見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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第2章 乱戦編
混沌


 

 アスランは困惑していた。

 

 フェイスの称号と新たなモビルスーツを得て、ミネルバへと向かっていた。オーブに寄港しているはずの、ミネルバへ……。

 だが、オーブ領空に差し掛かった時、コックピットにアラームが鳴り響いた。

 機体がムラサメにロックされたのだ。

 当然、困惑した。

 いくらザフトの機体とはいえ、確認もなしに攻撃体勢にはいるとは微塵も思わなかった。

 

(これではまるで……)

 

 困惑の中に、嫌な予感がした。

 

「オーブコントロール、いったいどういうことだ?!」

 

 問いかけに反応はない。そればかりか、ムラサメは躊躇うことなくミサイルを発射した。

 こちらに攻撃の意思はないと言ってみても、二機のムラサメが執拗に追いかけて来る。

 

(これではまるで、“敵機”を攻撃しているようじゃないか……!)

 

 そうはっきりと認識した時、ムラサメのパイロットが呆れた声で言った。

 

≪なに寝ぼけたことを言っている。オーブが世界安全保障条約機構に加盟した今、プラントは敵性国家だ。まだオーブ軍とザフトは交戦状態でないとはいえ、入国が認められるわけないだろう≫

 

 それを聞いて息を呑んだ。

 

(大西洋連邦との同盟に合意した? カガリが首長会を止められなかったということなのか?!)

 

 アスランは再度、行政府との交信を試みる。

 何度も『アレックス』の識別コードを送り、カガリとのコンタクトを要請した。

 だが、オーブの司令部は全く取り合ってはくれなかった。

 

≪こちらは行政府だ。要望には応じられない≫

 

 回線は一方的に閉じられた。

 二機のムラサメは“敵”として自分を排除しようとして来る。

 戦いたくはなかった。戦う意味を見い出せなかった。戦えるはずがなかった。

 が、ここで落とされるわけにもいかなかった。

 ようやく、アスランは事態を呑み込んだ。いや、受け入れた。

 無理矢理ではあったが、それは不快感を残しながら喉を通り、腑に落ちた。

 

「くそ……!」

 

 カガリの現状がわからぬままに、アスランは目的地を変更した。

 この国に“敵対勢力”とみなされたミネルバが、恐らく向かったと思われる地へ。

 

 

 

 ザフト軍基地カーペンタリアは、すんなりとアスラン・ザラを受け入れた。

 ミネルバへの着艦もすぐに許可された。

 たいして懐かしくもないミネルバのドックには、すでに見知った顔が集まっていた。

 ヘルメットをとった瞬間、彼らは自分の顔を見て驚いた。

 その心境は理解できるが、ここで彼らにいきさつを語っている暇はなかった。

 

「認識番号285002特務隊フェイス所属、アスラン・ザラ。乗艦許可を」

 

 『フェイス』と告げると、“彼ら”の表情は一変した。

 好奇の顔から、畏怖の顔へ……。

 シン・アスカまでもが、制服の襟を正して敬礼をした。

 アスランは彼らを見回しながら返礼した。

 この輪の中に、セアはいなかった。

 

 

 

「ザフトに戻ったんですか?」

 

 艦長に面会するため、ルナマリアの案内で士官室に向かおうとした時、シンの声が背中に降りかかった。

 

「そういうことに……なる……」

 

 曖昧に、そう答えた。

 胸を張ってそう言えない事情は、やはり今、ここで言うべきではなかった。

 だから、彼のその問いには答えなかった。

 が、この艦の人間が同じ問いを持っているのはあたりまえで……。

 

「なにがあったんですか?」

 

 案内役のルナマリアが、エレベーターの中で真正面から尋ねてきた。

 オーブ軍との予想外の交戦のおかげで少し疲れていた。

 だからまた曖昧に返答をしつつ、逆に喉から出かかっていた問いを口に出す。

 

「それより、ミネルバはいつオーブを出たんだ? オレは何も知らずに行って……」

 

 ルナマリアは驚いていた。

 

「オーブへ行かれたんですか?! 大丈夫でした?! あの国、今はもう……」

「ああ……、スクランブルをかけられたよ」

 

 思わず、自嘲する。

 

「めちゃくちゃですよね、あの国! シンが怒るのもちょっとわかる気がします」

 

 ルナマリアの顔を見られず、アスランはうつむいた。

 

「オーブ出る時、私たちがどんな目に遭ったと思います? 地球軍の艦隊に待ち伏せされて……もうちょっとで死ぬとこだったんですよ! シンが頑張ってくれなきゃ、ミネルバは間違いなく沈んでました!」

 

 その訴えに、アスランは再び顔を上げた。

 

「だけど、カガリがそんな……」

 

 カガリが()()()()()を許すなど、考えられなかった。

 

「私もカガリ・ユラ・アスハにはがっかりしましたよ。実は、前はちょっと憧れてたりしたんですけどねぇ……。やっぱり、“あの方”がいなくちゃダメだったのかなぁって」

 

 “あの方”のことに触れる余裕はなかった。

 さらに追い打ちをかけるように、ルナマリアは失望を口にする。

 

「大西洋連邦とは同盟を結んじゃうし、ヘンなヤツとは結婚しちゃうし……」

 

 最後のひとフレーズで、抑えていた感情が動いた。

 

「結婚?!」

「え、ええ……ちょっと前に、ニュースで……」

 

 結婚……カガリが……?

 いったい誰と……?

 いや、相手のことは知っている……許嫁だったことも……。

 

「あの……」

 

 エレベーターは目的の階に到着し、扉が開いていた。

 ルナマリアの躊躇いがちな声でそれに気ついた。

 手にしたスーツケースを落としていたことにも、今さら気がついた。

 

「あの、でも……!」

 

 かろうじてそれを拾い上げて外に出た時、ルナマリアが声を潜めて言った。

 

「式の時だか後だかにさらわれちゃって……、今は行方不明だそうで……」

 

 その言葉はさらにアスランを困惑の渦に突き落とした。

 

「……とかって話も聞きました!」

 

 よほど鬼気迫る顔になっていたのか、ルナマリアは一歩後退しながら言い訳するように言った。

 

「わ、私はよく知らないんですけど……! すみません!」

 

 アスランの心は、狭い部屋に投げ込まれたゴムボールのように、予期せぬ方向からの衝撃をたえず受け続けていた。

 

 だが、その後のグラディス艦長との面会はかろうじて軍人らしく振る舞った。

 “再会”ではあるが、前とは違った形である以上、改めて信頼を得られなければならない。

 ひとまずオーブとカガリのことを頭から消し去って、艦長の前に立った。

 そして努めて冷静に、デュランダル議長から託されたフェイスの証と指令書を手渡し、世界情勢の近況についての話をした。

 知らないことが多かった。戸惑う内容であった。副官から居心地の悪い視線を向けられてもいた。

 が、どうにか冷静さを保てたはずだった。

 退出時、改めてオーブについて尋ねるまでは。

 

「オーブ政府は隠したがってるようだけど」

 

 艦長は淡々とした口調でこう告げた。

 

「アスハ代表を連れ去ったのは、フリーダムとアークエンジェルという話よ」

 

 ずいぶんと立て続けに驚愕させられてきたが、これはこたえた。

 フリーダムとアークエンジェル……。

 それを蘇らせたのはナナだ。

 オーブに眠らせていたのもナナで、それはナナの翼となるはずだった。

 それを託されたのは……。

 

「キラ……」

 

 思わず声が漏れ出た。

 

「何がどうなってるのかしらね……。こっちが聞きたいくらいなんだけど」

 

 艦長は感情を浮かべぬ目で、皮肉めいた言葉を言う。

 

「ありがとうございました」

 

 そう言って退出するのがやっとだった。

 

 

 

 

 オーブが、大西洋連邦との条約に加盟。オーブ軍からの攻撃。敵性国家。カガリが……結婚……。そして行方不明。フリーダムとアークエンジェル。

 短時間で聞かされた単語が、全て不吉なものとなってアスランの心に影を落とす。

 ため息すらつけないほどに、脳は熱を持ち、胸が潰れそうだった。

 

「あ、あの……」

 

 こんなときにやるべきことはひとつしかない。

 セイバーの整備をしながら頭の整理を……そう思って、ドックに向かっていた。

 その時に、聞き慣れたか細い声がかかった。

 

「す、すみません……! 御挨拶が遅れておりました……!」

 

 振り返って目が合うなり、身をこわばらせながら敬礼したのはセアだった。

 

「ふ、復隊……おめでとう……ございます……」

 

 わずかに視線をずらしたまま、セアは心のこもらない謝辞をささやく。

 

「セア……君も……」

 

 彼女の顔が、なんだかとても懐かしく思えた。

 

「オーブでは、大変だったようだな……」

 

 まるでため息のように、台詞を吐いた。

 

「あ、はい……い、いえ……」

 

 セアはしどろもどろになりながらも、体勢を崩さなかった。

 

「とにかく、無事でよかった」

 

 そう言って、アスランはようやく深いため息をついた。

 彼女に背を向けて歩き出した時、進み始めた道がとても孤独であると、強く実感した。

 

 

 

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