見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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追憶7「映画みたいな台詞」

 それを聞いたのは、公務を終えたカガリの話し相手をしている時だった。

 

 

 ナナが、プラントの軍事施設を訪問中、施設内の爆破事故により……、死亡。

 

 

 その瞬間から、アスランの思考はひどく愚鈍なものになった。

 

 カガリのように「嘘だ」「信じない」と、いつまでも叫んでいられればよかった。

 が、プラント側から正式にオーブ政府へ連絡が入り、モニターに映し出されたカナーバ臨時議長本人の深刻な表情を目にすると、それはもう疑いようのない事実なのだと……思わざるを得なかった。

 両政府から正式な発表もないまま、先行した報道が地球上を駆け巡った。

 全てのチャンネルはその事件を報じ、プラント側のマスメディアは独自に入手した炎上する軍事施設を捉えた映像を流した。

 どの番組も、こう叫んでいた。

 

 

 これは、平和の大使、ナナ・リラ・アスハを狙った暗殺事件だ……と。

 

 

 そうして、プラント、地球、どちらの人間がそれを成したのか。どちらの人間がより、ナナの存在を煙たがっていたのか。

 そう議論を展開していた。

 オーブの行政府にも、国内外の記者たちが大勢詰めかけた。

 国民までもが、真実を求めてデモ隊のように集まった。

 行政府内はむろん、ハチの巣を突いたような騒ぎだった。

 マスコミや民衆に言うべきことは、なにひとつまとまらなかった。

 第一、その時点ではまだ、ナナを失った事実を受け入れた者は誰一人としていなかったのだ。

 

 アスランはその光景を、呆けたように見ていた。

 血走った目をして走り回る秘書官たち。焦り、嘆く首長たち。右往左往と戸惑う議員たち。

 そしてカガリは、アスランにしがみついていた。

 それは悲しみというより、怒りの涙だった。

 だがアスランは、彼女との距離をとても遠く感じていた。

 すぐに、両の腕で抱きしめてやれるのに、それができなかった。

 ただただ突っ立って、慌ただしい人々と、いくつものモニターの光を見つめていた。

 

 脳に霧がかかったようで、何も考えられなかった。

 カガリにすら、ただのひとことも発することができなかった。

 悲しみじゃない。絶望でもない。怒りもない。

 きっと、周囲には落ち着いているように見えただろう。

 が、ただ意味がわからないだけだった。

 ナナがいないことの意味が、わからなかったのだ。

 

 やがて、再びカナーバ臨時議長から、詳しい状況の説明があった。

 聞きたくもないそれは、皮肉にも、鈍感な思考に淀みなく染み渡った。

 

 

 

 ナナは、予定通りにザフトの軍学校で訓練兵たちの前で講演した後、近隣の軍事施設を訪問した。

 軍事的な施設の内部を他国の人間であるナナに披露することは、プラント側の誠意であり、平和と共存を強調するために組まれた計画だった。

 だが、そこであってはならない事件が起きた。

 厳重に管理されているはずの弾薬庫が、爆発したのだという。

 爆発は、ナナの一行の全てを巻き込んだ。

 犠牲になったのは、ナナに随行した秘書官や警護部隊だけでなかった。

 案内役の施設長も、その他十数名のザフト軍兵士や軍学校の生徒たちも、同行していた数名の議員も、そして施設で業務を行っていた者たちも、大勢が命を失った……。

 映像も届いた。

 施設があったと思われる場所は、戦場跡のようだった。建物は黒く焼けただれ、地面は瓦礫に覆われて、煙が舞っていた。

 その場にいて、生きていられるはずがないことは、誰の目にも明らかだった。

 

 

 

 それでもなお、信じる者は少なかった。

 これはプラントの陰謀だ、ザフトが仕組んだ偽りの映像だと……事実を受け入れない者。

 そして、もしも事実だとしたら事故などではなく暗殺だ。ナナを暗殺するために事故に見せかけたのだ……と、禁断の言葉を口にする者。

 

 が、その場が一瞬にして静まり返る時が来た。

 ナナを護衛する任を負っていたオーブ軍の人間が、報告してきたのだ。

 彼らはナナのプラント滞在中、シャトルでナナを待っていた。訪問先や宿舎には同行しない待機部隊であった。

 一番初めにオーブ本国へ事件の知らせを送ったのは、彼らだったようだ。

 第一報を入れた後、彼らは事実を確認しに現地へ飛んでいった。

 訪問先の軍学校と施設の場所は知っていたし、停泊中の港からそう遠くはなかった。

 だからこそ、異様な黒煙が立ち昇る光景をすぐに目にすることになった。

 彼らは悲嘆にくれた顔でこう告げた。

 その地はまるで、爆弾を投下された跡のように、全てが崩壊して燃やし尽されていた……と。

 わずかに生き延びた者は病院に搬送されたが、その中にナナの名は無かった。

 随行した者たちもろとも、跡形もなく消え去ってしまった。

 そう、宣言した。

 

 現実を知らされ、アスランの頭に白く靄がかかった。

 身内の彼らの報告に、偽りがあるとは思えなかった。

 「嘘だ」「お前たちの勘違いだ」「もっとちゃんとナナを探せ」と、カガリはモニターに向かって叫んでいた。

 が、アスランの視界には、その姿すら入らなくなっていった。

 

 

 

 それからどのくらいの時間が過ぎたのか、気がつけば、アスハの私邸の一室にいた。

 いつの間にか、側にはキラがいた。

 

「アスラン、アスラン」

 

 何度も自分を呼ぶ声に、まぬけなくらい鈍い反応を返す。

 

「ああ、キラ……」

「アスラン、しっかり……!」

「来てたのか……」

「とりあえず、これ飲んで」

 

 キラが水の入ったグラスを差し出した。

 受け取ろうとしたのだが、うまく持てる自信がなくて止めた。

 

「カガリは……?」

 

 今さら出てきた彼女を気遣う言葉も、虚しく空間に漂った。

 

「カガリにはラクスがついてる。もうすぐこっちに戻って来るらしいよ」

「そうか……」

 

 最後に見たカガリの顔は、確か、泣きながら怒っていた。

 それがついさきほどのことなのか、ずいぶんと前のことなのか、よくわからなかった。

 

「ねぇ、アスラン。とにかく水を飲んで」

 

 キラが再び、グラスを差し出した。

 

「あ、ああ……」

 

 今度は素直にグラスを受け取った。

 冷たくもなく、ぬるくもない水が、喉を通っていく。

 その感覚は、いつもより不快だった。

 

「キラ」

 

 それを振り払うかのように、キラに言った。

 

「聞いたか……?」

 

 だがその問いは、とても間抜けなものだった。

 聞いたからキラはここに来た。

 ラクスと二人で、駆けつけてくれたのではないか……。

 そう、冷静なもうひとりの自分が嘲った。

 

「うん……」

「そうか……」

「ほ……ほんとう……なんだね……」

 

 キラはキラで、つぶやきとも問いかけともいえるような曖昧な言い方をした。

 それに対し、何も応えたくはなかった。

 キラも、それ以上何かいうつもりはないようだった。

 しばし、重い沈黙が流れた。

 それでも、無意味な疑問や安っぽい慰めを口にされるより、ずっとよかった。

 

 やがて、部屋の扉が開いた。

 入って来たのは、ラクスとカガリだった。

 

「キラ……!」

 

 カガリはすぐさまキラに駆け寄り、泣いた。

 そして、アスランの側へ来て、泣きながらこう言った。

 

「アスラン、私っ……私はどうすれば……!」

 

 そう問われて、アスランの脳内はまた混乱した。

 どうすればよいのかというよりも、ナナがいないのに、何故なにかをしなければならないのかという疑問が先だった。

 だから、彼女を慰める言葉がひとつも思い浮かばなかった。

 

「カガリ、君も座って。少し休もう」

「さぁ、カガリさん。こちらへ」

 

 キラとラクスが、カガリを抱き起して向こうのソファへ連れて行く。

 アスランはただ、その光景をぼうっと眺めていた。

 ひどく客観的に見えた。

 失ったものの大きさを思い知らされ、開いた穴の大きさに恐れおののく者の姿を見るのは……。

 カガリが倒れ込むように腰を下ろしたとたん、再び扉が開いた。

 今度はノックの後、遠慮がちに……。

 

「カガリ様……」

 

 嗚咽をこらえて立っていたのは、侍女のマーナだった。

 彼女は顔の皺を普段よりも濃くして、歯を食いしばっていた。

 

「マーナ……!」

 

 カガリはマーナに抱きついて泣いた。

 マーナもまた、娘をひとり失くした母のように泣いていた。

 が、彼女はここへ来た目的を、涙ながらに告げた。

 

「これを……お預かりしておりました……」

 

 いくぶん、決意を込めたような目で、彼女はエプロンのポケットから小さな何かを取り出した。

 

「これは……」

 

 カガリの手のひらに乗るほどのそれがいったい何なのか、アスランには全く興味がなかった。

 視線を窓の外に移しかけた。

 だが……次のマーナの言葉で、首は勢いよく二人の方へ向けられた。

 

「ナナ様が……これを……」

 

 室内の誰もが息を呑んだ。

 もちろん、アスラン自身も。

 

「ナナが!?」

「はい……」

 

 マーナは一度、涙をぬぐい、怒ったように言った。

 

「自分にもしものことがあった時のためにと……ナナ様はわたくしにお言葉を遺されておりました」

 

 カガリは口を開いたまま、手の中のそれと、マーナの顔を交互に見ていた。

 

「ナナ様は……」

 

 エプロンの裾を思い切り握りしめながら、マーナは告げた。

 

「自分にもしものことがあった時は、ここに記録した映像を、親しい皆で見て欲しいと」

「映像……?」

「はい……。そしてカガリ様がお言葉を添えて、これを全国民に向けて発信して欲しいと……」

「発信……? 全国民に?」

「はい……必ず、公表して欲しいと……うう……」

 

 言い終えて、マーナは両手で顔を覆った。

 カガリははっとしたように、後ろを振り返った。

 キラとラクス、そしてアスランを見る。

 が、アスランの頭はまだ愚鈍であった。

 いったいマーナが何を伝えたかったのか、よく理解ができなかった。

 

「アスラン……」

 

 困ったような、恐れたような顔で、カガリが何かを求めている。

 動けないアスランの代わりに、キラとラクスが答えた。

 

「カガリ、見てみよう」

「きっとそれには……、ナナが何か大切なことを残していると思います」

 

 二人とも落ち着いてはいたが、声がかすれていた。

 

「あ、ああ……そうだな……」

 

 カガリはまたアスランをちらりと見て、壁のモニターへ歩み寄った。

 横のスロットルに、手にしたそれをセットする。

 いっそう空気が張り詰めた。

 真黒な画面が数秒……その後に、執務室の椅子に腰かけるナナの姿が映った。

 

「ナナ……!」

 

 いつも公務の時に身につける服を着て、少し浅く椅子に腰かけ、机に両腕を乗せている。

 その手は、軽く握られていた。

 見慣れた姿のはずだった。

 飾りがついたその服も、堂々としたその姿も、見慣れた姿のはずだった。

 が、ひどく懐かしさがこみ上げた。

 同時に、アスランの心はようやく揺れ始めた。

 

≪みなさん、私はナナ・リラ・アスハです。みなさんがこの映像を見ているということは、残念ながら私はもうこの世にはいないでしょう≫

 

 ナナは普段通り、勝気な表情で語り始める。

 

≪……って、こんな映画みたいな台詞を、私なんかが使うことになるとは思っていませんでしたけど≫

 

 時々冗談を交えるのも、いつもどおりのナナだった。

 

≪でも……どうしても言っておかなければならないことがあるので、こうしてメッセージを残させてもらいます。どうかみなさん。私の言葉を少しだけ、聞いてください≫

 

 ナナは真剣な目をして、だが口元には余裕を称えた笑みを浮かべて、まず、きっぱりとこう言った。

 

 

≪私は、『事故』で死にました≫

 

「え?!」

 

 

 キラかカガリかラクスか、それともアスラン自身か……誰かが声を上げた。

 

≪私が死んだのは、『事故』です≫

 

 二度、そう言って、ナナは笑った。

 

≪ただの、不幸な『事故』なんです≫

 

 その顔を見て、アスランにはナナがどんなメッセージを遺そうとしていたのか悟った。

 鈍かったはずの脳みそが、何故かこのときばかりは俊敏に働いた。

 

≪不幸……というのは、少しおかしいかもしれません。これは私のさだめなのです≫

 

「さだめ……?」

 

 また、誰かがつぶやいた。

 

≪御存じの通り、私は先の戦争で、たくさんの人を傷つけ、たくさんの人に嘘をつき、そして……たくさんの人を撃ちました。それは変えられない事実で、償うべき罪だと思います。ですからこの死は、当然の報いなのです。私自身が背負った業が、己の身を滅ぼしたのです。だから、みなさん……≫

 

 アスランには、ナナが次にいう言葉がわかっていた。

 

≪誰も、悪くはありません≫

 

 ナナは、わかるものにしかわからない、少しの威圧を込めて言った。

 

≪私の死は、誰のせいでもなく……私自身のさだめ。つまりは……不幸な『事故』だったんです≫

 

 まるで壇上から民衆を見回すように、ナナはたっぷりと間を置いた。

 

≪みなさんのなかに、もし、私の死を嘆いてくれるかたがいるのなら、少しでも悲しんでくださるのなら……、私の死に憤りを感じてくれるのかもしれません。けれど……それは当てる的もないのに、弓を引くようなことです。ああ、少し表現が古臭かったかもしれませんね。他に例えるなら……撃つべき相手もいないのに、銃を構えるようなもの……です≫

 

 ラクスがわずかに声を漏らして、キラにもたれかかった。

 彼女にも、ナナの言いたいことの全てがわかったのだ。

 

≪私の死を悲しんでくれるかた……、こんな私を想ってくださって、ありがとう。ですが、どうか……私を憐れまないでください。私に、後悔は全くないのです。しいて言えば、アスハ代表のお手伝いを、途中で降りることになってしまったこと。それだけは悔いが残りますが、自分自身のことについては、本当に後悔はありません≫

 

 アスランの心には、もやもやとした黒い渦が生まれ始めた。

 

≪私は聡明で優しい義父と妹に恵まれ、美しく強いこの国で生きることができました。友人もできました。大切な人たちと巡り合えて、本当に幸せな生涯でした。自分なりに、考えて、行動して、やるべきことを全うできた人生だったと思います≫

 

 その渦を“知っていた”くせに、モニターの中でナナは綺麗に笑う。

 

≪道半ばで……とおっしゃるかたもいるとは思いますが、あまり責めないでくださいね。私は、自分にでき得ることは、常に全力で取り組み、やり遂げて来たつもりです。だって、思い出してください。今は『世界連合特別平和大使』なんて職をいただいていますけど、私はもともと、まともに学校も通っていない『不良娘』なんですよ。あ、この『不良娘』っていうのは、いい意味でも悪い意味でも、よく大人から言われていた言葉なんです。とにかくもともとモビルスーツを動かすことだけしか能がない私が、たまたま終戦時に最前線にいたことと、ありがたくもアスハ家の養子であったことで、これまで短い間でしたが色々な活動をしてこられたのです。力不足ではあったけれど、私なりに、精一杯やりました。やらせていただきました≫

 

 ナナの表情に、嘘は見えない。

 一片の曇りも無い、清々しい顔をしている。

 だからこそ……心の渦は濃さと勢いを増していた。

 

≪でも、少しだけ……≫

 

 ここでナナは、その表情を変えた。

 わずかに影を帯びた瞳は、一度伏せられ……また、まっすぐにこちらを向く。

 

≪思い残すというより、『願い』があります≫

 

 目が合ったような気がして、アスランは息を止めた。

 

≪どうか、この先……平和な未来が訪れますように≫

 

 ナナは影を薙ぎ払い、強い光を瞳に浮かべ、静かな口調で言った。

 

≪私たちはまだ、大きな傷を抱えたままです。そして、深い憎しみも……。でも、そればかりでは、平和な明日は来ません。そのことは、痛みを抱えているからこそ、わかることだと思います≫

 

 徐々に圧を増すナナの声は、まっすぐに胸に響く。

 

≪全ての人が願うのは、平和な未来のはずです。私はそう、信じています。恨み、憎しみ、疑念はすぐには取り払うことは難しいでしょう。未だ後悔と絶望に身を沈めている人もいるはずです。でも、全ての人に道は続きます。どんなに絶望しても、立ち止まることがあったとしても、人は歩き続けなければならないのです。暗い道の先は、闇でなく、明るい光でなければなりません。今は辛く、苦しくとも、光を信じて歩き続けるのが人だと、私は思います。そしてまた、光を目指すからこそ、辛く苦しい道なのだとも思います≫

 

 ナナは少し息をついて、柔く笑った。

 

 

≪どうかみなさん、願う未来へ、進んでください≫

 

 

 その言葉は、アスランに対して直接語りかけられているようだった。

 

≪私たちはたくさんの痛みを抱えました。でも、その果ての、平和な未来へ……。必ず、そこへ続く道を進んでください。私は見届けることはできないけれど、それだけを願い、また、信じています≫

 

(ナナ……)

 

 応えるように、心で名をつぶやいた。

 

≪これを、私の最期の言葉とします。今まで、私の声を聞いてくださって、ありがとうございました≫

 

 ナナは軽く頭を下げて笑った。

 その笑みは本当に美しくて、思わずはっとした。

 その瞬間、ナナが何かに引きずり込まれたかのように、画面は真っ暗になった。

 

 映像が終わり、誰かがそのことに気づくまで、少し時間がかかった。

 アスランは額を手で強く押さえた。

 頭の中が熱かった。

 ナナの死さえ受け入れられないのに、ナナの最期の言葉など受け止められるはずがなかった。

 それなのに、ナナが残した言葉……いや、意志はよくわかってしまう。

 

 

「こ、こんなの流せるかっ……!」

 

 

 最初に口を開いたのはカガリだった。

 

「こんなっ、こんなの……!」

「カガリ……」

 

 キラは彼女の肩に手をやる。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔をキラに向け、カガリは叫んだ。

 

「だって、こんなのっ……! ナナはただの『事故』として済ませろって言ってるんだろ?! そんなことはできない! ナナはプラントに殺された!! いや、地球軍かもしれない! じゃないと、あんな不自然な爆発事故なんかに遭うはずがない!!」

 

 本当は、茫然自失の状態から抜け出した時、最初にアスランが言うはずだったことを、カガリは全て口に出してくれた。

 きっと、誰もがそう思っている。

 現時点で、誰がナナの死を把握しているのかは、アスランにはわからなかった。

 だが少なくとも、カナーバ議長の言葉を聞いていた政府関係者たちは、カガリと同じことを思っているはずだった。

 が、アスラン自身はずっと口をつぐんでいた。

 

「カガリ……」

「カガリさん……」

 

 カガリを慰める、キラとラクスでさえ……その『疑念』を抱えているはずなのだ。

 

「許せって言うのか? 見過ごせるわけないだろう?! 徹底的に原因を追究して、犯人を暴いて……それで……!」

「それで、犯人側には報復を?」

 

 カガリの勢いを削いだのは、キラだった。

 

「キラ……」

「もしプラントが仕組んだ事故だってわかったら、オーブはプラントに報復するの?」

 

 カガリは息苦しそうに、少し後ずさった。

 

「報復したら、それで解決する? そうじゃないでしょ? また戦争になるよね?」

「いや……それは……」

 

 言っているキラ自身も、苦しげな顔をしている。

 だが、今、言わねばならないのだ。

 アスランができないことを、キラはしてくれている。

 だからラクスも、そっとカガリの肩を抱くだけで、何も言わない。

 

「ナナが恐れていたのはそれだよ、カガリ。君だってわかってるでしょ? だからこそこんなビデオを撮っておいて、先に君に見て欲しいって、政治関係者じゃないマーナさんに託してたんだ。そうまでしてナナは、自分が原因でまた争いが起きることを避けたかったんだ」

「わかる……わかってる……けど……!」

 

 どうにもならないカガリの憤りもまた、アスランには理解できた。

 カガリが激しく滾らせたその感情は、ナナを深く想うがゆえなのだ。

 

「カガリ、ナナの意志を無駄にしていいの?」

「それはっ……!」

 

 カガリは目をぎゅうとつむり、拳を握りしめた。

 彼女の葛藤は、何も間違ってなどいない。

 たとえ、彼女が国の代表だったとしても……だ。

 

「だが、これではあまりにも……!!」

 

 そう……あまりにも無念だ。

 そしてそれは、国民の総意だ。

 ナナを支持する者が多い、いや、国民のほとんどがナナを慕っていたことは、アスランも知っていた。

 もともとこの国の人々は、ウズミ前代表というカリスマ的存在を慕って生きてきた。

 よその国の人間でも、それは知っている。

 ウズミが死んで深い喪失感を味わった国民は、ナナという新たな存在に救われていた。

 そして世界も……。

 よちよち歩きを始めたばかりの“平和”に寄り添って、見守って、導いて、育ててくれるのは……、この世界でナナなのだと思っている者も少なくない。

 だからこそ、世界はナナに『世界連合特別平和大使』という肩書まで差し出した。

 そこには自分たちにはできないことを押し付ける意味もあったろうが、確かな希望もあったはずだ。

 オーブも世界も拠り所を失って、「ただの事故」という言葉を受け入れられるはずもない。

 あの、ナナ本人のメッセージがなかったとしたら……。

 

「カガリ……」

「うるさいっ……!!」

 

 カガリはキラの手を振り払った。

 頭を抱え、髪をかきむしる。

 

「それでも、私はっ……!」

 

 言葉にならない憤りは、はっきりと目に見えた。

 その姿はまるで、アスラン自身の想いを体現しているようだった。

 だから……。

 

「アスラン……お、お前は……どう思う?」

 

 涙をいっぱいに溜めた目で見つめられ、そう問われた時、やけに冷静になった。

 意識せずとも出て来た声は、冷めていた。

 

 

「ナナの意志を……尊重しよう……」

 

 

 己の中で、決心がついたわけでもなんでもなかった。

 そんなふうに、綺麗に心を整頓できるほど、出来た人間でないと自覚していた。

 が、ナナがそうだったように……最善の答えを見すえてそう言った。

 

「たとえ……」

 

 声がかすれたが、かまわず言った。

 カガリも、キラも、ラクスも見ず、ただ宙を見つめながら。

 

「……ナナが誰かに『殺された』のだとしても……」

「アスラン?!」

 

 カガリが悲鳴のよう叫んだ。

 それがとても哀れで……心はいっそう渇きを増した。

 

「オレは……ナナが進もうとした道を壊すことはできない。その道を歩くのを止めれば、ナナの存在さえも消えてしまう気がする……」

 

 この言葉がカガリには響くだろうと、客観的に考えてそう言った。

 自嘲する余裕はなかった。

 が、どっぷりと喪失感に埋め尽くされた心では、そうするしかなかった。

 

「だが……!」

 

 カガリは何度も激しく首を振った。

 聞き分けようとしない彼女の葛藤はよくわかっている。むしろ、ナナのために怒る彼女がうらやましい。

 だが、その情愛をねじ伏せてでも、ナナの意志を選びたい。

 それはもう、決まっていた。

 

 長い沈黙の後、カガリが口を開きかけた。

 その時だった。

 再び、部屋のドアが叩かれた。

 誰も応えるものがないまま、静かにドアは開かれた。

 そこにはまた、マーナが立っていた。

 

「ご、ご覧になりましたか……?」

 

 ひどく躊躇いながら、彼女はしわがれた声で言った。

 

「……ええ。確かに、ナナからのメッセ―ジを受け取りましたわ」

 

 カガリはとても返答できるような状態でなかったため、ラクスが気丈に答えた。

 マーナはそうですか、とひとつため息をつき、手にしていたものを差し出した。

 

「では……こちらを……」

 

 細長い箱が三つ、彼女の両手に収まっていた。

 が、彼女はこの部屋の空気に圧されているのか、戸口から一歩も動こうとはしなかった。

 

「なんですの?」

 

 ラクスがそれを受け取りに動く。

 アスランの目も、それを追っていた。

 嫌な予感がした。

 と……マーナは涙声で言った。

 

「皆様に……宛てた……ナナ様の……遺書でございます……」

 

 「遺書」の単語が、乾いた胸に突き刺さった。

 

「遺書……」

 

 さすがのラクスも、身体を硬直させていた。

 

「カガリ様、アレックス様……それから、キラ様とラクス様ご両名宛てに……お預かりしておりました」

 

 マーナはよろめきながら、ラクスにそれを差し出す。

 

「え、映像を見た後……これを読んで欲いと……」

 

 ラクスはそれを、戸惑いながら受け取った。

 マーナはこらえきれなくなったのか、逃げるように去って行った。

 

「カガリさん……」

 

 震える声で、ラクスがそのうちのひとつをカガリに手渡した。

 そして。

 

「アスラン……」

 

 アスランの前に、その小さな細い箱が差し出される。

 これはまるで、最後通告書のようだ。

 受け取れば、これはナナの『遺書』であると認めてしまう。

 今さらながらそう思ったが、受け取らないわけにはいかなかった。

 

 紫紺の箱は、手のひらから少しはみ出すくらいの大きさで、軽く握れるほどの細さだった。

 丁寧に、えんじ色のリボンが結ばれている。

 できるだけゆっくりと、それをはずした。

 もちろん、手は情けなく震えている。読みたくなどない。

 が、ナナの言葉を知りたい。

 いや……読まずともわかっている……。

 複雑な思いを抱えながら、アスランは箱のふたを開けた。

 中には、くるくると丸められた紙が二枚重なって、綺麗に収まっていた。

 上質なその紙には、見慣れたナナの文字が連なっている。

 感情を押し込めるようにして、それを読んだ。

 

 

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