あの嘆きの日のことをたっぷりと思い出したころには、もう日が暮れかけていた。
浜のほうから、波音に交じって子供たちの笑い声がかすかに聞こえる。
キラはずっと、何も言わずに隣にいてくれた。
アスランは深く呼吸した。
深部に隠した痛みと向き合ったことで、不思議と足元がクリアになった。
「キラ……」
踏みしめる物は、揺るぎないというわけではない。
足を進めようとする方向が、正解であるという確信もない。
が……。
「オレはプラントに行って来る」
今この時に、自分にできること、やるべきことが見えた気がしていた。
「アスラン……」
キラは微かに息を呑んだ。
が、すぐに穏やかな表情になる。彼には、もがく自分の姿が良く見えているようだった。
「カガリの側にいて護って欲しいと……それがナナの願いだった。最期の……」
気持ちを整理するようにゆっくりとつぶやく自分に、キラは小さくうなずく。
「だが、同じ約束を果たすのだったら、もっと他にオレにできることがあると思うんだ」
決しておごりではない。
こんな自分に、情勢を変えるほどの影響力も、見極めるほどの眼力もないことは、百も承知だった。
「デュランダル議長と話して、オレが……、オレでも何か手伝えることがあるなら……。アスラン・ザラとしてでも、アレックスとしてでも」
が、自分だからこそでき得ることが、ひとつでもあるのではないかと、思ってしまった。
「このままプラントと地球がいがみ合うようなことになってしまったら、オレたちはいった今まで何をしてきたのか、それすらわからなくなってしまう。ナナが……ナナが命を懸けて築こうとした道が、全部無くなってしまう……」
今は、ひとつだけ誇れるものがあったから。
「目の前の、できること、やるべきことを、自分の頭で考えて……最善の答えのために動く……」
そんな人を、知っている。
「それを……ナナに教わったからな……」
大きく息を吸い込んだ。潮の香が、体中に染み渡る。
清々しくも、少し悲しい……そんな気持ちに落ち着いた。
「そうだね……アスラン……」
キラは静かに同意してくれた。
「もう渦中に飛び込むのはよせ」とか、「ナナの願いを叶えるなら、カガリの側にいてやれ」とか……そういった言葉も出て来そうな状況だが、キラは何も言わなかった。
きっとキラも、「ナナならばそうする」と……知っているからだろう。
「カガリのことを、頼む」
「うん、大丈夫。僕たちに任せて」
「ああ……」
二人で握手をする代わりに、しっかりと視線を交わした。
翌朝、アスランはカガリにそれを伝えた。
カガリは大いに戸惑い、不安がっていた。が、「ナナならば」という言葉をアスランが言わずとも、やはり悟ったようだった。
「私は大丈夫だ! だから、お前も気を付けろよ!」
カガリは気丈にそう言った。
その目には、不安の影を隠しもせずに。
「お前までいなくなるなんて、絶対に嫌だからな……!」
そして、少し怒った顔で。
「ああ、わかってる……」
『あの子を護って……アスラン』
また、ナナの声が聞こえた。
「カガリ……。オレたちは、離れていても心は繋がっている」
その波紋に重ねるように言う。
「お前のことは、必ずオレが護る……」
アスランは誠心誠意そう伝えた。
ナナとの約束だから……、とは言わなかった。
言う必要はない。その約束はカガリの重荷になるはずだから。
それに、約束は二人のものだった。
「必ず帰って来いよ!」
「ああ、必ず“ここ”へ戻る……」
そう、新たな約束をして別れた。
ナナが産まれたこの国に。ナナが愛したカガリの側に……。
必ず“ここ”に戻って来よう。そして必ず約束を果たそうと、固い決意を握りしめて。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
やがてアスランが機上の人となった頃、世界の風向きは大きく傾くこととなった。
大西洋連邦、並びにユーラシアをはじめとする連合国がプラントに対し、“要求”が受け入れられない場合は、プラントを地球人類に対する極めて悪質な敵性国家とし、武力をもって排除することも辞さないとの共同声明を出したのだった。