見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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「駄目だ! そんなことは絶対に!」

 

 カガリは行政府の閣議室で、ひとり声を荒げていた。

 居並ぶ首長たちは皆、大西洋連邦との同盟締結を主張している。

 だが、カガリにとってそれはあり得ないことだった。

 プラントへの一方的な宣戦布告、さらには核攻撃まで……。そんな横暴な国との同盟など、考えられるはずもなかった。

 あの信じがたい光景を、皆も見たはずだった。

まばゆいいくつもの光が真っ暗な宇宙を明るく照らし、一見美しいようなあの光景。そこには在ってはならない核が在り、散ってはいけない命があった。

 だが、首長たちにはもう、迷いはなかった。

 それが愚かなことだと、何故わからない?

 間違っていることに、何故気づかない?

 カガリはドンと机をたたいて立ち上がった。

 が、その想いが伝わることはなかった。

 末席のユウナ・ロマ・セイランが静かに立ち上がり、カガリの想いを「子供じみた主張」と吐き捨てた。

 彼はゆっくりと冷たい言葉で問いかける。 

 

「では代表、オーブとしてはどうするおつもりなのですか?」

 

 カガリは喉につかえるモノを感じながらも、叫ぶように言った。

 

「オーブは……オーブは、ずっとそうであったように、中立、独自の道を……!」

 

 だがそれも、閣僚のひとりタツキ・マシマの皮肉に満ちた声に遮られる。

 

「そしてまたこの国を焼くのですか? ウズミ様のように」

 

 カグヤの海を覆う戦火。燃える地。そして……シンの目。

 脳裏にそれが浮かび上がった。

 

「そんなことは言っていない!!」

 

 それを振り払うように、机を叩きながら思い切り叫んだ。

 だが誰もこの怒りと葛藤を共有してはくれなかった。

 

「しかしこの状況……。下手をすれば再びあんなことにもなりかねませんぞ」

 

 真向いの席に居るウナト・エマ・セイランが、立ち上がりながら言った。

 平和と国の安全を望む気持ちは自分たちも同じだと。だからこそ、同盟を結ぶべきなのだと。

 そうたしなめるように言いながら、カガリの元へ歩み寄る。

 

「何故、同盟で済めばよいとお考えになれませぬ?」

 

 それが合理的な考えだと、頭の片隅ではわかっていた。

 合理的思考と臨機応変な対応……、それはまさにナナが体現していたことだった。

 そして眼鏡越しにこちらを見下ろすウナトが、「ナナ様ならきっとそうするはずだ」と目で訴えていることも。

 いや、もうずっと前から……ナナがここに居る時から、彼らは皆こんな目をしていた。

 

『何故、ナナ様が代表に立たれないのですか?』

『カガリ様では心もとない……。やはりナナ様が代表でなければ……』

『実質的にはナナ様が実権を握ると、そういう体では進められないのか?』

 

 そんな声を、ナナ自身やアスランに励まされながら振り払って生きてきた。

 本気で代表首長の座をナナに譲ろうと考えたこともあった。

 だが、ナナは頑なにそれを拒否して「自分は向いていない」などと笑い飛ばすし、父の遺志だと主張し続けていた。ナナが自らの口で、首長たちにはきっぱりと断っていたのも知っている。

 が……それもこれも虚しいだけだった。

 皆が求めている新たなリーダーは、自分ではなくナナだった。それはナナが居なくなった今でも、変わらないように思えた。

 

「意地を張って敵を作り、大国を敵に回す方がどれだけ危険か、おわかりにならぬわけではないでしょう」

「だが……!」

 

 だが……違う。自分の想いはそうじゃない……。

それをちゃんと言葉にできなかった。

 この憤りを、ナナならば想いをたっぷり込め、整った言葉にして伝えることができる。だから皆はナナの主張をすんなり受け入れていた。

 自分はこんなとき、何をどんなふうに言えばいいのかわからなくなってしまう。

 ナナのようには振る舞えない。

 そうしたいと思っても、いつまでたってもあんなふうにはできなかった。

 

「我々が二度としてはならぬこと、それはこの国を再び焼くことです」

 

 ナナのように在れない自分が悔しい。

 ウナトの言葉が正しいとわかっていながら、自分の想いを伝えて納得してもらうこと。

 それは何よりも難しい。

 

「伝統や正義、正論よりも、どうか今の国民の命をお考えください」

 

 ウナトの言葉をナナの言葉のように感じてしまっている自分が、とてつもなくちっぽけな存在に思えて虚しかった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 アスランはプラントの共同墓地を訪れていた。

 デュランダル議長の計らいもあり、護衛監視つきではあったが外出の許可が下りたのだ。

 全く意外なことに、護衛監視役はイザークとディアッカ……かつての仲間であった。

 イザークは再会を果たしたその瞬間から、苛立ちを露わにしていた。

 この緊迫した情勢の中、わざわざ前線から呼び戻されて、受けた任務がいち民間人の護衛監視……。

 彼が怒るのも無理はないが、それもデュランダル議長の配慮なのだろうとアスランは思った。

 

 ミゲル、ラスティ、そしてニコル……共に戦った友たちの墓に花を添えた。

 無数の墓石が並ぶ丘には爽やかな風が吹き、世界の情勢とは裏腹に、とてものどかな光景に見えた。

 ニコルの墓石に向かって敬礼をしたとき、遠くでゆっくりと鐘が鳴り始めた。

 そこでアスランは、イザークとディアッカの口から生々しい言葉を聞く。

 プラントが、積極的自衛権の行使に踏み切ること。自分たちも核攻撃の第一波を迎撃したこと。地球軍は間違いなく、本気でプラントを壊滅させようとしていたのを感じたこと。

 その現実に、失望も絶望も実感できないうちに、

 

「で、貴様は?」

 

 不意にイザークが問う。

 

「こんなところで何をやっている! オーブはどう動くんだ?」

 

 彼の問いに答えることはできなかった。

 

「まだ、わからない……」

 

 つぶやきながら、情けなくうつむくしかなかった。

 視界の先にあるニコルの墓石が、こちらを困った目で見ている気がした。

 

 

「……ついて来い!」

 

 少しの沈黙が流れた後、イザークは乱暴にそう言った。

 振り向くと彼は、すでに丘を登り始めている。

 その背を追う前にディアッカをうかがったが、彼は小さく笑いながら肩をすくめるだけだった。

 

 だが今回も、途中で行き先がわかった。

 イザークが連れて行こうとしているのは、『イーリス』だった。

 そこに行きたいと言った覚えはなかった。

 むしろまだ、行きたくはなかったのだ。

 が、それを主張してもイザークは聞き入れなかった。ディアッカも、イザークに従うだけ。

 結局、アスランは悲しみの地……イーリスを訪れることになってしまった。

 そこは青々とした草原になっていた。

 ところどころに花壇が置かれ、美しい花々が風に揺れている。その中心に、高い塔が建っていた。

 重い足を引きずるように、どんどん先を行くイザークの後を追う。

 今さら、拒否する気力もなかった。

 

「ここへ来たことはあるんだろうな?」

 

 イザークは不機嫌そうに問う。

 だがそれは、ある意味自分を気遣ってくれているのだと、アスランは気づいていた。

 

「ああ……あるよ」

 

 この地……軍事施設の爆発事故があったこの土地は、慰霊のための公園となった。

 虹を表す『イーリス』という名がつけられた塔が完成した式典に、ここで命を落としたナナの親族……カガリは呼ばれた。

 アスランは同行したが、むろん式典に参列することは憚られた。

 だからその日の真夜中に、ひとりでこっそりとここを訪れたのだ。

 純白の石で造られた党には、ひときわ大きい文字でこう刻まれていた。

 

『平和の架け橋 ナナ・リラ・アスハ 安らかにここに眠る』

 

 薄闇の中、ぼんやりと見えたその文字は酷く滑稽に思えた。

 今もまた、夕日に赤く染まったその文字を見ても、同じように滑稽に思う。

 ナナはここに眠ってなどいない。

 こんなところで眠るはずじゃなかった。

 当然、様々な想いが押し寄せる。

 この文字は、その想いの全てに対して的外れであった。

 

「“あいつ”は今のお前に、何というだろうな」

 

 「あいつ」という親しげな単語は、アークエンジェルで共に行動していたディアッカのものではなかった。

 

「ここでちゃんと考えたらどうなんだ?」

 

 そう言いながら鋭い目でこちらを睨むのは、イザークだった。

 

「ああ……そうか」

 

 少し考えて、合点がいった。

 

「ナナと……終戦後に会ったんだったな」

「ああ、そうだ!」

 

 イザークは視線を逸らし、少しばつが悪そうに言った。

 

「自分の処遇も全くわからん状況で、クーデターで再編された議会に呼び出されて何かと思えば、待っていたのは“あいつ”だった! 少し前まで敵同士だったってのに、“あいつ”はまるでずっと昔からの馴染みだったかのように馴れ馴れしく話しかけて来た。そんな暇はあるはずもないとオレにもわかっていたくらいなのに、“あいつ”は……ただオレに『礼を言いたかった』と……それだけのためにわざわざ時間を割いてプラント側に面会を申し入れたんだ」

「ああ……お前に助けてもらった礼が言えてよかったと……ナナも言っていたよ」

 

 だんだんと勢いを失くすイザークの声につられて、アスランもため息のように声を漏らす。

 ぼんやりと、あの時の少しはにかんだナナが思い浮かんでいた。

 

「普通そんなことのためにいちいち面会時間をとるか? 情勢はまだ混乱していて、その渦中で国と国との調停役を申し出たヤツがだぞ? オレはその場で言ったんだ。何故そんなことのためにオレなんかを呼び出したのかと。だが……あいつはそれを無視して、お前やディアッカのことは任せてくれだとか、心配しないで欲しいだとか、それから……オレのことを生きていてよかっただとか、一方的にしゃべっていた。あまつさえ……投獄されたオレの母親の心配までして……」

 

 そこまで詳しいことを、ナナは話していなかった。

 が、イザークは一息に全てを話しきった。

 

「オレは最初、オーブが調停役を申し出たと聞いて無謀だと思った。しかもあいつが全て背負って立つと主張しているのを見て、これほど混乱した状況でそんなことできるはずはないと思っていた。だが実際にあいつと会って、話して、オレはあいつの意志ってやつを見届ける気になった。たとえば途中であいつの心が折れたとしても、こんな時にオレなんかを気にかけてくれたせめてもの礼として、最後まで見届けてやろうってな。だが……あいつはひとつずつ行動で示していった。オレの目で客観的に見ても、オーブは救われ、地球軍とプラント間も完全に停戦状態に行きついた。それに、お前ら脱走兵扱いだったやつらや、クライン派の連中の命ももれなく救いやがった。あいつの言ったことはただの理想じゃなかった。それを叶える意志と行動力が、あいつにはあった」

 

 イザークは再びアスランの目を睨んで言った。

 

「お前はそれを、一番良くわかってるはずじゃなかったのか?」

 

 ああそうだ……と、力なくうなずいた。

 イザークの向こうに傾く日が、とても眩しかった。

 

「今この世界に……あいつがいたなら、プラントと地球はこんな状況になってはいなかった。オーブもな……」

 

 ため息のように、だが確信しきったように、イザークが言う。

 

「そう口にするヤツは、ザフトの中にも多いんだぜ……」

 

 今まで口をつぐんでいたディアッカまで。

 アスランは再び、白い石に刻まれた文字を見た。

 「ナナ」の名前が、夕日に煌めいている。

 沈黙は、二人の友の優しさか……。

 静かな風が、幾度か流れた。

 そして。

 

「戻って来い、アスラン」

 

 わずかに熱を帯びた声で、イザークが言った。

 

「事情は色々あるだろうが、オレがなんとかしてやる。だから……プラントへ戻って来い」

 

 彼を見た。が、視線は合わなかった。

 そっぽを向いたまま、イザークは低い声で続ける。

 

「オレだって、ディアッカだって、本当ならとっくに死んだはずの身だ。だが、デュランダル議長はこう言った」

 

 そして、議長の言葉を告げた。

 

『大人たちの都合で始めた戦争に若者を送って死なせ、そこでの過ちを罪として彼らを処分してしまったら、いったい誰がプラントの明日を担うというのか。つらい経験をした彼らにこそ平和な未来を築いてもらいたい。オーブの姫が訴えるように、彼らが造る道こそが願う未来へ続いていると、自分もそう思う』

 

 と。

 

「だからオレは今も軍服を着ている。それしかできることはないが、それでも何かできると思っている。プラントや、死んでいった仲間たちのために」

「イザーク……」

 

 大人びた彼の口調は、ゆるりとアスランの心に響いた。

 

「だからお前も何か行動しろ!」

 

 その、突き刺すような言葉さえも。

 

「お前の力とあいつから受けた意志……。それを無駄にする気か?」

 

 まだ、答えは見つからなかった。友の言葉を聞いてもまだ、混とんとした迷いの中に身を置いていた。

 問いかけたイザークも、この場でそれを求めては来なかった。

 また沈黙が続いた。

 清廉な風を感じながら、三人で……しばし、石に刻まれた名を眺めていた。

 

 

 

 

 翌朝、ほとんど眠らぬまま起き上がり、外を眺めた。

 朝焼けに染まる町並みは、平和そのもので……。とても新たな争いの波に呑み込まれようとしているとは思えなかった。

 が、確実にその時は迫っていた。

 

『今この世界に……あいつがいたなら、プラントと地球はこんな状況になってはいなかった。オーブもな……』

 

 昨日のイザークの言葉が、また脳内で繰り返された。

 

『たったひとりの人間がいないだけで、こうも情勢が変わるとはね』

 

 帰りの車の中で、ディアッカがぼそりとつぶやいた言葉も。

 あれほどクセの強かった二人が、こうも影響を受けるとは……。

 少し笑えた。久しぶりに笑った気がした。

 アスランはもそもそと服の下から石を取り出し、目の前にかざした。

 プラントの偽物の日光の中で、石は偽りのない美しさで輝いている。

 

「ナナ……」

 

 敢えて口に出して、語りかけた。

 

「君が初めにそうしたように……オレも力を取るよ」

 

 ヘリオポリスで、自らの意志でグレイスに乗ったというナナ。

 あの時に一瞬で決意した彼女の強さを、今さらながらにかみしめる。

 

「破壊じゃなく……君が願った未来を、()()ために……」

 

 理想と現実がそぐわなくとも。

 カガリの側に居て欲しいというナナの願いを叶えられなくても。

 たとえこの選択が間違っていたとしても……。

 ナナのように前に進むことしか、こんな自分にはできなかった。

 

 

 

 数時間後、身支度を整えたアスランは、一本の電話を入れた。

 

「デュランダル議長にアポイントを……」

 

 もう、迷いはなかった。

 

 

 

 

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