突然だが、高咲さんは鈍感である。特に「自分が(同年代から見てとても魅力的な)女の子である」自覚を全く持っていない。男の前でスカート仰いだり、距離感の詰め方が異常に早かったりは日常茶飯事。
極め付けは去年の文化祭。それに使用する
「ハルってさー」
そんな絶望的なまでに鈍感な彼女であるが———
「ぶっちゃけ甘えてるよね」
———図星を突くことに関しては天才的である。
♪
『
ここ虹ヶ咲学園高等部の普通科2年A組に在籍し、
元々家が近所(もっと言えば同じマンションの別の階)のため、俺や上原とは幼稚園、小学校、中学校、そして高校に至るまで同じ所に通っている。
それほどまでに身近な位置に存在する彼女であったが、ここ虹ヶ咲をはじめとするこの辺り一帯の学校は生徒数がべらぼうに多いため俺は同じクラスになった事はなく、上原ですら高校に入ってようやく、といった具合だ。
まあクラスこそ違うものの、俺も上原も『高咲さん』のことは幼稚園の頃から知っていた。その理由は彼女の性格に尽きる。
自由奔放、天真爛漫、豪華絢爛……いや最後のは違うか。ともかく、クラスも学年も性別も果ては国籍まで飛び越えて相手と交流を図り、仲を深めていく圧倒的なコミュニケーション能力ゆえに、(本人のルックス的な魅力も相まって)ちょっとした有名人だったのだ。
そんな彼女と上原は相性が抜群だったようで一年時から意気投合。かつて俺がいたポジションであるアイツの隣に付き、今現在の上原歩夢を1番理解している存在となっている。
どうやら彼女——高咲さんも俺のことは上原から聞いていたようで(彼女曰く「歩夢の昔話にいっつも出てくる」らしい。恥ずかしいわ)。
俺は中学までの上原を知っているが、高校生のアイツのことは全く知らない。
反対に向こうは高校生の上原を知っているが、あゆぴょんのことは「
互いに大好きな相手のことを知っている、「
俺はその悪友と向かい合って座り、今———先程の上原とのやりとりが終了し(お嫁さんの件は当然かきなおさせたが)、「飲み物買ってくる」といってアイツが一旦出て行ったところ———、上記の台詞を突きつけられているところだ。当人がいないところで話を切り出してくれたのは彼女なりの気遣いなのだと思う。
「甘えてる……か」
「なんだ、自覚はあるんじゃん」
いつものキラキラ、キャピキャピした感じとはまるで別人のような冷たい目線と声色に思わず身がすくむ。
「……まあな」
本来ならここで反論の一つもすべきなのだろうが、脳内冷蔵庫にはこの状況を打破する
「心のどこかでさ、『歩夢は俺から離れない』とか思ってるでしょ」
「うっ」
彼女の指摘は完全に当たっていた。
俺のわがままである「今の距離を保っていたい」なんてものは、そもそも「向こうも俺から離れないだろう」という思い込みによって成り立っている。
上原が幼馴染である俺からそうそう離れるはずがない、10年近く一緒にいるのだから心配ない……そんな考えを根底に持っているからこその発想。高咲さんにはお見通しみたいだ。
「幼馴染ってポジションに甘えてるんだよ。さっきのだってそうじゃん」
「何さドスケベラビットって。女の子に言う言葉じゃないし」
「それはホラ、あれだ。上原が実際にドスケベなのが原因であって……」
「そうじゃなくてさ、歩夢が怒らないの分かって言ってるでしょ、ってこと」
さっきの——お嫁さん云々のやり取りを例に詰め寄ってくる彼女に俺は反撃しようがなかった。悲しいほどにその通りすぎるから。それに、これまでの距離感から言って『悪くは思われてないだろう』と油断しきっていたのも事実だ。
「そういうところがさ、甘えてるっての」
「……痛いとこ突きやがって」
「ま、結局はハルの気持ち次第だけどね」
「俺の?」
「そ。ハル自身がどうしたいか、ってこと」
一通りの指摘が終わったかと思えば、彼女の視線の質がだんだんと柔らかなものに変わっていくのがわかった。
「歩夢と幼馴染以上になる気がないならいいけど……ハルはたぶん違うじゃん」
「……歩夢のこと、どう思ってるわけ?」
彼女からぶつけられた非常にシンプルかつ極めて難しい質問。しかし俺の答えは一つだ。人に真剣に聞かれている以上は、叶う叶わないは抜きとして本心を答えねばなるまい。
「決まってるだろ。あゆ……っ、…上原が……好きだ。likeじゃなくLoveな意味合いで好きだ」
——なんだ、これ。「自分が相手に好意を抱いている」事実を口に出すのがこんなに恥ずかしいとは思っていなかった。
「ふーん……じゃあさっさと告白しちゃいなよ。手遅れになる前に」
「歩夢ってさ………めちゃくちゃモテるんだよ?」
湧き上がる羞恥心を強引にねじ伏せようと躍起になるら俺に、高咲さんは釘を刺すように言った。
「この前もクラスの男子に告白されてた、2年になってからもう3回目。。『1年前からずっと好きでした』ってね」
「たかだか12ヶ月じゃねえか。こちとら片想い歴120ヶ月だぞ、レベルが違う」
「告白できてない時点でハルの負けだけどね」
「じゃかあしい。それぐらいわかってるっての」
「わかってないから言われてるんだよ、鈍感」
「……ずいぶん手厳しいな」
「これでも歩夢の親友ですから」
そうだ。高咲さんは上原の親友だからこそ、その上原の優しさに甘んじている俺、関係を進めようとしない俺に対して思うところがあったのだろう。
「………だからさ、勝負しようよ」
不意に、高咲さんの声のトーンが「いつもの可愛さ」を取り戻し、平常時のそれになる。
「勝負?」
「うん。名付けて……『どっちが先にトキメキゲットできるか対決』!!』」
「………は?」
♪
高咲さんは未だ進路が決まっていない。だが、何かを始めたいという強い意志はあるようで。そこで提案されたのがこの「トキメキ対決」だ。
ルールは簡単、「高咲さんがときめくものを見つける」「俺が上原に告白する」どちらが先かを競うのだ。
「負けた方は、そうだね………ジュース奢りで!」
「良心的じゃねえか」
「いや負ける前提?……奢らせて見せなよ、ハル」
「……OK。受けて立つ、高咲さん」
「あー……さん付けはやめて。侑でいいよ」
「女の子名前で呼ぶのはハードル高えっつの……高咲」
「なにそれ……ま、いっか。名前呼びは歩夢に譲るよ」
そう言ってくしゃりと表情をほぐして笑う高咲。そのエメラルド色の
——そしてその約束が、俺や高咲、上原、そしてもっと多くのトキメキを求める者たちと紡ぐ、悠久の物語がスタートする合図だった。
♪
高咲さ……高咲とのトキメキ勝負の約束を取り付け(ひとまず進路希望には今後学ぶ異意欲があるという事なので『進学予定(学部未定))』と彼女自身が書き直した)、あとは上原が戻ってき次第、内容を確認して終了というところまで来た。
上原の帰りを待っていると、教室のドアがカタカタと揺れる。誰かがドアノブを掴んでいる故の振動。ようやく帰ってきたか、と思ったがどうやら違うみたいだ。その扉の向こう側から、上原のものではない声が、3人分ほど聞こえたからだ。
「彼方ちゃん、やめておいた方がいいと思うけどなぁ〜」
ふんわり、それでいておっとりした声と。
「ホラ、彼方先輩も言ってるよ?早く練習戻ろ?」
鼓膜にスッと入ってくる、綺麗な、透き通った声と。
「大丈夫!しず子も彼方先輩も心配しすぎだって!!」
ムカつくほど聞き覚えのある。可愛らしい声。その声の主がドアを勢いよく開け入ってくる。
「失礼しまーす!!『優木せつ菜先輩』はいらっしゃいますかぁー?」
——ああ、やっぱりコイツだったか。人違いである事を期待したが、そんな都合のいい事はない。なぜこんな事を思っているかというと俺は彼女、目の前の赤い瞳にベージュの髪を持つ一年生の正体を知っていて、極力お近づきになりたくないからだ。
「ん?……にひひ………どういう段取りで行こうかと思ったけど…手間が省けましたね」
俺の存在に気づいたその一年生は何やらぶつぶつ言ったのち、
「はる
「うぉっ!?」
俺に思いっきり抱きついてきたのだ。そして——。
「お願い!かすみんを3万円で買って!!」
「何言ってんのお前マジひとまず黙れバカスカス鋼!!」
———まさかの売春行為を要求してきやがった。
「上限解放素材じゃないもんっ!!ていうか、買うの!買わないの!どっち!!」
「買えるわけねえだろはっ倒すぞカスガキ!!」
「はあぁぁぁっ!!?このカワイイかすみんに女性的魅力が無いってわけ!?鈍っ!ホント鈍いよはる助、そんなんだから『ほうてい』なんじゃないのー!?」
「正しくは『どうてい』だバカ言わせんな泣くぞ!!」
「じゃあなんで買ってくれないのさーっ!!」
「近親相姦なんだよ!!」
突拍子もない提案に対するツッコミが放課後の教室に響き渡った……今回はここまでにしよう。最後に一応俺のプロフィールを再確認しておこうか。俺の名前は高城 悠(たかぎ はるか)。髪の色はベージュ、瞳の色はレッドだ。
「そんな怒ることないじゃん…相っ変わらずうるさいなぁはる助………」
「テメーの馬鹿さ加減も相変わらずだな、かす子」
そしてそんなおれに売春行為を働こうとし、今もぶつくさと文句を垂れているコイツのことも紹介しておく。
俺と同じ
つづく
ここまで読んでいただきありがとうございます。これからも応援していただければ幸いです。
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