見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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 みなさん、お久しぶりです。

 

 私は……、ナナ・リラ・アスハです。

 

 姿は少しだけ変わってしまったけれど、“ナナ・リラ・アスハ”の存在がこの世から消え去ったあの日から、私という人間は何ひとつ変わってはいません。今、ここにいる私も、かつての“ナナ・リラ・アスハ”なのです。

 その証拠に、あの日何があったのか……、そしてあの日から私がどこで何をしていたのか……、私の記憶にあることの全てを、ここでお話しいたします。

 

 まず初めに……、どうかこれだけは信じてください。

 あれは……“事故”でした。

 プラントとの再戦を回避したいから、自分が“聖人”として見られたいから……、そんなつもりで言っているのではありません。

 あれは間違いなく、“不幸な事故”でした。

 

 あの日……、ザフトの士官学校で私と同年代の士官候補生たちの前で講演をした後、バハローグの軍事施設へ視察に行きました。

 プラント最高評議会の議員の方、そしてザフトの広報や士官の方々は、とても親切に我々オーブや世界連合の使節団を案内してくださいました。

 プラント側は誠意を見せてくださり、軍事的に極めて重要と思われる施設まで私たちを通してくださいました。そう……モビルスーツの組み立て工場まで……。

 途中、講演を聞いてくれた軍学校の生徒たちが、私たちについて来ていることに気がつきました。

 きっと、私に興味を持ってくれたんだ……。

 私は勝手にそう解釈して、心の中で嬉しく思っていました。興味を持ってもらうことは、善かれ悪しかれ、言葉を伝える上で大切なことですから。

 時々彼らの方を振り返ると、手なんか振ってくれたりして……、彼らと一緒なら、この先とても良い未来を作っていけそうな気がしたんです。

 

 その矢先でした。

 すぐ先の壁が突然爆発したんです。

 黒い煙と赤い炎が、壁に開いた穴から勢いよく噴き出しました。

 そして悲鳴が聞こえました。生徒たちがいた方です。

 私が振り向くと……彼らがいる上階の通路にも凄まじい勢いで火の手が上がっているのが見えました。

 ですが、彼らがどうなったのか……良くは見えませんでした。

 オーブや世界連合の議員だけでなく、ザフトの軍人やプラントの議員の方たちまでもが、私を護ろうと周りを囲んでくださったのです。

 何が爆発しているのか、私にはわかりませんでした。恐らく、“全て”が燃え始めたんだと思います。機械も、壁も、柱も……。

 私たちは一瞬で炎に囲まれ、煙と熱に包み込まれました。

 頑丈なはずの工場の壁も、天上も、床も、崩れ出しました。

 ザフト兵が私たちを導いてくれました。が……、行く手はすぐに火と瓦礫に阻まれ、何度も足は止まりました。

 気道が煙に蹂躙され、熱風で全身が焼かれるようになりながら、私たちは懸命に出口を探し求めました。

 そうしているうちに、生徒たちがいた方からひときわ大きな音が聞こえました……。

 彼らがどうなったのか……、その行く末を、私は見ていません。

 もう、火と煙で、すぐ目の前にいる人の影しか見えなかったのです。

 みんな焼け死ぬ……。瓦礫に押し潰されて死ぬ……。

 そんな考えが頭をよぎりました。

 

 その時、誰かが私の手を強く引っ張ったのです。

 

『あなたをお守りせねば……!』

 

 と、そう言って……。

 その方はプラントのモナホス議員でした。彼は私の手を引き、組み立て前のモビルスーツの胴体パーツへ連れて行きました。ザフト兵の皆さんも、他の議員のみなさんも、協力して誘導してくださいました。

 そして、モナホス議員はそのコックピットを開き……私をその中に押し込めたのです。

 何が……起きているのか、私にはわかりませんでした。

 振り向くと、皆が私を見ているのです。

 皆、すすだらけの顔で泣いていました。オーブから一緒に来た者も。世界連合の仲間も。ザフト兵も、プラントの議員も、モナホス議員も……。

 そして口々に言うのです。

 

『こんなことになってしまって申し訳なかった』

『どうか生き延びてくれ』

『必ず我らが守る』

 

 と……。

 それでもまだ、私には彼らがしようとしていることがわかりませんでした。

 でも……私が声を出す前に、コックピットは外から閉じられました。

 反射的にハッチを叩きました。が、開くはずもありません。手に痛みは感じなかったけれど、私は無理矢理心を鎮めました。

 そして、パネルを操作しました。が、もちろん電源は入っていません。ハッチのハンドルを回して開こうとしました。が、びくともしません。

 無駄に酸素を消費することはわかっていましたが、私は何度もハッチを叩き、彼らに叫びました。激しい爆音と振動の中、彼らを呼びました。

 不安と焦り、そして恐怖が、私の身体を支配しました。

 彼らは自分をここに閉じ込めてどうするつもりなのか。この火の海から逃げられるのか。あの生徒たちは通路が崩壊する前に逃げられただろうか……。

 そんなことを考えているうち、私は一瞬、意識を失いました。

 酸素が無かったのだと思います。身体も熱さを感じなくなっていました。

 コックピットの形も、徐々に変わっているのがわかりました。

 このまま押しつぶされて圧死するのか、炎に包まれ焼死するのか、酸欠で窒息死するのか……。私は死に方を想像しました。

 それは……かつての戦争で、モビルスーツごと地球に落下したときの感覚によく似ていました。

 

 あれからたくさん、苦しいことはあった。けれど、幸せなこともあった……。

 

 友達、家族、オーブ……大切なものたちのことを思いながら、私は完全に意識を失いました。

 

 そこで……、私、ナナ・リラ・アスハの生は一度終わりました。

 私は文字通り、その時に一度『死んだ』のです。

 次に目覚めた時……、私の名は“セア・アナスタシス”になっていました。

 その間の記憶はありません。

 “ナナ”から“セア”へ、繋がるものは何一つないのです。

 ただ、その時私は、自分が“セア”であることに少しの疑いもなく……、それどころか“ナナ”ではなく“セア”として生きて来た記憶が私の中に存在していました。

 ですからここからは、“セア”だった私のことをお話しします。

 

 

 “私”はプラントの病院で目を覚ましました。

 最初に聞かされたのは、ザフトの軍施設で大規模な爆発事故が起き、それに巻き込まれたこと。そして、“一緒にいた士官学校の同期生”たちは全員が亡くなったということ。

 当然、私はにわかには信じられませんでした。

 士官学校での“アスハ大使”の講演はよく覚えています。その仕草も、声も、言葉も、眼差しも……、自分が彼女を真剣に見つめていたこともよく覚えていたんです。

 ただ、事故の記憶はいっさいありませんでした。

 ドクターは『事故のショックで記憶障害が起きている』と診断しました。

 自分のことを客観的に『覚えている』だなんておかしな話ですね。

 でも、本当にそうなんです。私は確かに“アスハ大使”の講演を、講堂の一席で聞いていました。どういう理由かは未だにわかりませんが、そんな記憶が鮮明に残っていたんです。

 それから……“セア”としての記憶は他にもありました。

 家族のこと……、私の祖父も祖母もザフトの軍人で、父と母もそうでした。

 祖父母と母は幼い時に亡くなって、先の戦争で父も戦死しました。

 彼らと共に過ごした記憶もあります。旅行をした思い出も、何気ない日常の思い出も……。

 家族だけではありません。級友との記憶もありました。

 幼年学校の入学式、卒業式、士官学校の入校式……。友達は多い方ではなかったけれど、学校生活をそれなりに楽しく過ごした思い出がありました。

 今思えば……ですが、それらの思い出はどれも断片的なものでした。

 思い出したことから“前後”を辿ろうとすると、ぱったりと途切れてしまうのです。

 たとえば……父の葬儀は覚えているのに、葬儀の後のことはひとつも思い出せない……。とても立派な軍葬で、父の上官や同僚の方たちがたくさん来てくださったのは覚えているのに、墓地からどうやって家に帰ったかが思い出せないんです。

 それを、入院中ドクターに相談したこともありました。

 ドクターは『事故のショックで記憶障害が起きている』と、やはりそう言いました。

 そして私は、すっかりそれを信じていました。

 それほどに大きな事故だったことは、自分の身体の状態からもわかっていたので……。

 だから私は、自分が“セア”であることを一瞬たりとも疑ったことはありません。

 本当に、ただの一度も……。

 

 私は命が助かったことに感謝しながら、級友たちの死を悼み、軍へ士官する道が遠のいたことを憂い、おとなしく病院で回復に努めました。

 今では信じられないほど……“セア”はおとなしい子でした。

 “ナナ”である私は少ぅしだけ生意気なところがあったと自覚していますが、“セア”のときの私は本当におとなしく、従順で、素直な子でした。引っ込み思案で他者の視線を気にして、相手がどう思うかを気にしてばかりいました。

 そう……、わかっています。“ナナ”とは大違い……!

 でも、“セア”は“アスハ大使”に憧れを抱いていました。

 事故の前の講演での言葉にも、先の戦争の後、世界に向けて発せられた言葉にも、セアは共感していたのです。

 自分が自分に共感するなんておかしな話ですが……、その時は本当に“アスハ大使”は赤の他人だったのです。

 顔が似ている……と、セア自身が思ったことはありません。

 もちろん、髪と目の色が違うだけで、他は……細かい傷痕や黒子を“修正”はしていたようですが、概ね“ナナ”のままの身体だったので、似ているのは当然のことです。

 入院生活が終わり外の世界に出た時、出会った人から『アスハ大使に似ている』とか、『面影がある』とか、言われたことは何度もあります。

 まぁ……当然なのですが。

 セアはそのたびに恐縮して、居心地の悪い思いをしてきました。

 憧れの“アスハ大使”に似ているだなんて……と。

 後でわかるのですが、髪と目の色が違った理由は、ある薬を投与されていたからです。

 その薬のことは、また後程詳しくお話しします。

 とにかく私は、あまり希望の持てない入院生活を過ごしていました。

 

 そんなある日……、まるで小説みたいですね。でも、本当にある日突然、私の人生の歯車がまた動き出したのです。

 欝々と過ごしていた病室に、プラント最高評議会のデュランダル議長が現れました。

 その頃の私はまだ事故のニュースを見るのが怖くて、私は評議会やザフトがどういう動きをしているのか知らずにいたのです。

 家族もなく、友達も失って、主治医と看護師と、調査委員会の人たちだけが訪れる病室に、最高評議会の議長が現れ、私は当然、この上もなく恐縮しました。

 そんな私に、議長は優しく見舞いの言葉を掛けてくださり、軍の最高指揮官として謝罪をしてくれました。

 そして、ますます萎縮する私にある提案をしてくれたのです。

 特別プログラムを組んで全面的に支援をするから、モビルスーツのパイロットの訓練を再開しないか、と。そして現在開発中の新型モビルスーツのパイロットにならないか、と。

 私は案外、素早くその提案に飛びつきました。といっても、もじもじはしていたでしょうけれど……。

 そのくらい、私にはもう何も残っていなかったのです。

 回復してから士官学校に入り直して、また訓練を初めから受けて……、そうなることがきっと、軍人家系に生まれた自分の使命だとは思っていましたが、同期の仲間をみんな失ってしまった私は、そうする気力を持てずにいたのです。

 この先どう生きれば良いのか……、身体が徐々に回復していくのを感じるたびに、心は焦るばかりでした。

 だから、道を示されたことがとてもありがたかったんです。

「きっと大丈夫、君ならやれる」……議長は優しく手を握ってそう言ってくれました。

 まだ身体のあちこちが痛くて、力も入らなかったけれど、熱いものが漲って来るのを感じました。

 そして思ったんです。絶対にモビルスーツのパイロットになろう。祖父母や父、母のような立派なザフトの軍人になろう……と。

 

 議長は本当に特別プログラムを組んでくれました。

 退院後、学校に再入学するのではなく、私専用の訓練施設を与えてくださり、そこで専門の教官たちから指導を受けられることになりました。

 しかも、主治医同伴で常にフィジカルとメンタルのチェックやケアをしてくれます。

 いつしかそれが、『プロジェクト・バハローグ』という名になって、正式に実行されました。

 バハローグの不幸な事故からの“再生”と、唯一生き残った私の“復活”……。議長は自らそのプロジェクトを推し進め、軍はそれに従いました。

 私は軍内で『復活の女神』と呼ばれ、期待を寄せられるようになりました。

 私は必死で訓練を受けました。毎日数時間、シミュレーターに乗り、時々戦闘機の訓練にも参加させてもらいました。

 記憶は失せていても、身体の細胞が覚えていたのでしょう……。私はモビルスーツのパイロットとして順調に成長を……、いえ、一線で戦えるほどの回復をしていきました。

 ときどき議長が自ら様子を見に来てくれました。模擬戦の結果には満足していたと思います。これなら新型のモビルスーツを任せられる……と、早い段階から私におっしゃっていました。

 私はそれほど、自分に自信がある人間ではありませんでした。いつも周囲の目や声を気にしてビクビクしているような人間でした。

 今の私とは全く正反対の……、自己主張の少ない、慎ましく穏やかな人間でした。誰かに大きな声で話しかけられると、それがたとえ普通の挨拶や何気ない日常会話でも、ビクビクするような……。

 もちろん、事故の影響があったのだと自覚していました。友達がみんな亡くなってしまって、自分だけ生き残ったという負い目。議長の特別なご厚意への畏れ。周囲の期待や好奇の視線。それら全てが私の肩に重くのしかかり……私はうつむき加減で生きていました。

 おまけに……、ときどき耳に入るのです。

 

『顔立ちがアスハ大使に似ている』

 

 と。

 直接ではありません。曲がり角の向こうから、扉の影から、少し離れた背後から……その声は聞こえてきました。

 もちろん、自身でそう思ったことはなかったので、気にしなければよかったのです。

 が、先にお話しした通り、私は何事にも怯えて生きているような人間でした。

 だから、それらの声はとても怖かったのです。

 先に述べた通り、私の中で“アスハ大使”は憧れの存在でした。はっきりとそう自覚していました。

 事故の影響でところどころ過去の記憶は曖昧でも、アスハ大使のバハローグでの公演は記憶に残っていたのです。

 立ち振る舞いも、表情も、声も、言葉も……何故だか鮮明に覚えていました。

 そして、“彼女”の意志に共鳴し、憧れを抱いたことも記憶に残っていました。

 それが……議長の意図だったのか。今となってはわかりません。

 ただ私は、“アスハ代表”に共感する人間でした。それは私自身の意思で間違いありません。

 だから、そんな憧れの人に『似ている』だなんて言われて、私は困惑するばかりでした。

 

 そして、議長は“約束”どおり、私にモビルスーツを与えてくれました。

 新型機『レジーナ』です。

 その機体は、かつで“アスハ大使”が乗っていた『グレイス』をモデルとして造られたものでした。

 これは当然、議長の意図でしょう。

 私の身体はグレイスの操縦経験を覚えていて、だから私にとってレジーナは最初からとても扱いやすい機体でした。

 議長はさらに私に期待を寄せていることをお示しになり、新造艦『ミネルバ』への配属を言い渡しました。

 それが、私のすっかり狂ってしまった人生の歯車を、もっと激しく回すことになったのです。

 

 でも、私自身にそんなことを知るすべもありません。

 私はそこで、大切な仲間に出会うこととなりました。

 彼らは同年代で、訓練で特に優秀な成績を収めたパイロットでした。私と同様、新型機やザクの上位機を与えられ、ザフトからの期待が厚い人たち……。

 私は何度も言うように、とても引っ込み思案な性格だったので、彼らと打ち解けるのに時間がかかりました。誰もが知るバハローグの事故で、一人だけ生き残ったという負い目や好奇の目に対する怯え。“アスハ大使”の面影があると言われることへの畏れ。それらに加えて、『プロジェクト・バハローグ』とはいえ議長から特別待遇を受けているという引け目がありました。

 でも、最初は私という存在を訝しがっていたような彼らでしたが、すぐに共に戦う仲間として受け入れてくれました。

 私はそれが嬉しくて、彼らが大好きになりました。

 私を引っ張ってくれる人、私を勇気づけてくれる人、私を背中で守ってくれる人……。私は彼らが大好きでした。

 そして、艦長や他の乗員たちも私に理解を示してくださいました。

 艦長は特に、議長から色々と言い使っていたのでしょうが、真相は伏せられたままでした。 だから私を憐み、慈しみ、時には母のように接してくださいました。

 そんな中で、ミネルバはアーモリーワンの港で進水式を迎えようとしていました。

 そう……この日、私たちは運命の大きな渦に引きずり込まれたのです。

 私は少し緊張していたのを覚えています。また多くの人たちと会うことになるからです。あの好機の目を避けることができないとわかっていて、少し憂鬱でした。

 その時、訓練では聞き慣れたアラートが艦内に鳴り響きました。その日は絶対に鳴らないはずの『第一戦闘配備』を知らせるアラートです。

 みなさんももうご存知の通り、地球軍のファントムペインによるアーモリーワン基地襲撃事件です。

 工廠で開発されていた新型機が強奪された……。

 その一報を聞いた時はとても信じがたかったけれど、動揺している暇はありまでんでした。私たちはすぐに、追撃命令を受けたのです。

 ようやく慣れた手順を踏んで、私はミネルバのデッキからレジーナで飛び立ちました。

 まさか自軍の施設内で初めての実戦を行うことなど考えてもいません。私は確かに困惑と恐怖に震えていました。

 でも、共に追撃を命じられた仲間が励ましてくれました。それでどうにか、私は戦うことができました。

 

 向かった先では、グフが1機、強奪されたモビルスーツと戦っていました。

 そのコックピットで……アスハ代表と友が戦っていることを知る由もなく……。

 私はミネルバの仲間とともに、強奪された機体と戦いました。“敵”が誰なのかはよくわからない状況でしたが、彼らは奪ったばかりであるはずの機体を自在に操りました。

 アスハ代表を乗せたグフは途中離脱……。私も仲間も、苦戦を強いられました。

 ですが、不思議と恐怖を感じませんでした。私は冷静にその“初陣”を戦えたのだと思います。人と話す時よりずっと、私は冷静でした。そんな自分に少しだけ驚いて……。

 しかし、私たちは任務を達成することができませんでした。

 後に知るのですが、モビルスーツを強奪したのは地球軍のエクステンデッド……肉体を強化された人間だったのです。

 ミネルバに乗り込んだ議長の命で、我々は宇宙に逃げた強奪部隊を追いました。私も引き続きレジーナで戦いました。

 が、周到に準備していた彼らを追い詰めはしたものの取り逃がす結果となり……そこからミネルバはザフトの重要な任に就くことになっていったのです。

 そして……艦に戻った私を待っていたのは、運命的な“再会”でした。

 私はグフでミネルバに避難したアスハ代表と友に“出会った”のです。

 「アスハ前大使の面影がある」と言われていたとおり、二人は私を見て少なからず驚いていました。

 が……、逆に二人が“私が私でないこと”を一番よく知っていたのです。

 私は正直に言うと、二人の視線が居心地悪く、艦内で遭遇した時はいつも仲間の背中に隠れていました。二人がしばらくの間、議長とともにミネルバに乗艦するのを、とても気まずく感じ、いつも変な緊張感を抱いていました。

 そんな状態のまま、私たちはユニウスセブンの降下阻止の任に就き、そして地球に降りたのです。

 ミネルバはアスハ代表を無事にオーブへと送り届けました。

 私たちは互いを知らぬまま……そこで別れることとなったのです。

 今思えば、とても皮肉な話です。ですが、私たちは知らなかったのですから仕方がありません。

 何故気づかなかったか……。私はアスハ代表と友人の気持ちが今ではよくわかります。

 似ている……けれど、“ナナ”が存在するはずはない。それは痛いほどにわかっている。そして、ナナとはあまりにも雰囲気が違い過ぎている。だから、二人は言い聞かせた。「セアはナナではない」という当たり前の事実を、二人は繰り返し自分に言い聞かせたのでしょう。

 

 そうして私たちは別れました。オーブの代表とそのボディーガードと、ザフトの一兵士として。

 私は心のどこかでホッとしていました。もうあの居心地の悪い視線を向けられずにすむ……と。

 

 ですが、私が置かれた状況としては、そこからますます混乱していったのです。

 オーブがアスハ代表不在時の混乱から、大西洋連邦と同盟を結ぶこととなり……ミネルバはオーブ領海を出た瞬間から襲撃を受けました。

 そうして、みなさんもご存知の通りプラントと地球の対立はますます深まっていったのです。

 私はその渦中で、ザフトのパイロットとして戦いました。

 初めは任務を遂行することに精一杯で、世界の大局について考えることはありませんでした。

 が……、私の中には“アスハ大使の言葉”が残っていました。

 バハローグで事故に遭う以前の、最も鮮明な記憶です。

 自分自身が吐き出した言葉と知らず……私は“彼女”の言葉に影響を受けていました。

 共に戦う仲間にも、同じように“彼女”の言葉に影響を受けた者がいました。

 

『目指す未来に立ちはだかる者が現れたら、それとは戦わなければならない。そのためにはどうしても力が必要で、残念ながら今はそれを手放すわけにはいかない。だけど、その力は絶対に正しく使わなければならない。正しく使うということは、憎しみや欲望のためだけじゃなく、未来のために使うこと。そうすれば、その力は誰かを殺すための“武器”じゃなく、未来へはばたくための“翼”になる。だからみなさんも、プラントの“武器”でなく、人々の“翼”であってください』

 

 その言葉は、“彼女”が呼びかけた若い世代にとって、とても強く心に響いたのです。

 艦内でその想いを禁じられることはありませんでした。

 当然「オーブの魔女」と揶揄したり、反感を持ったり、恐れる人もたくさんいました。けれど、「オーブの魔女」の言葉を支持することは軍規違反とわけでもなく、自由な思想、意思を持つことが許されていたと、今も思います。

 ただ、大っぴらに“彼女”の言葉を支持することはありませんでした。何故ならすでに、“彼女”の理想は砕かれており、その言葉の力も弱まっていたからです。

 皆、“彼女”を忘れて……いえ、忘れようとしていたのかもしれません。

 私も、できるだけ忘れようとしていたのかもしれません。己の道に迷いながら戦うことは死を意味したのですから。軍の命令に従い、艦を護り、自分も生き延びることを考えていました。

 それでも、“私の中の私”が死ぬことはありませんでした。

 迷いは大きく膨らみ始め、軍の指針やデュランダル議長の意向に疑問を抱くようになりました。

 議長は、敵は『ロゴス』であると世界に向けて発信しました。“アスハ前大使”の暗殺に関与していることを疑っているとも。

 そして議長は、ベルリン戦線で戦闘を止めに入ったアークエンジェルへの、討伐命令を下しました。

 私は議長には恩義があります。尊敬もしていましたし、彼からの愛情も感じていたように思います。

 それでも……“私の中の私”はしぶとく生き残りました。

 その私が、議長の意向に違和感を抱き始めたのです。

 そしてある時、私は迷いを捨てて決断をする瞬間を迎えました。

 酷い嵐の夜でした。

 ジブラルタルの基地に駐留中、宛がわれた部屋でぼーっとしていた私の前に、議長と軍に背いて逃げて来た仲間が現れたのです。

 私は当然、心臓が飛び出すほどに驚きました。が、通報はしませんでした。

 彼はここを去ったほうが良い……そう思ったんです。“アスハ前大使”と親交があったという彼には、“彼女”の示した道を歩いて欲しいと……心からそう思ったんです。

 その瞬間に思ったことではありません。ミネルバに乗艦中、共に過ごすうえで、彼を見て話をしてそう思っていました。彼の葛藤にも気づいていました。

 そして当然、彼が“アスハ前大使”を失った痛みを抱えながら懸命に前に進もうとしていることも知っていました。

 だから、私は彼の逃亡に手を貸すことにしました。

 身体の芯が震えるほど恐ろしかったのは確かです。でも、私はそう決めました。

 そしてザフトの兵士を欺き、彼をモビルスーツの格納庫へ案内したのです。

 私はそこで、彼に自身の気持ちを伝えました。雨音にかき消されそうでも、懸命に思いを伝えました。

 彼は少し、笑っていたように思います。

 グフが起動して、彼がそれに乗り込んで、別れを告げるはずでした。

 が……、ミネルバの仲間の一人が、私たちの動向を察知して追いかけて来ていたのです。

 彼は怒っていました。当然です。私たちの行動はプラント、ザフト、そしてデュランダル議長を裏切る行為だったのですから。

 でも、心のどこかで……話せばわかってくれると、私は甘い考えを抱いていました。大切な仲間だったのです。いつも私をかばってくれて、フォローしてくれて……、私は彼を頼っていました。

 だから、彼に訴えました。

 この人がザフトとは道を違えても“目指すもの”は同じだと……。私の行為は今は裏切りだとしても、あなたと同じことを願っていると……。

 が、返って来たのは拒絶の言葉でもなく、銃弾でした。彼は本気で私たちを撃ち殺そうとしていました。

 その瞬間で通じ合えるわけもなかったのです。悪いのは私……一方的に彼を傷つけたと、よくわかっていました。

 けれど、そこで死ぬわけにもいかず……私はグフに乗り込みました。「共に行こう」と言ってくれた彼の手を取り、仲間に背を向け、私はザフトの基地を後にしました。

 不思議と後悔はありませんでした。

 彼が謝罪や後悔の言葉を口にしても、あれほど自分の意思を示すことが苦手だった私は、はっきりと彼に後悔はしていないことを伝えられたのです。

 だから、彼が「ナナの翼……アークエンジェルを探す」と目的を告げた時、私の心はむしろ踊ったのです。

 もちろん、仲間を裏切ったこと、議長の恩を仇で返すこと、罪を犯したことは、決して許されることではなく……。気を抜けば情けなくうつむいて膝を抱えてしまいそうになりました。

 それでも私は、ザフトの方針に対して芽生えていた疑念を振り切りたかった。そして“ナナの道”を進みたかった。

 私の中でしぶとく“ナナ”が生きていたから。

 しかし、まっすぐにその道を歩むことはできませんでした。

 追手がかかったのです。先ほどの仲間ともうひとりが、私たちを追撃に来ました。

 グフの操縦桿を握る彼は、エース級のパイロットです。先の戦争も生き延び、“ナナ”を支えた人でした。

 が、追手の仲間が乗るモビルスーツはザフトの新型でした。

 酷い嵐の中、3機のモビルスーツは激しくぶつかり合いました。その中で、モニター越しに彼らと言葉を交わしました。

 私は二人に、思いを伝えられたと思います。

 二人にとっては理不尽なことでしょう。が、私の思いを、意思を……かつてないほど強く、はっきりと伝えることができたと思います。

 その会話の中で、ある一つの真実を聞かされました。

 私に銃を向けた仲間が言ったのです。

 

『施設や士官学校の再建などはただの口実。プロジェクト・ハバローグはお前を“再生”させるため()()に議長が計画したものだ。お前が“復活の女神”でないのなら、議長にとって危険な存在でしかない。議長から正式に、「セア・アナスタシスも含めて撃破」の許可が下りている』

 

 私はその言葉に失望しました。やはり私の価値は、あの事故から生還した奇跡の人、復活の女神としてザフトの士気を高めること。ただその象徴となることだったのです。そしてそれは議長の“手札”だったのです。

 その瞬間に、議長の優しい言葉や笑みから感じられた愛情を疑っていたというわけではありませんでした。

 けれど私はとても悲しかったのです。議長から受けた“愛情”が偽りとなり、ただの“目的”と思い知るのが怖かったのです。

 が、だからといって私には何の力もありませんでした。

 彼も懸命に戦いました。二人に対し、本当にプラントの……、議長の示す未来を望んでいるのかと、問いかけながら。

 しかし、私たちの機体は雷鳴のような攻撃に撃たれ……荒れた海へと沈みました。

 仲間に撃たれた悲しみと、初めて自身の意思を貫いた少しの達成感を抱きながら、私は暗くて冷たい渦に呑み込まれて行きました。

 

 ですが、それは“絶望の終わり”ではなく“奇跡の始まり”だったのです。

 私は目を覚ましました。命が繋がっていたのです。

 そしてそこは……目指して居た場所、『アークエンジェル』だったのです。

 その奇跡を、私は最初から信じることはできませんでした。何故なら自分が要る場所が、憧れていたアスハ大使の“翼”だったのですから。

 共にザフトを脱した彼も、私をかばって怪我を負ったものの無事であり、安堵しました。

 彼にとってはかつて“ナナ”と戦った場所です。彼がそこに戻ることができたのが、私はとても嬉しかった……。

 けれど、私にとっては「戻れた」のではなく「辿り着いた」場所でした。

 そう……私は私のままでした。

 初めて会うアークエンジェルのクルーたちに、「自分もナナの道を行きたい」「意思を共にする」と訴えました。

 彼らは当然、大いに戸惑っていたのだと思います。

 私もそれをよくわかっていました。「アスハ大使になんとなく似ている」と言われたり、そういう視線を向けられたりすることは、先に述べた通り良くあったことなので。

 ただ、その頃には私は少しだけ強くなっていました。

 視線から逃れたり、うつむいたりもじもじしたり、ビクビクしたり……そういう気の弱い自分から脱しつつあったのです。

 だから、彼らの思いを推し量ることができました。

 そのうえで思いを伝え、共に戦いたいと言ったのです。

 彼らは受け入れてくれました。とても優しく、私を導いてくれました。そして私の存在を喜んでくれました。

 だから私は、一度も後悔をしませんでした。

 ザフトの仲間から離れたことはとても悲しく寂しかったけれど……、あれほどよくしてくださった議長を裏切って申し訳ない気持ちはあったけれど……。

 それでも自分の選んだ道はきっと正しいものだと思っていました。

 

 そして、私は再び戦火を目にしました。

 攻撃されていたのはオーブです。

 ご存知の通り、オーブは地球連合軍から攻撃を受けました。アークエンジェルはアスハ代表と協力して、オーブを守る戦いをしました。

 しかし、ますます戦況は悪化し……、というより私たち側から見るとデュランダル議長はますます暴走を始め、彼はついに『デスティニープラン』の実行を世界に向けて宣言しました。

 それを知り、アークエンジェルはラクス・クラインとともに宇宙に上がりました。プランを打ち砕くべく。「ナナならきっとそうする」という思いを抱いて。

 私も同じでした。同じ思いを抱いて、皆に同行させてもらえるよう願ったのです。

 正直、プランのことはラクスが語る言葉でしか理解ができませんでした。本当は世界がどうなってしまうのか、何故議長はそれを目指すのか、ちゃんと考えることはできませんでした。

 でも、プランを望まないという気持ちは初めから決まっていました。

 そしてそうすれば、かつての仲間……ミネルバの仲間たちと戦うこともわかっていました。

 けれど、何もしなければ何も変えることができない。戦ってでも、歩み寄らなければわかりあえない。そう思うから、私は戦うことにしたのです。

 衝動はきっと、“ナナのとき”と同じでした。私自身の本質が決断をしました。

 だからアークエンジェルの皆は受け入れてくれました。共に戦おうと言ってくれました。

 

 それから、アークエンジェルはオーブの正規軍所属艦として月面都市コペルニクスでの情報収集活動中に当たりました。

 そこでまたある出会いがあったのです。

 “彼女”の名はミーア・キャンベル。一定期間、デュランダル議長の元で『ラクス・クライン』として活動していた人です。

 ザフトにいた頃、私は彼女に会ったことがありました。すっかり本物の“ラクス様”だと信じていたので、想像していた姿とずいぶん違うな……という印象を抱いたことを覚えています。

 でもそれだけでした。

 やはり私は、どういう理由で議長がそんな“ニセモノノラクス”を作り上げたのか、ぼんやりとしか考えなかったのです。

 だから実際に“二人のラクス”を目にして、私は混乱しました。ラクス本人はとても落ち着いているのに、私は胸の奥のざわつきを抑えられませんでした。

 けれどミーアとラクス、二人の出会いは始まった後、すぐに終わりました。

 プラント側の人間に、ミーアが殺されたのです。

 急な攻撃に応戦して、ミーアをこちら側に救い出したと思ったのですが、生き残った人物がいてラクス本人を狙っていました。

 ミーアが……ラクスを庇って死にました。

 

 その事件がきっかけでした。

 私が自分を取り戻したのは……。

 

 私は意識を失い、しばしの眠りにつきました。

 そうして夢から覚めたのです。

 そう……“セア”だった時のことは、まるで夢の中の出来事のようでした。

 私は“ナナ”として、アークエンジェルの一室で目覚めました。“セア”だった記憶を鮮明に残したまま。

 アークエンジェルの仲間たちは、皆、戸惑いながらも喜んでくれました。きっと、私が思うよりも驚いていたのだと思います。アスハ代表も……。

 中には私のフィジカルデータから、セアとナナが同一人物であることを事前に知っている人がいました。

 が、彼らは黙っていました。戦時下での混乱は命取りになることを良くわかっていたからだと思います。それに、状況があまりに不鮮明でした。

 何故私が生きていたのか。何故別人として現れたのか。記憶も言動も性格も異なる人間になり替わることが本当に可能なことなのか。髪も目の色も違うのに……。

 事実を先に知ってしまった彼らの心境を思うと、私は申し訳ない気持ちでいっぱいです。いったいどれほどの胆力で、それを口外せず自身の中に押し留めたのか。己の感情を押さえ込み、全員の命を守ることを優先するために動けたのは、彼らが強く優しかったからにすぎません。

 でも、良いこともありました。

 先んじて、彼らのうち艦のドクターが私の身体を調べてくれたのです。投与されていた薬も、オーブのラボで秘密裏に分析してくれたと聞いています。

 そのおかげで私は昏睡から目覚めることができ、以降もこうして生き延びることができたのです。

 

 戸惑いと混乱が去れば疑問が沸き起こります……。当然、怒りも。

 けれど、私個人のことに時間を割いている暇はありませんでした。もちろん、オーブとしてこのことを公にし、オーブや世界をさらなる混乱に陥れるわけにもいきませんでした。

 アスハ代表もよく熟慮され、正しい行動を取ってくださったと思っています。

 私は世界に存在を知られぬまま、戦いに加わりました。アークエンジェルで、かつての仲間たちと共に。そしてラクス・クラインと共に。

 私はやはり、止めたかったのです。議長の『デスティニープラン』を。そしてオーブに向けられた銃口を。

 再び握ったモビルスーツの操縦桿は、とても冷たく、それでいて熱かった……。

 私はザフトと戦うことになりました。もちろん、ミネルバの皆と。

 前線で仲間や艦長と話すことができました。

 私が“ナナ”であることを告げ、とっくにわかっているだろう『デスティニープラン』の真意を話し、自身の意思に従って欲しいと言いました。

 彼らが軍の命に従わざるを得ないことはわかっていました。彼らと過ごした時間の中で、彼らがどういう行動を取るかもよくわかっていました。

 けれど、話をしたかったのです。

 私が私であることと、セアであっても同じ意志を持ったということ。これからどうすべきかを。

 互いに銃口を向け合いました。

 それは覚悟の上です。だってそこは戦場なのですから。

 そして、やはり、私は彼らの“敵”となりました。

 胸が痛んでも、どうしようもありません。私は、掲げた意志と共に戦う仲間の想いに支えられ、前に進みました。

 

 戦場での別れはありましたが、出逢い……いえ、再会もあったのです。

 かつて共に戦った人たちと“ナナ”として再会し、再び意志を共有することができました。

 私たちはレクイエムの破壊に向かいました。

 もう二度と、あのいたずらに戦火を広げるだけの、破壊をするだけの兵器を、撃たせてはならなかったのです。

 アークエンジェル、オーブのクサナギ、ラクスのエターナルらはミネルバと対戦し、私たちもかつての仲間と戦いました。

 本当に……、本当に苦しい戦いでした。

 けれど、どうしても……レクイエムやネオ・ジェネシスが撃たれることがあってはならなかったのです。照準はオーブでした。だから私は、命を懸けて、全てを懸けて、グレイスの操縦桿を握りました。

 戦いの中で、私たちは何度もミネルバの仲間に想いを伝えました。

 彼らが戸惑っていることもわかりました。彼らの守ろうとするものが間違っているわけではないことも。

 互いに命と想いと懸けてぶつかり合いました。

 戦いの果てに……私たちが彼らとわかり合えたかどうかはわかりません。

 けれど、最後の最後、銃を置いた彼らは、私に力をくれました。

 私に言ってくれたのです。

 

『ちゃんとこの戦争を終わらせて』

 

 と。

 私は彼らの想いに押され、やり残したことを遂げるべく、レクイエムと要塞メサイアへ向かいました。

 レクイエム本体に近づいたとき、仲間に寄ってそれが破壊されたことを知りました。

 私はそのままメサイア内部に侵入しました。

 そこに、デュランダル議長がいるからです。

 彼と話がしたかった。『デスティニープラン』を撤回して欲しかった。運命に決められた生命など“人”ではないと……、どうしても彼に言いたかった……。

 核心へ辿り着くのは案外簡単なことでした。すでに戦局は傾いていたのです。

 私は崩壊が始まったコントロールルームで、デュランダル議長と対面することができました。

 残された時間は多くありませんでした。すでにあちこちから火の手が上がり、壁や天井が崩れかけていたのです。

 その中で、私たちは言葉を交わしました。互いに銃口を向け合いながら。

 彼は理想を口にしました。

 

『人間の“構造”そのものを変えない限り、争いは無くならない。真の平和など訪れない。だから遺伝子操作をして産まれる前から運命を決めてしまおう』

 

 と。

 

『このプランを破壊すれば、世界は混迷の闇へと逆戻りだ』

 

 と。

 

 私は想っていることを彼に言いました。

 

『私たちはその“混迷の闇”にならない道を“選んで”生きて行くことができるはずです。自分の意思を持ち、願い、望み、道を選ぶ。それが“生きる”ということだと思いませんか?』

 

 そう問いかけました。

 自分の言っていることは理想に過ぎない……それは承知の上でした。今も、そうだと思います。議長のプランが実行されれば、戦いの無い世界になることもわかっていました。

 けれどやはり、初めから誰かに決められた“生”なんて、“死”と同じだと思うのです。

 私たち人は、確かに愚かな過ちを繰り返し、議長の言うような“混迷の闇”に呑み込まれているのかもしれません。

 けれど、そうならないように道を選ぶこともできるはずです。

 これから正しい道を歩けるよう、皆で考え、話し合い、選び、手を取り合うこともできるはずです。

 それが人……“生きる”ことだと私は信じています。

 だから、議長にプランの撤回を求めました。

 たとえ平和が遠ざかろうと、死の世界にはしたくはないと……。

 けれどやはり、意見が一致することはありませんでした。互いに折れることはなかったのです。

 引き金は引かれました。

 私は死を覚悟しました。

 けれど……撃たれたのは議長の方でした。

 撃ったのは、一緒に来てくれた友ではありません。かつてミネルバで仲間だった“レイ”が、議長を撃ったのです。

 レイは……常に議長に忠実でした。まるで父親のように慕っていたことを“セア”の時から知っています。

 彼は『プロジェクト・バハローグ』を成功させるため、議長の命で“セア”を見張っていたのだと思います。

 “セア”がザフトを出る時、迷わず激しく撃って来たのも彼でした。『プロジェクト・バハローグ』の真の目的を私に告げたのも彼でした。

 そんな彼が、議長を撃ったのです。

 彼は……『選ぶ世界』が欲しいと……そう……願ってくれたのです。

 それが、私たちと議長との別れでした。

 コントロールルームはいよいよ崩壊し始めました。

 私たちは泣き崩れたレイを抱き起し、倒れた議長を残して脱出しました。

 

 その途中でした。

 少しだけ、ほんの少しだけ未来への希望を抱えて出口へ向かう途中、通路の壁から爆発が起こったのです。

 私はその爆音を耳にし、炎を目にした瞬間に、あの日のことを思い出しました。

 バハローグの軍事施設で起きたあの事故のことです。

 炎、煙、士官学校の生徒たちの悲鳴、プラントやザフト、オーブや世界連合の人たちの戸惑いと混乱、そして絶望……。私はその全ての記憶を一瞬にして思い出しました。

 私の脳は混乱しました。過去の記憶と現実の境界がわからなくなって、身体が動かなくなりました。

 一緒に脱出している友の足を引っ張ってしまったのです。

 爆発の勢いで、瓦礫は私たち目掛けて飛んで来ました。

 それにも反応できない案山子のような私を……助けてくれたのはレイでした。

 私がようやく正気に戻った時、彼は瓦礫の下でした。要塞内の重力システムは壊れかけていたはずなのに、その場所に限ってまだ作動していたようで……。

 私は必死に彼を引っ張り出そうとしました。

 が……彼の身体は、もう……。そしてそこは形を失くし、炎に包まれようとしていました。

 レイは私に『生きて』と言ってくれました。『人が選ぶ世界を守って』と言ってくれました。最後の力を振り絞って、そう、言ってくれました。

 その彼の想いや、一緒に戦ってくれた仲間たちに守られて、私はメサイアを脱出することができました。

 正直、レイの死に胸が押し潰されてしまって、戦いが終わったことの喜びは少しもありませんでした。新たな未来への希望も、覚悟も、あの宇宙では一握りも抱けませんでした。

 それは前回の停戦時とは大きく違っています。

 私はただ、泣いていました。

 悲しくて、情けなくて、可哀想で、悔しくて……。レイも、議長も、助けたかった人たちを助けられなかった。そんな自分が許せなくて。

 けれど、側には友がいてくれました。ナナにもセアにも寄り添ってくれた、大切な人たちがいてくれました。そして、オーブにはただひとりの家族が待っていました。

 彼らの強さと優しさに導かれ、私はまた、この祖国に帰って来ることができました。

 

 だから……、みなさん、これは……私だけの物語ではないのです。

 私自身の身に起きたことや、仲間、家族、敵対した人たち、それから……世界の物語です。

 私は運よく、この世界に残っています。

 たくさんの人に助けられました。共に戦った仲間、今ここにいない仲間、かつて敵対した人たち、私の声を聞いてくれる人たち、そしていつも側にいてくれる友と家族……。

 私はこの命を、みんなの“願い”のために使いたいと思っています。

 この先、私に何ができるのかはまだわかりません。が、私と、そして“セア”を必要としてくださるのなら、生涯、力を尽くしたいと思います。

 それを、戦いに散った方々の尊い命に誓います。

 私がナナとして、セアとしてモビルスーツの操縦桿を握った時、私が撃った人たちがいます。私とセアが所属していた艦や軍、部隊も“敵”として誰かを撃ったでしょう……。当然、私はオーブ軍とも戦いました。

 その方々たちに心からのお詫びを申し上げます。

 罪は償い切れるものではありません。それはよくわかっています。

 ですが、私はこの罪を決して忘れることなく、彼らへの追悼の意を常に抱きながら、彼らが守ろうとしたものを守るべく、この命を使っていこうと思います。

 今この誓いを聞いてくださっている皆さんが証人となり、常に私を戒めてください。

 それが力を持ち、それを振るった人間が一生背負うべきものであるからです。

 

 最後に、改めて。

 今この声を聞いてくださっているみなさん……。

 ここまで私の話を聞いてくださり、ありがとうございます。

 私の身に起きたことはこれで全部です。私の想いや誓いも全てをお話しいたしました。

 以前と違うこの姿では信憑性というものに欠けてしまうかもしれませんが、全て真実であり、偽りのない想いです。

 今も、ラボでは私の身体に起きたことの分析を続けてくれています。何故、髪と目の色を変えることができたのか。どのようにして記憶の操作を行ったのか。

 プラントも『プロジェクト・バハローグ』に関わった人たちの捜索を進め、真相を明らかにすることを約束してくれています。

 オーブとプラント、双方が協力して私の今後について対処しようとしてくれています。

 私はプラントの誠意に感謝し、また歪んだ目的があったとはいえ、かつて命を助けてくださったことにも改めて感謝を申し上げたいと思います。

 そして私個人のことだけではなく……オーブとプラントは協力し合って、かつて共に目指した平和な道を作り上げていくことでしょう。

 近い将来、双方の間に停戦協定が結ばれることになります。

 きっと、アスハ代表が力を尽くしてくださいます。

 私も、できることは全てやるつもりです。

 もう二度と、このような空虚な悲しみに包まれないために……。

 ですからみなさん。どうか、お願いです。

 みなさんも、再び平和な世界に希望を持ってください。そしてまずは、その道を歩くと強く決意してください。

 できることがあるのなら、小さなことでも成し遂げましょう。岐路に立った時、目指す道を歩くための選択をしていきましょう。

 命はひとつひとつが別のものであって、大切なものです。誰にも定められず、侵されず、自分自身のものです。

 だから、時には選択した答えが異なることもあるでしょう。

 けれど、そこで考え、話し合い、解決することもできるのが人であるはずです。

 抱いた希望の火が同じであれば、同じ道を進むことができるはずです。

 小さくても強い火は消えません。

 私は今も、そう信じています。

 

 みなさん。“明日”は来ます。愚かな過ちや尊い犠牲の上に守られた“明日”です。自分で選ぶことができる“明日”です。

 

 みんなで、明日を生きましょう。

 

 願う未来へ……、その一歩を踏み出すために……。

 

 

 


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