カミサマにお願いして人類を裏切った勇者に事の次第を問いただしにいったらTSしてるし何も憶えてないどころか時間が巻き戻ってるんだが? 作:覇王ドゥーチェ
「おい神之木、そろそろ整列だぞ」
俺を揺り起こしていたのは西村だった。たしか……教育課程の後半で肺気胸が見つかったとかで、体を動かす教務は見学していた気がする。そして配属先は教育隊となり、暁教官らと共に学生を守るために戦い、散った男だ。
「ありがとな、西村」
西村の顔を直視できず、俺は顔をそむけた。戦死者・行方不明リストで名前を見た時の事をどうしても思い出してしまい、普通の顔を向けられる自信がなかったからだった。
「……? まだ足つってんのか? 一人で立てるか?」
「……いや、もう大丈夫だ」
軽く深呼吸して西村を見た。優しい奴だ。俺は西村に、上手く笑って返せただろうか。
「勇上学生基準! 三列横隊、集まれ!」
声を張り上げたのは林田だ。どうやら今日の当直学生だったらしい。最初から見学していた体育服装の西村は列外に並び、俺は三列横隊の最後に収まった。
ふと三列横隊の基準となった勇上を見たが、着用していた水着は女性用のそれだった。
今日の教務と別科が終わった。配食を受け取り、風呂に入り、掃除をして、自習も終わり、今は就寝までの自由時間だ。この時間まで本当に長かった。配食の受け取り方も、風呂の入り方も、掃除の場所も、自習時間にすべき事もすっかりと抜け落ちていた。日付を確認したが、この生活が後一か月は続く。部隊実習中も、扱いは学生と変わらないから実質三か月か。つ、つらすぎる! クイック使って飛ばせねぇかな、と考えたところで思い出した。
時属性の神様とのつながりは戻ったのかどうかまだ確認していない。そしてギシンに確認すべき事がまだ残っている。
ギシンとの問答で、得られた答えはそう多くない。俺が崇めていた女神が、実はギシンだった事。時属性の神とのつながりは、再びできるという事。こっちの勇上の事は、ギシンにもよくわからないという事。そして魔神討伐に必要不可欠な要素、真器。
長丁場になる事を覚悟して、俺はベッドに横になった。消灯まで三十分以上あるが、早く寝る分には問題ない。俺は胸に手を当て、魔臓を意識した。
おそらくギシンと時属性の神様、二本のリードが俺の魔臓につながっているだろう。リードの見た目からは、どちらにつながっているかは分からないため、先に時属性の神様に会ってしまうと少し気まずいな……。この辺り、
「どうしてこうなった……」
俺の魔臓につながるリードが、七本に増えていた。実は貫通している四本なのかとか、伸びる先で実はつながってるとか、そんなトリックじみた仕掛けはない。おかしいな、うん、おかしい。一足す一って二じゃなかったか? ギシンと時属性の神様以外のリードはどこから生えた?
これがチートってやつか。おい知っているかギシン。『賢者』が四属性持ちなのは有名な話だが、初任戦士の頃は魔法の制御と消費魔力で苦労してたって裏話知ってるか? ラーメンにトッピング全部乗せしたら、見た目は最強だが料金もカロリーも跳ね上がるのだ。……いや、流石に話がずれたな。
改めて胸に手を当て、魔臓からつながるリードを確認する。うん、何度見ても七本ある。俺は覚悟を決める。このリードの先にどんな神様がいても現実を受け止める、と。俺は恐る恐るだがなんとなく目についたリードから辿っていく事にした。
ギシン、どこ行った?
気が付けば朝だった。首だけ動かし壁に据え付けられた時計を見ると、まだ朝の六時前だった。まだもう少し寝られたな、と一瞬思ったが、違うそうじゃないと正気に戻った。
ギシンだギシン。ギシンがいなかったのだ。正確には、俺の魔臓からつながるリードを辿ってみても、ギシンそのものがいなかった。少なくともガワはギシンではなかったし、意志疎通も図れなかった。時属性の神様以外は以前までの闇属性の女神様と同じく、こちらをじっと見てくるだけだったのだ。
そして時属性の神様は、初めて会った時と同じく、ポケットから懐中時計を取り出し、こちらに差し出してきた。前回は触れる事すらできなかったが、今回は──
突如ラッパの音が鳴り響く。それと同時に、先程まで静かだった隊舎が、騒然となった。マルロクマルマル、総員起こしだ。同室の同期達は、寝巻から作業服に着替え我先にと部屋を飛び出していく。俺も一瞬出遅れたが、すぐに着替えて部屋を出た。普段使いには向かないだろう懐中時計を、下衣のポケットへしまいながら。
総員起こしの後は、朝の体操と配食だ。その後は午前の教務に備え、服装の整備や準備物を用意する。だが俺は、どうにもやる気が出ず懐中時計を手に取って眺めていた。実用品というより鑑賞品と思わせるような精密な彫刻が蓋と竜頭に彫られている。竜頭に付いているボタンを押し込み、蓋を開けた。盤面にはギリシア数字と短針のみの非常にシンプルな時計だった。ギリシア数字という時点でかなり使いづらいのに、長針が付いていないというのは致命的だ。高そうな見た目も相まって、俺の手にはまるで馴染まないと思われた。
だが不思議と、馴染む。真鍮製のような見た目のため重さもそれなりと思ったが、手の中に収めると気にならない重さだ。俺は懐中時計を手の中でいじくりまわした。
そして、自然と笑みが出てくる。ついに俺は人類の限界点を突破したのだ、と。
まるで加速魔法クイックを使ったかのように時が流れるのは一瞬だった。今は教務と別科が終わり、配食も終え、風呂に向かうところだ。教務はすでに特技別教育に移行し、同属性の先達を教官としてより実践的な知識を供給されている。部隊実習まで約一か月ほど。教育課程の総仕上げと言ってもいい時期だった。浴場の扉を抜けると、他の学生たちはどこかそわついた様子だ。無理もない。特技別教育に入ると、実戦が近いと実感できる。もう間もなく、俺達は命を懸けて戦場に出るのだ。
俺は手早く頭と体を洗い、湯船に浸かった。今も頭の内のほとんどはあの懐中時計の事を考えている。時属性の神様が持っていた懐中時計と、うり二つの懐中時計。あれはまぎれもなく、神器。
そう、対価。ギシンは対価を求めない、と言っていた気がするが、何かを俺に期待していた。何か目的があって俺を助けた。だが、時属性の神様が俺に何を求めているかが分からない。あのイケメンのあんちゃんを疑いたかないが、あれもギシンの別側面とか言われると納得してしまいそうになる。
そして、時属性の神様以外の俺とつながる神様達。属性は、闇、光、火、風、水、土の六柱。いずれも女神であり、俺好みの恵体であった。だが、多分ギシンの別側面なのだろう。うーん、美女ぞろいなんだが……残念だと言わざるを得ない。
今後の方針として、まず長期的目標としては勿論『勇者』勇上の真意の確認だ。次点で魔神の討伐。短期的目標としては約一年後にある、魔獣の侵攻から人類安全圏を防衛する事。これらに共通する必要事項として、人類の戦力を向上させる必要がある。
果たして俺一人に何ができるのか。手探りでも、探さなければならない。