感情の荒波をなだめられぬまま、アスランはカガリと共に、再びデュランダルと対面していた。
あやういアレックスの箱を抱え直し、アスハ代表の護衛という仮面をしっかりと被って、である。
そこで聞かされたのは、またもや非常事態を告げる内容であった。
「でも……どうすればいいんだ?」
士官室を出て、宛がわれた部屋に戻る途中、カガリは不安げにつぶやいた。
『ユニウスセブンが地球に向かって降下している』という信じがたい事実を突き付けられ、その対策にこのミネルバが向かうことを告げられたばかりで、不安を抑えろというのは酷だった。
アスランももちろん不安だった。
ユニウスセブンが落ちれば、地球は壊滅する。
そんなこと、深く考えずともわかることだった。
が、そのためにはどうすれば良いのか。
この艦に何ができるのか……。
もどかしい気持ちはカガリと共有しているつもりだった。
だがやはり、自分は無理にでも冷静にならねばならなかった。
カガリを落ち着かせる言葉を、懸命に探していた。
そして、ひとつ思いついたこと。
それを口に出そうとした時だった。
「砕くしか……ない……」
やけにか細い声が、通りかかった待機所の中から聞こえて来た。
アスランとカガリは、同時に足を止めた。
遠慮がちに言った声は、あのセアのものだった。
「セアの言う通りだな。軌道の変更など不可能だろう。地球への衝突を回避したいのなら、宇宙で砕くしかない」
後を継いだレイに、他の面々が口々に声をあげる。
誰もがユニウスセブンを破壊するなど不可能だと、そう言っていた。
そこにいるのは、同じ年齢くらいの若い兵士たちだった。
みたところ、赤服の彼らに混ざって整備兵もいる。
皆、めいめいに思ったことを口にしていた。
「まさに地球滅亡……だな」
そんな中、一人が言った。
「でもまぁ、それもしょうがないか。不可抗力ってやつだろう」
カガリの肩が、ピクリと動いた。
「けど、ヘンなゴタゴタもきれいさっぱり無くなって、ラッキーな状況かもな! オレたちプラントには」
彼女が次に何をするかアスランにはわかったというのに、止める手は間に合わなかった
「よくそんなことが言えるな!!」
突然、気がねなく話をしていた輪の中に飛び込んできたオーブ代表の姿に、彼らは驚いた。
反射的に立ち上がって、敬礼をする。
アスランはカガリを止めようとしながらも、すばやく、シンとレイとルナマリア。そしてセアの様子を注視した。
正義の言葉を叫ぶカガリに、ほとんどの者がうつむいていた。
後ろめたそうにする者。困惑した表情の者。しまったといった顔の者。
レイは表情を変えずに立っていて、ルナマリアは難しい表情を浮かべている。
シンはやはり反抗的な目でそっぽを向いていて、セアは近くにいた彼の陰を探して隠れた。
「やはりそういう考えなのか、お前たちザフトは!」
カガリの言葉は、アスランの胸にも響いた。
「あれほどの悲惨な戦争をして、懸命に乗り越えて……、デュランダル議長の施政のもとで、変わったんじゃなかったのか!?」
あれほどの悲惨な戦争……。
再び繰り返すには、あまりにも重すぎた。
あの光景を眼前にし、その渦中に身を投げた者として、あまりに辛すぎた。
カガリも見た。
目にしたくないものを見て、聞きたくもない声を聞いて、撃ちたくもない者たちを撃った。
大いに傷ついた。
だから、これはアスランの中にもある叫びだった。
が……。
「よせ、カガリ」
アスランは激高するカガリの腕を強く引いた。
彼女の想いはわかっている。
が、目の前の真新しい制服を着た若い兵士たちに、それが伝わるとはとうてい思えなかった。『あれほど』の程度を知らない彼らには。
また、今ここで伝えようとしても、意味はないと感じていた。
その行為をもどかしく思ったのか、カガリはアスランを振り返って睨みつけた。
まっすぐな目。
ナナが愛した、まっすぐで強い瞳が燃えていた。
その時だった。
「べつにヨウランたちは本気で言ってたわけじゃないさ」
吐き捨てるような声が、部屋に響いた。
「アンタ、そんなこともわからないのかよ」
当然、シンの声だった。
彼の側に居たセアが、真っ青な顔でシンの袖をつまむ。
「なんだと?!」
アスランは彼に向かって行こうとするカガリの腕を、もう一度強く引っ張った。
一度火のついたカガリを止められるのは、ナナしかいない。
アスランは視界の隅で小さくなるセアを見ないようにしながら、カガリの怒りを抑える言葉を探した。
「シン、言葉に気を付けろ」
場を収めようと口を開いたのは、レイだった。
彼の言葉には聞く耳を持つらしく、シンはそれ以上攻撃的な言葉を言わなかった。
ただし。
「ああ、そうでしたね。この人お偉い方でした。たしかオーブの代表様でしたもんね」
嘲るように言って、そして笑った。
「お前……!」
「いい加減にしろ、カガリ」
シンの挑発的な態度に応じようとするカガリを、アスランは強くたしなめた。
こうでもしなければ、ここから離れることができそうもなかった。
『護衛の男』の無礼な態度に、一瞬、皆は驚いたように固まった。
その小さな隙間で、逆にアスランは少しだけ落ち着くことができた。
カガリも、急に怒りが萎んだように肩を落とす。
とはいえ、カガリの気持ちを全て無視するわけにもいかなかった。
「君は、オーブがだいぶ嫌いなようだな。何か理由があるのか?」
アスランは彼女の前に出て、いわれのない敵意を向けられてきた真意を、シンに問う。
「昔はオーブにいたときいたが、くだらない理由で関係のない代表にまで突っかかるというのなら、ただではおかないぞ」
セアの引きつった目が、シンの陰からこちらを向いていた。
「は?! くだらない?!」
シンはますます視線を鋭くして、アスランと正対した。
身体の向きが変わったことで、セアの指がシンから離れた。
「『くだらない』なんて冗談じゃない!」
シンはそのまま、つかつかとアスランの前に歩み出る。
「アンタが『関係ない』ってのも大間違いだね!」
怒りで肩を震わせながら、まっすぐにこちらの目を睨み上げる。
そして、憎しみの訳を叫んだ。
「オレの家族は、アスハに殺されたんだ!!」
彼の怒りに、アスランは気圧された。
「オーブっていう国を信じて、アスハの理想とかってのを信じたあげく……、最後の最後にオノゴロで殺された……!!」
オノゴロ……。
オーブが燃えたあの日。
カガリとナナの愛する国は傷つき、同時に二人は父親を失った。
あの大きな炎と煙は、はっきりと覚えている。
そして、そこからだんだんとアスランの視界が開かれていったことも。
何が大切で、何を護り、何のために戦うのか……。
あの光景はたしかに悲劇であったが、今へ続く道でもあった。
だから、シンの怒りと憎しみに当惑した。
それを浮かべた目で思い切り睨みつけられたカガリを、気遣う余裕もないほどに。
「だからオレは絶対にアンタたちを信じない! オーブを信じない! そんなアンタたちの言うきれいごとなんか信じない!」
シンの手の中にあったコーヒーの缶が、歪んだ音を立てた。
「正義を貫くって言ったけど、アンタたちはあの時、自分たちのその言葉のせいで、誰かが死ぬことになるってちゃんと考えたのかよ!!」
カガリは完全に凍り付いていた。
が、シンの言葉を止めることも、カガリの肩を支えることも、アスランにはできなかった。
「何もわかってないくせに、わかったようなこと言わないで欲しいね……!」
最後にシンはそう吐き捨て、カガリの肩にぶつかりながらその場を去って行った。
かろうじて、アスランはその背を見送った。
まだ若い、だが、深く傷ついた孤独な背。
あの怒りと憎しみは本物だった。
あれを……ナナならばどう受け止めるのだろうか。
アスハの一員として、あの時にウズミがしたことを、彼にどうやって話すのだろうか。
ナナならば……。
「行こう、カガリ」
ナナの残影に頼ろうとする自分を懸命に押し留め、アスランはカガリの背に手を当てた。
茫然と立ち尽くすカガリを、強引にでもこの場から引きはがさねばならなかった。
シンは傷ついている。
だが、カガリもまた、あの日に絶望をして、涙を流していた。
『あのコを護って』
ああ……わかっている。
耳の奥に響いたナナの声に、アスランはそっと応える。
今は、カガリを護ることだけを考えよう。
また視界の端に、おろおろと戸惑うセアの姿が入り込んで来た。
そこに答えはない。
アスランは意識して、そこから目を逸らした。
暗い部屋で、カガリは椅子に掛けてうつむいたまま微動だにしなかった。
彼女はとてもわかりやすい。
怒っているのか、落ち込んでいるのか、喜んでいるのか、はしゃいでいるのか、悩んでいるのか……。
今、彼女の頭の中は、降下するユニウスセブンのことではなく、先ほどのシンの言葉が渦を巻いているのだろう。
「カガリ」
アスランは、彼女の足元に膝をつき、彼女の手に自分の手を重ねた。
「考えてもしょうがない、カガリ。ああいう人もいたはずだってことは、わかっていただろう?」
「でも!」
カガリは言葉を絞り出した。
「お父様のことをあんなふうに……。お父様だって、苦しみながら、それでもみんなの……未来のためを思ってお決めになったのに。それを……!」
素直な涙が、こぼれ落ちた。
まっすぐで、勝ち気で、芯の強い、男勝りなカガリでも、本当はとても脆いところがあった。
固いものほど、何かとぶつかると粉々に砕けてしまう。
ナナはそれを心配していた。
「だが仕方ない。だからわかってくれと言ったところで、今の彼にはとうていわからない」
アスランは、ナナがそうしていたように、カガリをそっと抱きしめた。
「きっと、自分の気持ちでいっぱいで」
話すほどに、自身の気持ちが落ち着いた。とても客観的に振る舞うことができた。
まるで、ナナになったつもりになって。
「君はわかっているだろう? カガリ」
彼女の目を見て言うと、カガリはアスランにしがみついてきた。
勢いで、アスランは尻餅をつく。
が、カガリは痛いほどに身体を添わせて、声を出して泣いていた。
「きっと、ナナには……!」
嗚咽の中、そんな言葉がかすかに聞き取れた。
「きっとナナには、シンにかける言葉がわかっているのだろう」と、そうカガリは言いたかったのだ。
アスランにはよくわかった。
だから、カガリを精一杯抱きしめてやった。
シンの憎しみに対する戸惑いと悲しみは、カガリにしかわからない。
偉そうなことを言ってみても、自分には客観的な言葉で慰めることしかできない。
だが、ナナを失った喪失感と絶望は、二人で共有できるのだから。
カガリは声が枯れて疲れ果てるまで、想いのままに泣いていた。
やがて、カガリは泣き疲れて眠った。
(ナナ……君ならどうする?)
たくさん考えた。
カガリの泣き声を聞きながら、泣き疲れたカガリの髪を撫でながら、たくさんのことを考えた。
本当はずっと、この問いは封じてきた。
それは意味がなかった。応えは返って来るはずもない。
ナナはもう居ないのだから。
だからといって、彼女だったらどうするか、何と言うか……、彼女の姿を思い出して考えてみても、それもまた無駄な事だった。
何故なら、ナナという存在は唯一無二の存在であったからだ。
アスランにとっても、カガリにとっても、オーブにとっても、そして……世界にとっても。
だから、ナナにしか出せない答えを考えてみても、みつかるはずがなかったのだ。
そして、ナナに問いかけることは当然、痛みをともなった。
まだ鮮明に覚えている彼女の顔、声、仕草、体温。
それを想い起こすことは、アスランにとってこの世の空虚を突き付けられること。
そんなことには到底、耐えうることができなかった。
ナナとの約束すら、放棄してしまいそうだった。
だから、彼女のことは考えないようにしてきたのだ。
今まで、ずっと……。
が……あれから初めて問いかけた。
(ナナ……君なら今、どう動く?)
ナナなら何を願うのか。ナナならどんな行動をとるのか。ナナは何を目指すのか。どこへ向かおうとするのか。
その視線の先を考えた。
『何が敵? 何が悪かったの……?』
あの島で、初めてナナと言葉を交わした時。
その時のナナの声が、蘇る。
『私は……その答えを見つけるまでは、あの機体に乗り続ける……』
ナナは決して、まっすぐ前を見つめてなどいなかった。
『なんでっ……二人が戦わなくちゃいけないの……っ?!』
苦しんで、傷ついて、傷つけて、迷ってもいた。
それでも、ナナは決して逃げなかった。
答えが見つらなくても、目を背けてでも、ひどく矛盾を抱えていても、答えを探して進み続けた。
「ナナ……」
思わずつぶやいた声で、カガリが起きてしまわないか少し慌てた。
が、彼女は規則正しい寝息をたてたままだった。
アスランは、そっとあの首飾りを取り出した。
護り石が、かすかに冷たく光っている。
「ナナ、オレも……」
ナナの声は聞こえてこなかった。
が、ひとつ、答えがみつかった。
いや、みつかったというよりも……無理矢理に答えを出しただけなのかもしれなかった。
ただ、ナナのようにはありたいと思った。
逃げてはいけない。進まなくては……。
未来を望んだナナに寄り添うように、アスランは立ち上がった。