クサナギがオーブに帰還してわずか3日後、キラとラクスはここに移り住んだ。
宇宙に居る時から、ナナがアークエンジェルとエターナルのクルー全員の身の振り方について、事前に本国に指示を出していようだった。
新しい名前も、IDも、住まいも、当面の生活費も……、一人ずつ事細かに決められたが、それについて誰も文句を言い出す者はいなかった。
アスランの知る限り、希望が通らなかった者はひとりとしていないのである。
キラとラクスは、マルキヨの施設で彼が引き取った孤児たちと静かに暮らすことを決めたが、マリューたちは働く場を求めた。
彼女はモルゲンレーテ社の職を得、アスハ家の別邸を宛がわれて、同志であるバルトフェルトとともに住むこととなった。
他のアークエンジェルのクルーも同様に、多くはモルゲンレーテ社に雇われたり、オーブ軍関係の職に就いた。
ミリアリアやサイらキラの友人たちは、地球軍からの除隊を認められ、家族の元に戻ったようだった。
一方、エターナルのザフト兵やディアッカは、ナナの尽力でカナーバプラント最高評議会臨時議長が超法的措置をとり、プラントへの復帰を黙認されることとなった。
どちらの艦のクルーたちも、反逆罪で銃殺刑にも処されかねない状況で、皆、命の保証どころか自由をも得た。
ナナは、カナーバ臨時議長や、地球軍閣僚との話し合いの内容について、多くを語らなかった。
ただ本人は、「ちょっと脅しつつごまをすっておいた」と笑っていた。
政治経験など無い、ひとりの少女である。
いったいどんな高度な交渉を行ったのか……いや、これはもう魔法に近いとか、クサナギの艦内でも一種の昂揚感をともなうようなささやきが溢れていた。
とにかく、『三隻同盟』とされるエターナル、アークエンジェル、そしてクサナギのクルー全員が、本来戻るべき場所や、希望する場所へ向けて歩き始めた。
アスラン自身は、ナナに何度も「キラたちと暮らさなくていいのか」と尋ねられた。
が、アスランの中で初めから答えは決まっていた。
なんの力になれなくても、ナナの側にいて少しでも支えようと……そう決めていた。
だから新たな名前をもらい、アレックス・ディノとしてアスハ家の私設ボディーガードの職に就くことになったのだ。
アレックスとしての生活も、悪くはなかった。
過去を振り返っている暇もないくらい、ナナの護衛という任は激務だった。
無論、プラントの関係者との会合には、顔見知りがいないとも限らないため、アスランが同行できるのは宿舎までだった。
が、ユーラシア連邦、大西洋連邦などとの会合には、必ず議場まで同行した。
アスランが激務と感じるくらいだから、ナナは恐ろしく疲弊していただろう。
だが、細い身体のどこにそれほどのバイタリティーがあるのかと疑うほど、ナナは精力的に任をこなした。
そうして時々、自分の前で弱音を吐いた。
素直に疲れた顔をして、伸ばした背筋をくの字に曲げて横になった。
その時は少しだけ、自分も役に立っているのだという実感がわいた。
徐々に、幸福というものを感じ始めていた。
悲惨な戦争で、混乱し、麻痺し、絶望した心が、ようやく穏やかな日常の波に乗りかけていた。
そうやって、未来を進んでいくはずだった。
あの日までは……。
ユーラシア方面での遊説を終え、帰国したその足で、ナナは内閣府へと向かった。
時差ボケがあるにもかかわらず、本会議に出席するためだった。
現地で行った外交の成果を、首長や議員らに報告しなければならなかった。
それに……この会議は、ナナにとってはもっと重要な意味を持っていた。
「あ、カガリ!」
廊下を曲がると、多くの秘書官に囲まれたカガリの姿が目に入った。
ナナが駆け寄る。同時に、アスランやナナに付いている秘書官たちも走り出す。
「調子はどう?」
「いや、そっちこそご苦労だったな。どうだった?」
カガリの顔色は冴えなかった。
が、ナナを見て安心した様に笑った。
「思った以上に話しのわかる人たちだったかな。代表には後で良いご報告ができるかと思いますよ」
ナナはちゃかしたように言った。
その声は弾んでいた。
そう。先日、カガリが正式に代表首長に就任し、これが初めての本会議だった。
ナナはカガリの就任を誰よりも喜んだ。
ナナ自身、クサナギで終戦を迎えたあの時からそれを望んでいたし、オーブに帰還してから最も力を入れて取り組んだことでもあった。
「アスランもお疲れ。帰国早々にすまないな」
「いえ、代表こそお疲れのようですが」
アスランは改まって言った。
それがおかしかったのか、カガリとナナは顔を見合わせて笑っていた。
二人は連れだって議場に入って行った。
無事にナナを議場に送り届け、アスランの今回の任は解かれた。
カガリの秘書官たちが、ナナの姿を見てほっとしたような顔をしていたのだけが気にかかった。
オーブ国内は、ようやく平静な日常を取り戻しつつあった。
ナナが代表代行に就任してリーダーシップを発揮し、対外的な安全を確保したのがまず大きかった。
が、ナナは決して国内の為政には携わろうとしなかった。
国は理念を持った代表首長が治めるべきで、それはカガリでなくてはならないと、何度も皆の前で口にしていた。
実際は……すでに外交面で多大な成果を上げているナナこそが、代表首長に就任するべきだという意見があった。
それはアスランの耳にも聞こえて来たし、決して少なくはなかったようだった。
だが、ナナはそれを全て聞き流し、カガリこそが代表に相応しいのだと、首長や議員たちを説得した。
アスランも、ナナが代表首長になることに、何の不安も懸念もないように思った。
が、アスランがその話を持ち出しても、ナナは頑なに首を振った。
『ウズミ様の意志を継いでるのは私じゃなくてカガリなの! 私はウズミ様の情けでつい最近アスハ家の養子になったけど、あのコは最初からそういうふうに育てられたんだから。あのコなら大丈夫。まだ精神的に不安定な時もあるけど、まっすぐで強いコだって、アスランも知ってるでしょ?』
ウズミ・ナラ・アスハの遺志を実現させたいのか、それとも姉として妹の後押しをしたいのか、あるいはその両方か……アスランはあまり突っ込んで確かめなかった。
ナナが自分の意志を曲げることはなかったし、周りの者も、今のナナには異を唱える自信も気概もないように見えた。
国内のことは大丈夫だろう。
アスランはそう思った。
首長たちは代々の作法をわきまえているだろうし、ナナの影響もあってか、ウズミ亡き今もアスハ家が主権を握っていることに変わりはないようだ。
彼らはきっと、理念と伝統の名の元に、新しい代表首長を護っていくだろう。
そう思えた。