カミサマにお願いして人類を裏切った勇者に事の次第を問いただしにいったらTSしてるし何も憶えてないどころか時間が巻き戻ってるんだが? 作:覇王ドゥーチェ
俺は前を行く二人に気付かれないようそっと振り向き、口の中で呟いた。たった三人かよ、と。
「どうかしたか?」
どうやら振り向いたまま、足を止めてしまっていたらしい。後ろからの足音が止まった事に、『勇者』──光属性剣士でただ一人、
「いや……誰か追いついて来てねぇか見ただけさ」
胸中によぎった弱音をそのまま口に出すか悩んだのは一瞬だった。今更取り繕ったところで、何も変わりやしない。
「……そうか。彼らが時間を稼いでいるうちに、今は先へ進もう」
「分かってるさ……分かってる」
ここに入った時、俺達は十人だった。それが今はたったの三人だ。俺達を先に進ませるために、足止めに残った七人は今頃……。
「急ぐ」
感情を持たない
「ああ……」
冷や水を浴びせらた気分になった。前を行く二人に続いて足を動かしながら思い出す。思えば今までもこの女が喋るたびに背筋が凍る思いをしている。人間味を感じない程の美貌がそう感じさせるのか、俺が反対属性の魔法使いだからか。整った顔と金糸のごとき髪をヴェールとフードで隠し、女性らしい肢体はだぼついたローブに隠されシルエットすら分からない。ヴェール越しに見える椎堂の顔は能面のように凍り付いたままだ。その一方で、勇上は余裕があるかのようにいつも通りの笑顔を張り付けている。憎たらしいほどにいつも通り、とはいかず、緊張か疲労からかその額には汗が浮き出て、黒い前髪が張り付いている。無理もない。今の今まで最前線で剣を振り続けていたのだ。仲間達が一緒にいた、つい先程まで。
この思考が現実逃避なのは俺が一番分かっている。しかし現実を直視できない。したくない。仲間の命を犠牲にしてまで成し遂げねばならないのか、とか、何か他に手立てがあったのでは、とか、後ろ向きの事しか出てこず、顔はうつむき足が自然と止まるからだ。
「……っと、わりぃ、なんかあった──か?」
考え事をしたまま進んでいたので、前を行く勇上が止まった事に気付かずぶつかってしまった。そして、顔を上げて、勇上が足を止めた理由が目に入った。
扉だ。とても大きな扉が石造りの通路の先にあった。高さから推測するに、身長十メートル以上の存在が利用するために作られた扉のように思える。扉は完全に閉まっておらず、人一人が入れるだけの隙間が空いていて、そこからは冷気のようなもやと青白い光がこちらに漏れ出ている。濃密な魔力の気配……これまでに感じた事がない程の魔力を扉の先から感じる。
「……魔神はこの先だ。椎堂、
椎堂は首肯で返した。俺はありったけの支援魔法で返答とした。物理的な攻撃を一度だけ防ぐ魔法、魔法的な攻撃を跳ね返す魔法、致命的な攻撃を魔力で肩代わりする魔法、弱体魔法の効果を減衰する魔法、相手の魔法抵抗を貫通する魔法。物理的に与えるダメージが増える魔法等……魔神相手にどれだけ通用するかは分からないが、気休めにはなるだろう。闇属性魔法使いの本領発揮だ。後は戦闘中の弱体魔法と支援魔法を切らさないが俺の仕事だ。
攻撃は勇上、回復は椎堂、支援は俺とバランスは取れている。なんとかなるはず……いや、なんとかするしかない。俺達に残された道は扉の先にしかないのだから。
勇上が先陣を切り、扉の隙間から中に入った。椎堂と俺もそれに続く。
扉の先は、一つの部屋だった。中央に巨大な球体が浮遊している。部屋に充満する魔力は、その球体から発せられているようだ。あの球体が、魔神なのか……? 俺達が部屋に入ってもなんの変化も見せない球体は、ただゆっくりと浮遊し回転しているように見える。
「……どうする、勇上。先制攻撃できそうだが……?」
「その必要はない」
勇上は懐から短剣を取り出した。背に吊るした聖剣があるにも関わらず、そんなちゃちな短剣で何をするつもりだ? それに、必要がないとはどういう──
「これで終わりにする」
勇上は短剣を頭上にかざした。すると、これまで変化を見せなかった球体にひびが入り、そのひびから青白い光が噴出した。勇上の攻撃動作に反応したのか? 俺は弱体魔法をいつでも発動できるよう身構えた。ここからは勇上の行動と魔神の動きに合わせて最適な支援魔法と弱体魔法を発動する必要がある。まずは勇上に視線を向けて、それから勇上の……勇上?
「──あ、ぇ?」
勇上は魔神に背を向けて、こちらを向いていた。いや、こちらに短剣を振りかざしていたと言うべきか、振り下ろしていたと言うべきか。魔神に気を取られていた俺は、その短剣が俺の胸に突き立つ瞬間をなす術なく見ている事しかできなかった。
俺の支援魔法を軽々と貫通したその短剣は、ただのちゃちな短剣ではなかったのだろう。聖剣と同じく、魔法抵抗を貫通──いや、それ以上か。俺の支援魔法をものともしなかったという事は、魔法的な防御を無効化する短剣だ。魔神相手にはなんと心強い武器だろうか。きっと、その短剣を敵に振るうには、仲間の命を吸わなければならなかったのだろう。そうだよな勇上? 信じていいんだよな? 言ってくれれば魔神を倒すために俺の命を捧げるくらいどうって事は──
「ゆう……がみ……?」
なんだってそんな目で俺を見る? それが仲間に向ける目か? これから出荷される家畜だってそんな目で見ないだろ? なぁ勇上──
「これで は 。 にして 、 」
ひびが入った球体に話しかける勇上。耳が遠い。何を言ってるのか頭に入ってこない。視界もぼやけてきた。きっと魔神を相手に勝利を確信し、言い残す事はないか、なんて慢心しているんだろう。お前らしくないぞ勇上。そんな口上はいいからさっさと魔神に攻撃を──
球体のひびが大きくなり、そのすきまから出たしょくしゅがゆうがみとしどうをつらぬいた。ほら見たことか。おれがいなかったらどうするつもりだったんだ? ぶつりぼうぎょを上げるしえんまほうがゆうこうか。しどうのかいふくとおれののしえんがあればゆうがみはむてきだ。まずぶつりてきこうげきをふせぐしえんまほうをかけなおして──
どうしたんだゆうがみ、なんでうごかない。しどうはなんでかいふくまほうをつかわない。おれはいつまでねころんでるんだ。ほら、うえからみたらまじんのうごきなんてまるわかりだぞ。そんなしょくしゅにまけるわけがわけがわけがわけがわけが──
わけが、わからない。
「勇上ィィィイイイッッ!!!」
誰かの絶叫で目が覚めて飛び起きた。
「おや、開口一番それかい。元気だねぇ?」
「こ、こは……?」
ダンジョンだ。直感的に理解した。ここはダンジョンだ。四方は闇に……いや、夜空のように見える。床も天井もない。だが浮いているわけではなく、透明な硬い板にでも寝ころんでいたようだ。目の前にいるのは巨大な人型モンスター。喋る、モンスター? 理解が追い付かない。状況を整理するべきだ。
俺の名前、
「ココア、飲むかい?」
巨大なモンスターが巨大なマグカップを差し出してきた。マグカップがこちらに近づくにつれて俺でも片手で持てそうな大きさに変化していく。いや、なんでココア……? そもそもどこから出した……? 大きさの変化は何故……? 疑問が尽きない。
「ありゃ、いらないのかい」
マグカップが目の前で消えた。中に入っていたであろうココアごと。一瞬感じたココアの香りだけが先程までそこにココアがあったのだと証明していた。いや、ココアはもういい。今最優先で考えるべきなのはこのやたらと友好的な、喋る巨大モンスターだ。
「あ、ボクゥ? ボクはねぇ」
どうやら自己紹介をしてくれるらしい。というか、こちらが考えている事が筒抜けみたいだな。
「ギシンと呼ばれているよ。よろしくねぇ。あ、読心はカミサマ的存在の基本技能だから諦めてねぇ?」
ギシン……シンが神ならギは──
「本題に入ろうかぁ? 解釈は人次第だから、これからのボクを見て決めるといいよぉ?」
本、題?
「そう、本題。君はぁ、マジンを倒す志半ばで斃れちゃいましたぁ。合ってる?」
合っている。俺を入れた十人で、人類最精鋭とまで呼ばれた十傑の全員で魔神を倒すべくダンジョンへ挑み、魔神を倒すことなく死んだ。魔神に倒されたのではなく、『勇者』勇上の──裏切りによって。
なんでだ勇上。なんで言ってくれなかったんだ……。俺達は、お前にとってのなんだったんだ……?
「そう、『ユウシャ』が人類を裏切らなければ、君が死ぬ事は無かったぁ」
そうかも知れない。ただ、このギシンの言葉を信じるに足る根拠は無い。
「んふふ、『ユウシャ』にマジンを倒すつもりがあったなら、君達は十人でマジンに挑み、勝利していたぁ。信じなくてもいいよぉ? ──ただの事実だから」
事実……? 事実と言ったか。まるで見てきたかのように語るこいつは……?
「まぁた本題からそれちゃったねぇ。さぁ、君の望みを叶えよう、と言ったら……君は何を望むぅ?」
望み…望み……。人類の、解放。魔神が人類に与えた影響の、排除。
「君が望むのはマジンのいない世界かなぁ? そうじゃないよねぇ? マジンの恩恵にどっぷり浸かって、良い思いもしたでしょぉ?」
魔神の、恩恵。……魔法。
「マジンが魔法を与え、魔物を生み出し、君達みたいに戦いしか能がない人間を救ったぁ」
…………。
「さぁ、もう一度、君の望みを教えて?」
俺の、望みは……。
「うんうん、そうだよねぇ? 今度こそマジンに勝って、英雄になるんだよねぇ? そのためには、お邪魔虫がいるねぇ? 人類の希望で、人類の裏切り者で、君を殺した──」
「勇上と、話したい」
「──今、なんて? もっかい言ってみて?」
「勇上と話して、納得できればそれでいい」
「…………」
「それだけで、よかったんだ……」
「……………………」
「頼むよギシン。お前がカミサマだって言うなら、これくらい叶えてくれよ……」
「うーん、どうしよっかなぁ。まぁ、いいよ。その望み、叶えてあげるよ。安心するといい。ボクは望みに対価を求めるような悪神じゃないからね?」
ありがとう、と口に出す前に、足場となっていた板がなくなり、俺は夜空の中に落ちていった。死ぬ時とは逆の感覚だなぁ、とか、これから勇上と何を話そうかなぁ、とか、呑気に考えながら俺の意識は夜空の中を落ち続け、溶けていった。