戦禍再び
コズミック・イラ(C.E.).73。
オーブ連邦首長国代表に就任したカガリは、プラント『アーモリーワン』にいた。
ここへ来た目的は、現プラント最高議会議長、ギルバート・デュランダルと会談するためである。
内々、かつ早急に……とのオーブ側の半ば強引な要望に、プラント側が答えた形となったが、カガリの機嫌は決して良いとはいえなかった。
「カガリ、非公式とはいえ、プラントの最高議長との直接会談なんだ。振る舞いには十分気を付けろよ」
そんな彼女に寄り添っていたのは、ナナではなく……戦後、『アレックス・ディノ』と名を変えてアスハ家のボディーガードとなったアスラン・ザラだった。
「ああ……わかってるよ……」
カガリはふくれっ面のまま、言い返したが、ふと声を潜めた。
「それよりアスラン、本当にいいのか? “イーリス”に行かなくて……」
当然、前を行く案内人には聞こえないように話している。
が、それでもカガリは声を落とした。
「ああ……」
そして、アスランも。
「議長に無理を言って実現した会談だ……。会談が終わったら、すぐにオーブに戻ったほうがいいだろう」
カガリは答えなかった。
二人とも、『イーリス』を訪れたい気持ちは強かった。
だが、二度とその“碑”を見たくないのも本心だった。
『イーリス』とは……、真新しい“慰霊碑”のことである。
数か月前、ザフトの軍施設で起きた事故……その多くの犠牲者を弔うための。
「とにかく、この会談を意味のあるものにするんだ。それをきっと、ナナも望んでいる」
アスランは大人びた口調で言った。
カガリはそれ以上何も言わなかった。
二人は会見場へ着くまで、一度も目を合わせることはなかった。
―――――――――――――――
アーモリーワンの港に、突如警報が鳴り響いた。
デュランダル議長直々の案内で軍事基地内を訪れていたカガリとアスランは、不運にもその混乱に巻き込まれることとなった。
アスランは突然の轟音と爆風に一瞬だけ戸惑った。
アレックスと名を変えてアスハ家の護衛として過ごす中、やっと薄れていた戦闘の記憶が一気に呼び覚まされて、脳が衝撃を受けていた。
だが、すぐに冷静さを取り戻した。
元は軍人である。
あの戦争も生き延びた……。
それに今は、目の前に守らねばならない者がいる。
「6番ハンガーだ!! 新型が強奪された!!」
混乱の中、そんな言葉が聞こえて来た。
そこで、あの日の記憶が鮮明に呼び覚まされた。
ヘリオポリス……オーブのプラントを襲撃したあの日。
自分たちは施設内部にもぐりこみ、新型のMSを奪取した。
あの時の自分が引き起こした事態に、コレはよく似ている。
そして彼は目にした。
ハンガーを次々と破壊し始める新型のMSを。
「ガンダム……」
カガリもそれを見て、呆けたようにつぶやく。
彼女もまた、かつての戦争と重なる光景を無理やりに見せつけられて、戸惑っているようだった。
「こちらへ!」
二人はすぐさま、兵士によってシェルターへ案内された。
が、その間にも地は揺れ、爆音が鳴り響き、兵士たちやそうでない者たちが右往左往と走り回る。
怒号、悲鳴、轟音、爆風、出撃するMSの駆動音……。
基地内は騒然とし、まさに戦場だった。
戦場……?
アスランはカガリの手を引いて走りながら考えた。
ここはザフトの軍事基地。そこが攻撃されているのであれば、敵は……。
ズン……と、聞き覚えのあるキシミと地面の振動に、彼は建物ハンガーの向こうを仰ぎ見た。
崩れゆくその向こうに、火を噴くMSが見えた。
すぐ目の前で、強奪された新型の『ガンダム』がザクと戦っていたのだ。
「あ……」
カガリが言葉にならない声をあげた。
この非常事態を、彼女はまだ呑み込めていないのだ。
「こっちだっ……!」
悲鳴すら上げられないカガリの肩を抱くようにして、彼は別の方向へ走った。
先ほどまで自分たちを案内してくれていた兵士はもういない。
戦闘のまさに中心部にいるのか、走っても走っても周囲からは爆音が聞こえ、建物の瓦礫が雨あられと襲い掛かる。
「くそっ……」
なんとかして安全な場所にたどり着かねばならなかった。
なんとしてでも、カガリを護らねば……。
『護って、アスラン』
意志を噛みしめた彼の耳に、声が聞こえた。
『あの子を、護って』
今でもはっきりと聴こえる……それでいて、ひどく懐かしいあの声が。
「カガリ、こっちだ!」
彼はカガリの手をひっつかみ、近くに倒れていたザクに乗り込んだ。
「こんなところで君を死なせるわけにはいかないんだ!」
戸惑うカガリにそう言い放ち、操縦桿を握る。
この機体の動かし方なら、よく知っていた。
起動……と同時に、新型と思われる1機がこちらを向いた。
助けとなるザフトのMSは近くにいない。
アスランが操るザクと新型はすぐさま一騎撃ちに突入した。
戦闘から遠ざかってしばらく経つ。
だが、幸か不幸か身体がそれを覚えていた。
いや、今は幸いと思うしかない。
なんとしても、カガリを護らねばならないのだから。
が、事態はそれほど好転してくれはしなかった。
機体の性能……量産型対新型では、操縦技術で埋められない差があるのに加え、もう1機の新型が背後に現れたのだ。
彼のザクは攻撃を受け、片腕をもがれる。
その時、はるか上空から新型に対して攻撃があった。
ザフト軍……今は自分たちにとって援軍ということになる。
彼らの前に現れたそれは、大刀を手にした白と赤の『ガンダム』であった。
新型に対して、それは縦横無尽に戦った。
すぐにもう1機、紫紺の羽根つきの『ガンダム』が駆けつける。
2対2いや……新型の3機とザフトの2機での戦闘が始まった。
どちらも腕は確かだった。
“赤服”を着ていたアスランの目にも、そう見えた。
だが、新型の3機の方がわずかに戦い慣れているようだった。
強奪した機体をそのまま操れるほどである。
この作戦のために高等技術を叩きこまれたパイロットなのだろう。
かつての自分たちのように……。
その差はまもなくはっきりと表れた。
紫紺のMSがその場から引き離され、大刀のMSは2機に取り囲まれた。
それは成すすべなく一方のグレーの機体からの砲撃で吹き飛ばされ、しりもちをついたところを、もう1機のブルーの機体に攻撃された。
とっさ、だった。
彼は操縦桿を握りなおして、そこへ飛び込み、ブルーの新型MSに体当たりをした。
同時に唯一搭載していた武器を、グレーの機体に投げつけ、けん制する。
だが、ブルーのほうは突き飛ばされて地に転がりながらも、攻撃を仕掛けて来た。
その熱量をザクの盾は受け止めきれず、また機体も持ちこたえることができないまま、吹き飛ぶ形で背後の建物に衝突した。
全身に衝撃が走る。
と同時に、カガリの身体が倒れこんできた。
「カガリ!?」
彼女の身体は力なく、受け止めた手にはぬるりとしたものがあった。
赤い血が、意識を失った彼女の額から流れている。
なおも襲い掛かる砲撃を、あちこちにダメージを受けた機体で懸命に避けた。
離脱……。
それが、カガリを護る最優先の策だった。
あのザフトの2機は、新型3機に対して持ちこたえられるだろうか……。
避難場所を探しながら、そんな思いが過ぎった。
ヘリオポリス襲撃のことを考えると、強奪犯はハンガーを破壊することで追撃の数を減らした後、速やかに母艦に戻るはずである。
基地内の混乱がある程度収まり、迎撃態勢が整えば、3機に対する包囲網も敷かれるはず。
それまであの2機が持ちこたえられれば、強奪作戦は失敗に終わる。
「う……」
カガリがわずかに身じろいだ。
「カガリ!」
「アス……ラン……」
朦朧としながらも、カガリは彼を認識した。
「すまない」
彼は彼女に詫びた。
最優先で護らねばならない彼女がいながら、戦闘に加わってしまったこと。
目の前の、自分たちを救ってくれたMSの危機とはいえ、とっさにそうしてしまったことが彼女のために最善だったとは言えなかった。
「どこか安全な場所に降りよう」
早くカガリの手当てを……アスランは先ほどの2機に対する思いを打ち消した。