見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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追憶4「二人の約束」

 

 終戦から一年が経った。

 終戦記念日とされたその日には、各地で式典が開かれた。

 世界が、過去への悔恨と絶望に涙し、平和を尊び、未来への決意を新たにする日だった。

 

 国内の式典はカガリに任せ、ナナは宇宙に飛んだ。

 戦争終盤に苛烈を極めたヤキン・ドゥーエの空域で、地球軍、ザフトによる、合同慰霊祭が開かれることとなり、それに出席するよう両陣営から請われたのだ。

 もちろん、合同の式典に出席することこそが、ナナの『調停役』としての存在意義が発揮されることとなる。

 オーブの公人服に身を包み、ナナはそこに向かった。

 

 当然、ナナは式典のメインとなるスピーチを求められていた。

 かつてのラクス・クラインのように、世界に向けて平和をうったえる存在は、ナナしかいなかった。

 象徴としての立ち位置を理解しているナナは、その日はいつもより穏やかに言葉を紡いだ。

 自身の感情は押し込め、ひたすらに平和な未来へ向けて進むのだと、そういう姿だった。

 地球、そしてプラントに暮らす人たちが、その言葉を耳にし、その姿を目にした。

 人類全てが素直な気持ちでナナの言葉を受け止め、ナナと同じ心でいられたら……アスランは、そう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 自然と“そうなった”のは、オーブに帰国して数日後のことだった。

 せっかくナナが屋敷にいるというのに、カガリのほうが出張に出ていて、ナナが「つまらない」と言い出したのが始まりだった。

 夕食を一緒にとって、それからナナの部屋でスピーチ用の原稿の校正を手伝った。

 そこからなんとなく、戦争時の話になった。

 二人で、戦争の時のことを話すのは初めてだった。

 

「私、あの無人島で初めてアスランに会った時から、アスランのこと好きだったかも」

 

 決して楽しいばかりではない思い出話の中、ナナは唐突にそう言って、屈託なく笑った。

 

「“敵”なのに優しかったよね」

「戦闘中ではなかったし、だいたいお前は立つのもやっとの状態だっただろう」

 

 その顔をまともに見ることができず、アスランは言い訳のようにそう言った。

 

「まぁ、そうだけど……」

 

 ナナは机から離れ、アスランの向かい側のソファーに腰かけた。

 そこでアスランは、ナナが隣に座らなかったことを残念に思っている自分に気づく。

 そんな自分を誤魔化すように、すっかり冷めたコーヒーに口をつけた。

 

「あの島、どの辺りかわかる?」

 

 ナナは視線を少し上に彷徨わせた。

 

「ああ……だいたいはな」

 

 そう答えると、ナナは思いがけないことを言った。

 

「今度、二人であの島に行きたいね」

 

 出会いの島……。

 人など誰も住まない、小さな孤島。

 ナナはあの場所、あの時間に想いを馳せていた。

 そして、その証しを確かめようとでもするかのように、もう一度あの場所へ行きたいと言っている。

 二人が、運命的に出会った証しを。

 

「そうだな……」

 

 アスランも、そう願った。

 あの出会いを、思い起こさないことはない。

 

「そういえば……」

 

 アスランは、襟元から護り石を取り出した。

 碧く光る石を見て、ナナは懐かしそうな顔をする。

 

「どうしてあの時、オレにこれをくれたんだ?」

 

 出会って間もない自分に、“敵”であるはずの自分に、わざわざ自分がお守りにしていたようなものを与えた意味を、アスランは問う。

 思いがけず、ナナは不満げな顔をした。

 

「だから言ったでしょう? あの時はもう、あなたのことが好きだった」

 

 ナナのまっすぐな言葉は、アスランの心の鈍く動いていた部分を強烈に刺激した。

 

「前にも少し話したけど、それね、母方の家に代々伝わるお守りだったんだって。由来はよく知らないけど、何代も前のご先祖様が、旦那さまからもらったって。それを母まで受け継いできたの。本当は御嫁に行くときに受け継がれるらしいんだけどね。母が家を出て行くことになったから、その時に私がもらったの」

 

 ナナは笑いながら言った。

 母方の先祖から受け継がれたものであることは、以前に聞いていた。

 が、今夜のナナは、その先まで語った。

 

「うちの母はね、父が怖かったんだと思う。まぁあの頃は、戦闘用モビルスーツの開発者っていったら、オーブでは完全に危険人物になるからね。父をマッドサイエンティスト扱いするのは母だけじゃなかったけど。母は、父が私をテストパイロットにしたことで、私のことも怖がるようになったの」

 

 今は何とも思っていないのか、ナナは淡々と語る。

 

「父が家で私を褒めるたびにね、母は私を化け物でも見るような顔で見てた。母は私を守ってはくれなかった。研究のことしか頭にない父に何も言えず、父の言いなりになる娘にも何も言えず、苦しかったんだろうね。たぶん母は、ごくごく普通の家庭を望んでたんだと思う」

 

 アスランは自然と、石を握りしめた。

 つらつらと語られるナナの過去は、なぜだか容易に想像がついた。

 

「それでついにね、私が7歳くらいのときかな……。研究所から早めに帰ったら、ちょうど出て行く母にばったり会っちゃったの。すごいタイミングだったな。笑っちゃうよね。母は私が居ない間に出て行こうとしたみたいで、すっごく気まずそうな顔をしてた。しかもね、母を迎えに来てた男がいたの。全然知らない男! いつの間に浮気なんかしてたんだかって……父も浮気されても文句言えない立場だったんだけど」

 

 幼い子供にとって傷であるはずの過去を語っていても、ナナは少しも悲しそうではなかった。

 

「母は、一応すまなそうな顔をしたけど、私を連れて行くとはひとことも言わなかったし、迷ってもいなかった。早く逃げだしたくて焦ってたんだろうね。だから私も、一緒に行くとも言わなかったし、どこへ行くのかとも聞かなかった。もう、帰って来ることはないんだってわかってたし、母にとってその方がいいと思った。べつに、強がりじゃなくてね。でもそうやって私が悲しまないことこそ、母には辛いんだって思ったから、だから、石をちょうだいって言ったの。母との繋がりっていうか、母が受け継いできたものを繋ぐっていうか……そういう意志を示してあげたら、少しは母も負い目とか後悔を感じなくていいかなって」

 

 7つのナナが、背筋を伸ばして出て行く母を見送る姿が、脳裏に浮かんだ。

 

「それに、私は単純にその石が欲しかった。海みたいに深くて綺麗な色でしょう? 最後くらい、母から欲しいものをもらっといても、罰は当たんないかなって」

 

 最後に少しだけ、ナナは目を伏せた。

 本人が言うように、ナナは強がっているのではない。悲しんでもいない。

 母との別れは仕方がないこと……そう、割り切っている。

 が、アスランはそれでも、席を立ち、ナナの隣に座った。

 

「そんな大切なものを、オレにくれて良かったのか?」

「だから良いって言ったでしょう? 母方の家系に伝わるお守りなんだから。あの時は私、あなたに死んでほしくなかったの……!」

 

 アスランはナナの手をとった。

 その手にはまだ、火傷の痕が残っている。

 

「アスラン?」

「だが今の話だと、この石だけが母親との繋がりなんじゃないのか?」

 

 しごく真っ当な事を言ったつもりだったが、ナナは不思議そうな顔をした。

 

「ああ、違うの。なんていうか……」

 

 ナナは言葉を選んでから、にこりと笑ってこう言った。

 

 

「母っていうより……あの時は、あなたと繋がっていたかったから」

 

 

 反射的に、手に力がこもった。

 だがナナは、そんなことはおかまいなしに、アスランの首から下がる石に顔を近づける。

 

「良かった、ちゃんとアスランのこと守ってくれて。ご先祖様のご利益ってのも、あながちただの迷信じゃないんだね」

 

 唇は、すぐにナナの額に触れた。

 

「アスラン?」

 

 ナナは何度も目を瞬いた。

 が、アスランは戸惑うナナに説明するような言葉を探せなかった。

 

「ナナ……」

 

 己の声が、熱に浮かれていることには気づいていた。

 だが、止められなかった。

 

「お前のことは、オレが守る……」

 

 ナナが何か言おうとした。

 そう、たとえば……「それは前にも聞いた」とか。

 そうやって笑い飛ばされる前に、アスランはナナの唇を塞いだ。

 

「ア、 アスラン……?」

 

 硬直するナナの身体を、ゆっくりと抱きしめる。

 

「愛してる、ナナ……」

 

 あの孤島での出会いから抱いていた感情が、少しずつ膨らんで、今、弾けようとしていた。

 

「アスラン……」

 

 ナナは、意識的に身体から力を抜いた。

 そして、潤んだ瞳でアスランを見上げた。

 

「わ、わたしも……」

 

 細く声が零れた時、アスランもう一度ナナにキスをした。

 今度は、ナナの腕が痛いほどにしがみついてきた。

 

 その夜は、ほんの一時だけ通り雨が降った。

 それがまた、あの島のスコールみたいだと、二人して抱き合いながら笑った。

 

 雨が去って、月明かりが差し込んだ時、ナナはアスランの首から下がる石をつまんで言った。

 

「ねぇ、これ、今だけはずして」

 

 掠れた声でうったえるナナの真意はわからなかった。

 

「なぜだ?」

「だって……」

 

 ナナは今さら、顔を赤らめて答えた。

 

「今は……今は、石じゃなくて、私が……一番、アスランの近くにいるから……」

 

 胸の奥が痛んだ。

 刺すようにではなくて、強く掴まれたように。

 心地よくはなかったが、とても幸福だった。

 言われた通り首飾りをはずし、サイドテーブルに置く間も惜しんで、ナナに口づけた。

 ナナはあの、勝ち誇ったような無邪気な笑みを浮かべて、首に両腕を巻き付けてきた。

 

 日々、時間に追い立てられるように生きているのに、その夜だけは、二人の間にはとても満ち足りた時間が流れていた。

 

 

 

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