「まったく、ほんとに信じられない!!」
ナナは大いに憤慨していた。
「今はまだ情勢が落ち着いてないから、首長の人たちも不安なだけだよ」
「そうですわ、みなさんもじきに体制に慣れるでしょう」
キラとラクスはそんなナナをなだめる様に、アスランが普段使っているのと同じ言葉を言う。
「頭が固いんだよね、あの人たち。自分たちも納得して決めたのに……!」
「小さな不安が現状に不満を持つんだ。行政が円滑に進むようになれば、首長や議員たちも不満はなくなるだろう」
せっかくキラとラクスのところへ来ているのだから機嫌を直して欲しいと思い、アスランもいつもどおり穏やかに言うのだが、ナナは横目で彼を睨み口を尖らせた。
「なに?! アスランもカガリが代表じゃ不満だっていうの?!」
「い、いや、そんなふうには言っていないが……」
いつも顔を合わせているせいか、ナナはアスランにだけ当たりが強かった。
「だいたいさ、最初からうまくいくわけないんだから、新人をサポートしていくのがベテランの役目でしょ? あの人たちはそれを放棄してるってことにならない? それって『職務放棄』だよね?!」
ナナが憤慨しているのは、首長たちとの会合の後、廊下の曲がり角の向こうで何名かがこっそり立ち話をしている声が、たまたま耳に入ったからである。
『どうにも頼りないものだ。ウズミ様が偉大な指導者であっただけにな……』
『しかしカガリ様はまだお若い。我らで支えねば……』
『だが、それにも限界があるというものだ。ご自身でもっと学んでいただかないと』
『それに“お若い”といっても、ナナ様と歳は変わらんのだ。せめてあの方の半分でも自覚を持っていただければ……』
『やはり、代表にはナナ様に……』
ひそひそ声であったが、数名がそこに居ることがわかった。
ナナは肩を怒らせて、角を曲がろうとした。
が、アスランがそれを止めた。
今出て行っても、首長たちの意識は何も変わらない。かえって、彼らの心情をややこしくするだけだ。
ナナがいくら説得したといっても、首長や議員たちの中に、『ナナを代表首長に』という声は未だ根強く残って居る。秘かにナナを推す派閥が産まれていることは、ナナも知っていた。
だが、今彼らに何を言っても、その心を変えることはできない。
それはナナも承知していた。
確かにカガリはまだ若い。簡単に大人たちの言葉に惑わされ、第一、政治のこともわかっていない。
いや、わかるはずがないのだ。
まだ十代の少女に、いきなり国家の代表として正しく振る舞えと言っても、無理なことは誰もが承知の上である。
だが、比較対象となるナナの存在が彼らの感情を乱していた。
同じ年のナナが、国を護り、国を代表して、世界と堂々と渡り合っている。
今や、国内だけでなく、各国の首長たちからも一目置かれ、会談、面会の申し込みが跡をたたない。
が、ナナにはそれが大いに不満だった。
アスランから見れば、ナナが自分の存在を過小評価していることは否めない。
だがナナは、カガリこそが代表首長に相応しいと……いや、ウズミの意志を継ぎ、オーブの理念を体現する存在であるとして、決して譲らなかった。
ナナの言いぶんでは、自分は“たまたま”戦争の前線にいて、地球軍やザフトの戦いを目の当たりにして来た。
そして“たまたま”終戦時に彼らと同じ場所に居て、オーブの立場を護るために“たまたま”交渉役を申し出ることを思いついた。
そうして“たまたま”、彼らの信頼を得ることができ、今の役目に収まっているだけにすぎない。
だから、国内の政治なんて今までも興味はなかったし、考えたことはなかった。
ただ、ウズミの養女としてアスハ家に入った後は、なんとなくカガリが代表首長に就任した際に、秘書のひとりくらいにはなれるように勉強をしようかと思っていた。
……ということだった。
アスランもナナの言っていることは理解できるし、恐らく首長たちもそうであるから、カガリを代表首長にと推すナナの言葉に賛同したのだろう。
が、煮え切らない彼らの態度に、逆にナナは業を煮やしている。
今は彼らの秘められた願いには、聞こえないふりをするのが一番だともわかっている。
が、もどかしさは怒りになってナナの感情を揺さぶっていた。
だからアスランは、ナナをここへ連れ出した。
自分ではナナを宥める言葉も尽きた。
キラとラクスなら、彼女の昂った感情を鎮められるのではないかと思ってのことだった。
「ナナ、もう少しの辛抱ですわ。あなたは今まで通り、素知らぬ顔でご自分の役目を果たしていれば良いのです」
「そうだよ、ナナ。カガリが国内でオーブを治めて、ナナが国外で世界と交渉する。この形があたりまえになれば、誰も何も言わないよ」
「カガリさんは素晴らしいお方ですもの。きっとみなさんのことを見返すくらいの、立派な指導者になられますわ」
やはり、ラクスとキラの言葉はじんわりのナナの心を融解するようだった。
「うん、そうだね」
ナナはようやく笑みを見せ、ラクスが淹れた紅茶を飲んだ。
ラクスにカガリを褒められ、嬉しそうだった。
アスランは思わずほっとして息をついた。
それを、キラに見られてしまった。キラはナナに気づかれないように苦笑した。
「戦争は辛いことばっかりだったけど、ひとつだけ良いことがあった」
不意に、ナナがそう言った。
怪訝な顔がみっつ、ナナを向く。
「私に、初めての友達ができた」
ナナは照れくさそうにするでもなく、海を眺めながらひとり言のようにつぶやく。
夕日に照らされたその顔は幼げで、とても各国の要人たちと対等に渡り合っている外交官には見えなかった。
「ナナ、私たち、ずっと友達ですわ」
ラクスがナナの手を握った。
キラもそれにうなずく。
「オマエモナ!」
ハロがタイミングよく飛び込んできて、皆で声を上げて笑った。