アスランはカガリとともに、戦艦のドックに降りた。
この艦にデュランダルが乗り込んだところを見た。
最高議長がいるのなら、そこは最も安全な場所のはずである。
それに、プラント側の人間でない自分たちが深い事情を知らない兵士ばかりの基地に残されるより、彼とともに行動したほうが面倒な誤解や疑念に縛れないと思ったからだった。
だが、アスランの思惑が大きく外れる事態に陥った。
この艦『ミネルバ』にコンディションレッドが発令されたのである。
戦闘準備……。
避難場所に選んだこの艦は、奇しくも戦場へ向かうこととなった。
初めはザフト兵から銃を突き付けられたものの、事情を説明すると艦内で無事にカガリの治療を受けることができた。
幸い、出血のわりに傷は浅く、カガリ自身も徐々に落ち着きを取り戻していった。
カガリとアスランの“見張り役”となったのはルナマリアという名の“赤服”の少女だった。
彼女に案内され、デュランダルとミネルバの艦長との面会を果たす。
簡単に事情を説明されたが、アスランは先の警報を耳にした時から、なんとなく予想はできていた。
だから彼は冷静だった。
予想外に再び戦闘に巻き込まれ、今後に対して不安を隠しきれないカガリのぶんも、冷静に立ち回らねばならなかった。
それに、彼女を護るという目的……いや、“約束”がある限り、意志がぶれることはないと思っていた。
だが、妙な視線に対しては心を乱されそうになった。
デュランダルの、もの言いたげな視線。
それがたびたび、会話の相手であるはずのカガリを飛び越え、自分に向けられる。
それは決して気のせいではなかった。
彼に対しても用心せねば……そして後ろに控えるミネルバの艦長の、かすかな敵意に対しても。
そう考えているうち、デュランダルがその妙な視線を引っ込めるなり、突飛なことを言い出した。
艦内を見学しろというのだ。
部外者である自分たちに対して、そんなことを言い出すとは微塵も思ってはいなかった。
逆に軟禁されることを予測していたアスランは、また少し動揺した。
それが『誠意である』と言い切って、艦長を言い含めるデュランダルの真意はわからなかった。
彼はすぐに兵士を呼び寄せて案内を命じ、また自らも同行した。
今回の案内役も“赤服”の兵だったが、先ほどのルナマリアという少女ではなかった。
議長は彼を『レイ』と呼んでいた。
輝かんばかりの金髪を肩まで伸ばした、美しい少年だった。
ルナマリアはいかにも軍人らしい毅然とした態度、そして鋭い目をしていた。この少年もまた、“赤服”に相応しい落ち着いた態度と、大人びたものの言い方をしている。
自分たちも……アスランは自然と、昔の仲間を思い出す。
彼らと同じ服を身に着け、こんな艦に乗っていた頃のこと。
イザーク、ディアッカ、そしてニコル。
ふいに懐かしさがこみ上げた。
「しかし、とんだことになったものですよ。まさか進水式の前日に実戦投入される事態になるとはね」
デュランダルが言った。
この新造艦は、かつて乗っていたヴェザリウスとは内部構造が全く違っていた。
(ヴェザリウスか……)
懐かしい……。
またそんな思いに浸りそうになっていると、通路の向こうからまた別の“赤服”の少女が歩いて来るのが見えた。
少女は彼らの一行を見ると立ち止まり、デュランダルに向かって敬礼する。
「え……?」
瞬間、勝手に喉から声が出て、
(え……?)
ズキンと鼓動が波打った。
「ナナ?!」
瞬間、アスランはその少女に向かってそう叫んでいた。
「え?!」
少女はビクンと肩を震わせ、とっさに身を引いた。
が、アスランの手は彼女に伸びる。
そこにいるのは『ナナ』だった。
思考が止まった。体中の血が湧きたった。
この突然の“再会”の衝撃は、歓喜とさえならないほどだった。
「ナナ!!」
彼はもう一度その名を呼び、彼女との距離をゼロにしようとした。
が、
「ち、ちがう!」
カガリがそれを押し留めた。
何故止める?
……という疑問が湧いたが、それも無視して『ナナ』に歩み寄った。
「ちがう、ナナじゃない!!」
カガリはもう一度そう叫んで、彼の腕を痛いくらいに引っ張った。
(ちがう……?)
その言葉が、ようやく脳に届いた。
(何がちがう……?)
そして、アスランはもう一度『ナナ』を見た。
(ナナ……!)
やはりナナだ。
あの、ナナだ。
「申し訳ございませんが」
その『ナナ』の前に立ちはだかるようにして、レイが言った。
「この者は“ナナ様”ではありません」
きっぱりと。
今、アスランの中に湧き出たものを、一刀のもとに切り捨てるように。
「え……?」
「この者は『セア・アナスタシス』といいます。我々ザフトの軍人です」
かすかに敵意を含んだ声が耳に響く。
(ザフトの軍人……?)
確かに、“赤服”を着てザフトの艦に乗って、デュランダル議長に敬礼をしていた。
「セアは……よく周りからナナ様の面影があると言われるようですが、彼女の父親も祖父もザフトの軍人で、れっきとしたプラントの人間です」
乾ききったレイの声に同調するように、体中の血が冷えていく。
「ナナ・リラ・アスハ
とどめのような一言に、アスランは忘れていた呼吸を再開した。
(ああ……あたりまえだ……)
レイにそうとげとげしく説明されずともわかる。
だいたい、髪の色も、目の色も、ナナとは違うのだ……。
アッシュグレイの髪とバイオレットの瞳は、決してナナのものではない。
それに、なにより……。
目の前の少女はひどく怯えた様子で、レイの背に隠れている。
彼の腕をつかむ指先は小刻みに震えてさえもいた。
いつも凛として、少し生意気な目でまっすぐ人を見つめ、誰に対してもしっかりとしたもの言いをしていたナナが、こんなに子犬のように怯えた姿であるはずがない。
「ナナじゃない……」
くぐもった声でつぶやくカガリの言う通り、彼女はナナじゃなかった。
「ああ……」
ようやく声を絞り出した。
羞恥も自嘲も無かった。
勝手な失望だけが、彼の心を支配していた。
「失礼した……」
どよりとした声が、真新しい床に落ちる。
もう彼女の目は見られなかった。
そして彼女もまた、何も言わずにレイの影に隠れたままだった。
「無理もありませんよ」
デュランダルが慰めるように言う。
「どういう偶然か、セアは顔立ちが“ナナ姫”によく似ている。我々の中でもそういう話をする者もいることは事実ですから」
彼と、カガリを見て。
そして、
「そうだね? セア」
優しく彼女に言った。
「は、はい……」
セアはか細い声で答える。
「セア、何か用事があったのだろう? もう行ってもいいよ」
そしてデュランダルにそう言われると、また敬礼をして逃げるように去って行った。
「いや、申し訳ない」
再び歩き出すなり、デュランダルが二人に言った。
「彼女は少し前に大変な目に遭っていてね……。“ナナ姫”が巻き込まれた
失意にまみれたアスランの心が、またビクンと跳ねた。
“あの事故”の……。
「
レイはもくもくと歩きながら、淡々と返答する。
「はい。ですが、実戦形式での訓練では優秀な成績を収めております。あの『レジーナ』に相応しいパイロットです」
レジーナ……。
先ほどのアーモリーワンでの戦闘中、インパルスとともに救援に駆けつけた紫紺のMSか……。
彼女があれに……。
確かに、今垣間見た、怯えて人の影に隠れるような少女からは想像もつかないほど、操縦技術は“赤”を着るのに申し分ないようだった。
「しかしお二人にはまだ、ナナ姫と顔立ちがよく似たセアと顔を合わせることは、おつらいでしょうな……」
「あ……いや……」
デュランダルは気の毒そうにそう言った。
それに対し、カガリが曖昧な返事を返す。
アスランは何も言えなかった。
記憶の浅いところから浮かび上がるナナの姿が、瞼にちらついていた。