱々しく落ち込む彼女こそ、我らが生徒会長中川菜々、のもう一つの姿。
そして俺と
つづく
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
アニガサキ2期の放映に合わせ、毎週土曜夜の更新を目標に進めていきますので、今後とも宜しくお願い致します。
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また来週お会いしましょう。本日はありがとうございました