カガリ・ユラ・アスハと、ユウナ・ロマ・セイランの婚礼の日。
国中に祝福の声が響くこの日も、オーブ軍の基地だけはいつもと変わらなかった。
厳格な顔をした上官。訓練に余念がない兵士たち。それぞれが責務を全うし、いつもどおり有事に備えていた。
だが、それでも……式典の真っ最中という時間に突如として鳴り響いたサイレンには、彼らも少なからず驚いた。
≪アンノウン接近……!≫
そのアナウンスは誰もが信じがたいものだった。
この時期に、いや、“この日”にいったい何者が……?
だがすぐに、答えは出た。
彼らが目にした敵のデータは、アンノウンなどではなかった。
アークエンジェルとフリーダム。
先の戦争で獅子奮迅の働きをした戦艦とモビルスーツが、その正体であったのだ。
だからこそ、軍令部も戸惑った。
かつてオーブと共に戦ったあの艦とMSが、今、何故……?
オーブの防衛艦隊は、その“アンノウン”を迎え撃つべく直ちに発進した。
たとえ既知の艦であれ、今はオーブ軍の戦艦として登録されてはいない。
つまり、それがオーブ国内で許可なく動くということは、まぎれもなく“敵対行為”なのである。
頭でそうわかっていても、完全に動揺を抑えられる兵士はいなかった。
かの存在を
トダカは慌てて配置につく部下たちを横目に、小さくため息をついた。
部下の不出来に呆れたのではない。
この日に現れたアークエンジェルとフリーダムの存在に、安堵したのだ。
彼は知っていた。
この国に、あの艦とモビルスーツが完全に修復されて存在していることを。
実際に、その生まれ変わった姿も目にしていた。
何故なら……今も尊敬してやまない「世界連合特別平和大使」が、かつて自らそのドックへと案内してくれたからだった。
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「しかし……この
「ナナ様は今もいたずら心が残っていらっしゃるようだ」
「まったくだ……」
ただっ広い応接間のソファーに腰かけた者たちが、互いの顔を見回して苦笑した。
総勢8名。
皆、今は防衛戦艦の艦長を務める者たちである。
彼らはナナの命によって密かに集められていたのだ。
図体のでかいキサカがこっそりとやって来て、ナナによる極秘の招集を告げた時、トダカは何事かといぶかしがった。
しかも指定された場所は軍施設ではなくアスハ家の私邸で、少なくともトダカはそこに邸宅があることすら知らなかった。
が、他に集まった者たちの顔を見て緊張はほぐれた。
見知った顔はどれも、ウズミの代から軍籍に身を置く者たちで、特に上層部からの信頼が厚い者たちだった。
もちろん自分も含めて……そう自覚していた。
「みんな、来てくれてありがとう。コソコソさせちゃってごめんね」
ナナはキサカと共に、朗らかに現れた。
全員、すぐさま立ち上がって敬礼をしたが、部屋の中に緊張感はまったくなく、愉快とさえ言えそうな独特の空気が漂っていた。
「ティリング司令官、あの時は本当にありがとう」
ナナは「今日は私的な会合だから」と笑いながら敬礼を止め、トダカの隣に座るティリングに声をかけた。
「そのお言葉はもう何度もいただきました。そもそもオーブの軍人として当然のことをしたのですから、礼などよしてください」
ナナとカガリがアークエンジェルに乗艦している時、オーブの領海付近で艦がザフト軍の攻撃を受けたことがあった。
激しい猛攻に耐えきれず、アークエンジェルはオーブの領海を侵犯しようとした。
当然、オーブは地球軍の戦艦であるアークエンジェルに対し、自国の防衛権を行使して攻撃を開始した。
むろん、その艦にナナとカガリが乗っていることなど知らずに。
アークエンジェルは沈みかけていた。ザフトに落とされるのか、オーブに落とされるのか、時間の問題だった。
その時に、全艦隊のブリッジのモニターにナナの顔が映し出された。
敵であるはずの、地球軍戦艦アークエンジェルのブリッジからの映像だった。
ナナは自分がアスハ前代表の娘であると公言したうえで、「アークエンジェルは自分を保護しオーブに送り届けようとしている、だから攻撃を止めて受け入れよ」……とオーブ軍に命じた。
そのメッセージに答えたのが艦体の総司令だったティリングだった。
彼は全艦の前で「お前がナナ様であるはずはない」と、ナナの命令を撥ね付けた……。
が、それはザフトへの建前であり、表向きは攻撃を続けながら、実際にはアークエンジェルを領海に入れて保護した。
ナナとティリングの思惑が一致したのだった。
停戦後、ナナは代表代理として、軍令部で正式に彼に礼を述べていた。
だが、今もまた顔を合わせるなりにこやかに礼を言うのだ。
命を助けられたという喜びもそうであろうが、状況を的確に判断して動いた彼に対し、尊敬の念を抱いているのだろうとトダカは思った。
「それでナナ様、今宵はどんなパーティーなのですかな?」
別の男がおどけたように口を開いた。
トダカとは同期の男で、作戦中以外はほとんどこのような口の利き方をする陽気な男である。
「ああそう。みんなに見せないものがあって」
調子を合わせるように、ナナも得意げに肩をすくめる。
「それはそれは、とんでもないお宝を拝見できるのですな?」
別の男が、蝶ネクタイを締め直した。
秘密裡にここへ来たため、皆、私服である。トダカもよれたジャケットの襟を正してみた。
「立ってるついでに、ちょっとこっちに来てもらえる?」
ナナは得意げな顔で、アンティークの食器が飾られている戸棚へ向かった。
皆、ナナの背後で顔を見合わせる。どの顔にも、不信感でなく好奇心が浮かんでいた。
それを見透かしたように、ナナはくすくすと笑い、戸棚の一番小さな扉を開き中に手を差し入れた。
何の音もなかった。
ナナが少し後ろに下がると、今度はキサカが片手で棚を押した。
いくつもの食器類が飾られているマホガニーの棚であったが、それは絨毯の上を滑るようにスッと横に移動した。
いくら強靭な体躯のキサカとはいえ、見た目の重厚さからは考えられない動きである。
が、不自然なのはそこではなかった。
棚が退けられてむき出しになったところは、単なる壁ではなかった。
そこに現れたのは、明らかに近代的な金属製の扉だったのだ。
キサカは無表情のまま、横に在る操作盤を触る。
すると、扉はかすかに聞き慣れた機械音をたてて開いた。
奥に広がったのは……いや、あったのはこじんまりとした空間。
すぐに、それがエレベーターであると気づいた。
「ついて来て」
ナナが皆をそこに招き入れ、全員が乗り込むと、少々窮屈なエレベーターは下へと降りて行った。
皆、無言だった。
今さら特に質問をしようということはない。
もう少し待てば、この若きリーダーが「見せたいもの」が見られるのだから。
しばらく降りて、扉は開いた。
案の定、古風な豪邸の地下とはとうてい思えない無機質な通路があった。
が、特段驚く者はない。
軍人ならば毎日のように踏みしめている、何の変哲もない通路だった。
そして、これもまた見慣れた重厚な扉に行きついた。
三度、同じような扉を開けた。
三つめの扉が開ききる前に、ナナは一度振り返って皆の表情を見た。
そこに在るものがなんであろうと、しっかり受け止めなければ……トダカはそう思った。
皆も息を呑んでそこを見つめた。さすがに、緊張感が漂った。
すぐに、それは現れた。
皆の視界は、その巨大なものでいっぱいになったのだ。
「これは……」
誰かが言った。
トダカも思わず漏らした。
「アークエンジェル……」
見知った艦が、皆を待ち受けていたかのようにどんと構えていた。
メンテナンス中を知らせるランプがいくつも艦体を覆っていて、不規則に点滅している。
明らかに、それは目の前で“生きて”いた。
「ナナ様、これは……」
しばしの沈黙の後、ティリングが皮肉を込めたような顔でナナを見た。
彼のそんな顔は、見たことがなかった。
「そう。アークエンジェルを修理したの」
再び沈黙が流れた。
自分を含めて、百戦錬磨の軍人たちとはいえ、状況を把握するのには少し情報と時間が必要だったのだ。
が、ナナはあっさりとそれを提供した。
「このアークエンジェルはオーブの艦ではなく、私の私的な艦なの」
ナナはひとりひとりの顔を見ながら、己の意志……信念を語った。
「私は今、こう考えてる……」
平和のためには、大きすぎる力があってはならないこと。
だからこそ、オーブの理念を崩すわけにはいかないこと。
それを世界に発進し続けなければならいこと。
自らが先頭に立って、それを訴えていく決意があること。
しかし……、悲しいことに今はまだ、平和のためには力が必要だと考えていること。
矛盾を抱えたまま、それでもアークエンジェルを復活させることに迷いは無かったこと。
そして……再び争いが起こった時、それを
「それはつまり……」
しわがれた声が、ナナに向けられた。
トダカ自身も、口の中が干からびていた。
「たとえオーブが中立の立場や不戦を貫いていても、ナナ様ご自身はこの艦に乗って争いを
ナナは目を伏せ、小さく笑った。
「それが正しいと思ったら、そうします」
若い、まだ少女の域であるはずの彼女は、大人びた表情でやんわりと、しかし強く宣言した。
「オーブが……カガリ代表が不戦を貫いて、また理不尽な攻撃を受けたら、この国は再び焼かれることになる。あれは絶対に繰り返してはならないこと……。だから、私はそうなる前に力を取る。そのつもりです」
トダカはまっすぐにナナの顔を見た。
彼女の視線が、それを受け止めた。
だから敢えて、この場に不必要である言葉を発した。
「我々オーブ軍と、敵対することになっても……ですか?」
たしなめるような視線、困惑の視線、色々なものが入り混じって注がれた。
が、トダカはただナナの目だけを見ていた。強い光を放つその目は、少しも揺れることはなかった。
「あなたたちと敵対することになっても、私は私の道を行きます」
はたから見たら、子供じみた我がままだ。はたから見たら……。
トダカはそう思って、苦笑した。
「その時に『黙認してくれ』って言ってるんじゃないの。ただ、あなたたちには知っておいて欲しかった」
「ティリングの時のように、『うまくやれ』とおっしゃりたいのではないのですか?」
「オーブにとって私が“敵”だと判断したら撃ってくれていい。ただ、“味方”だと思ったらティリング司令のようにやりすごしてくれたらなって」
意地悪な問いにも、ナナは余裕を持って答えた。
そして、いっそう背筋を伸ばし、姿勢を正すとこう言った。
「私の理想は……、もしそうなったとしたら、ここにいるあなたたちと私で……“内”と“外”でオーブを護っていきたいって……そういうことなの」
ストンと言葉が落ちて納得……いや、そんな生ぬるい状態ではなかった。
彼女の言葉は、胸の奥までまっすぐに貫いた。いっそ、痛いほどに。
きっと、もうずっと前から、この秘密の会合のことを予定していたのだろう。
国内外を飛び回り、色々な視線を向けられ、期待や批判を浴び、常に命の危険にさらされ、息つく暇もない中で……、自分の意志とこの国の未来、そして世界の平和を考えていたのだろう。
それが、子供じみた我がままであるはずがなかった。
皆、同じく全て察したはずだった。
軍人というものは、言葉でなく行動で示すタイプが多い。だから、少しの仕草や息づかいで、考えていることがわかるのだ。
が、ひとりが呆れたような声で尋ねた。
「一応お尋ねしますが……このことはカガリ様には……?」
「カガリには内緒。これは代表は
まるで生粋の軍人のように、ナナは短く答えた。
「でしょうな……」
さらに呆れたようなため息が聞こえた。
それも、理由はわかっていた。
ナナの突飛で無謀な行動に呆れているのではない。
国に反することを平気な顔でやってのけたことを、責めているのでもない。
ただ、そんな大それたことを、たったひとりでやってのけた彼女の器量に呆れ果てているのだ。
そして同じようなため息は全員から発せられた。
「やれやれ」
「あなたという人は……」
ティリングがまた、答えがわかり切っている問いを投げかけた。
「それであなたは、代表就任を頑なに拒まれたのですね?」
オーブの代表という“枠”に捕らわれては、己の意志を遂行できない。
オーブの理念に反するときが来るかもしれない現状で、オーブの代表にはなれない。
そう思って、あれほど皆が熱望した代表就任を、断り続けて来たのか……。
が、ナナは首を振った。
「それはちがう。私はもともと代表には相応しくないから」
ナナは初めて否定した。
トダカ自身も、新しい代表はナナ以外にないと思っていた。
彼女の行動、振る舞い、言葉、そして突き付ける意志は、強烈なまでの光となってオーブの未来を照らしている。そう思っていた。
が、ナナはありえないと言ったように首を振る。
あれほど、国だけじゃなく世界の平和に作用した人物が……である。
「オーブの理念を体現していたのは間違いなくウズミ様でしょう? それはあなたたちのほうが良くわかってるはず。そして、それを受け継いでいるのがカガリなの。今はまだちゃんと伝わらないかもしれないけど、私はあのコと一緒にいてそれをよくわかってる。対して私は、オーブの理念をあっさり破るかもしれない危険人物だしね」
軽い口調で言ったが、目は真剣だった。
トダカは思わず、ティリングと顔を見合わせた。
軍令部でも、はじめからナナを代表にと推す声が後を絶たなかった。
が、ナナはそこでも、今と同じようにウズミの理念を正当に受け継いでいるのは自分ではなくカガリであると主張した。
自分はウズミ様の“お情け”でたまたま養子になったが、カガリはウズミ様の教育をきちんと受けて育ったから、と。
そんな言い訳に、誰も納得はしなかった。
カガリに期待しなかったのではない。
その時点で相応しいのがナナ以外になかったのだ。
誰もが、年若い“指導者”に国の行く末を託したがっていたし、従うことをいとわなかった。
行政府でも、おそらく全く同じやり取りが行われたのは容易に想像がついた。
そして、同じようにナナの頑なな意志に押し切られたことも。
今日始めて、「自分が相応しくない」とナナが言った理由を具体的に見せつけられた。
が……それでも未だ、トダカの中には、ナナこそがオーブの代表に……という気持ちが残っている。
無論、代表就任後の働きぶりを見て、カガリのことは尊敬している。
一軍人として、彼女を支えていく決意もある。
だが、やはり全てを任せられると思えるのは、目の前に立つ「相応しくない」人間なのだ。
「みんなが私に期待してくれるのは嬉しいけど、私はそれに応えられない。今言ったみたいに、私はいざとなったらこの国を裏切る行動をとるつもりでいる。でも……」
ナナはまた皆の顔を見回して、柔らかい物腰でこう言った。
「でもこれだけは信じて欲しい。私はこの国を愛しているし、オーブの理念は未来の平和のために、世界にとってなくてはならないものだと思ってる。だからこそ、どんな手段を使ってでも、この国を守る意志がある」
それはまるで、国を背負う覚悟があるとでも言っているようだった。
ナナはそれを、穏やかな表情と口調で言ってのけたのだ。
「あなたのご意志はわかりました。最後にひとつ……」
しばしの沈黙の後、トダカより二期上の司令官が尋ねた。
「我々の誰かが、これを軍法会議にかけるとは思われないのですか?」
愚問であった。
オーブを救い、世界平和のために身を削っているナナにこれほどの決意を聞かされて、そんなことをする人間はこの場にはいなかった。
そんな頭でっかちの人間は、そもそもこの場には呼ばれていない。
が、誰一人、言葉を挟まずにナナの答えを待った。
いや、待つ時間などなかった。ナナは間髪いれずに、微笑を浮かべたまま答えた。
「私とこの艦が、オーブにとって必要ないと判断するのなら、そうしてください」
また、ずっと前から用意されていた台詞……決意のようだった。
「私は」
そして、この会合の最初に見せたような、いたずらな笑みでこう言った。
「あなたたちを信じてますから」
苦笑が漏れてその場に充満した。
ナナはにこりと笑ったまま、応えを待っている。
「ナナ様。そもそも、どうしてこのメンバーを集められたのですか?」
「我々は年だけは重ねていますが、軍のトップというわけではありませんよ」
「指揮を執る立場ではありますが、我々にはまだ上がいます」
互いの顔を見合わせながら口々に問う。
トダカも口を開いた。
「確かに、馴染みの顔ではありますが、階級もバラバラのようですし」
ナナは腰に手を当て、皆を見回した。
「ちょっと! さっき『最後の質問』って言ったでしょう? さらに質問するつもり?」
また、苦笑の波が起こった。
「まぁいいけど。っていうか、理由なんてわかりきってるでしょう?」
ナナは軽いため息をついた。
その後に発せられる言葉を、トダカは皆と同じようにゆったりと構えつつ、注意深く聞いていた。
「あなたたちはみんな、ウズミ様の信頼が特に厚かった。私自身もあなたたちの中の何人かは前から知っていたし、キサカたちからウズミ様が信頼を寄せていた名前を聞いていた。私が代表代行として軍令部に言った時に、直接会って、話をして……今ここにいるあなたたちなら、心から信頼できると思ったの」
また、男たちは顔を見合わせた。
持て余すほどの清い信頼感を向けられて、いい年をして戸惑っていたのだ。
だいたい軍人という者は、上官からの信頼が何よりのご褒美なのである。
それを、年若いとはいえ、世界中から尊敬されているナナから向けられて、喜ばないはずはなかったのだ。
「ナナ様……」
ひとり、またひとりと、ナナのほうへ進み出た。
トダカもまた、一歩進んで直立した。
「我々も、あなた様を心より信頼申し上げます」
一斉に敬礼を向ける。
軍人でないナナはそれを返すことをせず、少し首を傾けて笑った。
「これからも、この国をよろしくお願いします!」
そして、そう言いながら深く頭を下げた。
最後に、頭を下げたままこう言った。
「あと、くれぐれもカガリのことを……カガリ代表のことをよろしくお願いします……!」
にぎり合わされた彼女の手に、強い願いを感じ、トダカはいっそう歯を食いしばるようにして敬礼した。
彼女の意志と想いが、強烈な熱波となってこの場にいる人間たちの心を覆った。
それがよくわかった。
間違いなく、この先も彼女はこうして人の心を惹きつけ、捉え、離さないだろう。返って来るものが敵意であっても、己の想いが届かなくとも、彼女が折れることはないだろう。
オーブの未来がどうなろうとも、彼女は進み続けるのだ。皆が渇望する平和な未来へ続く道を。
だから……。
たとえ“内”と“外”に別れようとも、彼女の意志に寄り添おう。
それこそがオーブ国民として、軍人として、人間として……正しく生きる道なのであろう。
ナナが顔を上げた時、まだ全員が最敬礼の姿勢のままだった。
ナナはそれを制すと、肩をすくめて笑った。
それは、まるでキャンパスにいる少女のような笑みだった。
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「本部より入電! フリーダムが式場よりカガリ様を拉致。対応は慎重を要する……とのことです!」
すでに、第一戦闘配備が敷かれているこの状況で、慌てることはなかった。
操舵室は“不可思議な敵”に騒然としていたが、トダカは落ち着いていた。
フリーダムが、カガリを拉致した……。
その真意がすぐにわかったのだ。
今、ナナはいない……。
だが、ナナの意志を継ぐ者がアレを目覚めさせた。
それを知っていた。
彼らの意志も、手に取るようにわかった。
きっと、ナナがとるはずだった行動を、彼らは今まさに実行しようとしているのだ。
いや……。
ナナが居たら……そもそもこんな事態にはなっていない。
オーブの理念にそぐわぬ同盟を結ばされることもなかったし、うら若きアスハ代表が慌ただしく婚礼の儀を執り行う必要もなかったのである。
だからこれは、せめてもの抵抗にすぎないのかもしれない。
ナナの意志を、せめて今からでも世に示そうと……あの艦とあの機体は行動を起こしたのだ。
「包囲して抑え込み、カガリ様の救出を第一に考えて行動せよとのことです!」
それが軍本部からの指令だった。
主だった幹部たちは皆式典に出席しているはずだから、この命令を下しているのはあの秘密の会合に呼ばれた者のひとりのはずである。
前方12時の方角に、アークエンジェルが艦体を半分だけ水面から出していた。
防衛艦体は距離を開けて包囲している。もちろんトダカの艦もその中の一隻だった。
やがて、フリーダムが飛来して収容されるなり、アークエンジェルはすぐさま潜行を開始した。
「トダカ一佐、アークエンジェル、潜行します!」
トダカはじっとアークエンジェルだけを見つめていた。
「このままでは逃げられます!」
「攻撃命令を!」
怪訝な顔の部下たちを尻目に、去りゆくアークエンジェルの様子をただ傍観した。
「対応は慎重を要するんだろ?」
それだけ言って、部下たちを黙らせた。
カガリを連れた彼らがどこへ向かうのか、トダカにはわからなかった。
だが今、彼らは歪んだ道を歩くように仕向けられたカガリを助け出した。
彼らはナナの意志を継ぎ、再びその翼を広げたのだ。
『私の理想は……、もしそうなったとしたら、ここにいるあなたたちと私で……“内”と“外”でオーブを護っていきたいって……そういうことなの』
ナナの声が聞こえた。
トダカは黙って、沈みゆくアークエンジェルに敬礼した。