カミサマにお願いして人類を裏切った勇者に事の次第を問いただしにいったらTSしてるし何も憶えてないどころか時間が巻き戻ってるんだが? 作:覇王ドゥーチェ
「おや……いませんね……」
橋口教育分隊長に案内されるまま、俺と勇上は会議室へ到着した。ここが俺達実習生の仮設分隊事務室、だそうだ。右も左もよく分からないが、勇上と一緒ならどうとでもなるだろう。自他ともに認める品行方正有能野郎だからな。しかし、会議室へ着いた途端、分隊長は不穏な言葉を呟いた。俺はなんとなく不安になり、勇上を見やる。
「…………」
うーん、無。虚無。いつも通りの人に好感を与える笑顔のままだ。こういう時のこいつは何も感じてないし考えてもない。つまり、俺も焦る必要はないだろう。動く必要があれば、勇上が先に動くだろうし。
分隊長は会議室に据え付けられた電話で、どこかへ電話をかけ始めた。
「……お疲れ様です。会議室から橋口一尉です。海老名士長はそちらに……そうですよね。いえ、分かりました。はい、はい。ありがとうございました。はい、失礼します」
分隊長は受話器を置いた後、少し考えて、再度受話器を手に取りどこかへ電話をかけた。
「……お疲れ様です。会議室から橋口一尉です。マイクを入れていただきたいのですが、ええ、『海老名士長、面会人あり、会議室』でお願いします。はい、お願いします。はい、はい、失礼します」
分隊長が受話器を置いた後、すぐにぴんぽんぱんぽーんとチャイムが鳴った。続けて、『海老名士長、面会人あり、会議室』とマイクが入る。このマイクを入れて貰うためにどこかへ電話をしたらしい。海老名士長とやらは、この会議室にいるはずがおらず、行方不明……という事か。
うーん、急な腹痛などであればまだいいが、どこかで事故にあっている可能性も──
「すみまっせんでしたーっ! うちの海老名が申し訳ありません! 今すぐ叩き起こしてまいりますのでもう少々お待ちくださーい……!」
突如会議室に小柄な女性が叫びながら入ってきた……と思ったら出ていった。ドップラー効果を実感したのは生まれて初めてかもしれない。消防車や救急車は島になかったし、なんだか感動するなぁ。
いやいや、感動してる場合じゃない。あの女性、一体なんの用だったんだ? 海老名士長の居場所を知っているのだろうか。それにしても、その……平たかったなぁ。しかし、それ以外は非常にレベルが高い。亜麻色の髪もアメジストみたいな紫の瞳も、少女と見まがうような体型もその童顔と相まって人形じみた美しさを感じさせる。まぁ、将来に期待かな……でも俺より推定年上であれかぁ。将来……? どこ、ここ……?
なんて無駄な思考を巡らせていると再びドップラー効果の気配を感じた。男のものと思わしき悲鳴が、徐々に高くなりながら近づいている。
「……ぁぁぁあああアアアッ!」
会議室の扉が乱暴に開き、一人の男が投げ入れられた。坊主頭をそのまま伸ばしたようなぼさぼさ頭と、人のやる気すら奪いそうな無気力な雰囲気の男だった。こ、これが海老名士長、か? というか今、凄い勢いで投げ入れられたが、誰が投げた……? 大の男一人を投げるなんて、相当な筋力が要求されるはずだが。
「おや、やっと来ましたね、海老名士長」
分隊長は海老名士長が投げ入れられた事実は全く気にならないのか、普通に海老名士長に話しかけた。
「遅刻はいけませんよ、海老名士長。『お願い』した事、忘れたわけではないでしょう? さぁ、初任戦士の前です。早く立ち上がって自己紹介をしてください」
「あっ……アアッ!」
今のは返事じゃなくて、痛みに呻いただけだな。投げ入れられた衝撃で腰でもやったのか、立ち上がる気配を見せない海老名士長だったが、先程一瞬だけ会議室に入ってきた女性が無理矢理起き上がらせた。海老名士長と一緒に入ってきたのだろうか。いや、海老名士長を投げ入れたのはひょっとして……。
「……あー、戦士長
女性に支えられながら、海老名士長は簡単に自己紹介を終えた。いや、よく見ると支えられているのではなく、逃がすまいと確保されているように見える。
「私は戦士長 淡路 雛。この男が貴方達の対番になるから、どんな無茶でも言っていいわよ。こいつがなんとかするわ」
「待てよ淡路。俺は今日、明け直だぞ。あんまり無茶言うなよ」
「私だって当直明けよ! あんたと一緒の直だったでしょうが!」
「そう、明け直なんだから、正当な理由のない出勤をしなければいけない理由が分からない!」
何を言っているのかよく分からないが、海老名士長が開き直った事だけはよく分かった。
「そうですね、今回は私の配慮が足りていませんでした。しかし、命令権者は私ではないので今回は『お願い』という形を取らせていただきましたが、それではやる気がでなかった、と。よろしいでしょう。正式に教育分隊
「まいりました」
俺は震えだした海老名士長を見て理解した。ああ、この分隊長に逆らうとやばいんだな、って。
初対面の時の海老名士長の事を思い返しながら、俺は音を立てないようにドアノブをゆっくりと回し、体ごと扉を押し込んだ。部屋の寝台には、海老名士長が横になっている。仮眠しているようだ。作業服を着たままである事から、当直明けかサボりかのどっちかだろう。どっちでもありえる。前回通りなら明け直で、飯の時間まで仮眠中、なのだろう。淡路士長から『お願い』された事を忘れて……。
さて、ここで選択肢は二つある。平和的に起こすか、乱暴に起こすか。どちらも大したメリットはないので、確実性が高い方法でやりたいが……あ、良い事を思いついた。加速魔法の実験体になって貰おう。
時属性加速魔法、バースト。対象の意識、感覚を加速させる魔法だ。体感では時の流れがゆっくりになるので、自分に使った場合は減速魔法みたいになる。この魔法を使うと通常の会話が著しく困難になったり、痛みなどもゆっくりと引き延ばされるので中々の苦痛だ。
これを海老名士長に三回重ねがけする。おそらく一秒が千秒ぐらいに引き延ばされているはずだ。そして指をゆっくりと海老名士長の額に近付け、全力ではないがしっかりとデコピンした。
「どぉうわぁ!?」
飛び起きたところで魔法を解除。一拍置いてから、
「おはようございます、海老名士長」
しっかりと挨拶した。挨拶は大事だ。
「……え、えぇ? 誰?」
海老名士長はまだ寝ぼけているようだ。
「二等戦士 神之木 拓也! 春鏡十五年二月一日付け、東部方面隊墨田駐屯地にて部隊実習を命ぜられ、高天原教育隊より本日着隊しました! よろしくお願いします!」
なので眠気が消し飛ぶようにしっかりと挨拶した。
「……あー、分かった。お前、苦手なタイプだ……」
海老名士長に隊舎内を案内して貰った。隊舎でのルール、空いている靴箱、掃除道具の場所、やり方、部屋の間取りやサボりスポットまで、ほとんどは前回と同じかどうかの確認だったが、サボりスポットは新発見だった。海老名士長が消えたらあそこを探せばいいんだな。
意外と真面目に案内してくれる海老名士長の背中を見ながら考える。うーん、ちょっと揺さぶってみようかな。
「海老名士長、そういえば」
「……なにさ」
「四月から十傑入りされるって、本当ですか?」
「……淡路から聞いたのか?」
否定はしない、って事は内示がもう来てんのかな。こっちの表情を見て、違うと判断したのか、海老名士長はごまかすように言った
「まだ決まった話じゃない。今はまだ俺も淡路も、候補のリストに載っただけだ」
なるほど、余裕のある時期はあらかじめ教えられるのか。二年後には人類も切羽詰まって、年度末に「君来年度から十傑ね。『自在』って名乗ってね」とか一方的に言われるだけだったなぁ。
「ははぁ、流石っすねぇ。パネェっす」
「……お前、心にも思ってねーな?」
「そんなまさか。あ、俺と賭けしませんか? 俺と海老名士長、どっちが先に十傑入りするか。負けた方は、勝った方の『お願い』を無理のない範囲で一つ聞く、なんてどうでしょう?」
「……やっぱりお前、苦手なタイプだ」
「あ、海老名! 貴方、ちゃんと案内してくれたんですね! 流石に戦士長たる自覚が──」
「淡路、飯いこーや」
隊舎の入り口で淡路士長、勇上と合流した。海老名士長は淡路士長の言葉を遮って配食を受け取る事を提案。まぁ、あんまり詳しく突っ込まれると都合が悪かろう。
「そうですね、もうそんな時間ですか……。勇上二士と神之木二士は、配食を受け取ったらしばらく部屋で休んでいていいですよ。午後になったらベッドメイクをして、持ってきた荷物の整理。礼装は明日も着るから必要なら手入れしておいてください」
「明日も礼装を着るんですか?」
勇上の疑問に淡路士長が答える。なんだよ、結構仲良くなってるじゃねぇか。俺も勇上と仲良くしたいが、距離の詰め方がもう行方不明だ……。
「ええ、明日の課業整列で駐屯地内の隊員を集めて、初任戦士の紹介を行います。二人には一言、何かしら喋っていただきますので、何か考えておいてくださいね」
「はい! 分かりました!」
「了解しました!」
「良い返事です! では配食を受け取りに行きましょう。案内しますね」
俺達は淡路士長と海老名士長に連れられ、食堂へ向かった。部隊で食う
明日から古戦場が始まりますので、投稿ペースが落ちる可能性があります。
あらかじめご了承ください。
感想、評価などを頂ければモチベーションが上がって筆も早くなり、次話投稿までのペースが大幅に短縮されることが予想されます。