カミサマにお願いして人類を裏切った勇者に事の次第を問いただしにいったらTSしてるし何も憶えてないどころか時間が巻き戻ってるんだが? 作:覇王ドゥーチェ
「勇上、ちょっといいか」
俺は教務の合間を縫って、勇上に話しかけた。俺に今できる事、そして目標を考えた時、勇上と話す事が最優先事項だと結論付けたのだ。図らずしも時属性という攻撃魔法を持たない属性で神器を得る事ができた事から、勇上が神器を得るための手助けも可能だろう。人類最強戦力だった『勇者』勇上を再現できれば魔神戦でも心強いし、俺を裏切った『勇者』勇上の目的が理解できるかも知れない。打算ありありだが、人類のためという大義がある限り躊躇うつもりはなかった。
「神之木? どしたのさ。珍しーじゃん、ボクに声かけるなんてさ」
そりゃ俺が女子に話しかけるのは珍しかろう。自慢ではないが、俺の対人対話能力は平均程度。更には戦地ならともかく、平時において年頃の女性と話す時にはデバフがかかるのが常だった。つまり、端的に言うと……気後れしていた。前髪を綺麗に切りそろえた黒髪ロングのストレートに、自然と行われる綺麗な所作。それだけならただの清楚な美少女だが、喋り方とのギャップで親しみやすさがある。ただその親しみやすさは、俺のような闇属性にはちょっと眩しすぎた。
「あー、その、なんつーか……いくつか確認したい事があってな」
「午後の試験の範囲とか? ボクもあんまり自信ないけど……」
「いや、そうじゃねぇんだ。勇上って特技別教務は光属性のやつ受けてたよな? 剣士か魔法使いか、もう決めたか?」
「あ、神之木って闇属性なんだっけ。お互い、攻撃魔法がない属性はつらいよね。ボクは剣に自信がないから魔法使いにしたけど、神之木はどうすんの?」
剣に自信がない、か。できれば勇上には『勇者』を目指して貰いたい。だが、無理強いしても意味はないだろう。なんとか翻意させたいところだ。
「俺も魔法使いにした。けど、勇上って運動神経良くなかったか? 格技の授業でも剣道を──」
「ちょ、ちょっと、変な冗談やめてよ! ボクなんて下から数えた方がよっぽど早いって」
食い気味に否定された。はて、『勇者』勇上は歴代最高記録を叩き出して教育隊を修業したはずだったが。
「……お兄ちゃんじゃあるまいし」
……今、お兄ちゃんって言ったか? 勇上がうつむきながら呟いたその言葉を、俺は聞き逃さなかった。
「その、お兄さんの話、聞いてもいいか?」
すげぇ地雷な予感はするが、今は踏み抜かなければならない。たとえ勇上との仲がこじれるとしても。
「あ、ごめん、聞こえちゃったか。……ボクのお兄ちゃん、運動神経がすっごく良くてね、戦士として期待されてたんだ。ボクは出がらしなんて呼ばれたりしたけど──病気で死んじゃった」
そう、だったか。そうだったのか……。
「……変な事聞いて、悪かったな」
俺の知る『勇者』勇上は、すでに死んでいる。この世界は、俺の知っている世界ではない。ギシンは、ただ時を巻き戻したのではない。そもそも、ギシンは一言でも時を巻き戻した、なんて言っただろうか。
「ううん、気にしないで。そろそろ次の教務が始まるし、席に着いた方がいいよ」
勇上との距離が少し……いや、かなり開いた気がする。無理もない。話したくなかったであろう兄の話を、無理矢理聞き出したのだから。
俺は大人しく自分の席に戻った。部隊実習が、近い。
毎夜ごとに神様達とのつながりを辿るが、リードの数も行先も変わらない。女神達はただ俺を見下ろすのみ。時属性の神様は、俺に懐中時計を触らせた日から、まるで時が止まったかのように動かない。ギシンの姿はあれ以来見えない。
ギシンの言葉をどこまで信じるのか。ギシンは何故姿を見せないのか。ギシンは味方なのか、敵なのか──
結論を出せないまま、俺は教育隊最後の夜を迎えていた。
「ねぇ……まだ起きてる……?」
消灯後の部屋に、同期の林田の声が小さく響く。寝台の上で身じろぐ衣擦れの音があちこちから聞こえた。
「むしろ寝てるやつおるん?」
関西訛りのこの声は、同期の佐藤だろう。こいつの方言はやたらと耳に残り、時々使ってしまう癖が付いてしまった。
「ちょ、佐藤君……声大きいって……」
林田が佐藤を注意する声が聞こえる。だが、
「問題ねぇよ。ちっとは多めに見てくれるさ」
俺は佐藤と同程度の声の大きさで喋った。耳を澄ませば、他の部屋から忍び笑いをする声が聞こえてくる。窓の外に目をやれば、白いものがちらついている。どうりで寒いわけだ。
「そ、そうかなぁ……そうかも」
林田の声量が少し上がった。その事に気が付いた西村は、笑いをこらえながら身を起こした。
「お、お前ら、あんまり笑わせるなよ」
「なんや、西村はんも起きとったんやったら話入ってきたらええのに」
「寝ようと思ってうとうとしてたのを、お前らに起こされたんだよ」
「ダウト。お前、寝付けなくてずっと寝返り打ってたじゃねぇか」
「やっぱりみんな寝れないよなぁ。明日には部隊へ移動だし……」
「この部屋は見事にばらけたよな。俺はここ、林田は北部、佐藤は中部、神之木は東部。合ってるよな?」
「ま、生きとったらまた会う事かてありますやろ。なんかの間違いで十傑に選ばれる可能性もゼロやあらへんのやし」
「そ、そうだよね。どっかで同じ部隊に配属されたら、仲良くしようね」
「俺達から十傑に選ばれる可能性があるのは、やっぱり神之木じゃないか? なぁ……、神之木?」
生きてれば、どこかの部隊で、十傑に。俺が動かなければ、こいつらは死ぬ。何一つ叶うことなく、戦いの中で散る。同期で四年後まで生き残るのは、俺と勇上の二人だけ。いや、その勇上も『勇者』でないなら生き残れるかは分からない。俺も何かボタンを一つ掛け間違えるだけで、死ぬかも知れない。そういう世界に、明日から踏み込む。
「……あー、わりぃ、ちょっとうとうとしてたわ」
俺の手は、懐中時計を握りしめていた。教育課程の終盤に行われる特技別教育は、教育隊入隊時に行われる属性検査によって判明した属性ごとに割り振られる。割り振られた先で先達に教えを請い、剣士か魔法使い──前衛か後衛のどちらかを選ぶ。俺は時属性の事は明かさず、闇属性魔法使いの道を選んだ。そして部隊実習先は東部方面隊墨田駐屯地。魔神のダンジョンから最も近い駐屯地であり、激戦区でもある。墨田駐屯地に部隊実習で行くのは、これで二度目だった。
「神之木はんは、あの墨田駐屯地やもんなぁ。ひょっとしたら、安眠できんのも今日が最後かも……」
「……そうだな。付き合わせて悪かったな、神之木」
「ご、ごめんね神之木君。僕が声を掛けちゃったから……」
「気にすんなよ。寝付けなかったのは俺も一緒だからさ」
本当に、人がいい奴らだ。……こいつらを死なせたくない。誰一人死なせない事は、俺にはできない。俺の手はそこまで広げられない。
一年後、多くの人々が死ぬ。魔物を喰らい進化する魔物、魔獣。ダンジョンを封鎖する事しかできなかった人類は、その行為が魔獣を育てているとも知らず、今はつかの間の平和を謳歌している。
俺は、四年後まで待てない。一年以内にダンジョンへ挑み、魔獣を殲滅し、魔神を討伐する。俺一人の力でできる事は限られている。だから、この一年で力を示し、仲間を集め、鍛え、挑んでやる。
「……覚悟完了、ってか」
「お? 神之木はん、気合はいっとりまんなぁ。その調子で、神之木はんの名前を中部でも聞けるように頑張ってぇな」
「次に入ってくる学生達に自慢させてくれよ。俺の同期に十傑がいるってな」
「そ、それは気が早いって。いくら神之木君でもそんなすぐに十傑にはなれないよ」
「それはどうかな、とだけ言っておく」
「神之木はんが言うと、変な説得力あるなぁ」
「ま、神之木は大口叩いてるぐらいで丁度いいさ。謙虚な神之木なんて想像できるか?」
「謙虚な神之木君かぁ。雪じゃなくて神器が降ってきそう……」
「西村、林田、お前ら憶えとけよマジで」